説明

含フッ素有機化合物の分解方法

【課題】水性媒体中に含まれる含フッ素有機化合物を効率的に分解することのできる方法を提供する。
【解決手段】酸素過電圧を有し、かつ化学的に安定な電極を陽極に用いて、含フッ素有機化合物を水性媒体中に含む液状物を、電流密度0.1〜200A/dmにて電気分解処理することにより、含フッ素有機化合物を分解する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含フッ素有機化合物の分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
含フッ素有機化合物は、含フッ素ポリマーを得る乳化重合の乳化剤などとして利用されている。含フッ素有機化合物のうち、特にパーフルオロオクタン酸(PFOA)およびパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)は、難分解性かつ体内蓄積性があるとの問題点が指摘されており、製品および製造廃水中からできるだけ除去することが望ましい。
【0003】
水性媒体中の含フッ素有機化合物を除去する方法として、従来、活性炭による吸着除去が用いられている。しかしながら、このような吸着除去は、吸着効率があまり高くなく、活性炭費用が高くつき、更に、吸着させた活性炭を産業廃棄物として適切に処理する必要があるため、必ずしも満足できる方法ではない。
【0004】
そこで、含フッ素有機化合物を、吸着除去するのではなく、短鎖化することによって分解除去することが提案されている(特許文献1を参照のこと)。この方法は、水性媒体中に含まれる含フッ素有機(酸)化合物に対し、過酸化水素および/またはオゾンの存在下に分解処理を行うものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006―169146号公報
【特許文献2】特開平11―269686号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示されている方法によれば、含フッ素有機(酸)化合物を分解(短鎖化)し得るとされている。しかしながら、その分解率(分解された化合物量/分解処理前の化合物量×100(%))は、過酸化水素に加えて還元剤を用いても低く、効率的ではない(過酸化水素および還元剤を添加した実施例1および2でそれぞれ28.15%および6.4%、更にUV照射を行った実施例3で38.5%と記載されている)。また、比較的長い処理時間を要している(過酸化水素および還元剤を添加した実施例1および2では3時間、更にUV照射を行った実施例3では8時間と記載されている)。このため、処理設備が大規模になるという難点もある。
【0007】
また、一般的に、工業排水中に含まれる有機物処理等のために、過酸化水素水やオゾン水、塩素系酸化剤などが利用されている。しかしながら、過酸化水素水やオゾン水は価格が高く、長期保存が不可能であるという難点がある。また、塩素系酸化剤は、処理後、環境ホルモンや発ガン性物質を生成する可能性があり、例えば、塩素系酸化剤自身と有機物との反応の過程でトリハロメタン類などの有害物質を生成する可能性がある。更に、これらは輸送の際の安全性および汚染可能性などの問題も懸念される。
【0008】
他方、過酸化水素の製造方法として、導電性ダイヤモンド構造を含んで成る陽極を用いて、水を電気分解することによって、酸素、オゾンおよび過酸化水素を生成する方法がある(特許文献2を参照のこと)。しかし、かかる方法は、あくまで過酸化水素(ならびに酸素およびオゾン)の製造方法として知られているに過ぎない。
【0009】
本発明の目的は、水性媒体中に含まれる含フッ素有機化合物を効率的に分解することのできる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の1つの要旨によれば、酸素過電圧を有し、かつ化学的に安定な電極を陽極に用いて、含フッ素有機化合物を水性媒体中に含む液状物を、電流密度0.1〜200A/dmにて電気分解処理することにより、含フッ素有機化合物を分解する方法が提供される。
【0011】
尚、本発明において「電気分解処理」とは陽極および陰極の対を成す電極を処理対象物(本発明では「含フッ素有機化合物を水性媒体中に含む液状物」)に浸漬し、これら電極に外部電源より電流を流す操作を言う。また、含フッ素有機化合物の「分解」とは、含フッ素有機化合物における化学結合が切断されて、元の含フッ素有機化合物と異なる化合物を生じることを意味する。
【0012】
この含フッ素有機化合物の分解方法では、酸素過電圧を有し、かつ化学的に安定な電極を陽極に用いて、含フッ素有機化合物を水性媒体中に含む液状物を、電流密度0.1〜200A/dmで電気分解処理することによって、水性媒体中の水を電気分解し、その際、酸素過電圧によって陽極での酸素発生を回避し、かつ、過酸化水素およびオゾンなどによる陽極の消耗(または腐食)をその化学的安定性によって防止または低減しつつ、所定の電流密度によってOHラジカルを効率的に発生させることができ、これにより、含フッ素有機化合物を効果的に分解することが可能となる。
【0013】
本発明は、上記電気分解処理において発生するOHラジカルが含フッ素有機化合物に作用することによって、含フッ素有機化合物を分解するものと理解され得る。しかし、本発明はこれに限定されず、上記電気分解処理においては、通常、OHラジカルに加えて過酸化水素およびオゾンも発生し、これらOHラジカル、過酸化水素およびオゾンに起因して含フッ素有機化合物が分解されていてよい。本発明において、「OHラジカル、過酸化水素およびオゾンに起因して」とは、OHラジカル、過酸化水素およびオゾンに直接的による場合のみならず、例えば電気分解処理時に液状物中に存在し得る成分とOHラジカルとの反応により生じ得るラジカル種(またはそのような反応により生じ得る酸化剤として機能し得るもの)による場合も含むことを意味する。
【0014】
本発明を限定するものではないが、含フッ素有機化合物の分解は、含フッ素有機化合物におけるC−C結合を切断し、好ましくは更にC−F結合をも切断し得る。C−F結合は極めて強固な結合であって通常は切断され難いが、本発明によれば、OHラジカルを効率的に(または多量もしくは高濃度に)発生させることができるので、C−F結合の切断が可能となるものと考えられる。
【0015】
本発明において陽極に使用される電極は、酸素過電圧を有するものであり、かつ化学的に安定であればよい。水を電気分解すると陽極にて酸素発生が起こり得るが、電極が「酸素過電圧を有する」とは、適用される電気分解処理条件下、その電極(陽極)にて、酸素発生反応の平衡電位よりも高い電圧(その差が酸素過電圧に相当する)を印加しなければ、酸素発生が実質的に起こらないことを意味する。また、電極が「化学的に安定」であるとは、適用される電気分解処理条件下、その電極材料が液状物中の成分と化学的に反応しない(または反応し難い)ことを意味する。
【0016】
例えば、そのような電極には、導電性ダイヤモンド構造を有する材料を含んで成る電極(以下、単に「導電性ダイヤモンド構造電極」とも言う)が好適に使用され得る。導電性ダイヤモンド構造電極は、酸素過電圧が大きく、OHラジカルを生成させるのに適している。更に、導電性ダイヤモンド構造電極は、化学的に極めて安定で、(水性媒体中に)溶出し難く、過酸化水素やオゾンなどに曝されても、電極の消耗(または腐食)が少ない。
【0017】
本発明の1つの態様において、含フッ素有機化合物は、
以下の一般式(I):
【化1】

(式中、YはHまたはFを示す。x1は4以上の整数を示し、y1は0〜3の整数を示す。Aは−SOMまたは−COOMを示し、MはH、NH、Li、Na、Mg、Al、KまたはCaを示す。)で表される化合物、および
以下の一般式(II):
【化2】

(式中、x2は1以上の整数を示し、y2は0〜10の整数を示す。XはFまたはCFを示す。Aは−SOM’または−COOM’を示し、M’はH、NH、Li、Na、Mg、Al、KまたはCaを示す。)で表される化合物
からなる群から選択される少なくとも1種の含フッ素有機酸化合物であってよい。
【0018】
より詳細には、上記一般式(I)で表される含フッ素有機酸化合物はパーフルオロカルボン酸およびその塩類、例えばパーフルオロオクタン酸およびその塩類(これらを総称して「PFOA」とも言う)であってよい。塩類の例にはアンモニウム塩やナトリウム塩が挙げられるが、好ましくはアンモニウム塩、例えばアンモニウムパーフルオロオクタン酸(特に「APFO」とも呼ばれる)である。
また、上記一般式(I)で表される含フッ素有機酸化合物はパーフルオロスルホン酸およびその塩類、例えばパーフルオロオクタンスルホン酸およびその塩類(これらを総称して「PFOS」とも言う)であってよい。塩類の例にはアンモニウム塩やナトリウム塩が挙げられる。
上記一般式(II)で表わされる含フッ素有機酸化合物は2,3,3,3−テトラフルオロ−2−[1,1,2,3,3−ヘキサフルオロ−2−(トリフロロメトキシ)]−プロパン酸であってよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、酸素過電圧を有し、かつ化学的に安定な電極を陽極に用いて、含フッ素有機化合物を水性媒体中に含む液状物を、所定の電流密度で電気分解処理することにより、水の電気分解によりOHラジカルを発生させて、水性媒体中に含まれる含フッ素有機化合物(特にPFOAまたはPFOS)を効率的に分解することができる。
【0020】
本発明の方法は、過酸化水素水やオゾン水を用いたり、塩素系酸化剤を用いる必要がなく、電気分解するだけでよいという極めてシンプルな方法であり、かつ、非常に効率的で、大規模な装置を要しない方法である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施例1および2において用いた電解装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
まず、含フッ素有機化合物を水性媒体中に含む液状物を準備する。
【0023】
含フッ素有機化合物は、C−C結合およびC−F結合を有する限り、特に限定されず、任意の炭素数を有し得、フッ素以外の置換基を有していても、有していなくてもよい。
【0024】
例えば、含フッ素有機化合物は、
以下の一般式(I):
【化3】

(式中、YはHまたはFを示す。x1は4以上の整数を示し、好ましくは6以上であり、また、x1の上限は特になく、フッ素系高重合体(ポリマー)であってよいが、フッ素系高重合体でない場合には、例えば13以下、特に10以下の整数であり得る。y1は0〜3の整数を示し、好ましくは0〜2の整数、より好ましくは0である。Aは−SOMまたは−COOMを示し、好ましくは−COOM’を示し、MはH、NH、Li、Na、Mg、Al、KまたはCaを示し、好ましくはHおよびNaを示す。)で表される化合物(エーテル酸素を有しないアニオン性化合物)、および
以下の一般式(II):
【化4】

(式中、x2は1以上の整数を示し、好ましくは6以上であり、また、x2の上限は特になく、フッ素系高重合体(ポリマー)であってよいが、フッ素系高重合体でない場合には、例えば5以下、特に3以下の整数であり得る。y2は0〜10の整数を示し、好ましくは0〜3の整数である。XはFまたはCF、好ましくはCFを示す。Aは−SOM’または−COOM’、好ましくは−COOM’を示し、M’はH、NH、Li、Na、Mg、Al、KまたはCaを示し、好ましくはHおよびNaを示す。)で表される化合物(エーテル酸素を有するアニオン性化合物)
からなる群から選択される少なくとも1種の含フッ素有機酸化合物であってよい。
【0025】
上記一般式(I)で表される含フッ素有機化合物のなかでも、PFOAおよびPFOSは分解することが望ましく、本発明の実施に特に適するものである。しかし、これらに限定されず、上記一般式(I)または(II)で表わされる含フッ素有機化合物は、フッ素系高重合体であっても分解可能である。
【0026】
水性媒体としては、水を含む液体であれば特に限定されず、例えば、水そのものであってもよいし、水および水と相溶性の有機液体の混合物であってもよい。「水と相溶性の有機液体」としては、例えば、アルコール、エーテル、ケトン、パラフィンワックス等の有機溶媒(好ましくはフッ素を含有しないもの)などが挙げられる。
【0027】
電気分解処理を行うに際し、含フッ素有機化合物は水性媒体中に含まれて液状物を構成している。含フッ素有機化合物は、水性媒体中に溶解していてもよいし、水性媒体に分散していてもよい。換言すれば、液状物は溶液であっても、分散物であってもよい。含フッ素有機化合物は、電流効率などの観点から、液状物全体の例えば約1重量ppm〜25重量%、好ましくは約1000重量ppm〜5重量%であるが、これに限定されない。
【0028】
液状物は、含フッ素有機化合物および水性媒体に加えて、含フッ素有機化合物以外の含フッ素ポリマー、添加剤(例えば界面活性剤、連鎖移動剤、ラジカル捕捉剤など)および/または副生成物(例えばヨウ化カリウム)などを更に含んでいてもよい。
【0029】
本実施形態を限定するものではないが、液状物は、含フッ素ポリマーの製造において生じるプロセス水または廃水であり得、乳化剤として、上述の一般式(I)または(II)で表されるような含フッ素有機化合物、例えばパーフルオロカルボン酸、より詳細にはパーフルオロオクタン酸(PFOA)またはアンモニウムパーフルオロオクタン酸(APFO)含み得る。パーフルオロカルボン酸はイオン性界面活性剤であり、水性媒体中に溶解してイオンの形態で存在し得る。この液状物は、分離されずに残留しているフッ素含有ポリマーを含んでいてよい。含フッ素ポリマーは、一般的に粒子の形態を有し、例えば液状物全体の約5重量%以下で存在し得る。含フッ素ポリマーの例には以下のものが含まれる:
PVdF(ポリフッ化ビニリデン)、VdF(ビニリデンフルオライド)/HFP(ヘキサフルオロプロピレン)共重合体およびVdF/TFE(テトラフルオロエチレン)/HFP共重合体などのVdF系フッ素ゴム;
TFE/Pr(プロピレン)共重合体[TFE−P](商品名「アフラス」、旭硝子株式会社製);
Et(エチレン)/TFE共重合体[ETFE]、Et/TFE/HFP共重合体[EFEP]およびPCTFE(ポリクロロトリフルオロエチレン)などのパーフルオロでないフッ素樹脂;および
パーフルオロエラストマーであるTFE/PAVE(パーフルオロアルキルビニルエーテル)共重合体(例えばTFE/PMVE(パーフルオロメチルビニルエーテル)共重合体[MFA]およびTFE/PPVE(パーフルオロプロピルビニルエーテル)共重合体[PFA])、低分子量PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)(商品名「ルブロン」、ダイキン工業株式会社製)ならびにTFE/HFP共重合体[FEP]などのパーフルオロ樹脂。
【0030】
電気分解処理のための陽極には、酸素過電圧を有し、かつ化学的に安定な電極を使用する。
【0031】
電極が酸素過電圧を有するかどうかは、酸素発生の標準電極電位を超える電圧(過電圧)を、酸素発生を実質的に起こさないで与え得るかどうかにより判断することができる。水の電気分解に関連する反応の標準酸化還元電位(vs NHE(normal hydrogen electrode)、pH=7)を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1から理解されるように、酸素発生反応(表1中、式No.1−7)の標準酸化還元電位は1230mVであり、OHラジカル発生反応(表1中、式No.1−1)の標準酸化還元電位は2850mVである(但し、後述する過酸化水素およびオゾンから発生するOHラジカルは別である)ので、酸素過電圧が存在しないと、陽極にて酸素発生が起こり、OHラジカル発生に至らない。よって、陽極に使用する電極は、OHラジカル発生が起こり得るような酸素過電圧を有することが好ましい。尚、OHラジカル発生やその他の反応の電位も平衡電位からシフトし得るが、目安として、表1のOHラジカル発生反応(表1中、式No.1−1)の標準酸化還元電位を利用できる。
【0034】
OHラジカル発生を定量的に測定することは実用上、困難である。表1から理解されるように、陽極にてOHラジカル発生反応(表1中、式No.1−1)が起こる条件では、それより標準酸化還元電位の低い過酸化水素発生反応(表1中、式No.1−4)およびオゾン発生反応(表1中、式No.1−3および1−5)も起こり得る。一般的に、過酸化水素およびオゾンの発生量が多いと、OHラジカルの発生量も多いと考えられている。よって、陽極に使用する電極は、適用される電気分解処理条件下、酸素よりも過酸化水素およびオゾンを効率的に発生させ得るような電極であればよい。
【0035】
あるいは、電極の電位窓がわかっている場合、その電位窓の範囲内に、OHラジカル発生反応(表1中、式No.1−1)の標準酸化還元電位が存在することは、陽極に使用する電極を選択する上での指標となり得るであろう。尚、電位窓は電極の材料のほか、支持電解質の種類および濃度(一般的には1モル/リットルの硫酸水溶液が用いられる)などにも依存する点に留意されたい。
【0036】
また、電極が化学的に安定かどうかは、特に過酸化水素およびオゾンの水溶液によって腐食されないかどうかにより判断することができる。過酸化水素およびオゾンの水溶液は酸化性が強く、腐食が起こり易い環境を形成するため、少なくともこれらの水溶液に対して化学的に安定である(腐食されない)ことを要するからである。
【0037】
そのような陽極には、導電性ダイヤモンド構造電極を使用できる。導電性ダイヤモンド構造電極は、sp構造を有するため化学的に極めて安定であり、かつ、酸素過電圧および水素過電圧がいずれも大きくて広い電位窓を有する上、過酸化水素およびオゾン生成の電流効率が非常に高く、よって、陽極での酸素発生を回避しつつ、OHラジカルを生成させるのに適している。例えば、白金やイリジウムなどの貴金属および炭素系材料の電極もOHラジカル生成に使用され、これらは過酸化水素やオゾンの水溶液によって腐食し、電極消耗および溶出による汚染が問題となり得るが、導電性ダイヤモンド構造電極ではそのような問題は無視可能な程度である。また、白金やイリジウムなどの貴金属および炭素系材料の電極に比べて、導電性ダイヤモンド構造電極は約2倍もの電位窓を有し、過酸化水素およびオゾン生成の電流効率は約10〜30倍にも達する。
【0038】
より具体的には、導電性ダイヤモンド構造電極の材料としては、ホウ素(ボロン)、リンおよび/またはグラファイトなどの不純物をドープして導電性を付与したダイヤモンド、アモルファス酸化ホウ素などとダイヤモンドとの複合物質、炭化ケイ素、炭化チタン、炭化タングステンなどが挙げられ、これらは市販で入手可能である。このうち、ボロンドープダイヤモンドは、窒素ドープなどの電極よりもラジカル発生効率が高い。
【0039】
しかし、陽極に使用される電極は、導電性ダイヤモンド構造電極に限定されず、例えば、白金やイリジウムなどの貴金属、炭素系材料などを用いた電極を使用してもよい。但し、導電性ダイヤモンド構造電極と比較すると、白金やイリジウムなどの貴金属、炭素系材料の電極は化学的安定性がそれほど大きくなく、また、白金やイリジウムなどの貴金属の電極は高価である。
【0040】
陰極に使用される電極は、陽極に使用される電極と同じものであっても、異なっていてもよい。後者の場合、陰極には、例えばDSE(Dimensionally Stable Electrode:寸法安定電極)、具体的には、例えばチタンなどの金属表面を酸化ルテニウムなどの金属酸化物で被覆したものなどが使用され得る。
【0041】
これら陽極および陰極を上述の液状物に浸漬する。陽極および陰極は対を成して用いられるが、それらの数、配置、面積などは任意に選択され得る。電気分解装置全体の構成としては特に限定されず、無隔膜であっても、有隔膜(例えば2室型や3室型など)であってもよく、無隔膜の場合、陽極および陰極を定期的または不規則に反転させることも可能である。
【0042】
そして、外部電源より陽極および陰極に電流を流して、電気分解処理する。この電気分解処理において、電流密度は、例えば0.1〜200A/dm、好ましくは1〜50A/dmである。その他の電気分解処理条件、例えば温度、圧力、pH、処理時間などは適宜設定し得る。最も簡便には、常温および常圧下、特段pH調整していない液状物を電気分解処理に付してよい。処理時間は、所望の分解率が得られるように設定され得る。本発明を限定するものではないが、例えば0〜100℃、pH1〜14、好ましくはpH1〜7であり得る。
【0043】
このような電気分解処理、特に上記電流密度範囲において、陽極にて、過酸化水素およびオゾンが発生し、また、OHラジカルが発生するものと考えられる。上述のように、OHラジカルを直接に定量分析することは困難であるが、一般的に、過酸化水素およびオゾンの発生量が多いと、OHラジカルの発生量も多いと考えられているので、過酸化水素およびオゾンを定量分析することにより、OHラジカルの発生量をおおよそ推察することができる。
【0044】
また、OHラジカル(OH・)が実際にどのような反応を経て発生するかは必ずしも明らかになっておらず、いかなる反応により発生したものであってよい。例えば、(1)水の電気分解の陽極反応により発生する場合(上記表1中、式No.1−1に同じ)、(2)過酸化水素およびオゾンから発生する場合、(3)過酸化水素の電気分解の陰極反応により発生する場合が考えられ得る(それぞれ式(1)〜(3)として以下に示す)。
【化5】

式(1)の水の電気分解の陽極反応でOHラジカルが発生し得るが、式(2)のように過酸化水素およびオゾンの共存下では促進酸化が進行してOHラジカルが速やかに生成し得、また、式(3)のように過酸化水素の電気分解の陰極反応(還元反応)も起こり得るであろう。
【0045】
OHラジカルは、過酸化水素およびオゾンより酸化力が高く、他の物質を無差別的に酸化することができる。このことは、水からのOHラジカル発生反応(表1中、式No.1−1)の標準酸化還元電位が、水からの過酸化水素発生反応(表1中、式No.1−4)および水からのオゾン発生反応(表1中、式No.1−3および1−5)の標準酸化還元電位より高いことからも理解され得る。よって、電気分解処理によりOHラジカルが発生すると、含フッ素有機化合物のC−C結合およびC−F結合が切断され得る。従来、C−F結合はC−C結合よりも強く、切断できないものとされていたが、本実施形態によればC−F結合をも切断することが可能となる。本発明はいかなる理論によっても拘束されないが、OHラジカルは、本来、C−F結合の結合エネルギーより高いエネルギーを有し、本実施形態のようにOHラジカルを多量に発生させることによって、C−F結合を切断できるものとなったと推察される。
【0046】
また、OHラジカルは極めて短寿命である(代表的には1μMで寿命約0.2msであり、例えば式(1)の水の電気分解の陽極反応により発生する場合、陽極表面近傍にしか存在できないことになる)。しかし、OHラジカルが含フッ素有機化合物(および存在し得る他の成分)を分解してラジカル種を生じ、更にそのラジカル種が水などと反応してOHラジカル(または新たなラジカル種)を生じるという連鎖反応によって、液状物の内部へと移動することが可能であると理解される。
【0047】
以上のようにして、電気分解処理によって、含フッ素有機化合物が分解される。また、液状物中に含フッ素有機化合物以外のC−C結合および/またはC−F結合を有する有機化合物が存在する場合、これらも同様に分解されるものと考えられる。
【0048】
本実施形態によれば、過酸化水素水やオゾン水を用いたり、塩素または塩素系酸化剤を用いる必要がなく、水性媒体中に含まれる水を利用して、電気分解処理によって、含フッ素有機化合物を効率的に分解することができる。本実施形態の分解方法は、比較的短時間の処理で、かつ従来より小規模な処理装置で実施できる。
【実施例】
【0049】
本発明を実施例により更に詳しく説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0050】
(実施例1)
使用した電解装置の概略図を図1に示す。アノード電極2およびカソード電極5には、ボロンドープダイヤモンド電極(住友電工ハードメタル株式会社製、シリコン基板上にボロンドープダイヤモンド膜をCVD法で膜厚10〜50μmにて製膜したもの)を用い、いずれも寸法を5×1mとし、電極表面積(ボロンドープダイヤモンドの製膜面積)を10cmに規定し、PTFE製のスペーサー3を用いて両電極間距離を1cmに維持した。また、外部電源(電力供給源)1としてポテンショスタット(北斗電工製)を用い、液状物の攪拌用にPTFE製のスターラー4を用いた。
電気分解処理に付すべき液状物には、純水300mlにパーフルオロオクタン酸(PFOA)、パーフルオロヘプタン酸(PFHA)、2,3,3,3−テトラフルオロ−2−[1,1,2,3,3,3,−ヘキサフルオロ−2−(トリフルオロメトキシ)プロポキシ]−プロパン酸(以下、単に「PA」と言う)を添加したものを用いた。これらPFOA、PFHA、PAは乳化剤として使用され得るものであり、これらの添加量は、PFOA370mg、PFHA300mg、PA400mgとした。
【0051】
実験条件としては、電流値800mAにて一定とし、よって、この電流値および上記電極面積より、電流密度は80mA/cmと求められた。また、液温25℃(温度制御なしで室温下にて放置)、電気分解時間30分間とした。
【0052】
電気分解処理を行っている間の槽電圧(電気分解処理中のアノード電極およびカソード電極間の電圧)を測定したところ、約40V(平均測定値)であった。
【0053】
また、電気分解処理の前後にて、液状物中の乳化剤(PFOA、PFHA、PA)濃度をHPLCにて下記条件で測定した。結果を表2に示す。
【0054】
HPLC測定条件
カラム:ODS−120T(4.6φ×250mm、トーソー社製)
展開液:アセトニトリル/0.6質量%過塩素酸水溶液=1/1(vol/vol%)
サンプル量:20μL
流速:1.0ml/分
検出波長:UV210nm
カラム温度:40℃
尚、PFOA濃度算出にあたり、既知の濃度のPFOA水溶液について上記溶出液および条件にてHPLC測定して得られた検量線を用いた。
【0055】
【表2】

【0056】
本実施例において、単位使用電気量あたりの乳化剤(PFOA+PFHA+PA)分解量を、処理前後の温度差から分解量を求め、30分時点での消費電気量(Wh)で除して求めたところ、19.7mg/Whであった。
【0057】
(実施例2)
電気分解処理に付すべき液状物として、純水に乳化剤(PFOA、PFHA、PA)のほか、支持電解質として硫酸ナトリウム(NaSO)を5重量%(液状物基準)となるように添加したものを用いたこと以外は、実施例1と同様の条件で電気分解処理に付した。(本実施例においても、電流値800mAとし、よって電流密度を80mA/cmとした。)
【0058】
本実施例において、電気分解処理を行っている間の槽電圧(電気分解処理中のアノード電極およびカソード電極間の電圧)を測定したところ、約10V(平均測定値)であった。
【0059】
また、電気分解処理の前後にて、液状物中の乳化剤(PFOA、PFHA、PA)濃度を実施例1と同様にして測定した。結果を表3に示す。
【0060】
【表3】

【0061】
本実施例において、単位使用電気量あたりの乳化剤(PFOA+PFHA+PA)分解量を、実施例1と同様にして求めたところ、71.9mg/Whであった。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の方法は、含フッ素有機化合物を簡便な処理により効率的に分解でき、難分解性かつ体内蓄積性があるとの問題点が指摘されているPFOAやPFOSなどを分解するのに利用可能である。特に、本発明の方法によれば、含フッ素ポリマー重合またはその後工程などにより生じ得る廃水を効率的かつ容易に処理でき、作業安全性を高め、環境への負荷を低減することができる。
【符号の説明】
【0063】
1 電源
2 アノード電極
3 スペーサー
4 スターラー
5 カソード電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素過電圧を有し、かつ化学的に安定な電極を陽極に用いて、含フッ素有機化合物を水性媒体中に含む液状物を、電流密度0.1〜200A/dmにて電気分解処理することにより、含フッ素有機化合物を分解する方法。
【請求項2】
電気分解処理において、OHラジカル、過酸化水素およびオゾンが発生し、これらに起因して含フッ素有機化合物が分解される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
含フッ素有機化合物の分解は、含フッ素有機化合物におけるC−F結合を切断することを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
酸素過電圧を有し、かつ化学的に安定な電極が、導電性ダイヤモンド構造を有する材料を含んで成る、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
含フッ素有機化合物は、
以下の一般式(I):
【化1】

(式中、YはHまたはFを示す。x1は4以上の整数を示し、y1は0〜3の整数を示す。Aは−SOMまたは−COOMを示し、MはH、NH、Li、Na、Mg、Al、KまたはCaを示す。)で表される化合物、および
以下の一般式(II):
【化2】

(式中、x2は1以上の整数を示し、y2は0〜10の整数を示す。XはFまたはCFを示す。Aは−SOM’または−COOM’を示し、M’はH、NH、Li、Na、Mg、Al、KまたはCaを示す。)で表される化合物
からなる群から選択される少なくとも1種の含フッ素有機酸化合物である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2010−234250(P2010−234250A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−84530(P2009−84530)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)
【Fターム(参考)】