説明

回転子及び永久磁石式回転機

【課題】高い出力と減磁耐性を有する永久磁石式回転機用回転子及び永久磁石式回転機を提供する。
【解決手段】ロータコア11とその内部に設けられた複数の挿入孔の各々に埋め込まれた複数の永久磁石12とを備える回転子10と、複数のスロット22を有するステータコア21と該ステータコア21に巻かれた巻線23とを備える固定子20と、を備える永久磁石式回転機1に用いる回転子であって、永久磁石12が、回転子10の回転軸に垂直な面においてその半径方向に平行な2辺を有する矩形で、軸方向に平行な4側辺を有する直方体であり、永久磁石12が、前記4側辺の各側辺を含む4つの角部のうち少なくとも1つの角部が、前記直方体の内部中心よりも高い保磁力を有し、前記角部が固定子側であって回転子10の回転方向後方となるように前記挿入孔に配置された永久磁石式回転機用回転子と、これを備える永久磁石式回転機を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の永久磁石がロータコア内部に埋め込まれた回転子と、複数のスロットを有するステータコアに巻線を巻いた固定子が、空隙を介して配置された永久磁石式回転機(いわゆる磁石埋込構造回転機、IPM(interior permanent magnet)回転機)に用いられる回転子及びこれを用いた永久磁石式回転機に関する。
【背景技術】
【0002】
Nd系焼結磁石は、その優れた磁気特性のためにますます用途が広がってきている。近年、モータや発電機などの回転機の分野においても機器の軽薄短小化、高性能化、省エネルギー化に伴いNd系焼結磁石を利用した永久磁石式回転機が開発されている。そのなかでも、回転子の内部に磁石を埋め込んだ構造をもつIPM回転機は、磁石の磁化によるトルクに加えてロータヨークの磁化によるリラクタンストルクを利用することができるので、高性能な回転機として研究が進んでいる。IPM回転機は、珪素鋼板等で作られたロータヨークの内部に磁石が埋め込まれているので、回転中にも遠心力で磁石が飛び出すことがなく機械的な安全性が高く、電流位相を制御して高トルク運転や広範囲な速度での運転が可能であり、省エネルギー、高効率、高トルクモータとなる。近年は、電気自動車、ハイブリッド自動車、高性能エアコン、産業用、電車用等のモータや発電機としての利用が急速に拡大している。
【0003】
一般に回転機中の永久磁石は、巻線による反磁界が作用して減磁しやすい状況にあり、一定以上の保磁力が要求される。また保磁力は温度上昇とともに低下するためハイブリッド自動車用など高温下で使用される場合、より高い室温保磁力を有する磁石が必要になる。一方で、磁力の大きさの指標となる残留磁束密度は、モータ出力に直接影響するので、できるだけ高いことが要求される。
【0004】
Nd系焼結磁石の保磁力と残留磁束密度はトレードオフの関係にあって、保磁力を増大させるほど残留磁束密度が低下してしまう。そのため、必要以上に高い保磁力を有する磁石を回転機に使用するとモータ出力が低下するという問題があった。
【0005】
近年、特許文献1に見られるように、塗布法やスパッタ法によって焼結磁石表面からDy(ディスプロシウム)やTb(テルビウム)を内部に拡散させることで、残留磁束密度を低下させずに保磁力を向上させる手法が報告されている。これらの手法では、効率的にDyやTbを粒界に濃化できるため、残留磁束密度の低下をほとんど伴わずに保磁力を増大させることが可能である。また、磁石寸法が小さいほど付加されたDyやTbが内部まで拡散するため、この手法は小型あるいは薄型の磁石に適用される。
【0006】
また、特許文献2には、DyやTbを拡散処理した磁石を回転子の表面に配置した、いわゆる表面磁石型回転機(SPM(surface permanent magnet)回転機)が報告されている。特許文献2には、D字形状磁石の厚みの薄い部分の保磁力を上げることが減磁を防止するために有効であり、そのような磁石がDy又はTbを拡散処理することで得られることが報告されている。
【0007】
また、特許文献3には、DyやTbを拡散処理した磁石の製造方法が報告されている。さらに、磁石表面から6mmの深さまで保磁力増大が認められ、磁石表面の保磁力が磁石内の中央部の保磁力に比べて、Dy拡散の場合で500kA/m、Tb拡散の場合で800kA/m高いことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2006/043348A1号
【特許文献2】特開2008−61333号公報
【特許文献3】特開2010−135529号公報
【特許文献4】特開2004−173491号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、高い出力と減磁耐性を有する永久磁石式回転機用回転子及び永久磁石式回転機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記目的を達成するため鋭意検討を行った結果、直方体の複数の永久磁石を用いるIPM回転機において、各永久磁石としてその固定子側角部において高い保磁力を有する永久磁石を用いることが有効であることを知見した。さらに、特にスポーク型回転子を備えるスポーク型IPM回転機において、磁石の固定子側角部で高い保磁力を有する磁石を用いることが有効であると知見した。スポーク型回転子とは、磁石が回転子の回転軸に垂直な面において矩形で、その平行な2辺が回転子の半径方向と平行であり、磁石の磁化方向が回転子の周方向に平行、すなわち回転子の半径方向に垂直、となるように磁石を埋め込んだ回転子である。スポーク型IPM回転機の例は特許文献4に見られる。
【0011】
本発明は、ロータコアと該ロータコア内部にその周方向に設けられた複数の挿入孔の各々に埋め込まれた複数の永久磁石とを備える回転子と、前記回転子の外周に空隙を介して配置され、複数のスロットを有するステータコアと該ステータコアに巻かれた巻線とを備える固定子と、を備える永久磁石式回転機に用いる回転子であって、前記永久磁石が、前記回転子の回転軸に垂直な面において前記回転子の半径方向に平行な2辺及び周方向に平行な2辺を有する矩形で、前記回転子の軸方向に平行な4側辺を有する直方体であり、前記永久磁石の磁化方向が前記回転子の周方向に平行で、前記周方向に隣り合う前記永久磁石の磁化方向が互いに逆向きであり、前記永久磁石が、Nd系希土類焼結磁石であり、前記4側辺の各側辺を含む4つの角部のうち少なくとも1つの角部が、前記直方体の内部中心よりも高い保磁力を有し、前記角部が固定子側であって前記回転子の回転方向後方となるように前記挿入孔に配置された、永久磁石式回転機用回転子を提供する。また、本発明は、前記回転子と、該回転子の外周に空隙を介して配置され、複数のスロットを有するステータコアと該ステータコアに巻かれた巻線とを備える固定子と、を備える永久磁石式回転機を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高い残留磁束密度と高い保磁力、特に固定子側の角部で高い保磁力を有する永久磁石をスポーク型IPM回転機の回転子に用いることにより、高い出力と高い減磁耐性を備えたスポーク型IPM永久磁石式回転機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明のスポーク型IPM回転機の例を示す図である。
【図2】ロータコア内部に埋め込まれた永久磁石における磁束還流の様子を示す図である。
【図3】ロータコア内部に埋め込まれた永久磁石の反磁界の強度分布を示す図である。
【図4】拡散処理された永久磁石の保磁力分布状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る永久磁石式回転機の回転子は、複数の永久磁石がロータコア内部に埋め込まれた回転子と、複数のスロットを有するステータコアに巻線を巻いた固定子とが空隙を介して配置されたIPM型永久磁石式回転機に用いる回転子である。好ましくは、磁石が回転子の回転軸に垂直な面において矩形で、平行な2辺が回転子の半径方向と平行であり、磁石の磁化方向が回転子の周方向に平行であるスポーク型IPM回転機に用いる回転子である。本発明においては上記永久磁石の固定子側の角部における保磁力が磁石内部中心の保磁力より高くなるように構成されている。
【0015】
スポーク型IPM回転機の一例を図1に示す。図1のスポーク型IPM回転機1は、回転子(ロータ)10と、回転子10の外周に空隙を介して配置された固定子(ステータ)20とを備えている。回転子10は、例えば電磁鋼板を積層したロータコア11を備えている。ロータコア11はヨークとしても働く。ロータコア11には、その周方向に複数の挿入孔が設けられている。各挿入孔には永久磁石12が収容される。各挿入孔は、好ましくは収容される永久磁石12の形状と実質的に同一の形状に設けられている。各挿入孔は、回転子10の回転軸に垂直な面において矩形であり、その一対の平行な2辺は回転子10の半径方向と平行となるように設けられ、他の一対の平行な2辺は周方向と平行になるように設けられている。さらに挿入孔は、回転子10の軸方向の深さを有している。挿入孔は貫通孔としてもよい。図1において永久磁石12内の矢印は各永久磁石12の磁化方向を示している。永久磁石12の磁化方向は、回転子10の周方向と平行であり、周方向に隣り合う磁石12の磁化方向は互いに逆向きとなっている。
【0016】
固定子20は、スロット22を有する、例えば電磁鋼板を積層したステータコア21を備えている。ステータコア21の各ティース21aには巻線(コイル)23が巻かれている。コイル23は例えば3相Y結線となっている。図1には、12スロット構造を有する固定子20が例示されているが、スロット数はこれに限られず、回転機の目的に合わせて選択することができる。
【0017】
図1には、10極構造を有する回転子10が例示されているが、極数はこれに限られず、回転機の目的に合わせて選択することができる。極数、すなわち磁石を入れる挿入孔の数は、偶数とすることが好ましく、周方向に等間隔に配置することが好ましい。
【0018】
ロータコア11の外周形状は、回転軸に垂直な面において好ましくは完全な円ではない形状に形成される。好ましくは、回転軸に垂直な面においてロータコア11の外周の形状は、外向きに凸なアーチ形(円弧を含む)を永久磁石12と同数有し、該アーチ形の起点とロータコア11の中心を結ぶ直線が永久磁石12を通る形状である。このような外周形状は、トルクリップルやコギングトルクを低減したい場合に有効である。
【0019】
永久磁石12は、Nd系希土類焼結磁石であることが好ましい。希土類系焼結磁石は他の磁石に比べて残留磁束密度、保磁力ともに格段に優れている。さらにNd系希土類焼結磁石はSm系希土類焼結磁石より低コストで残留磁束密度も優れている。そのためNd系希土類焼結磁石は高性能回転機に最適な磁石材料である。Nd系希土類焼結磁石としては、Nd−Fe−B系組成を有する焼結磁石が挙げられ、NdFe14B等が挙げられる。
【0020】
永久磁石12は、好ましくは直方体(立方体を含む)である。永久磁石12は、挿入孔には、回転子10の回転軸に垂直な面において回転子10の半径方向に平行な2辺及び周方向に平行な2辺を有する矩形で、回転子10の軸方向に4側辺を有するように収容される。また、好ましくは矩形の半径方向に平行な2辺の長さが、周方向に平行な2辺の長さの2〜20倍である。これにより、ロータ部の領域を有効に利用することができる。永久磁石12の高さは、回転子10の高さ(軸長)と略同程度としてもよい。
【0021】
永久磁石12としては、ロータコア11の各挿入孔に、1つの永久磁石片を収容してもよい。あるいは、ロータコア11の各挿入孔に、分割された複数の永久磁石片を接着剤等を用いて積層接着させて収容してもよく、分割された複数の永久磁石片を接着剤等を用いずに積層して収容してもよい。
【0022】
永久磁石式回転機では、最大トルク発生時にコイル電流が最大となりコイルが発生する磁界も最大となる。IPM回転機では、固定子のコイルから発生した磁束はコイルが巻かれたティースから、固定子と回転子との間の空隙を通過してロータヨークに入り、その後ロータヨーク内部で周方向に磁束の向きを変え、再び空隙を通過して、該ティースと隣り合い逆向きの電流が流れるコイルが巻かれたティースに還流する。このときコイルから発生した磁束は磁石よりも透磁率の高いヨークを通過しようとするため、回転子内部では回転子に設けられた磁石の挿入孔を避けてヨーク部分に磁束が流れるが、挿入孔の周囲であって磁束経路が狭くなっている部分では磁気飽和状態となり、磁束が挿入孔に漏れ出る。とくに磁石の固定子側領域はコイルに近いためコイルからの磁束が磁石領域に漏れやすくなっている。この磁束が挿入孔に収容された磁石に対する反磁界となり磁石が減磁しやすい状況となる。
【0023】
スポーク型IPM回転機では磁石の磁化方向は周方向に向いているため、磁石から発生した磁束は主に固定子と回転子との間の空隙を介して固定子に流れ込む。しかしながら、図2に環状の矢印で示すように磁化方向に平行な面近傍では磁石から発生した磁束の還流が起こる。還流する磁束が多いと固定子に流れ込む磁束が減りトルクの減少につながる為、磁束還流部のヨーク11aはなるべく狭くして還流する磁束量を減らすことが好ましい。しかし狭くしたヨーク11aでは磁気飽和状態となり磁束が漏れやすくなる。上述のようにコイルから発生した磁束もヨーク11aを通るため磁束還流部に流れ込むが、磁気飽和状態のため磁束が磁石部分に漏れ出る。漏れ出た磁束は磁石に対して反磁界として作用し、磁石が減磁しやすくなる。したがって、特に上記空隙に近い磁束還流部で磁気飽和が著しくなって磁束の漏れが増え、固定子側の磁石角部で反磁界が大きくなる。
【0024】
図1に例示したIPM回転機における最大トルク時の永久磁石内部の反磁界の強度分布の様子を図3に示した。図3では矢印Rで示すように反時計回りに回転子が回転している。このとき磁石に作用する反磁界は回転方向後方の固定子側角部(図3の磁石では右側の固定子側角部)で最も大きくなっている。また、反磁界は回転方向後方の固定子側角部で大きくなるので、回転子の回転方向が逆になると反磁界の大きい箇所も逆(図3の磁石では左側の固定子側角部)になる。したがって、永久磁石は、その4側辺の各側辺を含む4つの角部のうち少なくとも1つの角部において高い保磁力を有し、その角部が固定子側であって回転子の回転方向後方となるように挿入孔に埋め込まれる。さらに、好ましくは、その固定子側に位置するもう1つ(回転方向前方)の角部についても高い保磁力を有する磁石が用いられる。すなわち、好ましくは、4つの角部のうち少なくとも固定子側の2つの角部において高い保磁力を有する磁石が用いられる。
【0025】
高い保磁力を有する磁石を得る方法としては、塗布法やスパッタ法によるDy又はTbの拡散処理が好ましい。この他、高い保磁力を有する磁石を得る一般的な方法として、全体に保磁力の高い磁石を用いる方法があるが、この方法では保磁力を上昇させると残留磁束密度が下がりモータ出力が低下してしまう。これに対してDy又はTbの拡散処理法では、磁石表面から6mm程度の深さまで保磁力を上昇させることができ、一方で残留磁束密度はほとんど低下しない。また、後述のように拡散処理による保磁力上昇効果は磁石角部で最も大きくなる。したがって、上述のDyやTbの拡散処理を行うことによって保磁力を上昇させる手法がスポーク型IPM回転機の磁石の減磁対策に非常に有効である。このような手法で磁石の固定子側の角部の保磁力を上昇させその磁石を用いることにより、回転機を定格出力で運転させて磁石の固定子側角部に大きな反磁界が生じた場合でも減磁を防ぐことができる。さらに、このような手法による磁石は、他の方法で保磁力を上昇させた磁石よりも残留磁束密度が高いので回転機の出力を高めることができる。
【0026】
磁石表面から内部に向かってDy又はTbを塗布法やスパッタ法によって拡散させる方法は、特許文献1及び2に記載されており、粒界拡散合金法による表面処理とも呼ばれる。この方法は、好ましくは、Y及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上の元素、より好ましくはDy又はTb、の酸化物、フッ化物、及び酸フッ化物から選ばれる1種以上を含有する粉末を焼結磁石体の表面に存在させた状態で、該焼結磁石体及び該粉体を該焼結磁石体の焼結温度以下の温度で真空又は不活性ガス中において熱処理を施すものである。焼結磁石体としては、好ましくはR−Fe−B系組成(Rは、Y及びScを含む希土類元素から選ばれる1種以上を表す。)を有する焼結磁石体である。
【0027】
上記粉末の粒子径は、粉末のDy又はTb成分が磁石に吸収される際の反応性に影響を与え、粒子が小さいほど反応にあずかる接触面積が増大する。本発明における効果を達成させるためには、存在させる粉末の平均粒子径は好ましくは100μm以下、より好ましくは10μm以下である。その下限は特に制限されないが、lnm以上が好ましい。なお、この平均粒子径は、好ましくはレーザー回折法による。
【0028】
Dy又はTbの拡散処理により、磁石表面に存在させた粉末に含まれるDy又はTbが磁石に吸収され、磁石体の結晶粒の界面近傍に濃化する。これにより、残留磁束密度の低下を抑制しつつ保磁力を上昇させることができる。
【0029】
また、Dy又はTbの拡散処理によれば、界面近傍におけるDy又はTbの濃度は磁石表面から内部に向かって低くなる。したがって、拡散処理による保磁力の上昇効果は磁石表面に近いほど高く、磁石表面から深くなるほど徐々に保磁力上昇効果が小さくなると考えられる。
直交する少なくとも2面が交わる部分とその近傍である磁石角部では、各面からそれぞれDy又はTbが拡散されることで、拡散処理された面の中央よりもDy又はTbが濃化されるために保磁力上昇効果が大きくなる。そのため図4に示すように、磁石角部Aから拡散処理の影響を受けていない磁石内部中心A’に向かう距離をX軸、保磁力をY軸ととると、磁石角部に近いほど保磁力上昇効果が高くなることがわかる。
【0030】
したがって、図3で示した反磁界の強度分布をもつ磁石環境に対しては、拡散処理による保磁力上昇が特に有効である。拡散処理による保磁力上昇量は、磁石表面中央付近で500〜800kA/m程度、磁石角部ではさらに上昇するため、図3に示した反磁界の強度分布をもつ磁石に対しては十分な保磁力上昇といえる。
【0031】
図3に示した例では、磁石内部中心(372kA/m)に比べて固定子側角部(847kA/m)は反磁界が475kA/mも高い値となっている。磁石の厚みが約10mm以上の場合、拡散処理の効果が磁石内部中心まで十分には届かず、磁石内部中心の保磁力上昇が見込みにくい。そのため減磁を防ぐには、拡散処理前の磁石が、磁石内部中心の反磁界に耐えうるだけの保磁力を有している必要があり、磁石角部では拡散処理により保磁力が475kA/m以上、好ましくは500kA/m以上、より好ましくは600kA/m以上、上昇することが望ましい。一方、磁石の厚みが約10mm未満の場合、厚みが薄くなるほど拡散処理による磁石内部中心の保磁力上昇が大きくなり角部との保磁力差が小さくなる。このとき拡散処理後の上昇した磁石内部中心の保磁力が磁石内部中心の反磁界にちょうど耐えうるように設計すると、磁石角部では大きな反磁界に耐えられなくなるおそれがある。よって、磁石の厚みによらず、磁石角部の保磁力を拡散処理によって600kA/m以上上昇させた磁石を用いるのが好ましい。これにより、磁石の固定子側角部に大きな反磁界が生じた場合でも減磁を防ぐことができ、残留磁束密度が高いので回転機の出力を高めることができる。拡散処理前の磁石の保磁力は、好ましくは800〜2800kA/m、より好ましくは800〜2000kA/m、さらに好ましくは800〜1600kA/mとすることができる。
【0032】
以上のことからスポーク型IPM回転機に用いる磁石としては、磁石の固定子側角部の保磁力が拡散処理により、好ましくは475kA/m、より好ましくは600kA/m以上上昇した磁石を用いる。
【0033】
Dy又はTbの拡散処理は、永久磁石の全面に施すこととしてもよく、あるいは、永久磁石表面に部分的に施すこととしてもよい。部分的に施す場合、永久磁石の側辺を含む固定子側角部のうちの少なくとも1つにおいて保磁力が上昇すればよく、少なくとも直方体の永久磁石の側辺を含む固定子側角部に拡散処理が施されるようにすればよい。
処理される角部の幅は、回転軸に垂直な矩形断面の大きさや、回転方向の後方又は前方に設置するかなどに依存するが、好ましくは側辺から左右(周方向と径方向)に向けて、それぞれの磁石寸法の10〜100%である。
【0034】
直方体の磁石の全面に拡散処理を行うと全ての角部において保磁力が上昇するが、そのことが磁石又は回転機に悪影響を与えることは無く、固定子側角部の保磁力が上昇していれば問題とはならない。また、回転子に組み込まれる磁石に対してその径方向寸法の2倍の長さを有し、他の寸法については同一の磁石を用意して、その全面に拡散処理した後に、磁石を上記の2倍とした長さ方向に2分割し、この2分割した磁石を、保磁力が上昇した角部を固定子側に向けて回転子に挿入してもよい。
【0035】
各挿入孔に分割された複数の永久磁石片を収容する場合、全ての永久磁石片について拡散処理を行ってもよく、永久磁石の側辺を含む固定子側角部2つのうち少なくとも1つにあたる永久磁石片を含む1つ又は複数の永久磁石片について拡散処理を行ってもよい。さらに、拡散処理は、永久磁石片を積層する前に行ってもよく、あるいは後に行ってもよい。
【0036】
磁石の周方向の辺が2mm以下の場合には磁石が薄いために拡散処理の効果が磁石内部まである程度到達し、内部の保磁力もある程度上昇して内部と角部との保磁力の差は小さくなるが、このことによる悪影響は生じない。
【0037】
なお、特許文献2には、SPM回転機において、自己反磁界が大きく減磁しやすいD字形状磁石の厚みの薄い部分にDyやTbの拡散処理を行うと、薄いために内部まで十分に保磁力が上昇するため、DyやTbの拡散処理が減磁の防止に有効な方法であると報告されている。一方、IPM回転機で用いられる矩形形状の磁石では、磁石の厚みは一定であり自己反磁界の大きさに大差がないため、拡散処理の手法が減磁の防止に有効だとはこれまで考えられていなかった。しかし本発明によれば、減磁に関しては固定子コイルによる反磁界をも考慮されなければならず、スポーク型回転子を持つIPM回転機においても拡散処理による保磁力上昇が磁石の減磁防止に対して有用であることが見出された。
【実施例】
【0038】
以下、本発明の具体的態様について実施例をもって詳述するが、本発明の内容はこれに限定されるものではない。
【0039】
<実施例1>
直方体のNd系希土類焼結磁石のNdFe14Bであって、残留磁束密度が1.32T、保磁力が1000kA/m、寸法が長さ12mm×幅3mm×高さ50mmであり、幅3mm方向が磁化方向である磁石を用いた。この磁石を複数用意し、拡散処理を行った。拡散処理として、平均粒子径が5μmの粒状のフッ化ディスプロシウムを質量分率50%でエタノールと混合し、これに上記磁石を浸漬して、その後Ar雰囲気中900℃で1時間熱処理を行った。この磁石のひとつから一辺が1mmの立方体を磁石の頂点を含む磁石角部から切り出して、BHトレーサーを用いて保磁力の測定を行った。その結果、角部の磁石の保磁力は1600kA/mであった。したがって、保磁力が600kA/m上昇した。
【0040】
この磁石を図1に示すような10極12コイルであって、回転子直径50mm、軸長50mmの回転機に組み込み、モータ出力テストを行った。磁石は、磁化方向が周方向で、周方向に隣り合う磁石の磁化方向が互いに逆向きとなり、磁石の高さが回転子の軸方向となるように配置した。回転子及び固定子はそれぞれ0.35mm厚の電磁鋼板の積層構造とし、コイルは集中巻きで三相Y結線で配線した。
【0041】
まず回転数1000rpmでの無負荷起電力を電圧計を用いて測定したところ、磁石温度20℃で線間電圧114Vであった。次に回転数1000rpmで定格出力800Wで運転を行ったところコイル電流は4.5Aであった。このときの磁石温度は90℃であった。その後、磁石の減磁状況を調べるために回転数1000rpmでの無負荷起電力を再測定したところ磁石温度20℃で線間電圧114Vであった。したがって、線間電圧は、定格運転前後で同じ値であった。よって磁石は減磁していないことが確認できた。以上のように磁石の固定子側角部の保磁力を拡散処理によって600kA/m高めたことにより、減磁が生じない回転機を得ることができた。
【0042】
<比較例1>
一方、実施例1と磁気特性が同じで、実施例1と同じ寸法形状、同じ磁化方向をもつ磁石を複数用意し、この磁石に対して拡散処理を施さず実施例1と同じ試験を行った。まず回転数1000rpmで無負荷起電力を測定したところ実施例1と同じ線間電圧114Vであった。次に回転数1000rpmコイル電流4.5Aで運転を行ったところ磁石温度90℃、出力760Wであった。磁石が減磁したために実施例1よりも出力が下がったと推測される。その後、磁石の減磁状況を調べるために回転数1000rpmでの無負荷起電力を再測定したところ磁石温度20℃で線間電圧108Vであった。したがって、定格運転後の線間電圧は、定格運転前よりも約5%低下した。この結果から磁石が減磁したことが確認できた。
【0043】
以上より固定子側角部の保磁力を向上させなかった磁石では減磁が生じモータ出力が低下することが分かった。
【符号の説明】
【0044】
1 IPM回転機
10 回転子
11 ロータコア
11a 磁束還流部のヨーク
12 永久磁石
20 固定子
21 ステータコア
21a ティース
22 スロット
23 コイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロータコアと該ロータコア内部にその周方向に設けられた複数の挿入孔の各々に埋め込まれた複数の永久磁石とを備える回転子と、前記回転子の外周に空隙を介して配置され、複数のスロットを有するステータコアと該ステータコアに巻かれた巻線とを備える固定子と、を備える永久磁石式回転機に用いる回転子であって、
前記永久磁石が、前記回転子の回転軸に垂直な面において前記回転子の半径方向に平行な2辺及び周方向に平行な2辺を有する矩形で、前記回転子の軸方向に平行な4側辺を有する直方体であり、
前記永久磁石の磁化方向が前記回転子の周方向に平行で、前記周方向に隣り合う前記永久磁石の磁化方向が互いに逆向きであり、
前記永久磁石が、Nd系希土類焼結磁石であり、前記4側辺の各側辺を含む4つの角部のうち少なくとも1つの角部が、前記直方体の内部中心よりも高い保磁力を有し、前記角部が固定子側であって前記回転子の回転方向後方となるように前記挿入孔に配置された、
永久磁石式回転機用回転子。
【請求項2】
前記4つの角部のうち固定子側に位置するもう1つの角部も、前記高い保磁力を有する請求項1に記載の永久磁石式回転機用回転子。
【請求項3】
前記高い保磁力が、Dy又はTbの拡散処理により前記永久磁石の表面から最大6mmの深さまで保磁力を上昇させて得られたものである請求項1又は2に記載の永久磁石式回転機用回転子。
【請求項4】
前記高い保磁力が、前記拡散処理をされていない前記永久磁石より475kA/m以上高い保磁力である請求項3に記載の永久磁石式回転機用回転子。
【請求項5】
前記高い保磁力が、前記拡散処理をされていない前記永久磁石より600kA/m以上高い保磁力である請求項4に記載の永久磁石式回転機用回転子。
【請求項6】
前記矩形の前記半径方向に平行な2辺の長さが、前記周方向に平行な2辺の長さの2〜20倍である請求項1〜5のいずれかに記載の永久磁石式回転機用回転子。
【請求項7】
前記ロータコアの外周の形状が、外向きに凸なアーチ形を永久磁石と同数有し、該アーチ形の起点と前記ロータコアの中心を結ぶ直線が前記永久磁石を通る形状である請求項1〜6のいずれかに記載の永久磁石式回転機用回転子。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の回転子と、
該回転子の外周に空隙を介して配置され、複数のスロットを有するステータコアと該ステータコアに巻かれた巻線とを備える固定子と、
を備える永久磁石式回転機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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