説明

原子または分子の同定方法

【課題】 試料表面の原子または分子に局在する化学結合による力を測定することによって原子または分子を同定する。
【解決手段】 原子間力顕微鏡3を準備し、探針6が先端に形成されたカンチレバー4を基体4aに、取付けてカンチレバー組合せ体8を構成し、振動部材7を駆動してカンチレバー4の固有振動数で発振し、振動周波数の固有振動数からの周波数変化Δfに対応する電圧を周波数変化検出器19によって検出する。この電圧は、探針6と、基準となる第1試料および同定すべき原子または分子を含む第2試料1との間に働く化学結合による引力に関係する。探針6と試料1との間の距離を、約1nm以下に一定に保ったままの状態で、探針と第1および第2試料との間に、電源回路26によって直流電圧Vを連続的に変化して印加する。探針6と第1および第2試料1との間に作用する引力のピーク31に対応する印加電圧V1をそれぞれ検出して比較する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料表面上の1つ1つの原子または分子に局在する化学結合に関係する電子状態を調べる原子または分子の同定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面の電子状態を調べる典型的な先行技術は、紫外線光電子分光(UPS)、X線光電子分光(XPS)、低速電子エネルギ損失分光(LEELS)、走査トンネル分光(STS)などである。UPS,XPSは紫外線、またはX線を試料に照射し、試料中の価電子帯の電子が励起され、真空中に出てきた電子のエネルギ分布から元の電子状態を調べる方法である。LEELSは試料に低速電子(数十から2000eV程度)を照射し、電子遷移等でエネルギを失って出てくる非弾性散乱電子のエネルギ分布から元の電子状態を調べる方法である。これらは試料に入射させる紫外線、X線、低速電子線とも、概ね1μmφ程度までしか絞ることができない。すなわち得られる情報はその入射領域の平均的情報であり、高い空間分解能測定はできない。一方、STSは鋭利な金属探針を試料から約1nm以下まで近づけ、探針と試料間に電圧を印加してトンネル電流を測定して、試料表面の電子の状態密度を知ることができる。STSは上記の他の表面の電子状態を調べる手法と異なり、空間分解能は原子1個のレベルであり、本発明の表面局在相互作用分光法に最も近い先行技術である。しかしながら、STSではフェルミ準位付近のどのレベルに電子がどのぐらいあるかは判るが、どの電子状態が化学反応に寄与するかは判らない。
【0003】
微小構造形成の先行技術は電子線を用いたマイクロファブリケイト技術である。この先行技術では線幅は露光光源である電子線の波長に制限され、形成できる構造の線幅はサブミクロンレベルが限界となる。
【0004】
それよりも微小な構造を作るための先行技術として、走査型トンネル顕微鏡(STM)や原子間力顕微鏡(AFM)などの走査型プローブ顕微鏡(SPM)を用いた加工技術が開発されてきている。例として、(1)金の探針と金の平面試料間に電圧パルスを掛けて金試料上の任意の位置に10〜20nmの金の突起または穴を形成する(H.J.Mamln,P.H.Guethner,D.Rugar,Phys.Rev.Lett.65,2418(1990)、Y.Hasegawa,Ph.Avouris,Science258,1763(1992))、(2)極低温中でニッケル基板上に吸着しているキセノン原子や、銅基板上の一酸化炭素分子をSTM探針で動かし、任意の位置に移動させる(D.M.Eigler,E.K.Schweizer,Nature344,524(1990)、G.Meyer,B.Neu,K.Rieder,Appl.Phys.A60,343(1995))、(3)AFM探針で機械的に削る(Y.Klm,C.M.Lieber,Science257,375(1992))などがある。(1),(3)の方法では加工する大きさは数十nmオーダであり、それ以上に細かな制御は困難である。また、(2)の方法は極低温中でのみ、可能な状態であり、常温で使用するデバイスへの応用は期待できない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、原子レベルの空間分解能で試料の表面の原子または分子を同定するための新規な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、(a)予め定める基準となる第1試料を用いて、探針と第1試料表面との間の距離を、約1nm以下に近接した状態で、
探針と第1試料との間に直流電圧を変化しつつ印加し、
探針と第1試料との間に作用する化学結合による引力を、印加電圧に対応して検出し、
探針とその探針に対向する第1試料との間の前記印加電圧に対応する前記引力のピーク値が得られる第1の印加電圧を検出して第1検出結果を得、
(b)同定すべき原子または分子を含む第2試料を用いて、第1検出結果を得たときに用いられる同一の探針と第2試料表面との間の距離を、約1nm以下に近接した状態で、
探針と第2試料との間に直流電圧を変化しつつ印加し、
探針と第2試料との間に作用する化学結合による引力を、印加電圧に対応して検出し、
探針とその探針に対向する第2試料との間の前記印加電圧に対応する前記引力のピーク値が得られる第2の印加電圧を検出して第2検出結果を得、
(c)第1検出結果と第2検出結果とを比較して第2試料の原子または分子を同定することを特徴とする原子または分子の同定方法である。
【0007】
本発明に従えば、探針と第1および第2試料表面との間の距離を約1nm以下に近接した状態を保ち、この状態で、直流電圧を連続的にまたは段階的に、たとえば増大または減少してプラス方向、マイナス方向の両極性とも、変化しながら印加し、この印加電圧に対応して探針と試料との間に作用する引力を検出する。探針は、先鋭化して形成される。印加電圧の変化に伴い、探針と試料との材料の種類や表面構造などに依存した印加電圧で、引力のピーク値が得られることが、本件発明者の実験によって確認された。
【0008】
このような印加電圧に依存する引力のピーク値が得られる理由について、本件発明者は次のように考察した。探針表面の電子エネルギ準位と、試料表面の電子エネルギ準位とは、両者間に与えられる印加電圧によって相対的に変化する。探針表面の電子エネルギ準位と試料表面の電子エネルギ準位とが一致したとき、探針と試料との間に化学結合による大きな引力が生じる。すなわち、このような大きな引力のピーク値が得られる印加電圧は、探針表面の原子または分子の電子エネルギ準位と、試料表面の原子または分子の電子エネルギ準位とが一致する値であり、このとき大きな化学結合力が生じる。
【0009】
表面の電子エネルギ準位が相互に異なる2つの物体は、どんなに近づいても、電子の結合性軌道を造ることはないが、電子エネルギ準位を、印加電圧によって、合せることによって、表面電子の波動関数がオーバラップし、結合性軌道、反結合性軌道を造り、化学結合する。このとき、両物体間、すなわち探針および試料間には、強い化学結合力が生じる。複数種類の各試料表面に存在する原子または分子はどれも、探針との間で引力が生じ、同じ試料面内であっても、印加電圧を変えることによって、特定の種類の原子または分子だけが、探針と強い相互作用力である化学結合力を生じる。
【0010】
印加電圧が、探針と試料表面との原子または分子の電子エネルギ準位が一致しない値であるとき、これらの探針と試料との間の原子または分子の相互間の化学結合力は生じない。
【0011】
ファンデルワールス力と静電引力はエネルギ準位が一致していても一致していなくても働いている。そして、ファンデルワールス力と静電引力は長距離力であり、化学結合力は短距離力である。また、印加電圧に対して、ファンデルワールス力はほとんど変化しないと考えられ、静電引力は印加電圧に対して2次関数的に変化し、たとえば後述の図4の放物線34が静電引力の変化を示す。化学結合力は、或る電圧でピーク状の変化をするので、ファンデルワールス力や静電引力と見分けが付く。力の大きさは、探針と試料との間の距離によって化学結合力が大きい場合もあるが、ファンデルワールス力や静電引力と同レベルである可能性もある。探針と試料との間に作用する引力は、前述のファンデルワールス力と静電引力と化学結合力との和であり、探針と試料との間の距離が非常に近い範囲、すなわち約1nm以下の範囲では、前述の印加電圧を変化させたとき、或る電圧で引力のピーク値が得られ、このようなピーク値は、化学結合力に起因して得られ、印加電圧に依存しないファンデルワールス力および印加電圧に対して2次関数的に変化する静電引力とは、見分けがつくことになる。
【0012】
探針と試料との電子エネルギ準位が大きくずれてしまうと、探針と試料とを、どんなに近づけても、化学結合力は働かない。探針と試料とを一定の距離に保ち、印加電圧を掃引しながら、探針と試料との間の相互作用力を測定すれば、探針先端部とその直下の試料の原子または分子の表面に局在した電子エネルギ準位が一致したときのみ、強い化学結合力が測定される。したがって試料の表面には、探針先端の電子エネルギ準位に対して印加電圧分だけ異なる表面の電子エネルギ準位があることが判る。
【0013】
本発明に従えば、表面の元素および結合状態が既知である第1試料を用いて、引力のピーク値が得られる第1の印加電圧を検出して第1検出結果とする。表面の元素の種類および結合状態などを調べて原子または分子を同定すべき第2試料を用いて、引力のピーク値に対応する第2の印加電圧を検出して第2検出結果とする。第1試料に関する探針の表面の電子のエネルギに対する第1検出結果と、同じ探針を用いたときにおける第2試料に関して、その探針の表面の電子のエネルギに対する第2検出結果とを比較する。
【0014】
第1および第2試料に関して、同一の探針を用いて、前述のように第1および第2の印加電圧が検出されるので、探針の表面の電子のエネルギ準位を基準にして、第1および第2試料の表面の電子のエネルギ準位がそれぞれ検出される。したがって、真空準位を基準とした絶対準位ではないが、第1および第2検出結果の比較は可能である。
【0015】
真空準位に対して既知の表面の電子エネルギを持った第1試料を測定すれば、逆に探針の表面の電子のエネルギ準位が真空準位に対して校正でき、第2試料についても、真空準位からのエネルギ準位が特定される。こうして同一探針に対する第1および第2試料に関する引力のピーク値が得られる第1および第2の印加電圧が同一であるとき、第2試料の各ピーク値に対応する原子または分子は、第1試料の各ピーク値に対応する原子または分子と同一であるものとして同定することができる。
【0016】
探針および試料の表面の電子エネルギ準位は、その元素および結合状態に依存し、たとえば元素の各原子の原子種がたとえ同一であっても、表面における原子の結合状態などによって異なり、これらの電子エネルギ準位が異なることによって、引力のピーク値が得られる印加電圧が異なることになる。同一の探針を用いて第1および第2試料に関して引力のピーク値に対応する印加電圧を検出するとき、前述のように、同一探針に対する第1および第2印加電圧を比較することによって、第1試料の既知の原子または分子に対応する第2試料の原子または分子を同定することができる。
【0017】
本発明の同定方法は、試料表面に存在する1つ1つの原子または分子に局在する電子のエネルギを測定するものであり、したがって第1および第2試料は、全く別の試料であってもよいが、同一試料表面上の別の検出領域の原子や分子であってもよく、本発明はこのような構成も含む。
【0018】
また本発明は、微小なカンチレバーの先端に探針が形成され、探針とそれに対向する第1および第2試料との間に働く化学結合による引力である引力を測定するため前記カンチレバーの撓みを検出する力検出機構を持つ装置を準備し、
この装置を用いて、探針と試料との間の距離を、予め定める距離に設定し、
この予め定める距離を設定した後に、その予め定める距離を保った状態とし、
探針と第1および第2試料との間に、直流電圧を変化しつつ印加し、
探針と試料間に働く化学結合による引力を検出することを特徴とする。
【0019】
本発明に従えば、微小なカンチレバーの先端に形成された探針と試料表面との間の距離を、予め定める距離、たとえば約1nm以下に近接した状態を保ったままで、直流電圧を変化しつつ、力検出機構によって、探針と試料表面との間に作用する化学結合による引力に対応したカンチレバーの撓みを、検出する。こうして探針と試料との間に作用する引力のピーク値と印加電圧との関係を知ることができる。本発明の実施の他の形態では、カンチレバーの撓みをたとえばピエゾ抵抗膜などによって検出するようにしてもよい。
【0020】
また本発明は、前記装置は、原子間力顕微鏡であり、
この原子間力顕微鏡は、
第1および第2試料に対向して配置される探針が形成された微小なカンチレバーと、
カンチレバーの撓みを検出する機構と、
カンチレバーに振動を与えるように配置させた振動部材と、
カンチレバーの共振周波数で振動するように、振動部材を駆動する振動制御手段と、
探針に化学結合による力が作用したとき、カンチレバーの共振周波数の変化Δfを検出してその周波数変化Δfを電圧に変換する手段と、
カンチレバーの共振周波数の変化Δfに対応した電圧が予め定める値に保たれるように、探針と試料との間の距離を制御する手段とを含み、
この原子間力顕微鏡を用いて、探針と第1および第2試料表面との間の距離を、予め定める距離に設定し、
この予め定める距離を設定した後に、前記予め定める距離を保った状態とし、
探針と第1および第2試料との間に、直流電圧を変化しつつ印加し、探針と試料との間に働く化学結合による引力に従って変化するカンチレバーの振動周波数の固有振動数からの周波数変化Δfを検出することを特徴とする。
【0021】
本発明に従えば、原子間力顕微鏡(AFM)が用いられる。この原子間力顕微鏡では、探針6が形成された微小なカンチレバー4を、振動制御手段13からの発振駆動信号を振動部材7に与えることによって、カンチレバー4の共振周波数で振動して、機械的発振回路5を構成する。
【0022】
探針6が先端に形成されるカンチレバー4の振動周波数は、探針と試料との間に相互作用力が作用することによって、固有振動数からのわずかな周波数変化Δfを生じる。周波数変化検出器によって、この周波数変化Δfに対応した電圧を求める。この周波数変化Δfが予め定める一定の値に保たれるように、したがって電圧が予め定める設定値に保たれるように、探針と試料との間の距離を、距離制御手段17,22,63によって制御する。電圧の予め定める設定値を変化することによって、探針と試料との間の距離を希望する値、たとえば約1nm以下の値に調整することができる。カンチレバーは、ほぼ固有振動数で振動しており、探針の試料表面に対向する探針が、その振動中に、試料表面に最も近接したとき、前記距離約1nm以下になるように、前記予め定める距離が設定される。
【0023】
原子間力顕微鏡を用いて、このように前記周波数変化Δfが予め定める設定値に保たれるように、したがって電圧が予め定める設定値に保たれるように負帰還制御が継続して行われるので、探針と試料との間の距離を希望する値に一定に保った状態とすることができる。
【0024】
探針と試料との間の距離を、前述のように、約1nm以下に設定したままの状態で、探針と試料との間に直流電圧を連続的にまたは段階的に、たとえば増大または減少してプラス方向、マイナス方向の両極性とも変化しながら印加する。これによって、探針と試料との間に働く引力に従って変化する前記周波数変化Δfを印加電圧に対応して検出することができる。こうして印加電圧を変えたとき、引力が極大になる印加電圧を調べることによって、試料の電子エネルギ準位の状態が判る。このように引力が極大になる印加電圧を知ることができ、本発明では引力の絶対値を測定する必要がなく、つまり引力が極大になる印加電圧では、周波数変化Δfも極大になるので、この周波数変化Δfと印加電圧との関係から、引力と印加電圧との関係を知ることができる。
【0025】
本発明は、微弱な引力を測定することができる手法で、引力を測定しながら、印加電圧を変えたとき、極大の引力が得られる印加電圧を調べることが重要である。
【0026】
本発明の実施の他の形態では、カンチレバーを振動させる方式も、振動させない方式も、カンチレバーの撓みを電気信号に変換して検出する構成は、同一である。カンチレバーの撓み検出のための構成は、本発明の実施の一形態では、ピエゾ抵抗型自己検出方式を採用してもよいが、そのほか、光てこ方式、光干渉方式、容量測定方式などであってもよい。
【発明の効果】
【0027】
請求項1の本発明によれば、探針の表面の電子のエネルギに対する引力のピーク値が得られる第1の印加電圧を検出した第1検出結果と、それと同じ探針を用いたときにおけるその探針に対する第2試料の引力のピーク値が得られる第2の印加電圧を検出した第2検出結果とを比較することによって、第2試料の表面の原子または分子の同定を行うことができる。第1試料と第2試料というのは、全く別の試料であってもよいが、同一試料表面上の別の検出領域の原子や分子であってもよい。
【0028】
原子尺度の空間分解能で、探針と試料表面との間の相互作用力である化学結合力を、直流電圧の印加によって制御することができるようになり、これによって試料表面に存在する1つ1つの原子または分子に局在する化学結合に関係する電子のエネルギを高精度で測定することができるようになる。
【0029】
請求項2の本発明によれば、カンチレバーの先端に形成された探針と、それに対向する試料との間に働く引力を、直流電圧を変化して印加しながら、力検出機構によって検出し、こうして試料表面に存在する1つ1つの原子または分子に局在する化学結合に関係する電子のエネルギを測定することができるようになる。
【0030】
請求項3の本発明によれば、原子間力顕微鏡を用いて、探針と試料表面との間の距離を、約1nm以下の予め定める距離に設定し、そこで、この距離を保ったままで、探針と試料表面との間に直流電圧を変化しつつ印加し、探針と試料表面との間の引力に従って変化するカンチレバーの周波数変化Δfを検出するので、カンチレバーの周波数変化Δfが極大になる印加電圧、すなわち引力が極大になる印加電圧を高精度で検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施の一形態である表面局在相互作用分光装置の構成を示すブロック図である。
【図2】カンチレバー4付近の簡略化した断面図である。
【図3】図1に示される原子間力顕微鏡3を用いて試料表面2の原子または分子を同定する表面局在相互作用分光法の手順を示すフローチャートである。
【図4】試料1と探針6との間の印加電圧と、それに対応する引力との関係を示すグラフである。
【図5】試料表面2と探針6との間の距離L1と、それに対応する試料1と探針6との間に相互に作用する引力および斥力との関係を示す図である。
【図6】図4および図5のグラフを組合せることによって、印加電圧Vと距離L1と、それらに対応する試料表面2と探針6との間に相互に作用する引力および斥力との関係を示すグラフである。
【図7】本件発明者による化学結合力を説明するための電子エネルギ準位を示す図である。
【図8】試料1の表面2の原子または分子を同定するための動作を説明するためのフローチャートである。
【図9】本発明の実施の他の形態における試料1の表面2から希望する種類の原子または分子を引き抜く本発明の実施の他の形態の手順を示すフローチャートである。
【図10】図9に示される試料1の表面2から原子または分子が原子または分子を選択的に引き抜く動作を簡略化して示す断面図である。
【図11】本発明の実施のさらに他の形態の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
図1は、本発明の実施の一形態である表面局在相互作用分光装置の構成を示すブロック図である。この装置は、試料1の表面2における電子エネルギ準位を調べる相互作用分光と、電子エネルギ準位に基づく試料1の表面2における原子または分子の同定と、試料1の表面2における原子または分子の引き抜きとを行うことができる。このために、本発明の実施の一形態では、原子間力顕微鏡(AFM)3が準備される。
【0033】
この原子間力顕微鏡3は、機械的発振回路5を含み、機械的発信回路5はカンチレバー4を含む。カンチレバーは4は、板バネ構造からなり、先端部にピラミッド状の探針6が形成される。探針6は、試料1の表面2に近接して、かつ対向して配置される。カンチレバー4の基端部は基体4aに取付けられ、基体4aの上部には振動部材7が取付けられる。探針6、カンチレバー4および基体4aは、カンチレバー組合せ体8を構成する。このカンチレバー組合せ体8は、たとえば圧電素子である振動部材7によって探針6が試料表面2に近接離反する方向に、振動される。カンチレバー組合せ体8は、カンチレバー4の固有振動数で発振して振動する。カンチレバー4の表面には、ピエゾ抵抗膜が被覆されている。カンチレバー4が撓むとき、ピエゾ抵抗膜はカンチレバー4とともに変形し、その抵抗値を変化させる。したがって、ピエゾ抵抗膜の抵抗値を測定すれば、その変化からカンチレバー4の撓み量を検出することができる。カンチレバー4の撓み量は、カンチレバー撓み検出機構9によって検出される。このカンチレバー撓み検出機構9の出力は、振動制御手段13に与えられ、この振動制御手段13の出力は、振動部材7に与えられ、こうして正帰還ループの動作が行われ、発振動作が継続される。ピエゾ抵抗膜の抵抗値の変化は、たとえばブリッジなどによって検出することができる。
【0034】
探針6の少なくとも表面は、導電性材料から成る。この探針6は、その全体が、シリコン、ガリウムヒ素などの半導体から成ってもよく、または金属製であってもよい。さらにこの探針6は、窒化シリコンなどの絶縁体の表面2に、導電性薄膜が形成されて、構成されてもよい。探針6は、ボロンドープシリコンから成ってもよい。試料1と探針6などは、超高真空の雰囲気内に配置され、その試料表面2の観察を正確に行うことができる。振動制御手段13からの振動駆動信号は、ライン14を経て振動部材7に与えられ、これによって探針6の振動振幅A0が、たとえば10nmp-pになり、カンチレバー4の固有振動数に等しい周波数の振動が継続される。試料1は、たとえばSi(111)結晶の7×7単位胞の再構成表面構造を有してもよい。
【0035】
試料1が取付けられた変位駆動手段17は、変位制御手段22からの信号に応答し、試料1を探針6に近接離反変位する図1の上下のz方向に変位し、またxy走査手段18の出力に応答して、その試料1を、図1の紙面に垂直なxy平面内でx方向およびy方向に変位することができる。
【0036】
試料1の表面2と探針6との間の距離L1を、予め定める値に保つようにするために、カンチレバー撓み検出機構9の出力は、周波数変化検出器19に与えられる。周波数変化検出器19は、カンチレバー4の実際の振動周波数と固有振動数との差、すなわちカンチレバー4の振動周波数の変化Δfを検出するとともに、振動周波数の変化Δfを電圧に変換して、それを表す出力を導出する。変位制御手段22には、周波数変化検出器19の電圧と、距離設定手段63によって設定されたZ方向の予め定める距離L1を表す信号が与えられる。変位制御手段22の出力は、変位駆動手段17に与えられる。こうして変位駆動手段17は、変位制御手段22から与えられる信号に応答し、z方向に、距離L1が、距離設定手段63で設定された予め定める値となるように、試料1をz方向に駆動制御する。変位駆動手段17、変位制御手段22および距離設定手段63は、距離制御手段を構成する。
【0037】
周波数変化検出器19から変位制御手段22に与えられる電圧は、距離L1、したがって探針6と試料表面2との間の引力に関係する。周波数変化検出器19と変位制御手段22と距離設定手段63とは、距離L1を距離設定手段63で設定した予め定める値に保つための負帰還ループ64を構成する。負帰還ループ64を作動した状態で、距離L1を、たとえば1nm以下に、距離設定手段63によって設定した状態で、xy走査手段18によって試料1を走査し、周波数変化検出器19の出力によって、その試料1の表面2のトポグラフ像を、原子尺度の空間分解能で、非接触で観察することができる。
【0038】
原子間力顕微鏡3は、マイクロコンピュータなどによって実現される処理回路67を含む。処理回路67は、メモリ69を有し、XY走査手段18に制御信号を出力するとともに、周波数変化検出器19の出力に応答し、カンチレバー4の振動周波数の変化Δfに対応する電圧を求める。
【0039】
図2は、カンチレバー4付近の簡略化した断面図である。振動部材7によって振動されるカンチレバー4の固有振動数は、たとえば240kHzであり、カンチレバー4のばね定数は、たとえば20N/mであり、カンチレバー4の長さは、たとえば100〜200μmである。周波数の変化Δfは、たとえば100〜150Hzであってもよい。
【0040】
探針6と試料1との間には、電源回路26から、直流電圧が印加される。電源回路26は、直流電圧が連続的に可変でありしかもその極性もまた可変である直流電源27と、この直流電源27の出力電圧を遮断することができるスイッチ28とを含む。直流電源27の極性は、試料1の表面2と探針6との間に化学結合による引力が作用するように定められる。この直流電源27の電圧は、たとえば1〜10Vであってもよい。電源回路26は、処理回路67によって制御される。
【0041】
図3は、図1に示される原子間力顕微鏡3を用いて試料表面2の原子または分子を同定する表面局在相互作用分光法の手順を示すフローチャートである。ステップa1では、変位駆動手段17によるz方向の距離制御の負帰還ループ64を形成した状態とする。ステップa2では、距離設定手段63を操作し、試料表面2と探針6との間の距離L1を、約1nm以下の予め定める値に近接した状態とする。この状態で、距離L1は、距離設定手段63によって設定した値に保たれる。これらのステップa1〜a2では、電源回路26のスイッチ28は導通しており、印加電圧は一定値に設定されたままである。
【0042】
次のステップa3では、直流電源27の出力電圧Vを連続的に変化する。ステップa4では、この印加電圧Vを変化したときにおけるカンチレバー4の周波数変化Δfを検出する。すなわち、試料表面2と探針6との間の引力に従って変化するカンチレバー4の周波数変化Δfを印加電圧に対応して検出する。したがって、周波数変化Δfのピークに対応する印加電圧を、換言すれば引力が極大になる印加電圧を検出することができる。
【0043】
図4は、試料1と探針6との間の印加電圧Vと、それに対応する引力との関係を示すグラフである。印加電圧Vが零とは探針6と試料1とが同電位であることを意味する。本件発明者によれば、この印加電圧を変化することによって、印加電圧V1において、引力のピーク31が得られる。引力のピークの個数は、1個の場合が多いけれども、ピークが存在しない場合もある。また、まれに複数の場合もある。引力のピーク31が存在する滑らかに弯曲した曲線34は、試料表面2と探針6との間に主として作用する静電引力を示す。
【0044】
図5は、試料表面2と探針6との間の距離L1と、それに対応する試料1と探針6との間に相互に作用する引力および斥力との関係を示す図である。試料1と探針6との間には、化学結合力とファンデルワールス力と静電引力との合力が働いている。この合力は、距離L1が小さい領域で引力のピークを示す。本発明では、このような化学結合力が大きい距離L1の範囲内で、印加電圧Vを変化し、図4に示される引力のピーク31が得られる印加電圧V1を測定する。
【0045】
図6は、図4および図5のグラフを組合せることによって、印加電圧Vと距離L1と、それらに対応する試料表面2と探針6との間に相互に作用する引力および斥力との関係を3次元で示すグラフである。距離L1が前述のように約1nm以下の範囲では、化学結合によって、印加電圧に起因した引力のピーク31が得られる。これに対して距離L1が、約1nmを超える範囲、たとえば距離L1が10nmでは、化学結合力がほとんど零であり、印加電圧Vを変化しても、引力のピーク値は得られない。
【0046】
図7は、本件発明者による化学結合力を説明するための電子エネルギ準位を示す図である。図7(1)は、図2に示される電源回路26を省略し、試料1と探針6とを導線で接続したときにおけるエネルギ準位を示す。試料表面2の電子エネルギ準位41と、探針6の表面の電子エネルギ準位42とは、それらの材料および形状などによって、異なっている。この状態では、電子エネルギ準位41,42は大きく異なるので、相互に作用する化学結合力は生じない。参照符Eは、フェルミ準位を示し、エネルギ準位の上から下に伝導帯43と、禁止帯44と、充満帯45とが存在する。図中における白抜きの表面電子エネルギ準位は、空の電子エネルギ準位であることを示しており、図中の黒く塗りつぶした電子エネルギ準位は、充満した電子エネルギ準位であることを示している。
【0047】
図7(2)に示されるように、電源回路26の直流電源27による印加電圧を変化し、前述の図4に示される印加電圧、たとえばV1が試料1と探針6との間に印加されるとき、試料1の表面2の充満した電子エネルギ準位41と探針6の表面の空の電子エネルギ準位42とが一致し、相互の化学結合力のピーク31が得られる。このときトンネル電流が流れる。
【0048】
電源回路26による印加電圧を、図7(2)の状態に比べて、さらに上昇すると、図7(3)に示されるように、試料1の表面2の電子エネルギ準位41と探針6の表面の電子エネルギ準位42とは、一致しなくなり、化学結合力が生じなくなる。こうして試料1の表面2と探針6の表面とにおける電子エネルギ準位が、印加電圧によって一致することによって、引力のピークが得られる。この引力のピークが得られる印加電圧V1は、探針6が同一であれば同一の値が得られる。前述の図4において、探針6が同一であって、複数の試料1が同一の材料から成るとき、引力のピーク31が得られるときにおける印加電圧V1は、各試料1毎の原子または分子が同一であり、その結合状態も同じであれば、同一の値が得られる。このような現象を利用して、試料1の表面2の原子または分子を同定することができる。
【0049】
図8は、試料1の表面2の原子または分子を同定するための手段を説明するためのフローチャートである。ステップb1では、第1試料1を用いて、前述と同様にして印加電圧V1に対応する引力のピーク31を検出して第1検出結果を得る。この第1試料1は、予め定める基準となる試料であって、既知の元素からなり、原子の結合状態も既知である。
【0050】
次にステップb2では、表面の原子または分子を同定すべき第2試料を用いて、前述のステップb1において用いた探針6と同一探針を用い、印加電圧V1に対応する引力のピーク31を検出して第2検出結果を得る。第1および第2検出結果はメモリ69にストアされる。
【0051】
ステップb3では、原子または分子の同定が行われる。これは第1および第2検出結果によって得られた印加電圧V1をそれぞれ比較し、両者がそれぞれ同一のとき、第1試料1の表面2の原子または分子と第2試料の原子または分子とが同一であることが同定される。こうして第1および第2試料における引力のピーク31が得られる印加電圧V1を用いて、第2試料の原子または分子を、第1試料の原子または分子と同一であるものと同定することが可能になる。本発明の表面局在相互作用分光法および同定方法は、試料表面に存在する1つ1つの原子または分子に局在する電子のエネルギを測定するものである。したがって、第1および第2試料はこのように全く別の試料であってもよいが、同一試料表面上の別の領域の原子や分子であってもよい。
【0052】
図9は、本発明の実施の他の形態における試料1の表面2から希望する種類の原子または分子を引き抜く本発明の実施の他の形態の手順を示すフローチャートである。この引き抜きのために、図1〜図7に関連して前述した本発明の実施の一形態が、そのまま実行される。
【0053】
図10は、図9に示される試料1の表面2から原子または分子が原子または分子を選択的に引き抜く動作を簡略化して示す断面図である。図9のステップc1では、図10(1)に示されるように試料1の表面2と探針6との間の距離L11が、前述の実施例に関連して述べたように約1nm以下に近接された状態で、電源回路26によって印加電圧が変化され、引力のピーク31が検出される。このようなステップc1の動作は、前述の図3によって達成される。図10(1)では、探針6の表面2に最も近接した原子が、参照符51で示されており、この原子51に対向する試料1の表面2の原子は、参照符53で示される。これらの原子51,53の引力が、距離L11の保持状態で、ピーク値が得られるように、印加電圧が与えられたままとなっている。たとえば原子51,53間の引力が、図4のピーク31のように得られるときにおける印加電圧V1が保たれた状態とする。
【0054】
そこで次にステップc2に移り、変位駆動手段17によって試料1をz方向に上昇し、図10(1)に示される原子51,53間の距離L11を、一旦、さらに短い距離L12に近接する。このような短い距離L12に近接することによって、図10(2)に示されるように、探針6の原子51に、試料1の表面2の原子53が大きな化学結合力で付着する。距離L12は、たとえば約0.2〜0.3nmであり、図10(1)の距離L11は、約1nm以下であって、L11>L12である。このように探針6の原子51が、試料1の原子53およびその付近の他の原子54〜57などとともに化学結合力を生じている状態で、この原子51がその直下に存在する原子53に、さらに距離L12に近接されることによって、原子51は、その直下に存在する原子53との引力が、周辺のその他の原子54〜57との引力よりも充分に大きくなり、原子53のみがその化学結合力によって図10(2)に示されるように原子51に付着する。
【0055】
そこでステップc3では、変位駆動手段17によって試料1をz方向に下降し、図10(3)に示されるように、探針6と試料1の表面2との間の距離を増大し、探針6を試料1の表面2から離間変位する。こうして原子51に原子53が化学結合力で付着した状態で、表面2から原子53を引き抜くことができるようになる。
【0056】
再び図1を参照して、処理手段67には、表示状態選択手段が備えられ、この処理手段67には表示手段75が接続される。表示状態選択手段は、試料面2の前記各位置で、引力のピーク値が得られる印加電圧に対応して相互に異なる予め定める表示状態、本実施の形態では色を選択する。試料面の単一の前記位置で引力の複数のピーク値が得られるとき、複数のピーク値のうち、最大のピーク値が得られる印加電圧に対応して色を選択する。この表示状態選択手段は、引力のピーク値が得られない試料面の前記位置においてもまた、予め定める色を選択する。
【0057】
表示手段75は、2次元表示画面を有し、試料面の前記各位置に対応する表示画面の表示位置を、表示状態選択手段によって選択された色で表示する。この表示手段75はまた、力のピーク値が得られない試料面の前記位置に対応する表示画面の表示位置を、表示状態選択手段によって選択された色で表示する。処理手段67はメモリ69に、試料面2のXY座標位置と、力のピーク値が得られる印加電圧と、その印加電圧をレベル弁別して選択された色を表すデータをストアするとともに、複数の引力のピーク値が得られたとき、その最大のピーク値が得られる印加電圧とその電圧に対応した色のデータをストアするとともに、引力のピーク値が得られないデータもまたストアされる。これによって、試料表面の原子または分子の分布状態を表示画面から容易に知ることができる。
【0058】
本発明の実施の他の形態では、表示状態として印加電圧に対応して色を変化させる代りに単一色の階調を変化させるようにしてもよい。単一色の階調の変化は、たとえばグレースケールの256階調のグラデーションで表示手段に表示される。この場合、電圧範囲が−10〜10Vであれば、0.078V毎にグラデーションの色合いが変化する。階調は1024であってもよく、それ以上の細かい階調であってもよい。
【0059】
図11は、本発明の実施のさらに他の形態の断面図である。この実施の形態は、前述の実施の形態に類似し、対応する部分には同一の参照符を付す。特にこの実施の形態では、カンチレバー4は、振動されておらず、このカンチレバー4の撓み変形量は、前述の実施の形態と同様にカンチレバー撓み検出機構70によってピエゾ抵抗膜の抵抗値に基づいて検出される。探針6に対向する表面2を有する試料1は、図1の上下のz方向に、変位駆動手段17によって変位され、この変位量は、変位制御手段59によって調整して設定することができる。本発明では、このようにカンチレバー4が振動されない構成を有する装置を用いてもまた、試料1の表面2と探針6との間に相互に作用する引力を、カンチレバー4の撓み変位量によって検出することができる。これによって本発明の表面局在相互作用分光法および同定方法を実施することができ、また試料1の表面2からの原子または分子の引き抜き動作を行うことができる。本実施の形態のその他の構成は前述の実施の形態と同一である。
【0060】
上述の実施の各形態では、探針6のz方向の位置が一定であって、試料1が変位駆動手段17によってz方向に変位するように構成されているけれども、本発明の実施の他の形態では、試料1が固定位置に設けられ、探針6がz方向に変位するように構成されてもよく、さらに試料1と探針6との両者がz方向に変位されるように構成されてもよい。
【0061】
本発明は次の実施の形態が可能である。
(1)探針と試料表面との間の距離を、約1nm以下に近接した状態で、
探針と試料との間に直流電圧を変化しつつ印加し、
探針と試料との間に作用する化学結合力である引力を、印加電圧に対応して検出することを特徴とする表面局在相互作用分光法。
【0062】
(2)微小なカンチレバーの先端に探針が形成され、探針とそれに対向する試料との間に働く化学結合力である引力を測定するため前記カンチレバーの撓みを検出する力検出機構を持つ装置を準備し、
この装置を用いて、探針と試料との間の距離を、予め定める距離に設定し、
この予め定める距離を設定した後に、その予め定める距離を保った状態とし、
探針と試料との間に、直流電圧を変化しつつ印加し、
探針と試料間に働く化学結合力である引力を検出することを特徴とする表面局在相互作用分光法。
【0063】
(3)前記装置は、原子間力顕微鏡であり、
この原子間力顕微鏡は、
試料に対向して配置される探針が形成された微小なカンチレバーと、
カンチレバーの撓みを検出する機構と、
カンチレバーに振動を与えるように配置させた振動部材と、
カンチレバーの共振周波数で振動するように、振動部材を駆動する振動制御手段と、
探針に化学結合力が作用したとき、カンチレバーの共振周波数の変化Δfを検出してその周波数変化Δfを電圧に変換する手段と、
カンチレバーの共振周波数の変化Δfに対応した電圧が予め定める値に保たれるように、探針と試料との間の距離を制御する手段とを含み、
この原子間力顕微鏡を用いて、探針と試料表面との間の距離を、予め定める距離に設定し、
この予め定める距離を設定した後に、前記予め定める距離を保った状態とし、
探針と試料との間に、直流電圧を変化しつつ印加し、探針と試料との間に働く化学結合力である引力に従って変化するカンチレバーの振動周波数の固有振動数からの周波数変化Δfを検出することを特徴とする表面局在相互作用分光法。
【0064】
(4)探針と試料表面との間の距離を、約1nm以下に近接した状態で、
探針と試料との間に、直流電圧を変化しつつ印加し、
探針と試料との間に作用する引力を、印加電圧に対応して検出し、
引力のピーク値が得られる印加電圧を保ったままで、探針と試料とを、一旦、さらに近接し、その後に、離間変位することを特徴とする原子または分子の引き抜き方法。
【0065】
探針と試料との間に作用する引力のピーク値が得られるように、印加電圧を保ち、この状態では、探針および試料の電子エネルギ準位が一致しており、探針表面の原子または分子と試料表面の原子または分子との間の化学結合力が大きくなっている。このような原子は、探針と試料表面との間の距離L11(図10(1)を参照)を、約1nm以下に近接した状態で得られ、これによって原子または分子の同定を行うことができる。
【0066】
こうして引力のピーク値が得られる印加電圧を保ったままで、探針と試料との間の距離を、一旦、さらに近接し、たとえばその距離L12(図10(2)参照)をたとえば約0.2〜0.3nm程度とする。これによって探針と試料との原子または分子間の化学結合力がほぼ最大となる。こうしてほぼ最大の化学結合力が生じている状態で、図10(3)のように探針と試料とを相互に離間するように変位することによって、試料表面の原子または分子を、探針表面に付着して、試料表面から引き抜くことができる。
【0067】
試料表面の電子エネルギ準位は、試料表面上の各原子の原子種、結合状態、さらには試料内での原子の結合状態によっても異なるので、探針によって引き抜こうとする試料表面上の原子の直上で、探針の表面の電子エネルギ準位と、引き抜こうとする原子の電子エネルギ準位とを、印加電圧によって合せると、その引き抜こうとする原子と探針との間にのみ、強い引力が働き、試料表面の引き抜こうとする原子の周辺に存在する原子には、弱い引力しか働かない。こうして印加電圧によって試料表面の引き抜こうとする原子と探針との間にのみ、大きな化学結合力を生じさせることができる。引き抜こうする目標の原子と探針との間の距離が、化学結合力が最大になる距離L12よりも長い距離L11であるとき、目標の原子の同定のみを行うことができ、化学結合力が最大となる距離L12まで、探針と試料とを近づけることによって、目標の原子を引き抜くことができる。原子に代えて、分子に関しても同様である。このようにして探針と試料とを、一旦、近接することによって、探針との間でほぼ最大の化学結合力を生じた試料表面の原子または分子だけを、選択的に引き抜くことが可能である。上述の試料表面からの原子または分子の引き抜き方法によれば、従来から存在しない新規な機能を発現する極微デバイスを組立てることが容易に可能である。
【0068】
探針と試料との間に印加する印加電圧を変化して、化学結合力による引力のピーク値が得られた状態で、探針と試料とを、一旦、さらに近接し、これによってほぼ最大の化学結合力が作用する状態とし、その後に、探針と試料とを、相互に遠去かるように離間変位し、こうして試料表面の特定の原子または分子を、探針に付着して引き抜くことができるようになる。これによって従来無い機能を発現する可能性のある極微デバイスを容易に組立てることができるようになる。
【0069】
(5)微小なカンチレバーの先端に探針が形成され、探針とそれに対向する試料との間に働く力を測定するため前記カンチレバーの撓みを検出する力検出機構を持つ装置を準備し、
この装置を用いて、探針と試料との間の距離を、予め定める距離に設定し、
この予め定める距離を設定した後に、その予め定める距離を保った状態とし、
探針と試料との間に、直流電圧を変化しつつ印加し、
探針と試料間に働く引力を検出することを特徴とする原子または分子の引き抜き方法。
【0070】
試料表面の原子または分子を、選択的に引き抜くことができるようになる。探針が先端に形成されたカンチレバーの撓みを検出する力検出機構によって、探針と試料との間に作用する引力を、直流電圧の変化に伴い、検出することができる。カンチレバーは、振動される構成としてカンチレバーに作用する力をカンチレバーの共振周波数の変化Δfに対応させて引力のピーク値を検出するようにしてもよいが、振動されない構成によって力を検出するようにしてもよい。
【0071】
試料表面の原子または分子の引き抜きのために、カンチレバーの先端に形成された探針と、それに対向する試料との間に働く引力を、直流電圧の変化に対応して検出し、原子または分子の引き抜き作業を行い、従来無い機能を発現する可能性のある極微デバイスを組み立てることが容易に可能になる。
【0072】
(6)微小なカンチレバーの先端に探針が形成され、探針とそれに対向する試料との間に働く引力を測定するため前記カンチレバーの撓みを検出する力検出機構を持つ装置と、
試料面内で探針を試料と相対的に移動して走査する走査手段18と、
力検出機構の出力に応答し、探針と試料との間の距離を、約1nm以下の予め定める距離に制御する手段17,22,63と、
試料と探針との間に直流電圧を変化しつつ印加する手段26と、
走査手段18によって探針が試料と相対的に移動された試料面の各位置で、探針と試料との間の距離を、前記予め定める距離に保った状態で、前記電圧印加手段26によって印加電圧を変化させたときにおける力検出機構によって検出される探針と試料との間に働く力のピーク31を求める手段67とを含むことを特徴とする走査型表面局在相互作用分光器。
極微小な表面局在相互作用分光を容易に、かつ高精度に行うことができる。
【0073】
(7)試料面の前記各位置で力のピーク値が得られる印加電圧に対応して相互に異なる予め定める表示状態を選択する表示状態選択手段と、
2次元表示面を有し、試料面の前記各位置に対応する表示面の表示位置を、表示状態選択手段によって選択された表示状態で表示する表示手段とを含むことを特徴とする走査型表面局在相互作用分光器。
【0074】
試料表面の電子のエネルギー準位を前記印加電圧に対応した表示状態、たとえば色で、表示手段の表示画面に表示し、これによって試料表面の原子または分子の分布の状態を知ることが容易である。
【0075】
(8)表示状態選択手段は、
試料面の単一の前記位置で力の複数のピーク値が得られたとき、複数のピーク値のうち、最大のピーク値が得られる印加電圧に対応して表示状態を選択することを特徴とする走査型表面局在相互作用分光器。
【0076】
試料面の同一位置で、印加電圧を変化したとき、力のピーク値が複数、得られたとき、それらのピーク値のうち、最大のピーク値が得られる印加電圧に対応して表示状態、たとえば色を選択し、化学結合力が最大である試料面の状態を知ることができる。
【0077】
(9)表示状態選択手段は、
力のピーク値が得られない試料面の前記位置もまた、予め定める表示状態を選択し、
表示手段は、力のピーク値が得られない試料面の前記位置に対応する表示面の表示位置を、表示状態選択手段によって選択された表示状態で表示することを特徴とする走査型表面局在相互作用分光器。
【0078】
たとえば印加電圧が測定範囲から大きくずれているとき、力のピーク値が得られる印加電圧を測定することができず、このような情報が、表示画面に表示状態、たとえば色によって表示され、原子または分子の状態を把握することが容易である。
【0079】
探針が形成されたカンチレバーと、カンチレバーの撓みを検出する力検出機構とを有する装置を用い、探針と試料との間の距離を約1nm以下の予め定める距離に設定し、試料と探針との間に直流電圧を変化しつつ印加することができるので、探針と試料との間に働く力のピーク値を求めることができる。このピーク値は、前述のように探針表面の電子エネルギ準位と試料表面の原子または分子の電子エネルギ準位とが一致したときに生じるので、これによって極微小な表面局在相互作用分光を容易に、かつ高精度に行うことが可能である。
【0080】
試料表面である1点で相互作用分光を行い、力のピーク値に対応する印加電圧を求め、得られた印加電圧値をメモリにストアしてセーブし、試料面内で探針を移動させ、また相互作用分光を行い、その印加電圧値をセーブし、それを繰返し、セーブした各印加電圧に対応して予め定める表示状態、たとえば色を選択し、選択した色で表示を行う。たとえば、試料面内で、−1Vでピークを持った点を赤、−0.5Vを青、ピークがなかった点は黒などとマッピングを行う。この場合、検出されたピークは1つであればその値、ピークが2つ以上ある場合は最大ピークとなる印加電圧値を採用する。
【0081】
実施の他の形態では、印加電圧に対応して色を変化させる代りに単一色の階調を変化させるようにしてもよい。階調は、たとえば256であってもよく、1024であってもよい。
【0082】
上述のように色を選択し、または色の階調を変化するなどの表示状態を得られた印加電圧に対応して変化することができる。
【符号の説明】
【0083】
1 試料
2 表面
3 原子間力顕微鏡
4 カンチレバー
6 探針
7 振動部材
9,70 カンチレバー撓み検出機構
13 振動制御手段
17 変位駆動手段
19 周波数変化検出器
22,59 変位制御手段
28 スイッチ
26 電源回路
27 直流電源
63 距離設定手段
67 処理回路
69 メモリ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)予め定める基準となる第1試料を用いて、探針と第1試料表面との間の距離を、約1nm以下に近接した状態で、
探針と第1試料との間に直流電圧を変化しつつ印加し、
探針と第1試料との間に作用する化学結合による引力を、印加電圧に対応して検出し、
探針とその探針に対向する第1試料との間の前記印加電圧に対応する前記引力のピーク値が得られる第1の印加電圧を検出して第1検出結果を得、
(b)同定すべき原子または分子を含む第2試料を用いて、第1検出結果を得たときに用いられる同一の探針と第2試料表面との間の距離を、約1nm以下に近接した状態で、
探針と第2試料との間に直流電圧を変化しつつ印加し、
探針と第2試料との間に作用する化学結合による引力を、印加電圧に対応して検出し、
探針とその探針に対向する第2試料との間の前記印加電圧に対応する前記引力のピーク値が得られる第2の印加電圧を検出して第2検出結果を得、
(c)第1検出結果と第2検出結果とを比較して第2試料の原子または分子を同定することを特徴とする原子または分子の同定方法。
【請求項2】
微小なカンチレバーの先端に探針が形成され、探針とそれに対向する第1および第2試料との間に働く化学結合による引力を測定するため前記カンチレバーの撓みを検出する力検出機構を持つ装置を準備し、
この装置を用いて、探針と試料との間の距離を、予め定める距離に設定し、
この予め定める距離を設定した後に、その予め定める距離を保った状態とし、
探針と第1および第2試料との間に、直流電圧を変化しつつ印加し、
探針と試料間に働く化学結合による引力を検出することを特徴とする請求項1記載の原子または分子の同定方法。
【請求項3】
前記装置は、原子間力顕微鏡であり、
この原子間力顕微鏡は、
第1および第2試料に対向して配置される探針が形成された微小なカンチレバーと、
カンチレバーの撓みを検出する機構と、
カンチレバーに振動を与えるように配置させた振動部材と、
カンチレバーの共振周波数で振動するように、振動部材を駆動する振動制御手段と、
探針に化学結合による力が作用したとき、カンチレバーの共振周波数の変化Δfを検出してその周波数変化Δfを電圧に変換する手段と、
カンチレバーの共振周波数の変化Δfに対応した電圧が予め定める値に保たれるように、探針と試料との間の距離を制御する手段とを含み、
この原子間力顕微鏡を用いて、探針と第1および第2試料表面との間の距離を、予め定める距離に設定し、
この予め定める距離を設定した後に、前記予め定める距離を保った状態とし、
探針と第1および第2試料との間に、直流電圧を変化しつつ印加し、探針と試料との間に働く化学結合による引力に従って変化するカンチレバーの振動周波数の固有振動数からの周波数変化Δfを検出することを特徴とする請求項2記載の原子または分子の同定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−96771(P2010−96771A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−8513(P2010−8513)
【出願日】平成22年1月18日(2010.1.18)
【分割の表示】特願2000−217532(P2000−217532)の分割
【原出願日】平成12年7月18日(2000.7.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2000年3月10日 社団法人日本物理学会発行の「日本物理学会講演概要集 第55巻第1号第4分冊」に発表
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)