説明

周期的な構造を有する結晶構造体

【課題】 可視光、紫外光領域で光を閉じ込め、増幅する構造(フォトニック結晶)を光触媒材料そのものの表面に作製し、光増幅効果、反射率低下効果そして表面積増大効果の3点により飛躍的に浄化効果を高め、劣悪な環境下でも十分に機能するようにすることを目的としている。
【解決手段】 本発明は、金属酸化物によって構成された光に対する周期的な構造を基板上に有する。この周期的な構造は、高屈折率を有する周期的に配置された素子と、低屈折率を有する周期的に配置された素子から構成される。高屈折率素子又は低屈折率素子は、柱状又は球状又は多角形のいずれか一つ以上の繰り返し構造から成り、可視光および紫外光の領域に光閉じ込め作用を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可視光および紫外光の領域に光閉じ込め作用を有する周期的な構造を有する結晶構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、外壁、トイレの便器などに光触媒は用いられているが、効率が低いために汚染の速度が浄化の速度を圧倒的に勝っている。このため、道路近傍のような劣悪な環境では数時間で浄化効率が落ちてしまうことが知られている。また、現在の光触媒は紫外線においてのみ作用するため、紫外線のほとんど入り込まない屋内ではほとんど洗浄作用がない。例えば、太陽光からの紫外線は平方センチあたり1mWであるが、屋内では平方センチあたり1μWである。シックハウス(室内空気汚染)問題では総揮発性有機化合物(TVOC)が立方メートルあたり300μgのレベルで呼吸器敏感症が報告されている(旧厚生省生活衛生局2000年9月25日発表資料)。この濃度のトルエンを現在の光触媒を用いて分解するのに要する時間を試算してみた。光化学反応はφ-Me + 14H2O + 36h+ → 7CO2 + 36H+である(φはベンゼン環、Meはメチル基)。量子効率3%程度であることから、300μg/m3のトルエンを完全に分解するには30年もかかることがわかる。このように、現在の光触媒は屋外のみでしか作用は見られない。
【0003】
このような従来の光触媒は、顔料であるアナターゼ相の二酸化チタンを壁面などに塗布するというのが一般的である。光触媒は、紫外〜可視光領域の光が光触媒表面にあたると、表面が親水性になり、汚れがついても水で簡単に洗い流せる作用を有している。あるいは、よごれそのものが光触媒により分解されて自浄効果を有している。ただ、その効果は現状では極めて小さいために、例えば道路外壁のような悪環境においては、排気ガスで外壁が汚れていくスピードの方が、光触媒による自浄作用や、親水性になり汚れがついても水で簡単に洗い流せる作用よりもはるかに勝っているために、すぐに汚れてしまう。ひとたび汚れてしまうと、表面反応であるが故、光触媒作用は全くなくなってしまうという問題点がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、可視光、紫外光領域で光を閉じ込め、増幅する構造(フォトニック結晶)を光触媒材料そのものの表面に作製し、光増幅効果、反射率低下効果そして表面積増大効果の3点により飛躍的に浄化効果を高め、劣悪な環境下でも十分に機能するようにすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の結晶構造体は、金属酸化物によって構成された光に対する周期的な構造を基板上に有する。この周期的な構造は、高屈折率を有する周期的に配置された素子と、低屈折率を有する周期的に配置された素子から構成される。高屈折率素子又は低屈折率素子は、柱状又は球状又は多角形のいずれか一つ以上の繰り返し構造から成り、可視光および紫外光の領域に光閉じ込め作用を有する。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、可視光、紫外光領域で光を閉じ込め、増幅する構造(フォトニック結晶)を光触媒材料そのものの表面に作製し、光増幅効果、反射率低下効果そして表面積増大効果の3点により飛躍的に浄化効果を高め、劣悪な環境下でも十分に機能するようにする。本発明により、わずかな紫外線やほとんど感度のない可視光線を閉じ込めて増強するため、屋内においても光触媒作用が発揮される。これにより、公共の交通機関、タクシーなどで法令により義務化されている車内の消毒の回数を減らすことができる。また、太陽光に直接さらされる屋外では、外壁に排気ガス等が付着しても分解できる。また、表面は強い親水性を示すので、汚れも雨により簡単に流れ落ちるようになる。さらに特殊な環境、例えば原子力発電所など放射線施設の水中で発生するチェレンコフ光の波長を閉じ込める効果のあるフォトニック結晶構造を作製して、放射線により発生する有害物質の浄化を行うことも可能となる。フォトニック結晶構造はエンボス加工(ナノインプリント)により行うことによる低コスト化、大面積化が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
図1及び図2は、本発明を具体化する結晶構造体を例示する図である。本発明の結晶構造体は、金属酸化物、例えば、酸化チタンを主原料とする遷移金属酸化物によって構成される。この構造体は、光に対する周期的な構造を持っていて、可視光および紫外光の領域に光閉じ込め作用を有している。
【0008】
光に対する周期的な構造は、高屈折率を有する周期的に配置された素子と低屈折率を有する周期的に配置された素子から構成される。その高屈折率素子は、柱状又は球状又は多角形等の繰り返し構造からなる。或いは、低屈折率素子を、柱状又は球状又は多角形等の繰り返し構造にすることができる。低屈折率素子は、空間によって形成することができるが、それ以外にも、例えば、プラスティックや多孔体などの低屈折率材料を用いても十分効果がある。
【0009】
望ましくは、可視光、紫外光の光閉じ込め作用は、1eV-6eVであり、このような構造体の周期または構造体を形成する素子の半径は、30nm〜1ミクロンの範囲であり、表面反射率が5%以下である。
ナノ構造体作製方法としては、酸化チタン表面にレジストを塗布し、フェーズマスクを用いた二回露光、その後現像を行うことで、酸化チタン表面にレジストのパターンを形成する。あるいは、ナノインプリント技術により金型を作製し、酸化チタン上のレジストに押し付けることでパターニングを行う。その後、ドライまたはウエットエッチングすることで酸化チタンを二次元加工する。または、リソグラフィーにより高分子を二次元、三次元に加工して、テンプレートを作製する。このテンプレートに酸化チタンを充填させる。このまま使った場合、光閉じ込め効果は弱くなるが、機械的強度は強くなる。レジストを選択的に除去すると、さらに光閉じ込め効果は強くなり、光触媒としても機能が向上する。
【0010】
ある材料で周期の構造体を形成すると、その材料は本来、その波長を透過するにもかかわらず、その波長領域だけ捕獲されてしまうことになる。その波長の光はフォトニック結晶内で増幅され、例えばレーザー発振することが計算により予測されている。周期構造がレーザーでいえば、キャビティーの役割をする。光閉じ込めによりレーザーのように光が増強されることにより、光触媒効果を上げるというのが本発明である。
【0011】
このような構造体を、微細構造(高屈折素子)を形成する材料よりも低屈折率の基板上に作成することにより、光触媒を構成する。基板を低屈折率にすることにより、光閉じ込め効果は高くなる。基板に高屈折率材料を用いると光閉じこめ効果は減少する。基板は、例えば、非晶質シリカやプラスティック、多孔体である。
【実施例1】
【0012】
図3(a)は酸化チタンに孔をあけた構造の三角格子状二次元フォトニック結晶構造のバンド計算結果である。この計算によると、半径23nm、120nm間隔の構造体から半径100nm、200nm間隔の構造体の範囲でフォトニックバンドギャップが形成できる。すなわち光閉じ込めが起こり、光が酸化チタン内部で増幅されることを意味する。最も効率よく光閉じ込めが起こるのは、図3(b)に示すとおり半径/間隔=0.4付近である。
【実施例2】
【0013】
図3 (c)(d)は、図3 (a)(b)とは逆に酸化チタン柱の立った構造体の場合のシミュレーションを示す図である。この場合、柱の半径120nm、間隔54nmから柱の半径170nm、間隔240nmまでの範囲でフォトニックバンドギャップが形成できる。最も効率よく光閉じ込めが起こるのは、(d)にしめすとおり半径/間隔=0.2または0.32付近である。
【実施例3】
【0014】
図4は、四角格子状に酸化チタンの柱が立った構造体に関して行ったシミュレーションを示す図である。この場合、半径29nm、148nm間隔の構造体から半径40nm、100nm間隔の構造体の範囲でTMモードでのフォトニックバンドギャップが形成できる。また、半径30nm、60nm間隔の構造体から半径40nm、100nm間隔の構造体の範囲でTEモードでのフォトニックバンドギャップが形成できる。さらに、半径64nm、200nm間隔の構造体から半径77nm、180nm間隔の構造体の範囲でTMおよびTEモードでのフォトニックバンドギャップ(完全フォトニックバンドギャップ)が形成される。
【実施例4】
【0015】
図5は、六角格子状に酸化チタンの柱が立った構造体に関して行ったシミュレーションを示す図である。この場合、半径22nm、200nm間隔の構造体から半径48nm、120nm間隔の構造体の範囲でフォトニックバンドギャップが形成できる。
【実施例5】
【0016】
図6に示すような三次元構造体(黒部分が酸化チタン、白抜き部分が空気)を作製する。柱の角度はこの場合35°になっている。この構造体のフォトニックバンド構造計算を図7に示した。左図より全方向でフォトニックバンドギャップが形成できることがわかる(完全フォトニックバンドギャップ)。半径79nm、220nm間隔から半径35nm、150nm間隔まで完全フォトニックバンドギャップが形成できる。この構造の場合、最も効率よく光閉じ込めが起こるのは、半径/間隔=0.2または0.32付近であることが図5よりわかる。
【実施例6】
【0017】
実際に酸化チタンナノ構造体の作製を行った。X線リソグラフィー法により、高分子厚膜を高アスペクト比で加工し、酸化チタンを充填した後、高分子のみを選択的に除去して、上述のような構造体を得た。
X線マスクの平面パターンは、X線を透過する部分は例えば窒化シリコンで遮蔽する部分は金属で作製する。例えば○の部分はX線を透過してそれ以外の部分は遮蔽するようなマスクを作製し、露光・現像したのが図8である。シンクロトロン放射光から発生するX線は直進性に優れているので、レジストは図8のように円柱状に抜ける。この孔に酸化チタンを充填すると図9のように隙間無く充填することができる。その後、レジストを除去すると、図1のように酸化チタンのみが残る。この実施例では基板はシリコンであるが、微細構造を形成する材料よりも低屈折率である方が、光閉じ込め効果は高くなる。例えば、非晶質シリカやプラスティック、多孔体である。非晶質シリカを基板として微細構造体を作製することにも成功している。
【0018】
実施例3における半径29nm、格子間隔148nmの構造体の場合、公式R=(1-n)2/(1+n) 2を用いて反射率の計算を行った。ここで、nは酸化チタンの屈折率(2.5)である。酸化チタンが平面状である場合、反射率は18%となる。いいかえれば、18%もの光が損失となる。これに対して、当該四角格子の場合、反射率は0.4%となった。また実施例4の半径22nm、格子間隔200nmの六角格子構造体の場合、反射率は0.04%となった。
【産業上の利用可能性】
【0019】
道路や非電化区域での駅構内の外壁や防音壁に用いることにより、大気汚染の浄化を行う。室内では壁紙などに用いることで、TVOCを濃度を低減できる。病院内で発生する消毒薬臭や手術室で漏れ出る麻酔ガス(笑気ガス)を分解する。工場では例えば、製鉄所、ガラス工場などで発生する有害ガスを紫外線の少ない環境下でも分解できる。放射線施設では放射線により大気中より発生する窒素酸化物、オゾンの分解、原子力発電所で使用する水(冷却水など)に放射線により分解・発生する水素・酸素を水に戻す。また、放射線施設内で使用する水は流出しないようにしてあるため、水垢あるいは錆が発生する。これらを有効に除去・分解する。放射線施設では、太陽光が全く差し込まない場合が多いが、チェレンコフ光を利用すればよい。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】酸化チタンの二次元フォトニック結晶構造、円柱の直径は640nm
【図2】酸化チタンの3次元フォトニック結晶構造、円柱の直径は400nm
【図3】(a)三角格子状穴あき形状フォトニック結晶のバンド計算(黒い部分が酸化チタン、白抜きは空気、(c)も同じ)、(b)バンドギャップの開きやすさ、(c)三角格子状柱状フォトニック結晶のバンド計算、(d) バンドギャップの開きやすさ
【図4】四角格子状柱状フォトニック結晶のバンド計算
【図5】六角格子状柱状フォトニック結晶のバンド計算
【図6】三次元フォトニック結晶
【図7】図6の完全フォトニックバンドギャップが開く配置のシミュレーション
【図8】X線マスクを介してレジストに露光を行い、現像した後の試料破断面。直径640nmの円柱状の孔が基板まで到達していることがわかる。この実施例での基板はシリコン。
【図9】図8の試料(テンプレート)に酸化チタンを充填した後の表面状態。テンプレートの孔に隙間無く酸化チタンが充填されている。この後、レジストを選択的に除去すると図1のように酸化チタンの微細構造体が形成される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属酸化物によって構成された光に対する周期的な構造を基板上に有し、
該周期的な構造は、高屈折率を有する周期的に配置された素子と、低屈折率を有する周期的に配置された素子から構成され、
前記高屈折率素子又は前記低屈折率素子は、柱状又は球状又は多角形のいずれか一つ以上の繰り返し構造から成り、
可視光および紫外光の領域に光閉じ込め作用を有する周期的な構造を有する結晶構造体。
【請求項2】
前記金属酸化物は、酸化チタンを主原料とする遷移金属酸化物である請求項1に記載の周期的な構造を有する結晶構造体。
【請求項3】
前記可視光及び紫外光の光閉じ込め作用が1eV-6eVである請求項1に記載の周期的な構造を有する結晶構造体。
【請求項4】
前記構造体の周期または該構造体を形成する素子の半径が30nm-1ミクロンの範囲内にある周期的な構造を有する請求項1に記載の結晶構造体。
【請求項5】
表面反射率が5%以下である請求項1に記載の周期的な構造を有する結晶構造体。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−167594(P2006−167594A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−363685(P2004−363685)
【出願日】平成16年12月15日(2004.12.15)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】