説明

含水系潤滑油組成物の安定性評価方法

【課題】 含水系潤滑油組成物の長期使用による性状変化について、短時間で評価することが可能となる、含水系潤滑油組成物の安定性評価方法を提供する。
【解決手段】
含水系潤滑油組成物へのせん断応力の付加前後における含水系潤滑油組成物のpH、動粘度または予備アルカリ度を測定することを特徴とする、含水系潤滑油組成物の安定性評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含水系潤滑油組成物の長期使用による劣化に関する評価方法に関し、詳しくは、含水系潤滑油組成物へのせん断応力の付加前後における含水系潤滑油組成物のpH、動粘度または予備アルカリ度を測定することを特徴とする、含水系潤滑油組成物の安定性評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の防災に対する意識の高まりから、高温の熱源付近や電気スパークが生じる機器などの付近では、各種の難燃性潤滑油が使用されている。難燃性潤滑油のなかでも、水−グリコール系作動液を始めとした各種の含水系潤滑油は難燃性に優れ、多くの機器に広く利用されている。
潤滑油には、使用に伴う液性状の変化が少なく、長期に渡り性状を適正な範囲に保ち、その性能を維持し続けることが望まれる。しかし、含水系潤滑油の安定性を評価する方法としては、産業用の大型機器そのものを用いて実機評価を行うか、ポンプユニット等のベンチ評価機を用いて評価を行う方法が代表的なものであり、長期に渡る評価期間が必要であった。このため、短時間で評価可能な、含水系潤滑油組成物の安定性に関する評価方法の開発が望まれていた。
【0003】
従来、潤滑油安定性の加速評価方法として、例えばJIS K2514に規定されている内燃機関用潤滑油酸化試験、回転ボンベ式酸化安定度試験、タービン油酸化安定度試験、JIS K2503に規定されている腐食酸化安定度試験、JIS K2540に規定されている潤滑油熱安定度試験などの加熱を伴う評価方法が知られている。
しかし、これら評価方法は鉱油または合成油から構成される潤滑油を評価するために考案されたものであり、液中に多量の水を含み、水分の蒸発を伴うような、含水系潤滑油の評価手法としては用いることができない場合が多かった。また、回転ボンベ式酸化安定度試験(JIS K2514)などを元に、評価方法を適宜修正して加速評価を行った場合には、得られた劣化液が産業用の大型機器などで実際に使用した場合とは異なる挙動を示す場合があるなどの課題があった。
【0004】
また、車両用ギヤ油やエンジン油等の鉱油または合成油から構成される潤滑油については、ASTM D3945またはASTM D6278などに規定されるディーゼルインジェクターせん断試験やASTM D2603またはJPI−5S−29−2006に規定される超音波せん断試験等のせん断試験を行い、試験前後の粘度変化を測定することが知られており、あるいは、潤滑油のスラッジ評価方法として、せん断応力をかけた後の潤滑油を酸素存在下で過熱することにより、液のスラッジ生成を評価する方法が提案されている(特許文献1参照。)。しかし、多量の水分を含む、含水系潤滑油のpH変化、粘度変化、または予備アルカリ度変化を測定する、評価方法は存在しなかった。
【0005】
【特許文献1】特開平11−271300号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術の状況に鑑みてなされたものであり、含水系潤滑油組成物の長期使用による性状変化について、短時間で評価することが可能となる、含水系潤滑油組成物の安定性評価方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、含水系潤滑油にせん断応力をかけることにより、含水系潤滑油組成物の性状変化の指標となるpH、動粘度等の性状が、実機における性状変化と同様に変化する事を見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、含水系潤滑油組成物へのせん断応力の付加前後における含水系潤滑油組成物のpH、動粘度または予備アルカリ度等の性状変化を測定することを特徴とする、含水系潤滑油組成物の安定性評価方法を提供するものである。
また、本発明は、上記含水系潤滑油組成物の安定性評価方法において、含水系潤滑油組成物が含水系作動液である安定性評価方法を提供するものである。
【0009】
また、本発明は、上記含水系潤滑油組成物の安定性評価方法において、含水系作動液が水−グリコール系作動液である安定性評価方法を提供するものである。
また、本発明は、上記含水系潤滑油組成物の安定性評価方法において、せん断応力の付加時間が10分以上600分以下である安定性評価方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の安定性評価方法によれば、短時間で、含水系潤滑油組成物の安定性を評価することが可能となる。なお、含水系潤滑油組成物として、前記の水グリコール系作動液以外に、W/Oエマルション型作動液およびO/Wエマルション型作動液、並びに圧延油、鍛造油、引抜き油、及び切削油などの各種含水系潤滑油にも同様の効果が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の安定性評価方法に適用することのできる潤滑油は、含水系潤滑油組成物であればよく、種々の含水系潤滑油に適用できるが、含水系作動液が好適に、水−グリコール系作動液がさらに好適に適用できる。
水−グリコール系作動液等の含水系作動液は液中に水分を含む。水の含有量は、通常30〜50質量%程度である。水−グリコール系作動液に含まれるグリコール類としては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリメチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、ヘキシレングリコール、ジヘキシレングリコールなどのグリコール類およびこれらグリコール類のモノアルキルエーテルが挙げられる。これらのグリコール類は1種単独で用いても良いし、2種以上を混合使用してもよい。通常はプロピレングリコール又はジプロピレングリコールを用いることが好ましい。グリコール類の含有量は、20〜60質量%であればよく、好ましくは25〜50質量%である。
【0012】
本発明の安定性評価方法に適用することのできる含水系潤滑油組成物には、通常含水系潤滑油に用いられる種々の添加剤を含んでいてもよい。
本発明の安定性評価方法において、評価に要する含水系潤滑油組成物の使用量は、少量でよいという特徴があり、1回の安定性評価試験当り、好ましくは10〜2,000mLであり、特に好ましくは20〜100mLである。
【0013】
本発明におけるせん断応力を付加する方法としては、種々のせん断応力を付加する手段を用いる事が可能である。好ましくは機械的にまたは超音波により含水系潤滑油組成物にせん断応力を与える。せん断応力を含水系潤滑油組成物に加える場合、水分および液中揮発成分の蒸散を防ぐ為、容器の上面等にラップをかけるなど。適当な処置を施し、できるだけ液の蒸散を防ぐ事が望ましい。
機械的にせん断応力を与える場合、機械的に与えるせん断応力は、10〜10sec−1のせん断速度である事が好ましく、10〜10sec−1のものがさらに好ましい。
【0014】
せん断速度が遅い場合、含水系潤滑油組成物の性状変化が小さく、安定性評価として好ましくない。せん断速度が速い場合、含水系潤滑油組成物の性状変化が実際の装置で使用した際の劣化と異なる挙動となる場合があり、好ましくない。機械的にせん断応力を与える装置としては、ASTM
D3945またはASTM D6278などに規定されるディーゼルインジェクターせん断試験器、CEC L−45−A−99 に規定されるKRL試験器、ASTM D5182に規定されるFZG歯車試験器、ホモジナイザーなどがあげられる。
【0015】
超音波によりせん断応力を与える場合、超音波を発信する装置であれば使用することが可能であるが、周波数及び出力を一定に保つ事ができる超音波発信器を備えた装置が好ましい。超音波でせん断応力を与える装置の例としては、ASTM
D2603、JPI−5S−29−2006またはJASO M347−95に規定される超音波せん断安定度試験器が挙げられる。超音波発信機の周波数は5〜30kHzであることが好ましく、8〜23kHzであることが特に好ましい。また、出力についても特に限定はないが、好ましくはASTM D2603に規定するASTM標準油Fluid A(30ml)に試験温度40℃で10分間せん断応力を付加したとき、Fluid
Aの100℃動粘度低下が20〜50%となる出力に調整することが好ましい。
【0016】
本発明において、せん断応力の付加時間に特に制限はなく、必要に応じて設定することが可能であるが、10分以上600分以下が好ましく、10分以上360分以下が特に好ましく、30分以上360分以下が更に好ましい。試験時間が短い場合には含水系潤滑油組成物の性状変化が少なく、評価方法として好ましくない。試験時間が長い場合には、評価に要する時間が長くなるばかりでなく、試験中、水分やその他含有する成分の蒸散量が多くなり、せん断応力とは異なる要因による含水系潤滑油組成物の性状変化が生じる事から好ましくない。
【0017】
また、せん断応力の付加温度は5〜70℃である事が好ましく、10〜50℃である事が特に好ましい。温度が低いと含水系潤滑油組成物の性状変化が小さく、安定性試験として好ましくない。温度が高い場合、含水系潤滑油組成物の性状変化が実際の装置で使用した際の劣化と異なる挙動となる場合があり好ましくないばかりでなく、水分やその他含有する成分の蒸散量が多くなり、せん断応力とは異なる要因による含水系潤滑油組成物の性状変化が生じることから好ましくない。
【0018】
本発明においては、含水系潤滑油組成物にせん断応力を付加した前後の性状変化を測定する事により、含水系潤滑油組成物の安定性を評価する。測定する性状の例としては動粘度、pH、予備アルカリ度、スラッジ量などがあげられ、動粘度、pH及び予備アルカリ度が好ましい。一般に、何れの性状についても、変化量が少ない方が安定性に優れる結果である。せん断応力を加えた後に性状を測定する場合、せん断応力を付加してから一定の時間を置くことが好ましい。せん断応力を加えた直後では、液中に気泡が混入し、性状の測定に影響を与える場合があるなど、結果のばらつきの要因となる。せん断応力付加後の放置時間としては、30分以上が好ましく、1〜24時間がより好ましい。
【実施例】
【0019】
次に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。なお、本発明は、これらの例によって何ら制限されるものではない。なお、実施例において使用する含水系潤滑油組成物を以下に示す。
【0020】
市販水グリコール型作動液A
プロピレングリコール約50質量%
水分 40質量%
pH(@25℃) 10.0
予備アルカリ度 13.0
動粘度(@40℃) 48.0mm/sec
【0021】
市販水グリコール型作動液B
ジプロピレングリコール約50質量%
水分 40質量%
pH(@25℃) 10.0
予備アルカリ度 13.5
動粘度(@40℃) 48.0mm/sec
【0022】
市販水グリコール型作動液C
プロピレングリコール約50質量%
水分 40質量%
pH(@25℃) 10.0
予備アルカリ度 13.5
動粘度(@40℃) 48.0mm/sec
【0023】
市販水グリコール型作動液D
プロピレングリコール約50質量%
水分 40質量%
pH(@25℃) 10.0
予備アルカリ度 18.0
動粘度(@40℃) 48.0mm/sec
【0024】
(実施例1〜4)
上記市販水グリコール型作動液の性状安定性について、油圧ポンプ(油研工業社製PV−2R1‐25)およびせん断応力を付加することによる本発明の評価方法を用いて評価を行った。せん断応力の付加は以下に示す超音波せん断試験器を用いて行った。各試験の試験条件を以下に記す。水グリコール型作動液のpH、予備アルカリ度および40℃動粘度の試験前後における変化を評価指標とした。
【0025】
<油圧ポンプ試験>
設定圧力:23.5MPa
試験温度:45℃
試験時間:1000Hr
油量:50L(せん断を付与するオイルの使用量であり、実際には装置のフラッシングが必要であり、実質100L程度が必要である。)
【0026】
<せん断応力試験>
試験器:せん断安定度試験器(JPI−5S−29−2006規定)
ホーン周波数: 10kHz
出力:試験温度40℃で10分間試験を実施したとき、ASTM標準油 Fluid A(30ml)の100℃動粘度低下が30%になるように調整
せん断応力付加時間:120分
せん断応力付加温度:30℃
せん断応力付加後の放置時間:2時間
試料油量:30mL
【0027】
【表1】

【0028】
表1に示した結果について、ポンプ試験および本発明によるせん断安定度試験後油の性状変化、および両者の最小二乗法による相関係数を図1〜3に記した。
表1および図1〜3に示した結果のとおり、本発明による含水系潤滑油組成物の安定性評価試験方法は、実機による評価試験と良好な相関を示し、短時間で評価可能な評価方法として有用である事がわかる。また、評価に使用する含水系潤滑油組成物量が、少量でよいため、取扱い上優れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明による含水系潤滑油組成物の安定性評価試験方法は、実機による評価試験と良好な相関を示しかつ短時間で評価を行う事が可能であることから、含水系潤滑油組成物を研究、開発するにあたり有用である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、せん断応力試験とポンプ試験における40℃動粘度低下率の相関関係を示したものである。
【図2】図2は、せん断応力試験とポンプ試験におけるpH低下率の相関関係を示したものである。
【図3】図3は、せん断応力試験とポンプ試験における予備アルカリ度低下率の相関関係を示したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
含水系潤滑油組成物へのせん断応力の付加前後における含水系潤滑油組成物のpH、動粘度または予備アルカリ度を測定することを特徴とする、含水系潤滑油組成物の安定性評価方法。
【請求項2】
含水系潤滑油組成物が含水系作動液である請求項1に記載の安定性評価方法。
【請求項3】
含水系作動液が水−グリコール系作動液である請求項2に記載の安定性評価方法。
【請求項4】
せん断応力の付加時間が10分以上600分以下である請求項1〜3のいずれか1項に記載の安定性評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−70334(P2008−70334A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−251582(P2006−251582)
【出願日】平成18年9月15日(2006.9.15)
【出願人】(398053147)コスモ石油ルブリカンツ株式会社 (123)
【Fターム(参考)】