説明

周辺器官の疾病又は障害に対するアルゴン系の吸入可能なガス状治療薬

本発明は、患者の少なくとも1つの周辺器官の疾病又は障害の防止又は治療における、吸入により使用される有効量のアルゴンガスを含むガス組成物に関する。好ましくは、それは15乃至80容量%のアルゴンと、酸素、好ましくは少なくとも21容量%の酸素を含む。これにより治療された器官の疾病又は障害は、一過性であり、好ましくは1時間未満乃至複数の日又は週、又は永続的である。問題の器官は、肝臓、腎臓又は肺である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、その疾病が単独であるか複合であるかにかかわらず、腎臓、肝臓、及び肺から選択された周辺器官の疾病又は障害を治療又は防止することを意図する、吸入可能な治療薬のすべて又は一部を製造するためのアルゴンガスの用途に関する。
【背景技術】
【0002】
器官の疾病又は障害は、問題の器官の組織及び/又は機能の異常、即ち、この器官が正常な機能を発揮できないこと又は正常な機能を発揮することが不可能なことにより特徴づけられる。
【0003】
この疾病又は障害は、一時的であるかもしれず、即ち、1時間未満から数日又は数週間続き、あるいは永続的である。
【0004】
器官の疾病又は障害の原因は、特に、血管異常/欠陥、例えば虚血/再かん流、又は酸素付加異常/欠陥、局部的又は全身の、急性又は慢性の炎症、一次又は二次自己免疫現象、外傷、器官退化等と結びついていることがある。
【0005】
疾病又は障害は、付随的に幾つかの器官に影響を与えることがあり、この場合、多臓器疾病なる用語が使用される。
【0006】
脳に生ずる疾病又は障害を、ガスを吸い込むことにより治療し得ることが知られている。このように、文献EP−A−1541156は、1つ又はそれ以上の神経伝達系の脳機能障害により特徴づけられる、特に虚血性の脳神経中毒を治療するためにキセノンを吸い込むことを提案している。
【0007】
更に、文献EP−A−1158992は、その一部において、前記脳の神経中毒を治療するためにアルゴンの吸入を用いることを提案している。D−アンフェタミンへの感応性の発達及び表出について、アルゴンガスの神経防御性が、単独投与又は亜酸化窒素との混合投与で、評価された。
【0008】
しかし、アルゴンの作用のメカニズムへの理解はやはり乏しく、J. Abraini et al., Anesth Anaig, 2003, 96:746-749に記載されているように、GABA−レセプター、特にベンゾジアゼピン位の作動筋作用に基づくものであろう。
【0009】
近年、アルゴンの神経防御能力が、文献Loetscher et al., Critical Care, 2009, 13:R206; doi:10.1186/cc8214により確かめられている。
【0010】
アルゴンは、Yarin et al., Hear Res 2005, 201:1-9に記載されているように、孤立した培養における蝸管細胞、即ち、ラットの皮質器官から誘導された「毛」細胞を防御することができることが示されている。これらの細胞は、脳神経にたとえることができ、Ma et al., Br J Anaesth, 2002, vol 98:739-46により思い起こされるように、他のガス、特にキセノンが神経防御を発揮することが示されている。
【0011】
加えて、文献EP−A−1651243は、その一部において、その目的のために、Xe/NOの混合物の吸入を用いることを提案しており、一方、文献EP−A−19991033704は、脳の虚血及び低酸素症を治療するための、溶解したキセノンを含む液体組成物を提案している。
【0012】
知られているように、提案された治療の多くは、基本的に大脳の疾病又は障害、即ち脳のみに影響を与える疾病又は障害の治療を目的としている。
【0013】
しかし、脳のみを保護するだけでは充分ではない。即ち、特に、心臓、肺、腎臓等における何らかの障害に対し、周辺器官を防御することができることも得策である。
【0014】
最近の研究は、Ma et al., J Am Soc Nephrol 2009, 20-4:713-20, に記載されているように、例えば腎臓を防御するために、またはSchweibert et al., Eur J Anaesth 2010, Epubが示しているように心臓を防御するために、キセノンが虚血/再かん流症候群の結果に対する脳以外の器官を防御する能力を有することを示している。
【0015】
更に、心臓防御特性を有するものとして、ネオン及びアルゴンが、Cardioprotection by Noble Gases, J. of Cardioth. & Vasc. Anaesth., vol. 24, n°1, 2010においてP. Pagelにより記載されており、そこではそれらは70容量%が投与され、その特性は麻酔効果とは独立である。
【0016】
加えて、文献EP−A−10319837は、特に内耳炎、音を生ずる障害に対する治療又は予防の目的で、アルゴン、ネオン、ヘリウム、クリプトン、キセノン、又はその混合物を用いることを示している。
【0017】
しかし、現在、問題の器官の組織的又は機能的異常により特徴づけられる疾病、即ち、その原因にかかわらず、この器官、特に腎臓、肝臓、及び肺のような周辺器官が正常な機能を示す能力がないか又は示すことが出来ないことに対する、脳及び心臓以外の1つ又はそれ以上の周辺器官を防御する有効な医薬は存在しない。
【発明の概要】
【0018】
従って、課題は、肝臓、腎臓及び肺から選ばれた少なくとも1つの周辺器官の疾病又は障害の防止及び/又は治療を提案することである。
【0019】
そのため、この発明の解決は、肝臓、腎臓及び肺から選ばれた少なくとも1つの周辺器官の疾病又は障害の防止又は治療において、吸入により使用される有効量のアルゴンガスを含むガス組成物である。
【0020】
場合に応じて、本発明の吸入可能なガス組成物医薬は、下記の特徴の1つ又はそれ以上を含む。
【0021】
−それは、15乃至80容量%のアルゴンを含む;
−それは、少なくとも30容量%のアルゴンを含む;
−それは、75容量%より少ないアルゴンを含む;
−器官の疾病は、組織的及び/又は機能的異常から生ずる;
−器官の疾病は、幾つかの器官に関係する;
−器官の疾病は、一過性、好ましくは1時間未満、乃至数日又は数週間、又は永続的である;
−器官の疾病は、肝臓、腎臓及び肺から選ばれた1つ又はそれ以上の器官、更には心臓を含む幾つかの器官に関係する;
−前記組成物医薬はまた、酸素、好ましくは少なくとも21容量%の酸素を含む;
−それは、NO、Xe、He、Ne、CO、HeS及びNからなる群から選ばれた追加の化合物を含む;
−アルゴンが、数分乃至1時間又はそれ以上の吸入期間、一日につき1回又はそれ以上の回数、患者に投与される;
−前記組成物医薬は、加えて、酸素、窒素又はその混合物、特に空気を含むガス混合物から構成される;
−それは、アルゴン及び残りの酸素からなる二成分系ガス混合物、又はアルゴン、窒素及び酸素からなる三成分系混合物からなり、ガス状医薬は、好ましくは直ぐに使用されるのが好ましい;
−それは、ガスボトルに充填されている。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】様々なガスによるクレアチンクリアランスを示す図。
【図2】様々なガスによる尿アルブミンを示す図。
【発明の実施の形態】
【0023】
本発明はまた、肝臓、腎臓及び肺から選ばれた少なくとも1つの周辺器官の疾病又は障害を防止又は治療するために意図された、本発明の吸入可能な医薬組成物を製造するためのアルゴンガスの使用に関する。
【0024】
一般に、治療中、例えば、通気又は噴霧により、又は顔マスク若しくは鼻ゴーグルに接続された充填ガスボトルにより自発的に、患者にアルゴンが吸入投与される。
【0025】
投与の期間は、問題の患者に影響を与える場合に応じて、疾病/障害の期間又は障害の危険性に依存する。例えば、アルゴンが、数分乃至数十分、又は数時間、例えば1時間未満の投与期間、1日に1回又はそれ以上の回数に達する頻度で、1日又はそれ以上の日数、週、月、又は年のトータルの治療期間にわたり、投与され得る。
【0026】
好ましくは、アルゴン又はアルゴン系ガス混合物が、加圧されたガスボトル内に、又は液状で、例えば1リットル又はそれ以上のボトル(水容量)中に、2乃至300バールの圧力で、充填されている。
【0027】
アルゴン又はアルゴン系ガス混合物は、例えば酸素と予備混合されて直ぐに使用される形にあってもよく、又は使用される時点で、特に酸素と、任意に窒素のような他のガス成分と混合され得る。
【0028】
本発明では、患者はヒト、即ち、子供、青年、又は他の群の個人、例えば新生児を含む男又は女である。
【0029】
実施例
アルゴンが、周辺器官、この場合腎臓の保存に対する防御効果を有することを示すために、以下のテストが実施された。
【0030】
これを行うために、移植用のラットから分離された腎臓が使用された。
【0031】
この研究では、分離された腎臓の機能的及び形態的特徴について研究された。
【0032】
合衆国国立衛生研究所により発行された「実験動物の管理及び使用のためにガイド」に依拠して、200g乃至250gの体重の120匹のウィスターラットが使用された。
【0033】
通常の麻酔状態で動物が手術され、腎臓が除去され、次の幾つかのガス雰囲気中で保存された。
【0034】
−グループA(本発明):アルゴン(100容量%)
−グループB(対照):キセノン(100容量%)
−グループC(第1比較例):空気(基本的にN/O混合物)
−グループD(第2比較例):窒素
ラットの腎臓が、上述した条件で、他の麻酔状態のラットに移植される前に、6時間、その中に保存される。そのラットは、14日間、観察される。
【0035】
テストされた様々なガスにより生じた防護の効果の評価を行うために、移植された腎臓の腎機能及び腎臓形態を試験した。
【0036】
100gの体重に換算して、推定されたクレアチンクリアランスを計算することにより、かつ24時間のアルブミン尿を測定することにより、腎機能を評価した。
【0037】
抗−活性パスパーゼ−3及び抗−CD10抗体を用いた、標準組織学及び組織化学により、腎臓の形態を評価した。
【0038】
腎機能に関する得られた結果が、図1及び図2に図式的に示されている。
【0039】
−図1:D7及びD14の日数におけるクレアチンクリアランス
−図2:D7及びD14の日数におけるアルブミン尿
図1は、それがグループAの移植された腎臓の良好なクレアチンクリアランスを保存したことにおいて、アルゴンが特に有効であることを明らかに示している。クレアチンクリアランスの測定は、腎機能の評価のための主要な生物学的パラメーターである。
【0040】
これに対し、グループB、C、Dの場合、窒素および空気で治療されたグループについてのクレアチンクリアランスは非常に低く、キセノンでは多少良好であるが、アルゴンと比較するとかなり低い。このように、腎臓の排泄機能は、アルゴンによる最適な条件下で保存されている。
【0041】
更に、図2は、アルゴンのグループでは、アルブミン尿(通常は含まない尿中のアルブミンの存在、それは腎臓の糸球体構造のかなりの破壊を示している)が、他のグループ、特に窒素及び空気と比較して、半分であることを示している。
【0042】
このことは、アルゴンが腎臓の構造を防御することを示しており、それは残りの実験(組織学)により確かめられるであろう。
【0043】
標準組織学により評価された腎臓の形態に関して、比較グループC及びD(空気及び窒素)の腎臓は、下部融合凝固壊死による細胞溶解を示している。
【0044】
グループB(キセノン)の腎臓の1/3近くは、同じ型の障害を示しているが、アルゴン雰囲気下のグループAの腎臓には、細胞溶解又は壊死のしるしは見られなかった。
【0045】
更に、組織化学により評価された腎臓の形態に関して、グループAの器官(本発明によるアルゴン)は、他のグループの器官よりも良好に保存されているように思われる。CD10ラベリングは、非常に良好に保存されており、それは細管機能構造の保存になり、一方、カスパーゼ−3ラベリングは、離散的、多焦点であり、それによって、キセノングループ(グループB)及び特に比較グループ(グループC及びD)においてみられるものとは異なり、非常に減少した細胞変質を示している。
【0046】
最後に、本発明によるアルゴン下で保存された腎臓は、アルゴンが虚血/再かん流障害を減少させ、腎機能を改善するので、その機能性能及び物理的統合性(細胞及び組織の意味において)を保持している。
【0047】
一過性又は永続の、組織及び機能の異常により特徴づけられる、個別の又は複数の、急性又は慢性の障害を通じて、アルゴンがこれらの器官、特に腎臓、心臓、肝臓及び肺を防御し得る作用のメカニズムは、確実にはまだ確立されていない。しかし、それは、効果的な安定性、酸素付加、血管新生、及び/又は細胞自滅のメカニズム、即ち細胞が死に至るメカニズムの調整を維持することを通して、アルゴンが作用するものと考えられる。
【0048】
いずれにせよ、これらのテストは、器官の障害が、局部的又は全身の疾病、局部的又は全身の、急性又は慢性の炎症、一次又は二次自己免疫現象、外傷、器官退化、又は他の原因によるものであるかどうかにかかわらず、アルゴンが、患者の1つ又はそれ以上の周辺器官、特に肝臓、腎臓及び肺の疾病又は障害を防止又は治療するための吸入医薬として使用され得ることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝臓、腎臓及び肺から選ばれた少なくとも1つの患者の周辺器官の疾病又は障害の防止又は治療における、吸入により使用される有効量のアルゴンガスを含むガス組成物。
【請求項2】
それは、15乃至80容量%のアルゴンを含むことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
それは、少なくとも30容量%のアルゴンを含むことを特徴とする請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
それは、75容量%より少ないアルゴンを含むことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
器官の疾病は、組織的及び/又は機能的異常から生ずることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の組成物。
【請求項6】
器官の疾病又は障害は、幾つかの器官に関係することを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の組成物。
【請求項7】
器官の疾病は、一過性、好ましくは1時間未満、乃至数日又は数週間、又は永続的であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の組成物。
【請求項8】
器官の疾病は幾つかの器官に関係し、その少なくとも1つの器官は肝臓及び腎臓から選ばれ、少なくとも1つの他の器官は心臓及び肺から選ばれることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の組成物。
【請求項9】
前記組成物医薬はまた、酸素、好ましくは少なくとも21容量%の酸素を含むことを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載の組成物。
【請求項10】
それは、NO、Xe、He、Ne、CO、HeS及びNからなる群から選ばれた追加の化合物を含むことを特徴とする請求項1乃至9のいずれかに記載の組成物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公表番号】特表2013−519660(P2013−519660A)
【公表日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−552441(P2012−552441)
【出願日】平成23年1月21日(2011.1.21)
【国際出願番号】PCT/FR2011/050111
【国際公開番号】WO2011/098698
【国際公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【出願人】(591036572)レール・リキード−ソシエテ・アノニム・プール・レテュード・エ・レクスプロワタシオン・デ・プロセデ・ジョルジュ・クロード (438)
【Fターム(参考)】