説明

固体高分子形燃料電池

【課題】素材が安価でありながら優れた機械的特性や耐酸化性を有する炭化水素系高分子を高分子電解質膜として用い、かつ発電に伴って過酸化物や過酸化物ラジカルが生成したとしてもそれらによる影響を最小限に抑えることによって、低コスト・高出力・高耐久性(長寿命)を兼ね備えた固体高分子形燃料電池を提供する。
【解決手段】本発明に係る固体高分子形燃料電池は、高分子電解質膜と該高分子電解質膜の両面に配置された電極触媒層とが一体的に接合された膜・電極接合体と、前記膜・電極接合体の両面で前記電極触媒層に接するように設けられたガス拡散層とを備え、前記電極触媒層は、発電の電極反応が行われる膜状の電極触媒部と、過酸化物分解触媒を含有し前記電極触媒部の外周に形成されたリング状の過酸化物分解部とから成り、前記電極触媒層の主表面が前記ガス拡散層のそれよりも大きく、かつ前記電極触媒層の一方の主表面の全面が前記高分子電解質膜に接合されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池に係わり、特に固体高分子形燃料電池用の高分子電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池用の高分子電解質膜として、フッ素系高分子電解質膜がよく知られている(例えば、ナフィオン(登録商標、デュポン株式会社製)、Aciplex(登録商標、旭化成ケミカルズ株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)など)。フッ素系高分子電解質膜は、プロトン伝導性や化学的安定性が高いという利点を有する一方、素材が高価である点や焼却時にフッ酸が発生する点などの難点も有する。
【0003】
フッ素系高分子電解質膜における上記難点を解決することを目的として、安価なポリエーテルスルホン系高分子やポリエーテルケトン系高分子からなる炭化水素系高分子電解質膜が提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。特許文献1、2によると、安価で耐久性があり且つプロトン伝導性に対する湿度及び温度の影響が少ない高分子電解質膜が得られるとされている。
【0004】
一方、固体高分子形燃料電池においては、不完全な電極反応によって膜・電極接合体(MEA: membrane electrode assembly)の電極触媒層で過酸化物が生成される場合があり、該過酸化物がラジカル化した(過酸化物ラジカル)が拡散することによって高分子電解質膜を侵食し劣化させるという問題がある。この問題を解決することを目的として、電極触媒層と高分子電解質膜との間に過酸化物分解触媒を含む層を形成したり、電極触媒層中に過酸化物分解触媒を添加したりした固体高分子形燃料電池が提案されている(例えば、特許文献3、4参照)。特許文献3、4によると、生成した過酸化物や過酸化物ラジカルを速やかに分解することで、高分子電解質膜の劣化を抑制して燃料電池の耐久性を向上させると共に電池反応の効率を向上させることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−31232号公報
【特許文献2】特開2006−512428号公報
【特許文献3】特開2005−216701号公報
【特許文献4】特開2005−353408号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述した過酸化物ラジカルの生成は、燃料(ガスまたは液体)を供給する配管や高分子電解質膜を湿潤状態に保つために供給燃料に混合される水分の供給配管などから溶出する金属イオン(例えばFe2+やCu2+等)によって特に促進されることが知られている。特許文献1、2に記載されたような従来のポリエーテルスルホン系ブロック共重合体やポリエーテルケトン系ブロック共重合体からなる高分子電解質膜は、フッ素系高分子電解質膜よりも本質的に耐酸化性が劣ることから、生成した過酸化物や過酸化物ラジカルにより高分子電解質が酸化されやすく、分解・劣化によって寿命が短いという課題があった。また、特許文献3、4に記載されたような固体高分子形燃料電池においては、過酸化物分解触媒を含む層を形成したり過酸化物分解触媒を添加したりすることから、膜・電極接合体のイオン伝導抵抗が大きくなりやすいという課題があると共に耐久性向上(長寿命化)の効果が必ずしも十分ではなかった。
【0007】
したがって本発明の目的は、上記の課題を解決し、素材が安価でありながら優れた機械的特性を有する炭化水素系高分子を高分子電解質膜として用い、発電に伴って過酸化物や過酸化物ラジカルが生成したとしてもそれらによる影響を最小限に抑えることによって、低コスト・高出力・高耐久性(長寿命)を兼ね備えた固体高分子形燃料電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記目的を達成するため、次のような特徴を有する。
本発明に係る固体高分子形燃料電池は、高分子電解質膜と該高分子電解質膜の両面に配置された電極触媒層とが一体的に接合された膜・電極接合体と、前記膜・電極接合体の両面で前記電極触媒層に接するように設けられたガス拡散層とを備え、前記電極触媒層は、発電の電極反応が行われる膜状の電極触媒部と、過酸化物分解触媒を含有し前記電極触媒部の外周に形成されたリング状の過酸化物分解部とから成り、前記電極触媒層の主表面が前記ガス拡散層のそれよりも大きく、かつ前記電極触媒層の一方の主表面の全面が前記高分子電解質膜に接合されている。
【0009】
また、本発明は、上記目的を達成するため、上記の発明に係る固体高分子形燃料電池において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記ガス拡散層は前記電極触媒層の他方の主表面に対して前記電極触媒部の全面を覆い、かつ前記ガス拡散層の外縁が前記過酸化物分解部の領域内で接している。
(2)前記高分子電解質膜は、多孔質膜に芳香族炭化水素系高分子を含浸させた電解質膜である。
(3)前記芳香族炭化水素系高分子がスルホン酸基を有するポリエーテルスルホンである。
(4)前記高分子電解質膜のイオン交換容量が0.3 meq/g以上5.0 meq/g以下である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、素材が安価でありながら優れた機械的特性を有する炭化水素系高分子を高分子電解質膜として用い、かつ発電に伴って過酸化物や過酸化物ラジカルが生成したとしてもそれらによる影響を最小限に抑えることによって、低コスト・高出力・高耐久性(長寿命)を兼ね備えた固体高分子形燃料電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】固体高分子形燃料電池の一般的な基本構造(単セル)を示す分解斜視図である。
【図2】従来の固体高分子形燃料電池における膜・電極接合体とガス拡散層との配置関係の1例を示す断面模式図である。
【図3】従来の固体高分子形燃料電池における膜・電極接合体とガス拡散層との配置関係の他の1例を示す断面模式図である。
【図4】本発明に係る固体高分子形燃料電池における膜・電極接合体とガス拡散層との配置関係の1例を示す断面模式図と該断面模式図中のA方向から見た平面模式図である。
【図5】比較例3の固体高分子形燃料電池における膜・電極接合体とガス拡散層との配置関係を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、高分子電解質膜として素材が安価でありながら優れた機械的特性を有する炭化水素系高分子を用いた固体高分子形燃料電池において、連続発電の耐久性を向上させるべく高分子電解質膜が劣化する過程を鋭意調査・研究した。その結果、高分子電解質膜が選択的に劣化する現象を見出すことができた。本発明はその知見に基づいて完成されたものである。
【0013】
はじめに、従来の固体高分子形燃料電池の構成および高分子電解質膜の劣化過程について説明する。図1は、固体高分子形燃料電池の一般的な基本構造(単セル)を示す分解斜視図である。図1に示すように、固体高分子形燃料電池の単セルは、一般的に、高分子電解質膜1の両面にアノード電極触媒層2とカソード電極触媒層3とがそれぞれ配置されて一体的に接合された膜・電極接合体(MEA)15と、MEA 15の両面にそれぞれ配置されるアノード側ガス拡散層4およびカソード側ガス拡散層5と、更にその外側両面にそれぞれ配置されるアノード側セパレータ6およびカソード側セパレータ7とから構成される。これらの構成要素が密着されて固体高分子形燃料電池の単セルが形成される。
【0014】
アノード側セパレータ6の燃料流路に燃料としての加湿水素41が流され、カソード側セパレータ7の空気流路に酸化剤としての加湿空気51が流される。水素41は、アノード側ガス拡散層4で拡がりながらアノード電極触媒層2に到達し、アノード電極触媒層2で酸化されて電子とプロトン(H+)とに分離する。分離したプロトンは、高分子電解質膜1の内部を拡散してカソード電極触媒層3に到達し、空気流路からカソード側ガス拡散層5を拡散してきた空気71に含まれる酸素および外部回路を経由してきた電子と還元反応して水を生成する。反応残存物(燃料側反応残存物42および空気側反応残存物52)は、ともに単セルの外へ排出される。
【0015】
図2は、従来の固体高分子形燃料電池における膜・電極接合体とガス拡散層との配置関係の1例を示す断面模式図である。図3は、従来の固体高分子形燃料電池における膜・電極接合体とガス拡散層との配置関係の他の1例を示す断面模式図である。図2に示した従来の固体高分子形燃料電池においては、アノード側ガス拡散層4およびカソード側ガス拡散層5の外形が、アノード電極触媒層2およびカソード電極触媒層3の外形とそれぞれ同じに構成されている。一方、図3に示した従来の固体高分子形燃料電池においては、アノード側ガス拡散層4およびカソード側ガス拡散層5の外形の大きさが、アノード電極触媒層2およびカソード電極触媒層3の外形よりもそれぞれ大きく構成されている。図3の構成は、電極触媒層2,3とガス拡散層4,5との位置合わせを容易にするため、しばしば採用される構成である。なお、燃料ガスおよび酸化剤ガスの気密性を確保するためのパッキンを配置するため、ガス拡散層4,5は、高分子電解質膜1の外形よりもひと回り小さく構成されるのが通常である。
【0016】
図2のようにMEAとガス拡散層を配置して、図1のような固体高分子形燃料電池の単セルを組み上げて連続発電試験を行いながら高分子電解質膜1の劣化過程を調査した。その結果、高分子電解質膜1の劣化は、電極触媒層2,3(ガス拡散層4,5)の外縁領域(詳しくは、外縁からその外側領域にかけて)で起こり始め、そこから拡がっていくことが判った。詳細なメカニズムは未解明であるが、発電に伴って生成した過酸化物や過酸化物ラジカルは、全てが生成した近傍の高分子電解質膜1を直ちに分解・劣化するのではなく、一部分はガス拡散層4,5中を面内方向に拡散した後、端面から放出されて高分子電解質膜1を分解・劣化するというモデルが考えられた。
【0017】
次に、図3のようにMEAとガス拡散層を配置して、図1のような固体高分子形燃料電池の単セルを組み上げて連続発電試験を行いながら高分子電解質膜1の劣化過程を調査した。その結果、高分子電解質膜1の劣化は、図2の場合と同様に、ガス拡散層4,5の外縁領域で起こり始めてそこから拡がっていくことが確認された。すなわち、上記モデルが検証された。
【0018】
上記の実験・調査結果は、高分子電解質膜の劣化過程に対する従来の想定を覆すものであり全く新しい知見であった。また、上記モデルに立脚すると、従来技術において電極触媒層に対して過酸化物分解触媒を含む層を積層したり過酸化物分解触媒を添加したりしても、耐酸化性の向上効果が不十分であったことが説明できる。本発明はこれらの知見に基づいて完成されたものである。
【0019】
以下、本発明に係る固体高分子形燃料電池の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、同義の部材・部位には同じ符号を付して重複する説明を省略する。
【0020】
図4は、本発明に係る固体高分子形燃料電池における膜・電極接合体とガス拡散層との配置関係の1例を示す断面模式図と該断面模式図中のA方向から見た平面模式図である。図4に示すように、本発明に係る固体高分子形燃料電池は、高分子電解質膜11と該高分子電解質膜11の両面に配置された電極触媒層(アノード電極触媒層21、カソード電極触媒層31)とが一体的に接合された膜・電極接合体16と、該膜・電極接合体16の両面で電極触媒層21,31に接するように設けられたガス拡散層(アノード側ガス拡散層4、カソード側ガス拡散層5)とを備えている。電極触媒層21,31は、発電の電極反応が行われる膜状の電極触媒部(アノード電極触媒部22、カソード電極触媒部32)と、過酸化物分解触媒を含有し前記電極触媒部の外周に形成されたリング状の過酸化物分解部(アノード側過酸化物分解部23,カソード側過酸化物分解部33)とから成る。また、電極触媒層21,31は、その主表面がガス拡散層4,5のそれよりも大きく、かつ電極触媒層21,31の一方の主表面の全面が高分子電解質膜11に接合されている。
【0021】
ガス拡散層4,5は、電極触媒層21,31の他方の主表面に対して電極触媒部22,32の全面を覆っており、かつガス拡散層4,5の外縁が過酸化物分解部23,33の領域内で接していることが望ましい。このような構成にすることにより、発電に伴って生成した過酸化物や過酸化物ラジカルが、ガス拡散層4,5中を面内方向に拡散した後、端面から放出されたとしても過酸化物分解部23,33で効果的に分解(解毒)することができるので、高分子電解質膜11の分解・劣化を抑制することができる。また、本発明は、電極触媒部22,32に対して過酸化物分解触媒を含む層を全面で積層したり過酸化物分解触媒を多く添加したりするものでないことから、膜・電極接合体11のイオン伝導抵抗が不必要に増大しない利点もある。
【0022】
電極触媒層21,31の過酸化物分解部23,33は、過酸化物や過酸化物ラジカルを分解する触媒作用を有するものであれば特に限定されないが、過酸化物分解触媒と高分子電解質(例えば、スルホン化エンジニアプラスチックやポリパーフルオロスルホン酸など)との複合体であることが好ましい。また、過酸化物分解触媒としては、例えば、金属、金属酸化物、金属リン酸塩、金属フッ化物、大環状金属錯体、カーボンなどが挙げられる。これらから選ばれる一種を単独で用いるか、または二種以上を併用してもよい。より具体的には、金属の例としてはPt、Ir、V、Fe、Ni、Ce、Co、Cr、Ru、Agやその合金(例えばRu-Pt合金、Ru-Co合金、Pt-Cr合金、Pt-Co合金、Pt-Ni合金、Pt-V合金、Pt-Ir合金、Pt-Co-Ni合金、Pt-Co-Cr合金等)が挙げられる。金属酸化物の例としてはNiO2、PbO2、PdO2、RuO2、WO3、CeO2、Fe3O4等が挙げられる。金属リン酸塩の例としてはCePO4、CrPO4、AlPO4、FePO4等が挙げられる。金属フッ化物の例としてはCeF3、FeF3等が挙げられる。大環状金属錯体の例としてはFe-ポルフィリン、Co-ポルフィリン、ヘム、カタラーゼ等が好適である。カーボンの例としては活性炭、アモルファスカーボン、グラファイト、カーボンナノチューブ等が挙げられる。過酸化物の分解性能の観点からPtやカーボン担持PtやCeO2を用いることが好ましい。
【0023】
高分子電解質膜11の電解質材料としては、例えば、スルホン化エンジニアプラスチック系電解質、スルホアルキル化エンジニアプラスチック系電解質、炭化水素系電解質、プロトン伝導性付与基と耐酸化性付与基を導入した炭化水素系高分子が挙げられ、これらに置換基がついてもよい。スルホン化エンジニアプラスチック系電解質の例としては、スルホン化ポリケトン、スルホン化ポリスルホン、スルホン化ポリフェニレン、スルホン化ポリエーテルエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルケトン、スルホン化ポリイミド、スルホン化ポリベンゾイミダゾール、スルホン化ポリキノリン、スルホン化ポリ(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン)、スルホン化ポリスルフィッド、スルホン化ポリフェニレンが挙げられる。スルホアルキル化エンジニアプラスチック系電解質の例としては、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルケトン、スルホアルキル化ポリエーテルスルホン、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホアルキル化ポリスルホン、スルホアルキル化ポリスルフィッド、スルホアルキル化ポリフェニレン、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルスルホンが挙げられる。炭化水素系電解質の例としては、スルホアルキルエーテル化ポリフェニレンが挙げられる。
【0024】
電解質材料の数平均分子量は、GPC法(gel permeation chromatography法)によるポリスチレン換算の数平均分子量で表して10000〜250000 g/molであることが好ましい。より好ましくは20000〜220000 g/molであり、さらに好ましくは25000〜200000 g/molである。数平均分子量が10000 g/molより小さいと電解質膜の機械的強度が低下し、200000 g/molを超えると出力性能が低下することがあり、どちらの場合も好ましくない。
【0025】
本発明による固体高分子形燃料電池において、高分子電解質膜11のイオン交換容量は、0.3 meq/g以上かつ5.0 meq/g以下が好ましい。イオン交換容量が0.3 meq/gより小さいと、燃料電池発電時に電解質膜の抵抗が大きくなるため出力が低下し、イオン交換容量が5.0 meq/gを超えると、機械的特性が低下することがあり、どちらの場合も好ましくない。なお、本発明におけるイオン交換容量とは、電解質材料の単位重量あたりのイオン交換基数であり、値が大きいほどイオン交換基の導入度が大きいことを示す。該イオン交換容量は、1H-NMRスペクトロスコピー、元素分析、酸塩基滴定(例えば、特公平1−52866号公報参照)、非水酸塩基滴定(規定液はカリウムメトキシドのベンゼン・メタノール溶液)等により測定が可能である。
【0026】
また、高分子電解質膜11は、多孔質膜12(例えば、ポリオレフィン多孔質膜)に芳香族炭化水素系高分子13を含浸させたものであることが好ましい。多孔質膜12を芯材として利用することにより高分子電解質膜11の機械的特性(強度、耐久性、寸法精度など)を向上させることができる(例えば、特開2005−216667号公報参照)。さらに、高分子電解質膜11の厚さは10〜300μmが好ましく、15〜200μmがより好ましい。実用に耐える膜の機械的強度を得るには10μmより厚い方が好ましく、膜抵抗の低減(すなわち発電性能向上)のためには300μmより薄い方が好ましい。
【0027】
高分子電解質膜11の製造方法に特段の限定はなく、従前の方法を利用することができる。例えば、電解質材料の溶液状態から製膜する溶液キャスト法、電解質材料の溶融状態から製膜する溶融プレス法や溶融押し出し法が挙げられる。溶液キャスト法の場合、電解質材料溶液を基材上に流延塗布した後、溶媒を除去して製膜する。膜厚の制御は溶液濃度や基材上への塗布厚を調整することにより行う。電解質材料の溶融状態から製膜する場合、溶融プレス法または溶融押し出し法等で得た所定厚さのフィルムを所定の倍率に延伸することで、高分子電解質膜11の膜厚を制御できる。
【0028】
溶液キャスト法に用いる溶媒は、電解質材料を溶解した後に除去できるものであれば特に制限はなく、例えば、非プロトン性極性溶媒、アルキレングリコールモノアルキルエーテル、アルコール、テトラヒドロフランが挙げられる。非プロトン性極性溶媒の例としては、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン、ジメチルスルホキシドが挙げられる。アルキレングリコールモノアルキルエーテルの例としては、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテルが挙げられる。アルコールの例としては、iso-プロピルアルコール、t-ブチルアルコールが挙げられる。
【0029】
高分子電解質膜11を製造する際には、従来の高分子電解質膜に使用される可塑剤、酸化防止剤、過酸化物分解触媒、金属捕捉材、界面活性剤、安定剤、離型剤などの添加剤を本発明の目的に反しない範囲内で使用できる。
【0030】
酸化防止剤としては、例えば、アミン系酸化防止剤、フェノール系酸化防止剤、硫黄系酸化防止剤、燐系酸化防止剤を用いることができる。アミン系酸化防止剤の例としては、フェノール-α-ナフチルアミン、フェノール-β-ナフチルアミン、ジフェニルアミン、p-ヒドロキシジフェニルアミン、フェノチアジンが挙げられる。フェノール系酸化防止剤の例としては、2,6-ジ(t-ブチル)-p-クレゾール、2,6-ジ(t-ブチル)-p-フェノール、2,4-ジメチル-6-(t-ブチル)-フェノール、p-ヒドロキシフェニルシクロヘキサン、ジ-p-ヒドロキシフェニルシクロヘキサン、スチレン化フェノール、1,1’-メチレンビス(4-ヒドロキシ-3,5-t-ブチルフェノール)が挙げられる。硫黄系酸化防止剤の例としては、ドデシルメルカプタン、ジラウリルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネート、ジラウリルサルフィッド、メルカプトベンゾイミダゾールが挙げられる。燐系酸化防止剤の例としては、トリノリルフェニルホスファイト、トリオクタデシルホスファイト、トリデシルホスファイト、トリラウリトリチオホスファイトが挙げられる。
【0031】
金属捕捉剤は、Fe2+やCu2+イオン等の金属イオンと反応して錯体を作り、金属イオンを不活性化して該金属イオンの持つ劣化促進作用を抑制するものであれば、特に制限は無い。このような金属捕捉剤として、例えば、テノイルトリフルオロアセトン、ジエチルチオカルバミン酸ナトリウム(DDTC)や1,5-ジフェニル-3-チオカルバゾン、さらには1,4,7,10,13-ペンタオキシシクロペンタデカンや1,4,7,10,13,16-ヘキサオキシシクロペンタデカン等のクラウンエーテル、4,7,13,16-テトラオキサ-1,10-ジアザシクロオクタデカンや4,7,13,16,21,24-ヘキサオキシ-1,10-ジアザシクロヘキサコサン等のクリプタンド、またさらにはテトラフェニルポルフィリン等のポルフィリン系の材料を用いても構わない。
【0032】
高分子電解質膜11を製造する際の各種材料の混合量は、後述する実施例に限定されるものではない。なお、フェノール系酸化防止剤と燐系酸化防止剤の併用は、少量で効果があり、燃料電池の諸特性に悪影響を及ぼすことが少ないので好ましい。これらの酸化防止剤、過酸化物分解触媒、金属捕捉材は、高分子電解質膜11中や電極触媒層21,31中に添加しても良いし、高分子電解質膜11と電極触媒層21,31との間に配しても良い。特に、高分子電解質膜11と電極触媒層21,31との間に少量を配置することは、燃料電池の諸特性に悪影響を及ぼすことが少なく効果が大きいので好ましい。
【0033】
電極触媒層21,31の電極触媒部22,32は、高分子電解質材料を接着剤として用い、触媒を担持させた導電材粉末を高分子電解質膜11に対して接着させて作製する。また、電極触媒層21,31の過酸化物分解部23,33も同様に、高分子電解質材料を接着剤として用い、前述した過酸化物分解触媒の粉末を高分子電解質膜11に対して接着させて作製する。接着剤となる高分子電解質材料としては、従来のフッ素系高分子電解質や高分子電解質膜11に用いた電解質材料を使用できる。例えば、スルホン化エンジニアプラスチック系電解質、スルホアルキル化エンジニアプラスチック系電解質、炭化水素系電解質、プロトン伝導性付与基と耐酸化性付与基を導入した炭化水素系高分子を好適に利用できる。スルホン化エンジニアプラスチック系電解質の例としては、スルホン化エンジニアプラスチック系電解質、スルホアルキル化エンジニアプラスチック系電解質、炭化水素系電解質、プロトン伝導性付与基と耐酸化性付与基を導入した炭化水素系高分子が挙げられ、これらに置換基がついてもよい。スルホン化エンジニアプラスチック系電解質の例としては、スルホン化ポリケトン、スルホン化ポリスルホン、スルホン化ポリフェニレン、スルホン化ポリエーテルエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルケトン、スルホン化ポリイミド、スルホン化ポリベンゾイミダゾール、スルホン化ポリキノリン、スルホン化ポリ(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン)、スルホン化ポリスルフィッド、スルホン化ポリフェニレンが挙げられる。スルホアルキル化エンジニアプラスチック系電解質の例としては、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルケトン、スルホアルキル化ポリエーテルスルホン、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホアルキル化ポリスルホン、スルホアルキル化ポリスルフィッド、スルホアルキル化ポリフェニレン、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルスルホンが挙げられる。炭化水素系電解質の例としては、スルホアルキルエーテル化ポリフェニレンが挙げられる。
【0034】
電極触媒層21,31の電極触媒部22,32に用いられるアノード触媒やカソード触媒(総称して電極反応触媒)としては、固体高分子形燃料電池における酸化還元反応(電極反応)を促進する金属であれば特段の限定はなく、従前のものを利用することができる。例えば、Pt、Au、Ag、Pd、Ir、Rh、Ru、Fe、Co、Ni、Cr、W、Mn、V、Ti、またはこれらの合金が挙げられる。電極反応触媒となる金属の粒径は1〜30 nmが好ましい。これらの電極反応触媒をカーボン等の担体に担持させることで高価な触媒材料の使用量を最小限に抑えている。電極反応触媒の担持量としては、電極触媒部の単位面積あたり0.01〜20 mg/cm2が好ましい。
【0035】
また、電極反応触媒を担持させる導電材としては、電極反応に対する耐食性と電子導伝性とを有していれば特段の限定はないが、しばしば炭素材料が利用される。炭素材料としては、例えば、ファーネスブラック、チャンネルブラック、アセチレンブラック等のカーボンブラック、カーボンナノチューブ等の繊維状炭素、活性炭、または黒鉛を用いることができ、これらは単独で、または混合して使用することができる。
【0036】
電極触媒層21,31(電極触媒部22,32および過酸化物分解部23,33)には、必要に応じて撥水剤や結着剤(バインダ)が含まれていてもよい。撥水剤としては、例えばフッ素化カーボンが使用される。また、バインダとしては、高分子電解質膜11と同系統の電解質材料の溶液を用いることが接着性の観点から好ましいが、他の各種樹脂を用いても差し支えない。バインダに撥水性を有する含フッ素樹脂、例えばポリテトラフロロエチレン、テトラフロロエチレン−パーフロロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフロロエチレン−ヘキサフロロプロピレン共重合体を加えてもよい。
【0037】
本発明に係る膜・電極接合体(MEA)16の製造方法についても、電極触媒層21,31として電極触媒部22,32および過酸化物分解部23,33をそれぞれ形成すること以外に特段の制限はなく、公知の方法を適用することができる。膜・電極接合体の製造方法の例としては、次のような方法がある。(a)導電材(例えばカーボン)に担持させた電極反応触媒粉末(Pt)とポリテトラフロロエチレン懸濁液とを混合して電極触媒部用の塗布液を用意し、過酸化物分解触媒とポリテトラフロロエチレン懸濁液や電解質材料の溶液とを混合して過酸化物分解部用の塗布液を用意する。(b)それぞれの塗布液を所定の配置(図4参照)となるようにカーボンペーパーに塗布し、熱処理して電極触媒部と過酸化物分解部(電極触媒層)を形成する。(c)高分子電解質膜11と同一の電解質材料溶液またはフッ素系電解質材料溶液をバインダとして電極触媒層の表面全体に塗布し、ホットプレスにより高分子電解質膜11と一体化する。
【0038】
上記のようにして製造したMEA 16を用いて図4に示したようにガス拡散層4,5を配置し、図1のように組み上げることで本発明に係る固体高分子形燃料電池の単セルを形成することができる。本発明に係る固体高分子形燃料電池を用いた燃料電池装置(燃料電池システム)において特段の限定はなく、従来から提案されている様々な形態に適用できる。例えば、本発明に係る燃料電池本体と該燃料電池本体に供給される水素を貯蔵する水素ボンベとを1つのケース内に収容することでポータブル電源を提供できる。また、本発明に係る固体高分子形燃料電池を直接メタノール形燃料電池に適用することもできる。
【0039】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はここに開示した実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0040】
[実施例1の作製]
(高分子電解質膜の作製)
特開2002−110174号公報の実施例14に記載の方法を参考にして、イオン交換容量が1.3 meq/g、数平均分子量MNが8×104 g/molのスルホメチル化ポリエーテルスルホンを作製し、これを電解質Eとした。電解質Eの濃度が15質量%になるようにN-メチル-2-ピロリドン(NMP)に溶解し、電解質Eの溶液を作製した。特開2005−216667号公報に記載のポリオレフィン多孔質膜に電解質Eの溶液を含侵させた後、加熱乾燥処理、硫酸および水への浸漬洗浄処理、乾燥処理を施して、膜厚が40μmの高分子電解質膜を作製した。数平均分子量測定の説明は後述する。
【0041】
(膜・電極接合体(MEA)の作製)
カーボンブラック担体上にPt微粒子を70質量%分散担持させた電極反応触媒の粉末と、5質量%のポリパーフルオロスルホン酸とを、1-プロパノール、2-プロパノールおよび水で構成された混合溶媒中に混合して電極反応触媒スラリーを調整した。Ptの量が0.4 g/cm2となるように上記で作製した高分子電解質膜の両面にそれぞれ該スラリーをスプレー塗布し、アノード電極触媒部およびカソード電極触媒部を配置した。その後、120℃、13 MPaの条件でホットプレスして縦30 mm、横30 mm、厚さ約20μmのアノード電極触媒部およびカソード電極触媒部を形成した。
【0042】
次に、カーボンブラックにPtを20質量%添加した混合粉末と、5質量%のポリパーフルオロスルホン酸とを、1-プロパノール、2-プロパノールおよび水で構成された混合溶媒中に混合して過酸化物分解触媒スラリーを調整した。Ptの量が0.4 g/cm2となり、かつ上記で形成したアノード電極触媒部およびカソード電極触媒部の外周を取り囲むようにそれぞれ該スラリーをスプレー塗布し、アノード側過酸化物分解部およびカソード側過酸化物分解部を配置した。その後、120℃、13 MPaの条件でホットプレスして幅5 mm、厚さ約20μmのアノード側過酸化物分解部およびカソード側過酸化物分解部を形成した。これにより、本発明に係るMEA(図4参照)が作製された。
【0043】
(固体高分子形燃料電池の作製)
上記MEAのアノード電極触媒層(アノード電極触媒部およびアノード側過酸化物分解部)の外側にアノード側ガス拡散層を密着配置し、カソード電極触媒層(カソード電極触媒部およびカソード側過酸化物分解部)の外側にカソード側ガス拡散層を密着配置した。このとき、ガス拡散層の外縁全周が過酸化物分解部の領域内で接するように配置した(図4参照)。すなわち、ガス拡散層の外形は、電極触媒部の外形よりも大きく、過酸化物分解部の外形(電極触媒層の外形)よりも小さく設定されている。
【0044】
つぎに、図2に示したようにアノード側ガス拡散層の外側にアノード側セパレータを配置し、カソード側ガス拡散層の外側にカソード側セパレータを配置して全体を挟圧し、実施例1の固体高分子形燃料電池を作製した。なお、燃料ガスおよび酸化剤ガスの気密性を確保するためのパッキン(図示せず)をMEAの外周領域と各セパレータとの間に介在させた。
【0045】
[実施例2の作製]
(膜・電極接合体(MEA)の作製)
実施例1と同じ高分子電解質膜を用意した。次に実施例1と同様に、カーボンブラック担体上にPt微粒子を70質量%分散担持させた電極反応触媒の粉末と、5質量%のポリパーフルオロスルホン酸とを、1-プロパノール、2-プロパノールおよび水で構成された混合溶媒中に混合して電極反応触媒スラリーを調整した。Ptの量が0.4 g/cm2となるように高分子電解質膜の両面に該スラリーをスプレー塗布し、アノード電極触媒部およびカソード電極触媒部を配置した。その後、120℃、13 MPaの条件でホットプレスして、縦30 mm、横30 mm、厚さ約20μmのアノード電極触媒部およびカソード電極触媒部を形成した。
【0046】
次に、カーボンブラックにCeO2を20質量%添加した混合粉末と、5質量%のポリパーフルオロスルホン酸とを、1-プロパノール、2-プロパノールおよび水で構成された混合溶媒中に混合して過酸化物分解触媒スラリーを調整した。CeO2の量が0.1 g/cm2となり、かつ上記で形成したアノード電極触媒部およびカソード電極触媒部の外周を取り囲むようにそれぞれ該スラリーをスプレー塗布し、アノード側過酸化物分解部およびカソード側過酸化物分解部を配置した。その後、120℃、13 MPaの条件でホットプレスして幅5 mm、厚さ約20μmのアノード側過酸化物分解部およびカソード側過酸化物分解部を形成した。これにより、本発明に係るMEA(図4参照)が作製された。
【0047】
(固体高分子形燃料電池の作製)
上記MEAのアノード電極触媒層(アノード電極触媒部およびアノード側過酸化物分解部)の外側にアノード側ガス拡散層を密着配置し、カソード電極触媒層(カソード電極触媒部およびカソード側過酸化物分解部)の外側にカソード側ガス拡散層を密着配置した。このとき、ガス拡散層の外縁全周が過酸化物分解部の領域内で接するように配置した(図4参照)。すなわち、ガス拡散層の外形は、電極触媒部の外形よりも大きく、過酸化物分解部の外形(電極触媒層の外形)よりも小さく設定されている。
【0048】
つぎに、図2に示したようにアノード側ガス拡散層の外側にアノード側セパレータを配置し、カソード側ガス拡散層の外側にカソード側セパレータを配置して全体を挟圧し、実施例2の固体高分子形燃料電池を作製した。なお、燃料ガスおよび酸化剤ガスの気密性を確保するためのパッキン(図示せず)をMEAの外周領域と各セパレータとの間に介在させた。
【0049】
[比較例1の作製]
(膜・電極接合体(MEA)の作製)
実施例1と同じ高分子電解質膜を用意した。次に実施例1と同様に、カーボンブラック担体上にPt微粒子を70質量%分散担持させた電極反応触媒の粉末と、5質量%のポリパーフルオロスルホン酸とを、1-プロパノール、2-プロパノールおよび水で構成された混合溶媒中に混合して電極反応触媒スラリーを調整した。Ptの量が0.4 g/cm2となるように高分子電解質膜の両面に該スラリーをスプレー塗布した。その後、120℃、13 MPaの条件でホットプレスして縦30 mm、横30 mm、厚さ約20μmのアノード電極触媒層およびカソード電極触媒層を形成し、比較例となる従来のMEAを作製した。すなわち、比較例1のMEAにおいては、過酸化物分解触媒を含有し電極触媒部の外周に形成されたリング状の過酸化物分解部が形成されていない。
【0050】
(固体高分子形燃料電池の作製)
上記MEAのアノード電極触媒層の外側にアノード側ガス拡散層を密着配置し、カソード電極触媒層の外側にカソード側ガス拡散層を密着配置した。このとき、アノード側ガス拡散層およびカソード側ガス拡散層5外形が、アノード電極触媒層およびカソード電極触媒層の外形とそれぞれ同じになるように設定した(図2参照)。すなわち、ガス拡散層と電極触媒層とはぴったり重なるように構成されている。
【0051】
つぎに、図2に示したようにアノード側ガス拡散層の外側にアノード側セパレータを配置し、カソード側ガス拡散層の外側にカソード側セパレータを配置して全体を挟圧し、比較例1の固体高分子形燃料電池を作製した。なお、燃料ガスおよび酸化剤ガスの気密性を確保するためのパッキン(図示せず)をMEAの外周領域と各セパレータとの間に介在させた。
【0052】
[比較例2の作製]
(固体高分子形燃料電池の作製)
比較例1と同じMEAを用意した。次に、アノード電極触媒層の外側にアノード側ガス拡散層を密着配置し、カソード電極触媒層の外側にカソード側ガス拡散層を密着配置した。このとき、アノード側ガス拡散層およびカソード側ガス拡散層の外形の大きさが、アノード電極触媒層およびカソード電極触媒層の外形よりもそれぞれ大きくなるように設定した(図3参照)。すなわち、ガス拡散層は電極触媒層に対して覆い被さるような構成になっている。
【0053】
次に、図2に示したようにアノード側ガス拡散層の外側にアノード側セパレータを配置し、カソード側ガス拡散層の外側にカソード側セパレータを配置して全体を挟圧し、比較例2の固体高分子形燃料電池を作製した。なお、燃料ガスおよび酸化剤ガスの気密性を確保するためのパッキン(図示せず)をMEAの外周領域と各セパレータとの間に介在させた。
【0054】
[比較例3の作製]
(膜・電極接合体(MEA)の作製)
図5は、比較例3の固体高分子形燃料電池における膜・電極接合体とガス拡散層との配置関係を示す断面模式図である。実施例1と同じ高分子電解質膜を用意した。次に、カーボンブラックにCeO2を20質量%添加した混合粉末と、5質量%のポリパーフルオロスルホン酸とを、1-プロパノール、2-プロパノールおよび水で構成された混合溶媒中に混合して過酸化物分解触媒スラリーを調整した。CeO2の量が0.1 g/cm2となるように高分子電解質膜の両面に該スラリーをスプレー塗布し、アノード側過酸化物分解層およびカソード側過酸化物分解層を配置した。その後、120℃、13 MPaの条件でホットプレスして、縦30 mm、横30 mm、厚さ約20μmのアノード側過酸化物分解層24およびカソード側過酸化物分解層34を形成した。
【0055】
次に、カーボンブラック担体上にPt微粒子を70質量%分散担持させた電極反応触媒の粉末と、5質量%のポリパーフルオロスルホン酸とを、1-プロパノール、2-プロパノールおよび水で構成された混合溶媒中に混合して電極反応触媒スラリーを調整した。Ptの量が0.4 g/cm2となり、かつ上記で形成したアノード側過酸化物分解層およびカソード側過酸化物分解層に対して積層するようにそれぞれ該スラリーをスプレー塗布し、アノード電極触媒層およびカソード電極触媒層を配置した。その後、120℃、13 MPaの条件でホットプレスして、縦30 mm、横30 mm、厚さ約20μmのアノード電極触媒層2およびカソード電極触媒層3を形成した。これにより、比較例3のMEA 17が作製された。図5に示したように、過酸化物分解層と電極触媒層とはぴったり重なるように構成されている。
【0056】
(固体高分子形燃料電池の作製)
上記MEAのアノード電極触媒層の外側にアノード側ガス拡散層を密着配置し、カソード電極触媒層の外側にカソード側ガス拡散層を密着配置した。このとき、アノード側ガス拡散層およびカソード側ガス拡散層の外形の大きさが、アノード電極触媒層およびカソード電極触媒層の外形よりもそれぞれ大きくなるように設定した(図5参照)。すなわち、ガス拡散層は電極触媒層に対して覆い被さるような構成になっている。
【0057】
次に、図2に示したようにアノード側ガス拡散層の外側にアノード側セパレータを配置し、カソード側ガス拡散層の外側にカソード側セパレータを配置して全体を挟圧し、比較例2の固体高分子形燃料電池を作製した。なお、燃料ガスおよび酸化剤ガスの気密性を確保するためのパッキン(図示せず)をMEAの外周領域と各セパレータとの間に介在させた。
【0058】
[固体高分子形燃料電池の測定評価]
(発電性能評価)
上述で作製した単セルの固体高分子形燃料電池(実施例1〜2、比較例1〜3)を用いて連続発電試験を行い、各燃料電池の発電性能を測定した。単セルを恒温槽に設置し、アノード側セパレータおよびカソード側セパレータ内に設置した熱電対(図示せず)の温度が70℃になるように恒温槽の温度を制御した。単セルの外部に設置した加湿器を用いて電極触媒層を加湿し、加湿器出口付近の露点が70℃になるように加湿器の温度を70〜73℃の間で制御した。負荷電流密度を250 mA/cm2とし、水素利用率が70%、空気利用率が40%となるように燃料ガスと酸化剤ガスを供給して発電した。出力電圧が初期の5%未満となった時点を発電寿命と定義した。結果を表1に示す。
【0059】
(電解質膜の分子量測定)
連続発電による高分子電解質膜の分解・劣化を調査するために、電解質膜の数平均分子量(MN)を測定した。高分子電解質膜の分解・劣化が進行するのに伴って電解質膜材料の数平均分子量が減少していくことから、分解・劣化の程度を評価することができる。該測定は、発電前(単セル組み立て時)と200時間発電後、400時間発電後の単セルに対して、ガス拡散層または電極触媒層の外縁外側領域から高分子電解質膜を切り出して行った。
【0060】
なお、数平均分子量測定に用いたGPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)の測定条件は、以下のとおりである。
GPC装置:東ソー株式会社製、HLC-8220GPC
カラム:東ソー株式会社製、TSKgel SuperAWM-H×2本
溶離液:N-メチル-2-ピロリドン(10 mmol/L臭化リチウム添加)。
【0061】
また、数平均分子量測定は破壊試験であることから、前述の連続発電試験用の単セルとは別個に本測定用の単セルを作製した。結果(それぞれ過酸化物分解部23に接触した電解質の数平均分子量で3箇所の測定値の平均)を表1に併記する。
【0062】
【表1】

【0063】
表1に示したように、実施例1〜2の単セルは、0.74 V以上の初期出力電圧を示し、かつ500時間以上安定して発電可能であることが確認された。一方、比較例1〜2の単セルは、初期出力電圧こそ0.74 V以上と良好であったが発電時間の経過とともに出力低下し、比較例1の単セルが420時間で、比較例2の単セルが300時間で発電寿命を迎えた。また、比較例3の単セルは、初期出力電圧が0.74 V以上であり発電寿命が450時間であった。
【0064】
また、電解質膜の数平均分子量の測定結果から、実施例1〜2の単セルにおいては、高分子電解質膜がほとんど分解・劣化していないことが確認された。これに対し、比較例1〜3の単セルでは、発電時間の経過とともに高分子電解質膜が明らかに分解・劣化していた。
【0065】
以上のことから、本発明に係る固体高分子形燃料電池は、従来技術と同等以上の発電性能(高出力)を有しながら、従来技術よりも長期耐久性に優れている(長寿命である)ことが実証された。すなわち、素材が安価でありながら優れた機械的特性を有する炭化水素系高分子を高分子電解質膜として用い、かつ発電に伴って過酸化物や過酸化物ラジカルが生成したとしてもそれらによる影響を最小限に抑えることによって、低コスト・高出力・高耐久性(長寿命)を兼ね備えた固体高分子形燃料電池を提供することができる。
【0066】
なお、上記の実施例では、ポリオレフィン多孔質膜を芯材として用い、ポリオレフィン多孔質膜に高分子電解質材料の溶液を含侵させて高分子電解質膜を作製したが、芯材を用いずに高分子電解質材料だけで高分子電解質膜を構成してもよい。高分子電解質膜がそのような構成であっても、前述の実施例1〜2と同等な効果が得られる。
【符号の説明】
【0067】
1…高分子電解質膜、2…アノ−ド電極触媒層、3…カソード電極触媒層、
4…アノード側ガス拡散層、5…カソ−ド側ガス拡散層、
6…アノード側セパレータ、7…カソード側セパレータ、
11…高分子電解質膜、15,16,17…膜・電極接合体、
21…アノ−ド電極触媒層、31…カソード電極触媒層、
22…アノ−ド電極触媒部、32…カソード電極触媒部、
23…アノード側過酸化物分解部、33…カソード側過酸化物分解部、
24…アノード側過酸化物分解層、34…カソード側過酸化物分解層、
41…水素、42…燃料側反応残存物、51…空気、52…空気側反応残存物。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子形燃料電池であって、前記固体高分子形燃料電池は、高分子電解質膜と該高分子電解質膜の両面に配置された電極触媒層とが一体的に接合された膜・電極接合体と、前記膜・電極接合体の両面で前記電極触媒層に接するように設けられたガス拡散層とを備え、
前記電極触媒層は、発電の電極反応が行われる膜状の電極触媒部と、過酸化物分解触媒を含有し前記電極触媒部の外周に形成されたリング状の過酸化物分解部とから成り、
前記電極触媒層の主表面が前記ガス拡散層のそれよりも大きく、かつ前記電極触媒層の一方の主表面の全面が前記高分子電解質膜に接合されていることを特徴とする固体高分子形燃料電池。
【請求項2】
請求項1に記載の固体高分子形燃料電池において、
前記ガス拡散層は前記電極触媒層の他方の主表面に対して前記電極触媒部の全面を覆い、かつ前記ガス拡散層の外縁が前記過酸化物分解部の領域内で接していることを特徴とする固体高分子形燃料電池。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の固体高分子形燃料電池において、
前記高分子電解質膜は、多孔質膜に芳香族炭化水素系高分子を含浸させた電解質膜であることを特徴とする固体高分子形燃料電池。
【請求項4】
請求項3に記載の固体高分子形燃料電池において、
前記芳香族炭化水素系高分子がスルホン酸基を有するポリエーテルスルホンであることを特徴とする固体高分子形燃料電池。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の固体高分子形燃料電池において、
前記高分子電解質膜のイオン交換容量が0.3 meq/g以上5.0 meq/g以下であることを特徴とする固体高分子形燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−216380(P2011−216380A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−84761(P2010−84761)
【出願日】平成22年4月1日(2010.4.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 固体高分子形燃料電池実用化戦略的技術開発 要素技術開発 高出力高耐久性炭化水素系膜/電極接合体(MEA)の研究開発委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】