説明

原虫病治療薬

【課題】 原虫感染症の新たな治療剤および治療方法を提供すること。
【解決手段】 本発明は、式(I):
【化4】


で表される構造を有する化合物またはその塩を用いた原虫感染症の治療剤および治療方法を開示する。式(I)の化合物またはその塩は、レチノイド受容体に結合し、宿主細胞内のコレステロールの取込みを抑制することにより、原虫の増殖を抑制していると考えられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トキソプラズマ症、ネオスポラ症などの原虫病の治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の原虫感染症に対する治療剤の研究開発は、経験から出発してその薬物の作用機序の解読が行われ、それから新しい類似化合物を合成していくアプローチが多かった。しかしながら、薬物の作用機序が明らかになっている抗原虫薬は僅かであり、また効果的な薬剤と呼べるものは開発されてこなかった。近年、原虫独自の代謝機構や原虫に対する宿主の免疫機構の解読に向けた研究が進歩し、原虫特異的な治療薬が開発されつつある。例えば、トキソプラズマはパラアミノ安息香酸を取り込み、解糖系に不可欠な酵素(CoF)を合成するが、ピリメタミン(pyrimethamine)やスルファジアジン(sulfadiazine)はパラアミノ安息香酸および葉酸と化学構造が類似しているため原虫に取り込まれ、CoFの合成を拮抗的に阻害する。また、核酸代謝をターゲットにした抗原虫薬開発の取り組みもある。しかしながら、これらの原虫感染症に対する治療剤は一定量を超えると人体にも負に作用し、長期連用すると白血球減少や嘔吐等の副作用が出現してしまう。
【0003】
さらに、抗原虫薬の開発を困難にしているもう一つの原因として、薬剤耐性原虫の出現がある。これまで開発されてきた抗原虫薬の治療コンセプトは、原虫自身の代謝を司る酵素をターゲットとしている。しかしながら、原虫は蛋白質の発現調節や遺伝子組換えによる変異機構を有するため、形態や抗原性を容易に変化させることができる。このような原虫の特殊な回避機構により、原虫内の薬剤ターゲット分子に変化が生じ、薬剤耐性原虫が出現してくる。その結果、原虫特異的な代謝系をターゲットとして開発されている現行の抗原虫薬はいずれ無効となるおそれがある。
【0004】
このような現状により、原虫感染症に対する新たな治療薬及び治療法の開発が求められている。
【非特許文献1】Nishikawa et al., Cell Microbiol. 7(6), 849-867, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、原虫感染症に対する新たな治療薬及び治療法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、驚くべきことに、レチノイン酸レセプターアゴニストであるタミバロテンが原虫感染症に対する治療に有効であることを見いだした。具体的には、本発明は以下の構成からなる。
(1) 次式(I):
【化2】

で表される構造を有する化合物またはその塩を有効成分として含む、原虫感染症に対する治療剤;
(2) 原虫感染症がトキソプラズマ症あるいはネオスポラ症である(1)に記載の治療剤;
(3) 治療の対象となる動物がヒトまたは家畜である、(1)または(2)に記載の治療剤;
(4) 注射剤あるいは経口剤であることを特徴とする、(1)〜(3)のいずれかに記載の治療剤;
(5) ヒトを除く哺乳動物に(1)〜(4)のいずれかの治療剤を注射投与あるいは経口投与することを特徴とする、原虫感染症に対する治療方法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の治療剤の有効成分である式(I)の化合物は、以下の構造:
【化3】

を有する合成レチノイド(化学名4−[(5,6,7,8−テトラヒドロ−5,5,8,8−テトラメチル−2−ナフチル)カルバモイル]安息香酸)であり、レチノイン酸レセプターRARα/βに特異的に結合し、レチノイドXレセプターには結合しないことが知られている。この化合物は、一般名タミバロテンとして、急性前骨髄球性白血病治療薬として市販されており、さらに免疫調節作用や血管新生阻害作用などを有するといわれているが、これまでに原虫感染症に有効であるとの知見はない。
【0008】
トキソプラズマはヒトを含む哺乳動物に感染してトキソプラズマ症を引き起こす原虫である。トキソプラズマは、宿主細胞由来のコレステロールを利用して増殖することが明らかにされているが(Nishikawa et al., Cell Microbiol. 7(6), 849-867, 2005)、トキソプラズマが宿主由来の脂質を取り込むメカニズムや、トキソプラズマ感染時における宿主細胞での脂質代謝の変化については、まだ解明されていない。本発明者らは、現在のところ、式(I)の化合物が宿主細胞のレチノイド受容体に直接作用して宿主細胞のコレステロールの取込みを抑制することにより、トキソプラズマの増殖を抑制していると考えている。ネオスポラは、トキソプラズマに近縁な細胞内寄生原虫であり、本発明の方法にしたがって、その増殖を抑制することが可能である。同様のメカニズムにより増殖を抑制しうる原虫としては、マラリア原虫、トリパノソーマ、リーシュマニアが挙げられる。
【0009】
下記の実施例において示されるように、哺乳動物細胞(J774)に式(I)の化合物を6時間前処理し、薬剤存在下でトキソプラズマあるいはネオスポラを感染させ、20時間後に原虫の増殖を測定したところ、タミバロテンはトキソプラズマならびにネオスポラの増殖を抑制する作用があることが明らかとなった。宿主細胞のコレステロール取り込みを調節することで原虫感染症を制御することが可能になれば、ヒト及び家畜の新しい原虫感染症に対する治療剤や治療法の開発に繋がる。
【0010】
本発明の原虫病治療剤は、当業者に公知の方法で製剤することができる。例えば、式(I)の化合物を、当該技術分野においてよく知られる薬学的に許容しうる担体または賦形剤と混合し、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、増量剤、増粘剤、結合剤、崩壊剤、潤滑剤、浸透剤、香味剤、着色剤、保存料などと適宜組み合わせることにより製剤して、経口または非経口投与用の錠剤、丸薬、糖衣剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤、乳剤、ゲル、シロップ、スラリー、懸濁時、吸入剤などの形にすることができる。
【0011】
薬学的に許容しうる担体または賦形剤としては、限定されないが、滅菌水、生理食塩水、ハンクス溶液、リンゲル溶液、ラクトース、ショ糖、マンニトール、ソルビトール、デンプン、タルク、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、植物油、カカオバター、流動パラフィン、エタノール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、トラガカントゴム、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ソルビトール、デキストラン、ポリビニルピロリドン、寒天、アルギン酸、アルギン酸ナトリウム、アラビアゴム、タルク、ポリビニルピロリドン、カルボポールゲル、ポリエチレングリコール、二酸化チタン、ラッカー溶液などが挙げられる。
【0012】
本発明の原虫病治療剤の適当な投与経路としては、限定されないが、経口、直腸内、経粘膜、筋肉内、皮下、骨髄内、鞘内、直接心室内、静脈内、腹腔内、鼻腔内が挙げられる。投与経路は、治療対象となる動物種、病状および併用する他の薬剤等を考慮して適宜選択することができる。動物に投与する場合には、配合餌料または飲料水に添加してもよい。本発明の原虫病治療剤は、単独でまたは他の原虫病治療剤と組み合わせて投与してもよく、さらに、抗菌剤、抗真菌剤等の他の薬剤と組み合わせて投与してもよい。
【0013】
本発明の原虫病治療剤の治療上有効な投与量としては、投与経路、治療対象となる動物種、体重および状態により異なるが、1回投与あたり0.01mg〜100mg/kg体重の範囲で選ぶことができる。
【0014】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
細胞生存性
[材料と方法]
トキソプラズマおよびネオスポラの細胞生存性(Cell viability)(%)は以下のように測定した。J774細胞(1x105個)にタミバロテン(Dulbecco's modified Eagle's培地で6.25μM, 12.5μM, 25μM, 50μMに調製)を37℃で6時間処理し、その後各種原虫(1x105個)を加えて薬剤存在下で37℃で20時間培養した。次に、1μCiの[5,6-3H] ウラシルを添加し、37℃で2時間培養した。その後、10%トリクロロ酢酸で細胞を固定し、0.2N NaOHで37℃で30分処理した。Β線測定装置により、原虫特異的な[5,6-3H] ウラシルの取込みを計測した。細胞生存性(%)は、薬剤非存在下での原虫の[5,6-3H] ウラシルの取込みに対する薬剤存在下での原虫の[5,6-3H] ウラシルの取込みの割合として表した。
【0016】
J774細胞の細胞生存性(%)は以下のように測定した。J774細胞(2.5x104個)にタミバロテンを37℃で26時間処理し、Cell Counting Kit-8 (Dojin Laboratories社製)を添加して37℃で1時間培養した。次に培養液の吸光度450nmの値を測定した。細胞生存性(%)は、薬剤非存在下でのJ774細胞の吸光度450nmの値に対する薬剤存在下でのJ774細胞の吸光度450nmの値の割合として表した。
【0017】
[結果]
結果を図1に示す。タミバロテンの濃度依存的にトキソプラズマおよびネオスポラの増殖が抑制された。その一方で、哺乳動物細胞J774の増殖には変化が見られなかった。
【実施例2】
【0018】
細胞内コレステロールレベルの測定
[材料と方法]
細胞内コレステロールは以下のように測定した。J774細胞(2.5x105個)にタミバロテンを37℃で6時間処理し、その後トキソプラズマ(1x105個)を加える、あるいは加えないで、薬剤存在下で37℃で40時間培養した。次に、細胞を回収し、クロロホルム-メタノール(2:1)で脂質を抽出し、cholesterol/cholesteryl ester quantitation kit (Calbiochem社製)で細胞内コレステロールを測定した。また、回収した細胞のタンパク量はLowry Protein Assay Kit (Pierce社製)で測定した。細胞内コレステロールは、1μgの細胞タンパク質あたりの細胞内コレステロール量(ng)として表した。
【0019】
[結果]
結果を図2に示す。タミバロテンは、濃度依存的にトキソプラズマ感染細胞内のコレステロールを減少させた。
(*) P<0.05、タミバロテンを加えない値と比較した場合
(**) P<0.05、同じ濃度のタミバロテン存在下で、トキソプラズマ感染細胞と非感染細胞の値を比較した場合
【実施例3】
【0020】
マウス感染試験
[材料と方法]
BALB/cマウス(メス、8週齢、N=18)にタミバロテンを1.0 mg/kgあるいはEME培地を腹腔内投与した。1日後にトキソプラズマ(1x103個)を腹腔内接種し、その後7日間連続でタミバロテンを1.0 mg/kgあるいはEMS(Eagle's minimum essential)培地を腹腔内投与した。トキソプラズマ感染後の生存日数を計測し、生存率(Percent survival)で表した。生存率の解析は、Kaplan-Meier法とLog-rank testにより行った。
【0021】
[結果]
結果を図3に示す。タミバロテンの投与により、マウスの生存率の延長が認められた((*) P<0.05)。生存期間の中央値は、タミバロテン投与群で19日、対照群で15日であった。ハザード比は1.945であり、投与群に比べて対照群では死亡に至る速度が1.945倍早くなった。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1はトキソプラズマおよびネオスポラの増殖に及ぼすタミバロテンの影響を示す。
【図2】図2はトキソプラズマ感染細胞内のコレステロールレベルに及ぼすタミバロテンの影響を示す。
【図3】図3はトキソプラズマ感染マウスの生存率に及ぼすタミバロテン投与の影響を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式(I):
【化1】

で表される構造を有する化合物またはその塩を有効成分として含む、原虫感染症に対する治療剤。
【請求項2】
原虫感染症がトキソプラズマ症あるいはネオスポラ症である、請求項1に記載の治療剤。
【請求項3】
治療の対象となる動物がヒトまたは家畜である、請求項1または2に記載の治療剤。
【請求項4】
注射剤あるいは経口剤であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の治療剤。
【請求項5】
ヒトを除く哺乳動物に請求項1〜4のいずれか1項に記載の治療剤を注射投与あるいは経口投与することを特徴とする、原虫感染症に対する治療方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−221113(P2009−221113A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−64586(P2008−64586)
【出願日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【出願人】(504300088)国立大学法人帯広畜産大学 (96)
【Fターム(参考)】