説明

四極子核のNMR測定方法

【課題】CP法やNSE法では達成できない四極子核のMQMAS測定の高感度化を図る。
【解決手段】分極が大きな第1の核の共鳴周波数と、分極が小さな第2の核のサテライト遷移に当たる共鳴周波数との差、または和に相当する周波数の飽和高周波磁場パルスを試料に照射することにより、第1の核の大きな分極を第2の核に移動させた上で、多量子マジック・アングル・スピニング(MQMAS)測定を行なう

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NMRにより観測が可能な四極子核の測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
NMR(核磁気共鳴)装置は、スピン磁気モーメントを有する原子核に静磁場を印加し、該スピン磁気モーメントにラーモアの歳差運動を発生させて、そこに歳差運動と同じ周波数の高周波を照射して共鳴させることにより、該スピン磁気モーメントを有する原子核の信号を検出する分析装置である。
【0003】
NMRによって観測が可能な、すなわち核スピンを持つ核種は全部で120種類存在する。そのうち、半整数スピン四極子核は80種類にのぼる。この半整数スピン四極子核には27Al核や23Na核といった材料化学など広い分野で重要な核種が含まれている。
【0004】
しかしながら、半整数スピン四極子核のNMRスペクトルは、2次の四極子ブロードニングのため、幅広い線幅を示す。この幅広い線幅のスペクトルは、MQMAS(Multiple Quantum Magic Angle Spinning)法の開発により、高分解能化が実現された。
【0005】
最初に、従来のMQMAS法を説明する。スピンI>1/2の半整数スピンのエネルギー準位図を図1に示す。まず、単量子遷移(SQ:Single Quantum)のうち、+1/2⇔−1/2の遷移に相当するセントラル・トランジッション(CT)に注目する。このエネルギー準位は、MHzオーダーの1次の四極子相互作用シフト(first order quadrupolar shift)の影響を受けず、10kHzオーダーの2次の四極子相互作用シフト(second order quadrupolar shift)によってのみ決まる。
【0006】
そのため、CTの線幅は、2次の四極子シフトのみにより決定される。この線幅は1次の四極子シフトと比べると非常に小さいが、それでも数十kHzにも及ぶことがある。この線幅を細くして高分解能化する手法がMQMAS法である。
【0007】
実はCTだけでなく、+m⇔−mという対称的な遷移は、すべて1次の四極子相互作用の影響を受けない。たとえば、+3/2⇔−3/2の多量子遷移(MQ)に注目する。この遷移では、−3/2の準位がVL+VQ(1)(ここでVQ(1)は、1次の四極子相互作用による準位の変化を表わす)、+3/2の準位がVL−VQ(1)となるため、対称的遷移が起きると、1次の四極子相互作用による影響が±で足し合わされて相殺される。
【0008】
その結果、MQの線幅は、1次の四極子相互作用シフトの影響を受けず、2次の四極子相互作用シフトのみにより決定される。このようにMQとCTが同じブロードニングのメカニズムを持っていることがMQMAS法のポイントとなる。
【0009】
MQMAS法では、MQとCTの間でエコーを取ることにより、2次の四極子シフトによるブロードニングを消去する。エコーとは、時間推進の向きを逆にすることにより、巻き戻しの効果を得て、シフトを打ち消す手法である。
【0010】
具体的なパルスシーケンスを図2に示す。まず、最初のパルスでMQを作り出す。このパルスは、通常、SQピークの中央周波数と等しい周波数を持っている。パルス幅は縦磁化(0Q:Zero Quantum)からMQに確率的に最も多く変換されるようなパルス幅のパルスを打つ。四極子相互作用のないときは、0QからMQは禁制遷移だが、四極子相互作用のために禁制が解けて、SQピークの中央周波数のパルスで0QからMQへの変換が行なわれる。
【0011】
MQを励起後、所定時間待った後、2個目のパルスでMQの磁化をSQに変換すると、次の所定待ち時間後には、MQの正負の2次四極子シフトが打ち消しあって、磁化がリフォーカスされる。この原理により、2次の四極子シフトをすべて消去し、等方シフトのみを取り出すことができる。
【0012】
MQMAS法では、MAS下でラジオ波を照射して、多量子コヒーレンスを生成させ、多量子コヒーレンスから単量子コヒーレンスへの変換を行なう必要があるが、多量子コヒーレンスの生成効率と、多量子コヒーレンスから単量子コヒーレンスへの変換効率は、もともと低い。その結果、MQMAS法は低感度な測定法であり、感度を向上できる手法が強く望まれていた。
【0013】
NMRの信号強度は、分極の大きさにより決まる。図3に13C核のエネルギー準位の模式図を示す。13C核のエネルギーは、静磁場によって引き起こされるゼーマン分裂の結果、2つのエネルギー準位に分裂する。このときのエネルギー準位の差(ゼーマン・エネルギー)に当たる周波数により、13C核の共鳴周波数が決定される。
【0014】
一方、NMRの信号強度は、両エネルギー準位を占める13C核の占有数の差により決まる。図3では、+1/2の核スピンを有する13C核のエネルギー準位に1個の核、−1/2の核スピンを有する13C核のエネルギー準位に2個の核が存在することから、+1/2の占有数は1、−1/2の占有数は2である。
【0015】
図3では話を単純にするため、各準位の占有数を1と2で表わしたが、現実の系では、ボルツマンの熱平衡理論により真の占有数が決まる。
【0016】
仮に、各準位の占有数を1と2で表わせば、占有数の差2−1=1だけのNMR信号が観測される。この占有数の差は分極という言葉でも表わされる。NMR信号を増大させるためには、この分極を増大させれば良い。
【0017】
分極を増大させるためには、分極の大きい核(通常は1H核)から分極を移動させる手法が一般的である。例えば、13C核の信号強度増大のために、1H核の分極を13C核へとクロス・ポーラリゼーション(Cross Polarization、CP)により移動させる手法が広く用いられている。以下に、従来の分極移動(増大)法を示す。
〔Cross Polarization (CP)〕
CP法は、固体NMRの感度向上法として広く用いられている手法である(非特許文献1、2)。CP法により、1H核の分極を他の核スピンへと移動させることが可能となる。1H核の大きな分極を分極が小さく感度の低い核スピンへと移動させることにより、高い感度でのNMR信号の観測が可能となる。
【0018】
この現象は、熱的に理解することができる。例として、1H核から13C核へと分極を移動させることを考える。まず、1Hスピンが静磁場にて熱平衡状態になり、分極するまで待つ。これは、スピン系を室温へと冷やすことに相当する。
【0019】
次に、1H磁化をスピンロックする。このとき、同時に13C核に1H核を同じ強度のrf磁場を照射すると、1H核と13C核が熱的に接触する。13C核の温度は高いが、1H核と熱的に接触することにより、1H核と同じ温度になるまで冷やされる。すなわち、1H核の分極が13C核へと移動し、13C核が強く分極する。
【0020】
この後、13C核のNMRスペクトルを観測することができる。1H核の分極を13C核へと移しているので、13C核のもともとの分極と比べると、信号強度は最大で4倍大きくなる。また、実験の繰り返し時間は、1H核が熱平衡状態に戻る時間と設定することができる。この時間は、13C核が熱平衡状態に戻る時間と比べると、通常は圧倒的に短いので、単位時間当たりの測定回数を増やすことができる。
【0021】
実験のスキームを図4に示す。まず、1H核の磁化を最初の90°パルス(図中の短いパルス)により横磁化にする。次に、1H核と13C核に同じ強度のrf磁場を照射する。引き続いて、13C核のNMR信号を観測する。
【0022】
CP法は、13C核などスピン1/2核のみならず、原理的にはあらゆる核に適用可能である。半整数スピン四極子核へのCPを行ない、1次元スペクトルの信号強度を増大することも可能である。
〔Nuclear Solid Effect (NSE)〕
NSE法は、CP法と同様に、1H核の分極を他の核種へ移動させることにより、他核のNMR信号強度を増大させる手法である。分極移動に利用されるメカニズムは、もともとは電子スピンから核スピンへと分極を移動させるのに使われてきた Solid Effect と呼ばれるものである。これを1H核から他の核スピンへの分極移動に利用するので、Nuclear Solid Effect (NSE)と呼ばれている。
【0023】
例として、1H核から13C核へと分極を移動させることを考える。まず、熱平衡に達している状況を図5に示す。1H核のNMR信号を観測するには、1H核スピンの共鳴周波数の電磁波を試料に照射して1H核スピンを励起する。信号強度は分極の大きさ、図5の例では5個分の占有数の差に当たる信号強度のNMR信号が観測される。また、13C核スピンも13C核の共鳴周波数で励起され、占有数の差1個分に当たる強度のNMR信号が観測される。
【0024】
ここで、13C核と1H核の共鳴周波数の差、および13C核と1H核の共鳴周波数の和に当たるエネルギー差の遷移もあることに注目する。これは禁制遷移であるが、1H核-13C核間の双極子相互作用の高次の効果のために、ある程度の遷移確率を持つ。
【0025】
そこで、13C核スピンと1H核スピンの共鳴周波数の差に相当する周波数の電磁波を照射することを考える。この2つの準位間に電磁波を照射することにより、(1H、13C)=(+1/2、−1/2)の準位と(1H、13C)=(−1/2、+1/2)の準位の間の分極が飽和する。すなわち、2つの準位の占有数が等しくなる。
【0026】
模式図を図6に示す。これにより、13C核の分極が占有数の差3個分に増大する。すなわち、1H核の分極が13C核へと移り、13C核のNMR信号が増大することになる。
【0027】
実際の実験のスキームを図7に示す。まず、1H核と13C核の差の周波数に当たる周波数を持った飽和パルスを照射する。この周波数は禁制遷移なので、CP法と比べると、長い時間照射することが多い。これにより、1H核の分極が13C核へと移る。あとは通常の13C-NMR測定を行なうことにより、信号を観測することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0028】
【非特許文献1】S. R. Hartmann, E. L. Hahn, Phys. Rev., 128 (1962) 1042.
【非特許文献2】A. Pines, M. G. Gibby, J. S. Waugh, J. Chem. Phys., 56 (1972) 1176.
【非特許文献3】R. A. Wind, C. S. Yannoni, J. Magn. Reson., 72 (1987) 108.
【非特許文献4】A. Abragam, W. R. Proctor, Comptes Rendus de l'Academie des sciences, 246 (1958) 2253.
【非特許文献5】D. L. Noble, I. Frantsuzov, A. J. Horsewill, Solid State Nucl. Magn. Reson., 34 (2008) 110.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0029】
〔CP法〕
半整数スピン四極子核にCP法を適用することにより、中心遷移(Central Transition: CT)の信号強度を増大させることができる。しかしながら、CTの信号は、2次の四極子ブロードニングのために幅広い線形を示し、高分解能測定ができない。
【0030】
MQMAS法により半整数スピン四極子核のスペクトルを高分解能化できるが、CPとMQMASを組み合わせても、信号強度の増大が望めない。これは、CPがCTの信号強度を増大させるだけで、MQMASの信号の源となる多量子遷移の信号強度を増大させないことが原因である。
【0031】
このようにCP法の問題は、MQMAS法と組み合わせることができないことにある。
【0032】
〔NSE法〕
NSE法は、その発表以来、ほとんど利用されて来なかった。これは、NSE法の場合には、1H核と13C核の差の周波数といった特殊な周波数のrf磁場を照射する必要があり、特殊なハードウェアが要求されることがひとつの原因である。
【0033】
その少ない応用例でも、13C核のようなスピン1/2核への磁化移動か、もしくはCTへの磁化移動のみに使われてきた。MQMAS法と組み合わせた例も存在しない。また、原理的にCP法と同様にして、CTへの磁化移動を行なうNSE法は、MQMAS法と組み合わせても信号強度の増大をもたらさない。
【0034】
本発明の目的は、上述した点に鑑み、CP法やNSE法では達成できない四極子核のMQMAS測定の高感度化を図ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0035】
この目的を達成するため、本発明にかかる四極子核のNMR測定方法は、
分極が大きな第1の核の共鳴周波数と、分極が小さな第2の核のサテライト遷移に当たる共鳴周波数との差、または和に相当する周波数の飽和高周波磁場パルスを試料に照射することにより、第1の核の大きな分極を第2の核に移動させた上で、多量子マジック・アングル・スピニング(MQMAS)測定を行なうことを特徴としている。
【0036】
また、前記第1の核は、水素核であることを特徴としている。
【0037】
また、前記第2の核は、前記第1の核からの分極移動が可能な距離に位置する四極子核であることを特徴としている。
【0038】
また、前記高周波磁場は、試料近傍に設置されたマイクロコイルから照射されることを特徴としている。
【0039】
また、前記MQMAS測定時に、平衡磁化から効率良く多量子遷移を作り出す方法を併用することを特徴としている。
【0040】
また、前記MQMAS測定時に、多量子遷移を効率良く観測する方法を併用することを特徴としている。
【0041】
また、前記MQMAS測定時に、前記第1の核のデカップリングを行なうことを特徴としている。
【発明の効果】
【0042】
本発明の四極子核のNMR測定方法によれば、
分極が大きな第1の核の共鳴周波数と、分極が小さな第2の核のサテライト遷移に当たる共鳴周波数との差、または和に相当する周波数の飽和高周波磁場パルスを試料に照射することにより、第1の核の大きな分極を第2の核に移動させた上で、多量子マジック・アングル・スピニング(MQMAS)測定を行なうので、
CP法やNSE法では達成できない四極子核のMQMAS測定の高感度化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】スピンI>1/2の半整数スピンのエネルギー準位を示す模式図である。
【図2】MQMAS法におけるパルスシーケンスの模式図である。
【図3】13C核のエネルギー準位を示す模式図である。
【図4】CP法の実験スキームを示す図である。
【図5】1H核と13C核のエネルギー準位を示す模式図である。
【図6】NSE法の原理を示す模式図である。
【図7】NSE法の実験スキームを示す図である。
【図8】半整数スピン四極子核のエネルギー準位を示す模式図である。
【図9】1H核と23Na核のエネルギー準位を示す模式図である。
【図10】本発明の原理を示す模式図である。
【図11】本発明にかかる実験スキームの一実施例を示す図である。
【図12】1H核と27Al核のエネルギー準位を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明の実施の形態を説明する。まず、本発明では、分極が大きい原子核(例えば、水素核)から半整数スピン四極子核のsatellite transition(ST)へのNSEを行ない、MQMAS測定を行なうことにより、半整数スピン四極子核の高分解能測定を高感度で行なうことを実現する。以降では、水素核に限って説明を行なっているが、水素核以外の核スピンを持つ原子核でも同様に実行できる。
【0045】
なお、サテライト・トランジッションとは、半整数スピン四極子核のNMR遷移に登場する専門用語である。図8に示すように、通常のNMR遷移では、スピン量子数の変化量が1となるような遷移のみが遷移可能であり、そのうち、スピン量子数が−1/2から+1/2に遷移する場合を特にセントラル・トランジッション(CT)と呼び、それ以外の遷移を総称してサテライト・トランジッション(ST)と呼ぶ。
【0046】
一般に、CTのNMR信号は、信号の線幅が非常にシャープである。それに対して、STのNMR信号は、CTのNMR信号より3桁もブロードである。これは、スピン量子数が−1/2と+1/2の場合の準位のエネルギー幅が極めて狭いのに対して、それ以外のスピン量子数の準位のエネルギー幅は、極めてブロードであることに起因している。
【0047】
ここでは例として、図9に示すような1H核と23Na核から成るスピン系を挙げる。MQMASの信号は、符号Aで示す多量子(3量子:3Q)の遷移に相当する分極から観測される。図の場合は、分極は3個の占有数の差となる。
【0048】
ここで、NSEを起こすに当たって、1H核スピンと23Na核スピンの共鳴周波数の差と和の遷移に注目する。例として、1H核スピンと23Na核スピンの共鳴周波数の差に当たる周波数の高周波をスピン系に照射し、1H核スピンと23Na核スピンの共鳴周波数の差に当たる遷移Bを飽和させる。このとき、23Na核の共鳴周波数はSTになるように調整する。
【0049】
これにより、図10に示すように、占有数が移動する。結果として、MQMASの信号を作り出す分極は、5個の占有数の差へと増加する。このようにして、STのNSEとMQMASを組み合わせることにより、半整数スピン四極子核のNMR高感度化を実現する。
【0050】
ここで、符号Cで示される飽和させたい遷移は、1H核スピンの共鳴周波数と23Na核スピンのSTの共鳴周波数との差であることに注意する。
【実施例1】
【0051】
例として、1H核と23Na核のスピン系に本発明を適用することを考える。ただし、23Na核に限らず、あらゆる半整数スピン四極子核に対して、本発明は適用可能であることを指摘しておきたい。また、差の周波数だけでなく、和の周波数も使用可能なことを指摘しておきたい。
【0052】
本実施例の構成は、図11に示すように、至って単純である。すなわち、通常のMQMAS測定に先立って、1H核の共鳴周波数と23Na核の共鳴周波数の差(または和)の周波数を持った飽和パルスをスピン系に照射するだけである。
【0053】
本実施例の動作は次の通りである。まず1H核が平衡状態になり、分極するまで待つ。次に1H核の共鳴周波数と23Na核の共鳴周波数の差(または和)の周波数の高周波磁場を照射し、この周波数に相当する準位を飽和させる。
【0054】
ここで、23Na核の周波数には、STの周波数を用いるのが良い。これにより、1H核の大きな分極が23Na核に移動し、23Na核の多量子の分極が増大する。このNSEに引き続き、MQMAS測定を行なうことにより、MQMASの信号強度を増大させることができる。
【実施例2】
【0055】
実施例1に示したように、スピン3/2の場合には、1H核の共鳴周波数とST周波数の和または差の周波数を持った飽和パルスを照射することにより、信号強度の増大を図ることができた。
【0056】
スピン5/2、7/2、9/2の場合には、STはひとつだけでない。5/2の場合、内側の遷移から順にST1とST2、7/2の場合、内側の遷移から順にST1とST2とST3、9/2の場合、内側の遷移から順にST1とST2とST3とST4と呼ばれる複数の遷移が存在する。
【0057】
一方、MQMAS測定は、スピン3/2の場合には、3量子遷移を用いる3Q−MQMASのみ可能であるが、スピン5/2の場合には、3Q−、5Q−MQMASの2種類が可能であり、スピン7/2の場合には、3Q−、5Q−、7Q−MQMASの3種類、スピン9/2の場合には、3Q−、5Q−、7Q−、9Q−MQMASの4種類が可能である。
【0058】
3Q−MQMASの測定には、1H核の共鳴周波数とST1の共鳴周波数の差に相当する周波数の飽和パルスを照射することにより、信号強度の増大が可能である。また5QではST2、7QではST3、9QではST4を用いると、効率的に信号強度を増大させることができる。
【0059】
本実施例の動作は次の通りである。3Q−MQMASの測定には、ST1と1H核の共鳴周波数の和または差の周波数の飽和パルスを照射すると、分極が増大する。一方、5Q−MQMASの場合には、ST2と1H核の共鳴周波数の和または差の周波数の飽和パルスを照射すると良い。
【0060】
スピン5/2の27Al核を例にとった模式図を図12に示す。1H核スピンの共鳴周波数と27Al核スピンのST1の共鳴周波数との差に相当する飽和パルスを照射すると、3Q遷移に当たる部分の分極が増大する。したがって、3Q−MQMAS測定の信号強度が増大する。
【0061】
一方、1H核スピンの共鳴周波数と27Al核スピンのST2の共鳴周波数との差に相当する飽和パルスを照射すると、5Q遷移に当たる部分の分極が増大する。したがって、5Q−MQMAS測定の信号強度が増大する。
【0062】
同様にして、7Q−MQMASではST3の周波数と1H核の共鳴周波数との差の周波数の飽和パルス、9Q−MQMASではST4の周波数と1H核の共鳴周波数との差の周波数の飽和パルスを照射すれば良い。
【実施例3】
【0063】
本実施例では、飽和パルスの照射に試料に近接したマイクロコイルを用いる。マイクロコイルにより強いrf磁場強度で飽和パルスを照射できる。マイクロコイルはNMRプローブの高周波回路に直接結合していても良いし、inductive結合していても良い。
【0064】
Inductive結合したマイクロコイルの参考文献には、非特許文献として、D. Sakallariou, G. Le Goff, and J. -F. Jacquinot, Nature, vol.447 (2007) 694-697、特許文献として、PCT/IB2006/003399がある。
【0065】
本発明で利用している「1H核の共鳴周波数と四極子核のSTの共鳴周波数との和または差の周波数による遷移」は禁制遷移であり、遷移確率が低い。そこで本実施例では、試料に近接したマイクロコイルを用いて強いrf磁場を試料に照射することにより、この遷移確率を高くし、よりすばやい分極移動を可能にする。
【実施例4】
【0066】
MQMAS法の信号強度増大法として開発されてきたさまざまな手法と組み合わせる。例えば、RIACT(Rotation Induced Adiabatic Coherence Transfer sequence)、FAM(Fast Amplitude Modulation)、SPAM(Soft Pulse Added Mixing)などの手法である。平衡多量子遷移磁化の大きさを操作する感度増大法は、本発明と同様の原理を用いているため、併用することはできない。しかしながら、RIACTなどの平衡磁化から効率良く多量子遷移を作り出す方法や、FAM、SPAMなどの多量子遷移を効率良く観測する手法は、本発明とは衝突しないので、併用して利用することができる。
【0067】
RIACTなどの平衡磁化から効率良く多量子遷移を作り出す方法を本発明と併用する際には、例えば図11の23Na核に照射される励起パルスにRIACTなどのパルス系列を採用する。また、FAM、SPAMなどの平衡磁化から効率良く多量子遷移を作り出す方法を本発明と併用する際には、例えば図11の23Na核に照射される変換パルスにFAM、SPAMなどのパルス系列を採用する。
【実施例5】
【0068】
MQMAS信号の観測のときに、1H核のデカップリングを行なう。本発明では、1H核の近傍にある四極子核の観測を行なう。両者の核が互いに近傍に位置するため、1H核と四極子核との間のカップリングにより、スペクトルが広幅化する。この広幅化を避けるために1H核のデカップリングを行なう。1H核のデカップリングを行なうには、例えば図11のMQMAS測定時に、1H核の共鳴周波数を持った高電力パルスを試料に照射して、1H核を飽和させれば良い。
【産業上の利用可能性】
【0069】
固体NMRの測定に広く利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分極が大きな第1の核の共鳴周波数と、分極が小さな第2の核のサテライト遷移に当たる共鳴周波数との差、または和に相当する周波数の飽和高周波磁場パルスを試料に照射することにより、第1の核の大きな分極を第2の核に移動させた上で、多量子マジック・アングル・スピニング(MQMAS)測定を行なうことを特徴とする四極子核のNMR測定方法。
【請求項2】
前記第1の核は、水素核であることを特徴とする請求項1記載の四極子核のNMR測定方法。
【請求項3】
前記第2の核は、前記第1の核からの分極移動が可能な距離に位置する四極子核であることを特徴とする請求項1記載の四極子核のNMR測定方法。
【請求項4】
前記高周波磁場は、試料近傍に設置されたマイクロコイルから照射されることを特徴とする請求項1記載の四極子核のNMR測定方法。
【請求項5】
前記MQMAS測定時に、平衡磁化から効率良く多量子遷移を作り出す方法を併用することを特徴とする請求項1記載の四極子核のNMR測定方法。
【請求項6】
前記MQMAS測定時に、多量子遷移を効率良く観測する方法を併用することを特徴とする請求項1記載の四極子核のNMR測定方法。
【請求項7】
前記MQMAS測定時に、前記第1の核のデカップリングを行なうことを特徴とする請求項1記載の四極子核のNMR測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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