地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法
【課題】硬石膏等のカルシウム系スケールを比較的安価に、かつフィードポイントのように深くて狭い位置でも効率的に除去する。
【解決手段】蒸気井の噴気を停止した後、蒸気井の坑井内に水を溜めることにより坑井の圧力を抑えて冷却する坑井抑圧工程と、坑井内に溜められた水の層の上にキレート液を注入して該水の層の上にキレート液の層を形成するキレート液注入工程と、キレート液の層の上にさらに水を注入することにより、キレート液の層を新たに注入した水の層によって後押しして坑井内のスケール付着領域に配置する後押し工程と、該スケール付着領域にキレート液の層を配置した状態を保持することによりキレート液によってスケールを溶解する養生工程とを有する。
【解決手段】蒸気井の噴気を停止した後、蒸気井の坑井内に水を溜めることにより坑井の圧力を抑えて冷却する坑井抑圧工程と、坑井内に溜められた水の層の上にキレート液を注入して該水の層の上にキレート液の層を形成するキレート液注入工程と、キレート液の層の上にさらに水を注入することにより、キレート液の層を新たに注入した水の層によって後押しして坑井内のスケール付着領域に配置する後押し工程と、該スケール付着領域にキレート液の層を配置した状態を保持することによりキレート液によってスケールを溶解する養生工程とを有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地熱発電施設における蒸気井の坑井内に付着したカルシウム系スケールを除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地熱発電は、地下深部まで掘削した坑井から地中の地熱流体を取り出し、その中から分離された蒸気でタービンを回して発電するものである。この場合、地熱流体を汲み上げて蒸気を噴出させるための蒸気井は、地下深部の高温の地熱流体を取り出すため、その坑井は例えば2km〜3kmもの深さまで掘削されている。また、その坑壁は一般に鋼管とセメントにより保護されて岩盤と遮断されており、地熱流体を取り出す部分には孔の明いた鋼管(孔明管)が使用されている。
【0003】
このような蒸気井によって汲み上げられる地熱流体には、地中の様々な成分が含まれており、カルシウムのような金属イオンによって坑井にスケールが付着し易い。このスケール対策として、従来では、坑井の中に掘削ビットを挿入して、付着しているスケールを物理的に除去する方法の他に、炭酸カルシウムスケールの付着防止技術として特許文献1及び特許文献2に開示のものがある。これらの技術は、坑井内に薬注管を挿入しておき、この薬注管を通してアクリル酸系等の薬剤からなるスケール防止剤(インヒビター)をスケール付着のおそれがある部分に注入するものである。
【特許文献1】特公平1−19520号公報
【特許文献2】特開平5−195684号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、蒸気井において地熱流体を取り出す部分は孔明管が用いられていることから、スケールは孔明管の内周面だけでなく外周面にも付着する。したがって、坑井内に掘削ビットを挿入して物理的に除去する方法では、内周面に付着したスケールしか除去することはできない。このため、除去した後でも早い段階でスケールの付着領域が広がって坑井を狭めてしまうことになり、頻繁に除去作業が必要になる。また、かかる掘削機器を用いる工事は費用が高額になり易い。
【0005】
一方、坑井内にスケール防止剤を注入する技術では、薬注管が坑井内に挿入状態とされるため、蒸気の流通の障害になる。また、炭酸カルシウムによるスケールの場合は、地熱流体が減圧によって蒸気化するフラッシュポイント付近で発生するため、比較的浅い位置であるが、例えば硬石膏(CaSO4)等によるスケールの場合はフィードポイントである孔明管の部分に生成され、この孔明管はフラッシュポイントの部分よりも径が小さく、薬注管を挿入状態にしておくことは蒸気流量の減少になるため適切でない。
【0006】
また、塩酸等の強酸を注入してスケールを溶解する方法も考えられるが、鋼管へのダメージも大きく、実用的でないとともに、炭酸カルシウムは溶解できても、硬石膏等は溶解することができない。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、硬石膏等のカルシウム系スケールを比較的安価に、かつフィードポイントのように深くて狭い位置でも効率的に除去することができるスケール除去方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法は、地熱発電施設の蒸気井における坑井内に付着したカルシウム系スケールを除去する方法であって、蒸気井の噴気を停止した後、蒸気井の坑井内に水を溜めることにより坑井の圧力を抑えて冷却する坑井抑圧工程と、前記坑井内に溜められた水の層の上にキレート液を注入して該水の層の上にキレート液の層を形成するキレート液注入工程と、前記キレート液の層の上にさらに水を注入することにより、前記キレート液の層を新たに注入した水の層によって後押しして前記坑井内のスケール付着領域に配置する後押し工程と、該スケール付着領域に前記キレート液の層を配置した状態を保持することによりキレート液によってスケールを溶解する養生工程とを有することを特徴とする。
【0009】
すなわち、カルシウムイオン等の金属イオンと錯結合するキレート液を利用してカルシウム系スケールを溶解する方法であり、そのキレート液を先に注入した水の層と後から注入される水の層との間に挟むように層状にして坑井内に送り込み、この水の層によって後押ししながら地中深くのスケール発生領域にキレート液の層を配置して、そのままスケール発生領域に接した状態に滞留させておくことにより、スケールを溶解させるのである。この場合、キレート液は坑井を構成している孔明管の孔から外周部にも回り込むため、外周面に付着したスケールも溶解することができる。
【0010】
また、本発明に係るスケール除去方法において、新たなキレート液と水とを交互に坑井内に注入しながら、前記キレート液注入工程から養生工程までを複数回繰り返すことを特徴とする。つまり、坑井の地中深くの位置は径が細く、その部分に溜められるキレート液の量に限りがあるので、所定時間毎に新たなキレート液と交替しながら溶解するのである。この場合、スケール付着領域に接していた部分のキレート液は、その能力分の溶解が済んだ後に後押しされることにより、孔明管の孔等から外部に放出される。
【0011】
また、本発明に係るスケール除去方法において、前記キレート液の層を、前記スケール付着領域を満たす量の複数倍の量によって形成しておき、前記後押し工程では、前記キレート液の層の先端部を前記スケール付着領域に配置し、前記養生工程では、前記キレート液の層をその上の水の層によって所定量ずつ後押しすることにより、前記スケール付着領域に接する部位を間欠的にずらしながらスケールを溶解することを特徴とする。
【0012】
前述の除去方法では、スケール付着領域をカバーし得る量の新たなキレート液を後押ししている水の層の上に継ぎ足すようにして供給したが、この方法の場合は、長さのある坑井内の容積を利用するように、あらかじめ多くの量のキレート液を注入してスケール付着領域よりも上方位置に溜めておき、これを所定量ずつ後押しすることにより、その下端部から順次スケール溶解の用に供するのである。
【0013】
また、本発明に係るスケール除去方法において、前記カルシウム系スケールは硬石膏を主成分とするものであり、前記キレート液はニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸の中から選択されるいずれか又はこれらの二種以上の混合物を主成分とするものであることを特徴とする。硬石膏は坑井の地中深いフィードポイントの位置に付着するが、キレート液の層を水の層によって後押ししながら送り込む方法であるから、地中深い位置までキレート液を送り込むことができ、そのキレート液として用いるニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸は硬石膏の溶解に特に効果を有するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法は、キレート液を水によって坑井の深い位置まで送り込んでスケール付着領域に滞留させることにより、スケールを溶解するという方法であり、掘削機器を用いないため安価に実施することができるとともに、蒸気井のフィードポイントまでキレート液を送り込むことができるので、坑井の深部に生成する硬石膏からなるスケールも溶解して除去することができ、しかも液体であるので、孔明管の外周面に付着したスケールも除去することができ、スケールの除去効果が極めて高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明に係る地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法の実施形態を図面を参照しながら説明する。
【0016】
図1は、地熱発電施設における蒸気井を示している。この蒸気井1は、掘削により形成された坑壁2の内側に複数本の鋼管3〜6が配置されるとともに、その鋼管3〜6の周囲に坑壁2との間を埋めるようにセメント7が設けられている。この場合、鋼管3〜6は径が大きいものが地表8の近くに埋め込まれ、その大径の鋼管3の内側に徐々に径が小さい長尺の鋼管が埋め込まれて、地中深くにまで延びている。全体としては、例えば2.5kmの深さにまで到達しており、そのうちの半分の1.3km程度の深さまではセメント7によって坑壁2が保護されているが、その深さから先端部では、地中の熱水を汲み上げるために、坑壁2の内側に、管壁に多数の孔9を有する比較的細径の孔明管6が配置されている。そして、これら複数本の鋼管3〜6により、地熱流体が上昇する坑井10が形成され、そのうち深さ方向の先端部の孔明管6により構成される部分がフィードポイント11、深さ方向の中央部付近で内径が拡大して断面が変化している付近がフラッシングポイント12とされる。
【0017】
また、地上には、坑口15の部分に主バルブ16が設けられ、この主バルブ16を開放状態とすることにより、汲み上げられた地熱流体を気水分離器(図示略)に送って熱水と蒸気とに分離するようになっている。また、主バルブ16の上流側に、図示例では2本の配管17,18が分岐するように接続されるとともに、これら配管17,18に、流路を開閉するための弁19が設けられており、そのうちの一方の配管17には、キレート液及び水の供給配管(図示略)が選択的に接続されるようになっている。
【0018】
次に、このように構成されている蒸気井1の坑井10内に付着したスケールの除去方法の第1実施形態について図2のフローチャート及び図3の模式図に従って説明する。図3において符号Sが坑井10のフィードポイント11に付着したスケールを示しており、符号Hは坑井10の深さ方向に沿うスケール付着領域を示している。
(1)噴気停止工程
まず、坑口15の主バルブ16を閉塞状態とすることにより蒸気井1の噴気を停止する。
(2)坑井抑圧工程
坑口15に接続されている配管17の弁19を開放して水を注入することにより、坑井10内を冷却し、内部の圧力を抑えて低下させる。この状態では図3(a)に示すように坑井10内が水Wによって充満させられた状態となっている。
(3)キレート液注入工程
次いで、この水Wの層の上からキレート液Cを必要量注入する。その量は、キレート液が坑井10のフィードポイント11部分に溜められた状態で、スケール付着領域Hの長さをカバーするのに十分な深さとなる量であり、さらにその必要量よりも若干多い量とされる。図3(b)は先に注入した水Wの層の上にキレート液Cを注入することにより、キレート液Cの層が形成された状態を示しており、最初に坑井10の抑圧のために注入した水Wの層と、キレート液Cの層と、新たに注入した水Wの層との3層構造となって坑井10内に配置されている。
(4)後押し工程
次に、この図3(b)に示す3層構造における上側の水Wの層にさらに水Wを注入していくことにより、後から入れた水Wの層によって後押しするようにして全体を坑井10の深部まで押し込んでいき、キレート液Cの層が坑井10内のスケール付着領域Hをカバーし得る位置に配置させる。
(5)養生工程
そして、キレート液Cの層が坑井10内のスケール付着領域Hをカバーし得る位置にまで達したら、水Wの注入を停止することにより、キレート液Cの層をその位置に滞留させる。この状態を示すのが図3(c)であり、この状態では、キレート液Cの層がスケール付着領域Hの全面に接した状態とされ、この状態で所定時間維持されることにより、キレート液CによってスケールSが溶解してくる。この場合、スケールSは、坑井10の内周面だけでなく外周面にも付着する場合があるが、キレート液Cは坑井10の孔明管6の孔9(図1参照)から坑井10の外側にも浸み出すので、孔明管6の外周面に付着したスケールも溶解することができる。
【0019】
そして、このキレート液Cをスケール付着領域Hに滞留させた状態で例えば半日〜1日程度保持した後、必要に応じて、上側の水Wの層の上からさらにキレート液を注入して、先のキレート液の層と同様のキレート液の層を新たに形成し、その上からさらに水を注入して後押ししながら、先のキレート液の層と交替するように新たなキレート液の層をスケール付着領域Hに配置し、所定時間滞留させておく。このようにしてキレート液注入工程から養生工程までを必要に応じて複数回繰り返すことにより、坑井10内のスケールSのほぼ全部を溶解することができ、所定の必要回数が終了したら、キレート液を押し流した後、坑口15の主バルブ16を開放して噴気を誘導し、通常の運転を再開する。
【0020】
なお、坑井10内のどの位置にスケールSが付着しているかの把握は、あらかじめキャリパ検層により、坑井10の孔径の変化を深さ方向に連続的に測定してスケール付着領域Hの深さ位置及びその領域の範囲を特定することにより行われる。そのスケールSの付着量は、坑井10の内径、付着領域Hにおける内径(あるいは付着厚さ)、付着領域Hの長さによって、付着体積を算出して特定することができ、スケールSの密度、空隙率との関係からスケールSの付着重量を算出することができる。また、キレート液注入工程から養生工程までの必要繰り返し回数は、硬石膏とキレート液とはモル比が1:1で反応することから、キレート液の分子量と硬石膏の分子量との比率からキレート液単位重量当たりの溶解能力が求められるので、スケールの付着重量、付着領域の容積、キレート液の密度、濃度から必要回数が求められる。例えば、約16cmの内径の孔明管に、5〜10%濃度のEDTA(エチレンジアミン四酢酸)溶液を20m3用い、一回の養生を12時間〜24時間かけて5〜10回繰り返すことにより、養生の総日数として約1週間、噴気停止及び噴気誘導の前後の作業も含め約2週間の作業となる。
【0021】
図4及び図5は本発明の第2実施形態によるスケール除去方法を示している。この第2実施形態の除去方法では、先の第1実施形態と「噴気停止工程」及び「坑井抑圧工程」における各作業は同じであり、次の「キレート液注入工程」において、第1実施形態の場合は、注入されるキレート液の量がスケール付着領域Hの長さをカバーする分の量としたが、この第2実施形態の場合は、スケール付着領域Hの長さをカバーする分の複数倍の量のキレート液Cが注入される。そして、「後押し工程」では、キレート液Cの層を水Wの層によって後押しして坑井10の深部まで送り込み、図5(a)に示すように、そのキレート液Cの層の先端部が目的とするスケール付着領域Hに接する位置で停止する。
【0022】
そして、「養生工程」においては、この図5(a)に示す状態で所定時間保持した後、再度、水Wの層によってほぼスケール付着領域Hの長さ分を後押しすることにより、図5(b)に示すように、今までスケール付着領域Hに接していた部分のキレート液を排出して、新たな部分のキレート液をスケール付着領域Hに配置させ、所定時間保持した後、同様の操作を繰り返す。このようにして、ほぼスケール付着領域Hの長さ分ずつキレート液の層を後押しすることにより、スケール付着領域Hに接する部位を間欠的にずらしながら新たなキレート液をスケール付着領域Hに接触させてスケールを溶解するのである。これを繰り返すことによりすべてのキレート液Cが消費された時点で作業を終了する。
【0023】
つまり、この第2実施形態のスケール除去方法は、第1実施形態におけるスケール除去方法では、スケール付着領域をカバーし得る量のキレート液を水の層と交互に注入して、そのキレート液の層を一層ずつスケール付着領域に配置したのに対して、これら複数の層の分のキレート液を一度に注入して、そのキレート液の層の先端部をスケール付着領域Hに配置することにより、スケール付着領域Hよりも上方位置に多くのキレート液を溜めておき、これを所定量ずつ後押し(間欠送り)することにより、キレート液の層をずらしながらその下端部から順次スケール溶解の用に供するようにしたものである。
【0024】
次に、スケールとして硬石膏を各種のキレート液によって溶解した実験結果について説明する。
【0025】
硬石膏としては、ペルー産の鉱物標本と、秋田県澄川地熱発電所の生産井で実際に採取されたスケールとの二種類を用いた。いずれもX線回析によれば、硬石膏のみで不純物の回析ピークは認められなかった。
【0026】
キレート液としては、キレート剤販売メーカー3社から表1に示す4製品を選定した。これらを表中に記載したCH剤、NCS剤、NCC剤、BJ剤と呼ぶこととする。これらキレート剤はいずれも有機系(アミノカルボン酸系)のキレート剤であり、EDTA系(エチレンジアミン四酢酸:Ethylene Diamine Tetraacetic Acid)、NTA系(ニトリロ三酢酸:Nitrilo Triacetic Acid)、DTPA系(ジエチレントリアミン五酢酸:Diethylene Triamine Pentaacetic Acid)が含まれる。NCS剤はEDTAをベースにした混合品である。いずれも耐熱温度は200℃以上と高く、地熱環境での使用に適している。
【0027】
【表1】
【0028】
これらのキレート液を使用して、濃度、固液比等を変えたものをそれぞれビーカに入れて所定の試験温度に保持し、その中に二種類の硬石膏のいずれかを浸漬させて溶解量を測定した。そのうち、試験温度としては、約20℃の室温、50℃、80℃の3条件とした。濃度は、キレート剤が粉体のものと液体のものとがあるため、目安として、粉体のものは5〜40%wt/vol、液体のものは原液、その4倍希釈、10倍希釈の濃度とした。固液比は、固体であるスケール1gに対してキレート液100mlを基本として、坑井内での状況を考慮し、キレート液の比率が低い条件として10ml及び20mlを加えて実施した。すべての条件において300rpmで攪拌した。これらの試験条件を一覧にして表2に示す。
【0029】
【表2】
【0030】
これらの各試験結果を示したのが図6から図14であり、以下、これらの図を参照しながら各種試験結果について説明する。これらの図において、「溶解量(g)/硬石膏1g」とは、硬石膏1gのうち溶解した量を表しており、1.0が全量溶解したことを示す。
【0031】
図6は、キレート液としてCH剤の5%溶液を使用し、試験温度を20℃、50℃、80℃の3条件として、その温度による溶解度の変化を測定した結果を示している。この図6から明らかなように、常温(約20℃)から80℃までの温度範囲では、温度上昇に伴い溶解速度は高くなり、短時間で溶解する。常温においても24時間で半分以上が溶解しており、キレート剤は硬石膏の化学洗浄に有効であることが明らかになった。最も温度が高い80℃では15時間で全量溶解した。このことは、実坑井への適用の際にも、キレート液を注入して養生中に坑井内は注水を停止することにより温度上昇が起こるので、スケールの溶解を促進させる好ましい条件となることを示しており、このような特性が示されたことは、現場作業の上からも好都合である。なお、この図6において、細線で示した値は、キレート剤を添加しない20℃の純水中に硬石膏を浸漬させたときの溶解度を示しており、この純水の結果との比較により、キレート液によって著しく溶解が促進されることがわかる。
【0032】
図7から図10は、キレート液の濃度と溶解度との関係を示しており、図7がCH剤、図8がNCS剤、図9がBJ剤、図10がNCC剤の場合をそれぞれ示している。いずれの場合も温度は50℃の一律とした。これらのうち、図7から図9に示されるように、溶液濃度については、5%から20%の範囲では、濃度の増加とともに溶解速度は高くなるが、10%以上では僅差となっている。言い換えれば、濃度の増加は、溶解速度を速める傾向を示しているが、比例関係にはなく、濃度増加分に見合う溶解速度の上昇効果は緩慢となっている。従って、高濃度での使用は、費用対効果の点で好ましくなく、モル濃度として、硬石膏試料よりキレート液が少ない条件でもキレート液は、短時間ですべて硬石膏の溶解に消費されることから、洗浄時のキレート濃度は5〜10%程度の濃度が最適である。つまり、キレート液の濃度を低くして、洗浄回数を増やす方が効果的と言える。なお、図10のNCC剤の場合は、原液そのままよりも、希釈液の方が効果が大きいことが示された。これら4種のキレート剤のうち、図7のCH剤及び図8のNCS剤の方が、他のキレート剤よりも溶解能力は高いと言える。
【0033】
図11及び図12は、硬石膏とキレート液とのモル比率を変化させたときの溶解度を測定した結果を示している。硬石膏とキレート液とは、モル比が1:1の状態で溶解する。図6から図10に示した各試験ではキレート液の方が硬石膏試料よりも多い状態で行っているため、時間をかければ硬石膏が溶け続けることとなる。これを硬石膏に比べてキレート液の比率を小さくすることにより、溶解度にどのような影響がでるかを確認した結果が図11及び図12である。つまり、実際の坑井内では、フィードポイントのような径が小さい部分において、その部分に溜めることができるキレート液の量が限られるため、特にスケールの厚さが厚い場合には、スケールよりもキレート液の方が先に消費され、スケールが残るといった状況も想定される。このような条件を再現するために、硬石膏試料に比べてキレート液を少なくした場合の溶解特性を調べたのである。
【0034】
これらの図において、図11に示すCH剤に対しては、10%溶液のものを硬石膏試料に対するモル比で0.3、0.6、3.0となるように、また、20%溶液のものは0.6、1.2、6.0となるようにして、それぞれ硬石膏試料を浸漬させた。一方、図12に示すNCS剤に対しては、原液と4倍希釈液とを使用し、原液にはモル比を0.8、1.6、8.0とし、4倍希釈液にはモル比を0.2、0.4、2.0とした。いずれも反応温度は80℃とした。
【0035】
これらの図からわかるように、時間の経過により溶解量が安定するのは、いずれのキレート剤においても、硬石膏試料よりもキレート液の方が少ない条件においてであり、定量的にキレート液がすべて消費され、反応が終焉することがすべての条件で確認され、反応効率が高いことが立証された。このような特性は、坑井内でのスケールの成長が著しいところほど、キレート液での洗浄効果があることを意味している。
【0036】
図13及び図14は、硬石膏試料の出所による影響を測定したものであり、図11がペルーで産出された硬石膏の鉱物標本であり、図12が秋田県澄川地熱発電所の生産井で採取されたスケールを用いている。これらの図の比較により、ペルー産出の試料では、CH剤の方がNCS剤より溶解速度が高い結果が出ているが、澄川地熱発電所の試料では溶解速度が逆転しており、固体試料による溶解速度の差異が認められた。硬石膏はいずれも天然産であるため、微量成分や結晶粒度等による違いがあらわれたものと考えられる。
【0037】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。例えば、上記第1実施形態と第2実施形態との中間的実施形態として、長い坑井内に、スケール付着領域をカバーし得る量のキレート液の層を適宜の量の水の層を介して複数層形成しておき、これを間欠的に送り出すことにより、スケール付着領域に順次キレート液の層を接触させていく方法としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明に係るスケール除去方法が適用される地熱発電設備の蒸気井を示す縦断面図である。
【図2】本発明に係るスケール除去方法の第1実施形態を示すフローチャートである。
【図3】第1実施形態のスケール除去方法における各工程毎の蒸気井の状態を順に示す縦断面図である。
【図4】本発明に係るスケール除去方法の第2実施形態を示すフローチャートである。
【図5】第2実施形態のスケール除去方法における各工程毎の蒸気井の状態を順に示す縦断面図である。
【図6】キレート液によって硬石膏を溶解する際の温度の違いによる溶解度の変化を測定した結果を示すグラフである。
【図7】CH剤を使用したキレート液の濃度と溶解度との関係を示すグラフである。
【図8】NCS剤を使用したキレート液の濃度と溶解度との関係を示すグラフである。
【図9】BJ剤を使用したキレート液の濃度と溶解度との関係を示すグラフである。
【図10】NCC剤を使用したキレート液の濃度と溶解度との関係を示すグラフである。
【図11】CH剤を使用したキレート液と硬石膏とのモル比率を変化させたときの溶解度を測定した結果を示すグラフである。
【図12】NCS剤を使用したキレート液と硬石膏とのモル比率を変化させたときの溶解度を測定した結果を示すグラフである。
【図13】ペルーで産出された硬石膏の鉱物標本に対する溶解度を測定した結果を示すグラフである。
【図14】秋田県澄川地熱発電所の生産井で採取されたスケールに対する溶解度を測定した結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0039】
1 蒸気井
2 坑壁
3〜5 鋼管
6 鋼管(孔明管)
7 セメント
8 地表
9 孔
10 坑井
11 フィードポイント
12 フラッシングポイント
15 坑口
16 主バルブ
17,18 配管
19 弁
S スケール
H スケール付着領域
W 水
C キレート液
【技術分野】
【0001】
本発明は、地熱発電施設における蒸気井の坑井内に付着したカルシウム系スケールを除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地熱発電は、地下深部まで掘削した坑井から地中の地熱流体を取り出し、その中から分離された蒸気でタービンを回して発電するものである。この場合、地熱流体を汲み上げて蒸気を噴出させるための蒸気井は、地下深部の高温の地熱流体を取り出すため、その坑井は例えば2km〜3kmもの深さまで掘削されている。また、その坑壁は一般に鋼管とセメントにより保護されて岩盤と遮断されており、地熱流体を取り出す部分には孔の明いた鋼管(孔明管)が使用されている。
【0003】
このような蒸気井によって汲み上げられる地熱流体には、地中の様々な成分が含まれており、カルシウムのような金属イオンによって坑井にスケールが付着し易い。このスケール対策として、従来では、坑井の中に掘削ビットを挿入して、付着しているスケールを物理的に除去する方法の他に、炭酸カルシウムスケールの付着防止技術として特許文献1及び特許文献2に開示のものがある。これらの技術は、坑井内に薬注管を挿入しておき、この薬注管を通してアクリル酸系等の薬剤からなるスケール防止剤(インヒビター)をスケール付着のおそれがある部分に注入するものである。
【特許文献1】特公平1−19520号公報
【特許文献2】特開平5−195684号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、蒸気井において地熱流体を取り出す部分は孔明管が用いられていることから、スケールは孔明管の内周面だけでなく外周面にも付着する。したがって、坑井内に掘削ビットを挿入して物理的に除去する方法では、内周面に付着したスケールしか除去することはできない。このため、除去した後でも早い段階でスケールの付着領域が広がって坑井を狭めてしまうことになり、頻繁に除去作業が必要になる。また、かかる掘削機器を用いる工事は費用が高額になり易い。
【0005】
一方、坑井内にスケール防止剤を注入する技術では、薬注管が坑井内に挿入状態とされるため、蒸気の流通の障害になる。また、炭酸カルシウムによるスケールの場合は、地熱流体が減圧によって蒸気化するフラッシュポイント付近で発生するため、比較的浅い位置であるが、例えば硬石膏(CaSO4)等によるスケールの場合はフィードポイントである孔明管の部分に生成され、この孔明管はフラッシュポイントの部分よりも径が小さく、薬注管を挿入状態にしておくことは蒸気流量の減少になるため適切でない。
【0006】
また、塩酸等の強酸を注入してスケールを溶解する方法も考えられるが、鋼管へのダメージも大きく、実用的でないとともに、炭酸カルシウムは溶解できても、硬石膏等は溶解することができない。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、硬石膏等のカルシウム系スケールを比較的安価に、かつフィードポイントのように深くて狭い位置でも効率的に除去することができるスケール除去方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法は、地熱発電施設の蒸気井における坑井内に付着したカルシウム系スケールを除去する方法であって、蒸気井の噴気を停止した後、蒸気井の坑井内に水を溜めることにより坑井の圧力を抑えて冷却する坑井抑圧工程と、前記坑井内に溜められた水の層の上にキレート液を注入して該水の層の上にキレート液の層を形成するキレート液注入工程と、前記キレート液の層の上にさらに水を注入することにより、前記キレート液の層を新たに注入した水の層によって後押しして前記坑井内のスケール付着領域に配置する後押し工程と、該スケール付着領域に前記キレート液の層を配置した状態を保持することによりキレート液によってスケールを溶解する養生工程とを有することを特徴とする。
【0009】
すなわち、カルシウムイオン等の金属イオンと錯結合するキレート液を利用してカルシウム系スケールを溶解する方法であり、そのキレート液を先に注入した水の層と後から注入される水の層との間に挟むように層状にして坑井内に送り込み、この水の層によって後押ししながら地中深くのスケール発生領域にキレート液の層を配置して、そのままスケール発生領域に接した状態に滞留させておくことにより、スケールを溶解させるのである。この場合、キレート液は坑井を構成している孔明管の孔から外周部にも回り込むため、外周面に付着したスケールも溶解することができる。
【0010】
また、本発明に係るスケール除去方法において、新たなキレート液と水とを交互に坑井内に注入しながら、前記キレート液注入工程から養生工程までを複数回繰り返すことを特徴とする。つまり、坑井の地中深くの位置は径が細く、その部分に溜められるキレート液の量に限りがあるので、所定時間毎に新たなキレート液と交替しながら溶解するのである。この場合、スケール付着領域に接していた部分のキレート液は、その能力分の溶解が済んだ後に後押しされることにより、孔明管の孔等から外部に放出される。
【0011】
また、本発明に係るスケール除去方法において、前記キレート液の層を、前記スケール付着領域を満たす量の複数倍の量によって形成しておき、前記後押し工程では、前記キレート液の層の先端部を前記スケール付着領域に配置し、前記養生工程では、前記キレート液の層をその上の水の層によって所定量ずつ後押しすることにより、前記スケール付着領域に接する部位を間欠的にずらしながらスケールを溶解することを特徴とする。
【0012】
前述の除去方法では、スケール付着領域をカバーし得る量の新たなキレート液を後押ししている水の層の上に継ぎ足すようにして供給したが、この方法の場合は、長さのある坑井内の容積を利用するように、あらかじめ多くの量のキレート液を注入してスケール付着領域よりも上方位置に溜めておき、これを所定量ずつ後押しすることにより、その下端部から順次スケール溶解の用に供するのである。
【0013】
また、本発明に係るスケール除去方法において、前記カルシウム系スケールは硬石膏を主成分とするものであり、前記キレート液はニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸の中から選択されるいずれか又はこれらの二種以上の混合物を主成分とするものであることを特徴とする。硬石膏は坑井の地中深いフィードポイントの位置に付着するが、キレート液の層を水の層によって後押ししながら送り込む方法であるから、地中深い位置までキレート液を送り込むことができ、そのキレート液として用いるニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸は硬石膏の溶解に特に効果を有するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法は、キレート液を水によって坑井の深い位置まで送り込んでスケール付着領域に滞留させることにより、スケールを溶解するという方法であり、掘削機器を用いないため安価に実施することができるとともに、蒸気井のフィードポイントまでキレート液を送り込むことができるので、坑井の深部に生成する硬石膏からなるスケールも溶解して除去することができ、しかも液体であるので、孔明管の外周面に付着したスケールも除去することができ、スケールの除去効果が極めて高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明に係る地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法の実施形態を図面を参照しながら説明する。
【0016】
図1は、地熱発電施設における蒸気井を示している。この蒸気井1は、掘削により形成された坑壁2の内側に複数本の鋼管3〜6が配置されるとともに、その鋼管3〜6の周囲に坑壁2との間を埋めるようにセメント7が設けられている。この場合、鋼管3〜6は径が大きいものが地表8の近くに埋め込まれ、その大径の鋼管3の内側に徐々に径が小さい長尺の鋼管が埋め込まれて、地中深くにまで延びている。全体としては、例えば2.5kmの深さにまで到達しており、そのうちの半分の1.3km程度の深さまではセメント7によって坑壁2が保護されているが、その深さから先端部では、地中の熱水を汲み上げるために、坑壁2の内側に、管壁に多数の孔9を有する比較的細径の孔明管6が配置されている。そして、これら複数本の鋼管3〜6により、地熱流体が上昇する坑井10が形成され、そのうち深さ方向の先端部の孔明管6により構成される部分がフィードポイント11、深さ方向の中央部付近で内径が拡大して断面が変化している付近がフラッシングポイント12とされる。
【0017】
また、地上には、坑口15の部分に主バルブ16が設けられ、この主バルブ16を開放状態とすることにより、汲み上げられた地熱流体を気水分離器(図示略)に送って熱水と蒸気とに分離するようになっている。また、主バルブ16の上流側に、図示例では2本の配管17,18が分岐するように接続されるとともに、これら配管17,18に、流路を開閉するための弁19が設けられており、そのうちの一方の配管17には、キレート液及び水の供給配管(図示略)が選択的に接続されるようになっている。
【0018】
次に、このように構成されている蒸気井1の坑井10内に付着したスケールの除去方法の第1実施形態について図2のフローチャート及び図3の模式図に従って説明する。図3において符号Sが坑井10のフィードポイント11に付着したスケールを示しており、符号Hは坑井10の深さ方向に沿うスケール付着領域を示している。
(1)噴気停止工程
まず、坑口15の主バルブ16を閉塞状態とすることにより蒸気井1の噴気を停止する。
(2)坑井抑圧工程
坑口15に接続されている配管17の弁19を開放して水を注入することにより、坑井10内を冷却し、内部の圧力を抑えて低下させる。この状態では図3(a)に示すように坑井10内が水Wによって充満させられた状態となっている。
(3)キレート液注入工程
次いで、この水Wの層の上からキレート液Cを必要量注入する。その量は、キレート液が坑井10のフィードポイント11部分に溜められた状態で、スケール付着領域Hの長さをカバーするのに十分な深さとなる量であり、さらにその必要量よりも若干多い量とされる。図3(b)は先に注入した水Wの層の上にキレート液Cを注入することにより、キレート液Cの層が形成された状態を示しており、最初に坑井10の抑圧のために注入した水Wの層と、キレート液Cの層と、新たに注入した水Wの層との3層構造となって坑井10内に配置されている。
(4)後押し工程
次に、この図3(b)に示す3層構造における上側の水Wの層にさらに水Wを注入していくことにより、後から入れた水Wの層によって後押しするようにして全体を坑井10の深部まで押し込んでいき、キレート液Cの層が坑井10内のスケール付着領域Hをカバーし得る位置に配置させる。
(5)養生工程
そして、キレート液Cの層が坑井10内のスケール付着領域Hをカバーし得る位置にまで達したら、水Wの注入を停止することにより、キレート液Cの層をその位置に滞留させる。この状態を示すのが図3(c)であり、この状態では、キレート液Cの層がスケール付着領域Hの全面に接した状態とされ、この状態で所定時間維持されることにより、キレート液CによってスケールSが溶解してくる。この場合、スケールSは、坑井10の内周面だけでなく外周面にも付着する場合があるが、キレート液Cは坑井10の孔明管6の孔9(図1参照)から坑井10の外側にも浸み出すので、孔明管6の外周面に付着したスケールも溶解することができる。
【0019】
そして、このキレート液Cをスケール付着領域Hに滞留させた状態で例えば半日〜1日程度保持した後、必要に応じて、上側の水Wの層の上からさらにキレート液を注入して、先のキレート液の層と同様のキレート液の層を新たに形成し、その上からさらに水を注入して後押ししながら、先のキレート液の層と交替するように新たなキレート液の層をスケール付着領域Hに配置し、所定時間滞留させておく。このようにしてキレート液注入工程から養生工程までを必要に応じて複数回繰り返すことにより、坑井10内のスケールSのほぼ全部を溶解することができ、所定の必要回数が終了したら、キレート液を押し流した後、坑口15の主バルブ16を開放して噴気を誘導し、通常の運転を再開する。
【0020】
なお、坑井10内のどの位置にスケールSが付着しているかの把握は、あらかじめキャリパ検層により、坑井10の孔径の変化を深さ方向に連続的に測定してスケール付着領域Hの深さ位置及びその領域の範囲を特定することにより行われる。そのスケールSの付着量は、坑井10の内径、付着領域Hにおける内径(あるいは付着厚さ)、付着領域Hの長さによって、付着体積を算出して特定することができ、スケールSの密度、空隙率との関係からスケールSの付着重量を算出することができる。また、キレート液注入工程から養生工程までの必要繰り返し回数は、硬石膏とキレート液とはモル比が1:1で反応することから、キレート液の分子量と硬石膏の分子量との比率からキレート液単位重量当たりの溶解能力が求められるので、スケールの付着重量、付着領域の容積、キレート液の密度、濃度から必要回数が求められる。例えば、約16cmの内径の孔明管に、5〜10%濃度のEDTA(エチレンジアミン四酢酸)溶液を20m3用い、一回の養生を12時間〜24時間かけて5〜10回繰り返すことにより、養生の総日数として約1週間、噴気停止及び噴気誘導の前後の作業も含め約2週間の作業となる。
【0021】
図4及び図5は本発明の第2実施形態によるスケール除去方法を示している。この第2実施形態の除去方法では、先の第1実施形態と「噴気停止工程」及び「坑井抑圧工程」における各作業は同じであり、次の「キレート液注入工程」において、第1実施形態の場合は、注入されるキレート液の量がスケール付着領域Hの長さをカバーする分の量としたが、この第2実施形態の場合は、スケール付着領域Hの長さをカバーする分の複数倍の量のキレート液Cが注入される。そして、「後押し工程」では、キレート液Cの層を水Wの層によって後押しして坑井10の深部まで送り込み、図5(a)に示すように、そのキレート液Cの層の先端部が目的とするスケール付着領域Hに接する位置で停止する。
【0022】
そして、「養生工程」においては、この図5(a)に示す状態で所定時間保持した後、再度、水Wの層によってほぼスケール付着領域Hの長さ分を後押しすることにより、図5(b)に示すように、今までスケール付着領域Hに接していた部分のキレート液を排出して、新たな部分のキレート液をスケール付着領域Hに配置させ、所定時間保持した後、同様の操作を繰り返す。このようにして、ほぼスケール付着領域Hの長さ分ずつキレート液の層を後押しすることにより、スケール付着領域Hに接する部位を間欠的にずらしながら新たなキレート液をスケール付着領域Hに接触させてスケールを溶解するのである。これを繰り返すことによりすべてのキレート液Cが消費された時点で作業を終了する。
【0023】
つまり、この第2実施形態のスケール除去方法は、第1実施形態におけるスケール除去方法では、スケール付着領域をカバーし得る量のキレート液を水の層と交互に注入して、そのキレート液の層を一層ずつスケール付着領域に配置したのに対して、これら複数の層の分のキレート液を一度に注入して、そのキレート液の層の先端部をスケール付着領域Hに配置することにより、スケール付着領域Hよりも上方位置に多くのキレート液を溜めておき、これを所定量ずつ後押し(間欠送り)することにより、キレート液の層をずらしながらその下端部から順次スケール溶解の用に供するようにしたものである。
【0024】
次に、スケールとして硬石膏を各種のキレート液によって溶解した実験結果について説明する。
【0025】
硬石膏としては、ペルー産の鉱物標本と、秋田県澄川地熱発電所の生産井で実際に採取されたスケールとの二種類を用いた。いずれもX線回析によれば、硬石膏のみで不純物の回析ピークは認められなかった。
【0026】
キレート液としては、キレート剤販売メーカー3社から表1に示す4製品を選定した。これらを表中に記載したCH剤、NCS剤、NCC剤、BJ剤と呼ぶこととする。これらキレート剤はいずれも有機系(アミノカルボン酸系)のキレート剤であり、EDTA系(エチレンジアミン四酢酸:Ethylene Diamine Tetraacetic Acid)、NTA系(ニトリロ三酢酸:Nitrilo Triacetic Acid)、DTPA系(ジエチレントリアミン五酢酸:Diethylene Triamine Pentaacetic Acid)が含まれる。NCS剤はEDTAをベースにした混合品である。いずれも耐熱温度は200℃以上と高く、地熱環境での使用に適している。
【0027】
【表1】
【0028】
これらのキレート液を使用して、濃度、固液比等を変えたものをそれぞれビーカに入れて所定の試験温度に保持し、その中に二種類の硬石膏のいずれかを浸漬させて溶解量を測定した。そのうち、試験温度としては、約20℃の室温、50℃、80℃の3条件とした。濃度は、キレート剤が粉体のものと液体のものとがあるため、目安として、粉体のものは5〜40%wt/vol、液体のものは原液、その4倍希釈、10倍希釈の濃度とした。固液比は、固体であるスケール1gに対してキレート液100mlを基本として、坑井内での状況を考慮し、キレート液の比率が低い条件として10ml及び20mlを加えて実施した。すべての条件において300rpmで攪拌した。これらの試験条件を一覧にして表2に示す。
【0029】
【表2】
【0030】
これらの各試験結果を示したのが図6から図14であり、以下、これらの図を参照しながら各種試験結果について説明する。これらの図において、「溶解量(g)/硬石膏1g」とは、硬石膏1gのうち溶解した量を表しており、1.0が全量溶解したことを示す。
【0031】
図6は、キレート液としてCH剤の5%溶液を使用し、試験温度を20℃、50℃、80℃の3条件として、その温度による溶解度の変化を測定した結果を示している。この図6から明らかなように、常温(約20℃)から80℃までの温度範囲では、温度上昇に伴い溶解速度は高くなり、短時間で溶解する。常温においても24時間で半分以上が溶解しており、キレート剤は硬石膏の化学洗浄に有効であることが明らかになった。最も温度が高い80℃では15時間で全量溶解した。このことは、実坑井への適用の際にも、キレート液を注入して養生中に坑井内は注水を停止することにより温度上昇が起こるので、スケールの溶解を促進させる好ましい条件となることを示しており、このような特性が示されたことは、現場作業の上からも好都合である。なお、この図6において、細線で示した値は、キレート剤を添加しない20℃の純水中に硬石膏を浸漬させたときの溶解度を示しており、この純水の結果との比較により、キレート液によって著しく溶解が促進されることがわかる。
【0032】
図7から図10は、キレート液の濃度と溶解度との関係を示しており、図7がCH剤、図8がNCS剤、図9がBJ剤、図10がNCC剤の場合をそれぞれ示している。いずれの場合も温度は50℃の一律とした。これらのうち、図7から図9に示されるように、溶液濃度については、5%から20%の範囲では、濃度の増加とともに溶解速度は高くなるが、10%以上では僅差となっている。言い換えれば、濃度の増加は、溶解速度を速める傾向を示しているが、比例関係にはなく、濃度増加分に見合う溶解速度の上昇効果は緩慢となっている。従って、高濃度での使用は、費用対効果の点で好ましくなく、モル濃度として、硬石膏試料よりキレート液が少ない条件でもキレート液は、短時間ですべて硬石膏の溶解に消費されることから、洗浄時のキレート濃度は5〜10%程度の濃度が最適である。つまり、キレート液の濃度を低くして、洗浄回数を増やす方が効果的と言える。なお、図10のNCC剤の場合は、原液そのままよりも、希釈液の方が効果が大きいことが示された。これら4種のキレート剤のうち、図7のCH剤及び図8のNCS剤の方が、他のキレート剤よりも溶解能力は高いと言える。
【0033】
図11及び図12は、硬石膏とキレート液とのモル比率を変化させたときの溶解度を測定した結果を示している。硬石膏とキレート液とは、モル比が1:1の状態で溶解する。図6から図10に示した各試験ではキレート液の方が硬石膏試料よりも多い状態で行っているため、時間をかければ硬石膏が溶け続けることとなる。これを硬石膏に比べてキレート液の比率を小さくすることにより、溶解度にどのような影響がでるかを確認した結果が図11及び図12である。つまり、実際の坑井内では、フィードポイントのような径が小さい部分において、その部分に溜めることができるキレート液の量が限られるため、特にスケールの厚さが厚い場合には、スケールよりもキレート液の方が先に消費され、スケールが残るといった状況も想定される。このような条件を再現するために、硬石膏試料に比べてキレート液を少なくした場合の溶解特性を調べたのである。
【0034】
これらの図において、図11に示すCH剤に対しては、10%溶液のものを硬石膏試料に対するモル比で0.3、0.6、3.0となるように、また、20%溶液のものは0.6、1.2、6.0となるようにして、それぞれ硬石膏試料を浸漬させた。一方、図12に示すNCS剤に対しては、原液と4倍希釈液とを使用し、原液にはモル比を0.8、1.6、8.0とし、4倍希釈液にはモル比を0.2、0.4、2.0とした。いずれも反応温度は80℃とした。
【0035】
これらの図からわかるように、時間の経過により溶解量が安定するのは、いずれのキレート剤においても、硬石膏試料よりもキレート液の方が少ない条件においてであり、定量的にキレート液がすべて消費され、反応が終焉することがすべての条件で確認され、反応効率が高いことが立証された。このような特性は、坑井内でのスケールの成長が著しいところほど、キレート液での洗浄効果があることを意味している。
【0036】
図13及び図14は、硬石膏試料の出所による影響を測定したものであり、図11がペルーで産出された硬石膏の鉱物標本であり、図12が秋田県澄川地熱発電所の生産井で採取されたスケールを用いている。これらの図の比較により、ペルー産出の試料では、CH剤の方がNCS剤より溶解速度が高い結果が出ているが、澄川地熱発電所の試料では溶解速度が逆転しており、固体試料による溶解速度の差異が認められた。硬石膏はいずれも天然産であるため、微量成分や結晶粒度等による違いがあらわれたものと考えられる。
【0037】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。例えば、上記第1実施形態と第2実施形態との中間的実施形態として、長い坑井内に、スケール付着領域をカバーし得る量のキレート液の層を適宜の量の水の層を介して複数層形成しておき、これを間欠的に送り出すことにより、スケール付着領域に順次キレート液の層を接触させていく方法としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明に係るスケール除去方法が適用される地熱発電設備の蒸気井を示す縦断面図である。
【図2】本発明に係るスケール除去方法の第1実施形態を示すフローチャートである。
【図3】第1実施形態のスケール除去方法における各工程毎の蒸気井の状態を順に示す縦断面図である。
【図4】本発明に係るスケール除去方法の第2実施形態を示すフローチャートである。
【図5】第2実施形態のスケール除去方法における各工程毎の蒸気井の状態を順に示す縦断面図である。
【図6】キレート液によって硬石膏を溶解する際の温度の違いによる溶解度の変化を測定した結果を示すグラフである。
【図7】CH剤を使用したキレート液の濃度と溶解度との関係を示すグラフである。
【図8】NCS剤を使用したキレート液の濃度と溶解度との関係を示すグラフである。
【図9】BJ剤を使用したキレート液の濃度と溶解度との関係を示すグラフである。
【図10】NCC剤を使用したキレート液の濃度と溶解度との関係を示すグラフである。
【図11】CH剤を使用したキレート液と硬石膏とのモル比率を変化させたときの溶解度を測定した結果を示すグラフである。
【図12】NCS剤を使用したキレート液と硬石膏とのモル比率を変化させたときの溶解度を測定した結果を示すグラフである。
【図13】ペルーで産出された硬石膏の鉱物標本に対する溶解度を測定した結果を示すグラフである。
【図14】秋田県澄川地熱発電所の生産井で採取されたスケールに対する溶解度を測定した結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0039】
1 蒸気井
2 坑壁
3〜5 鋼管
6 鋼管(孔明管)
7 セメント
8 地表
9 孔
10 坑井
11 フィードポイント
12 フラッシングポイント
15 坑口
16 主バルブ
17,18 配管
19 弁
S スケール
H スケール付着領域
W 水
C キレート液
【特許請求の範囲】
【請求項1】
地熱発電施設の蒸気井における坑井内に付着したカルシウム系スケールを除去する方法であって、
蒸気井の噴気を停止した後、蒸気井の坑井内に水を溜めることにより坑井の圧力を抑えて冷却する坑井抑圧工程と、
前記坑井内に溜められた水の層の上にキレート液を注入して該水の層の上にキレート液の層を形成するキレート液注入工程と、
前記キレート液の層の上にさらに水を注入することにより、前記キレート液の層を新たに注入した水の層によって後押しして前記坑井内のスケール付着領域に配置する後押し工程と、
該スケール付着領域に前記キレート液の層を配置した状態を保持することによりキレート液によってスケールを溶解する養生工程とを有することを特徴とする地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法。
【請求項2】
新たなキレート液と水とを交互に坑井内に注入しながら、前記キレート液注入工程から養生工程までを複数回繰り返すことを特徴とする請求項1記載の地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法。
【請求項3】
前記キレート液の層を、前記スケール付着領域を満たす量の複数倍の量によって形成しておき、前記後押し工程では、前記キレート液の層の先端部を前記スケール付着領域に配置し、前記養生工程では、前記キレート液の層をその上の水の層によって所定量ずつ後押しすることにより、前記スケール付着領域に接する部位を間欠的にずらしながらスケールを溶解することを特徴とする請求項1記載の地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法。
【請求項4】
前記カルシウム系スケールは硬石膏を主成分とするものであり、前記キレート液はニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸の中から選択されるいずれか又はこれらの二種以上の混合物を主成分とするものであることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法。
【請求項1】
地熱発電施設の蒸気井における坑井内に付着したカルシウム系スケールを除去する方法であって、
蒸気井の噴気を停止した後、蒸気井の坑井内に水を溜めることにより坑井の圧力を抑えて冷却する坑井抑圧工程と、
前記坑井内に溜められた水の層の上にキレート液を注入して該水の層の上にキレート液の層を形成するキレート液注入工程と、
前記キレート液の層の上にさらに水を注入することにより、前記キレート液の層を新たに注入した水の層によって後押しして前記坑井内のスケール付着領域に配置する後押し工程と、
該スケール付着領域に前記キレート液の層を配置した状態を保持することによりキレート液によってスケールを溶解する養生工程とを有することを特徴とする地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法。
【請求項2】
新たなキレート液と水とを交互に坑井内に注入しながら、前記キレート液注入工程から養生工程までを複数回繰り返すことを特徴とする請求項1記載の地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法。
【請求項3】
前記キレート液の層を、前記スケール付着領域を満たす量の複数倍の量によって形成しておき、前記後押し工程では、前記キレート液の層の先端部を前記スケール付着領域に配置し、前記養生工程では、前記キレート液の層をその上の水の層によって所定量ずつ後押しすることにより、前記スケール付着領域に接する部位を間欠的にずらしながらスケールを溶解することを特徴とする請求項1記載の地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法。
【請求項4】
前記カルシウム系スケールは硬石膏を主成分とするものであり、前記キレート液はニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸の中から選択されるいずれか又はこれらの二種以上の混合物を主成分とするものであることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の地熱発電施設における蒸気井のスケール除去方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2009−125680(P2009−125680A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−304170(P2007−304170)
【出願日】平成19年11月26日(2007.11.26)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年11月26日(2007.11.26)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
[ Back to top ]