説明

化学療法に対するがん患者の応答の予測方法

【課題】医者が患者に対してある抗がん剤を投与するか否かを判断する際の指標として有用な、抗がん剤療法に対するがん患者の応答の予測方法を提供することを目的とする。
【解決手段】がん患者から採取した悪性腫瘍からのサイクリン依存性キナーゼ1(CDK1)及びCDK2のそれぞれの比活性を取得する工程と、取得したCDK1比活性とCDK2比活性に基づいて、細胞周期プロファイルスコアを求める工程と、得られた細胞周期プロファイルスコアに基づいて、抗がん剤に対する応答の度合いを予測する工程とを含み、前記CDK1比活性が、CDK1発現量に対するCDK1活性値の比で表され、CDK2比活性が、CDK2発現量に対するCDK2活性値の比で表される、抗がん剤に対するがん患者の応答を予測する方法により、上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、治療用の抗がん剤に対するがん患者の応答を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がんの治療方法の一つとして、抗がん剤療法がある。しかし、がんの病態は、その種類、発症部位あるいは進行度等により様々であり、こうした多様性と患者個人の応答性の違いは、抗がん剤治療が有効な患者だけでなく、有効でない患者も多く存在する原因となっている。抗がん剤が効かない患者に抗がん剤を投与し続けることは、その抗がん剤の副作用による悪い面だけがクローズアップされることになり、患者には苦痛を強いるだけになってしまう。
【0003】
このため、生体で発現される遺伝子やタンパク質に基づいて抗がん剤に対する感受性を予測する方法が種々検討されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許出願公開第2007/0231837号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、抗がん剤に対する感受性の予測を行う方法については記載されているものの、抗がん剤治療に対する患者の応答を予測する方法については全く記載されていない。
本発明は、医者が患者に対して特定の治療剤を投与するか否かを判断する際の指標として有用な、化学療法又は抗がん剤療法に対するがん患者の応答の予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、がん患者から採取した悪性腫瘍から、サイクリン依存性キナーゼ1(CDK1)及びCDK2のそれぞれの比活性を取得する工程と、取得したCDK1比活性とCDK2比活性に基づいて、細胞周期プロファイルスコアを求める工程と、得られた細胞周期プロファイルスコアに基づいて、抗がん剤に対する応答の度合いを予測する工程とを含み、前記CDK1比活性が、CDK1発現量に対するCDK1活性値の比で表され、CDK2比活性が、CDK2発現量に対するCDK2活性値の比で表される、抗がん剤に対するがん患者の応答を予測する方法である。
細胞周期プロファイルスコアは、治療に対する患者の腫瘍の(生体内の)応答を予測するために用いられる。特に、単独又は複数の薬剤の組み合わせを、既知のがんに罹患した患者に投与することを含むネオアジュバント療法をねらいとする。患者の腫瘍に対する個別の薬剤の応答は、ネオアジュバント療法の前及び後に評価される。細胞周期プロファイルスコアが高い(奏功率が高い;高いということは、非常に応答がよいということである)場合、患者は、その治療により利益を享受する可能性がある。患者のスコアが低い場合、その患者にはその治療を行わないほうがよい。
【0007】
本発明の第2の態様は、がん患者から採取した悪性腫瘍から、サイクリン依存性キナーゼ1(CDK1)及びCDK2のそれぞれの比活性を取得する工程と、取得したCDK1比活性とCDK2比活性に基づいて、(上記のような)細胞周期プロファイルスコアを求める工程と、得られた細胞周期プロファイルスコアに基づいて、腫瘍が収縮する度合いを予測する工程とを含み、前記CDK1比活性が、CDK1発現量に対するCDK1活性値の比で表され、CDK2比活性が、CDK2発現量に対するCDK2活性値の比で表される、抗がん剤に対するがん患者の応答を予測する方法である。
【0008】
本発明の第3の態様は、がん患者から採取した悪性腫瘍から、サイクリン依存性キナーゼ1(CDK1)及びCDK2のそれぞれの比活性を取得する工程と、取得したCDK1比活性とCDK2比活性に基づいて、細胞周期プロファイルスコアを求める工程と、得られた細胞周期プロファイルスコアに基づいて、病理学的完全奏効率を予測する工程とを含み、前記CDK1比活性が、CDK1発現量に対するCDK1活性値の比で表され、CDK2比活性が、CDK2発現量に対するCDK2活性値の比で表される、抗がん剤に対するがん患者の応答を予測する方法である。
【0009】
本発明の第4の態様は、黒色腫、肉腫、並びに乳がん、結腸直腸がん、胃がん、肺がん、食道がん、膵臓がん、前立腺がん、及びその他の型の腫瘍のような複数のがんに用いられる方法である。
本発明の第5の態様は、現在利用できるか又は将来利用可能となる化学療法又は抗がん剤治療のいずれにも適用できる方法である。本発明は、抗がん剤の組み合わせについての応答も予測できる。
本発明の第6の態様は、ネオアジュバント療法を行う前に、単独又は組み合わせの薬剤としてこれから行われるネオアジュバント治療の効率をスクリーニングすることである。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、患者が抗がん剤治療を受けるほうがよいか否かを決定することが可能になる。このことにより、患者は、著しくは効果的でない可能性がある不要な抗がん剤治療を受ける必要性が軽減される。また、本発明の方法を用いることにより、複数の抗がん剤を患者に用いる前に、該抗がん剤による治療をスクリーニングすることも可能になる。本発明は、治療の予後を予測するために用いることができる点において、独特の利点を有する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】複数の乳がん患者から得られたCDK1比活性と、乳がんの再発率との関係を示したヒストグラムである。
【図2】複数の乳がん患者から得られたCDK1とCDK2の比活性比と、乳がんの再発率との関係を示したヒストグラムである。
【図3】CDK1比活性の対数(x軸)、CDK2比活性の対数(y軸)、及び細胞周期プロファイルスコアC2PS(z軸)をパラメータとする三次元グラフである。
【図4】図3の細胞周期プロファイルスコアC2PS(z軸)を二次元平面に投影したグラフである。
【図5】細胞周期プロファイルスコアC2PSと腫瘍収縮率との関係を示すグラフである。
【図6】細胞周期プロファイルスコアC2PSと50%腫瘍縮小率の患者頻度との関係を示すグラフである。
【図7】細胞周期プロファイルスコアC2PSと80%腫瘍縮小率の患者頻度との関係を示すグラフである。
【図8】細胞周期プロファイルスコアC2PSと病理学的完全奏効(pCR)率との関係を示すグラフである。
【図9】本発明の方法を実施するためのコンピュータシステムの一例を示す。
【図10】本発明の方法をコンピュータシステムによって実行するためのフローチャートの一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、患者の腫瘍を分析することにより得られる細胞周期プロファイルスコアに基づいて、疾患の予後が予測できることを見出した。疾患の予後とは、完全奏功、部分奏功、安定疾患、無応答、及び抗がん剤療法に対する患者の応答のような悪化時間を含む。
細胞周期プロファイルスコアは、がん患者から採取した腫瘍におけるCDK1比活性とCDK2比活性との間の関係に基づいて得られる。ここで、CDK1比活性はCDK1活性値/CDK1発現量を表し、CDK2比活性はCDK2活性値/CDK2発現量を表す。CDK比活性は、試料に含まれる単位CDKタンパク質量あたりのCDK酵素活性を反映するパラメータであって、細胞に存在しているCDKのうちの活性を示すCDK1の割合に相当し、判定対象である悪性腫瘍細胞の増殖状態に基づくCDK活性レベルを示す。
【0013】
上記のがんは、上皮細胞がん、造血器由来のがん、肉腫などを含む。がんの種類としては、例えば、乳がん、胃がん、結腸直腸がん、食道がん、肺がん、前立腺がん、膵臓がん、白血病、黒色腫、骨肉腫等が挙げられる。また、抗がん剤とは、上記のがんに対して抗腫瘍効果のある化学物質のことをいう。また、がん患者から採取される悪性腫瘍は、例えばがん患者の生体組織において、個体としての調和を破り、増殖の制御機構に異常を来たしている組織の腫瘍である。ネオアジュバント療法とは、術前に抗がん剤治療を行う療法であり、アジュバント療法とは、術後に抗がん剤治療を行う療法である。
【0014】
一般に、がん細胞は正常な増殖制御を逸脱して増殖が活発に行われていることから、DNAの複製期であるS期と、DNA合成の終了から有糸分裂の開始の間であるG2期にある細胞の割合が多い場合に、その細胞ががん化しているものと考えることができる。また、がん細胞に見られる異数倍体性は、細胞が細胞分裂期であるM期を異常な状態で経過した場合、又はM期を経ずにG1期に進み、そのままS期に移行した場合に発生するものと考えられるため、M期に存在する細胞割合が少ない場合にも、その細胞ががん化していると考えることができる。
【0015】
CDK1は、細胞周期のG2期からM期に移行する際に活性を示すタンパク質であり、CDK2は細胞周期のG1期からS期に移行する際に活性を示すタンパク質である。このため、CDK比活性比(CDK2比活性/CDK1比活性)は、S期またはG2期にある細胞が、M期にある細胞に比べてどれだけ多く存在するかを反映する数値であり、細胞の増殖能を正確に反映するパラメータとして用いることができる。
【0016】
CDK活性値は、例えば、CDKによってリン酸化される基質の量から算出されるキナーゼ活性のレベル(単位をU(ユニット)で表す)である。なお、CDKがリン酸化する基質としては、例えば、活性型CDK1及び活性型CDK2については、ヒストンH1が挙げられる。CDK活性値は、公知のCDK活性測定方法によって測定することができる。具体的には、測定試料の細胞溶解液から活性型CDKを含む試料を調製し、試料と、32P標識したATP(γ−〔32P〕−ATP)とを用いて、基質タンパク質に32Pを取り込ませ、32P標識されたリン酸化基質の標識量を測定し、標準品で作成された検量線をもとに定量する方法がある。また放射性物質の標識を用いない方法としては、米国特許出願第2002/0164673号に記載された方法が挙げられる。この方法は、検体の細胞可溶化液から、目的の活性型CDKを含む試料を調製し、アデノシン5'−O−(3−チオトリホスフェート)(ATP−γS)と基質を反応させて、該基質タンパク質のセリン又はスレオニン残基にモノチオリン酸基を導入し、導入されたモノチオリン酸基の硫黄原子に標識蛍光物質又は標識酵素を結合させることによって基質タンパク質を標識し、標識されたチオリン酸基質の標識量(標識蛍光物質を用いた場合には蛍光量)を測定し、標準品で作成された検量線に基づいて定量する方法である。
【0017】
活性測定に供する試料は、測定対象となる悪性腫瘍を含む組織の可溶化液から目的のCDKを特異的に採集することにより調製する。目的のCDKは、例えば抗CDK抗体を用いて採集することができる。
【0018】
CDK発現量は、測定対象となる悪性腫瘍を含む組織の可溶化液に含まれる目的のCDK量(分子個数に対応する単位)であり、上記の可溶化液から目的のCDK量を測定する公知の方法で測定できる。例えば、このCDK発現量を、ELISA法、ウェスタンブロット法などを使用して測定してもよいし、米国特許出願第2004/0214180号に記載された方法で測定することもできる。目的のCDKを、特異的抗体(抗CDK抗体)を用いて捕捉し、捕捉されたCDKを定量すればよい。
【0019】
(腫瘍の収縮)
本発明の方法の主要な目的は、患者をネオアジュバント療法で治療したときに、治療前に、可能性がある応答性を予測できる特定の方法を用いて、インビトロにて患者の腫瘍のリスクスコアを決定することである。このことが達成されることにより、予め単独の薬剤又は複数の薬剤の組み合わせに対して本発明の方法において応答性がない患者は、ネオアジュバント療法を受けないほうがよい。これに対して、患者が、ある範囲に対して著しく応答性がある場合は、その患者に薬剤を与えるべきである。本発明は、特定の薬剤を用いる不要な治療にがん患者を付すことを防ぎ、同時に、患者の腫瘍に対して生体内で作用する可能性がある薬剤を定義することができる。本発明は、乳がん、黒色腫、大腸がん、胃がん、肺がん、前立腺がんのようなネオアジュバント療法で治療される癌患者に対して、有効に用いることができる。ネオアジュバント療法で最も頻繁に治療されているがんの1つである乳がんは、本発明の方法の主な対象であるが、これに限定されない。現在、乳がんのネオアジュバント療法は、単独又は複数の薬剤での治療を行い、腫瘍の減少が見られるかを観察することを含む。
【0020】
(細胞周期プロファイルスコア)
細胞は、ある細胞周期に活性化するCDKが少なくても、他の特定のCDKが代償的に働くことによって増殖することが可能であるとも考えられており、特定のCDKが異常に活性化されている場合にも、細胞動態に異常を来たしていると考えることができる。
ここで、CDK1比活性(CDK1S/A)を第1のリスク要素とし、CDK比活性比(CDK2比活性/CDK1比活性)を第2のリスク要素とし、第1及び第2リスク要素それぞれとがんの再発リスクとの関係を評価した。ここで、第1リスク要素であるCDK1比活性に基づいて、がんが再発する確率を、数値的に評価する尺度を用いて、リスクスコアRS1とする。また、第2リスク要素であるCDK比活性比に基づいて、がんが再発する確率を、数値的に評価する尺度を用いて、リスクスコアRS2とする。第1及び第2リスク要素によってがんが再発する確率を、細胞周期プロファイルスコアC2PSとすると、このC2PSは、リスクスコアRS1とリスクスコアRS2の積に比例する値で与えられる。
【0021】
細胞周期プロファイルスコアC2PS、リスクスコアRS1及びリスクスコアRS2は、以下のようにして求めた。
図1は、複数の乳がん患者から得られたCDK1比活性と乳がんの再発率との関係を示したヒストグラムであり、図2は、複数の乳がん患者から得られたCDK1とCDK2の比活性比〔(CDK2S/A)/(CDK1S/A)〕と乳がんの再発率との関係を示したヒストグラムである。図1においては、複数の乳がん患者を、それらの患者から得られたCDK1比活性に基づいて階級分けし、各階級に含まれる症例の総数を白抜きの棒グラフで、各階級に含まれる再発症例の総数を網掛けの棒グラフで示した。図2においては、複数の乳がん患者を、それらの患者から得られたCDK2比活性/CDK1比活性に基づいて階級分けし、各階級に含まれる症例の総数を白抜きの棒グラフで、各階級に含まれる再発症例の総数を網掛けの棒グラフで示した。さらに、図1及び図2において、各階級におけるがんの再発確率(再発症例数/症例総数)を求め、折れ線で示した。
図1において、各階級のがんの再発確率を近似することにより、CDK1比活性をリスク要素とするリスクスコアRS1を得ることができる。また、図2において、各階級のがんの再発確率を近似することにより、CDK2比活性/CDK1比活性をリスク要素とするリスクスコアRS2を得ることができる。すなわち、CDK1比活性の値をx、CDK2比活性/CDK1比活性をyとして、各階級のがんの再発確率をロジスティック関数によって近似することにより、リスクスコアRS1及びリスクスコアRS2を得ることができる。従って細胞周期プロファイルスコアC2PS、リスクスコアRS1及びリスクスコアRS2はそれぞれ下記式(1)〜(3)によって表される。
C2PS=RS1×RS2=F(x)×G(y) (1)
RS1=F(x)=a/(1+Exp(−(x−b)×c)) (2)
RS2=G(y)=d/(1+Exp(−(y−e)×f)) (3)
(式中、a〜fは定数である)
【0022】
なお、定数a〜cは、CDK1比活性と再発確率との関係で定まる定数であり、定数d〜fは、CDK2比活性/CDK1比活性と再発確率との関係で定まる定数である。上述した図1及び図2のロジスティック関数の場合には、a=0.15、b=1.6、c=7、d=0.25、e=1.0、f=6である。
【0023】
図3及び図4は、細胞周期プロファイルスコアC2PSを模式的に説明するための図である。図3は、CDK1比活性の対数(x軸)、CDK2比活性の対数(y軸)、及び細胞周期プロファイルスコアC2PS(z軸)をパラメータとする三次元グラフであり、図4は、図3の細胞周期プロファイルスコアC2PS(z軸)を二次元平面に投影したグラフである。
【0024】
図3に示すように、細胞周期プロファイルスコアC2PSを二次元グラフに投影すると、細胞周期プロファイルスコアC2PSが等しくなる点を結んだ、複数の等高線状の曲線が描かれる。
【0025】
例えば、曲線CL1上の点はすべて、等しい細胞周期プロファイルスコアC2PSとなるCDK1比活性及びCDK2比活性の点であり、曲線CL2上の点はすべて、等しい細胞周期プロファイルスコアC2PSとなるCDK1比活性及びCDK2比活性の点である。そして、曲線によって囲まれた領域は、常に、曲線上の点より細胞周期プロファイルスコアC2PSが高くなる領域であるから(図3参照)、例えば、曲線CL1が細胞周期プロファイルスコアC2PS=Mとなる点を結んで描かれたものである場合、この曲線CL1によって囲まれた領域はすべて、細胞周期プロファイルスコアC2PS≧Mとなる領域である。また、曲線CL1が、細胞周期プロファイルスコアC2PSが所定値Mとなる点を、曲線CL2が、細胞周期プロファイルスコアC2PSが所定値Nとなる点を結んで描かれたものである場合、曲線CL1と曲線CL2とによって囲まれた領域Sは、M≦細胞周期プロファイルスコアC2PS<Nとなる領域である。
【0026】
このように、第1CDK比活性(x軸)及び第2CDK比活性(y軸)からなる二次元グラフは、等しい細胞周期プロファイルスコアC2PSとなる点を結んだ曲線(カットオフライン)によって、細胞周期プロファイルスコアC2PSの異なる領域毎に分割することができる。
【0027】
(細胞周期プロファイルスコアと腫瘍縮小率との関係)
次に、化学療法を受ける前の乳がん患者から針生検により採取された悪性腫瘍のCDK1発現量、CDK1活性値、CDK2発現量、CDK2活性値を測定し、CDK1比活性及びCDK2比活性を求めた。上記の式に基づいて細胞周期プロファイルスコアを求め、表1にその結果を示す。また、各患者の化学療法後の腫瘍縮小率についても表1に示す。なお、腫瘍縮小率は、化学療法を行う前後で各患者の腫瘍組織の大きさを測定することにより求めた値である。
【0028】
【表1】

【0029】
表1において、CDK1SAはCDK1比活性を表し、CDK2SAはCDK2比活性を表し、C2PSは細胞周期プロファイルスコアを表し、腫瘍収縮率はレジメに記載された化学療法後の腫瘍の収縮率を表す。また、レジメの欄の「wT」はパクリタキセルを表し、「FEC」はフルオロウラシル、シクロフォスファミド、エピルビシンを表し、「CE」はシクロフォスファミド、エピルビシンを表し、「Doce」はドセタキセルを表し、「ZL」はゾラデックスを表し、「TM」はタモキシフェンを表し、「UFT」はウラシル、テガフールを表す。
【0030】
細胞周期プロファイルスコアC2PSと、化学療法による腫瘍収縮率との関係について調べた結果、図5に示されるように両者の間に相関関係が認められた。
【0031】
(細胞周期プロファイルスコアと腫瘍縮小率との関係)
表1においては、細胞周期プロファイルスコアの小さい順番に患者が並べられている。細胞周期プロファイルスコアの値が小さい患者から順に4〜6人となるようにグルーピングした。具体的には、患者1〜4を第1グループとし、患者1〜5を第2グループとし、患者1〜6を第3グループとし、患者2〜7を第4グループとし、次からは患者を一名ずつずらして6人のグループを順次作った。次に、細胞周期プロファイルスコアの平均値、腫瘍縮小率が50%よりも大きな患者の出現頻度、及び腫瘍縮小率が80%よりも大きな患者の出現頻度を、各グループ毎に算出した。結果を表2に示す。
【0032】
【表2】

【0033】
表2の結果に基づいて、細胞周期プロファイルスコアの平均値と出現頻度(縮小率>50%)を二軸としたグラフを作成し図6に示した。図6に示すように、細胞周期プロファイルスコアの平均値と出現頻度(縮小率>50%)との間には所定の相関関係があり、ロジスティック曲線を描くことができた。このようにして得られたグラフを利用することにより、例えば、「細胞周期プロファイルスコアがXの患者は、化学療法により50%を超える腫瘍縮小率が得られる可能性がどの程度あるのか」ということを予測することができる。すなわち、細胞周期プロファイルスコアに基づいて、化学療法の奏効の程度を予測することが可能になる。このようにして細胞周期プロファイルスコアから得られる化学療法の奏効の程度は、医者が患者に化学療法を行うかどうかを判断するための有用な指標となる。また、乳がんの場合には、50%を超える腫瘍縮小率は、乳房温存のための術前化学療法を施すか否かの指標となる。このため、細胞周期プロファイルスコアは術前化学療法を施すか否かの有用な指標となる。
【0034】
次に、表2の結果に基づいて、細胞周期プロファイルスコアの平均値と出現頻度(縮小率>80%)を2軸としたグラフを作成し、図7に示した。図7に示されるように細胞周期プロファイルスコアの平均値と出現頻度(縮小率>80%)との間には所定の相関関係があり、ロジスティック曲線を描くことができた。このようにして得られたグラフを利用することにより、例えば、「細胞周期プロファイルスコアがXの患者は、化学療法により80%を超える腫瘍縮小率が得られる可能性がどの程度あるのか」ということを予測することができる。すなわち、細胞周期プロファイルスコアに基づいて、化学療法の奏効の程度を予測することが可能になる。このようにして細胞周期プロファイルスコアから得られる化学療法の奏効の程度は、医者が患者に化学療法を行うかどうかを判断するための有用な指標となる。また、80%を超える腫瘍縮小率は、化学療法を施すことにより腫瘍が根治するか否かの指標となる。
【0035】
(細胞周期プロファイルスコアと病理学的完全奏効との関係)
下記表3に示す各乳がん患者について、化学療法を受ける前に針生検により採取された悪性腫瘍のCDK1発現量、CDK1活性値、CDK2発現量、CDK2活性値を測定し、CDK1比活性及びCDK2比活性を求めた。上記の式に基づいて細胞周期プロファイルスコアを求め、表3にその結果を示した。また、表3に示す各患者について、化学療法の結果、病理学的完全奏効(pCR)か否かを表3に示した。表3の「pCR」の項目の「1」は病理学的完全奏効を示す。
【0036】
【表3】

【0037】
表3に示される患者を、細胞周期プロファイルスコアの値が小さい患者から順に表4に示すようにグルーピングを行った。次に、細胞周期プロファイルスコアの平均値及びpCR率を、グループ毎に算出した。結果を表4に示す。
【0038】
【表4】

【0039】
表4の結果に基づいて、細胞周期プロファイルスコアの平均値とpCR率を2軸としたグラフを作成し、図8に示した。図8に示されるように、細胞周期プロファイルスコアの平均値とpCR率との間には所定の相関関係があり、ロジスティック曲線を描くことができた。このような相関関係に基づいて、細胞周期プロファイルスコアからpCR率を予測できることが判明した。
【0040】
上記の本実施形態の方法は、コンピュータにおいて実行されることが好ましい。上記の方法を実施するためのコンピュータシステムの一例を、図9に示す。
図9に示されたコンピュータシステム100は、本体110と、ディスプレイ120と、入力デバイス130とから主として構成されている。本体110は、CPU110aと、ROM110bと、RAM110cと、ハードディスク110dと、読出装置110eと、入出力インタフェース110fと、画像出力インタフェース110hとから主として構成されており、CPU110a、ROM110b、RAM110c、ハードディスク110d、読出装置110e、入出力インタフェース110f、及び画像出力インタフェース110hは、バス110iによってデータ通信可能に接続されている。
【0041】
CPU110aは、ROM110bに記憶されているコンピュータプログラム及びRAM110cにロードされたコンピュータプログラムを実行することが可能である。
ROM110bは、マスクROM、PROM、EPROM、EEPROM等によって構成されており、CPU110aに実行されるコンピュータプログラム及びこれに用いるデータ等が記録されている。
RAM110cは、SRAM又はDRAM等によって構成されている。RAM110cは、ROM110b及びハードディスク110dに記録されているコンピュータプログラムの読み出しに用いられる。また、これらのコンピュータプログラムを実行するときに、CPU110aの作業領域として利用される。
【0042】
ハードディスク110dは、オペレーティングシステム及びアプリケーションプログラム等、CPU110aに実行させるための種々のコンピュータプログラム及び当該コンピュータプログラムの実行に用いるデータがインストールされている。後述するアプリケーションプログラム140aも、このハードディスク110dにインストールされている。
【0043】
読出装置110eは、フレキシブルディスクドライブ、CD−ROMドライブ、又はDVD−ROMドライブ等によって構成されており、可搬型記録媒体140に記録されたコンピュータプログラム又はデータを読み出すことができる。また、可搬型記録媒体140には、コンピュータに本実施形態の方法を実行させるためのアプリケーションプログラム140aが格納されており、CPU110aが当該可搬型記録媒体140から本発明に係るアプリケーションプログラム140aを読み出し、当該アプリケーションプログラム140aをハードディスク110dにインストールすることが可能である。
なお、上記のアプリケーションプログラム140aは、可搬型記録媒体140によって提供されるのみならず、電気通信回線(有線、無線を問わない)によってコンピュータ本体110と通信可能に接続された外部の機器から前記電気通信回線を通じて提供することも可能である。例えば、上記のアプリケーションプログラム140aがインターネット上のサーバコンピュータのハードディスク内に格納されており、このサーバコンピュータにCPU110aがアクセスして、当該コンピュータプログラムをダウンロードし、これをハードディスク110dにインストールすることも可能である。
【0044】
また、ハードディスク110dには、例えば米国マイクロソフト社が製造販売するWindows(登録商標)等のグラフィカルユーザインタフェース環境を提供するオペレーティングシステムがインストールされている。以下の説明においては、本実施形態に係るアプリケーションプログラム140aは、当該オペレーティングシステム上で動作するものとしている。
【0045】
入出力インタフェース110fは、例えばUSB、IEEE1394、RS−232C等のシリアルインタフェース、SCSI、IDE、IEEE1284等のパラレルインタフェース、及びD/A変換器、A/D変換器等からなるアナログインタフェース等から構成されている。入出力インタフェース110fには、キーボード及びマウスからなる入力デバイス130が接続されており、ユーザが当該入力デバイス130を使用することにより、コンピュータ本体110にデータを入力することが可能である。
【0046】
画像出力インタフェース110hは、LCDまたはCRT等で構成されたディスプレイ120に接続されており、CPU110aから与えられた画像データに応じた映像信号をディスプレイ120に出力するようになっている。ディスプレイ120は、入力された映像信号にしたがって、画像(画面)を表示する。
【0047】
図10は、CPU110aによって実行される本実施形態の方法を実行するためのフローチャートである。
まず、入力デバイス130により検体のCDK1の活性値及び発現量、CDK2の活性値及び発現量が入力されると、CPU110aが入出力インタフェース110fを介してこれらのパラメータデータを取得し、RAM110cに記憶させる(ステップS11)。
【0048】
CPU110aは、ハードディスク110dに格納された上記式(1)〜(3)を読み出して入力されたパラメータデータから細胞周期プロファイルスコア(C2PS)を算出する処理を実行する(ステップS12)。
次に、CPU110aは、算出された細胞周期プロファイルスコア(C2PS)に基づいて抗がん剤治療に対する患者応答の予測判定を行う(ステップS13)。
ハードディスク110dには、細胞周期プロファイルスコアと抗がん剤治療による腫瘍収縮率との第1相関曲線、細胞周期プロファイルスコアと抗がん剤治療による50%奏功率との第2相関曲線、細胞周期プロファイルスコアと抗がん剤治療による80%奏功率との第3相関曲線、及び、細胞周期プロファイルスコアと抗がん剤治療による病理学的完全奏功との第4相関曲線が記憶されている。
【0049】
CPU110aは、算出されたC2PSと第1相関曲線から、抗がん剤治療による患者応答の予測判定として、腫瘍収縮率を求める。CPU110aは、算出されたC2PSと第2相関曲線から、抗がん剤治療による患者応答の予測判定として、80%奏功率を求める。CPU110aは、算出されたC2PSと第3相関曲線から、抗がん剤治療による患者応答の予測判定として、50%奏功率を求める。また、CPU110aは、算出されたC2PSと第4相関曲線から、抗がん剤治療による患者応答の予測判定として、病理学的完全奏功率を求める。
そして、CPU110aは、上記の予測判定結果を、RAM110cに格納するとともに画像出力インタフェース110fを介してディスプレイ120に出力する(ステップS14)。
なお、本実施形態においては、CDK1の活性値及び発現量などを、入力デバイス130を用いて入力したが、これに限定されるものではなく、例えば、操作者による入力ではなく、CDKの活性値、発現量などが測定装置から入出力インタフェース110fを介して自動的に取得されるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0050】
100 コンピュータシステム
110 本体
110a CPU
110b ROM
110c RAM
110d ハードディスク
110e 読出装置
110f 入出力インタフェース
110h 画像出力インタフェース
110i バス
120 ディスプレイ
130 入力デバイス
140 可搬型記録媒体
140a アプリケーションプログラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
がん患者から採取した悪性腫瘍からのサイクリン依存性キナーゼ1(CDK1)及びCDK2のそれぞれの比活性を取得する工程と、
取得したCDK1比活性とCDK2比活性に基づいて、細胞周期プロファイルスコアを求める工程と、
得られた細胞周期プロファイルスコアに基づいて、抗がん剤に対する応答の度合いを予測する工程と
を含み、
前記CDK1比活性が、CDK1発現量に対するCDK1活性値の比で表され、CDK2比活性が、CDK2発現量に対するCDK2活性値の比で表される、
抗がん剤に対するがん患者の応答を予測する方法。
【請求項2】
前記治療が、ネオアジュバント療法のための抗がん剤治療である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記予測工程が、抗がん剤の組み合わせに対する応答に度合いを予測することにより行われる請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記ネオアジュバント療法が、肉腫、黒色腫、並びに乳がん、結腸直腸がん、肺がん、胃がん、食道がん、膵臓がん及び/又はその他のがんに対して行われる請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
抗がん剤の投与前又は投与後に、比活性を取得する工程と、細胞周期プロファイルスコアを求める工程と、予測する工程とをさらに行う請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記治療が、アジュバント療法のための抗がん剤治療である請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記細胞周期プロファイルスコアが、CDK1比活性と、CDK1比活性に対するCDK2比活性の比とに基づいて求められる請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記細胞周期プロファイルスコアが、下記式(1);
細胞周期プロファイルスコア=F(x)×G(y) (1)
(式中、xはCDK1比活性を表し、yは比活性の比(CDK2比活性/CDK1比活性)を表す。)
に基づいて求められる、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記F(x)とG(y)とが、以下の式;
F(x)=a/(1+Exp(−(x−b)×c))
G(y)=d/(1+Exp(−(y−e)×f))
(式中、a〜fは定数である)
で表される、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
がん患者から採取した悪性腫瘍から、サイクリン依存性キナーゼ1(CDK1)及びCDK2のそれぞれの比活性を取得する工程と、
取得したCDK1比活性とCDK2比活性に基づいて、細胞周期プロファイルスコアを求める工程と、
得られた細胞周期プロファイルスコアに基づいて、腫瘍が収縮する度合いを予測する工程と
を含み、
前記CDK1比活性が、CDK1発現量に対するCDK1活性値の比で表され、CDK2比活性が、CDK2発現量に対するCDK2活性値の比で表される、
抗がん剤に対するがん患者の応答を予測する方法。
【請求項11】
前記治療が、ネオアジュバント療法のための抗がん剤治療である請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記予測工程が、抗がん剤の組み合わせに対する腫瘍の収縮の度合いを予測することにより行われる請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
前記ネオアジュバント療法が、肉腫、黒色腫、並びに乳がん、結腸直腸がん、肺がん、胃がん、食道がん、膵臓がん及び/又はその他のがんに対して行われる請求項11又は12に記載の方法。
【請求項14】
抗がん剤の投与前又は投与後に、比活性を取得する工程と、細胞周期プロファイルスコアを求める工程と、予測する工程とをさらに行う請求項10〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記治療が、アジュバント療法のための抗がん剤治療である請求項10に記載の方法。
【請求項16】
がん患者から採取した悪性腫瘍からのサイクリン依存性キナーゼ1(CDK1)及びCDK2のそれぞれの比活性を取得する工程と、
取得したCDK1比活性とCDK2比活性に基づいて、細胞周期プロファイルスコアを求める工程と、
得られた細胞周期プロファイルスコアに基づいて、病理学的完全奏効率を予測する工程と
を含み、
前記CDK1比活性が、CDK1発現量に対するCDK1活性値の比で表され、CDK2比活性が、CDK2発現量に対するCDK2活性値の比で表される、
抗がん剤に対するがん患者の応答を予測する方法。
【請求項17】
前記治療が、ネオアジュバント療法のための抗がん剤治療である請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記予測工程が、抗がん剤の組み合わせに対する病理学的完全奏効率を予測することにより行われる請求項16又は17に記載の方法。
【請求項19】
前記ネオアジュバント療法が、肉腫、黒色腫、並びに乳がん、結腸直腸がん、肺がん、胃がん、食道がん、膵臓がん及び/又はその他のがんに対して行われる請求項17又は18に記載の方法。
【請求項20】
前記治療が、アジュバント療法のための抗がん剤治療である請求項16に記載の方法。

【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−57486(P2010−57486A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−193093(P2009−193093)
【出願日】平成21年8月24日(2009.8.24)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【出願人】(507422150)ジョン ウェイン キャンサー インスティテュート (2)
【Fターム(参考)】