説明

原虫プロテインキナーゼの即時的機能抑制が可能なトキソプラズマ原虫株

【課題】トキソプラズマ原虫における、プロテインキナーゼ阻害剤誘導体を用いたプロテインキナーゼの条件付けノックアウトによる機能抑制を可能にする、トキソプラズマ原虫株を提供する。
【解決手段】内在する特定のプロテインキナーゼ阻害剤誘導体に対して、感受性のプロテインキナーゼに非感受性となる変異を導入し、特定のプロテインキナーゼ阻害剤誘導体に対する感受性を有するプロテインキナーゼをなくし、一方で機能解析を行いたいプロテインキナーゼに対して特定のプロテインキナーゼ阻害剤誘導体に対する感受性を付与する変異を生じさせた、トキソプラズマ原虫。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トキソプラズマ原虫の遺伝子解析ツールを提供することに関する。具体的には、特定の遺伝子の即時的機能抑制ができる条件付けノックアウトが可能なトキソプラズマ原虫株を提供することに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、ヒトで問題となっている原虫感染症として、主に熱帯地域で問題となっているマラリア原虫、トリパノソーマ、人獣共通感染症であるトキソプラズマ、リーシュマニア、クリプトスポリジウム、赤痢アメーバ等を例に挙げることができる。マラリアの場合、近年の地球温暖化により媒介昆虫の北上が報告され、朝鮮半島でもマラリア感染の発生がみられる状態となっている。
【0003】
対象を動物に移せば、原虫感染症は、近年の「食の安全性」の問題に直結しており、上に挙げた人獣共通感染症の他にも、法定伝染病であるバベシア病、タイレリア病のピロプラズマ病や家禽類のコクシジウム症等、一度感染が広がると食肉業界に壊滅的な打撃を与えるものが多く存在することが知られている。
【0004】
しかし、原虫用ワクチンは一切なく、いくつかの抗マラリア薬も耐性原虫の出現が問題となっている。
近年、プロテインキナーゼを薬剤の対象とすることで、ヒトのがんや炎症疾患の治療、ヘルペスウイルスの治療のために有用な薬剤を開発することに成功している。プロテインキナーゼを対象とするこれらの薬剤開発の成果を抗原虫薬の開発へと流用できれば、低コストでこれまでにない抗原虫薬の開発が見込めることが期待される。
【0005】
このように原虫のプロテインキナーゼを創薬スクリーニングに供するにあたって、標的となるプロテインキナーゼの選定は非常に重要である。原虫のプロテインキナーゼの選定にあたって、大きく分けて次の二点を評価すべきである:
1)原虫のプロテインキナーゼと哺乳類宿主プロテインキナーゼとの構造的相同性;
2)原虫のプロテインキナーゼの原虫生活環における重要性。
【0006】
1)については、個々の原虫のプロテインキナーゼのアミノ酸配列およびヌクレオチド配列を、公開されているゲノム情報などのデータベース情報との解析を行うことにより、評価することができる。一方、2)については、原虫のプロテインキナーゼについての基礎研究データから、文献ベースの評価が可能である。
【0007】
原虫プロテインキナーゼの原虫生活環における重要性を明らかにするために必要とされる基礎研究において、標的となる原虫プロテインキナーゼの機能を証明するためには、そのプロテインキナーゼをコードする遺伝子に対する遺伝子操作により原虫プロテインキナーゼを変異させて、生じる機能の変化を明らかにすることにより証明する方法と、原虫プロテインキナーゼの阻害剤を利用して、そのプロテインキナーゼの機能の消失を明らかにすることにより証明する方法があることが知られている。
【0008】
遺伝子操作による方法は、当該遺伝子の転写〜翻訳〜翻訳後修飾が行われた後でなければ機能の変化が生じないために、抑制効果の引き金を引いてから効果を得られるまでの間に、少なくとも2時間もの長い時間が必要であり、短い時間軸での原虫プロテインキナーゼの機能に対しての変異の寄与は証明が困難である。
【0009】
一方、低分子化合物により標的となる原虫プロテインキナーゼ遺伝子を直接的に阻害する場合には、上述したような時間に関する制限は存在しないものの、標的となる原虫プロテインキナーゼ遺伝子以外への副次効果が避けられず、阻害剤のプロテインキナーゼ特異性を確保することが問題を解決するための鍵であった。
【0010】
これらを総合すると、重要な標的候補である致死性物質(例えば、原虫プロテインキナーゼ)のより詳細な機能解析をするためには、標的物質について抑制の引き金を引いた時点から抑制効果発現までの時間を短くすること、そして標的物質に対して十分な特異性が確保できること、の両方ともを同時に満足する、「条件付けノックアウト」の手法を開発しなければならなかった。
【0011】
以上を解決する手段として、酵母では、遺伝子操作による機能解析と阻害剤を用いた機能解析の両者の長所をとって、プロテインキナーゼを抑制する手段が開発された(非特許文献1:Bishop, AC., et al., NATURE, 407(21) 2000, 395-401)。この方法では、主効果(プロテインキナーゼを抑制する効果)の非常に低いプロテインキナーゼ阻害剤誘導体(inhibitor Analog)を使用することを特徴としている。この様な阻害剤誘導体は、主効果が低い代わりに、副次効果も低い。そのため、阻害剤誘導体を添加することにより、宿主細胞は、生死に関して何ら影響を受けない。その一方で、標的候補とするプロテインキナーゼには、阻害剤誘導体に対する感受性を高めるために遺伝子操作を行って変異生成を生じさせたプロテインキナーゼ(これを、類似体感受性キナーゼアリル、analog sensitive kinase allele:ASKAと呼ぶ)を作製する。これらの両方の構成を採用することにより、非常に弱いプロテインキナーゼ阻害剤誘導体であっても、ASKAのキナーゼだけは特異的に阻害することができるので、特異性が高いままで阻害剤の即時性を利用できる。
【0012】
しかし、この戦略は、上述したようなメカニズムは、「ゲノム中における阻害剤類似体感受性プロテインキナーゼが存在しない」場合に初めて可能であり、この条件をトキソプラズマでは担保できなかったため、これまではこの手法をトキソプラズマに対して適用することができなかった。このように、酵母以外の生物種においては、そのような条件付けノックアウトの手法を採用することが基本的にできなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Bishop, AC., et al., NATURE, 407(21) 2000, 395-401
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、トキソプラズマ原虫におけるASKAを用いた、プロテインキナーゼ阻害剤誘導体を用いたプロテインキナーゼの条件付けノックアウトによる機能抑制を可能にする、トキソプラズマ原虫株を作出することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
トキソプラズマ原虫に内在する特定のプロテインキナーゼ阻害剤誘導体に対して感受性のプロテインキナーゼに阻害剤非感受性変異を導入し、特定のプロテインキナーゼ阻害剤誘導体に対する感受性を有するプロテインキナーゼをなくし、一方で機能解析を行いたいプロテインキナーゼに対して特定のプロテインキナーゼ阻害剤誘導体に対する感受性を付与する変異を生じさせることにより、上述した課題を解決することができることを明らかにした。
【0016】
具体的には、本発明は、SEQ ID NO: 2に記載のアミノ酸配列で規定されるプロテインキナーゼ(TgCDPK1)に阻害剤非感受性変異を導入させたトキソプラズマを提供することにより、上記の課題を解決することができることを示した。
【0017】
本発明はまた、このようにして作製された変異トキソプラズマ株において、プロテインキナーゼ(PK)ファミリーに属する特定のプロテインキナーゼ分子にさらに変異を生じさせて、1-ナフチルメチルPP1(1NM-PP1)に対する感受性を付与した変異トキソプラズマ株を作製し;当該変異トキソプラズマ株を、1NM-PP1の存在下にて宿主細胞とともに培養し;1NM-PP1により特定のプロテインキナーゼ分子の機能を低下させて、当該変異トキソプラズマ株に生じる変化を調べる;ことを特徴とする、プロテインキナーゼ(PK)ファミリーに属する特定のプロテインキナーゼ分子の、トキソプラズマにおける機能を解析する方法を提供することにより、課題を解決することができることを示した。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、1NM-PP1およびトキソプラズマRH/ai-C1株を使用して数分の短い時間で、特定の遺伝子について、機能的に下方制御することができる。この戦略により、T. gondiiにおける条件付け遺伝子制御ツールがもたらされる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、トキソプラズマによる宿主単層破壊アッセイにおいて、1-ナフチルメチルPP1(1NM-PP1)の添加濃度に依存して、指数的に宿主単層破壊能力が抑制されることを示す図である。
【図2】図2は、21種の予測as-キナーゼのサブドメインVおよびヒトPKA触媒サブユニットαのアラインメントを示す図である。
【図3】図3は、野生型(wt-TgCDPK1)とは対照的に、変異体(ai-TgCDPK1)が、in vitroにて1NM-PP1処理した場合にもプロテインキナーゼ活性を失わないことを示す図である。
【図4】図4は、トキソプラズマRH/ai-C1株で感染させたVero細胞の全細胞溶解物中において、組換えにより導入された外来性のai-TgCDPK1が発現されていることを示す図である。
【図5】図5は、TgCDPK1が1NM-PP1の主要な標的であり、ai-TgCDPK1を組み込んだ原虫トキソプラズマRH/ai-C1株では、TgCDPK1が1NM-PP1に対して耐性を有し、1NM-PP1処理後もプロテインキナーゼ活性を有していることを示す図である。
【図6】図6は、1NM-PP1処理により、トキソプラズマRH/ht-株は宿主への侵入が阻害されるが、トキソプラズマRH/ai-C1株では阻害されないことを示す図である。これは、トキソプラズマRH/ht-株の野生型TgCDPK1が、1NM-PP1処理により、そのキナーゼ活性を発揮できなくなるのに対して、RH/ai-C1株のTgCDPK1変異体(ai-TgCDPK1)は、1NM-PP1処理によってキナーゼ活性を失わずに正常に機能できることを示している。
【図7】図7は、0.5μM 1NM-PP1での処理によって、トキソプラズマRH/ht-株の滑走運動性が低下したが、トキソプラズマRH/ai-C1株の滑走運動性は低下しなかったことを示す図である。
【図8】図8は、1NM-PP1処理を行った場合には、1NM-PP1の濃度に関わらず、マイクロネームからの分泌には何も変化が起こらないことを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の発明者らは、トキソプラズマにおいて条件付けノックアウトのモデルを作製することを目的として、鋭意検討を進めた。この検討の過程で、酵母において、非常に弱い活性のプロテインキナーゼ(PK)阻害剤、1-ナフチルメチルPP1(1NM-PP1)を使用した、条件付けノックアウトの系が検討されていることが明らかになった(Bishop, AC., et al., NATURE, 407(21) 2000, 395-401)。この非常に弱い活性のプロテインキナーゼ(PK)阻害剤、1NM-PP1を使用して、トキソプラズマで条件付けノックアウトの系を検討することとした。
【0021】
1NM-PP1は、非常に弱い活性のプロテインキナーゼ(PK)阻害剤であり、プロテインキナーゼ阻害作用以外の副次的な作用を有さないという特徴を有している。そして、酵母においては、1NM-PP1により阻害されるプロテインキナーゼが全く存在しないことから、酵母を1NM-PP1の存在下で培養しても、その生存や増殖に対して全く影響が存在しなかった(Bishop, AC., et al., NATURE, 407(21) 2000, 395-401)。
【0022】
これに対して本願発明において、野生型トキソプラズマ株(RH/ht-株)を1NM-PP1の存在下で培養したところ、トキソプラズマのトキソプラズマの宿主単層破壊能力が抑制され、T. gondiiのライフサイクルを阻害することが明らかになった(図1を参照)。このため、野生型トキソプラズマ株(RH/ht-株)を用いて、前述した酵母における条件付けノックアウトの系を確立することは不可能であることが明らかになった。
【0023】
そこで本発明者らは、野生型トキソプラズマ株において、1NM-PP1により阻害を受けるプロテインキナーゼにどのようなものであるのか同定した。その結果、1NM-PP1により阻害を受けるプロテインキナーゼの候補として、114個もの機能的キナーゼがあげられることとなったが、さらに詳細に検討を進めたところ、野生型トキソプラズマ株において1NM-PP1により最も阻害を受けるプロテインキナーゼは、TgCDPK1(GenBank ID: AF333958、ヌクレオチド配列をSEQ ID NO: 1、アミノ酸配列をSEQ ID NO: 2として示す)であることが明らかになった。そのため、野生型トキソプラズマ株においてこのTgCDPK1の薬剤感受性を欠失させることにより、トキソプラズマにおいて、1NM-PP1を用いた条件付けノックアウトの系を確立することができる可能性があることが示された。
【0024】
実際に、このTgCDPK1の薬剤感受性を欠失させた変異型トキソプラズマ株を作製したところ、1NM-PP1を添加した培養条件下においても、1NM-PP1によりトキソプラズマの宿主単層破壊能力が抑制されず、T. gondiiのライフサイクルも阻害されないことが明らかになった。これにより、トキソプラズマにおいて、1NM-PP1を用いた条件付けノックアウトの系を確立するための条件が整った。
【0025】
従って、本発明は、一態様において、SEQ ID NO: 2に記載のアミノ酸配列で規定されるプロテインキナーゼ(TgCDPK1)の薬剤感受性を欠失させた、トキソプラズマ変異株を提供する。このような特徴を有するトキソプラズマ変異株は、1NM-PP1の存在下にて培養した場合であっても、宿主細胞を破壊し、1NM-PP1に対して耐性であることが明らかになった。従って、1NM-PP1を用いたトキソプラズマでの条件付けノックアウトの系を確立するために利用することができる。
【0026】
ここで、SEQ ID NO: 2に記載のアミノ酸配列の128番アミノ酸Glyを相対的に大型のアミノ酸に変異させることにより、TgCDPK1(SEQ ID NO: 2)の薬剤感受性を欠失させることができる。このような相対的に大型のアミノ酸としては、Met、Gln、Ile、Phe、Leuを例としてあげることができる。
【0027】
本発明は別の態様において、上述した手順により作出されたトキソプラズマ変異株を利用して、1NM-PP1の存在下にて条件付けノックアウトの実験系を確立することができることもまた、明らかにした。具体的には、以下の工程:
(i)上述した手順により作出されたSEQ ID NO: 2に記載のアミノ酸配列で規定されるプロテインキナーゼ(TgCDPK1)の薬剤感受性を欠失させたトキソプラズマにおいて、プロテインキナーゼ(PK)ファミリーに属する試験プロテインキナーゼ分子に変異を生じさせて、1NM-PP1に対する感受性を付与した変異トキソプラズマ株を作製し;
(ii)当該変異トキソプラズマ株を、1NM-PP1の存在下にて宿主細胞とともに培養し;
(iii)1NM-PP1処理により試験プロテインキナーゼ分子の機能を低下させて、当該変異トキソプラズマ株に生じる変化を調べる;
を含む、プロテインキナーゼ(PK)ファミリーに属する試験プロテインキナーゼ分子の、トキソプラズマにおける機能を解析する方法を提供する。
【0028】
前述したように、SEQ ID NO: 2に記載のアミノ酸配列で規定されるプロテインキナーゼ(TgCDPK1)の薬剤感受性を欠失させたトキソプラズマ株は、1NM-PP1の存在下で阻害されるプロテインキナーゼを有さないことを特徴としている。そのため、まず、条件付けノックアウトの系により機能解析を行いたい試験プロテインキナーゼ分子を、プロテインキナーゼ(PK)ファミリーに属する種々のプロテインキナーゼ分子の中から選択する。そして、選択した試験プロテインキナーゼ分子に変異を生じさせて、1NM-PP1に対する感受性を付与した変異トキソプラズマ株を作製する。
【0029】
このような試験プロテインキナーゼ分子としては、114種のプロテインキナーゼ分子が供されることが可能であるが、変異導入においての薬剤感受性の変化を十分に確保するためには、薬剤感受性を左右するゲートキーパーアミノ酸位置に相対的に大型のアミノ酸を保有しており、野生体での薬剤感受性が低いものであることが望ましい。本願発明において試験プロテインキナーゼとして使用することができる上述した114種のプロテインキナーゼは、以下に記載のものである(各プロテインキナーゼ分子の名前は、ToxoDB(http://toxodb.org/toxo/)に登録されている番号付けに従った):
TGME49_005550、TGME49_026540、TGME49_018550、TGME49_095760、TGME49_052500、TGME49_094260、TGME49_089320、TGME49_040640、TGME49_062730、TGME49_025770、TGME49_072200、TGME49_018400、TGME49_106480、TGME49_058580、TGME49_053860、TGME49_026030、TGME49_086470、TGME49_065330、TGME49_104970、TGME49_028420、TGME49_054630、TGME49_025490、TGME49_037210、TGME49_035750、TGME49_055710、TGME49_053580、TGME49_081430、TGME49_004100、TGME49_101270、TGME49_104740、TGME49_113330、TGME49_006590、TGME49_031070、TGME49_107640、TGME49_030470、TGME49_083480、TGME49_113180、TGME49_042400、TGME49_003010、TGME49_058010、TGME49_101440、TGME49_081450、TGME49_056890、TGME49_036240、TGME49_007820、TGME49_033900、TGME49_073690、TGME49_040630、TGME49_043500、TGME49_024950、TGME49_104150、TGME49_049260、TGME49_025960、TGME49_069730、TGME49_062050、TGME49_112570、TGME49_063070、TGME49_042230、TGME49_047710、TGME49_028750、TGME49_040090、TGME49_091050、TGME49_056070、TGME49_033010、TGME49_039130、TGME49_018720、TGME49_040390、TGME49_010280、TGME49_111360、TGME49_067540、TGME49_072470、TGME49_033790、TGME49_066910、TGME49_092140、TGME49_034970、TGME49_015670、TGME49_009050、TGME49_088440、TGME49_029020、TGME49_017600、TGME49_092060、TGME49_063220、TGME49_058800、TGME49_024480、TGME49_068210、TGME49_035370、TGME49_121650、TGME49_115190、TGME49_116150、TGME49_070920、TGME49_085160、TGME49_066710、TGME49_119700、TGME49_054190、TGME49_044620、TGME49_105860、TGME49_018220、TGME49_062540、TGME49_042240、TGME49_050850、TGME49_037890、TGME49_002780、TGME49_005250、TGME49_042110、TGME49_083790、TGME49_075610、TGME49_039420、TGME49_001130、TGME49_058370、TGME49_070330、TGME49_058230、TGME49_066100、TGME49_027010、TGME49_037860。これらのプロテインキナーゼ分子の中で、試験プロテインキナーゼ分子として特に好ましいものは、GME49_024950、TGME49_028420、TGME49_025490、TGME49_040390、TGME49_006590、TGME49_088440、TGME49_017600、TGME49_081450、およびTGME49_042400である。
【0030】
試験プロテインキナーゼ分子に生じさせる変異は、試験プロテインキナーゼ分子のサブドメインV中のゲートキーパーアミノ酸位置に生じさせるものであることを特徴としている。このサブドメインVは、β-シート構造とα-ヘリックス構造とを一つずつ有するという構造的な特徴を有している。本発明においては、試験プロテインキナーゼ分子に生じさせる変異が、試験プロテインキナーゼ分子のサブドメインV中のβ-シート領域における変異であることを特徴とする。この試験プロテインキナーゼ分子のゲートキーパーアミノ酸位置(変異部位)は、clustalW(Hanks, S. K., and T. Hunter. 1995. FASEB J. 9, 576-596)に由来するアラインメントデータおよびPsipred(Jones, D. T. 1999. J. Mol. Biol. 292, 195-202)(http://bioinf.cs.ucl.ac.uk/psipred/)により予測された二次構造データによる解析に基づいて、SEQ ID NO: 2に記載のアミノ酸配列の128番アミノ酸Glyに対応するアミノ酸と特定されるアミノ酸である。この具体的なゲートキーパーアミノ酸位置は、例えば、
ai-TgCDPK1(変異TgCDPK1(TGME49_101440))の場合128番アミノ酸のMet、
TGME49_024950の場合287番アミノ酸のMet、
TGME49_028420の場合103番アミノ酸のMet、
TGME49_025490の場合314番アミノ酸のMet、
TGME49_040390の場合575番アミノ酸のMet、
TGME49_006590の場合299番アミノ酸のMet、
TGME49_088440の場合644番アミノ酸のIle、
TGME49_017600の場合257番アミノ酸のIle、
TGME49_081450の場合178番アミノ酸のPhe、および
TGME49_042400の場合203番アミノ酸のLeu
である(図2を参照)。これらの具体的なゲートキーパーアミノ酸位置のアミノ酸を、GlyまたはAlaから選択されるより相対的に小型のアミノ酸に変異させることにより、1NM-PP1に対する感受性を付与することができる。
【0031】
本発明の条件付けノックアウトの実験系において、次に、試験プロテインキナーゼに変異を生じさせて1NM-PP1に対する感受性を付与した変異トキソプラズマ株を、1NM-PP1の存在下にて宿主細胞とともに培養する。トキソプラズマを培養する際に使用することができる宿主細胞としては、Vero細胞、HFF細胞、CHO細胞、などが存在するが、これらには限定されない。このような宿主細胞は、トキソプラズマの感染前および感染後のいずれにおいても、非動化牛胎児血清含有のダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)などの宿主細胞を培養するのに必要な培地中で培養することができる。
【0032】
本発明の条件付けノックアウトの実験系において、その後、1NM-PP1処理により試験プロテインキナーゼ分子の機能を低下させて、当該変異トキソプラズマ株に生じる変化を調べる。このような変化は、トキソプラズマの感染に際してトキソプラズマや宿主細胞に生じうるどのような変化であってもよく、トキソプラズマや宿主細胞の形態学的な変化、生理学的な変化、行動学的な変化、など、どのような変化であってもよい。例えば、宿主細胞の生存率の変化、トキソプラズマの滑走運動性の変化、宿主細胞の形態の変化、トキソプラズマの宿主細胞への侵入率の変化、宿主細胞内でのmRNA発現やタンパク質発現の変化などを例としてあげることができる。このような変化を検出するために、当該技術分野において利用可能なあらゆる実験手法を使用することができる。
【実施例】
【0033】
実施例1:1NM-PP1に対するトキソプラズマプロテインキナーゼ感受性の検討
本実施例は、プロテインキナーゼ阻害剤類似体、1NM-PP1を使用して、トキソプラズマにおける潜在的なプロテインキナーゼを同定することを目的として行った。
【0034】
本実施例において、非常に弱いプロテインキナーゼ阻害剤として、Bishopらの方法(Bishop, AC., et al., 2000. Nature 407, 395-401)と同様に、1NM-PP1(1-ナフチルメチルPP1)
【0035】
【化1】

【0036】
を使用した。この1NM-PP1は、Merck KGaA(Darmstadt, Germany)より入手した。
1NM-PP1をプロテインキナーゼ阻害剤として使用して、文献(Roos, DS., et al., 1994. Methods Cell Biol. 45:27-63)に記載されるように行った宿主単層破壊アッセイを行った。この宿主単層破壊アッセイは、具体的には、2%の非動化牛胎児血清含有のダルベッコ変法イーグル培地中で培養した単層の宿主細胞Vero細胞(ATCC, USAより入手可能)に対して、T. gondii(1.0×104/200μl)を感染させた後、様々な濃度(41 nM、123 nM、370 nM、1111 nM、及び阻害剤を含まない対照群)の1NM-PP1を添加して、4日間培養を行い、生存している宿主細胞単層をクリスタルバイオレットによって染色し、波長600 nmの吸光度を計測することにより、宿主単層破壊能を測定した。模擬感染させたウェルのOD600値と比較して、試験群におけるOD600値における減少率を、単層破壊能力として計算した。この場合、1NM-PP1の非存在下での能力を100%とした。データは、3回行った実験に由来する平均±標準誤差で示す。
【0037】
この結果、トキソプラズマによる宿主単層破壊アッセイにおいて、1NM-PP1の添加濃度に依存して、指数的にトキソプラズマの宿主単層破壊能力が抑制され、<500 nMの1NM-PP1を培養液中に添加して培養することにより、T. gondiiのライフサイクルを阻害することが明らかになった(図1)。
【0038】
実施例2:1NM-PP1感受性トキソプラズマプロテインキナーゼの特定
1NM-PP1は、類似体感受性キナーゼ(as-キナーゼ)を阻害することが報告されている(Bishop, A. C., et al., 2000. Nature 407, 395-401)。このキナーゼは、ATP結合部位のゲートキーパー残基に、大きなアミノ酸ではなく、相対的に小型のアミノ酸を有する(Shokat, K., and M. Velleca. 2002. Drug Discov. Today 7, 872-879)。従って、本実施例においては、公開されているトキソプラズマ原虫T. gondiiのゲノム情報から、ASKAの特徴を有するプロテインキナーゼをコードする核酸について探索することにより、1NM-PP1の標的となるプロテインキナーゼを予測した。
【0039】
本発明者らは、SMART(Letunic, I., et al., 2009. Nucleic. Acids Res. 37, D229-232)(http://smart.embl-heidelberg.de/)およびKinG(Krupa, A., et al., 2004. Nucleic. Acids Res. 32:D153-155)(http://hodgkin.mbu.iisc.ernet.in/~king/)を使用して、T. gondiiゲノムから、114個の機能的キナーゼのリストを得たが、これらはすべて、完全なキナーゼドメインおよび触媒アスパラギン酸を有するものである。clustalW(Hanks, S. K., and T. Hunter. 1995. FASEB J. 9, 576-596)に由来するアラインメントデータおよびPsipred(Jones, D. T. 1999. J. Mol. Biol. 292, 195-202)(http://bioinf.cs.ucl.ac.uk/psipred/)により予測された二次構造データを使用して、ASKAのプロテインキナーゼサブドメイン(Hanks, S. K., and T. Hunter. 1995. FASEB J. 9, 576-596)を特定し、そしてサブドメインV中のゲートキーパー残基を予測した。
【0040】
本発明者らは、ゲートキーパー残基に以下のアミノ酸:M、T、S、A、I、FまたはLなどを有する多数の予測as-キナーゼを見いだした。このうち、ゲートキーパー残基に相対的に小型のアミノ酸を含む12種の予測as-キナーゼ(上段)、そして相対的に大型のアミノ酸(すなわち、Met、Ile、Phe、Leu)を含む9種の予測as-キナーゼ(下段)の、それぞれのサブドメインVおよびヒトPKA触媒サブユニットαのアラインメントを示す(図2)。ゲートキーパー残基を、箱囲みで示す。予測二次構造を、最初の行に、S(β-シート)またはH(α-ヘリックス)を示す。
【0041】
これらの予測as-キナーゼの中で、図2上段に列挙した12種のプロテインキナーゼ分子は、いずれもゲートキーパーアミノ酸として相対的に小型のアミノ酸を有しており、そして1NM-PP1に対する感受性も高いことがわかった。そして、中でもTgCDPK1(GenBank ID: AF333958、ヌクレオチド配列をSEQ ID NO: 1、アミノ酸配列をSEQ ID NO: 2として示す)が、1NM-PP1に対する感受性が最も高いものであるとして特徴的なものであった。このTgCDPK1のゲートキーパー残基は、128番目のアミノ酸残基であるグリシンであった。
【0042】
一方、図2下段に列挙した9種のプロテインキナーゼ分子は、いずれもゲートキーパーアミノ酸として相対的に大型のアミノ酸を有しており、そして1NM-PP1に対する耐性も高いことがわかった。
【0043】
実施例3:トキソプラズマプロテインキナーゼ阻害剤抵抗性変異分子の作製
本実施例は、1NM-PP1に対して抵抗性のトキソプラズマ株を作出することを目的として行った。
【0044】
まず、実施例1において同定されたトキソプラズマに内在性の1NM-PP1易感受性プロテインキナーゼ、TgCDPK1のin vitroキナーゼアッセイを行って、1NM-PP1に対するTgCDPK1の感受性を確認した。TgCDPK1のORFを、プライマー5'-ccgcctcgag cgggcagcag gaaagcactc t-3'(SEQ ID NO: 3)および5'-cccaagctta gtttccgcag agcttca-3'(SEQ ID NO: 4)を使用して、T. gondiiRH系統の全RNAからPCR-増幅し、そしてXhoI/HindIIIにより切断し、そしてpBluescript II KS+(Stratagene, La Jolla, CA, USA)の同一切断部位に挿入した。得られたプラスミドをXhoI-NotIにより切断し、そしてpAcGHLT-C(BD bioscience, San Jose, CA, USA)の同一の切断部位に挿入し、これに「pGST-wt-CDPK1」と命名した。本実施例においてはこのベクターを対照ベクターとして使用した。
【0045】
次に、TgCDPK1に阻害剤抵抗変異を導入して、1NM-PP1に対する抵抗性を付与することを目指した。すなわち、「ゲノム中における阻害剤類似体感受性プロテインキナーゼ(ASKA)が存在しない株」の作出を目指した。128番アミノ酸をGlyからMetに変異させたTgCDPK1の発現のため、QuickChange Site-Directed Mutagenesis Kit(Stratagene)を、変異生成用プライマー5'-ctacttctac ctcgtcatgg aagtgtacac gggaggc-3'(SEQ ID NO: 5)および5'-ctacttctac ctcgtchtsg aagtgtacac gggaggc-3'(SEQ ID NO: 6)とともに製造者の指示に従って使用して、pGST-wt-CDPK1からpGST-ai-CDPK1を構築した。Wt-TgCDPK1(野生型)およびai-TgCDPK1(変異型)をGST融合タンパク質として発現させそして、バキュロウィルス発現系により精製し、そして上述したようにin vitroキナーゼアッセイのために使用した(Sugi, T., et al., 2009. Parasitol. Int. 58, 416-423)。
【0046】
反応は、様々な濃度の1NM-PP1(10 nM、50 nM、100 nM、500 nM、1μM、および10μM)またはDMSOの存在下、25 ngのキナーゼを25μlのキナーゼ反応緩衝液(50 mM Tris/HCl[pH 8.0]、200 mM NaCl、50 mM MgCl2、100μM CaCl2、0.1% Nonidet P-40、1 mM DTT、5μM ATP、5μCi[γ-32P]ATP)中で30分37℃にて反応させ、反応液を電気泳動した後に、キナーゼが存在する画分に取り込まれた[γ-32P]ATPの放射線を液体シンチレーションカウンタにて計測した。データは、3回行った実験に由来する平均±標準誤差で示す。
【0047】
結果を図3に示す。この図において、1NM-PP1のTgCDPK1(白色ボックス)およびai-TgCDPK1(黒菱形)に対する作用を示す。この結果、Wt-TgCDPK1は、>100 nMの濃度でキナーゼ活性が阻害されることが示されたが、一方ai-TgCDPK1は、使用された濃度(10 nM〜10μM)の1NM-PP1処理に反応してキナーゼ活性が喪失することはなかった(図3)。以前に報告された出芽酵母のas-キナーゼにより観察された変化とは対照的に(Weiss, E. L., et al., 2000. Nat. Cell. Biol. 2, 677-685)、ai-TgCDPK1は、DMSO対照実験において示される様に、非阻害剤処理においてwt-TgCDPK1と比較した場合、キナーゼ活性には何ら変化が示されなかった(図3)。
【0048】
このことはすなわち、TgCDPK1を遺伝子組み換えによって作製した変異体(ai-TgCDPK1)が、in vitroにて1NM-PP1処理した場合にもプロテインキナーゼ活性を失わず、期待した通りの抵抗性を獲得していることを確認できたことを意味している(図3)。
【0049】
実施例4:トキソプラズマプロテインキナーゼ阻害剤抵抗性株の作出
本実施例は、1NM-PP1に対する抵抗性を獲得した変異体、ai-TgCDPK1をトキソプラズマ原虫に導入して、ai-TgCDPK1を安定的に発現するトキソプラズマ組換え寄生虫を構築することを目的として行った。
【0050】
最初に、pMini.GFP.ht(Karasov, A. O., et al., 2005. Int. J. Parasitol. 35, 285-291)(Dr. Arrizabalagaより提供していただいた)のGFPコード配列を、p3xFlag-CMVベクター(Sigma, St. Louis, MO, USA)由来の3xFlag配列により置換し、そしてそれにpMini.3xFlag.htと命名した。
【0051】
プライマー5'-gaagatctgg ggcagcagga aagc-3'(SEQ ID NO: 7)および5'-ggggtaccga gtttccgcag agcttc-3'(SEQ ID NO: 8)を用いて、pGST-ai-CDPK1からai-CDPK1 ORFを増幅し、そしてBglII/KpnIにより切断し、そしてpMini.3xFlag.htの3xFlagコード配列の前にある同一の切断部位に挿入し、それにpMini.ai-C1.3xFlagと命名した。
【0052】
トキソプラズマ株RH/ht-株(Dr. X. Xuanより提供していただいた)を、pMini.ai-C1.3xFlagにより、2000 V、25μF、50 ohmの条件で30μgのプラスミドDNAを用いて電気穿孔法によりトランスフェクトし、そして文献(Karasov, A. O., et al., 2005. Int. J. Parasitol. 35, 285-291)に記載されるように、hxgprt選択マーカーを用いて、ai-TgCDPK1を安定的に発現するトキソプラズマ株を選択した。具体的には、50μg/mlミコフェノール酸及び50μg/mlキサンチンを含む培養液にて48時間培養することにより、選択した。C-末端3xFlagタグ化ai-TgCDPK1を安定的に発現するクローン(トキソプラズマRH/ai-C1株)を、限界希釈により選択した。
【0053】
次に、トキソプラズマRH/ai-C1株におけるai-TgCDPK1の発現を、ウェスタンブロッティングを使用して確認した。トキソプラズマRH/ht-株で感染させたVero細胞、トキソプラズマRH/ai-C1株で感染させたVero細胞、または模擬感染させたVero細胞を、適切な量の寄生虫をローディングするため、以前に記載されているように(Kato, K., et al., 2008. Mol. Biochem. Parasitol. 162:87-95)、抗-M2flag抗体(Sigma, St. Louis, MO, USA)(上パネル)または抗-T. gondiiアルドラーゼウサギ抗体(TgALD1に対して新たに作製されたもの(Sugi, T., et al., 2009. Parasitol. Int. 58:416-423))を用いたウェスタンブロットアッセイに供した。この結果、トキソプラズマRH/ai-C1株で感染させたVero細胞の全細胞溶解物中に、ai-TgCDPK1が発現されていることをウェスタンブロッティングにより確認した(図4)。
【0054】
実施例5:トキソプラズマプロテインキナーゼ阻害剤抵抗性株の性状
本実施例においては、実施例4で作出された阻害剤抵抗性株、トキソプラズマRH/ai-C1株の性状を明らかにすることを目的として実験を行った。
【0055】
トキソプラズマRH/ai-C1株は、増殖速度あるいは侵入率のいずれにおいても、親株であるトキソプラズマRH/ht-株とは明らかな差異を示さなかった(データは示さず)。
(5-1)単層破壊能力
これに対して、トキソプラズマRH/ht-株およびトキソプラズマRH/ai-C1株の宿主単層の破壊能力を、0μMまたは0.5μMの1NM-PP1のもとでアッセイした。具体的には、2%の非動化牛胎児血清含有のダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)中で培養した単層の宿主細胞Vero細胞(ATCC)に対して、T. gondii(1.0×104/200μl)を感染させた後、様々な濃度(41 nM、123 nM、370 nM、1111 nM、及び阻害剤を含まない対照群)の1NM-PP1を添加して、4日間培養を行い、生存している宿主細胞単層をクリスタルバイオレットによって染色し、波長600 nmの吸光度を計測することにより、宿主単層破壊能を測定した。模擬感染を行い、1NM-PP1を添加しなかった場合のOD600値を、100%として、相対値として結果を示した。データは、3回行った実験に由来する平均±標準誤差で示す(**:P<0.01、両側性Studentのt-テスト)。この結果、1NM-PP1非存在下では、トキソプラズマRH/ht-株およびトキソプラズマRH/ai-C1株ともに宿主単層の破壊能力を有していたが、1NM-PP1存在下では、トキソプラズマRH/ai-C1株の宿主単層の破壊機能は残っていたが(図5、黒色)、一方、親株トキソプラズマRH/ht-株では単層破壊能力が喪失し、トキソプラズマRH/ht-株自体が生存しなかった(図5、白色)。従って、TgCDPK1は、1NM-PP1の主要な標的であると考えられる。
【0056】
この結果から、TgCDPK1を組み込んだ原虫トキソプラズマRH/ai-C1株を作成し、その性状を解析したところ、1NM-PP1への抵抗性を獲得しており、「ゲノム中における阻害剤類似体感受性プロテインキナーゼ(ASKA)が存在しない」株の作出に成功したものと考えられた。
【0057】
このデータは、トキソプラズマRH/ai-C1株に対してai-TgCDPK1に変異を導入して1NM-PP1への感受性を高めた場合に、TgCDPK1が最終的な機能として宿主破壊能を示すことを意味している。
【0058】
(5-2)TgCDPK1の変異に伴う、トキソプラズマの宿主細胞への侵入率の変化
ここでは、1NM-PP1の、寄生生物侵入の間のトキソプラズマRH/ht-株またはトキソプラズマRH/ai-C1株に対する作用を示すことを目的とした。
【0059】
TgCDPK1は、侵入プロセスに関与している可能性があり、そしてCa2+シグナル伝達において機能を果たすと考えられる(Billker, O., et al., 2009. Cell Host Microbe 5, 612-622)。本発明者らは、低分子化合物-ベースの遺伝子機能抑制の素早い作用を利用して、侵入の間に見られるような、短い時間枠でのCDPK1の寄与を示した。
【0060】
文献(Kieschnick, H., et al., 2001. J. Biol. Chem. 276, 12369-12377)に記載されるように2%の非動化牛胎児血清含有のダルベッコ変法イーグル培地中で培養した単層の宿主細胞Vero細胞(ATCC)に対して、T. gondii(1.0×10/ 1 ml)を感染させ、30分後に固定し宿主の細胞外の原虫を抗SAG1マウス抗体(Hytest, Finlandより入手)、宿主に侵入した原虫を抗タキゾイトウサギ抗体(Funakoshi, Japanより入手)にて染色することで、侵入アッセイを行った。表示した濃度の1NM-PP1、またはDMSOで10分間室温で事前処理した寄生虫を、アッセイに使用した。侵入率を、計数した全寄生虫数あたりの完全に侵入した寄生虫数から計算した。1NM-PP1の非存在下におけるトキソプラズマRH/ht-株の侵入率を、100%と推定した。データは、3回行った実験に由来する平均±標準誤差で示す(**:P<0.01、両側性Studentのt-テスト)。
【0061】
その結果、0.5μMの1NM-PP1を用いた処理により、トキソプラズマRH/ht-株の侵入率を40%未満にまで低下させたが、一方0.5μMの1NM-PP1処理群でのトキソプラズマRH/ai-C1株では、明らかな変化は検出されなかった(図6)。
【0062】
このデータは、トキソプラズマRH/ai-C1株に対してai-TgCDPK1に変異を導入して1NM-PP1への感受性を高めた場合に、TgCDPK1が侵入への寄与を示すことを意味している。また、1NM-PP1によりわずか10分間のインキュベーションによりこのような結果が得られたことから、TgCDPK1の侵入への寄与が明らかになった。
【0063】
(5-3)1NM-PP1の滑走運動性に対する作用
次に、1NM-PP1の、トキソプラズマRH/ht-株またはトキソプラズマRH/ai-C1株による滑走運動性に対する作用を示す。
【0064】
滑走運動性アッセイを、文献(Wetzel, D. M., et al., 2003. Mol. Biol. Cell. 14, 396-406)に記載されたように、50%の非動化牛胎児血清でコーティングしたスライドグラスに対して、10分間室温で薬剤処理されたトキソプラズマ原虫をのせ15分37℃にて滑走運動をさせることで行われた。0μMまたは0.5μMの1NM-PP1、または1NM-PP1を含まないDMSOで事前処理したトキソプラズマRH/ht-株またはトキソプラズマRH/ai-C1株を、アッセイに使用した。滑走痕を、抗-SAG1抗体を用いて可視化した。0.5μM 1NM-PP1での処理によって、トキソプラズマRH/ht-株の滑走運動性が低下したが、トキソプラズマRH/ai-C1株の滑走運動性は低下しなかった(図7)。この結果から、TgCDPK1が滑走運動性に対して直接的に寄与することができることが示された。
【0065】
(5-4)1NM-PP1のマイクロネーム分泌に対する作用
ここではさらに、1NM-PP1のマイクロネーム分泌に対する作用を示す。
最終的には、マイクロネーム分泌を、文献(Carruthers, V. B., et al., 1999. Cell Microbiol. 1, 225-235)に記載されたように、18℃で10分間薬剤処理した原虫に対して、最終濃度が1%となるようにエタノールを添加したうえで37℃で30分間マイクロネームの分泌を促し、培養液の上清中に含まれるマイクロネームタンパク質をウェスタンブロッティング法で検出することで評価した。抗-TgM2AP抗体(Rabenau, K. E., et al., 2001. Mol. Microbiol. 41, 537-547)(Dr. V. Carruthersより提供していただいた)を、マイクロネームタンパク質の検出のために使用した点で変更を加えた。0μM、0.5μMまたは1.0μMの1NM-PP1、1.0μMのスタウロスポリン、またはDMSOで事前処理した寄生虫を、アッセイに使用した。そして、TgM2APの35 kDaのバンドの有無について調べた。
【0066】
驚くべきことに、1μMスタウロスポリンを用いた対照実験ではTgM2APの産生が顕著に低下したのに対して、1NM-PP1処理を行った場合には、1NM-PP1の濃度に関わらず、エタノール-誘導性マイクロネーム分泌には何も変化が起こらなかった(図8)。この結果から、1NM-PP1によるわずか10分間のインキュベーションによりTgCDPK1がマイクロネーム分泌の制御を介さずに、滑走運動の制御を直接行うことが示された。、
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明において作製したトキソプラズマRH/ai-C1株は、1NM-PP1に対して耐性である。一方で、機能解析を行う目的遺伝子に1NM-PP1に対する感受性を付与する変異を導入することにより、1NM-PP1での処理により当該目的遺伝子についての条件付けノックアウトの系を簡便に作製することができる。このような条件付けノックアウトは、わずか10分間の1NM-PP1での処理により実現できるものである。
【0068】
従って、1NM-PP1およびトキソプラズマRH/ai-C1株を使用して数分の短い時間で、特定の遺伝子について、機能的に下方制御することができる。この戦略により、T. gondiiにおける条件付け遺伝子制御ツールがもたらされる。
【配列表フリーテキスト】
【0069】
SEQ ID NO: 1は、TgCDPK1のヌクレオチド配列を、SEQ ID NO: 2はTgCDPK1のアミノ酸配列をそれぞれ示す(GenBank ID: AF333958)。
SEQ ID NO: 3および4は、TgCDPK1のオープンリーディングフレーム(ORF)を増幅するためのプライマー対である。
【0070】
SEQ ID NO: 5および6は、TgCDPK1の128番アミノ酸をGlyからMetに変異させた変異体を作製するための、部位特異的変異生成において使用するプライマーである。
SEQ ID NO: 7および8は、ai-TgCDPK1のオープンリーディングフレームを増幅するためのプライマー対である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SEQ ID NO: 2に記載のアミノ酸配列で規定されるプロテインキナーゼ(TgCDPK1)の薬剤感受性を欠失させた、トキソプラズマ。
【請求項2】
SEQ ID NO: 2に記載のアミノ酸配列の128番アミノ酸Glyを、Met、Gln、Ile、Pheから選択されるアミノ酸に変異させることを特徴とする、請求項1に記載のトキソプラズマ。
【請求項3】
プロテインキナーゼ(PK)ファミリー阻害剤1-ナフチルメチル-PP1(1NM-PP1)に対して耐性である、請求項1または2に記載のトキソプラズマ。
【請求項4】
(i)SEQ ID NO: 2に記載のアミノ酸配列で規定されるプロテインキナーゼ(TgCDPK1)の薬剤感受性を欠失させたトキソプラズマにおいて、プロテインキナーゼ(PK)ファミリーに属する試験プロテインキナーゼ分子に変異を生じさせて、1NM-PP1に対する感受性を付与した変異トキソプラズマ株を作製し;
(ii)当該変異トキソプラズマ株を、1NM-PP1の存在下にて宿主細胞とともに培養し;
(iii)1NM-PP1処理により試験プロテインキナーゼ分子の機能を低下させて、当該変異トキソプラズマ株に生じる変化を調べる;
を含む、プロテインキナーゼ(PK)ファミリーに属する試験プロテインキナーゼ分子の、トキソプラズマにおける機能を解析する方法。
【請求項5】
試験プロテインキナーゼ分子が、ai-TgCDPK1(変異TgCDPK1(TGME49_101440))、TGME49_024950、TGME49_028420、TGME49_025490、TGME49_040390、TGME49_006590、TGME49_088440、TGME49_017600、TGME49_081450、およびTGME49_042400からなる群から選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
変異を、試験プロテインキナーゼ分子のサブドメインV中に生じさせる、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
変異を、試験プロテインキナーゼ分子のサブドメインV中のβ-シート領域に生じさせる、請求項6に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−125270(P2011−125270A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−286975(P2009−286975)
【出願日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【出願人】(509039769)
【Fターム(参考)】