説明

化学物質の感作性強度の評価方法

【課題】 化学物質の感作性強度の評価方法を提供する。
【解決手段】 (1)被検化学物質を媒体に溶解又は分散させた被検液を被検用マウス群に、前記被検液に使用した媒体を対照用マウス群に塗布する工程と、(2)所定期間経過後、被検用マウス群と対照用マウス群の耳介リンパ節を採取し、各耳介リンパ節の細胞増殖程度を示す指標を測定する工程と、(3)対照用マウス群の耳介リンパ節の細胞増殖程度を示す指標と、被検用マウス群の耳介リンパ節の細胞増殖程度を示す指標との相対比較により、被検化学物質の感作性強度を評価する工程とを有する被検化学物質の感作性強度の評価方法であって、被検用及び対照用マウス群にCBA/N系統のマウスを使用する化学物質の感作性強度の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学物質の感作性強度を評価する方法に関する。詳細には、特定のマウスを使用することにより、感作性強度の感度を高め、精度良く化学物質の感作性強度を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アレルギーは現代病として社会問題になっており、化学物質によって誘発されるアレルギーを予測することは極めて重要な課題となっている。
【0003】
アレルギーの原因となる感作性物質をスクリーニングする方法としては、ギニーピッグマキシミゼーションテスト(Guinea pig maximization test)、ビューラーテスト(Buehler test)等の皮膚感作性試験がある。これらの皮膚感作性試験は試験動物を用いて遅延性過敏症の発症を観測するものであって、動物飼育期間だけでも1ヶ月以上を要し、より短期間で試験をすることのできる代替試験法の開発が要求されている。
【0004】
近年では、ローカルリンフノードアッセイ(Local Lymph node assay(LLNA)、非特許文献1参照)が開発され、従来の皮膚感作性試験とともに用いられるようになっている。
【0005】
LLNAは、試験動物に化学物質を投与し、所定期間が経過した後、リンパ節を採取して細胞増殖の程度を評価することにより化学物質の感作性を評価する方法である。この方法は初回抗原刺激によるリンパ球の増殖を利用する方法で、アレルギー反応の初期段階を検出するため、従来の皮膚感作性試験と比較して短期間で行うことができる。
【非特許文献1】武吉正博等(Takeyoshi, M. et al.),トキシコロジー レターズ(Toxicology Letters),119, 203-208 (2001).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
LLNAによる感作性強度の評価方法では、まず被検化学物質を溶解又は分散した種々の濃度の被検液と被検液の調製に使用した媒体とをそれぞれ試験動物群に投与して、各動物群の化学物質による感作の程度を示す指標、例えばリンパ節の細胞増殖程度を示す指標を測定する。次いで、媒体対照群の3倍の感作性を示す被検液の濃度(EC3)を求め、EC3の値から被検化学物質の感作性強度を決定する方法が提案されている。
【0007】
特定の物質に対するEC3の値は、測定する指標等による違いの他、使用する試験動物の遺伝的要因、飼育方法などの環境的要因等によっても変動する。
【0008】
経済協力開発機構(OECD)では、LLNAが化学物質の安全性評価方法のひとつとして新ガイドライン(TG429)に登録され、LLNAの標準法が定められている。この標準法では、試験動物として感作性の感度が優れる8〜12週令のCBA/Ca又はCBA/J系統の雌性マウスが推奨されている。
【0009】
一方、リンパ節の細胞増殖程度を示す指標は種々の指標が知られている。例えば、3H−チミジン等のRI標識化合物を化学物質で感作させた被検動物に投与し、リンパ節に取り込まれた標識化合物量を測定することにより化学物質の感作性強度を評価することができる。RI標識化合物を用いる方法は、OECDにより標準法として推奨される方法である。この方法は感作の検出感度に優れるものの、放射性物質を使用することから試験できる施設が限られ、廃液処理等の問題がある。
【0010】
細胞増殖程度を示す指標となる標識化合物としては、RI標識化合物以外にも、5−ブロモ−2’−デオキシウリジン(BrdU)等のELISA法により定量可能な化合物が使用できる。この標識化合物を使用する方法は、従来CBA/JN系統のマウスが使用されており、放射性物質を取り扱う必要がないことから、簡便で、安全性が高い点で好ましい方法である。ところが、CBA/JN系統のマウスを使用した場合、RI標識化合物に比較して試験動物に高濃度の被検液を投与した場合でないと化学物質によるリンパ球の増殖反応が検知できず、検出感度が悪いという問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は鋭意研究の結果、試験動物として従来使用されているCBA/JN系統のマウスに代えてCBA/N系統のマウスを使用することにより、LLNAにおいてELISA法により定量する標識化合物を使用する場合であっても高い感度で被検化学物質の感作性強度が評価できることを見出し本発明を完成するに到った。
【0012】
即ち、上記課題を解決する本発明は以下に記載するものである。
【0013】
〔1〕 (1)被検化学物質を媒体に溶解又は分散させた被検液を被検用マウス群に、前記被検液に使用した媒体を対照用マウス群に塗布する工程と、
(2)所定期間経過後、被検用マウス群と対照用マウス群の耳介リンパ節を採取し、各耳介リンパ節の細胞増殖程度を示す指標を測定する工程と、
(3)対照用マウス群の耳介リンパ節の細胞増殖程度を示す指標と、被検用マウス群の耳介リンパ節の細胞増殖程度を示す指標との相対比較により、被検化学物質の感作性強度を評価する工程と
を有する被検化学物質の感作性強度の評価方法であって、被検用及び対照用マウス群にCBA/N系統のマウスを使用することを特徴とする化学物質の感作性強度の評価方法。
【0014】
〔2〕 細胞増殖程度を示す指標が、リンパ節質量である〔1〕に記載の化学物質の感作性強度の評価方法。
【0015】
〔3〕 細胞増殖程度を示す指標が、リンパ節細胞数である〔1〕に記載の化学物質の感作性強度の評価方法。
【0016】
〔4〕 細胞増殖程度を示す指標が、リンパ節に取込まれたRI標識化合物量である〔1〕に記載の化学物質の感作性強度の評価方法。
【0017】
〔5〕 細胞増殖程度を示す指標が、リンパ節に取込まれたBrdU量である〔1〕に記載の化学物質の感作性強度の評価方法。
【0018】
〔6〕 細胞増殖程度を示す指標が、リンパ節浮遊液のATP量である請求項1に記載の化学物質の感作性強度の評価方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、LLNAにより化学物質の感作性強度を評価する方法において、試験動物として従来用いられていないCBA/N系統のマウスを使用するようにするので、高い感度で化学物質の感作性強度を評価することができる。この系統のマウスを用いることにより、BrdU等のELISA法で定量を行う標識化合物を使用した場合であっても、RI標識化合物と同等のEC3の値が得られるので、RI標識化合物を用いて測定したEC3の値との比較が可能となる。本発明は、アレルギーの原因となる感作性物質をスクリーニングする方法として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の評価方法は、以下の手順で行う。
【0021】
まず、被検化学物質を媒体に溶解又は分散した被検液と、対照用として被検液の調製に使用した媒体とを準備する。
【0022】
使用する媒体としては、例えばアセトン・オリーブ油混液、N,N−ジメチルホルムアルデヒド、メチルエチルケトン、プロピレングリコール、ジメチルスルホキサイド等を挙げることができる。
【0023】
被検液は、必ずしも被検化学物質が媒体に溶解している必要はないが、溶液の濃度調整が容易であることから、溶解していることが好ましい。
【0024】
被検液の濃度は被検化学物質の感作性強度により、適度なリンパ球の増殖反応、例えば媒体のみを投与した場合に比べて3倍程度の増殖反応を引き起こす濃度を含む範囲を選択することが好ましい。
【0025】
調製した被検液又は媒体を、それぞれCBA/N系統の被検用マウス群又は対照用マウス群のマウスの耳介に、1日1〜数回程度(好ましくは1日1回)、1〜5日間(好ましくは3日間)塗布を行う。
【0026】
マウスに被検化学物質を投与し、所定期限が経過した後、マウスの耳介リンパ節を採取して細胞増殖程度を示す指標を測定し、被検化学物質の感作性強度を評価する。投与後、耳介リンパ節を採取するまでの期間としては、通常1〜7日程度が好ましい。細胞増殖程度を示す指標としては公知のものを制限なく用いることができるが、例えば、耳介リンパ節に取り込まれた標識化合物量、耳介リンパ節質量、耳介リンパ節総細胞数、耳介リンパ節内の特定の細胞集団の細胞数やその割合、耳介リンパ節浮遊液のATP量等を挙げることができる。
【0027】
耳介リンパ節に取り込まれた標識化合物量を指標とする場合には、試験動物に予め標識化合物を投与し、標識化合物の投与から数時間〜数日経過した後、試験動物の耳介リンパ節を採取して標識化合物量を測定する。標識化合物の投与は、腹空内投与、静脈内投与とすることが可能で、投与の際には浸透圧ポンプを使用してもよい。標識化合物としては、リンパ球数の増加とともに試験動物の耳介リンパ節に取り込まれる化合物であって、耳介リンパ節に取り込まれた量が測定可能なものであればいずれの化合物を用いることもできる。標識化合物としては、例えば、3H−チミジンや125I−ヨードデオキシウリジン等のRI標識化合物等を挙げることができる。また、ELISA法により定量可能な5−ブロモ−2’−デオキシウリジン(BrdU)やフローサイトメーター等により検出可能なカルボキシフルオレセインスクシイミジルエステル(CFSE)等の蛍光基質も標識化合物として使用できる。更に、リンパ節内の特定の細胞集団を染色するFITC標識抗CD4抗体等の蛍光標識抗体も標識化合物として使用できる。
【0028】
被検化学物質の感作性強度は、対照用マウス群の細胞増殖程度を示す指標量と、被検用マウス群の細胞増殖程度を示す指標量との相対比較により行う。
【0029】
また、細胞増殖程度を示す指標量から増殖刺激指数(Stimulation Index、SI)を算出し、SI値の相対比較を行ってもよい。例えば、細胞増殖程度を示す指標としてBrdUの取り込み量を選択する場合、次式によりSI値が算出できる。SI値の相対比較から、被検化学物質のヒトあるいは試験動物における感作性強度が推定できる。
【0030】
SI= m / m0
m:被検液を投与したマウスの耳介リンパ節に含まれるBrdU量平均値
0:媒体のみを投与したマウスの耳介リンパ節に含まれるBrdU量平均値
【実施例】
【0031】
実施例1
被検化学物質として、2,4-ジニトロクロロベンゼン(DNCB、和光純薬社製)、イソオイゲノール(IEG、Aldrich社製)、α−ヘキシルシンナミックアルデヒド(HCA、和光純薬社製)、オイゲノール(EG、Aldrich社製)、プロピレングリコール(PG、和光純薬社製)を使用した。これらの被検化学物質を媒体(アセトン/オリーブ油混液(v/v=4:1))に溶解し、各濃度の被検液を調製した。
【0032】
CBA/N系統の8週令雌性マウスを4匹/群に分け、各群のマウスの耳介に各濃度の被検液又は媒体を塗布した。被検液又は媒体の塗布は両耳介にそれぞれ1日1回25μLずつとし、3日間行った。試験開始から4日後、0.5mL/匹のBrdU(10mg/mL)を腹腔内投与した。
【0033】
BrdUを投与して24時間経過した後、各個体の耳介リンパ節を採取し脂肪組織を取り除いた後、耳介リンパ節を一匹分ずつ生理食塩液に入れてすりつぶし、セルストレーナ(FALCON 2350,FALCON社製)で濾過した。その後、各個体の耳介リンパ節に含まれるBrdU量を市販の測定キットCell Proliferation ELISA,BrdU colorimetric(ベーリンガー・マンハイム社製、Cat.No.1647229)を用いてELISA法により測定した。各群の耳介リンパ節に含まれるBrdU量の平均値を求め、媒体のみを投与した媒体対照用マウス群の耳介リンパ節に含まれるBrdU量に対する被検用マウス群の耳介リンパ節に含まれるBrdU量の比をとり、SI値を算出した。
【0034】
比較例1
CBA/N系統のマウスに代えてCBA/JN系統のマウスを使用して実施例1と同様に化学物質の感作性強度を測定し、SI値を算出した。
【0035】
実施例1及び比較例1で測定した各濃度の被検液を投与したときのSI値を化学物質ごとに図1〜5に示す。更に、内分法によりSI値が3となる被検液の濃度、即ちEC3の値を算出した。算出したEC3の値を表1に示す。なお、表1に示す参考例は、CBA/Ca系統のマウスを使用してRI標識化合物を用いて測定したEC3の値で、文献から引用したものである。
【0036】
表 1 (質量%)
───────────────────────────
系統 HCA EG IEG DNCB PG
───────────────────────────
実施例1 CBA/N 20.3 10.7 1.9 0.08 >50
比較例1 CBA/JN 45.5 40.6 9.6 0.10 >50
参考例※ CBA/Ca 8.0 13.0 1.3 0.08 >50
───────────────────────────
※バスケッター.ディー.エー.等(Basketter, D.A. et al), コンタクト デェアマタイティス(Contact Dermatitics), 42, 344-348(2000).
【0037】
実施例1で得られたEC3の値は、感作性強度が低いPGを除いていずれの化学物質についても比較例1より小さい値であった。これは、実施例1で使用したCBA/N系統のマウス群がCBA/JN系統のマウス群に比較して低い濃度で被検化学物質による感作が検知できることを示している。また、実施例1のEC3値はHCAを除いてRI標識化合物を用いて測定した参考例の値とほぼ同等の値であった。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】各濃度のHCA被検液をマウスに投与したときのSI値を示すグラフである。
【図2】各濃度のEG被検液をマウスに投与したときのSI値を示すグラフである。
【図3】各濃度のIEG被検液をマウスに投与したときのSI値を示すグラフである。
【図4】各濃度のDNCB被検液をマウスに投与したときのSI値を示すグラフである。
【図5】各濃度のPG被検液をマウスに投与したときのSI値を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)被検化学物質を媒体に溶解又は分散させた被検液を被検用マウス群に、前記被検液に使用した媒体を対照用マウス群に塗布する工程と、
(2)所定期間経過後、被検用マウス群と対照用マウス群の耳介リンパ節を採取し、各耳介リンパ節の細胞増殖程度を示す指標を測定する工程と、
(3)対照用マウス群の耳介リンパ節の細胞増殖程度を示す指標と、被検用マウス群の耳介リンパ節の細胞増殖程度を示す指標との相対比較により、被検化学物質の感作性強度を評価する工程と
を有する被検化学物質の感作性強度の評価方法であって、被検用及び対照用マウス群にCBA/N系統のマウスを使用することを特徴とする化学物質の感作性強度の評価方法。
【請求項2】
細胞増殖程度を示す指標が、リンパ節質量である請求項1に記載の化学物質の感作性強度の評価方法。
【請求項3】
細胞増殖程度を示す指標が、リンパ節細胞数である請求項1に記載の化学物質の感作性強度の評価方法。
【請求項4】
細胞増殖程度を示す指標が、リンパ節に取込まれたRI標識化合物量である請求項1に記載の化学物質の感作性強度の評価方法。
【請求項5】
細胞増殖程度を示す指標が、リンパ節に取込まれたBrdU量である請求項1に記載の化学物質の感作性強度の評価方法。
【請求項6】
細胞増殖程度を示す指標が、リンパ節浮遊液のATP量である請求項1に記載の化学物質の感作性強度の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−42702(P2006−42702A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−230151(P2004−230151)
【出願日】平成16年8月6日(2004.8.6)
【出願人】(000173566)財団法人化学物質評価研究機構 (14)
【Fターム(参考)】