説明

地下水汚染の浄化方法

【課題】地下水汚染のバイオスティミュレーションにおける新たな方法の提供
【解決手段】汚染浄化能力を有する嫌気性微生物を利用する地下水汚染の浄化方法であって、前記嫌気性微生物のための薬剤を投入すること、及び、地下水の総有機炭素量(TOC)、pH、溶存酸素(DO)及び酸化還元電位(ORP)を含む項目をモニタリングすることを含む。これらのモニタリングの結果と地下水質変化サイクルモデルとを併用して薬剤の投入条件を設定することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地下水汚染の浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、揮発性有機化合物による土壌・地下水汚染に対して、バイオレメディエーション法を用いた汚染浄化対策が広く行われるようになり、その適用性が広範囲に認められつつある。バイオレメディエーション法のなかに、原位置の微生物を活性化するバイオスティミュレーション法がある。この方法は、薬剤が拡散して分解することで地下水質を嫌気性に移行させ、微生物相の変化に伴い揮発性有機化合物の嫌気性微生物分解が進行させる方法である。
【0003】
バイオスティミュレーション法においては、地下水汚染部の水質をモニタリングし、薬剤の投入量、投入間隔、投入場所を決定する試みが行われている(特許文献1及び2参照)。
【特許文献1】特開2005−279394号公報
【特許文献2】特開2007−98330号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のモニタリングは、設定した薬剤量を設定した周期で投入した結果の水質変化(汚染物質の濃度変化)を確認するものに過ぎなかった。とりわけ、バイオスティミュレーション法はその浄化効率や浄化期間が汚染部の環境に左右されやすいという問題があるため、浄化期間の短縮化、浄化効率の向上、コストの削減などを実現できる新たな方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、汚染浄化能力を有する嫌気性微生物を利用する地下水汚染の浄化方法であって、前記嫌気性微生物のための薬剤を投入すること、及び、地下水の総有機炭素量(TOC)、pH、溶存酸素(DO)及び酸化還元電位(ORP)を含む項目をモニタリングすることを含む地下水汚染の浄化方法である。
【発明の効果】
【0006】
本発明においては、TOC、pH、DO及びORPをモニタリングすることにより、例えば、地下水質変化サイクルを考慮して薬剤の投入量、投入間隔、投入場所を決定することができるようになり、好ましくは、浄化期間の短縮化、浄化効率の向上、コストの削減などを実現できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
(地下水質のモニタリング)
本発明の地下水汚染の浄化方法におけるモニタリングは、地下水汚染部、その周辺(上流、下流を含む)におけるモニタリングを含み、その項目として、少なくとも、地下水の総有機炭素量(TOC)、pH、溶存酸素(DO)及び酸化還元電位(ORP)を含む。これらの測定方法は特に制限されず、従来公知の方法でよい。その他のモニタリング項目としては、投入した薬剤濃度や、汚染濃度を含んでもよい。本発明において、地下水汚染の汚染物質としては、特に制限されないが、例えば、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンなどの有機塩素化合物や廃油などが挙げられる。本発明の地下水汚染の浄化方法は、これらの汚染物質を分解可能な嫌気性微生物を利用する方法に係る。汚染物質分解可
能な嫌気性微生物としては、それぞれの汚染物質に対応した微生物を利用できる。したがって、上記モニタリング項目は、汚染物質を分解可能な嫌気性微生物の存在量を含んでもよい。なお、嫌気性微生物の活性化や増殖には、一般的にORPが0未満の環境が好ましい。
【0008】
(薬剤)
本発明の地下水汚染の浄化方法において、投入する薬剤は、特に制限されず、前記嫌気性微生物の活性化や増殖を促進できる栄養源が挙げられ、例えば、高級脂肪酸、糖類、有機酸エステル類、植物油などが挙げられる。
【0009】
(地下水質変化サイクルモデル)
従来のバイオスティミュレーション法においてモニタリングされていたのは、主に対象汚染物質の分解・濃度低下であった。本発明は、上述のとおり、少なくともTOC、pH、DO及びORPをモニタリングした結果に基づき地下水質変化サイクルモデルを構築又は利用すれば、薬剤投入の効果予測制度が向上し、薬剤の投入量、投入間隔、投入場所をより適切に決定することができるようになり、好ましくは、浄化期間の短縮化、浄化効率の向上、コストの削減などを実現できるようになる、という知見に基づく。
【0010】
本発明における地下水質変化サイクルモデルとしては、下記I〜IV相を含むものが挙げられる。
第I相:薬剤投入・到達過程
薬剤投入・到達に伴いTOCが上昇する。
第II相:有機酸生成過程
薬剤分解に伴いTOCが低下する。
【0011】
薬剤分解に伴いDOが低下する。
【0012】
有機酸生成に伴いPHが低下する。
【0013】
有機酸生成・還元性物質生成の併発。(ORPの変化は軽微)
第III相:有機酸分解過程
有機酸分解に伴いTOCが減少する。
【0014】
有機酸分解に伴いPHが上昇する。
【0015】
有機酸分解及び還元性物質生成に伴いORPが低下する。
第IV相:還元性物質消費・酸化性物質流入過程
還元性物質の消費に伴いORPが上昇する。
【0016】
酸化性物質の流入に伴いORP及びDOが上昇する。
【0017】
上記地下水質変化サイクルモデルの数式モデルとしては、下記式が挙げられる。下記式は、薬剤としてソルビトールを投入した場合の式である。なお、嫌気性バイオスティミュレーションでは、薬剤分解により生成する水素が還元剤として作用すると考えられている。
【0018】
【数1】

【0019】
[上記式において、C6146はソルビトールを表し、EAは電子受容体(Electron Accepter)を表し、OXは酸化型を表し、Redは還元型を表し、[ ]
0は初期濃度を表し、kは反応速度を表す。]
上記式を解析することにより、図1に示すような薬剤を投入した後の地下水におけるTOC、pH、DO及びORPについての地下水質変化サイクルモデルを得ることができる。同図において、TOCは、上記式における[C6146]と生成される有機酸の炭素濃度を表し、ORPは、上記式におけるE−E0に該当する。また、同図におけるI〜IVは、上記I〜IV相のサイクルに相当する。図1のグラフの横軸は、薬剤の単回投与後の時間を表すとともに、薬剤の連続投与における投与部位からの距離を表す。すなわち、同図は、投与部から下流における地下水質変化を表すこともできる。なお、図1のグラフ中の数値は、一例であって、投与する薬剤量や投与周期によって変化しうる。
【0020】
図1で表される地下水質変化サイクルモデルを三次元相関図で表したのが図2である。図2Aは、図1におけるTOC、pH、DOの三次元相関モデルの一例を示し、図2Bは、ORP、pH、DOの三次元相関モデルの一例を示す。
【0021】
本発明の地下水汚染の浄化方法においては、地下水質モニタリングと図1及び2の地下水質変化サイクルを考慮することで、例えば、薬剤量の過不足を明確に把握することができ、適切な薬剤の投入量や投入周期、投入部位を設定することができる。
【0022】
例えば、ある浄化対象部の地下水において、TOCがやや高く、pHが低く、ORPが高い水質であり、分解対象となる汚染物質の濃度変化が低い場合、従来であれば薬剤量や周期を増やすことでORPを低下させ分解対象となる汚染物質の濃度変化を促進することが一般的に考えられた。しかしながら、上述した地下水質変化サイクルを考慮するとこの浄化対象部は、地下水質変化サイクルの第II相(有機酸生成過程)にあり、ORPを低下させるためには、薬剤量投入周期を伸ばすこと、又は、薬剤量を減らすことが考えられる(図1,2参照)。したがって、本発明の地下水汚染の浄化方法は、一実施形態として、地下水汚染部へ前記薬剤の投入を、前記地下水汚染部の酸化還元電位の低下を確認して行うことを含む。ここで、酸化還元電位の低下とは、例えば、酸化還元電位が嫌気性微生物に適した電位により近づくこという。嫌気性微生物に適した酸化還元電位とは、例えば、0mV未満であって、より好ましくは、−50mV以下であって、より好ましくは−100mVであって、さらにより好ましくは−200mVである。
【0023】
あるいは、前記の場合において浄化対象部のORPを低下は、当該地点から離れた上流に薬剤を投入することで達成することもできる。図1のモデルに記載のとおり、薬剤投入部の下流においては、薬剤が拡散しない(すなわち、TOCがほとんどない)領域においても、ORPの低下が認められるからである。これにより、浄化対象部のORPを低下させ、浄化処理をより促進することが可能となる。したがって、本発明の地下水汚染の浄化方法は、その他の実施形態として、地下水汚染部の酸化還元電位を低下させるために前記地下水汚染部の上流部に薬剤を投入することを含む。また、前記薬剤の投入は、前記薬剤自身が前記地下水汚染部まで到達しない上流部で行われてもよい。上述のとおり、投入した薬剤の拡散する領域は、例えば、TOCをモニタリングすることで決定できる。
【0024】
本発明の地下水汚染の浄化方法は、上述したように、地下水質モニタリングの結果から地下水汚染部における地下水質変化サイクルを判定して前記薬剤の投入条件を設定することを含む。すなわち、浄化対象地下水が上述した地下水質変化サイクルモデルのいずれの相にあるかを知ることができれば、当業者であれば、容易に前記薬剤の投入条件を設定できる。
【0025】
本発明の地下水汚染の浄化方法に含まれるその他の工程としては特に制限されず、当業者が地下水質モニタリングの結果と上述の地下水質変化サイクルモデルとに基づき適宜選
択できる工程を含む。このようにモニタリングとモデルとを併用することにより、例えば、薬剤投入の過不足を回避することができ、より効率的な地下水のバイオスティミュレーションが可能となる。
【実施例1】
【0026】
PCEを主体とした地下水汚染部にソルビトールを投入して地下水質のモニタリングを行った。具体的には、図3で示す井戸A、AR及びALに、薬剤として40Lのソルビトール水溶液(100〜500g/L)をそれぞれ投入し、下流井戸B及びC、上流井戸DにおいてTOC、DO、pH及びORPのモニタリングを行った。前記薬剤の投入は、14日ごとに定期的に行った。なお、AとAR間及びAとAL間の距離は1mであった。
【0027】
(TOCのモニタリング)
地下水の総有機炭素量(TOC)のモニタリング結果を図4に示す。投入井戸AでのTOC濃度は、採水直後に定期的な薬剤投入を行っているため調整濃度まで上昇した後減少し、一定時間経過後には約100mg/l〜1000mg/lとなった。一方、下流井戸Bでは約1000mg/lのピークを示した後徐々に100mg/l程度まで減少した。また、下流井戸Cではモニタリング期間中に顕著なTOCの上昇は認められなかった。投入井戸Aへの投入は断続的なものであるため投入後の濃度減少は分解による減少と移流による減少が合成されているが、下流井戸BでのTOCの上昇は薬剤の到達によるものであり、その後の低下は投入井戸A・下流B間での薬剤の分解によるものであると考えられる。同様に下流井戸CでTOCの上昇が認められなかったのは、下流井戸Bに到達した薬剤が下流井戸B・下流井戸C間で吸着・分解したためであると考えられる。このことから投入井戸Aからの薬剤自体の拡散は投入井戸Aから下流井戸C間の距離以内であり、下流井戸Cより遠方への薬剤自体の拡散がないことが確認された。なお、TOCの測定方法としては、JIS K0102 22.1(燃焼酸化−赤外線式TOC法)を採用した。
【0028】
(DOのモニタリング)
地下水の溶存酸素(DO)のモニタリング結果を図5に示す。上流井戸Dでは概ね2mg/Lで安定して推移しているのに対し、投入井戸A、下流井戸B及び下流井戸Cでは速やかに約0.5mg/Lまで低下した。DOはその後低位安定していることから、上流側から流入しているDOが薬剤分解に伴い消費されているものと考えられる。なお、TOCの上昇が認められない下流井戸CでのDOの低下は低DO地下水の流入によるもののほかに生成した還元性物質との反応の進行が考えられる。なお、DOの測定方法としては、JIS K0102 32.3(隔膜電極法)を採用した。
【0029】
(pHのモニタリング)
地下水のpHのモニタリング結果を図6に示す。今回使用した薬剤ソルビトールはラクトースを経てピルビン酸及び乳酸、さらに酢酸などの低級脂肪酸、最終的には炭酸に分解されていく。この有機酸生成過程において生成する有機酸の影響がpHモニタリング結果を示しているものと考えられる。上流井戸DのpHは約7.0で安定しているのに対して、投入井戸AではpH4.5〜5.0で、下流井戸BではpH6.0〜7.0、下流井戸Cでは上流井戸Aよりやや低いpH6.5〜7.0で推移していた。なお、pHの測定方法としては、JIS K0102 12.1(ガラス電極法)を採用した。
【0030】
(ORPのモニタリング)
地下水の酸化還元電位(ORP)のモニタリング結果を図7に示す。ORPモニタリング結果は、上流井戸Dで0mV〜100mVであるのに対し、投入井戸Aで−100mV〜0mV、下流井戸Bで−200mV〜−100mV、下流井戸Cで−150mV〜−50mVであった。上流井戸Dを除き還元性雰囲気となっていた。下流井戸CでもORPの低下が認められることから、薬剤自体の拡散は下流井戸Cまで達していないが、バイオス
ティミュレーション法としての浄化効果は達していると想定される。なお、ORPの具体的な測定方法としては、下水試験方法2編3章5節(白金電極法)(社団法人 日本下水道協会 発行)を採用した。
【0031】
これらのTOC、DO、pH及びORPのモニタリングの結果は、図1及び図2に示す地下水質変化サイクルモデルとよく一致した。
【産業上の利用可能性】
【0032】
以上説明したとおり、本発明は、例えば、バイオスティミュレーションを含む環境浄化及び環境保全の分野で有用である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】図1は、上記式を解析して得られた地下水質変化サイクルモデルの一例を示すグラフである。
【図2】図2Aは、地下水質変化サイクルにおけるTOC、pH、DOの三次元相関モデルの一例を示し、図2Bは、地下水質変化サイクルにおけるORP、pH、DOの三次元相関モデルの一例を示す。
【図3】図3は、実施例において薬剤を投入した井戸A、AR及びAL、並びに、モニタリングを行った井戸B、C及びDの配置の概略を示す図である。
【図4】図4は、TOCのモニタリング結果の一例を示すグラフである。
【図5】図5は、DOのモニタリング結果の一例を示すグラフである。
【図6】図6は、pHのモニタリング結果の一例を示すグラフである。
【図7】図7は、ORPのモニタリング結果の一例を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
汚染浄化能力を有する嫌気性微生物を利用する地下水汚染の浄化方法であって、
前記嫌気性微生物のための薬剤を投入すること、及び、
地下水の総有機炭素量(TOC)、pH、溶存酸素(DO)及び酸化還元電位(ORP)を含む項目をモニタリングすることを含む、地下水汚染の浄化方法。
【請求項2】
地下水汚染部へ前記薬剤の投入が、前記地下水汚染部の酸化還元電位の低下を確認して行うことを含む、請求項1記載の地下水汚染の浄化方法。
【請求項3】
地下水汚染部の酸化還元電位を低下させるために、前記地下水汚染部の上流部に前記薬剤を投入することを含む、請求項1又は2に記載の地下水汚染の浄化方法。
【請求項4】
前記薬剤の投入が、前記薬剤自身が前記地下水汚染部まで到達しない上流部で行われる、請求項3記載の地下水汚染の浄化方法。
【請求項5】
前記モニタリングの結果から地下水汚染部における地下水質変化サイクルを判定して前記薬剤の投入条件を設定することを含み、前記地下水質変化サイクルが、
前記薬剤の投入・到達に伴うTOCの上昇が生じる薬剤投入・到達過程と、
前記薬剤の分解と有機酸の生成とに伴うTOC、DO及びpHの低下が生じる有機酸生成過程と、
前記有機酸の分解と還元性物質の生成とに伴うTOC及びORPの低下とpHの上昇が生じる有機酸分解過程と、
還元性物質の消費と酸化性物質の流入に伴うORP及びDOの上昇が生じる還元性物質消費・酸化性物質流入過程とを含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の地下水汚染の浄化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−296176(P2008−296176A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−147224(P2007−147224)
【出願日】平成19年6月1日(2007.6.1)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】