説明

回転機器および回転機器を製造する方法

【課題】回転機器の部材に付着する炭化水素の量を低減する。
【解決手段】回転機器は、磁気記録ディスクが載置されるべきハブとハブを回転自在に支持するベースとを有する。ベースおよびハブのうちの少なくとも一方をワークと呼ぶとき、回転機器の製造方法は、ワークを形成する工程と、形成されたワークを、界面活性剤を溶質としヘプタコサンの融点よりも高い温度の水溶液に漬ける工程と、水溶液から取り出されたワークを実質的に純水とみなせる液体に漬ける工程と、液体から取り出されたワークを乾燥させる工程と、乾燥したワークを使用して回転機器を組み立てる工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転機器およびそれを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスクドライブなどのディスク駆動装置は、小型化、大容量化が進み、種々の電子機器に搭載されている。特にノートパソコンや携帯型音楽再生機器などの携帯型の電子機器へのディスク駆動装置の搭載が進んでいる。従来では例えば特許文献1に記載のディスク駆動装置が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−198555号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、ディスク駆動装置の製造直後は磁気記録ディスクに付着する油脂などの炭化水素の量は少ない。しかしながら時間の経過と共に、ディスク駆動装置の他の部材に付着した油脂が飛散や蒸発−再凝縮などを経て磁気記録ディスクの表面に移ってくることがある。
【0005】
ディスク駆動装置の動作中に磁気ヘッドと磁気記録ディスクとの隙間に油脂が入ると、磁気ヘッドの運動が乱されたり磁気記録ディスクの読み取りが阻害されたりしてエラーレートが悪化する可能性がある。
【0006】
このような課題は、ディスク駆動装置に限らず他の種類の回転機器でも起こりうる。
【0007】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は回転機器の部材に付着する炭化水素の量を低減できる回転機器の製造技術の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のある態様は、回転機器の製造方法に関する。この製造方法は、記録ディスクが載置されるべきハブとハブを回転自在に支持するベースとを有する回転機器の製造方法である。ベースおよびハブのうちの少なくとも一方をワークと呼ぶとき、この製造方法は、ワークを形成する工程と、形成されたワークを、界面活性剤を溶質としヘプタコサンの融点よりも高い温度の水溶液に漬ける工程と、水溶液から取り出されたワークを実質的に純水とみなせる液体に漬ける工程と、液体から取り出されたワークを乾燥させる工程と、乾燥したワークを使用して回転機器を組み立てる工程と、を含む。
【0009】
この態様によると、ワークに付着する炭化水素の量を低減できる。
【0010】
本発明の別の態様は、回転機器である。この回転機器は、記録ディスクが載置されるべきハブと、ハブを回転自在に支持するベースと、を備える。ハブおよびベースのうちの少なくとも一方は、界面活性剤を溶質としヘプタコサンの融点よりも高い温度の水溶液に漬けられて洗浄される。
【0011】
なお、以上の構成要素の任意の組み合わせや、本発明の構成要素や表現を方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、回転機器の部材に付着する炭化水素の量を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1(a)、(b)は、実施の形態に係る製造方法により製造される回転機器を示す上面図および側面図である。
【図2】図1(a)のA−A線断面図である。
【図3】ハブを製造する工程を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、各図面に示される同一または同等の構成要素、部材には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図面における部材の寸法は、理解を容易にするために適宜拡大、縮小して示される。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0015】
従来では、例えばハブの形成過程においては、ハブの原材料を切削加工し、加工されたハブに付着する切削油を常温程度の洗剤により洗浄する。本発明者は、そのような従来の手法により形成、洗浄された部材の表面に残留する炭化水素の量を調べ、炭化水素のなかでも炭素数が22以上の炭化水素がより多く残留しているとの知見を得た。これは、炭素数が22を下回ると炭化水素の融点は常温程度かそれよりも低くなるので洗浄で効果的に洗い流せる一方、炭素数が22以上の炭化水素は融点が比較的高く被洗浄体からはく離し難いためであると考えられる。
【0016】
そこで実施の形態に係る製造方法では、ヘプタコサンの融点よりも高い温度の洗剤を使用して回転機器の部材を洗浄する。これにより、回転機器の部材から炭素数が22以上の炭化水素をより効果的に除去することできる。その結果、時間の経過と共に磁気記録ディスクへ移動する炭化水素の量を抑えることができる。
【0017】
(回転機器)
図1(a)、(b)は、実施の形態に係る製造方法により製造される回転機器1を示す上面図および側面図である。図1(a)は、回転機器1の上面図である。図1(a)では、回転機器1の内側の構成を示すため、トップカバー2を外した状態が示される。回転機器1は、ベース4と、ロータ6と、磁気記録ディスク8と、データリード/ライト部10と、トップカバー2と、を備える。回転機器1は、磁気記録ディスク8を回転させるハードディスクドライブである。
以降ベース4に対してロータ6が搭載される側を上側として説明する。
【0018】
磁気記録ディスク8は、直径が65mmのガラス製の2.5インチ型磁気記録ディスクであり、その中央の孔の直径は20mm、厚みは0.65mmである。
磁気記録ディスク8は、ロータ6に載置され、ロータ6の回転に伴って回転する。ロータ6は、図1(a)では図示しない軸受ユニット12を介してベース4に対して回転可能に取り付けられる。
【0019】
ベース4はアルミニウムの合金をダイカストにより成型して形成される。ベース4は、回転機器1の底部を形成する底板部4aと、磁気記録ディスク8の載置領域を囲むように底板部4aの外周に沿って形成された外周壁部4bと、を有する。外周壁部4bの上面4cには、6つのねじ穴22が設けられる。
【0020】
データリード/ライト部10は、記録再生ヘッド(不図示)と、スイングアーム14と、ボイスコイルモータ16と、ピボットアセンブリ18と、を含む。記録再生ヘッドは、スイングアーム14の先端部に取り付けられ、磁気記録ディスク8にデータを記録し、磁気記録ディスク8からデータを読み取る。ピボットアセンブリ18は、スイングアーム14をベース4に対してヘッド回転軸Sの周りに揺動自在に支持する。ボイスコイルモータ16は、スイングアーム14をヘッド回転軸Sの周りに揺動させ、記録再生ヘッドを磁気記録ディスク8の上面上の所望の位置に移動させる。ボイスコイルモータ16およびピボットアセンブリ18は、ヘッドの位置を制御する公知の技術を用いて構成される。
【0021】
図1(b)は回転機器1の側面図である。トップカバー2は、6つのねじ20を用いてベース4の外周壁部4bの上面4cに固定される。6つのねじ20は、6つのねじ穴22にそれぞれ対応する。特にトップカバー2と外周壁部4bの上面4cとは、それらの接合部分から回転機器1の内側へリークが生じないように互いに固定される。ここで回転機器1の内側とは具体的には、ベース4の底板部4aと、ベース4の外周壁部4bと、トップカバー2と、で囲まれる清浄空間24である。この清浄空間24は密閉されるように、つまり外部からのリークインもしくは外部へのリークアウトが無いように設計される。清浄空間24は、パーティクルが除去された清浄な空気で満たされる。
【0022】
実施の形態に係る製造方法により製造される回転機器1では、ベース4やハブ28などの部材に付着する炭化水素の量は少ない。炭化水素の付着量は典型的には500ng/台〜1000ng/台であり、100ng/台を達成する場合もある。特にパラフィン系炭化水素(炭素数が20以上のアルカン)の付着量は抑えられており、250ng/台程度である。したがって、回転機器1の各部材はよりクリーンな状態であるから、時間の経過と共にそのような部材から磁気記録ディスク8の表面に移ってくる炭化水素の量は少ない。その結果、回転機器1の動作の信頼性は高められ、回転機器1の寿命も長くなる。
【0023】
図2は、図1(a)のA−A線断面図である。回転機器1は、積層コア40と、コイル42と、をさらに備える。積層コア40は円環部とそこから半径方向(すなわち回転軸Rに直交する方向)外側に伸びる12本の突極とを有し、ベース4の上面4d側に固定される。積層コア40は、4枚の薄型電磁鋼板を積層しカシメにより一体化して形成される。積層コア40の表面には電着塗装や粉体塗装などによる絶縁塗装が施される。それぞれの突極にはコイル42が巻回される。このコイル42に3相の略正弦波状の駆動電流が流れることにより突極に沿って駆動磁束が発生する。ベース4の上面4dには、ロータ6の回転軸Rを中心とする円環状の環状壁部4eが設けられる。積層コア40は環状壁部4eの外周面4gに圧入されもしくは隙間ばめによって接着固定される。
【0024】
ベース4には、ロータ6の回転軸Rを中心とする貫通孔4hが設けられる。軸受ユニット12は、ハウジング44と、スリーブ46と、を含み、ロータ6をベース4に対して回転自在に支持する。ハウジング44はベース4の貫通孔4hに接着により固定される。ハウジング44は、円筒部と底部とが一体に形成された有底カップ形状を有し、その底部を下にしてベース4に対して接着固定される。
貫通孔4hの下側の縁には熱硬化型の導電性樹脂52がベース4からハウジング44にかけて塗布される。
【0025】
スリーブ46は、ハウジング44の内側の側面に接着により固定される円筒状の部材である。スリーブ46の上端には半径方向外側に向けて張り出した張出部46aが形成されている。この張出部46aは、フランジ30と協働してロータ6の回転軸R方向の移動を制限する。
【0026】
スリーブ46にはシャフト26が収まる。シャフト26およびハブ28およびフランジ30と軸受ユニット12との間の空間には潤滑剤48が注入される。
スリーブ46の内周面には、上下に離間した1組のヘリングボーン形状のラジアル動圧溝50が形成される。ハウジング44の上面に対向するフランジ30の下面には、ヘリングボーン形状の第1スラスト動圧溝(不図示)が形成される。張出部46aの下面に対向するフランジ30の上面には、ヘリングボーン形状の第2スラスト動圧溝(不図示)が形成される。ロータ6の回転時には、これらの動圧溝が潤滑剤48に生成する動圧によって、ロータ6は半径方向および回転軸R方向に支持される。
【0027】
なお、1組のヘリングボーン形状のラジアル動圧溝をシャフト26に形成してもよい。また、第1スラスト動圧溝をハウジング44の上面に形成してもよく、第2スラスト動圧溝を張出部46aの下面に形成してもよい。
【0028】
ロータ6は、シャフト26と、ハブ28と、フランジ30と、円筒状マグネット32と、を含む。ハブ28のディスク載置面28a上に磁気記録ディスク8が載置される。ハブ28の上面28bには3つのディスク固定用ねじ穴34がロータ6の回転軸Rの周りに120度間隔で設けられている。クランパ36は、3つのディスク固定用ねじ穴34に螺合される3つのディスク固定用ねじ38によってハブ28の上面28bに圧着されると共に磁気記録ディスク8をハブ28のディスク載置面28aに圧着させる。
【0029】
ハブ28は、アルミニウムの鍛造品を切削加工することにより形成され、略カップ状の所定の形状に形成される。
【0030】
シャフト26は、ハブ28の中心に設けられた孔28cであってロータ6の回転軸Rと同軸に設けられた孔28cに圧入と接着とを併用した状態で固着される。フランジ30は円環形状を有し、フランジ30の断面は、逆L字形状を有する。フランジ30は、ハブ28の下垂部28dの内周面28eに接着により固定される。
【0031】
円筒状マグネット32は、略カップ形状のハブ28の内側の円筒面に相当する円筒状内周面28fに接着固定される。円筒状マグネット32は、ネオジウム、鉄、ホウ素などの希土類材料によって形成され、積層コア40の12本の突極と半径方向に対向する。円筒状マグネット32にはその周方向(回転軸Rを中心とし回転軸Rに垂直な円の接線方向)に16極の駆動用着磁が施される。円筒状マグネット32の表面には電着塗装やスプレー塗装などによる防錆処理が施される。
【0032】
ハブ28およびベース4のうちの少なくとも一方は、後述の製造方法により、界面活性剤を溶質としヘプタコサンの融点よりも高い温度の水溶液に漬けられて洗浄される。当該洗浄により、これらの部材には、炭素数が22以上の炭化水素である例えばヘプタコサンが効果的に除去された除去面が形成される。
【0033】
(製造方法)
実施の形態に係る製造方法は回転機器を製造する方法である。回転機器は、例えばディスク駆動装置、特に磁気記録ディスクを搭載するハードディスクドライブである。以下では上述の回転機器1を製造する場合を例として説明する。
【0034】
実施の形態に係る製造方法は、回転機器1の各部材を製造する工程と、製造された各部材を組み合わせることで回転機器1を組み立てる工程と、組み立てられた回転機器1の外観、動作、機能等を検査する工程と、を備える。組み立てる工程は公知の組み立て技術を使用して構成されてもよい。検査する工程は公知の検査技術を使用して構成されてもよい。
【0035】
図3は、ハブ28を製造する工程を示すフローチャートである。この製造工程においては、まずハブ28の原材料であるアルミニウムの鍛造品を所定の形状に切削加工することでハブ28を形成する(S102)。この切削加工の際、切削油などの切削剤が使用される。切削剤は炭化水素を多く含む。したがって、切削加工後のハブ28には炭化水素が多く付着している。
【0036】
次に、形成されたハブ28を、ヘプタコサンの融点または58℃よりも高くテトラテトラコンタンの融点または85℃よりも低い温度の洗剤に漬け、洗剤中で超音波洗浄する(S104)。超音波洗浄では、ハブ28が漬けられた状態の洗剤に超音波による振動が加えられる。この洗剤は界面活性剤を主な溶質とする水溶液である。この洗浄によりハブ28の表面に付着していた炭化水素が多く除去される。
【0037】
洗剤中での超音波洗浄工程においてハブ28を洗剤に漬ける際の洗剤の水素イオン指数は2から4の範囲とされる。この洗剤は例えば市販の洗剤にクエン酸などの有機酸を加えることにより生成される。クエン酸の濃度は40%未満であり、好ましくは30%前後である。またクエン酸の濃度が10%を下回ると後述の変色抑制効果が得られにくくなりうる。有機酸は無機酸と比較して一般に扱いが容易であるから、取り扱いの点で有機酸を使用することが好ましい。さらにクエン酸は比較的安価であるから、コストの点でクエン酸を使用することが好ましい。
【0038】
次に、洗剤からハブ28を取り出し、取り出されたハブ28をすすぎ液に漬け、すすぎ液中で超音波洗浄する(S106)。この洗浄によりハブ28の表面に残っている洗剤や炭化水素が多く除去される。すすぎ液は実質的に純水とみなせる液体であり、特にすすぎ作用が顕著に低下しない程度に以前にすすいだハブ28からの洗剤や炭化水素を含んでいてもよい。
【0039】
すすぎ液中での超音波洗浄工程においてハブ28を漬ける際のすすぎ液の温度は、洗剤中での超音波洗浄工程においてハブ28を洗剤に漬ける際の洗剤の温度よりも低く、例えば20℃〜35℃である。
【0040】
次に、すすぎ液からハブ28を取り出し、取り出されたハブ28を温風により乾燥させる(S108)。あるいはまた、自然乾燥や真空乾燥が使用されてもよい。乾燥したハブ28は回転機器1を組み立てる工程で使用される。
【0041】
ベース4などの他の部材もまた同様な形成、洗浄、乾燥工程を経て製造される。ベース4を製造する場合、ベース4はアルミニウムの合金をダイカストにより成型して形成される。形成されたベース4の表面はエポキシ樹脂などによりコーティングされる。コーティングされたベース4に対してリーク試験が行われる。
【0042】
それらの処理が施されたベース4は、ダイカスト用の装置に付着していた油脂やトリミング時に使用されうる切削油により炭化水素で汚染される。あるいはまた、ベース4のコーティング自体やリーク試験の治具のワーク接触部分などの弾性を有する樹脂は炭化水素を含み、そのような樹脂にベース4が触れることでベース4に炭化水素が移ることもある。しかしながらハブ28と同様に、洗剤による洗浄によりそのような炭化水素を除去できる。
【0043】
本実施の形態に係る製造方法によると、回転機器1の組み立て前の各部材に付着する炭化水素の量を低減できる。特に洗浄工程においてヘプタコサンの融点よりも高い温度の洗剤を使用するので、炭素数が22以上の炭化水素の除去を促進できる。炭化水素、特にアルカンの融点は炭素数が増えると高くなるので、洗剤の温度が高いほど炭素数の大きな炭化水素の除去効率が上昇するからである。表1に代表的なアルカンとその名称、融点を示す。
【表1】

【0044】
本発明者は、洗剤の温度を変えて洗浄を行い、洗浄・乾燥後にハブ28の表面に残留する炭素数が22以上44以下の炭化水素の量を測定した。表2は、その測定結果を示す表である。この表では残留する炭化水素の量は5段階評価で示されており「1」は炭化水素が概ね残留していることを、「3」は一部除去されていることを、「5」は概ね除去されていることを、それぞれ示す。
【表2】

この測定結果から、洗剤の温度をヘプタコサンの融点よりも高くすることによって、炭素数が22以上44以下の炭化水素をより効果的に除去できることが分かる。
【0045】
一般に、回転機器の小型化または大容量化を進めるひとつの手法として、磁気ヘッドを磁気記録ディスクの表面により近づけ、記録トラックの幅を狭くすることがある。これにより記録密度を増やすことができる。しかしながら、磁気ヘッドと磁気記録ディスクとが近くなるほど、磁気記録ディスクまたは磁気ヘッドに付着した炭化水素の影響が大きくなる。そこで、本実施の形態に係る製造方法によると回転機器1の各部材に付着する炭化水素、特に従来除去が難しかった炭素数が22以上44以下の炭化水素の量を効果的に低減できるので、時間の経過と共に磁気記録ディスクに移ってくる炭化水素の量を低減できる。その結果、回転機器の寿命を延ばすことができるかまたは回転機器をさらに大容量化・小型化できるかあるいはその両方を達成できる。
【0046】
また、本実施の形態に係る製造方法によると、洗浄工程においてテトラテトラコンタンの融点よりも低い温度の洗剤が使用される。したがって、炭素数が22以上44以下の炭化水素の除去促進効果を維持しつつ洗浄槽から発生する蒸気の量を抑えることができる。これはより良い工場環境の維持に貢献する。また、炭素数が例えば44より大きくなると炭化水素の融点は十分に高くなるので、回転機器1の部材から磁気記録ディスク8の表面への炭化水素の移動は起こりにくくなる。したがって、現実的には炭素数が44より大きな炭化水素が回転機器の部材に残留していても回転機器の動作への影響は少ない。
【0047】
洗剤の温度が比較的高い場合、洗浄によるハブ28などの被洗浄体の表面の変色が懸念される。このような変色の原因の一つとしては、被洗浄体を形成する金属が洗剤中のアルカリ成分と反応して水酸化物を生成することが考えられる。例えば被洗浄体がアルミニウム合金により形成される場合、洗剤で洗浄すると被洗浄体の表面が洗剤中のアルカリ成分と反応し、水酸化アルミニウムが生成される。水酸化アルミニウムは中性またはアルカリ性の水には溶解し難いので被洗浄体の表面に残留する。水酸化アルミニウムは洗剤中の金属イオンと黒色化反応をするので、変色の原因となりうる。この黒色化反応は洗剤の温度が高いほど速く進むことから、洗剤を高温にすると被洗浄体の表面の変色も顕著になりうる。
そこで本実施の形態に係る製造方法では酸性の洗剤が使用される。これにより、洗浄による表面の変色が抑えられる。酸を加えて酸性にした洗剤中では被洗浄体を形成する金属の水酸化が抑えられる。また、水酸化物が生成されたとしても、酸性の洗剤に容易に溶解して被洗浄体の表面から除去される。この結果、洗剤を高温にしても被洗浄体の表面の変色が抑えられる。
【0048】
本発明者が行った実験によると、洗剤の水素イオン指数が6以下である場合に変色の抑制効果が確認された。水素イオン指数が4以下であれば変色は実用上問題のないレベルまで軽減されることが確認された。なお、洗剤の水素イオン指数を2以下とすると、洗浄槽の寿命が短くなるなど生産設備に悪影響を及ぼしかねない。したがって、本実施の形態では洗剤の水素イオン指数は2から4の範囲とされる。
【0049】
本発明者は、すすぎ液の温度を変えて洗浄を行い、洗浄・乾燥後にハブ28の表面に残留する炭素数が22以上44以下の炭化水素の量を測定した。表3は、その測定結果を示す表である。この表では残留する炭化水素の量は表2と同様の5段階評価で示されている。
【表3】

この測定結果から、すすぎ液の温度が少なくとも15℃〜85℃の範囲にあるとき炭化水素を少なくとも部分的に除去できることが確認された。しかしながら、すすぎ液の温度が45℃以上となると、炭化水素を除去する能力が低下し、炭化水素の残留量を所望の値以下とするためにより長い時間がかかることが判明した。これは例えば、すすぎ液の温度が高くなると、超音波のキャビテーションの効果が低下することによるものであると考えられる。したがって、すすぎ液の温度は低い方が好ましく、本実施の形態に係る製造方法では、すすぎ液の温度は洗剤の温度よりも低い。
【0050】
また、一般にすすぎ液の温度を15℃以下に保つためには冷却用の設備を設ける必要があり、工場内のスペース、設置コスト、手間の観点で不利である。したがって、すすぎ液の温度を20℃〜35℃とすることがより好ましい。
【0051】
以上、実施の形態に係る回転機器の製造方法について説明した。この実施の形態は例示であり、各構成要素の組み合わせにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0052】
実施の形態では、ハードディスクドライブである回転機器1を製造する場合について説明したが、製造の対象はハードディスクドライブに限られない。例えば、実施の形態の技術的思想は、製造過程において炭化水素の除去を目的として部材を洗浄する必要がある任意の回転機器の製造方法に適用されうる。
【0053】
実施の形態では、ハブ28を切削加工により形成する場合について説明したが、これに限られず、例えばハブ28をプレス加工により形成してもよい。この場合、プレス加工機に付着している炭化水素が形成後のハブ28に移動しうる。したがって、実施の形態と同様の洗浄によりそのように付着した炭化水素をハブ28から除去できる。
【0054】
実施の形態では、洗剤中およびすすぎ液中で超音波洗浄する場合について説明したが、これに限られない。例えば、洗剤中での超音波洗浄の代わりに、ハブ28が漬けられた状態の洗剤に直径30μm以下の大きさの気泡を放出するマイクロバブル洗浄を行ってもよい。すすぎ液中での超音波洗浄についても同様である。この場合、洗浄工程中にハブ28に傷が生じる可能性を低減できる。
【0055】
実施の形態では、クエン酸を加えることで酸性の洗剤を生成する場合について説明したが、これに限られず、洗剤を酸性とするために様々な既知の酸を加えてもよい。
【0056】
実施の形態では、切削加工によりハブ28を形成した後、そのハブ28単体を洗浄する場合について説明したが、これに限られない。例えば、ハブ28の切削加工工程と洗剤中での超音波洗浄工程との間に、切削加工により形成されたハブ28に円筒状マグネット32を取り付ける工程を設けてもよい。この場合、洗剤中での超音波洗浄工程では、円筒状マグネット32が取り付けられた状態のハブ28が洗剤に漬けられて超音波洗浄される。本変形例によると、円筒状マグネット32をハブ28に取り付ける際にハブ28や円筒状マグネット32に付着する接着剤の余剰分や油脂を洗浄工程により洗い流すことができる。
【0057】
実施の形態では、加工時に用いられる切削油等がハブ28やベース4に残留し、それがハブ28やベース4に付着する炭化水素の一因となる場合について説明したが、これに限られない。例えば加工作業や組立作業の際に用いられる治工具などの生産設備に付着している炭化水素や、これらの作業を行う作業者に付着している炭化水素がハブ28やベース4に転移して付着する場合もある。このように付着した炭化水素をハブ28やベース4から除去する場合にも、本実施の形態の技術的思想を適用できる。
【0058】
クロスコンタミネーションについて説明する。ある作業対象に異物が付着していると、その異物が生産設備に付着することがある。その後、その生産設備に別の作業対象が触れると、生産設備に付着していた異物が別の作業対象に付着する可能性がある。このように、いくつもの作業対象に対して作業を行う過程で、ひとつの作業対象に付着していた異物が生産設備を介して他の作業対象に移ることをクロスコンタミネーションと呼ぶ。
【0059】
ハブ28を洗浄・乾燥してからそれに円筒状マグネット32を接着固定する場合、この接着固定作業の際にハブ28や円筒状マグネット32に作業員の手や生産設備から接着剤や油脂などが付着する懸念がある。また、クロスコンタミネーションによって、すなわち接着固定のための生産設備を介して、接着剤や油脂などがハブ28や円筒状マグネット32に付着する懸念もある。これに対して本変形例に係る製造方法では、円筒状マグネット32をハブ28に取り付けてから洗浄するので、接着固定の際に付着した接着剤や油脂、およびクロスコンタミネーションにより付着した接着剤や油脂の量を洗浄により低減できる。
【0060】
ベース4および積層コア40についても同様である。すなわち、ベース4のダイカスト工程と洗剤中での超音波洗浄工程との間に、ダイカストにより形成されたベース4に積層コア40を取り付ける工程を設けてもよい。この場合、洗剤中での超音波洗浄工程では、積層コア40が取り付けられた状態のベース4が洗剤に漬けられて超音波洗浄される。
【符号の説明】
【0061】
1 回転機器、 2 トップカバー、 4 ベース、 6 ロータ、 8 磁気記録ディスク、 10 データリード/ライト部、 28 ハブ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
記録ディスクが載置されるべきハブと前記ハブを回転自在に支持するベースとを有する回転機器の製造方法であって、前記ベースおよび前記ハブのうちの少なくとも一方をワークと呼ぶとき、本製造方法は、
前記ワークを形成する工程と、
形成された前記ワークを、界面活性剤を溶質としヘプタコサンの融点よりも高い温度の水溶液に漬ける工程と、
前記水溶液から取り出された前記ワークを実質的に純水とみなせる液体に漬ける工程と、
前記液体から取り出された前記ワークを乾燥させる工程と、
乾燥した前記ワークを使用して前記回転機器を組み立てる工程と、を含むことを特徴とする製造方法。
【請求項2】
前記水溶液に漬ける工程において前記ワークを漬ける際の前記水溶液の水素イオン指数は2から4の範囲とされることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
有機酸を加えることにより前記水溶液を生成する工程をさらに含むことを特徴とする請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記ワークが前記ハブであるとき、形成された前記ハブにマグネットを取り付ける工程をさらに備え、
前記水溶液に漬ける工程は、前記マグネットが取り付けられた状態の前記ハブを前記水溶液に漬ける工程であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記ワークが前記ベースであるとき、形成された前記ベースにコアを取り付ける工程をさらに備え、
前記水溶液に漬ける工程は、前記コアが取り付けられた状態の前記ベースを前記水溶液に漬ける工程であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記ワークが漬けられた状態の前記水溶液または前記ワークが漬けられた状態の前記液体に超音波による振動を加える工程をさらに含むことを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記ワークが漬けられた状態の前記水溶液または前記ワークが漬けられた状態の前記液体に直径30μm以下の大きさの気泡を放出する工程をさらに含むことを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
記録ディスクが載置されるべきハブと、
前記ハブを回転自在に支持するベースと、を備え、
前記ハブおよび前記ベースのうちの少なくとも一方は、界面活性剤を溶質としヘプタコサンの融点よりも高い温度の水溶液に漬けられて洗浄されることを特徴とする回転機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−30235(P2013−30235A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−163919(P2011−163919)
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【出願人】(508100033)アルファナテクノロジー株式会社 (100)
【Fターム(参考)】