説明

土石流堰止構造体築造箇所における安全確保方法

【課題】土石流堰止横造体築造工事現場の上流において土石流が発生した場合、この土石流が工事現場まで到達する時間を大幅に且つ確実に遅延させ、現場作業員が安全に退避できる時間を長く確保できるようにする。
【解決手段】土石流堰止構造体1の築造箇所2の上流の任意の箇所に、該土石流堰止構造体築造中に発生する土石流を一時的に堰止めする網状仮堰止装置4,4Bを設け、この網状仮堰止装置により、その上流で発生する土石流の流れを一時的に堰止めするか、減速させるか、又は一時的堰止めと減速の両方を行い、上記土石流堰止構造体築造箇所までの土石流到達時間を遅延させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砂防ダムや砂防堰堤建設工事時に、工事個所の上流で発生する土石流から工事作業員を守るための安全確保方法に関する。
【背景技術】
【0002】
調査によれば、日本の国土では土石流発生の可能性のある危険渓流が約16万ヶ所あり、土石流発生時に人家に被害を及ぼす可能性のある土石流危険渓流は約8万ヶ所あることが判明している。そのため、そのような土石流危険渓流には随所に砂防ダムが建設され、また建設されつつあるが(特許文献1参照)、建設場所は山奥や山峡のような交通路が整備されていない場所であることが多いため、材料や人員の搬送などに時間を要し、必然的に工期が長くなり、そのため工事期間中に工事現場の上流で土石流が発生し、この工事現場まで到達する可能性が高い。土石流が発生した場合には、いち早く作業員に報知し、速やかに避難させる必要がある。
【0003】
従来、監視員の目視による監視体制や、工事場所から上流へ所定の距離の所にセンサーを設置し、このセンサーによって土石流の発生を検知し、警報を出すようにした安全対策が採られている。
【0004】
【特許文献1】特開2001−207431号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来の監視体制や安全対策は、あくまでも土石流が発生したことを報知するだけであり、工事現場へは比較的に短時間のうちに土石流が到達し、安全に退避できる時間は比較的少ないのが現状である。
【0006】
退避時間を長くするために上記センサーを工事現場より大きく離れた上流位置に設置した場合には、時間を稼ぐことはできるが、高所施工による工事費増加が負担となり、時間の稼ぎ効率が悪くなる。そして、センサー設置位置より下流側で発生した土石流には対処できず、それがたとえ小規模なものであったとしても発生する被害は甚大なものになる。
【0007】
また、従来のセンサーは検知部材として河床に張り渡した線材が多く用いられているが、これら線材は河床を通って移動する野生動物、風、落石などによって誤作動する場合が多く、その度に警報が発せられ、作業の中断を余儀なくされ工事の進捗が阻まれる。
【0008】
このような誤作動による工事の中断は、人的被害を及ぼさない点で甘受可能であるとしても、誤作動が馴れになって、実際の土石流の発生に気付くのが遅れ大事故につながる虞があるため、センサーの状態が正常であるか否かを頻繁に点検し、確認する必要がある。
【0009】
このように、人的監視体制やセンサーによる従来の安全対策は、退避時間が比較的短くしかとれないという問題があり、またセンサーによる場合にはその作動の確実性に限度があり、更にそのような作動の確実性を得るためには保全や維持管理のための多大な手間と時間を必要とする。
【0010】
本発明は、上述の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、土石流が発生した場合、この土石流が工事現場まで到達する時間を大幅に且つ確実に遅延させ、現湯作業員が安全に退避できる時間を出来るだけ長く確保できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成する請求項1に記載の発明は、土石流堰止構造体築造箇所における安全確保方法であって、
網状仮堰止装置により、その上流で発生する土石流のうち少なくとも一部を捕捉して土石の堆積を形成し、
上記網状仮堰止装置によって堰止めることができない後続土石流を上記堆積土石上を通過させ、その流勢を減退させることによって流速を低減し、上記土石流堰止構造体築造箇所までの土石流の到達を遅延させる
ことを特徴とする。
【0012】
上記網状仮堰止装置は、上記従来のセンサーが設置されていた場所に相当する箇所、若しくはその下流側に設置しておくことが好ましい。
【0013】
土石流が発生した湯合、この土石流は、上記網状仮堰止装置の大きさや構造によって決まる捕捉容量に応じて、全部の土石が上記網状仮堰止装置に捕捉されるか、或いは一部の土石が上記網状仮堰止装置に捕捉された堆積土石を乗越えて更に流下する。更に流下する土石流は上記網状仮堰止装置によって捕捉された堆積土石を乗越えなければならず、その際、流勢が殺がれるため、再流下は減速された状態で開始されることになる。
【0014】
仮に、減少せしめられた再流下速度が上記網状仮堰止装置に到達したときの流速の約半分程度であったとすれば、上記網状仮堰止装置から工事現場までの流下時間は、上記網状仮堰止装置が設けられていない場合に比較して約2倍となる。従って、土石流が上記網状仮堰止装置に達した時点で作業員への警報発令を行えば、作業員が十分に安全な場所まで退避する時間を十分に稼ぐことができる。
【0015】
例えば、従来の場合、土石流検知センサー設置箇所から工事現場までの距離をL、土石流速度をUとすると、センサーが土石流を検知して警報を出してから土石流が工事現場へ到達するまでの時間T0は、T0=L/Uとなる。
【0016】
これに対し、上記請求項1に記載の発明によれば、上記網状仮堰止装置が土石流を捕捉するのに要する時間としてTBが確保され、また上記網状仮堰止装置からの越流がある場合に、この網状仮堰止装置における堆積土石による土石流速度の低減率がαであるとすると、上記網状仮堰止装置から工事現場までの土石流の到達時間はL/α・Uとなり(α<1)、全体で稼ぐことのできる時間Tlは次式に示すようになる。
【0017】
l=TB+L/(α・U)
この式から明らかなように、本発明によれば、作業員が退避のために稼ぐことのできる時間は、例えばL=50m、U=10m/秒、α=0.5、TB=5秒であるとすると、Tl=15秒となり、従来のT0=5秒と比較して3倍となる。
【0018】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の方法において、上記網状仮堰止装置が、上端部が上記網状仮堰止装置設置箇所の河床上で任意に定められた高さ位置に保持され、下端部が上記河床に近接して又は該河床に直接的に固定され、上記河道を横切って張り渡されている堰止ネットを有していることを特徴とする。
【0019】
堰止ネットとしては、ワイヤネット或いは下記リングネットが利用可能であるが、これらネットは比較的軽量であるため、上記網状仮堰止装置設置箇所への搬送が容易であり、従って上記網状仮堰止装置の設置作業、設置費用の点で極めて有利である。
【0020】
また、上記ワイヤネット或いはリングネット等の堰止ネットは、それ自件の固有の特性により、土石流を捕捉した際に下流側へ膨らみ、ポケット状に形成される凹所内へ多くの土石を捕捉するように作用するという点で有利であり、また堰止ネットによって受け止めきれない過剰量の土石流は、堰止ネットによる捕捉土石及びその上流側に堆積する滞留土石を乗越えて越流することになり、そのため越流土石流の流速は大きく減少せしめられ、工事現場までの流下時間を長く稼ぐことができる。
【0021】
また、上記堰止ネットは背景が透けて見えるので景観への違和感をあまり与えることがないという点で有利である。
【0022】
請求項3に記載の発明のように、請求項2に記載の方法において、上記堰止ネットを、上記河床に立設され上記河道を横切る方向に間隔を置いて配列された複数本の支柱の上端間に張り渡された上部ホールドロープと、下端部間に張り渡された下部ホールドロープとによって上記上端部と上記下端部をそれぞれ保持するようにすれば、上部ホールドロープと下部ホールドロープとの間で堰止ネットにより土石捕捉用ポケットが効率よく形成され、また比較的規模の小さな土石流用の網状仮堰止装置が比較的短期間で設置でき、また使用する構造部材は軽量のため現地搬入と設置が容易であり、また、構造部材のうち損傷していないものについては、一つの現場が終わった後、他の新しい現場においても使用可能である。
【0023】
請求項4に記載の発明のように、請求項2に記載の方法において、上記堰止ネットを、上記上端部を上記河道の両渓岸に対向設置されたアンカレッジ間に張り渡された主索から垂下する複数本の吊索に結合して上記主索から吊下し、上記下端部を上記河床に定着するようにすれば、上記堰止ネットの上端部を比較的高い位置に置いて、多量の土石を捕捉するようにしても破壊することのない高強度の網状仮堰止装置が得られ、従って比較的規模の大きな土石流が予測され、土石流の発生頻度が高いと推測される現場に適用する場合に有利である。また、請求項3に記載の発明の場合と同様の、土石流が発生しなかった場合における多くの構造部材の他現場への転用容易性の効果も合わせて得られる。
【0024】
請求項5に記載の発明は、請求項2〜4の何れかに記載の方法において、上記堰止ネットは、少なくともその一部が重畳した状態に構成されており、上記堰止ネットの重畳部は該堰止ネットに対する流下土石の衝撃により徐々に展開し、上記堰止ネットの土石捕捉容量が増大することを特徴とするものである。
【0025】
上記の重畳とは、折り返して畳まれた状態、押し縮めて窄めた状態、巻かれた状態を含み、上記堰止ネットの一部又は全体が小さく纏められている状態を意味している。
【0026】
請求項5に記載の発明によれば、網状仮堰止装置設置時にはコンパクトに纏められて保持されていた上記堰止ネットが、土石流の作用により重畳部が展開されて土石捕捉ポケットが増大するので、より多くの土石量を網状仮堰止装置で捕捉して下流の作業現場への土石流下を抑制することができ、また越流して上記の作業現場へ流下する土石流は、大容量の上記捕捉ポケット内及びその後方に滞留する嵩高の土石堆積体の上部を通過する際、同土石堆積体により大幅な減速作用を受けるので、上記作業現場までの流下時間がより長くなり、延いては作業員の避難時間をより長く稼ぐことができる。
【0027】
また、このように上記堰止ネットの少なくとも一部に重畳部を設けることは、工事費の大幅な上昇なしに網状仮堰止装置の土石捕捉容量を増大することができる点で極めて有利である。
【0028】
請求項6に記載の発明は、請求項2〜5の何れかに記載の方法において、上記堰止ネットが多数のリング部材を縦横に連結して形成されて網状に形成されたリングネットであり、上記河道に張り渡された上記リングネットの縦方向に連なっていて相互に直接的な連結状態にないリング部材によって形成されている縦リング部材列中の少なくとも一部の縦リング部材における2つの隣り合うリング部材、又は1つ又は複数個置きの2つのリング部材が連結具によって互いに連結されており、これら連結具による2つのリング部材の連結は、上記リングネットが重畳状態にある時に、当該2つのリング部材を互いに接近させた状態で行われ、上記重畳部の展開時に、当該2つのリング部材間にブレーキ力を及ぼしながら両連結リング部材の離隔を許容するように行われていることを特徴とする。
【0029】
上記リングネットは、例えば特開平10−88527号に記載されているように、多数のリング部材を、それぞれ隣り合うリング部材が内周側で接触して係合するよう、相互に連結することによって構成されているものである。
【0030】
請求項6に記載の発明によれば、上記リングネットに土石流が達し、上記重畳部が展開するよう土石流からの作用を受けたときに、上記連結具によって互いに連結されている2つのリング部材は相互に引き離される方向へ引っ張られるが、その際両リング部材間にブレーキ力が働き、そのブレーキ力により土石流の流下勢力が衰えさせられ、そのようなブレーキ力の働きが上記重畳部全開まで次々に生じるので上記リングネットによる土石流捕捉時間が長くなり、延いては退避時間を長く稼ぐことができることになる。
【0031】
また、請求項7に記載のように、上記連結具による2つのリング部材の連結を、上記重畳部の展開時に、当該2つのリング部材間の連結具に任意に決めた張力以上の張力が作用したときに連結具の破断が生じ、当該2つのリング部材の離隔を許容するように行えば、上記リングネットに土石流が達し、上記重畳部が展開するよう土石流からの作用を受けたときに、上記同様上記連結具によって互いに連結されている2つのリング部材は相互に引き離される方向へ引っ張られるが、その際両リング部材間を連結する連結具の応力により土石流の流下勢力が押えられ、連結具が破断するまで抑制力が働き、この抑制力は上記重畳部が全部展開するまで次々に作用し、上記リングネットで土石流を受ける際の時間が長くなり、延いては退避時間を長く稼ぐことができることになる。
【0032】
また、請求項6及び7に記載のようなリングネットは、衝撃を受けたときに個々のリング部材が変形し、その変形によりリングネット全体が大きく膨出可能であり、従ってリングネットはそれ自体、土石捕捉容量を大きく増大する機能を有するものである。この機能自体は上記特開平10−88527号公報に示されており公知である。
【0033】
請求項8に記載の発明は、請求項6又は7に記載の方法において、上記リングネットのリング部材は、該リングネット内で上部にあるものほど、その引張強度が大きいことを特徴とする。
【0034】
土石流が、上記リングネットに形成されるポケット内に流入するにつれて、土石の下側になるリングネット部分は、河床と堆積土石との間に挟まれ、大きな摩擦力乃至圧縮力は受けるが、さほど大きな張力は受けない。一方、上記ポケットの上側となるリングネット部分は、第1波、第2波と波状的に押し寄せる土石流が上記ポケット内に流れ込むことにより極めて大きな引張力を非均一的に受ける。
【0035】
請求項8に記載の発明によれば、上記リングネットのリング部材が、該リングネット内で上部にあるものほど、その引張強度が大きくなっていることによって、波状的に押し寄せる上記の土石流に対し対抗し、大量の土石を確実に捕捉することができる。
【0036】
リングネットの引張強度を部分的に変化させるには、
(a)径の異なる変形リング部材を用いる、
(b)リング部材を構成する素線経を変更する、
(c)素線の巻き数を変化させる、
等の手法が用いられる。
【0037】
上記(a)の具体例としては、リングネット内の上部にあるリング部材ほど小径のリング部材を用いる。これによって、リングネット内の上部範囲ほどリング部材を形成している材料(例えば鉄)の量が多くなり、結果的に引張強度も大きくなる。
【0038】
上記(b)については、一つ一つの上記リング部材が、一般に、素線を円形に幾重にも巻回し、巻回した複数本の素線の束を円周のうちの何箇所かでクリップにより強固に結束して製作されていることを利用し、リングネットのうちの上部に使用するリング部材の素線径を太くすることによってリングネット上部範囲における引張強度を向上させるようにする。
【0039】
上記(c)については、上記(b)のように製作されるリング部材において、リングネットのうちの上部に使用するリング部材の素線の巻き数を多くすることによってリングネット上部範囲における引張強度を向上させるようにするものである。
【0040】
上記(a)〜(c)は上記のようにそれぞれ単独に実施しても良いが、組み合わせで実施すれば、効果をより向上させることができる。
【0041】
上記のリング部材としては、素線を円形に幾重にも巻回し、巻回した複数本の素線の束を円周のうちの何箇所かでクリップにより強固に結束して製作したもの以外に、素線を巻回する際に、素線同士を互いに絡み合わせて一体化したものであってもよい。
【0042】
請求項9に記載の発明は、請求項1〜8の何れかに記載の方法において、上記網状仮堰止装置に土石流が衝突し、該網状仮堰止装置が変形したときにその変形を検知し、検知信号を出す検知手段を設け、上記検知手段から発信される信号を受けて上記土石流堰止構造体築造箇所で作業する作業員に警報信号を発する警報発生手段を設けることを特徴としている。
【0043】
請求項9に記載の発明によれば、検知手段は網状仮堰止装置の土石流による変形を検知することにより、土石流発生信号を発信するので、誤作動による誤報の発生が確実に排除され、常に正しい警報信号を作業員に対して発することができる。
【発明の効果】
【0044】
本発明によれば、土石流発生時において、土石流堰止横造体築造箇所で作業する作業員の安全地帯への退避時間が十分に得られ、作業員の安全が確保される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0045】
図1は、土石流堰止構造体1を建造中の工事現場2と、この土石流堰止構造体に対して河道3の上流側の距離Lの箇所に設置された安全対策工としての網状仮堰止装置4とを概略的に示している。
【0046】
網状仮堰止装置4は土石流を受け止めた状態で示されているが、該網状仮堰止装置が土石流を受け止め始めたときに、作業員6に対して退避警報が発せられる。警報は、監視員7が大声で行うか、或いは監視員7が警報装置5に信号を送って警報音を発生させるか、或いは土石流を受け止め始めた網状仮堰止装置4が警報装置5に信号を送り、該警報装置5を作動させることによって行われる。
【0047】
その場合、退避のための時間は次のように考えることができる。即ち、網状仮堰止装置4へ到達する時点での土石流の流速をU、網状仮堰止装置4による土石流捕捉時間をTBとすると、網状仮堰止装置4を越流する土石流が工事現場2に到達するまでの時間Tlは、網状仮堰止装置4により形成された堆積土石の作用で越流土石流の流速が半減するとして、Tl=TB+L/(0.5・U)となり、網状仮堰止装置4を設けない場合の到達時間T0=L/Uと比較して、網状仮堰止装置4による土石流捕捉時間TBと、流速が半減した越流土石流がLの距離を流下するのに、網状仮堰止装置4を設けない場合の約2倍の時間を要することにより稼ぐことのできる時間とを合わせた時間だけ長くなる。
【0048】
図2は、上記網状仮堰止装置4の1実施形態を示しており、比較的規模の小さな土石流用として適用されるこの網状仮堰止装置4は、河床30の要所に立設された4本の支柱40a,40b,40c,40dと、これら支柱の上端部に結合され河道3を横切って張り渡された上部ホールドロープ41と、上記支柱の下端部に結合され河道3を横切って張り渡された下部ホールドロープ42と、上下のホールドロープ間に張り渡された堰止ネット43とを有している。
【0049】
上下のホールドロープ41,42はワイヤーロープにて形成されており、その端部がそれぞれ渓岸31に打ち込まれたアンカー41a,41b,42a,42bに繋留され、渓岸に確固に定着される。また、上下のホールドロープ41,42にはそれぞれ複数のブレーキリング41c,42cが取り付けられており、これらブレーキリングは上記ホールドロープに堰止ネット43からの伝達により設定値以上の張力が作用した際に、張力に対抗しながら縮径し、エネルギーを吸収するように作用する。
【0050】
上記堰止ネット43は、図2では一部省略して図示されているが、一方の渓岸から他方の渓岸まで略全体に張り渡されている。更に、上記堰止ネット43は支柱40a〜40dに対し、それらの下流側に配置されている。
【0051】
図3は、上記網状仮堰止装置4の他の実施形態を示しており、比較的規模の大きな土石流用として適用されるこの網状仮堰止装置4は、渓岸31に設けられたアンカレッジ8a,8b間に架け渡された主索45と、この主索から吊索46を介して吊下された堰止ネット48とを有している。
【0052】
上記主索45はアンカレッジ8a,8bにおいてアンカー47a,47bに結合されている。
【0053】
上記堰止ネット48はその上端が上記吊索46の下端に結合され、その下端部は河床に固定され、幅方向においては一方の河岸から他方の河岸まで延びており、幅方向縁部はそれぞれ河岸に結合されている。
【0054】
図2及び図3に示した上記の2つの実施形態において、上記堰止ネット43,48としては、ワイヤネットまたはリングネットが使用可能であるが、リングネットは以下に説明するように有利な効果をもたらすことができ好ましい。
【0055】
図4及び図5は、堰止ネット43,48としてリングネット50を使用した場合に、このリングネットによる土石流堰止め及び捕捉効果を高めるよう工夫したリングネットの一部を示すものである。
【0056】
図4(A)はリングネット50の基本的な構成を示している。図示のように、そして上記したように、リングネット50は多数のリング部材51を、それぞれ隣り合うリング部材が内周側で接触して係合するよう、相互に連結することによって構成されているものである。各リング部材51は、上述のように、素線を幾重にも巻回し、巻回した複数本の素線の束を円周のうちの数箇所でクリップにより強固に結束して製作される。
【0057】
このようなリングネット50において、図4(B)に示す実施形態では、縦方向に連なっていて相互に直接的な連結状態にないリング部材51によって形成されている縦リング部材列52a,52c,52e,52g,52i中の2つの隣り合うリング部材51が連結具53によって互いに連結されている。
【0058】
また、図5(A)に示す実施形態では、縦リング部材列52a,52c,52e,52g,52iでは1つ置きの2つのリング部材51が連結具53によって互いに連結され、縦リング部材列52b,52d,52f,52hでは隣り合う2つのリング部材51が連結具53によって互いに連結されている。
【0059】
図6及び図7は上記連結具53の2つの実施形態を示している。図6に示す連結具53aは、各リング部材51に結合されたホールドロープ部材53alと、両ホールドロープ部材53alを束ねて摩擦接触するように強い力で掴んでいるクリップ53a2とを有している。
【0060】
図8は上記クリップ53a2の拡大正面図を示している。クリップ53a2はホールドロープ部材53alが嵌入可能の溝53a21を有する本体部53a20と、該本体部に形成された貫通孔(図示せず)に挿通可能のネジ付き脚部53a23を有するU字型締付部材53a22とを有している。上記溝53a21に2本のホールドロープ部材53alを一部溝から突出した状態で平行に嵌め込み、上記U字型締付部材53a22のネジ付き脚部53a23のネジ部を本体部53a20から突出させ、このネジ部にナット53a24を螺合し、締め付けることによって両ホールドロープ部材53alは互いに圧接された状態に維持される。
【0061】
従って、図6の連結具53aにおいて、リング部材51が互いに反対方向へ、即ち互いに離間する方向へ引っ張られたとき、各ホールドロープ部材53alには引張力が働き、この引張力が、クリップ53a2の掴み力によってもたらされる各ホールドロープ部材53al同士及びクリップ53a2と各ホールドロープ部材53alとの間の摩擦力を超えたときに、各ホールドロープ部材53al同士並びに各ホールドロープ部材53alとクリップ53a2との間に摩擦力を伴う滑りが生じ、両リング部材51は互いに離間するが、その際両リング部材51に引張力をもたらしているエネルギーは上記摩擦力によって一部吸収される。
【0062】
図7に示す連結具53bは、金属製、例えば鋼製のパイプを円形に曲げたブレーキリング53blと、このブレーキリングの両端部に連接した直線部53b2,53b3と、ブレーキリング端部から直線部へ移行する部分で互いに交差している両部分を掴んでいるクリップ53b4とを有している。クリップ53b4の構成は、図8に示したものと実質的に同様である。直線部53b2,53b3の先端はそれぞれループ53b5,53b6及びシャツクル54a,54bを介してリング部材51と連結されている。
【0063】
図7の連結具53bにおいて、リング部材51が互いに反対方向へ、即ち互いに離間する方向へ引っ張られたとき、各直線部53b2,53b3には引張力が働き、この引張力が、クリップ53b4の掴み力によってもたらされる上記交差部におけるパイプ同士及びクリップ53b4とパイプとの間の摩擦力を超えたときに、当該交差部に摩擦力を伴う滑りが生じ、ブレーキリング53blの縮径と共に両リング部材51は互いに離間するが、その際両リング部材51に引張力をもたらしているエネルギーは上記摩擦力とブレーキリング縮径に要する力よって一部吸収される。
【0064】
図4(B)及び図5(A)には、図6及び/又は図7に示す連結具53a,53bを用いて連結されたリング部材51を有する、重畳された状態のリングネットが示されており、図4(C)及び図5(B)には、強力な引張力を受け、連結具53a,53bが伸びた状態になったときのリングネットが示されている。
【0065】
図4及び図5に示すリングネットは、好ましくは、それを構成するリング部材51が、該リングネット内で上部にあるものほど、その引張強度が大きくなるようにする。リングネットの引張強度をこのように変化させるためには、上記したように、
(a)径の異なる変形リング部材を用いる、
(b)リング部材を構成する素線径を変更する、
(c)素線の巻き数を変化させる、
等の手法が用いられる。
【0066】
図9は、上記(a)の手法を用いた場合の網状仮堰止装置4Bの正面図を示しており、この網状仮堰止装置4Bは図2に示す網状仮堰止装置4の変形実施形態である。従って、図9において、図2の網状仮堰止装置4と同一部分又は同一部品には同じ符号を付し、詳細な説明は省略する。
【0067】
図9の網状仮堰止装置4Bにおいて、リングネット43Bは、河床30付近の下部領域では目が粗く、その上部の領域では目が詰まった密な状態になっている。例えば、下方ホールドロープ42に結合されている最下段の横列のリング部材は直径が約60cm、その直上の横列のリング部材は直径が約30cm、その上方にある全ての段のリング部材の直径は約20cmの寸法を有している。
【0068】
上述の目の粗い下部領域は、リングネット43Bが土石流を受け止めた時、土石の下敷きとなり、圧縮作用を受けるだけであるため、その引張強度はさほど大きくなくてもその役目を十分に果たすことができ、それと共に、目が粗いことにより細かい土石や水を通過させ易く、それらを堆積土石から排除する作用をもたらすので、相応して捕捉土石量を増大させることができるという効果をもたらす。そして、上部の目の詰まった領域ではリングネット構成材料が多くなっていることにより引張強度が増強され、従って堆積土石はリングネット43Bによって形成される土石捕捉ポケットによって確実に捕捉される。
【0069】
換言すれば、図9に示すリングネット43Bが土石を捕捉したとき、土石の下側になるリングネット部分は、河床と堆積土石との間に挟まれ、大きな摩擦力は受けるが、さほど大きな張力は受けない。一方、上記ポケットの上側となるリングネット部分は波状的に押し寄せる土石流が上記ポケット内に流れ込むことにより極めて大きな引張力を非均一的に受ける。しかしながら、引張強度が大きくなされているリングネット上部範囲は破断することなく大量の土石を確実に捕捉する作用を確実に果たす。
【0070】
図9に示す網状仮堰止装置4Bのリングネット43Bが、図4(B)及び/又は図5(A)に示すリングネット50A,50Bの構成を有しているようにすることが有利である。
【0071】
図10は、図4(B)、図5(A)に示す重畳された状態のリングネット50A,50Bを用いた場合の網状仮堰止装置4,4Bが土石流を受け止め、捕捉する状態を概略的に示している。リングネット50A,50Bは、当初Rlの状態にあり、土石流の衝撃を受けた時に、その土石流の規模と量に応じて、上記連結具53a,53bを伸ばし、土石の流下エネルギーを吸収しながらR2,R3・・・の状態に順次膨らみ、土石の捕捉容量を増大していき、最終的に連結具53a,53bが図4(C)及び図5Dのように伸びきり、更にリングネット自体も膨出してR5の状態で捕捉容量は満杯になり、堆積領域Aを形成する。更に後続の土石流がある場合には堆積領域Aの後方に滞留し、堆積領域Bを形成する。
【0072】
更に後続して土石流がある場合には、堆積領域B及び堆積領域Aを乗越えて流下することになり、そのため乗越えて流下する後続土石流の流速は大幅に減少せしめられ、殆どの場合、流速は略半減する。
【0073】
このように、堆積領域A及び堆積領域Bを形成することによる時間稼ぎ、及びこれら両堆積領域を乗越える後続土石流の流速が半減することによる時間稼ぎによって、工事現場で作業している作業員の退避時間が大幅に増加する。
【0074】
なお、本発明は上記実施の形態に限定されることなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。例えば、図4及び図5では連結具として摩擦による抵抗を生じさせながら延伸するものが示されているが、このような連結具に代えて、上記リングネットの重畳部の展開時に、2つのリング部材間の連結具に任意に決めた張力以上の張力が作用したときに連結具の破断が生じ、当該2つのリング部材の離隔を許容するように構成してもよい。
【0075】
また、上記の連結具を用いず、上記のロープネットまたはリングネットを単に折り畳んだ状態にしておき、これらネットが形成するポケットに土石が流入したときに、その流入に従い折り畳み部を順次開放して土石捕捉容量を高めるようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】土石流堰止構造体築造の工事現場で作業している作業員が、土石流発生時に十分な退避時間が得られるよう、本発明により網状仮堰止装置を設置した河道を側方から見た概略図である。
【図2】河道に設置した第1の実施形態による網状仮堰止装置の概略正面図である。
【図3】河道に設置した第2の実施形態による網状仮堰止装置の概略正面図である。
【図4】網状仮堰止装置に用いられる堰止ネットとしてのリングネットを、基本的な状態(A)、連結具を取り付けて重畳した状態(B)、連結具が延伸された状態(C)で示している部分的平面図である。
【図5】網状仮堰止装置に用いられる堰止ネットとしてのリングネットを、連結具の取り付け方を変更して重畳した状態(A)、連結具が延伸された状態(B)で示している部分的平面図である。
【図6】連結具の具体例を示す正面図である。
【図7】連結具の他の具体例を示す正面図である。
【図8】図6及び図7に示す連結具に使用されているクリップの拡大尺側面図である。
【図9】図2に示した網状仮堰止装置の変形実施形態を示す概略正面図である。
【図10】図4、図5及び図9に示すリングネットを用いて構成した網状仮堰止装置が土石流を堰き止め、土石を捕捉する状況を示す概略側面図である。
【符号の説明】
【0077】
1 土石流堰止構造体
2 工事現場
3 河道
4 網状仮堰止装置
5 警報装置
6 作業員
7 監視員
31 渓岸
40a〜40d 支柱
41 上部ホールドロープ
42 下部ホールドロープ
43,43B,48 堰止ネット
45 主索
46 吊索
50 リングネット
51 リング部材
53 連結具
53a、53b 連結具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
土石流発生の可能性のある河道における土石流堰止構造体築造箇所上流の任意の箇所に、該土石流堰止構造体築造中に発生する土石流を堰止めする網状仮堰止装置を設け、
前記網状仮堰止装置により、その上流で発生する土石流のうち少なくとも一部を捕捉して土石の堆積を形成し、
前記網状仮堰止装置によって堰止めることができない後続土石流を前記堆積土石上を通過させ、その流勢を減退させることによって流速を低減し、前記土石流堰止構造体築造箇所までの土石流の到達を遅延させる
ことを特徴とする土石流堰止構造体築造箇所における安全確保方法。
【請求項2】
前記網状仮堰止装置は、
上端部が前記網状仮堰止装置設置箇所の河床上で任意に定められた高さ位置に保持され、下端部が前記河床に近接して又は該河床に直接的に固定され、前記河道を横切って張り渡されている堰止ネット、
を有していることを特徴とする請求項1に記載の安全確保方法。
【請求項3】
前記堰止ネットは、
前記河床に立設され前記河道を横切る方向に間隔を置いて配列された複数本の支柱の上端間に張り渡された上部ホールドロープと、下端部間に張り渡された下部ホールドロープとによって前記上端部と前記下端部がそれぞれ保持されていること、
を特徴とする請求項2に記載の安全確保方法。
【請求項4】
前記堰止めネットは、
前記上端部が前記河道の両渓岸に対向設置されたアンカレッジ間に張り渡された主索から垂下する複数本の吊索に結合されることにより、前記主索から吊下されており、前記下端部が前記河床に定着されていること、
を特徴とする請求項2に記載の安全確保方法。
【請求項5】
前記堰止ネットは、少なくともその一部が重畳した状態に構成されており、
前記堰止ネットの重畳部は該堰止ネットに対する流下土石の衝撃により徐々に展開し、前記堰止ネットの土石捕捉容量が増大すること、
を特徴とする請求項2〜4の何れか1項に記載の安全確保方法。
【請求項6】
前記堰止ネットが多数のリング部材を縦横に連結して形成されて網状に形成されたリングネットであり、
前記河道に張り渡された前記リングネットの縦方向に連なっていて相互に直接的な連結状態にないリング部材によって形成されている縦リング部材列中の少なくとも一部の縦リング部材における2つの隣り合うリング部材、又は1つ又は複数個置きの2つのリング部材が連結具によって互いに連結されており、
これら連結具による2つのリング部材の連結は、前記リングネットが重畳状態にある時に、当該2つのリング部材を互いに接近させた状態で行われ、前記重畳部の展開時に、当該2つのリング部材間にブレーキ力を及ぼしながら両連結リング部材の離隔を許容するように行われていること、
を特徴とする請求項2〜5の何れか1項に記載の安全確保方法。
【請求項7】
前記堰止ネットが多数のリング部材を縦横に連結して形成されて網状に形成されたリングネットであり、
前記リングネットを河道に張り渡した際に、縦方向に連なっていて相互に直接的な連結状態にないリング部材によって形成されている縦リング部材列中の少なくとも一部の縦リング部材における2つの隣り合うリング部材、又は1つ又は複数個置きの2つのリング部材が連結具によって互いに連結されており、
これら連結具による2つのリング部材の連結は、前記重畳部の展開時に、当該2つのリング部材間の連結具に任意に決めた張力以上の張力が作用したときに連結具の破断が生じ、当該2つのリング部材の離隔を許容するように行われていること、
を特徴とする請求項2〜5の何れか1項に記載の安全確保方法。
【請求項8】
前記リングネットのリング部材は、該リングネット内で上部にあるものほど、その引張強度が大きいことを特徴とする請求項6又は7に記載の安全確保方法。
【請求項9】
前記網状仮堰止装置に土石流が衝突し、該網状仮堰止装置が変形したときにその変形を検知し、検知信号を出す検知手段を設け、
前記検知手段から発信される信号を受けて前記土石流堰止構造体築造箇所で作業する作業員に警報信号を発する警報発生手段を設ける、
ことを特徴とする請求項1〜8の何れか1項に記載の安全確保方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−52215(P2009−52215A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−217569(P2007−217569)
【出願日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【出願人】(501028390)国土交通省北陸地方整備局長 (12)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(000219358)東亜グラウト工業株式会社 (47)