説明

包接化合物及びその製造方法

【課題】 アリルイソチオシアネートを高い含有率で包接することにより、長期的に安定化及び徐放化させることができる包接化合物及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をホスト化合物とし、アリルイソチオシアネートをゲスト化合物とする包接化合物。ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)とアリルイソチオシアネートとを接触させることにより、この包接化合物を製造する方法。ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をジ−n−ブチルエーテルに加熱溶解し、その溶液中にアリルイソチオシアネートを添加して結晶化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は包接化合物及びその製造方法に係り、特に、わさびや大根に含まれる抗菌・消臭成分であるアリルイソチオシアネートを安定化させると共に長期徐放化する包接化合物と、この包接化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
わさびや大根に含まれるアリルイソチオシアネート(別名:イソチオシアン酸アリル)は、これらの食品の辛味成分であるとともに、優れた抗菌及び消臭能力を有することから、広く使用されている。
【0003】
しかし、アリルイソチオシアネートは揮発性が極めて高いため、常温常圧下で安定に保持することは難しく、その優れた抗菌及び消臭効果を長期的に維持することは難しかった。
【0004】
このようなことからアリルイソチオシアネートの徐放化を目的として、これまでにシクロデキストリンをホスト化合物とするアリルイソチオシアネートの包接化合物を利用する方法が提案されている(特開平5−176733号公報)。
【0005】
なお、特公平4−34987号公報には、本発明でホスト化合物として用いるジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)が新規化合物として提案され、このジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)が殺菌剤のホスト化合物となることが記載されているが、特公平4−34987号公報には殺菌剤として、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、メチレンビスチオシアネート、メチルチオシアネート、ベンゾイソチアゾロンが挙げられているのみであって、アリルイソチオシアネートについての記載はない。
【特許文献1】特開平5−176733号公報
【特許文献2】特公平4−34987号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特開平5−176733号公報でホスト化合物として使用されているシクロデキストリンは、人体や食品へ安全に適用できる利点があるものの、シクロデキストリンとアリルイソチオシアネートとの包接化合物に占めるアリルイソチオシアネートの割合は1重量%程度であり、物流の観点からは、さらにアリルイソチオシアネートの含有率が高く、より長期の徐放性を備えた化合物の提案が望まれていた。
【0007】
本発明は、アリルイソチオシアネートを高い含有率で包接することにより長期的に安定化及び徐放化させることができる包接化合物及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、アリルイソチオシアネートを長期的に安定化及び徐放化させる技術について鋭意検討を行った結果、ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をホスト化合物とすることにより、アリルイソチオシアネートをゲスト化合物として、アリルイソチオシアネート含有率の高い包接化合物を形成させることができ、これにより、アリルイソチオシアネートを長期的に安定化及び徐放化できることを見出した。
【0009】
即ち、本発明は以下を要旨とするものである。
【0010】
[1] ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をホスト化合物とし、アリルイソチオシアネートをゲスト化合物とすることを特徴とする包接化合物。
【0011】
[2] ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)とアリルイソチオシアネートとを接触させることを特徴とする包接化合物の製造方法。
【0012】
[3] [2]に記載の包接化合物の製造方法において、ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をジ−n−ブチルエーテルに加熱溶解し、その溶液中にアリルイソチオシアネートを添加して結晶化させることを特徴とする包接化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をホスト化合物としてアリルイソチオシアネートを包接させることにより、アリルイソチオシアネート含有率の高い包接化合物を形成させることができる。これにより、アリルイソチオシアネートを長期的に安定化及び徐放化してアリルイソチオシアネートの抗菌・消臭効果を長期に亙り安定に持続し得る抗菌剤や消臭剤を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明の包接化合物及びその製造方法の実施の形態を詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の記載に限定されるものではない。
【0015】
本発明の包接化合物は、ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をホスト化合物とし、アリルイソチオシアネートをゲスト化合物とするものである。
【0016】
なお、本発明でいう包接化合物とは、単独で安定に存在することのできる化合物の2種類以上が、水素結合やファンデルワールス力などに代表される、共有結合以外の比較的弱い相互作用によって結合した化合物であり、このような包接化合物は、一般に、包接化合物を形成するホスト化合物と、包接しようとするゲスト化合物との接触反応により形成することができる。
【0017】
本発明でホスト化合物として用いるジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)は、下記構造式で表されるものであり、特公平4−34987号公報に記載の方法により製造される。
【0018】
【化1】

【0019】
ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をホスト化合物とし、アリルイソチオシアネートをゲスト化合物とする本発明の包接化合物は、ホスト化合物であるジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)とゲスト化合物であるアリルイソチオシアネートとを直接接触させて混合することで製造することができる。また、他の方法として、ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をジ−n−ブチルエーテルに加熱溶解し、この溶液の中にアリルイソチオシアネートを添加、混合し、放置して結晶化させることによっても製造することができる。固体状のジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)とアリルイソチオシアネートを均一に接触させて包接化合物を得る容易な方法としては、後者の方法が望ましい。
【0020】
なお、ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をジ−n−ブチルエーテルに加熱溶解させるときの加熱温度は、好ましくは80〜130℃である。この加熱温度が低過ぎるとジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)が溶解せず、均一な溶液を形成し得ない。高過ぎるとジ−n−ブチルエーテルが蒸発しすぎて経済的に不利である。また、このようにして得られるジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)のジ−n−ブチルエーテル溶液のジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)濃度は、15〜20重量%程度であることが好ましい。この濃度が高過ぎると溶解しにくくなり、低過ぎると包接化合物の収量が低くなる。また、ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)とアリルイソチオシアネートとの使用割合については特に制限はないが、ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)1モルに対して、アリルイソチオシアネートを1〜5モル程度とすることが好ましい。ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)に対するアリルイソチオシアネートの割合が少な過ぎると、アリルイソチオシアネート含有率の高い包接化合物を製造することができず、多過ぎると大量のアリルイソチオシアネートが残留し、包接化合物の回収、精製等の面で不利である。
【0021】
このようにして得られた固体状の包接化合物は、その包接化合物中のアリルイソチオシアネート含有率が、通常13〜15重量%、例えばジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)1モルに対してアリルイソチオシアネート0.9〜1モルと、従来のシクロデキストリンをホスト化合物とする包接化合物に比べて著しく高い。
【0022】
また、得られた固体状の包接化合物に含まれるアリルイソチオシアネートは、ホスト化合物であるジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)により安定に保持されているために、アリルイソチオシアネートのみを常温常圧下に放置した時よりも、その気化速度を緩和することができ、長期的な徐放化が可能になる。例えば、アリルイソチオシアネートを水に分散させ、水溶液からの揮発成分で消臭する場合に比較して、本発明の包接化合物を水に分散させた場合の方が消臭効果を長期的に持続させることができると共に、アリルイソチオシアネートの刺激的な臭いを緩和することもできる。また、アリルイソチオシアネートは反応性が高いため、例えば長期的には太陽光などでも分解していくが、包接化されることで安定に保持することができる。
【0023】
本発明によれば、このように、アリルイソチオシアネートを長期的に安定化及び徐放化できることで、アリルイソチオシアネートの抗菌・消臭効果を長期的に徐放化及び安定化することが可能となる。
【実施例】
【0024】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0025】
[実施例1]
<包接化合物の製造>
ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)50gを溶媒であるジ−n−ブチルエーテル300mlに110℃で加熱溶解させた。この溶液(ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)濃度18重量%)にアリルイソチオシアネート17.4g(ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)1モルに対してアリルイソチオシアネート2モル)を加えて混合し、室温に放置した結果、ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)とアリルイソチオシアネートの包接化合物55gが得られた。
【0026】
<アリルイソチオシアネート含有率の測定>
得られた包接化合物を、示差熱天秤(TG−DTA)装置で、10℃/分の昇温速度で加熱した結果、140℃付近よりアリルイソチオシアネートが急激に放出され、包接化合物の重量に対し15重量%が放出される結果となった。これにより、この包接化合物中には15重量%の含有率(ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)1モルに対してアリルイソチオシアネート1モル)でアリルイソチオシアネートが包接されており、包接されたアリルイソチオシアネートは140℃付近まで徐放性があり、安定して保持されていることが確認された。
【0027】
<脱臭試験>
得られた包接化合物2gを水500mlに混合し、これをポリエチレンテレフタレート製の容器に入れて以下のA〜Cの3種類の車内に1週間放置して臭気の変化を評価した結果、以下の通り、いずれの車内の臭気も軽減され、脱臭効果があることが明らかになった。
【0028】
脱臭試験A:
浸水の経緯があり、車内にかび臭が認められるセダン型普通乗用車を、屋内で1週間放置後、臭気を評価した結果、かび臭に変化はなかった。
このセダン型普通乗用車内に、上記の包接化合物混合水を入れた容器を入れて放置し、1週間後の臭気を評価した結果、かび臭は殆ど認められず、脱臭効果があることが確認された。
【0029】
脱臭試験B:
車内にたばこ臭が認められるワゴン型普通乗用車を、屋外で1週間放置後、臭気を評価した結果、たばこ臭に変化はなかった。
このワゴン型普通乗用車内に、上記の包接化合物混合水を入れた容器を入れて放置し、1週間後の臭気を評価した結果、たばこ臭はかすかに感じる程度に軽減され、脱臭効果があることが確認された。
【0030】
脱臭試験C:
車内に食物の残りの不快臭が認められる軽乗用車を、屋外で1週間放置後、臭気を評価した結果、その不快臭に変化はなかった。
この軽乗用車内に、上記の包接化合物混合水を入れた容器に入れて放置し、1週間後の臭気を評価した結果、不快臭はかすかに感じる程度に軽減され、脱臭効果があることが確認された。
【0031】
<徐放性の確認試験>
ホテルの客室のうち、同じ稼働率の喫煙可能な客室を複数選び、包接化していないアリルイソチオシアネートと包接化したアリルイソチオシアネートをそれぞれの客室に適用し、室内のたばこ臭の変化を確認することで脱臭効果の持続性の評価を行ったところ、以下の通り、本発明の包接化合物はアリルイソチオシアネートの徐放性があることが確認された。
【0032】
まず、アリルイソチオシアネート0.3gを水500mlに混合し、これをポリエチレンテレフタレート製の容器に入れて客室内の光が当たる窓際に置き、混合水を空気バブリングすることによって、アリルイソチオシアネートを大気中に放散させた。その結果、初日は、室内のたばこ臭が殆ど感じない程度に軽減されていたが、2日目以降は、徐々にたばこ臭が感じられるようになり、1週間後にはアリルイソチオシアネートで脱臭処理をする前とほぼ同じ程度のたばこ臭を感じるようになった。
【0033】
これに対して、上記で得られた本発明の包接化合物2gを水500mlに混合したものをポリエチレンテレフタレート製の容器に入れて、上記と同じ方法によって評価を行った結果、1週間後もたばこ臭はかすかに感じる程度に軽減されており、アリルイソチオシアネート混合水に比べて継続的に脱臭効果が維持されることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の包接化合物によれば、アリルイソチオシアネートの抗菌・消臭効果を長期的に安定して持続させることが可能となり、居室内や車室内の消臭剤、或いは抗菌剤、防かび剤、防虫(忌避)剤などとして実用性の高い徐放性薬剤が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をホスト化合物とし、アリルイソチオシアネートをゲスト化合物とすることを特徴とする包接化合物。
【請求項2】
ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)とアリルイソチオシアネートとを接触させることを特徴とする包接化合物の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の包接化合物の製造方法において、ジフェン酸ビス(ジシクロヘキシルアミド)をジ−n−ブチルエーテルに加熱溶解し、その溶液中にアリルイソチオシアネートを添加して結晶化させることを特徴とする包接化合物の製造方法。

【公開番号】特開2008−1622(P2008−1622A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−171560(P2006−171560)
【出願日】平成18年6月21日(2006.6.21)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【出願人】(506213382)アンヴァール株式会社 (1)
【Fターム(参考)】