説明

固体表面の液体中における気体保持状態検知方法および装置

【課題】固体表面の液体中における気体保持状態を計測し、客観的に把握する方法及び装置を実現する。
【解決手段】液体中に浸漬された、微細な凹凸構造を有する固体表面に向けて光を照射し、該固体表面から反射される反射光の強度を計測することにより、液体と固体表面の間に存在する気体の、固体表面による保持状態を検知することを特徴とする固体表面の液体中における気体保持状態検知方法、および気体保持状態検知装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体表面の液体中における気体保持状態検知方法および装置に関し、とくに微細な凹凸構造を有する固体表面(例えば、超撥水性固体表面)が固液相互作用(例えば、粘性抵抗)を低減させる役割を果たす空気層を、液体中でどの程度保持できるかを評価するために用いることができる方法および装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、固体表面をシリコンやフッ素等で処理することにより、撥水性表面(水との接触角が100〜110°程度)を得る技術が確立しつつあり、既に衣料品、車のガラスや塗装面等に実用化されている(特許文献1〜3)。
【0003】
加えて、低エネルギー表面に所定の凹凸構造を持たせることにより、水との接触角が150°以上の極めて高い撥水性(超撥水性)を備える固体表面が得られることが知られている。さらに、油(鉱油、油脂、有機溶剤など)との接触角が150°以上の極めて高い撥油性(超撥油性)を持つ固体表面も知られており、この固体表面をとくに超撥油性固体表面という。表面に凹凸構造を持つ超撥水性表面は、空気を噛み込むことにより固体表面に低エネルギー化を生じ、液体と固体表面の抵抗力(粘性抵抗など)を限りなく0に近づける。このような凹凸構造の作製方法は、これまでに数多く確立されている(特許文献4〜7、非特許文献1)。
【0004】
固体表面の凹凸構造の濡れ性研究の歴史は古い。例えば非特許文献2には、凹凸構造の底部まで液体が侵入した状態(Wenzelモード)についての記載がある。また非特許文献3には、空気が噛み込むことで凹凸構造の底部まで液体は侵入せず、凹凸構造の凸部分においてピンポイントで液体を支える状態(Cassieモード)についての記載がある。
【0005】
これまでに報告されている超撥水性固体表面の作製例はいずれも、低エネルギー表面に表面粗さを付与するというコンセプトに基づくものであり、とくに、固体表面粗さを付与してCassieモードが実現されたものである。
【0006】
超撥水性固体表面は、固体−液体間の相互作用や液体を介した各種の反応を緩和・抑制し得る能力を有するので、従来の材料では困難であった様々な機能を実現することが可能である。例えば、船舶の船底面や送液管内面を超撥水性固体表面とすることにより、それぞれ造波抵抗や送液抵抗の低減が図れると期待されている。
【特許文献1】特開平5−213633号公報
【特許文献2】特開2001−259509号公報
【特許文献3】特開2002−097192号公報
【特許文献4】特開平6−025449号公報
【特許文献5】特開平8−003479号公報
【特許文献6】特開2001−152138号公報
【特許文献7】特開2008−006784号公報
【非特許文献1】Miwa, M., Nakajima, A., Fujishima, A., Hashimoto, K. and Watanabe, T., Langmuir, Vol 16, p. 5754-5760 (2000)
【非特許文献2】R. N. Wenzel, J. Phys. Colloid Chem. 53, 1466 (1949)
【非特許文献3】A. B. D. Cassie, Discuss. Farady Soc., 3, 11 (1948)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
微細な凹凸構造を有する固体表面(例えば、超撥水性表面)が空気中から液体中に浸された場合、微細構造に空気が残存し、液体(例えば、水)と固体表面の間に空気層が形成されるものと考えられている。この空気層は液体と固体表面との間の相互作用を低下させ、粘性抵抗を発生しにくくする役割を果たす。しかしながら、液中における気体層の保持状態を計測する装置は、未だ開発されていない。
【0008】
また、微細な凹凸構造による気体層の保持状態は、固体表面が置かれる環境条件(圧力、液体の流れ速度、液体の表面張力、液体の粘性、液体の密度等)により異なる。
【0009】
このような現状に鑑み、本発明の課題は、固体表面の液体中における気体保持状態を計測し、客観的に把握する方法及び装置を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知方法は、液体中に浸漬された、微細な凹凸構造を有する固体表面に向けて光を照射し、該固体表面から反射される反射光の強度を計測することにより、前記液体と前記固体表面の間に存在する気体の、前記固体表面による保持状態を検知することを特徴とするものからなる。ここで、検知の対象となる固体試料は、固体の内部から表面に至るまで材質が連続している試料に限られず、固体の表面にフィルム、繊維が貼付され、あるいは固体の表面に塗料などが塗布された試料も含まれる。これらの場合、固体表面とは、貼付あるいは塗布などにより最表面に現われている面をもいう。
【0011】
このような本発明の固体表面の液体中における気体保持状態検知方法を実施することにより、微細な凹凸構造を有する固体表面が液体中で気体を保持している状態を、簡便な光学的方法によって客観的な測定値として定量化することができる。その結果、微細な凹凸構造が気体を噛み込むことによって生じる固体表面の物性変化を、比較的容易に把握することが可能となる。
【0012】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知方法によれば、超撥水性固体表面について、液体中における気体保持状態を検知することができる。液体中において超撥水性固体表面に保持された気体層は、超撥水性固体表面と液体の間の相互作用を抑制し、その結果として粘性抵抗を低下させる働きを有するものと考えられる。そこで、液体中で低い粘性抵抗を示す素材を開発する際などに本発明の方法を用いることで、素材の性能を客観的な測定値として定量化することが可能となる。たとえば液体が水系もしくはアルコール系などの液体、またはこれらを含む液体である場合には、適当な超撥水性固体表面を用いて本発明を適用することにより、気体保持状態を検知することができる。また、液体が鉱油、有機溶剤、油脂などの、いわゆる油又はこれを含む液体である場合にも、適当な超撥油性固体表面を用いて気体保持状態を検知することができる。なお、液体の性状等に応じて、たとえば液体が酸化しやすい物質である場合には、窒素などの不活性ガス雰囲気下で検知を実施するとよい。
【0013】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知方法は、保持される気体が空気である場合に好適に実施することができる。たとえば船舶の船底に用いる素材については、船舶の航行状態を再現するため、海水中における固体表面の空気保持状態を調べることが重要であるが、その他の素材についても同様に、固体表面の空気保持状態を把握することは有益である場合が多い。また、窒素など任意の気体について気体保持状態を検知するためには、前処理として、気体を充填した容器内に固体試料をあらかじめ一定時間静置したり、また液体中に浸漬固定した固体試料の表面に向けて窒素などの気体を泡状にして吹き付けることなどによって、固体表面に気体をあらかじめ保持させる必要があるが、空気の保持状態を検知する場合には、すでに空気中で固体表面に空気が保持されているので、上記のような前処理を省略することができる。
【0014】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知方法において、光の固体表面に対する入射角が、上記液体と上記気体の屈折率から決定される臨界角以上であることが好ましい。入射角をかかる角度範囲とすることにより、光透過性の高い素材であっても高感度で気体保持状態の検知を実施することができる。
【0015】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知方法において、可視光レーザー光源から照射される光を用いることが好ましい。照射光に複数波長の光が含まれていると、固体表面の微細な凹凸構造による光散乱の挙動が各波長ごとでばらつきを生じるため、気体保持状態の検知に悪影響を及ぼすおそれがあるが、可視光レーザー光源を使用すればそのようなおそれは解消できる。また、光源は集光レンズ等によるスポット径の変更やレーザーの発光強度を制御できるような機構を有するものであることが好ましい。光源がかかる機構を有することにより、多様な固体試料について安定した検知結果を得ることが可能となる。
【0016】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知方法において、上記液体が、22mN/m〜72mN/mの表面張力を有することが好ましい。かかる範囲内で気体保持状態の検知を実施することで、所定の表面張力を有する液体試料を、たとえば水とエタノールを適当な割合で混合することによって容易に再現することができ、より客観的な定量化が可能となる。
【0017】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知方法において、液体に所定の圧力をかけることにより前記気体の保持状態を制御することが好ましい。たとえば船舶の船底に用いる素材については、船舶の船底が所定の水深下に置かれた状態を再現するため、所定の圧力下における固体表面の気体保持状態を調べることが重要である。そこで、このような制御を行なうことが好適である。
【0018】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知方法において、液体に所定の流速を与えることにより前記気体の保持状態を制御することが好ましい。
【0019】
たとえば船舶の船底に用いる素材については、船舶が所定の速度で航行している状態を再現するため、所定の流速下における固体表面の空気保持状態を調べることが重要である。ところが、固体試料の側を所定の流速で移動させようとすると、液体を収容する容器を大きくしなければならず装置が大型化してしまい不利である。そこで、液体の側に流速を与えて、固体試料が液体に対して相対的に動いている状態を作出することにより、素材の実用状態を擬似した環境条件下における固体表面の気体保持状態の検知が可能となる。
【0020】
また、本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知方法において、上記光は、固体表面に対する液体の流れ方向に沿って並ぶ複数の光源から、流れ方向に垂直な方向に向けて照射され、反射光の強度の時間的変化を各光源間で比較することによって、気体の保持状態の時間的変化を検知することが可能である。このように、複数の光源を用いて複数箇所の気体保持状態を同時に検知することにより、固体表面に保持される気体層の厚み分布を把握することができる。また、かかる厚み分布の時間的変化を定量的に把握することにより気体保持状態をより詳細に調べることができる。なお、隣り合う光源間の間隔は概ね5mm以上であることが好ましい。
【0021】
また、前記課題を解決するために、本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知装置は、液体を収容するための容器と、表面に微細な凹凸構造を有する固体試料を該液体中に浸漬させて固定する試料固定手段と、該固体試料の固体表面に光を照射する光源と、該固体表面から反射される反射光の強度を計測する計測手段とを備えることを特徴とするものからなる。ここで、検知の対象となる固体試料は、固体の内部から表面に至るまで材質が連続している試料に限られず、固体の表面にフィルム、繊維が貼付され、あるいは固体の表面に塗料などが塗布された試料も含まれる。これらの場合、固体表面とは、貼付あるいは塗布などにより最表面に現われている面をもいう。
【0022】
このような本発明の固体表面の液体中における気体保持状態検知装置は、微細な凹凸構造を有する固体表面が液体中で気体を保持している状態を、簡便な光学的方法によって客観的な測定値として定量化することができるものである。本発明の装置によれば、微細な凹凸構造が気体を噛み込むことによって生じる固体表面の物性変化を、比較的容易に把握することができる。
【0023】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知装置によれば、超撥水性固体表面について、液体中における気体保持状態を検知することができる。液体中において超撥水性固体表面に保持された気体層は、超撥水性固体表面と液体の間の相互作用を抑制し、その結果として粘性抵抗を低下させる働きを有するものと考えられるので、液体中で低い粘性抵抗を示す素材を開発する際などに本発明の装置を用いることで、素材の性能を客観的な測定値として定量化することが可能となる。たとえば液体が水系もしくはアルコール系などの液体、またはこれらを含む液体である場合には、適当な超撥水性固体表面を用いて本発明を適用することにより、気体保持状態を検知することができる。また、液体が鉱油、有機溶剤、油脂などの、いわゆる油又はこれを含む液体である場合にも、適当な超撥油性固体表面を用いて気体保持状態を検知することができる。なお、液体の性状等に応じて、たとえば液体が酸化しやすい物質である場合には、窒素などの不活性ガス雰囲気下で検知を実施するとよい。
【0024】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知装置は、固体表面に保持される気体が空気である場合に好適に使用することができる。たとえば船舶の船底に用いる素材については、船舶の航行状態を再現するため、海水中における固体表面の空気保持状態を調べることが重要であるが、その他の素材についても同様に、固体表面の空気保持状態を把握することは有益である場合が多い。また、窒素など任意の気体について気体保持状態を検知するためには、気体を充填した容器内に固体試料を一定時間静置したり、また液体中に浸漬固定した固体試料の表面に向けて窒素などの気体を泡状にして吹き付けることなどによって、固体表面をあらかじめ気体と接触させる気体接触手段を別途設ける必要があるが、空気の保持状態を検知する場合には、すでに空気中で固体表面に空気が保持されているので、上記のような気体接触手段を省略することができる。
【0025】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知装置において、光の固体表面に対する入射角が、上記液体と上記気体の屈折率から決定される臨界角以上となるように、前記試料固定手段と光源が配置されていることが好ましい。入射角がかかる角度範囲であることにより、光透過性の高い素材であっても高感度で気体保持状態の検知が可能となる。
【0026】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知装置において、光源は可視光レーザー光源であることが好ましい。照射光に複数波長の光が含まれていると、固体表面の微細な凹凸構造による光散乱の挙動が各波長ごとでばらつきを生じるため、気体保持状態の検知に悪影響を及ぼすおそれがあるが、可視光レーザー光源を使用すればそのようなおそれは解消できる。また、光源は集光レンズ等によるスポット径の変更やレーザーの発光強度を制御できるような機構を有するものであることが好ましい。光源がかかる機構を有することにより、多様な固体試料について安定した検知結果を得ることが可能となる。
【0027】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知装置において、上記液体が、22mN/m〜72mN/mの表面張力を有していることが好ましい。かかる範囲内で気体保持状態の検知を実施することで、所定の表面張力を有する液体試料を、水とエタノールを適当な割合で混合することによって容易に再現することができ、より客観的な定量化が可能となる。
【0028】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知装置において、液体に所定の圧力をかける加圧手段を備えていることが好ましい。たとえば船舶の船底に用いる素材については、船舶の船底が所定の水深下に置かれた状態を再現するため、所定の圧力下における固体表面の気体保持状態を調べることが重要である。そこで、このような加圧手段を備えていることが好適である。
【0029】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知装置において、液体に所定の流速を与える送液手段を備えていることが好ましい。たとえば船舶の船底に用いる素材については、船舶が所定の速度で航行している状態を再現するため、所定の流速下における固体表面の空気保持状態を調べることが重要であるが、固体試料の側を所定の流速で移動させようとすると、液体を収容する容器を大きくしなければならず装置が大型化してしまい不利であるので、液体の側に流速を与えて、固体試料が液体に対して相対的に動いている状態を作出することにより、素材の実用状態を擬似した固体表面の気体保持状態の検知が可能となる。
【0030】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知装置においては、光源が前記固体表面に対する液体の流れ方向に沿って複数個並べられ、各光源が該流れ方向に垂直な方向に向けて光を照射するように配置されており、反射光の強度の時間的変化を各光源間で比較する比較手段を備える構成を採用することが可能である。このように、複数の光源を用いて複数箇所の気体保持状態を同時に検知できる機構を有することにより、固体表面に保持される気体層の厚み分布を把握することができる。また、かかる厚み分布の時間的変化を定量的に把握することにより気体保持状態をより詳細に調べることができる。
【0031】
なお、隣り合う光源同士の間隔は概ね5mm以上であることが好ましいが、圧力や液体の流速等の検知条件や固体試料の種類によって適正な間隔は異なる。そこで本発明の装置は、隣り合う光源同士の間隔を調整できる機構を備えていることが好ましい。
【発明の効果】
【0032】
このように本発明の固体表面の液体中における気体保持状態検知方法および装置によれば、微細な凹凸構造を有する固体表面が液体中で気体を保持している状態を定量的に把握することができるので、各種素材の表面物性を客観的な数値指標を用いて評価することが可能となる。とくに、超撥水性固体表面の水中における空気保持状態を検知することにより、超撥水機能の大小を定量化することができるので、超撥水技術をより広範囲な用途に適用するための検討を行なう上で有益なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下に、本発明の望ましい実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明の一実施態様に係る気体保持状態検知装置1の構成図である。側面が透明素材で作られた容器2には所定の深さ(本例では、10cm)まで液体が入っており、容器2内部の底面には、超撥水性塗料(HIREC NTTアドベンテック社 登録商標)をガラスに塗布して超撥水性固体表面を作製し、空気中から水中に沈められた固体試料3が固定されている。容器2の一側面の近傍には、入射角75°で固体試料3に向けられた可視光レーザー光源4が設置され、入射光6が照射されている。
【0034】
固体試料3の固体表面5から反射される反射光7は、受光センサー8、信号ケーブル9、直流電源11およびオシロスコープ10からなる計測手段12により、強度が計測される。容器2を挟んで光源4の反対側に設置された受光センサー8は反射光7を受光し、光強度を表示するためのオシロスコープ10に信号を発している。
【0035】
固体試料3、光源4および受光センサー8の位置関係を調整できるように、容器2はXYステージ13上に乗せられている。さらに光軸ずれを補正するために、光源4および受光センサー8には水平・上下・奥行・回転方向の微調整機構(図示せず)が備えられている。
【0036】
図2は、一般的な光の性質を説明しており、(A)は入射角21が臨界角θc未満の場合の説明図、(B)は入射角22が臨界角θc以上の場合の説明図である。光学的に密の媒質(水)から光学的に疎の媒質(空気)に光が入射すると、入射角21が臨界角θc未満であれば入射光は媒質界面で透過光23と反射光(図示せず)に分かれるが、入射角22が臨界角θc以上になると透過光23は現れず、反射光のみが現れる全反射の状態となる。臨界角θcは入射側の媒質(水)と透過側の媒質(空気)の屈折率により定まる定数である。
【0037】
図3は、水中で空気層24を保持している超撥水性固体表面における光の全反射を一般的に説明しており、(A)は保持される空気層24の厚みが比較的大きい場合を示す説明図、(B)は保持される空気層24の厚みが比較的小さい場合を示す説明図である。超撥水性固体表面は、表面に微細な凹凸構造25を有しているので、水中では微細な凹部分に空気を噛み込んで保持した状態となっているものと考えられる。この固体表面5に臨界角θc以上の入射角22で光が入射すると、図2(B)の場合と同様に全反射の状態が生じるが、図2(B)の場合とは異なり、空気層24が微細な凸部分の先端によって分断されているので、散乱面26において光散乱が生じる。そして、図3(B)では図3(A)よりも空気層24の厚みが小さくなり、その分だけ凸部分の先端がより多く空気から露出しているので、光散乱の程度が大きい。光散乱が生じると、入射光6の一部が散逸するため反射光7の強度が低下する。従って、反射光強度の低下と空気層厚みの低下には相関関係があると考えられる。そこで、本実施態様においては、このような相関関係を利用して、液体中の固体表面5による気体保持状態を検知している。
【0038】
図4は、本実施態様に係る受光センサー8の回路の一例を示す図である。受光部32に入射した光は電子を励起して光の強度に応じた光電流を発生させ、図4の回路によって光の強度に応じた出力電圧33として検出される。この出力電圧33の信号は信号ケーブル9を通じてオシロスコープ10に送信され、電圧波形が画面上に表示される。
【0039】
図5は、本実施態様による気体保持状態の検知結果例を示しており、液体として水を使用した場合の特性図である。縦軸はオシロスコープ10に入力された受光センサー8からの出力電圧である。光の照射前には0であった出力電圧が光の照射開始後には出力電圧が約1.5Vに上昇しており、受光センサー8が反射光7を受光したことを示している。この出力電圧の数値は超撥水性固体表面によって保持された空気層24の厚みと相関関係を有する数値であるので、この数値をもって超撥水性固体表面の水中における空気保持状態を示す指標とすることができる。
【0040】
図6は、本実施態様に係る気体保持状態の検知結果例を示しており、液体として水より粘性の高い多価アルコールであるグリセリンを使用したほかは図5の場合と同様の特性図である。空気保持状態を示す指標としての出力電圧は約1.2Vであり、液体として水を使用した図5と比較することにより、本実施態様の超撥水性固体表面5が保持する空気層24の厚みは水中よりもグリセリン中の方が小さいと考えることができる。
【0041】
図7は、本実施態様に係る気体保持状態の検知結果例を示しており、水とエタノールを適当な割合で混合することによって液体の表面張力を変化させた場合の特性図である。縦軸は、空気保持状態を示す指標としての出力電圧である。図7によれば、表面張力50〜55mN/m付近を境に空気保持状態が大きく変化していると考えることができる。この例の場合、水100%からエタノール100%まで混合比を変化させることで、原理的には表面張力を22〜72mN/m程度の範囲内で調整可能である。
【0042】
図8は、本発明の他の実施態様に係る気体保持状態検知装置1の概略構成図である。液体に所定の圧力をかける加圧手段として加圧タンク41が、また液体に所定の流速を与える送液手段として送液ポンプ42および液体流路43が設けられている。このような加圧手段および送液手段を設けることにより、固体試料3が素材として実際に使用される場合の使用環境を再現することができる。たとえば、固体試料3が船舶の船底用素材である場合には、船舶が航行する際に船底部分が受ける水圧や航行速度を擬似的に再現することによって、より実用状態に近い状態における気体保持状態を把握することができる。
【0043】
図9は、本発明のさらに他の実施態様に係る気体保持状態検知装置1の概略構成図である。液体は図の左から右方向に流れており、可視光レーザー光源4が液体の流れ方向に沿って複数個並べられ、各光源4の光照射方向が液体の流れ方向に垂直な平面上で、かつ固体試料3に向かう入射角が75度となるように配置されている。固体試料3の表面で反射された反射光7は受光センサー8において検出され、信号ケーブル9を通じてデータ処理装置に送信され、気体保持状態を示す指標としての出力電圧の時間的変化が各光源間で比較される。この比較によって、固体表面上の複数地点における気体保持状態の時間的な推移を詳細に把握することができる。
【0044】
図10は、本実施態様に係る気体保持状態の検知結果例を示す図であり、図9における受光センサー8のb〜bの出力電圧を同一グラフ上に重ねて示した特性図である。本実施態様においては、液体の流速を徐々に上げることによって、固体表面が気体層を保持し得る流速の上限付近における気体層の挙動が調べられた。この結果によれば、所定の流速(v)を超えると固体表面が気体層を保持することができなくなり、気体層が固体表面から剥離することがわかった。さらに、固体表面から気体層が剥離する現象は表面全体で同時に発生するのではなく、気体層の剥離現象は所定の伝達速度(L/Δt)で液体の流れ方向の上流から下流に向けて伝達されることが推測される。おそらく、流動する液体から剪断力を受けた気体層が、各位置における気体層ごと固体表面から順次剥離していくものと考えられるが、詳細な剥離機構は定かではない。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明に係る固体表面の液体中における気体保持状態検知方法および装置は、微細な凹凸構造を有する固体表面が液体中で気体を保持している状態を定量的に把握し、各種素材の表面物性を客観的な数値指標として検知するために有用である。とくに、本発明の方法および装置を用いて超撥水性固体表面の水中における空気保持状態を検知することにより超撥水機能の大小を定量化し、超撥水技術をより広範囲な用途に適用するための検討を行なう上で有益である。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の一実施態様に係る気体保持状態検知装置を示す構成図である。
【図2】一般的な光の性質を説明しており、(A)は入射角が臨界角未満の場合の説明図、(B)は入射角が臨界角以上の場合の説明図である。
【図3】光の全反射を一般的に説明しており、(A)は空気層厚み大の場合を示す説明図、(B)は空気層厚み小の場合を示す説明図である。
【図4】図1の装置における受光センサーの回路図である。
【図5】図1の装置による気体保持状態の検知結果例を示しており、水を使用した場合の特性図である。
【図6】図1の装置による気体保持状態の検知結果例を示しており、グリセリンを使用した場合の特性図である。
【図7】図1の装置による気体保持状態の検知結果例を示しており、水−エタノール混合系で表面張力を変化させた場合の特性図である。
【図8】本発明の他の実施態様に係る気体保持状態検知装置の概略構成図である。
【図9】本発明のさらに他の実施態様に係る気体保持状態検知装置の概略構成図である。
【図10】図9の装置による気体保持状態の検知結果例を示しており、受光センサーb〜bの出力電圧を同一グラフ上に重ねて示した特性図である。
【符号の説明】
【0047】
1 気体保持状態検知装置
2 容器
3 固体試料
4 光源
5 固体表面
6 入射光
7 反射光
8 受光センサー
9 信号ケーブル
10 オシロスコープ
11 直流電源
12 計測手段
13 XYステージ
21、22 入射角
23 透過光
24 空気層
25 凹凸構造
26 散乱面
31 電気抵抗
32 受光部
33 出力電圧
41 加圧タンク
42 送液ポンプ
43 液体流路


【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体中に浸漬された、微細な凹凸構造を有する固体表面に向けて光を照射し、該固体表面から反射される反射光の強度を計測することにより、前記液体と前記固体表面の間に存在する気体の、前記固体表面による保持状態を検知することを特徴とする、固体表面の液体中における気体保持状態検知方法。
【請求項2】
前記固体表面が超撥水性固体表面または超撥油性固体表面である、請求項1に記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知方法。
【請求項3】
前記気体が空気である、請求項1または2に記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知方法。
【請求項4】
前記光の前記固体表面に対する入射角が、前記液体と前記気体の屈折率から決定される臨界角以上である、請求項1〜3のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知方法。
【請求項5】
前記光が、可視光レーザー光源から照射される光である、請求項1〜4のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知方法。
【請求項6】
前記液体が、22mN/m〜72mN/mの表面張力を有する、請求項1〜5のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知方法。
【請求項7】
前記液体に所定の圧力をかけることにより前記気体の保持状態を制御する、請求項1〜6のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知方法。
【請求項8】
前記液体に所定の流速を与えることにより前記気体の保持状態を制御する、請求項1〜7のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知方法。
【請求項9】
前記光は、前記固体表面に対する前記液体の流れ方向に沿って並ぶ複数の光源から、該流れ方向に垂直な方向に向けて照射され、前記反射光の強度の時間的変化を各光源間で比較することによって、前記気体の保持状態の時間的変化を検知する、請求項1〜8のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知方法。
【請求項10】
液体を収容するための容器と、表面に微細な凹凸構造を有する固体試料を該液体中に浸漬させて固定する試料固定手段と、該固体試料の固体表面に光を照射する光源と、該固体表面から反射される反射光の強度を計測する計測手段とを備えることを特徴とする、固体表面の液体中における気体保持状態検知装置。
【請求項11】
前記固体表面が超撥水性固体表面または超撥油性固体表面である、請求項10に記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知装置。
【請求項12】
前記固体表面が保持する気体が空気である、請求項10または11に記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知装置。
【請求項13】
前記光の前記固体表面に対する入射角が、前記液体と前記気体の屈折率から決定される臨界角以上となるように、前記試料固定手段と光源が配置されている、請求項10〜12のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知装置。
【請求項14】
前記光源が可視光レーザー光源である、請求項10〜13のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知装置。
【請求項15】
前記液体が、22mN/m〜72mN/mの表面張力を有する、請求項10〜14のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知装置。
【請求項16】
前記液体に所定の圧力をかける加圧手段を備える、請求項10〜15のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知装置。
【請求項17】
前記液体に所定の流速を与える送液手段を備える、請求項10〜16のいずれかに記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知装置。
【請求項18】
前記光源が前記固体表面に対する前記液体の流れ方向に沿って複数個並べられ、各光源が該流れ方向に垂直な方向に向けて光を照射するように配置されており、前記反射光の強度の時間的変化を各光源間で比較する比較手段を備える、請求項10〜17に記載の固体表面の液体中における気体保持状態検知装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−14468(P2010−14468A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−173229(P2008−173229)
【出願日】平成20年7月2日(2008.7.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、経済産業省、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、革新的部材産業創出プログラム、循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】