説明

半導体光触媒

【課題】光吸収効率が著しく向上し光触媒活性に優れ、しかもその調製法も簡便な半導体光触媒を提供する。
【解決手段】少なくとも光を閉じこめる二次構造を有する半導体光触媒であって、当該二次構造は、半導体光触媒前駆体溶液の過酸化物の存在下での加熱分解により形成されたものである半導体光触媒。過酸化物が過酸化水素である上記半導体光触媒。半導体光触媒がチタン、タングステン、ビスマス、モリブデン、ニッケル、バナジウム、鉄及びインジウムの少なくとも一つの元素を含む半導体光触媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、入射光を無駄なく吸収し触媒活性に優れた半導体光触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境汚染物質を吸着し太陽光や室内光によって分解除去する半導体光触媒が注目され、その研究が精力的に行われている。酸化チタンはその代表的なものであり強力な光触媒活性を示す。
【0003】
しかし、酸化チタンはバンドギャップが大きく、紫外光には活性を示すが太陽光の大部分を占める可視光には吸収性がなく、可視光に対する触媒活性を示さないため、太陽光を十分に利用することができず、また紫外光が極めて弱い室内では機能しないことなどの問題があった。
【0004】
このための対策として、窒素や硫黄、金属ドープなどで可視光を吸収できるようにするなどの酸化チタンの改良研究や可視光で光触媒として活性を示す化合物半導体の探索研究などが行われている。
【0005】
化合物半導体としては、たとえば、酸化チタンに比較してバンドギャップが小さいために可視光を吸収することができる、酸化タングステン、酸化鉄、酸化インジウム、酸化バナジウム、酸化ビスマス、酸化モリブデン、酸化ニッケルなどの酸化物や複合酸化物、TaONやTa3N5などの非酸化物などの半導体化合物、さらには色素やバンドギャップの小さな物質をワイドバンドギャップ半導体に接合した増感型半導体も可視光活性な光触媒(可視光応答性光触媒)として期待されている。さらにこのような半導体を基板に成膜した膜状の光触媒や導電性基板に成膜した光電極への応用も期待されている。
【0006】
しかしながら、これらの半導体化合物は、可視光触媒活性がまだ十分ではない場合があり、光触媒活性や光電変換効率の向上が課題であった。
【0007】
光触媒の活性や光電極効率を向上させる最も単純な方法は、入射光を無駄なく吸収することである。しかし、バンドギャップの吸収端付近やドーピングによる吸収部分、増感型光触媒の吸収端付近などでは吸光係数が低く、多くの光子は反射されて反応に利用できないために、これが活性のロスの大きな原因になっていた。ドープ型の場合はドープ量を増やすと電荷再結合が促進されて活性が低下する欠点があり、大幅に吸収を増やせなかった。
【0008】
そこで、入射光を無駄なく光学的に吸収する方法がいくつか検討されている。
例えば、ポリスチレン人工オパールを鋳型にしてTiO2膜を形成しての光閉じ込め法(非特許文献1,2)、TiO2/SiO2/Al多層膜をスパッタ法で作成して反射率を下げる方法(非特許文献3)や、シリコン基板などのエッチングにより周期構造を形成して光を閉じ込める方法(特許文献1、2)、陽極酸化した周期構造孔基板を用いた光閉じ込め法(特許文献3)などが報告されている。
【0009】
しかし、非特許文献1や2の方法では、ポリスチレンビーズの周りの空間が狭いので半導体層が薄くさらにビーズを焼き飛ばした部分が完全な空孔になるので、構造全体の強度が極めて弱く、またその性能向上効果は充分とは言えない。また、非特許文献3の方法では、スパッタ法を用いているため、製造コストが大きく、さらに大面積の応用には不向きである。特許文献1〜3の方法では、同様に、製造コストがかかりすぎ、大面積の応用には不向きである。
【0010】
【非特許文献1】神奈川県地域結集事業型共同開発研究事業・終了報告書、2.機能性フォトニック結晶の構築/顧忠沢 http://www.newkast.or.jp/innovation/kenkyusitu/pdf/sato_2.pdf
【非特許文献2】Hongwei Yan,ら、Chemistry Letters Vol.35, No.8 (2006)。Lai Qi,ら、Materials Letters 61 (2007) 2191−2194
【非特許文献3】「会報光触媒VOL.9 第9回シンポジウム“光触媒反応の最近の展開”」、(2002年)、縫田知宏、金井信宏、橋本和仁、渡辺俊也、大崎壽著、光機能材料研究会発行、44頁〜45頁 http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/hyoujun_gijutsu/hikari_shokubai/3_c_3.htm
【特許文献1】特開2006-167594号公報
【特許文献2】特開2005-277063号公報
【特許文献3】特開2004-130171号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、光吸収効率が著しく増大すると共にその光触媒活性が向上し、しかも簡便に大量に調製することが可能な工業的に極めて有利な半導体光触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、たとえばWO3やドープ型TiO2などの可視光応答性光触媒の光吸収効率を向上させる方法について検討した結果、従来の物理的手法や樹脂ビーズ等を用いる二次構造の形成手法に代え、半導体光触媒の前駆体溶液の酸化的熱分解過程での発生ガスを利用すると、湿式法で自己組織化により二次構造が自発的に形成できることを発明者は見いだし、本発明を完成するに至った。
すなわち、この出願は、以下の発明を提供するものである。
〈1〉少なくとも光を閉じこめる二次構造を有する半導体光触媒であって、当該二次構造は、半導体光触媒前駆体溶液の過酸化物の存在下での加熱酸化分解により形成されたものであり、その二次構造が保持されていることを特徴とする可視光応答性の半導体光触媒。
〈2〉過酸化物が過酸化水素であることを特徴とする〈1〉に記載の半導体光触媒。
〈3〉半導体光触媒がチタン、タングステン、ビスマス、モリブデン、ニッケル、バナジウム、鉄及びインジウムから選ばれた少なくとも一つの元素を含むことを特徴とする〈1〉又は〈2〉に記載の半導体光触媒。
〈4〉その形状が粉末又は薄膜であることを特徴とする〈1〉から〈3〉のいずれかに記載の半導体光触媒。
〈5〉〈1〉から〈4〉4のうちのいずれかに記載の半導体光触媒の存在下で光を照射することを特徴とする環境汚染物質の浄化方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の半導体光触媒は、従来のものに比べ光吸収効率が著しく向上し、その触媒活性に優れたものであり、またその調製法も極めて簡便なものである。したがって、光触媒としての活性も飛躍的に増大することから、環境汚染物質を分解・除去するための光触媒反応や水分解エネルギー変換のための触媒等として応用することができる。
また、本発明に係る半導体光触媒は主に可視光によって機能するため、太陽光を有効に利用したり、紫外光が極めて弱い室内・車内において使用したりすることが期待できる。更に本発明の半導体光触媒は半導体の光吸収を向上させるので、光触媒だけでなく、半導体光電極や色素増感太陽電池用の半導体膜電極にも応用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の半導体光触媒は、少なくとも光を閉じこめる二次構造からなり、当該二次構造が半導体光触媒の前駆体溶液を過酸化物の存在下で加熱酸化分解することによって得られたものであることを特徴とする。
ここで、半導体光触媒とは、光照射により電子と正孔が生じ、それぞれが還元および酸化反応を引き起こす物質を意味する。また、二次構造とは一次構造(=一次粒子)の不均一な集合構造を意味し、光閉じ込めとは、光の散乱と屈折を効果的に利用し、(光吸収経路が長くなることで、)一次構造の均一な集合構造に比べて、光吸収効率が大きく向上した状態を意味する。
【0015】
一般に、半導体光触媒の一次粒子が小さくて均一に分散していると屈折や散乱はあまり起こらないので、入射光が単純に透過または表面反射する一次構造を形成する。しかし、それらが凝集した構造部分では半導体密度や屈折率が異なるので光の屈折や散乱が大きくなる。半導体密度や屈折率が急に変わる部分がある構造部分の例としては、強く凝集した二次粒子や、部分的に結晶成長が進んだ巨大粒子、空孔構造、高多孔性構造などがある。そのような構造部分の大きさは、光の波長の半分程度の大きさで最も良く起こる。
【0016】
この場合、光吸収を増大させるには、光の入射方向に対して、半導体密度や屈折率が異なる構造を半導体粉末光触媒または多孔質半導体膜の内部に保有していることが重要である。このような、半導体一次粒子が異なる凝集形態を作っている構造全体が前記でいう二次構造である。
【0017】
このような光を効率的に吸収する二次構造は、従来法では物理的手法や樹脂ビーズ等を使用することにより形成されていたが、本発明によれば、このような煩雑な手法や試薬を用いることなく、半導体前駆体溶液の加熱酸化分解(固体化過程またはその焼成過程)でのガス発生を利用することで、湿式法で自己組織化により自発的に形成することができる。
【0018】
すなわち、半導体前駆体溶液に過酸化物を混合しておくと、半導体前駆体溶液が加熱酸化分解する過程で気泡が半導体前駆体の固体粒子内部に残存し、その部分が低密度になり、二次構造が形成される。
ここで、半導体前駆体溶液とは、半導体を構成する金属を含む溶液であり、加熱により溶媒蒸発やガス発生が起こり、最終的に半導体触媒を形成することができる溶液を意味する。
このような半導体前駆体としては、後記する半導体光触媒の金属として、例えば、チタン、タングステン、ビスマス、モリブデン、ニッケル、バナジウム、鉄及びインジウムの硝酸塩、塩化物塩、有機酸塩などが挙げられる。特にタングステン化合物と、ドーピングしたチタン化合物が好ましい。
過酸化物としては、過酸化水素、および過酸化水素が半導体光触媒の金属と結合した化合物が用いられる。
特に過酸化水素(H2O2)の添加が非常に有効である。溶媒としては蒸発して固化する温度付近で分解してガスを発生しやすい化合物や溶媒を選択するのが望ましい。このような溶媒としては、たとえば、水やアルコール、有機酸などが挙げられるが、水が最も好ましい。また、ガスが取り込まれやすい条件としては固化する直前の溶液の粘度が高いことが望ましい。
【0019】
また、半導体前駆体溶液が蒸発する過程で、複数の種類の半導体前駆体の固体粒子が析出し、これらが二次粒子内部で混在していると、焼成時のそれぞれの半導体前駆体の分解挙動が異なるために、密度の異なる二次粒子が形成され、これらの混在によって効率的に光吸収する半導体の二次構造が形成される。半導体前駆体の固体粒子の種類によってその構造だけでなく、そこに含まれている水や塩やアニオンの種類や量が異なるため、半導体前駆体の固体粒子の分解後の密度が異なると考えられる。
【0020】
再現性良く安定な二次構造を調製するには、半導体前駆体溶液を長時間熟成することが望ましい。熟成期間中に自己組織的に准安定な組成が溶液中にも形成される。熟成は数時間程度、静置または撹拌したり、溶媒の沸点以下で加熱する。
【0021】
加熱および焼成温度としては、ガス分解成分がほぼ放出される温度以上であり、かつ半導体結晶が通常のX線回折(XRD)測定で観測される温度以上が必要である。例えば、チタンやタングステン化合物とH2O2の組み合わせでは常圧では300℃以上が望ましい。
【0022】
半導体光触媒の調製法の代表例として、酸化タングステン(WO)および窒素ドープ酸化チタン(N−TiO)の調製法を以下に具体的に説明する。
【0023】
図1に光閉じこめを効果的に行う二次構造を有するWO3半導体の調製法の例を示す。
図1に示されるように、H2WO4またはタングステンメタルをH2O2 水溶液に溶解させると無色透明溶液になる。これをホットスターラー上で熟成させると透明黄色溶液に変色する。この溶液を蒸発乾固させると濃いオレンジ色のタングステン過酸化物になる。この過酸化物を焼成すると、光閉じこめを効果的に行う二次構造を有する酸化タングステンになる。
図2に光閉じこめを効果的に行う二次構造を有するNドープTiO2半導体の調製法の例をに示す。TiCl4をHCl水溶液に溶解させ、次にアンモニア水とH2O2を添加すると褐色溶液になる。これをホットスターラー上で熟成させる。この溶液を蒸発乾固させると白色のチタン過酸化物になる。この過酸化物を焼成すると、光閉じこめを効果的に行う二次構造を有する酸化チタンになる。
【0024】
本発明に係る半導体光触媒の構造は、粒子状態でも良いし、膜状態でも良い。また、基板に対して膜状態で二次構造を形成した光触媒膜を剥離させてからごく軽く粉砕して粒子状態にしても良い。膜状にする場合の基板は平滑面でも、凸凹の大きな表面でも、多孔質でも良い。また、セラミックフィルターのような多孔性基板に対しては、該基板に前駆体溶液を染み込ませたり、スピンコートなどにより付着させ、これを焼成する方法を採ることが望ましい。
膜状態で用いるの場合、本発明の膜の上に屈折・散乱のほとんど無い透明膜を積層させることで光閉じこめ効果を増大させることもできる。
ここで、重要なことは、その二次構造が保持された状態を維持することである。あまりに強い衝撃を与えて二次構造を強く破壊すると、光吸収効果が大きく失われる。
【0025】
半導体光触媒の具体例としては、酸化チタン(TiO2)などの紫外線応答性光触媒の他、タングステン、ビスマス、モリブデン、ニッケル、バナジウム、鉄、インジウムなどの有色元素などを含有する化合物半導体、ドープ型光触媒などの多くの可視光応答性光触媒など挙げることができる。例えば、MドープTiO2(M=S,C,N,金属)やMドープSrTiO3などドープ型光触媒は、ドープ量を増やすと再結合が多くなり活性が低下するために、ドープ量を少なめにしている。そのため、ドープ準位の密度が低く、その光吸収励起効率が低いものが多い。このような光触媒に対して本発明は特に有効性を発揮する。
ドーピングは、そのドープ種前駆体を半導体前駆体に混ぜておいても良いし、光吸収効率の高い半導体構造を作ってから、後でアンモニア加熱などのドーピング処理をしても良い。また、ドープ型ではないが、通常の化合物型半導体光触媒においても、その吸収端は吸収効率が悪いので、本発明を充分に使える。例えば、酸化タングステン、酸化鉄、酸化インジウム、酸化バナジウム、酸化ビスマス、酸化モリブデン、酸化ニッケルなどを含む化合物半導体である。具体的には、WxMoyO3-z、BiVO4,TaON,Bi2WO6などがある。さらに本発明は光吸収する物質が半導体の表面に存在する色素増感型の反応でも効果的に利用することができる。
【0026】
また、半導体光触媒は表面積が高い方が好ましいが、高すぎると結晶性が不十分で欠陥やアモルファスが多くなり、活性低下の原因となる。結晶性が高く且つ表面積が高い光触媒が望ましいが、その表面積の最適値は触媒密度や反応基質により多少異なる。有機物酸化分解では表面積は多め、酸素発生では少なめがよい。酸化タングステン(WO3)の炭化水素分解の場合、好ましくは1-50m2/g、より好ましくは2-40m2/g、更に好ましくは4-35m2/gである。XRDやTEM観察から推察される結晶性は、同じ表面積で比べれば結晶性ができるだけ高い方が望ましい。
【0027】
半導体光触媒を構成する半導体の一次粒子径に関しては、それ自体が可視光を含む入射光をできるだけ散乱しない大きさとすることが望ましい。光散乱は光の波長の半分程度の粒子径で最も良く起こる。可視光の波長は400〜800nmであり、その半分の粒子径は200〜400nmであるが、光散乱を全くしないこと、およびある程度の広い表面積を持つのが望ましいことを考慮すれば平均粒子径は200nm以下、好ましくは60nm以下が望ましい。そのような細かい粒子が単一分散していれば、散乱はなくほぼ透明であるので垂直入射光はほぼ直線的に透過できる。一次粒子径は、顕微鏡撮影や、XRD半値幅法、表面積からの計算法などで測定できる。一次粒子径の大きさは、調製時間や調整雰囲気で大きく異なるが、調製温度に最も影響を受けるので、上記の適切な粒子径になるように低温で調製する。
【0028】
上記のように、可視光の波長は400-800nmであり、その半分の粒子径は200-400nmであるが、二次構造の大きさはそれ以上の大きさでも十分屈折や散乱を起こすことができるし、多少小さくても屈折散乱を起こす。このような二次構造自体の大きさは実質的には150-20000nmが望ましい。
【0029】
屈折や散乱反射が起こりにくい表面部分を光が通過し、光子を光触媒内部に導いた後で、その内部には屈折・散乱反射を起こしやすい二次構造が存在することが望ましい。その結果、光子は散乱で斜め方向に進行するため、屈折や散乱反射が起こらない部分の距離が短くても、光の通過距離が長くなり、吸収効率が増大できる。屈折や散乱反射が起こりにくい部分の距離は吸光係数(a)に依存するので一概に言えないが、好ましくはそこを通過した光子の10-50%が吸収される距離が良い。
【0030】
さらに、二次構造が整列して周期構造を形成していると、フォトニック結晶のような強い光閉じ込め効果が期待できる。周期的な構造を形成していると、光の干渉作用によりオパールのような虹色模様(遊色)が見られることがある。
【0031】
光吸収効率の高い半導体光触媒構造が調製できたかどうかの判断は、反射・吸収スペクトルを測定して判断する。光吸収効率の高い半導体構造ができていれば、通常の半導体や市販品より反射率が小さく、光吸収が増大している。特に吸収の少ない部分でその効果が顕著に観測される。逆に、乳鉢等で物理的にすりつぶして吸収が小さくなり短波長化すれば、その構造が壊れたことになるので、その光吸収効率の高い半導体構造が存在する証明となる。
【0032】
半導体光触媒は通常助触媒を担持すると性能は大きくなる場合が多い。白金やパラジウム、ルテニウムなどの貴金属や銅化合物等を半導体粒子に担持しても良い。また、活性炭のような吸着特性の高い物質と共存させても良い。
【0033】
本発明に係る半導体光触媒を薄膜化した光触媒膜は、導電性基板上に形成すれば、半導体光電極となり、色素増感太陽電池用の電極やエネルギー変換用の光電極にも応用できる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0035】
実施例1
WO3微粒子はタングステン酸(H2WO4、Wako製)の過酸化物の熱分解法で調製した。タングステン酸2.5gを過酸化水素(H2O2,30%水溶液)30mlにビーカー中で300rpm以上で2時間程度強く撹拌しながら溶解させた。得られた透明溶液を撹拌しながらゆっくりホットスターラー上で加熱しながら、水分と過酸化水素を蒸発させる。1/5程度に濃縮した溶液が透明な黄色溶液になるまで乾留熟成させる。この状態の溶液になってからこれを乾燥させると、溶液粘度が高くなりつつガス発生が観測され、最後にオレンジ色のキラキラした固体が析出する。この固体粉末はタングステンの水酸化物または過酸化物(過酸化ポリタングステン酸)と思われる。これを粉砕せずにスパチュラで取り出し、電気炉で空気中400℃で0.5時間焼成して黄緑色のWO3微粒子を作製した。WO3微粒子の表面積は33m/gであった。最後に0.03〜0.3mm程度の粒子径に乳鉢で軽く粉砕する。この粉砕では、その粒子の表面は、合成過程で自然に形成された、平滑な表面でほとんどできている。この粉末光触媒を実施例1の光触媒とする。
【0036】
比較例1−1
実施例1において、過酸化水素を添加しない以外は 実施例1と同様にしてWO3粉末の作成を試みた。タングステン酸は過酸化水素を添加しない水にはほとんど溶解しないため、タングステン酸の粉末を電気炉で空気中400℃で0.5時間焼成して黄緑色のWO3微粒子を作製した。この光触媒の表面積は22m/gであった。この粉末光触媒を比較例1−1の光触媒とする。
【0037】
比較例1−2
実施例1において、二次構造が保持されない状態の光触媒の調製を試みた。すなわち、この実施例1の粉末を乳鉢で更に力をかけて0.01mm以下、大部分は0.003mm以下に粉砕し、二次構造を壊した粉末光触媒を比較例1−2とする。この粉砕では、その粒子の表面は、合成過程で自然に形成された表面よりも、破断した凸凹した面で大部分できている。表面積は粉砕によって変化しておらず、一次粒子自体は変化していないものと考えられる。
【0038】
実施例1と比較例1−1および比較例1−2で得た光触媒の反射スペクトルを図3に示す。図3から実施例1の触媒が比較例1−1や1−2のものより可視光領域で反射率が大幅に低下し、吸収率が増加していることがわかる。比較例1−1の粉末は比較例1−2と同様に粉砕しても、吸収スペクトルに大きな変化がなかったことから、比較例1−1の粉末では光吸収を増大させる二次構造はほとんどできていないことが分かった。
光吸収率=1−反射率 と定義すると、図3から、450nmの光吸収率は、実施例1で79%、比較例1−1では45%、比較例1−2では54%、であった。
【0039】
<ヘキサン分解反応法>
これらの光触媒をそれぞれ4.4mlのバイアルびんにおよそ150mg入れ、これにヘキサンの液体を2μlを加えて、300WのXeランプで光照射し(波長>300nm)、ガスクロマトグラフィーにより光分解で生じる二酸化炭素の量の時間変化をモニターした。
図4にその反応結果を示す。実施例1では120分で53000ppmのCO2が発生したが、比較例1−1や1−2では、21000ppmと33000ppm程度しか発生しなかった。このことから、実施例1の光触媒活性は比較例1のものより高いことが分かる。
また、紫外線だけ照射した場合は、実施例1と比較例1−2ではあまり活性に変化はなかった。これは紫外線領域では両者の触媒とも十分光を吸収しているので、本質的には両者とも活性が等しく、単なる乳鉢粉砕では一次粒子としての活性は変化していないことを示している。
一方、Y-44フィルター(HOYA製、440nm以下の光をカット)で440nm以上光のみを照射した場合には、その触媒活性は実施例1が比較例1−2より1.8倍程度高かった。Y-48フィルター(HOYA製、480nm以下の光をカット)で480nm以上光のみを照射した場合には、その触媒活性は実施例1が比較例1−2より4倍程度高かった。これは、実施例1に係る光触媒は二次構造(多孔質)を有するために可視光応答性光触媒機能が大幅に向上することに起因するものと結論できる。
【0040】
実施例2
NドープTiO2微粒子は四塩化チタン溶液(Wako製、16%水溶液)と過酸化水素およびアンモニアの混合溶液の熱分解法で調製した。水30mlに塩酸3mlを希釈し、撹拌しながらアンモニア水を1mlゆっくり滴下する。これに過酸化水素過酸化水素(30%水溶液)を3mlゆっくり滴下すると溶液は濃いオレンジ色になる。この溶液をホットスターラー上でゆっくりと3時間加熱しながら、水分と過酸化水素、アンモニアを蒸発させる。最終的には白色固体が析出する。これをフタ付き蒸発皿で400℃で20分間焼成してNドープTiO2を合成した。この粉末光触媒を実施例2の光触媒とする。
【0041】
比較例2
実施例2の粉末を乳鉢で更に力をかけて、二次構造を壊した粉末光触媒を比較例2の光触媒とする。図5に反射スペクトルを示す。実施例2の方が比較例2より可視光領域で反射率が低下していることがわかる。この図5から、420nmの光吸収率は、実施例2で23%、比較例2で16%、であるが、ベースラインを考慮すると両者の吸収の差はこの数字以上に大きいものと推定される。
つまり実施例2の光触媒の方が比較例2より可視光領域で光吸収の効率が高いことが分かる。比較例2の光触媒の光吸収率の低下の原因は、現時点では定かではないが、TiO2の一次粒子の物性がこのような単なる乳鉢の粉砕で変化するとはいないので、該光触媒の二次構造の崩壊が主たる原因と考えている。
【0042】
<アセトアルデヒド分解反応法>
これらの光触媒を4.4mlのバイアルびんにおよそ15mg入れ、これにアセトアルデヒド9000ppmを加えて、紫外線カットフィルター(HOYA、L-42)をつけた300WのXeランプで光照射し、ガスクロマトグラフィーにより光分解で生じる二酸化炭素の量の時間変化をモニターした。図6に反応結果を示す。実施例2では120分で1600ppmのCO2が発生したが、乳鉢で粉砕した比較例2では400ppm程度しか発生しなかった。実施例2の方が活性は非常に高いことが分かる。以上の結果から、比較例2のものと異なり実施例2の光触媒は光を効率的に吸収できる二次構造が存在するために活性が高かったものと結論できる。
また、実施例2においてH2O2を添加せずに合成したN-ドープTiO2では、120分で300ppm程度のCO2しか発生せず、しかも粉砕後の活性は120分で250ppmであり、粉砕による活性低下はH2O2添加無しのものと比べると極めて小さかったことから、H2O2添加の光閉じこめ効果の有効性がわかる。
【0043】
実施例3
実施例1のWO3にCuOを0.1wt%担持した。担持方法は蒸発皿上で硝酸銅水溶液をWO3粉末に含浸法で担持し、300度で30分空気焼成した。この粉末の450nmの光吸収率は、75%であった。この粉末を用いて、実施例2と同様にアセトアルデヒド分解を行った。120分で5700ppmのCO2発生が観測された。
【0044】
比較例3
実施例3の粉末を乳鉢で更に力をかけて、二次構造を壊した粉末光触媒を比較例3の光触媒とする。450nmの光吸収率は57%であり、実施例3と比較して小さくなった。120分で3000ppmのCO2発生が観測され、実施例3と比較して小さくなった。この比較結果も、光閉じこめできる二次構造が存在する状態では光吸収が増大し、活性が向上できることを示している。
【0045】
実施例4−9、比較例4−9
多くの各種酸化物半導体について、半導体調製時に過酸化物を添加することで光吸収効率増大効果が発現するかどうか検討を行った。
実施例4のモリブデン酸化物の合成では、前駆体のH2MoO4をアンモニアとH2O2の混合水溶液に溶解後、ホットスターラー上で50℃で3時間熟成し、その後乾燥させ、薄黄色の固形物を得、この固形物を500℃で1時間焼成し、モリブデン酸化物半導体粉末を得た。粉砕前の二次構造が保持された粉末を実施例4の光触媒とした。実施例4において過酸化水素を用いない以外は実施例4と同様にして合成したものを比較例4の光触媒とした。
実施例5のビスマス酸化物の合成では、前駆体のBiCl3をH2O2の水溶液に懸濁・溶解後、ホットスターラー上で50℃で3時間熟成し、その後乾燥させ、白色の固形物を得、この固形物を500℃で1時間焼成し、ビスマス酸化物半導体粉末を得た。粉砕前の二次構造が保持された粉末を実施例5の光触媒とした。実施例5において過酸化水素を用いない以外は実施例5と同様にして合成したものを比較例5の光触媒とした。
実施例6のニッケル酸化物の合成では、前駆体のNiCl2をH2O2の水溶液に溶解後、ホットスターラー上で50℃で3時間熟成し、その後乾燥させ、黄色の固形物を得、この固形物を500℃で1時間焼成し、ニッケル酸化物半導体粉末を合成した。粉砕前の二次構造が保持された粉末を実施例6の光触媒とした。実施例6において過酸化水素を用いない以外は実施例6と同様にして合成したものを比較例6の光触媒とした。
実施例7のバナジウム酸化物の合成では、前駆体のVOCl2をH2O2とHClの混合水溶液に溶解後、ホットスターラー上で50℃で3時間熟成し、その後乾燥させ、深緑色の固形物を得、この固形物を500℃で1時間焼成し、バナジウム酸化物半導体粉末を得た。粉砕前の二次構造が保持された粉末を実施例7の光触媒とした。実施例7において過酸化水素を用いない以外は実施例7と同様にして合成したものを比較例7の光触媒とした。
実施例8の鉄酸化物の合成では、前駆体のFeCl3をH2O2水溶液に溶解後、ホットスターラー上で50℃で3時間熟成し、その後乾燥させ、褐色の固形物を得、この固形物を600℃で1時間焼成し、鉄酸化物半導体粉末を得た。粉砕前の二次構造が保持された粉末を実施例8の光触媒とした。実施例8において過酸化水素を用いない以外は実施例8と同様にして合成したものを比較例8の光触媒とした。
実施例9のインジウム酸化物合成では、前駆体のInCl3をH2O2水溶液に溶解後、ホットスターラー上で50℃で3時間熟成し、その後乾燥させ、白色の固形物を得、この固形物を600℃で1時間焼成し、インジウム酸化物半導体粉末を得た。粉砕前の二次構造が保持された粉末を実施例9の光触媒とした。実施例9において過酸化水素を用いない以外は実施例9と同様にして合成したものを比較例9の光触媒とした。
【0046】
上記各光触媒粉末の600nmにおける反射率を測定し、光吸収率を計算した結果を表1に示す。いずれの場合も、実施例の粉末の方が比較例より可視光領域で光吸収の効率が高いことが分かる。
【0047】
【表1】

注1)実施例9と比較例9の反射率と吸収率は500nmで測定したものである。
【0048】
このように、対応する前駆体溶液の過酸化物の存在下での加熱酸化分解により二次構造が形成された、モリブデン酸化物、ビスマス酸化物、ニッケル酸化物、バナジウム酸化物、鉄酸化物、インジウム酸化物などが、従来の相応する酸化物に比べ可視光吸収が高くなり、半導体光触媒の触媒特性の効率が向上することが明らかとなったことから、これら以外の他の半導体光触媒も上記のような二次構造の改質手法によりその半導体光触媒の特性が向上することは極く自然に理解できることである。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】半導体光触媒(酸化タングステン)の調製フローチャート。
【図2】半導体光触媒(N−ドープ酸化チタン)の調製フローチャート。
【図3】実施例1と比較例1−1,1−2で得た半導体光触媒粉末の反射スペクトル。
【図4】実施例1と比較例1−1,1−2で得た半導体光触媒粉末を用いてヘキサンを光分解したときの二酸化炭素生成量の時間変化を示した図。
【図5】実施例2と比較例2で得た窒素ドープ酸化チタン光触媒粉末の反射スペクトル。
【図6】実施例2と比較例2で得た半導体光触媒粉末を用いてアセトアルデヒドを光分解したときの二酸化炭素生成量の時間変化を示した図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも光を閉じこめる二次構造を有する半導体光触媒であって、当該二次構造は、半導体光触媒前駆体溶液の過酸化物の存在下での加熱酸化分解により形成されたものであり、その二次構造が保持されていることを特徴とする可視光応答性の半導体光触媒。
【請求項2】
過酸化物が過酸化水素であることを特徴とする請求項1に記載の半導体光触媒。
【請求項3】
半導体光触媒がチタン、タングステン、ビスマス、モリブデン、ニッケル、バナジウム、鉄及びインジウムから選ばれた少なくとも一つの元素を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の半導体光触媒。
【請求項4】
その形状が粉末又は薄膜であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の半導体光触媒。
【請求項5】
請求項1から4のうちのいずれか1項に記載の半導体光触媒の存在下で光を照射することを特徴とする環境汚染物質の浄化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−189952(P2009−189952A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−33160(P2008−33160)
【出願日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト 光触媒関連基礎技術の開発ならびに新環境科学領域の創成事業」産業技術力強化法第19条の適用をうける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】