説明

吐出機構付マイクロ流体デバイス及び微量サンプル吐出方法

【課題】微量サンプルの計量及び取り扱いがより簡便であり、小型化に適した、マイクロチップを備える吐出機構付マイクロ流体デバイス、及び当該マイクロチップにおけるマイクロ流路からのサンプルの取り出し方法を提供することを目的とする。
【解決手段】物質が移動する少なくとも一つのマイクロ流路、マイクロ流路外部へ物質を吐出し得るポート及び該マイクロ流路内側面に吸収体を備えたマイクロチップならびに;レーザ発生装置を備えた吐出機構付マイクロ流体デバイスであって、前記吸収体が前記レーザ発生装置からのレーザを吸収してマイクロ流路内の液体を加熱して気泡を発生させ、マイクロ流路内の物質をマイクロ流路外に吐出し得る、吐出機構付マイクロ流体デバイス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロチップ中の微量サンプルを吐出するための機構を備えるマイクロ流体デバイス及びマイクロチップ中の微量サンプルの吐出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオ、化学応用、分析においては、微量サンプルの計量と計量後の取り扱いにおいて、一般にディスポーザブル型の先端チップを持つマイクロピペットが用いられる。しかし、マイクロピペットを用いたマイクロリットル以下の微量サンプルの計量と取り扱いは非常に困難である。
【0003】
これまでに、微量サンプルの計量と取り扱いについてはインクジェットヘッドの分野で研究及び実用化がされている。例えば、圧電素子を駆動源とするか、または電気ヒータでの加熱により発生した気泡によって、微量サンプルを微小液滴として吐出させるインクジェットヘッド及びその駆動方法が知られている(特許文献1)。
【0004】
また、電気泳動や化学反応用、分析用のマイクロチップでは、直径数ミクロンから百数十ミクロン程度の細い流路が用いられており、その内部に水、各種水溶液、有機溶媒、各種化学薬品等の液体を入れて使用する。
【0005】
このようなマイクロチップの細い流路の内部に存在する液体の、マイクロチップ流路内での制御方法は知られているが(特許文献2)そのようなマイクロチップ流路内液体の特定部分、またはマイクロチップ流路内で分析・分離された特定の物質を、一定した量で、該流路外部に取り出すことは非常に困難である。
【0006】
マイクロチップにおけるサンプルの取り出しに関しては、ゴム等、弾性材の変形を用いるもの、蓋部品を物理的に移動させるもの、ポンプによる負圧を利用するもの(特許文献3)等数種類のマイクロバルブが開発されているが、これらは先端チップ、マイクロチップと一体化した複雑な駆動ユニット、あるいは外部の駆動用ガス圧力を必要としマイクロチップとの接合部が大きな面積を占有する、装置が大がかりになる、チップのディスポーザブル化が難しい等の問題があった。
【特許文献1】特開2003−165222
【特許文献2】特開2005−300333
【特許文献3】特開2004−33919
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、微量サンプルの計量及び取り扱いがより簡便であり、小型化に適した、電気泳動用、化学反応用、分析用等のマイクロチップを備える吐出機構付マイクロ流体デバイス、及び当該マイクロチップにおけるマイクロ流路からのサンプルの取り出し方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このようななか、本発明者らは、マイクロチップにおけるマイクロ流路内壁に備えられた吸収体にレーザ光を当てて気泡を生じさせることによって、マイクロ流路中の物質を吐出ポートから簡便に吐出させ得ることを見出した。本発明者らは、さらに、チップ、液体の光透過性、吸収体の光吸収率、レーザのパルス幅、ピークパワー等の組み合わせを検討した結果、本願発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、以下の吐出機構付マイクロ流体デバイス、及びマイクロチップからの微量サンプル吐出方法に関する。
【0010】
項1.少なくとも一つのマイクロ流路、マイクロ流路外部へ物質を吐出し得る少なくとも1つのポート及び該マイクロ流路内側面に少なくとも1つの吸収体を備えたマイクロチップにおいて、前記吸収体にレーザ発生装置からのレーザを吸収させてマイクロ流路内の液体を加熱して気泡を発生させ、マイクロ流路内の物質をマイクロ流路外に吐出させることを特徴とする、微量サンプル吐出方法。
【0011】
項2.物質が移動する少なくとも一つのマイクロ流路、マイクロ流路外部へ物質を吐出し得る少なくとも1つのポート及び該マイクロ流路内側面に少なくとも1つの吸収体を備えたマイクロチップならびに
少なくとも1つのレーザ発生装置
を備えた吐出機構付マイクロ流体デバイスであって、
前記吸収体が前記レーザ発生装置からのレーザを吸収してマイクロ流路内の液体を加熱して気泡を発生させ、マイクロ流路内の物質をマイクロ流路外に吐出し得る、吐出機構付マイクロ流体デバイス。
【0012】
項3.前記マイクロチップが前記物質が移動する第1マイクロ流路と、薄膜を介して該第1マイクロ流路と隔てられた第2マイクロ流路と、該第1マイクロ流路外部へ物質を吐出し得るポートとを備えており、該第2マイクロ流路内壁には気泡を形成し得る気泡発生機構が設置されており、気泡発生により薄膜を介して第1マイクロ流路内の物質を押し、第1マイクロ流路外に吐出し得る、項2に記載の吐出機構付マイクロ流体デバイス。
【0013】
項4.前記吸収体とポートとの組み合わせを2組以上有し、前記レーザ発生装置の数が該吸収体とポートとの組み合わせの数よりも少なく、レーザ光のスキャン装置、チップ移動装置またはレーザ光のスキャン装置とチップ移動装置との組み合わせをさらに備える、項2または項3に記載の吐出機構付マイクロ流路デバイスであって、該レーザ光のスキャン装置、チップ移動装置またはレーザ光のスキャン装置とチップ移動装置との組み合わせを用いてレーザ光照射先の吸収体とポートとの組み合わせを切り替えて吐出を行うことを特徴とする、吐出機構付マイクロ流体デバイス。
【0014】
項5.前記マイクロチップが電気泳動用、化学反応用、分析用あるいは、微小サンプル量制御用マイクロチップである項2〜4のいずれか一項に記載の吐出機構付マイクロ流体デバイス。
【0015】
項6.前記マイクロチップがディスポーザブル型マイクロチップである、項2〜5のいずれか一項に記載の吐出機構付マイクロ流体デバイス。
【0016】
項7.物質が少なくとも1つのマイクロ流路上を移動して、ポート付近に移動したときに、前記マイクロ流路の内側面に設けた吸収体にパルス状のレーザ光を照射して気泡を発生させ、該ポート付近に存在する物質を流路外に吐出させることを特徴とする、マイクロチップからの微量サンプル吐出方法。
【0017】
項8.前記パルス状のレーザ光の照射回数により、吐出量を制御することを特徴とする項1または項7に記載の方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明の吐出機構付マイクロ流体デバイスを用いれば、マイクロチップ内に駆動系を設置することなく、外部からの操作によりサンプルを吐出させることが可能となり、小型化が可能となる。
【0019】
さらに、本発明の吐出機構付マイクロ流体デバイスはレーザが可視または近赤外であることを特徴としており、レーザダイオード等小型で安価かつ長時間安定稼働が可能なレーザを用いることができ、装置の小型化、コストの低減が可能となる。
【0020】
本発明によれば、電気泳動用マイクロチップ、化学用マイクロチップ等において、容易に試料の一部を別の流路に導く、あるいは試料の一部を取り出すことが可能となるため、マイクロチップの高機能化が可能となる。
【0021】
また、本発明において物質吐出のためにマイクロチップ内に備えられる装置は、薄膜吸収体のみである。その他の装置はマイクロチップ外部の装置であるため、本発明の吐出機構付マイクロ流体デバイス内のマイクロチップは、「使い捨て」「多点駆動」に適しており、バイオチップ等に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明をより詳細に説明する。
【0023】
本発明の吐出機構付マイクロ流体デバイスは、マイクロチップ及びレーザ発生装置を備えている。
【0024】
本発明の吐出機構付マイクロ流体デバイスに含まれるマイクロチップは、微量サンプルの計量、取り扱い、そして電気泳動用、化学反応用、分析用等の用途に用いることができる。
【0025】
マイクロチップは、1本、あるいは相互に交差する2以上のマイクロ流路を有する。
【0026】
マイクロチップにおける各流路は、バイオ用分析・試料処理流路、化学分析流路等として使用することができる。
【0027】
本発明の1つの実施形態において、例えば電気泳動用マイクロチップでは、マイクロ流路の両端に電極を接続して電圧をかけ、マイクロ流路上を電荷、分子量等の性質に応じて分離対象の物質を移動することができる。電気泳動により分離される物質としては、電荷を有するものであれば特に限定されないが、例えば核酸(DNA、RNA)、ペプチド、タンパク質、ムコ多糖、リン脂質等の生体由来の物質、植物抽出物、或いは天然ないし合成の生理活性物質が広く例示される。
【0028】
本発明の他の実施形態において化学反応用チップでは、例えばマイクロ流路の両端から反応に関与する物質を各々供給し、マイクロ流路内で反応生成物を得る構成が例示される。試薬が複数存在する場合には、試薬の数に応じた数のマイクロ流路を形成し、マイクロ流路の交点で反応生成物を得ることも可能である。
【0029】
マイクロ流路は、液体により満たされる。液体としては、例えば、水、含水溶媒(水と水混和性有機溶媒の混合物)、有機溶媒、緩衝液を含む有機物質または無機物質が溶解した水溶液または有機溶媒溶液等が挙げられ、水、含水溶媒、有機溶媒等が好ましい。該液体は、加熱により気泡を発生するものである。
【0030】
有機溶媒としては、明確な沸点を有するものであれば特に限定されないが、例えば、アルコール、エーテル等が挙げられる。
【0031】
ここでいう液体中には、タンパク、DNA、RNA、糖、糖タンパク、糖脂質等の生体高分子、または、金属、金属錯体、セラミックス等から成る微粒子が分散していてもよい。
【0032】
マイクロ流路の幅又は直径は、1〜1000μm程度、好ましくは2〜500μm程度、より好ましくは5〜400μm程度である。
【0033】
本発明のマイクロチップは、少なくとも1本のマイクロ流路内側面に気泡を発生させ得る気泡発生手段を有し得る。マイクロ流路内にある、上記反応生成物等の所望の物質は、発生した気泡によって、吐出ポート(以下、吐出口ということもある)を介してマイクロチップ外へと押し出される。
【0034】
吸収体はレーザ光を吸収する光吸収体であり、光吸収体の吸収率は、0.1〜0.99程度、好ましくは0.15〜0.9程度である。
【0035】
吸収体は、マイクロ流路の内側面に1つ設置されていても、複数設置されていてもよい。
【0036】
吐出ポートもまた、マイクロ流路の内側面に1つ設置されていても、複数設置されていてもよい。
【0037】
吸収体と吐出ポートとの距離は、両者の端間距離で0〜1000ミクロン程度、好ましくは0〜500ミクロン程度である。
【0038】
吸収体と吐出ポートとの距離を上記範囲とすることによって、気泡発生により生じた圧力が吐出ポート付近まで十分に伝わり、比較的小さなパルスエネルギーでも物質を吐出させることができる。
【0039】
吸収体は、吐出ポート1つに対し1つ設置されていても、吐出ポートをはさむように2つ設置されていても、吐出ポートの周りを囲むように複数設置されていてもよい。
【0040】
吐出ポートのマイクロチップ表面側の吐出口径(以下、表面側吐出口径ということもある)は、マイクロ流路中の液体の種類により変化し得るが、通常1μm〜500μm程度、好ましくは5μm〜100μm程度である。また、吐出ポートのマイクロ流路壁部側の吐出口径(以下、流路側吐出口径ということもある)は、マイクロ流路中の液体の種類により変化し得るが、通常1μm〜500μm程度、好ましくは5μm〜100μm程度ある。
【0041】
上記範囲内で吐出口径を変化させることによって、吐出された液滴の大きさを制御し得る。
【0042】
照射する光は、250nm〜1200nm程度の波長を有する任意の光源が使用でき、可視光、紫外線、赤外線等が使用でき、好ましくはレーザ光を使用する。
【0043】
レーザ光は、マイクロ流路内の液体をサブマイクロメートルからマイクロメートルの狭い範囲で加熱することができ、気泡を速やかに発生させることができるので、好ましい。
【0044】
吸収体はマイクロ流路のいずれの位置に設けてもよく、複数のマイクロ流路の交点またはその近傍に吸収体を設けてもよい。吸収体は、気泡発生に伴う圧力により、その近傍に存在する物質を移動、好ましくはマイクロ流路に設けられた吐出口からマイクロ流路外に(例えば、図2では回収容器7側)に吐出させることができる。
【0045】
吸収体は、マイクロ流路内の液体を、気泡ができる程度まで加熱可能なものであり、好ましくは該液体の沸点又はそれ以上に速やかに加熱可能なものである。液体を速やかに加熱することができれば、吐出口またはその近傍に存在する物質を迅速に吐出させることができる。加熱開始から液体の沸点以上まで加熱する時間は、通常10ミリ秒以内、好ましくは10ナノ〜1ミリ秒、より好ましくは50ナノ〜100マイクロ秒程度である。吸収体によりマイクロ流路内の液体が速やかに加熱できれば、吐出口及びその付近の物質を逃さずに吐出させることができるために好ましい。
【0046】
本発明の好ましい実施形態において、マイクロチップは、マイクロ流路として前記物質が移動する第1マイクロ流路と、薄膜を介して該第1マイクロ流路と隔てられた第2マイクロ流路とを備えている。当該実施形態において、気泡発生手段として、第2マイクロ流路の周辺部ないし周囲、好ましくは第2マイクロ流路に接する位置に吸収体を設け、該吸収体を加熱することで局所的に吸収体の近傍に気泡を発生させる。
【0047】
本発明の特に好ましい実施形態において、マイクロ流路の壁面付近に設置したレーザ吸収体に1ミリ秒以下の短いピークを有する強いパルスレーザを照射すると、吸収体と液体との界面の温度が急激に上昇し、液体の蒸発が起こる。液体の蒸発はレーザの1パルスあたりのエネルギー密度が0.01J/cm2以上でないと生じ難いが、一方、3J/cm2以上では、吸収体の蒸発が起こり、不純物が発生することがある。そこで、本発明では、マイクロチップ本体を透過する波長のパルスレーザを用い、マイクロチップ内流路サイズに収束させて、流路内に設置した薄膜型吸収体に照射することにより、液体を蒸発させ、マイクロ液流の制御を可能としたものである。なお、照射するレーザ光は、240〜1200nm等液流に対してある程度透過する波長のものが望ましい。例えば、532nmのYAG2倍波、可視から近赤外波長のレーザダイオード、1060〜1070nmのYAG基本波、Ybファイバーレーザ、248nmのKrFエキシマレーザ、308nmのXeClエキシマレーザ、351nmのXeFエキシマレーザ等を利用することができる。パルスレーザを用いる場合、パルス幅はレーザ吸収体を所望の時間で所望の温度に加熱できればよく、特に制限されないが、好ましくは50フェムト秒〜1ミリ秒、より好ましくは10ナノ秒〜100マイクロ秒程度である。
【0048】
また、連続出力のレーザを走査させることによってもパルスと同等の効果を得ることができる。
【0049】
レーザの波長として240〜400nmのものを用いる場合には、マイクロチップを構成する本体として、石英ガラス等の当該波長を透過する素材を用いるのが好ましい。レーザの波長が400〜1200nmであれば、マイクロチップ本体として、石英ガラス、或いは通常のガラス、プラスチック等を使用することができる。なお、マイクロチップは、マイクロ流路に対応する溝を有する板状あるいはフィルム状の材料(マイクロチップ本体)を2枚又はそれ以上重ねることにより得ることができる。
【0050】
本発明の好ましい実施形態において、気泡発生機構の構成要素である薄膜型吸収体の素材としてはレーザ波長に吸収性を有し、かつ融点が高いことが望ましく、チタン、鉄、ニッケル、コバルト、クロム、アルミニウム、銅、亜鉛、スズ等の金属や、これらをベースとする合金、例えば、ステンレス、炭素鋼、黄銅、白銅、アルミニウム合金、さらにはアルミナ、ジルコニア、チタニア、窒化珪素、炭化珪素をはじめとするセラミックス等を上げることができる。
【0051】
好ましい実施形態において、本発明の微量サンプル吐出方法は、レーザを利用してマイクロチップ外部から操作するので、マイクロチップ側に複雑な機構を必要としない。また、照射領域が狭いため、総出力が小さいレーザを使用することができ経済的である。
【0052】
本発明の特に好ましい実施形態において、微量サンプル吐出を行う上で、少なくとも1本の流路に吸収体を設置してレーザを照射し、その内部液体温度を沸点以上まで瞬時(マイクロ秒レベル以下)に上昇させ、発生した気体の圧力により流路内の液体の一部を吐出口からマイクロ流路外部に吐出させることができる。さらに、レーザの単一照射あたりのエネルギー密度は用いる吸収体の物性にもよるが、吸収体表面で0.01J/cm2ないし3J/cm2の範囲にあることが好ましい。この範囲の出力を与えることにより、吸収体にダメージを与えることなく、液体のみを蒸発させることができる。
【0053】
本発明のマイクロ流体デバイスにおいては、マイクロ流路の寸法、液体の種類、吐出ポートの口径を上記範囲に設定することによって、レーザ照射がない状態では液体の表面張力により吐出ポート部分の液面が保持されるため液滴は落下せず、レーザ照射の際には気泡発生の圧力により押し出された液体が吐出量、速度等が制御された様式で吐出される。
【0054】
本発明の特に好ましい1つの実施形態において、マイクロチップは、レーザに対して透明体、吸収体がレーザ吸収体であり、マイクロ流路外部からパルスレーザを照射することにより、レーザ吸収体が発熱することを特徴とする。
【0055】
本発明の1つの実施形態において、本発明のマイクロ流体デバイスは、吸収体とポートとの組み合わせを2組以上有し、レーザ発生装置の数が該吸収体とポートとの組み合わせの数よりも少なくてもよい。当該実施形態においては、本発明のマイクロ流体デバイスは、レーザ光のスキャン装置、チップ移動装置またはレーザ光のスキャン装置とチップ移動装置との組み合わせをさらに備えている。ここで、レーザ光のスキャン装置及びチップ移動装置は、本発明の属する分野において通常用いられるものを使用できる。レーザ光のスキャン装置、チップ移動装置またはレーザ光のスキャン装置とチップ移動装置との組み合わせを用いることによって、レーザ光照射先の吸収体とポートとの組み合わせを切り替え、各吐出ポートから液体の吐出を行うことができる。
【0056】
以下実施例を用いて本発明を詳細に説明する。
【実施例】
【0057】
実施例1 マイクロチップからサンプル回収容器へのサンプル吐出
本実施例の電気泳動用マイクロチップは、マイクロチップから試料の一部を分離・吐出・回収するものである。図1に示すように、電気泳動用マイクロチップ1においては、電極穴3近傍のマイクロ流路5に試料が導入され、電極穴4に向かって流路5中を流れる中で流路5に沿って試料の質量分布が生じる。電極穴3、4、流路5は水、食塩水あるいは各種バッファ液等の液体で満たされている。
【0058】
本実施例では流路5の途中に吐出口6を設けている。適切なタイミングでレーザ発振器10から出力され、走査装置9とレンズ8で位置決め、収束されたレーザ光11がレーザ吸収体7に照射され、レーザ吸収体7の周辺の液体が蒸発して気泡13を生じる。この際の圧力により、吐出口6近傍の液体が移動し、吐出口から流路5の外に吐出されることで、吐出サンプル15のみをサンプル回収容器12に導くことができる。
【0059】
レーザ発生装置はパルス波または連続のレーザビームを発生する。レーザ波長はマイクロチップの材料ならびに液体による減衰の少ない400〜1200nmの範囲のものを選択することが好ましい。例えば、SHG―YAGレーザ(波長532nm)や、レーザダイオード(波長400〜1200nm)、基本波YAGレーザ(波長1064nm)、Ybファイバーレーザ(波長1070〜1100nm)等を使用することができる。吐出に十分な圧力の立ち上がりを得るために、レーザ光はパルスあるいは連続光の走査により照射し、パルス幅あるいは走査による単一照射時間は100マイクロ秒程度以下とすることが望ましい。
【0060】
十分な蒸発が起こるために適当なレーザエネルギー密度は材料およびパルス幅依存性があるものの、0.01J/cm2ないし3J/cm2の範囲であることがわかっている。レーザの出力は、この範囲内で用いる液体の粘性等を考慮して決定される。
【0061】
実施例2 種々の流路パターンのマイクロチップからのサンプル吐出
図2b、図3a、図3b、図3c及び図3dに示す種々の流路パターンを有するマイクロチップを用いてレーザ光照射をした。
【0062】
具体的には、幅、約120μm/50μm(流路表面幅/底面幅)、深さ、約30μmのマイクロ流路を有するPMMAチップを射出成型によって形成した。各図に示す位置に、レーザ吸収体7として、金属のホイル(135μm×135μm×2μm)を設置した。厚さ約40μm(粘着材厚さ込み)のアクリル(PMMA)フィルムを、シールフィルム2として用いた。fsレーザ照射によって、シールフィルム2に吐出ポート6を形成してある。
【0063】
各マイクロチップにサンプルとして水で希釈した市販赤インクを充填し、1070nmの波長のレーザ光を、0.6〜2.5J/cmのレーザエネルギー密度となるように吸収体に照射した。
【0064】
いずれの流路パターンにおいても、サンプルの吐出が確認された。
【0065】
実施例3 サンプル吐出前後の質量分析データ
図2bに示す流路パターンのマイクロチップを用いて、吐出前後のサンプルの質量分析データを測定、比較した。
【0066】
幅約120μm/50μm(流路表面幅/底面幅)、深さ約30μmのマイクロ流路を有し、金属ホイル(135μm×135μm×2μm)が設置されたマイクロチップを用いた。シールフィルム2の厚さは約50μmのものを用いた。シールフィルム2には、fsレーザ照射により表面吐出口径/流路側吐出口径が44/30(ミクロン/ミクロン)の吐出口6を空けてある。
【0067】
当該マイクロチップにタンパク質サンプル(シトクロムc:0.1mg/水1ml、1mg/水1ml、BSA:0.1mg/水1ml、1mg/水1ml)を充填した。シングルモードファイバレーザを出力40W CW及び波長1060nmで用いて吸収体7を加熱して、タンパク質サンプルを、SELDI−TOF MS用プロテインチップアレイへと吐出させた。
【0068】
吐出前後のBSAサンプルのSELDI−TOF MSシグナルを図4a及び図4bに示す。吐出前後のシトクロムcサンプルのSELDI−TOF MSシグナルを図4c及び図4dに示す。図4a及び図4bから明らかなようにシグナル強度はサンプル濃度に比例していなかったが、ピークの位置については、吐出後BSAサンプルのシグナルと吐出前BSAサンプルのシグナルとの間に有意な差は見られなかった。図4c及び図4dから明らかなように、シトクロムcについても同様の結果が得られた。
【0069】
これらの結果から、本発明の吐出機構付マイクロ流体デバイスを用いることによって、レーザ照射によりタンパク質を分解、変性することなくサンプルをマイクロチップから吐出させることができることが分かる。
【0070】
実施例4 吐出回数と吐出量との関係
タンパク質サンプルとしてBSAサンプル(0.1mg/水1ml)を用い、実施例3と同様にして、レーザ照射によりマイクロチップからサンプルをSELDI−TOF MS用プロテインチップアレイへと約600回吐出させた。
【0071】
吐出されたサンプルのシグナルを、SELDI−TOF MSを用いて検出し、検出シグナルから吐出量を評価した。各吐出(射出)回数時点での検出信号を図5に示す。
【0072】
図5から明らかなように、吐出回数に比例して信号レベルが変化している。従って、本発明の吐出機構付マイクロ流体デバイスを用いることによって、吐出回数(またはレーザ光の照射回数)により吐出量を制御することができ、ナノ〜ピコピペットとして微量サンプルを計量及び取り扱うことが可能である。
【0073】
実施例5 吐出口サイズ毎の、レーザエネルギーと吐出率の関係
表面吐出口径/流路側吐出口径が31/13、35/22、44/30、及び54/36(ミクロン/ミクロン)の吐出口を有する、図2bに示す流路パターンのマイクロチップを用い、実施例3と同様にして、レーザ光照射によりマイクロチップからサンプルを吐出させた。吐出サンプルの量から射出率を算出した。
【0074】
ここで射出率とは、吐出回数/レーザ照射回数を示す。
【0075】
表面吐出口径/流路側吐出口径が35/22(ミクロン/ミクロン)の吐出口を有するマイクロチップを用いた場合の各パルスエネルギーでの射出率を、図6に示す。
【0076】
図6から明らかなように、70マイクロジュール〜190マイクロジュールの範囲でほぼ100%の射出率を示し、射出率にばらつきはほとんどない。
【0077】
また、図6に示したデータは、吐出開始時の射出率であるが、一旦吐出が起こった後は50〜200マイクロジュールの範囲でほぼ100%の射出率を示した(データ示さず)。
【0078】
また、表面吐出口径/流路側吐出口径31/13、44/30、及び54/36(ミクロン/ミクロン)の吐出口を有するマイクロチップを用いた場合も、上記と同様にほぼ100%の射出率を示した(データ示さず)。
【0079】
実施例6 単一レーザ装置による複数の吐出機構の駆動
表面吐出口径/流路側吐出口径が35/22(ミクロン/ミクロン)の吐出口を有する図2aに示す流路パターンを1枚のマイクロチップ上に3本形成し、チップを移動させることにより、単一レーザ装置で3カ所の吐出機構を駆動した。移動機構の追加に伴う吐出条件の変化はなく、複数点の切り替え駆動が確認できた。
【0080】
実施例7 射出液滴の速度制御
図7に示す条件にてマイクロ流体デバイスから液滴を射出し、CCDを用いて射出された液滴を撮影した。当該操作をレーザエネルギー70μJ及び170μJのレーザ照射にて行った。撮影した写真、及びレーザ照射からの遅延時間と各時点でのチップから液滴の距離との関係を図8に示す。
【0081】
液滴速度は、レーザエネルギー70μJにおいて約3.2m/s、170μJにおいて約5.0m/sであった。このことから、レーザエネルギーを変化させることによって、吐出される液滴の速度を制御し得ることが分かる。
【0082】
液滴速度が大きい方が液滴をより遠くまで直線的にとばすことができ、液滴速度を下げることによって、液滴内の分子が吐出時および着弾時に受ける力を低減し、こわれやすい分子に対応できる。従って、本発明の方法は、レーザエネルギーを調整することによって、液滴速度を用途に応じた速度に制御することができるという利点を有する。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】図1aは、本発明実施例の吐出機構付マイクロ流体デバイスの概念を示す全体図である。図1bは、図1aの要部拡大図である。
【図2】図2aは、図1aの要部拡大図である。図2bは、図2aのA−A’線断面図である。
【図3】図3a、図3b、図3c及び図3dは、本発明実施例の吐出機構付マイクロ流体デバイスの変形例を示す横断面図である。
【図4】図4a及び図4bは、マイクロチップからの吐出前(図4a)及び吐出後(図4b)におけるBSAサンプルのSELDI−TOF MSシグナルを示す。図4c及び図4dは、マイクロチップからの吐出前(図4c)及び吐出後(図4d)のシトクロムcサンプルのSELDI−TOF MSシグナルを示す。
【図5】図5は、マイクロチップから種々の回数サンプルを射出した際のBSAサンプルのSELDI−TOF MSシグナルを示す。
【図6】図6は、レーザ光を種々のパルスエネルギーで照射した際のサンプル射出率を示す。
【図7】図7は、本発明実施例のマイクロ流体デバイス及び射出された液滴を撮影するための装置の概略図、ならびに撮影された液滴の写真を示す。
【図8】図8は、本発明のマイクロ流体デバイスから射出した液滴のストロボ撮影写真及びレーザ照射からの遅延時間と各時点でのマイクロチップから液滴の距離との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0084】
1 マイクロチップ
2 シールフィルム
3 電極穴
4 電極穴
5 マイクロ流路
6 吐出口
7 レーザ吸収体
8 集光レンズ
9 レーザ走査装置
10 レーザ発振器
11 レーザ光
12 サンプル回収容器
13 気泡
14 圧力
15 吐出サンプル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一つのマイクロ流路、マイクロ流路外部へ物質を吐出し得る少なくとも1つのポート及び該マイクロ流路内側面に少なくとも1つの吸収体を備えたマイクロチップにおいて、前記吸収体にレーザ発生装置からのレーザを吸収させてマイクロ流路内の液体を加熱して気泡を発生させ、マイクロ流路内の物質をマイクロ流路外に吐出させることを特徴とする、微量サンプル吐出方法。
【請求項2】
物質が移動する少なくとも一つのマイクロ流路、マイクロ流路外部へ物質を吐出し得る少なくとも1つのポート及び該マイクロ流路内側面に少なくとも1つの吸収体を備えたマイクロチップならびに
少なくとも1つのレーザ発生装置
を備えた吐出機構付マイクロ流体デバイスであって、
前記吸収体が前記レーザ発生装置からのレーザを吸収してマイクロ流路内の液体を加熱して気泡を発生させ、マイクロ流路内の物質をマイクロ流路外に吐出し得る、吐出機構付マイクロ流体デバイス。
【請求項3】
前記マイクロチップが前記物質が移動する第1マイクロ流路と、薄膜を介して該第1マイクロ流路と隔てられた第2マイクロ流路と、該第1マイクロ流路外部へ物質を吐出し得るポートとを備えており、該第2マイクロ流路内壁には気泡を形成し得る気泡発生機構が設置されており、気泡発生により薄膜を介して第1マイクロ流路内の物質を押し、第1マイクロ流路外に吐出し得る、請求項2に記載の吐出機構付マイクロ流体デバイス。
【請求項4】
前記吸収体とポートとの組み合わせを2組以上有し、前記レーザ発生装置の数が該吸収体とポートとの組み合わせの数よりも少なく、レーザ光のスキャン装置、チップ移動装置またはレーザ光のスキャン装置とチップ移動装置との組み合わせをさらに備える、請求項2または請求項3に記載の吐出機構付マイクロ流路デバイスであって、該レーザ光のスキャン装置、チップ移動装置またはレーザ光のスキャン装置とチップ移動装置との組み合わせを用いてレーザ光照射先の吸収体とポートとの組み合わせを切り替えて吐出を行うことを特徴とする、吐出機構付マイクロ流体デバイス。
【請求項5】
前記マイクロチップが電気泳動用、化学反応用、分析用あるいは、微小サンプル量制御用マイクロチップである請求項2〜4のいずれか一項に記載の吐出機構付マイクロ流体デバイス。
【請求項6】
前記マイクロチップがディスポーザブル型マイクロチップである、請求項2〜5のいずれか一項に記載の吐出機構付マイクロ流体デバイス。
【請求項7】
物質が少なくとも1つのマイクロ流路上を移動して、ポート付近に移動したときに、前記マイクロ流路の内側面に設けた吸収体にパルス状のレーザ光を照射して気泡を発生させ、該ポート付近に存在する物質を流路外に吐出させることを特徴とする、マイクロチップからの微量サンプル吐出方法。
【請求項8】
前記パルス状のレーザ光の照射回数により、吐出量を制御することを特徴とする請求項1または請求項7に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−107116(P2008−107116A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−288064(P2006−288064)
【出願日】平成18年10月23日(2006.10.23)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成17年度、四国経済産業局、地域新生コンソーシアム研究開発事業「ピコインジェクターと分取機構を有する新規バイオデバイスの開発」(平成17.04.01四国第25号)、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(506406629)東予産業株式会社 (1)
【Fターム(参考)】