説明

双晶構造を有するII−VI族化合物半導体結晶の製造方法

【課題】高温・高圧条件下で実施される水熱合成法ではなく、より穏和な反応条件の下で、双晶構造を有するII-VI族化合物半導体を製造する方法を開発すること。
【手段】キレート剤またはキレート剤溶液の存在下、アモルファスII-VI族化合物半導体を0〜200℃、好ましくは80〜120℃の温度に加熱することにより、双晶構造を有するII-VI族化合物半導体結晶を生成させる方法を開示する。該製造方法では、腐食性の高い原料や、高温高圧の製造条件の使用によって生じる製造プロセスの安全面、コスト面での問題を回避することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光発光体の製造原料として有用なII-VI族化合物半導体結晶の製造方法、より具体的には、双晶構造を有するII-VI族化合物半導体結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化合物半導体を主たる構成成分とする無機組成物は、蛍光、リン光などの発光材料、蓄光材料などの分野で用いられている。これらの中には、電圧の印加により発光(エレクトロルミネッセンス)を示すものがあり、光源として用いられたり、表示装置の表示部分などの用途で一部用いられたりしている。しかしながら、現在知られている材料では、電気エネルギーの光変換効率が不十分であるため、発熱、消費電力などの面で問題があり、その用途は限定されている。
【0003】
このような発光材料の中で、青色蛍光体は、青色の単色発光材料としてのみならず、白色の発光を得るためにも有用であるため重要視されている。青色発光材料としてはII-VI族化合物半導体が知られているが、これまで、蛍光発光を生じさせるメカニズムと固体構造の関係は明らかではなかった。しかし、近年、II-VI族化合物半導体として、双晶構造を有する硫化亜鉛粒子の発光効率が特に高いことが明らかにされ、有用な発光材料として様々な用途への応用が期待されている(例えば特許文献1および2参照)。
【特許文献1】特開2005−036214号公報
【特許文献2】特開2005−306713号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1および2には、双晶構造を有する硫化亜鉛粒子が、120〜370℃及び0.2〜20MPaという高温・高圧条件下で、水熱合成法によって生成されることが開示されている。
【0005】
しかしながら、かかる高温・高圧条件下で硫化ナトリウムのように腐食性の高い化合物と亜鉛化合物を反応させると、反応容器に腐食が生じる易くなることから、製品に不純物が混入し、品質の低下をもたらすのみならず、製造プロセスの安全性の確保に細心の注意を払う必要がある。また、腐食を防止するためには耐食性の材質を使用する必要もあるが、耐食性材料は高価であることから製造コストの増加が問題となる。したがって、かかる問題の解決のために、双晶構造を有するII-VI族化合物半導体結晶をより穏和な条件で生成させる方法の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討した結果、II−VI族化合物半導体の固体構造を、キレート剤の存在下、比較的穏和な条件で、入手容易な低結晶性粉末を双晶構造に変換できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、キレート剤またはキレート剤溶液の存在下、II-VI族化合物半導体の低結晶性粉末を加熱することを特徴とする、双晶構造を有するII-VI族化合物半導体結晶の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の製造方法は、蛍光発光体の原料として有用な双晶構造を有するII-VI族化合物半導体結晶を、高温・高圧条件や腐食性の高い原料化合物を使用することなく、従来法と比較してより低温・低圧の条件の下で製造できる点で有利である。加えて、原料に使用される低結晶性粉末として、II-VI族化合物半導体の化学構造の一部が銅、マンガンなどの発光中心となる金属(付活剤)で一部置換されたものを用いることによって、付活剤を含有させたまま、双晶構造を生成させることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明で使用するII-VI族化合物半導体の低結晶性粉末は、特開2005−132947号公報などに開示された液相反応法により容易に製造することが出来る。また、非特許文献1にも、液相反応によってII-VI族化合物半導体の低結晶性粉末が得られることが記載されている。これらの液相反応法により得られる粉末状の生成物は、約1〜100nm程度の粒径を有する。X線回折法による測定(CuKα線を使用)では、例えば、半値幅2°〜20°の回折ピークが27.5°<2θ<30°の範囲内に現れる(ここで、2θはピークトップの位置を示す)。本発明に使用する粉末粒子の半値幅は、好ましくは3°〜18°、より好ましくは4°〜17°である。
【非特許文献1】Japanese Journal of Applied Physics Vol.44 No.10 2005 7694-7697
【0009】
本出願に使用される「II−VI族化合物半導体」の用語は、II族およびVI族元素の化合物から構成されるII−VI族化合物半導体を意味する。
本発明で使用するII-VI族化合物半導体としては、硫化亜鉛、セレン化亜鉛、硫化カドミウム、セレン化カドミウムなどを挙げることができ、これらは、銅、マンガン、銀、塩素、臭素、イリジウム、プラセオジム、セリウム、サマリウム、ユーロピウム、ツリウム、テルビウム、ジスプロシウムなどの発光中心となる金属イオン(付活剤)で一部を置換されていてもよい。
【0010】
本発明は、キレート剤の存在下で実施される。本発明に使用可能なキレート剤としては、エチレンジアミン、1,3−プロパンジアミン、1,4-ブタンジアミン、ジエチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、N−(3−アミノプロピル)−1,3−プロパンジアミン、スペルミジン、ポリエチレンジアミン、ポリエチレンイミンなどのアミン類、エチレンジアミン四酢酸、エチレンジアミン四酢酸塩、酒石酸、酒石酸塩などから選ばれる少なくとも1種の化合物を使用することができる。II-VI族化合物半導体表面に残留する不要な金属化合物の除去に要するキレート剤の使用量、II-VI族化合物半導体表面への残留性、使用溶媒への溶解度を考慮して、エチレンジアミン四酢酸、エチレンジアミン四酢酸塩の使用が好ましい。
【0011】
本発明でのキレート剤の使用量について、特に制限はないが、使用量が少なすぎると低結晶性粉末原料から双晶構造への変換率が低下することになり、また、使用量が多すぎるとコスト効率的ではないことから、いずれの場合も望ましくない。そこで、キレート剤は、通常II-VI族化合物半導体に対して、0.01〜10重量倍、好ましくは、0.02〜8重量倍、より好ましくは、0.05〜5重量倍の範囲の量で使用される。
【0012】
キレート剤は、そのまま使用しても、溶媒に希釈して使用しても構わない。使用される溶媒としては、水、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、オクタノールなどのアルコール類、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテルなどのエーテル類、アセトン、ジエチルケトン、メチルブチルケトンなどのケトン類、酢酸メチル、酢酸エチル、酸酸ブチル、酪酸メチル、酪酸エチル、酪酸ブチルなどのエステル類などのエステル類等を使用することができる。II-VI族半導体表面に残留する溶媒の処理、使用後の溶媒の回収・無害化のための装置・設備の必要性などを考慮すると、水、アルコール類の使用が好ましい。通常、0.01〜50重量%、生成した双晶体の回収時の洗浄の容易さなどを考慮して、0.1〜20重量%の範囲で使用される。
【0013】
加熱処理温度は、使用する溶媒に依存することは言うまでも無いが、通常、0〜200℃、好ましくは80〜120℃が適当である。処理時間は10分〜25時間、好ましくは30分〜6時間が適当である。
【0014】
本発明の方法では、低結晶性粉末原料とキレート剤の混合物を反応容器内で加熱する間、反応容器内では攪拌を行うことが好ましい。
攪拌方法・装置はとくに限定されるものではなく、攪拌機を有する攪拌槽を用いても、インラインミキサーなどを用いてもよい。
【0015】
所定の加熱処理時間が経過した後は、生成した双晶を回収するために、加熱および攪拌操作を停止し、放冷により加熱前の温度に戻す。また、冷却時間を短縮するために外部から強制的に冷却してもよい。
【0016】
本発明の製造方法の実施に際して適用される圧力に、特に制限はなく、反応容器の内部圧力を任意に減圧ないし加圧しながら実施することができる。もっとも、反応容器の内部圧力を制御する特別な装置・設備に関するコスト負担などを考慮すると、圧力制御を必要としない方が有利であるから、本発明が実施される反応容器の内部圧力は、好ましくは常圧〜0.5MPaである。
【0017】
本発明は、バッチ反応、連続反応の何れの方式でも実施できる。また、本発明に使用する反応容器内の雰囲気についても特に制限はないが、エチレンジアミンなどのアミンを使用すると、塩基性ガスが発生する恐れがあり、酸素が存在すると酸化反応を誘発して著しく発熱する可能性があるので、不活性ガス雰囲気下で実施することが好ましい。
【0018】
本発明の方法によって得られる双晶構造は、単結晶が一定の結晶学的方位に従って接合した集合体であるため、その結晶性は高い。双晶構造を有する結晶粒子の内部には双晶面が形成されているが、この双晶面の存在は透過型電子顕微鏡を用いて確認することができる。
【実施例】
【0019】
以下に実施例を挙げて、本発明をより詳細に説明するが、本発明は本実施例に限定されるものでなく、本発明の技術的思想の範囲から逸脱することなく実施例を適宜修正、変更を加えて実施できることは言うまでもない。
【0020】
以下の実施例において、得られた生成物の結晶構造は、粉末X線回折強度を測定し、回折ピークデータから確認した。粉末X線回折測定には、リガク製回転対陰極型X線回折装置RINT−2400(回転対陰極:Cuターゲット)を使用し、また、回折ピークの解析・帰属には同装置に付属のリートベルト解析ソフトウエアTOPASを使用した。
【0021】
以下の製造例に使用した硫化ナトリウム、酢酸亜鉛はいずれも和光純薬工業株式会社から入手した。また、製造例に使用した遠心分離機は、HSIANGTAI製CN−1020である。
以下の製造例及び実施例では、攪拌装置としてノリタケカンパニーリミティッド製スタティックミキサーT6−21を使用した。
双晶構造を確認するために、日立製作所製透過型電子顕微鏡(TEM)H−800NA型を使用して、結晶粒子内部の双晶面を観察した。
【0022】
低結晶性粉末原料の製造
以下の製造例は、前述の特開2005−132947号公報に開示された液相反応方法を参照し、これを適宜変更して実施したものである。
【0023】
製造例1.硫化亜鉛粉末の製造
硫化ナトリウム15.6g(0.2モル)をイオン交換水に溶解して1リットルとし、A液を調製した。酢酸亜鉛18.2g(0.12モル)をイオン交換水に溶解して1リットルとしB液を調製した。
【0024】
管径2mm、全長20mmのスタティックミキサーを備えた容量3リットルのガラス製反応容器内に、A液及びB液を各々50ml/秒の流速で連続的に送液すると、直ちに反応が起こり、硫化亜鉛が速やかに析出した。
【0025】
硫化亜鉛の固体を含んだ反応溶液を、4000rpmで30分間遠心分離機にかけた後、上澄み液をデカンテーションし、イオン交換水で洗浄を5回行った。得られた固体を、140℃で12時間熱風乾燥し硫化亜鉛粉末を得た。本製造例で得られた硫化亜鉛のTEMによる写真を図1に、粉末X線回折測定の結果を図2に示す。2θ=28.6°の位置に現れた回折ピークの半値幅は12.94°であった。
【0026】
製造例2.Mnドープ硫化亜鉛粉末の製造
硫化ナトリウム15.6g(0.2モル)をイオン交換水に溶解して1リットルとし、A液を調製した。酢酸亜鉛18.2g(0.12モル)、酢酸マンガン0.012g(8.68×10−5モル)をイオン交換水に溶解して1リットルとしてB液を調製した。
【0027】
管径1mm、全長20mmのスタティックミキサーを備えた容量3リットルのガラス製反応容器内に、A液及びB液を各々50ml/秒の流速で連続的に送液すると、直ちに反応が起こり、マンガンをドープした硫化亜鉛が速やかに析出した。
【0028】
硫化亜鉛の固体を含んだ反応溶液を、4000rpmで30分間遠心分離機にかけた後、上澄み液をデカンテーションし、イオン交換水で洗浄を5回行った。得られた固体を、140℃で12時間熱風乾燥しマンガンがドープされた硫化亜鉛粉末を得た。
【0029】
結晶粒子の製造
実施例1
攪拌機、温度計、還流管を装着したパイレックス(登録商標)製三口フラスコに、製造例1で得られた硫化亜鉛粉末100gを取り、エチレンジアミン四酢酸ナトリウム(EDTA-Na)の20重量%水溶液1リットルに分散させ、窒素気流下、攪拌しながら104℃で6時間加熱した。その間、容器内の圧力は0.2MPaに保たれた。加熱終了後、反応容器を放置して室温まで冷却してから、固体を濾別し、イオン交換水2リットルで3回洗浄して、硫化亜鉛結晶を回収した。得られた固体のTEMによる写真を図3に、粉末X線回折測定の結果を図4に示す。2θ=28.6°の位置に現れた回折ピークの半値幅は1.823°であった。
【0030】
回折ピークのリートベルト解析の結果、得られた生成物は六方晶及び立方晶の硫化亜鉛からなることが確認された。
【0031】
実施例2
実施例1において、製造例2で得られた、Mnドープされた硫化亜鉛粉末を使用した以外は、実施例1と同様に行い、Mnドープされた硫化亜鉛を得た。
得られた固体のTEMによる写真を図5に示す。
【0032】
上述のとおり、図2及び図4(A)は、製造例1で得られた硫化亜鉛粉末及び実施例1で得られた硫化亜鉛の結晶粒子の粉末X線回折パターンをそれぞれ示しており、図4(B)は両者の回折パターンを重ねて表示したものである。図4(B)に示されている回折ピークの形状の変化から、硫化亜鉛は低結晶性の構造から高結晶性の構造に変化したことが分かる。
【0033】
図1のTEM観察写真からは、硫化亜鉛の粉末粒子は粒径が約2〜3nmの微粒子の凝集体からなることが分かる。これに対し、本発明の製造方法により得られる硫化亜鉛結晶およびMnドープした硫化亜鉛結晶は、いずれも粒径が約60±15nm程度に成長した結晶粒子からなり、各結晶粒子中には双晶面が存在することがTEM観察写真(図3および図5)から確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、化合物半導体蛍光体の製造原料として有用な双晶構造を有するII-VI族化合物半導体結晶を、従来法(水熱合成法)と比較して低温・低圧条件(0〜200℃、好ましくは80〜120℃及び常圧〜0.5MPa)の下で生成させることができるため、製造設備面で安全であり且つコスト負担を軽減することが出来る。本発明の方法によれば、銅、マンガンなどの発光中心となる金属(付活剤)で一部置換されたII-VI族化合物半導体の低結晶性粉末原料を使用して双晶構造を生成させることでき、蛍光発光体を効率的に製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】製造例1により得られた硫化亜鉛粉末のTEM観察写真。
【図2】製造例1により得られた硫化亜鉛粉末の粉末X線回折パターン。
【図3】実施例1により得られた双晶構造を有する硫化亜鉛結晶のTEM観察写真(矢印の先端は双晶面の一つを示す。)。
【図4】(A)実施例1により得られた双晶構造を有する硫化亜鉛結晶の粉末X線回折パターン;(B)製造例1の硫化亜鉛粉末の回折パターンととも(A)の回折パターンを示したグラフ。
【図5】実施例2により得られた双晶構造を有するMnドープ硫化亜鉛結晶のTEM観察写真(矢印の先端は双晶面の一つを示す。)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キレート剤またはキレート剤溶液の存在下、II-VI族化合物半導体の低結晶性粉末を加熱することを特徴とする、双晶構造を有するII-VI族化合物半導体結晶の製造方法。
【請求項2】
キレート剤が、エチレンジアミン四酢酸、エチレンジアミン四酢酸塩、酒石酸及び酒石酸塩からなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物である請求項1の製造方法。
【請求項3】
キレート剤溶液の溶媒が、水及び/又はアルコール類である請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
II-VI族化合物半導体が、硫化亜鉛である請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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