説明

土壌改良材の製造方法

【課題】蒸留残液からなり優れた土壌改良効果が得られる土壌改良材の製造方法を提供する。
【解決手段】稲藁にアンモニア水を混合し、加熱することにより稲藁に含まれるリグニンを解離する。アンモニアを分離し、pHを3〜7に調整する。糖化酵素を添加して、糖化率が80%以上となるように糖化処理する。中和した後、糖化残渣を分離して、糖化溶液を得る。アルコール発酵微生物を添加し、糖のアルコールへの変換率が90%以上となるように発酵処理する。得られた発酵液を蒸留し、アルコールを分離し、アルコール含有量を0.5質量%以下とした蒸留残液を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌改良材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、稲藁等のリグノセルロース系バイオマスを基質として溶媒と混合してなる基質混合物を、微生物が産生する糖化酵素により糖化することにより糖化溶液を得て、該糖化溶液を発酵させることによりエタノールを製造することが知られている。
【0003】
ここで、前記リグノセルロース系バイオマスは、セルロース又はヘミセルロースにリグニンが強固に結合した構成を備えている。そこで、前記リグノセルロース系バイオマスを酵素で糖化しやすくするための前処理方法が提案されている。例えば、前記リグノセルロース系バイオマスにアンモニア及び水を加え、一定時間保持した後に、アンモニアを放散させる前処理方法が知られている。
【0004】
前処理を行うことにより、セルロース又はヘミセルロースに結合しているリグニンの一部が解離し、セルロース若しくはヘミセルロースとリグニンとの間、又はセルロース同士若しくはヘミセルロース同士の間に空隙が生じると考えられている。また、結晶性セルロースが膨潤してセルロースの内部又は、結晶を形成するセルロース間に空隙が生じると考えられている。このため、酵素分子がセルロース又はヘミセルロースに接触しやすくなると考えられている。
【0005】
尚、本願において、解離とは、セルロース又はヘミセルロースに結合しているリグニンの結合部位のうち、少なくとも一部の結合を切断することをいう。また、膨潤とは、液体の浸入により結晶性セルロースを構成するセルロース又はヘミセルロースに空隙が生じ、又は、セルロース繊維の内部に空隙が生じて膨張することをいう。
【0006】
前記エタノールの製造では、前記糖化酵素が高価であるので、該糖化酵素の使用量を低減するために前記基質混合物を低濃度にすることが行われている。ところが、前記基質混合物を低濃度にすると、該基質混合物から得られる糖化溶液も低濃度になり、ひいては該糖化溶液を発酵させて得られるエタノールも低濃度になる。この結果、得られたエタノールを濃縮するために蒸留する際に、蒸留に要する時間及び熱エネルギーが増加するという問題がある。
【0007】
前記問題を解決するために、前記基質混合物を高濃度にすると共に、前記糖化酵素の使用量を増加させ、高濃度のエタノールを得ることが考えられる。この場合には、高価な前記糖化酵素の使用量が増加しコスト増になるため、前記エタノールの製造工程の全体としてのコストを低減する必要がある。また、前記基質混合物の濃度を変えずに前記糖化酵素を低濃度とすると、所望の糖濃度に達するまでの糖化時間が長くなるため、糖化に用いる反応槽を大きくする必要があるという問題もある。
【0008】
前記エタノール製造工程におけるコスト低減の一方策として、前記糖化溶液を発酵させて得られるエタノールを蒸留した際の蒸留残液から無機塩を回収し、有効利用することが考えられる。例えば、前記糖化溶液として、リグノセルロース系バイオマスを硫酸処理した後、アンモニアにより中和したものを用いる場合、前記蒸留残液から無機塩としての硫酸アンモニウムを回収することができる(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−532587号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記硫酸アンモニウムを前記蒸留残液から回収し、精製するためには、前記エタノール製造工程とは別に、複数の処理工程を必要とする。このような処理には、エネルギーを必要とするため、エタノール製造工程におけるコストを十分に低減することができない。
【0011】
そこで、前記蒸留残液から回収した無機塩を土壌改良材として用いる代わりに、該蒸留残液をそのまま土壌改良材として用いることも考えられる。この場合、肥料中の炭素と窒素との比率(以下「C/N比」とする)を低く抑える必要がある。
【0012】
しかしながら、前記蒸留残液はC/N比が高く、分解されやすい成分を含むため、発酵によってメタンガスが発生し、土壌が腐敗しやすくなるという不都合がある。また、前記蒸留残液中における肥効成分の含有量が低いため、土壌改良材として十分な効果が得られないことがあるという不都合がある。
【0013】
本発明は、かかる不都合を解消して、蒸留残液から優れた土壌改良効果を得ることができる土壌改良材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
かかる目的を達成するために、本発明の土壌改良材の製造方法は、基質としてのリグノセルロース系バイオマスにアンモニア水を混合してなる基質混合物を所定温度に所定時間保持することによりアンモニア含有糖化前処理物を得る工程と、前記アンモニア含有糖化前処理物からアンモニアを分離して、アンモニア分離糖化前処理物を得る工程と、前記アンモニア分離糖化前処理物のpHを3〜7の範囲に調整する工程と、前記範囲のpHに調整されたアンモニア分離糖化前処理物に糖化酵素を添加して、得られた基質・糖化酵素混合物を糖化率が80%以上となるように糖化処理することにより、糖化処理物を得る工程と、前記糖化処理物をpH調整した後に固液分離して液体成分としての糖化溶液を得る工程、又は、前記糖化処理物を固液分離して糖化溶液を得た後に該糖化溶液のpHを調整する工程と、前記糖化溶液にアルコール発酵微生物を添加して、前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率が90%以上となるようにアルコール発酵処理する工程と、前記アルコール発酵処理後の発酵液を、蒸留することによりアルコールを分離し、アルコール含有量を0.5質量%以下とした蒸留残液を得る工程とを備えることを特徴とする。
【0015】
尚、ここで「糖化率」は、基質中に含まれたセルロース及びヘミセルロースの糖に変換された割合を百分率で示す。また、「糖のアルコールへの変換率」は、糖化溶液中の糖のアルコールに変換された割合を百分率で示す。
【0016】
本発明の土壌改良材の製造方法では、まず、前記リグノセルロース系バイオマスにアンモニア水を混合して基質混合物を得る。そして、前記基質混合物を、所定温度に所定時間保持してアンモニア含有糖化前処理物を得る。
【0017】
前記アンモニア含有糖化前処理物は、セルロース若しくはヘミセルロースに結合しているリグニンの一部が解離され、又は結晶性セルロースが膨潤されている。この結果、セルロース若しくはヘミセルロースとリグニンとの間、又は結晶性セルロースを構成するセルロース繊維の間若しくは内部に空間が生じ、糖化酵素分子がセルロース及びヘミセルロースに接触しやすくなるために、酵素糖化が容易になると考えられる。
【0018】
次に、前記アンモニア含有糖化前処理物からアンモニアを分離することにより、アンモニア分離糖化前処理物を得る。前記アンモニア分離糖化前処理物は、アンモニアが残存しており、アルカリ性である。そこで、前記アンモニア分離糖化前処理物を糖化酵素の活動に適した酸性領域にするために酸を添加して、該アンモニア分離糖化前処理物のpHを3〜7の範囲に調整する。
【0019】
前記アンモニア分離糖化前処理物のpHの範囲は、前記糖化酵素が作用し得るpHであり、前記範囲外では、該糖化酵素により前記セルロース又はヘミセルロースを糖化することが困難である。
【0020】
次に、前記範囲のpHに調整されたアンモニア分離糖化前処理物に糖化酵素を添加して、基質・糖化酵素混合物を得る。そして、前記糖化酵素により、前記基質・糖化酵素混合物に含まれる前記セルロース又はヘミセルロースを、糖化率が80%以上となるように糖化処理することにより、糖化処理物を得る。前記糖化率が80%以上となるように糖化処理することにより、後工程で前記糖化処理物を固液分離して得られる糖化溶液に含まれる炭素の量を増やすことができる。
【0021】
次に、前記糖化処理物をpH調整した後に、固液分離して液体成分としての糖化溶液を得る。あるいは、前記糖化処理物を固液分離して糖化溶液を得た後に、該糖化溶液のpHを調整する。これにより、前記糖化溶液のpHを、後工程のアルコール発酵処理に適した範囲に調整する。
【0022】
次に、得られた糖化溶液にアルコール発酵微生物を添加して、前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率が90%以上となるようにアルコール発酵処理する。尚、本願において、アルコール発酵微生物とは、糖をアルコール、例えば、エタノールに変換することができる微生物をいう。前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率が90%以上となるように処理することにより、後工程の蒸留工程におけるアルコール回収率を高くし、蒸留残液中のアルコール含有量を低くすることができる。
【0023】
前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率が90%より小さいと、後工程の蒸留工程で得られる蒸留残液に含まれる未発酵の糖の量、即ち、炭素の量が増えるために、該蒸留残液のC/N比を低くすることができない。また、前記発酵工程で副産物としての有機酸の産生量が増加し、後工程の蒸留工程におけるアルコール回収率が低くなる結果、蒸留残液中のアルコール含有量を低くすることが困難になる。
【0024】
前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率は、次のようにして算出する。まず、糖化工程で生成した糖化溶液の糖量を求め、該糖量から生成するアルコールの理論的生成量を求める。例えば、糖がグルコースの場合、次式に示すように、理論的には、180gのグルコースから92gのエタノールが生成する。
【0025】
12 → 2COH + 2CO
次に、実際に生成したエタノール量を前記理論的生成量で除して百分率で表したものを、糖のアルコールへの変換率とする。
【0026】
次に、得られた発酵液を蒸留することによりアルコールを分離し、濃縮する。この結果、アルコール含有量を0.5質量%以下とした蒸留残液を得ることができる。
【0027】
本発明の製造方法によれば、前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率が90%以上となっているため、前記発酵液中における未発酵の糖の量及び発酵工程の副生成物である有機酸の産生量が低く抑えられている。その結果、前記蒸留工程において、前記発酵液に含まれる炭素の大部分を占めるアルコールを分離し、蒸留残液中のアルコール含有量を0.5質量%以下とすることにより、前記蒸留残液のC/N比を十分に低減させることができる。従って、得られた蒸留残液を土壌改良材として用いることにより、優れた土壌改良効果を得ることができる。
【0028】
前記蒸留残液のアルコール含有量が0.5質量%を超えると、該蒸留残液中の炭素の量が増えるために、該蒸留残液のC/N比を低くすることができない。
【0029】
本発明の土壌改良材の製造方法において、前記アンモニア水は20〜30質量/体積%の範囲の濃度を備え、前記基質混合物を25〜100℃の範囲の温度に加熱して、該範囲の温度に所定時間保持することにより前記基質からリグニンを解離し、又は該基質を膨潤させることが好ましい。これにより、糖化酵素による糖化処理を効率よく行うことができる。
【0030】
前記アンモニア水の濃度は20質量/体積%未満であると、前記基質からのリグニンの解離、又は基質の膨潤が十分に起こらないだけでなく、アンモニアの放散や回収に多くのエネルギーが必要となることがある。一方、前記アンモニア水の濃度が30質量/体積%を超えると、アンモニアの蒸気圧によって圧力が高くなり、専用の高圧容器が必要になることがある。
【0031】
また、前記加熱温度が25℃未満であると、前記基質からのリグニンの解離、又は基質の膨潤に時間がかかることがある。この場合、前記アンモニア含有糖化前処理物の時間当たりの生成量を増やすために、前記基質混合物を貯留する容器を大きくしなければならないことがある。一方、前記加熱温度が100℃を超えると、その後の酵素糖化性能に変化はないものの、前記容器にバイオマスが固着してしまうことがある。
【0032】
また、本発明の土壌改良材の製造方法において、前記糖化酵素としては、例えば、アクレモニウム属の菌又はトリコデルマ属の菌由来のセルラーゼを用いることができる。
【0033】
本発明の土壌改良材の製造方法において、前記アルコール発酵微生物としては、例えば、サッカロミセス属酵母又はピキア属酵母から選択される1種以上の微生物を用いることができる。これらの微生物を用いることにより、前記アルコールとしてエタノールを得ることができる。
【0034】
また、本発明の土壌改良材の製造方法において、前記蒸留残液はC/N比が20以下であることが好ましい。このとき、前記蒸留残液から炭素分を完全に除去することは困難であるので、該蒸留残液は2〜20の範囲のC/N比を備えることがより好ましい。
【0035】
前記C/N比が2未満であると、土壌改良材としては優れている。しかし、前記蒸留残液のC/N比が2未満となるように該蒸留残液から炭素分を除去することは困難であり、該炭素分を除去するためのコストが増大することがある。
【0036】
一方、前記C/N比が20を超えると、前記蒸留残液を土壌改良材として用いたときに、残留する炭素分によってメタンガスが発生することがある。あるいは、前記蒸留残液を土壌改良材として用いたときに、土壌微生物が該蒸留残液に含まれる炭素を利用して増殖する際に該蒸留残液に含まれる窒素をも取り込むために、作物が窒素飢餓に陥る虞がある。同時に、土壌中の酸素も消費されるため、土壌が還元状態になって硫化水素が発生し、作物の生育に影響する虞がある。
【0037】
本発明の土壌改良材の製造方法において、前記アンモニア分離糖化前処理物のpH調整は、リン酸、リン酸塩、硝酸又は硫酸の少なくとも一つを添加することにより行われることが好ましい。前記リン酸としては、リン酸(HPO)、ピロリン酸(H)、メタリン酸((HPO)等を挙げることができる。また、前記リン酸塩としては、例えば、KHPO、NaHPO等を挙げることができる。
【0038】
リン酸またはリン酸塩を用いるときには、蒸留残液中における肥効成分としてのリン酸の含有量を増加させることができる。また、硝酸を用いるときには、蒸留残液中における肥効成分として、硝酸由来の窒素の含有量を増加させることができる。
【0039】
従来のエタノール製造工程では、前記アンモニア分離糖化前処理物のpH調整を硫酸により行っているが、硫酸は硫黄を含むため、過剰に用いると硫黄が硫化水素となりやすい。これに対して本発明の製造方法では、リン酸、リン酸塩又は硝酸の少なくとも一つを用いることができるので、硫化水素を発生する虞がない。また、土壌に硫黄分が少ない場合は、肥効成分としての硫黄分を添加するために硫酸を用いることもできる。この場合、安価な硫酸を用いることができるので、製造コストを低減することができる。
【0040】
前記リン酸、リン酸塩、硝酸または硫酸は、土壌に不足している肥効成分の種類と量とに応じて、いずれか一つを単独で用いてもよく、二つ以上を混合して用いてもよい。
【0041】
本発明の土壌改良材の製造方法において、前記糖化処理物又は前記糖化溶液のpH調整は、水酸化カリウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム又は水酸化ナトリウムの少なくとも一つを添加することにより行われることが好ましい。これにより、蒸留残液中における肥効成分としてのカリウム、カルシウム、マグネシウムの含有量を増加させることができる。
【0042】
前記水酸化カリウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウムまたは水酸化マグネシウムは、土壌に不足している肥効成分の種類と量とに応じて、いずれか一つを単独で用いてもよく、二つ以上を混合して用いるようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の土壌改良材の製造方法の一実施形態を示すフローチャート。
【図2】本発明の土壌改良材を施用した水稲の収穫時の穂数を示すグラフ。
【図3】本発明の土壌改良材を施用した水稲の収穫時の穂重を示すグラフ。
【図4】本発明の土壌改良材を施用したソルガムの播種20日後の葉緑素量を示すグラフ。
【図5】本発明の土壌改良材を施用したソルガムの播種20日後の乾物重を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0044】
次に、添付の図面を参照しながら本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。
【0045】
図1に示すように、本実施形態の土壌改良材の製造方法では、まず、基質としてリグノセルロース系バイオマスの一つである稲藁を粗粉砕したものにアンモニア水を混合して、稲藁及びアンモニアを含む基質混合物を得る。そして、前記基質混合物を攪拌する。前記基質混合物は、密閉された容器中で攪拌することにより、常温付近における攪拌中のアンモニアの放散を低減することができる。また、加熱下で攪拌する場合は、アンモニアの放散を防ぐために圧力容器を用いるとよい。
【0046】
ここで、前記アンモニア水は、20〜30質量/体積%の範囲の濃度、例えば25質量/体積%であり、前記アンモニア水に対し、稲藁が、好ましくは20〜70質量%の範囲、より好ましくは50〜60質量%の範囲となるようにする。そして、得られた前記基質混合物を、25〜100℃の範囲の温度で、2〜200時間の範囲の時間保持する。例えば、80℃では8時間、25℃では200時間保持する。
【0047】
この結果、前記基質である稲藁からリグニンが解離され、又は稲藁が膨潤されたアンモニア含有糖化前処理物が得られる。前記アンモニア含有糖化前処理物は、前記アンモニア水による処理の結果として、pHが13〜14の範囲となっている。
【0048】
そこで、前記アンモニア含有糖化前処理物からアンモニアを放散させてアンモニアを分離し、アンモニア分離糖化前処理物を得る。分離されたアンモニアは、再び凝縮させられて回収される。
【0049】
続いて、アンモニア分離糖化前処理物のpH調整を行う。前記アンモニア分離糖化前処理物のpH調整は、リン酸、リン酸塩、硝酸又は硫酸の少なくとも一つを添加して、前記アンモニア分離糖化前処理物のpHを3〜7の範囲、好ましくはpH4〜4.5にすることにより行う。前記pHの範囲は、後述の糖化酵素が作用し得る範囲である。
【0050】
また、硫酸でpHを調整した後、最終的にリン酸、リン酸塩又は硝酸を用いてpHを調整することもできる。リン酸、リン酸塩又は硝酸を添加した場合には、土壌改良材の肥効成分を増やすことができる。硫酸を添加した場合は、前記肥効成分を増やすことにはならないが、硫黄分が少ない土壌の場合には、硫黄分を土壌に補給できるため、有効な土壌改良材として働く。
【0051】
リン酸、リン酸塩、硝酸、硫酸の添加量は、最終的に目標とするpH値や、本実施形態によって得られる土壌改良材を還元する土壌の特性、つまり土壌のpHや窒素、リン、カリウム等の肥効成分の量によって決められる。
【0052】
また、前記アンモニア分離糖化前処理物のpH調整時に、植物の育成に有用な成分であるカルシウムをさらに添加してもよい。カルシウムの添加量は、本実施形態によって得られる土壌改良材を還元する土壌のpH値やカルシウム量によって決められる。
【0053】
次に、前記範囲のpHに調整された前記アンモニア分離糖化前処理物に糖化酵素を添加して、基質・糖化酵素混合物を調製する。前記糖化酵素は、微生物が産生する糖化酵素であり、例えば、アクレモニウムセルラーゼ(商品名、meiji seika ファルマ株式会社製)、GC220(商品名、ジェネンコア社製)等を、前記基質・糖化酵素混合物の全量に対して3.23〜32.28質量%の範囲となるように添加する。このとき、前記基質・糖化酵素混合物の基質濃度は、15〜30質量%であることが好ましい。
【0054】
次に、前記基質・糖化酵素混合物を、30〜60℃の範囲の温度、例えば50℃の温度に、50〜150時間、例えば72時間保持して、糖化処理を行う。前記糖化処理により、前記基質・糖化酵素混合物に含まれる前記セルロース又はヘミセルロースが、前記糖化酵素の作用により加水分解され、80%以上の糖化率で糖化される。この結果、例えば、グルコースやキシロース等の糖が含まれる糖化処理物を得ることができる。
【0055】
次に、本実施形態では、前記糖化処理物のpH調整を行う。前記糖化処理物のpH調整は、アルコール発酵におけるアルコールへの変換が効率よく進行するように、例えば、pHを3〜7の範囲になるように行う。
【0056】
前記pH調整は、前記糖化処理物に水酸化カリウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウム又は水酸化マグネシウムを添加することにより行うことができる。カリウム、カルシウム、マグネシウムは共に植物の育成に有用な成分であり、その添加量は他の肥効成分の量によって適宜決められる。なお、酸化カルシウム又は水酸化カルシウムあるいは従来から用いられている水酸化ナトリウムを用いて行うことによりコストを低減することができるが、この場合には後述の蒸留残液の肥効成分は増加しない。
【0057】
前記糖化処理物は、前述のようにグルコースやキシロース等の糖を含む一方、リグニン、セルロースまたはヘミセルロースの分解生成物や未反応の稲藁等を糖化残渣として含んでいる。そこで、次に、前記糖化処理物を固液分離することにより、糖化残渣を分離すると共に、液体成分としての糖化溶液を回収する。このとき、前記固液分離により回収された糖化溶液に対してpH調整を行ってもよい。
【0058】
前記固液分離は、例えば、遠心分離、濾過等により行うことができる。前記糖化溶液は、さらに限外濾過膜(UF膜)等を用いて糖化酵素を除去することができる。
【0059】
次に、前記固液分離により回収された糖化溶液にアルコール発酵微生物を添加して、糖化溶液・発酵微生物混合物を調整する。前記アルコール発酵微生物は、例えば、サッカロミセス属酵母、ピキア属酵母、コリネ型細菌等を挙げることができる。例えば、前記アルコール発酵微生物として、サッカロミセス属酵母又はピキア属酵母のいずれか一方を用いる場合には、前記糖化溶液の全量に対して、乾燥菌体重量で0.01〜2%の範囲となるように添加する。
【0060】
サッカロミセス属酵母としては、例えば、サッカロミセス・セレビシエを挙げることができ、ピキア属酵母としては、例えば、ピキア・スティピティスを挙げることができる。サッカロミセス・セレビシエ又はピキア・スティピティスを用いる場合には、糖化溶液・発酵微生物混合物のpHを4〜5の範囲になるようにする。
【0061】
また、前記コリネ型細菌としては、例えば、コリネバクテリウム・グルタミカムを挙げることができる。コリネバクテリウム・グルタミカムを用いる場合には、糖化溶液・発酵微生物混合物のpHを7とする。
【0062】
次に、前記糖化溶液・発酵微生物混合物を、嫌気条件下で30〜40℃の範囲の温度に、12〜48時間、例えば、24時間保持して、アルコール発酵処理を行う。前記発酵処理の際、炭酸ガスが発生してpHが上昇することがあるので、適宜水酸化カリウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム又は水酸化ナトリウムを添加して、発酵に適したpHになるように調整する。前記発酵処理により、前記糖化溶液・発酵微生物混合物に含まれる前記グルコースやキシロース等の糖が、前記アルコール発酵微生物の作用により、90%以上の変換効率でアルコールに変換される。この結果、アルコールとして、例えば、エタノールを含有する発酵液を得ることができる。
【0063】
次に、前記発酵液に含まれるアルコールを濃縮するために、蒸留処理を行う。前記蒸留処理は、前記発酵液を凝縮器とリボイラとを備える蒸留塔に送り、脱水処理を繰り返すことにより行う。この結果、前記発酵液から精製アルコールが分離され、アルコール含有量が0.5質量%以下の蒸留残液を得ることができる。
【0064】
稲藁は通常50〜60の範囲のC/N比を備えているが、前記蒸留残液は、前記アルコールが分離された結果、C/N比が2〜20の範囲に低下している。また、前記蒸留残液は、前記各pH調整の結果、肥効成分である窒素、リン酸、カリウム、カルシウム、マグネシウムの含有量が増加している。従って、前記蒸留残液を土壌改良材として土壌に還元することにより、優れた土壌改良効果を得ることができる。
【0065】
次に、本発明の実施例及び比較例を示す。
【実施例】
【0066】
〔実施例1〕
本実施例では、まず、基質として含水率10質量%程度の稲藁をカッターミルにて2〜5mm程度の稲藁片に粉砕し、該稲藁片と26質量/体積%のアンモニア水とを1:1の質量比で混合し、稲藁及びアンモニアを含む基質混合物を得た。次に、前記基質混合物を常温(25℃)で96時間保持して、基質としての稲藁からリグニンが解離され、又は稲藁が膨潤されたアンモニア含有糖化前処理物を得た。
【0067】
次に、前記アンモニア含有糖化前処理物を25〜60℃の範囲の温度に加熱して、アンモニアを放散させてアンモニアを分離し、アンモニア分離糖化前処理物を得た。放散させたアンモニアはスクラバーで水に吸収させ、アンモニア水として再利用に供した。
【0068】
次に、前記アンモニア分離糖化前処理物の含水率を測定し、残存しているアンモニア成分を、少量の水を添加しながら5質量%リン酸で中和し、pH4に調整した。次に、前記pHに調整された前記アンモニア分離糖化前処理物に、糖化酵素としてアクレモニウムセルラーゼ(商品名、meiji seika ファルマ株式会社製)を、終濃度が8質量%になるように添加し、基質・糖化酵素混合物を得た。
【0069】
次に、前記基質・糖化酵素混合物に、該基質・糖化酵素混合物中の基質が26質量%になるように水を添加した後、50℃の温度に72時間保持して糖化処理を行った。前記糖化処理の間、前記基質・糖化酵素混合物を適宜攪拌した。
【0070】
次に、前記糖化処理後、フィルタープレスタイプの固液分離装置により前記基質・糖化酵素混合物から液体成分としての糖化溶液を分離する一方、固形分として糖化残渣を得た。
【0071】
前記糖化溶液における各種糖の濃度は、グルコース116g/リットル、キシロース40g/リットル、アラビノース9g/リットルであり、糖化率は80%であった。
【0072】
次に、前記糖化溶液に対して、公称分画分子量10000の限外濾過膜(商品名:SLP−1053、旭化成ケミカルズ株式会社製)を用いて限外濾過を行い、該糖化溶液中に含まれる前記糖化酵素を分離した。
【0073】
次に、前記糖化酵素が分離された糖化溶液に、アルコール発酵微生物としてサッカロミセス・セルビシエを添加した。前記添加は、前記サッカロミセス・セルビシエを、イーストエキス3g/リットル、モルトエキス3g/リットル、ペプトン5g/リットル、グルコース10g/リットルを含むYM培地を用いて、30℃で一晩培養し、得られた菌液を前記糖化溶液に対して1体積%添加することにより行った。
【0074】
次に、前記アルコール発酵微生物が添加された糖化溶液を30℃の温度に3日間保持して第1のアルコール発酵処理を行い、第1の発酵液を得た。前記第1のアルコール発酵処理の間、前記アルコール発酵微生物が添加された糖化溶液を緩やかに撹拌した。
【0075】
次に、得られた第1の発酵液中のエタノール濃度を、水素炎イオン化検出器付きガスクロマトグラフィー(以下、GC−FIDと略記する)により測定したところ、5.3質量%であった。
【0076】
次に、前記第1の発酵液に対して、公称孔径0.1μmの精密濾過膜(商品名:USP−143、旭化成ケミカルズ株式会社製)を用いて精密濾過を行い、該第1の発酵液中に含まれる前記アルコール発酵微生物を分離した。
【0077】
次に、前記アルコール発酵微生物が分離された第1の発酵液に、アルコール発酵微生物としてピキア・スティピティスを添加した。前記添加は、前記ピキア・スティピティスを前記YM培地を用いて30℃で一晩培養し、得られた菌液を前記第1の発酵液に対して50体積%添加することにより行った。
【0078】
次に、前記アルコール発酵微生物が添加された第1の発酵液を、撹拌下30℃の温度に3日間保持して第2のアルコール発酵処理を行い、第2の発酵液を得た。また、前記第2のアルコール発酵処理の間、前記アルコール発酵微生物が添加された第1の発酵液に、50質量%水酸カリウムを適宜添加して、該第1の発酵液のpHを5〜6の範囲に維持した。
【0079】
次に、得られた第2の発酵液中のエタノール濃度を、GC−FIDにより測定したところ、3.8質量%であった。したがって、得られた第2の発酵液は、グルコース、キシロース、アラビノースに対するエタノール変換効率が90%であることが明らかである。
【0080】
次に、前記第2の発酵液に対して、前記精密濾過膜を用いて精密濾過を行い、該第2の発酵液中に含まれる前記アルコール発酵微生物を分離した。
【0081】
次に、前記アルコール発酵微生物が分離された第2の発酵液を、80℃の温度下で減圧蒸留することにより、該第2の発酵液からエタノールを分離し、蒸留残液を得た。
【0082】
次に、前記蒸留残液中のエタノール濃度を、GC−FIDにより測定したところ、0.5質量%以下であった。
【0083】
以上により、本実施例においては、前記基質としての稲藁1kg当たり約2.65kgの蒸留残液が得られた。前記蒸留残液は、肥効成分として、窒素1.3質量%、リン酸0.14質量%、カリ2.4質量%を含んでおり、C/N比は5.5であった。
【0084】
次に、前記蒸留残液に対して、孔径0.2μmの滅菌フィルター(商品名:NALGENE フィルターユニット、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)を用いて濾過することにより滅菌処理した。
【0085】
次に、愛知県東郷町の水田土壌を目開き1cmの篩に通した後、得られた水田土壌3.5kgを1/5000aワグネルポットに充填したものを4ポット用意した。
【0086】
次に、代掻き前10日に、本実施例で得られた蒸留残液11.15g/potを土壌改良材として前記ポットに施用し、土壌と十分に混和した。
【0087】
次に、慣行法に従って、22日間育苗した水稲(コシヒカリ)を前記ポットに移植し、以降温室内で栽培を行った。
【0088】
次に、出穂前20日及び出穂前6日に、本実施例で得られた蒸留残液5.575g/potを前記ポットに施用し、土壌と十分に混和した。したがって、前記ポットに施用された本実施例の蒸留残液は、全体として22.3g/potであった。
【0089】
収穫時の穂数を4ポットの平均値として図2に、穂重を4ポットの平均値として図3に示す。
【0090】
〔比較例1〕
本比較例では、土壌に何も施用しなかった以外は、実施例1と全く同一にして、水稲の栽培を行った。収穫時の穂数を4ポットの平均値として図2に、穂重を4ポットの平均値として図3に示す。
【0091】
〔比較例2〕
本比較例では、前記蒸留残液に代えて、風乾重で8.4gの稲藁を土壌改良材として施用した以外は、実施例1と全く同一にして、水稲の栽培を行った。前記稲藁は、肥効成分として、窒素0.54質量%、リン酸0.17質量%、カリ0.39質量%を含んでおり、C/N比は45であった。収穫時の穂数を4ポットの平均値として図2に、穂重を4ポットの平均値として図3に示す。
【0092】
図2及び図3から、実施例1では、穂数、穂重共に比較例1,2より高い値となっており、本発明の製造方法により得られる蒸留残液からなる土壌改良材によれば、優れた土壌改良効果を得ることができることが明らかである。
【0093】
尚、実施例1では、前記アンモニア分離糖化前処理物に残存しているアンモニア成分の中和に、リン酸を用いているが、リン酸に代えてリン酸塩を用いた場合にも同等の効果を得ることができた。
【0094】
〔実施例2〕
本実施例では、まず、実施例1と全く同一にして蒸留残液を得た。
【0095】
次に、愛知県東郷町の畑土壌である赤土を目開き1cmの篩に通した後、得られた畑土壌3.5kgを1/5000aワグネルポットに充填したものを4ポット用意した。
【0096】
次に、播種3日前に、本実施例で得られた蒸留残液22.3g/potを土壌改良材として前記ポットに施用し、土壌と十分に混和した。
【0097】
次に、ソルガム(那系MS−3B)を播種し、20日間温室内で栽培を行った。播種20日後の葉身の葉緑素量を、葉緑素計(商品名:SPAD−502Plus、コニカミノルタセンシング株式会社製)を用いてSPAD値として測定した。結果を4ポットの平均値として図4に示す。
【0098】
また、播種20日後の地上部の乾物重を測定した。結果を4ポットの平均値として図5に示す。
【0099】
〔比較例3〕
本比較例では、土壌に何も施用しなかった以外は、実施例2と全く同一にして、ソルガムの栽培を行った。播種20日後の葉身の葉緑素量を、実施例2と全く同一にして測定した。結果を4ポットの平均値として図4に示す。
【0100】
また、播種20日後の地上部の乾物重を測定した。結果を4ポットの平均値として図5に示す。
【0101】
図4,5から、実施例2では、葉身の葉緑素量、地上部の乾物重共に比較例3より高い値となっており、本発明の製造方法により得られる蒸留残液からなる土壌改良材によれば、優れた土壌改良効果を得ることができることが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基質としてのリグノセルロース系バイオマスにアンモニア水を混合してなる基質混合物を所定温度に所定時間保持することによりアンモニア含有糖化前処理物を得る工程と、
前記アンモニア含有糖化前処理物からアンモニアを分離して、アンモニア分離糖化前処理物を得る工程と、
前記アンモニア分離糖化前処理物のpHを3〜7の範囲に調整する工程と、
前記範囲のpHに調整されたアンモニア分離糖化前処理物に糖化酵素を添加して、得られた基質・糖化酵素混合物を糖化率が80%以上となるように糖化処理することにより、糖化処理物を得る工程と、
前記糖化処理物をpH調整した後に固液分離して液体成分としての糖化溶液を得る工程、又は、前記糖化処理物を固液分離して糖化溶液を得た後に該糖化溶液のpHを調整する工程と、
前記糖化溶液にアルコール発酵微生物を添加して、前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率が90%以上となるようにアルコール発酵処理する工程と、
前記アルコール発酵処理後の発酵液を、蒸留することによりアルコールを分離し、アルコール含有量を0.5質量%以下とした蒸留残液を得る工程とを備えることを特徴とする土壌改良材の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の土壌改良材の製造方法において、前記アンモニア水は20〜30質量/体積%の範囲の濃度を備え、前記基質混合物を25〜100℃の範囲の温度に所定時間保持することを特徴とする土壌改良材の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の製造方法において、前記糖化酵素は、アクレモニウム属の菌又はトリコデルマ属の菌由来のセルラーゼであることを特徴とする土壌改良材の製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3記載の製造方法において、前記アルコール発酵微生物は、サッカロミセス属酵母又はピキア属酵母から選択される1種以上の微生物であることを特徴とする土壌改良材の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか1項記載の土壌改良材の処理方法において、前記蒸留残液は2〜20の範囲のC/N比を備えることを特徴とする土壌改良材の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれか1項記載の土壌改良材の製造方法において、
前記アンモニア含有糖化前処理物のpH調整は、リン酸、リン酸塩、硝酸又は硫酸の少なくとも一つを添加することにより行われることを特徴とする土壌改良材の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれか1項記載の土壌改良材の製造方法において、
前記糖化処理物又は前記糖化溶液のpH調整は、水酸化カリウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム又は水酸化ナトリウムの少なくとも一つを添加することにより行われることを特徴とする土壌改良材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−17462(P2012−17462A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−127168(P2011−127168)
【出願日】平成23年6月7日(2011.6.7)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】