説明

垂直磁気記録媒体の製造方法および垂直磁気記録媒体

【課題】十分な耐久性、耐湿性、耐コンタミネーション性を有し、しかもR/W特性を保持した好適な潤滑層を備えた垂直磁気記録媒体を提供することを目的とする。
【解決手段】基体110上に、磁気記録層122、媒体保護層126および潤滑層128をこの順に備える垂直磁気記録媒体100の製造方法において、潤滑層の膜厚を様々に変化させて表面自由エネルギーを測定する測定工程と、測定した表面自由エネルギーが最小値に達していない膜厚と表面自由エネルギーとの関係に近似する線形関数を導出する線形近似工程と、線形関数が表面自由エネルギーの最小値に達するときの膜厚Tを求める膜厚決定工程と、を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、垂直磁気記録方式のHDD(ハードディスクドライブ)などに搭載される垂直磁気記録媒体の製造方法および垂直磁気記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の情報処理の大容量化に伴い、各種の情報記録技術が開発されている。特に磁気記録技術を用いたHDDの面記録密度は年率100%程度の割合で増加し続けている。最近では、HDD等に用いられる2.5インチ径磁気ディスクにして、1枚あたり160GBを超える情報記録容量が求められるようになってきていて、このような要請にこたえるためには1平方インチあたり250GBitを超える情報記録密度を実現することが求められる。
【0003】
HDD等に用いられる磁気ディスクにおいて高記録密度を達成するために、近年、垂直磁気記録方式の磁気ディスク(垂直磁気記録ディスク)が提案されている。従来の面内磁気記録方式は磁気記録層の磁化容易軸が基体面の平面方向に配向されていたが、垂直磁気記録方式は磁化容易軸が基体面に対して垂直方向に配向するよう調整されている。垂直磁気記録方式は面内記録方式に比べて磁性粒が微細化するほど反磁界(Hd)が大きくなって保磁力Hcが向上し、熱揺らぎ現象を抑制することができるので、高記録密度化に対して好適である。
【0004】
従来の磁気記録用磁気ディスクは、アルミニウムやガラスなどの基板と、磁気記録を行う磁気記録層と、磁気ディスクの信頼性を確保する目的で、カーボン製の媒体保護層(カーボン保護層)と潤滑層とで構成されている。
【0005】
近年の高記録密度化にともない、磁気ヘッド・ディスク間の浮上量は低下している。例えば、磁気ヘッド浮上量の制御を安定化し、更なる低浮上量化を図るための技術の1つとして、DFH(Dynamic Flying Height)という技術が開発されている(例えば、非特許文献1)。DFHによれば、磁気ヘッドにヒータ素子を埋め込み、磁気ヘッドの動作時に、ヒータ素子を発熱させ、その熱によって磁気ヘッドが熱膨張し、磁気ディスクに向かってわずかに突出する。これにより、磁気ヘッドと磁気ディスク主表面との間に磁気的な間隙である磁気的スペーシングをその時にのみ小さくすることが可能である。すなわち、DFHとは、磁気ヘッドの磁気ディスクからの浮上量を低浮上量化することが可能な技術である。
【0006】
かかるDFHヘッドにより、更なる低浮上量化が図れたが、磁気ヘッドにはMR素子が搭載されていて、その固有の障害としてヘッドクラッシュ障害やサーマルアスペリティ障害を引き起こすという問題がある。また、これらの障害を引き起こさないまでも、間欠的な磁気ヘッド・ディスクの接触は、今後増大するものと想定される。
【0007】
そのため、潤滑層の表面の摩擦係数を低下させる要求が高まっている。これは、接触が生じた場合に、磁気ヘッドおよびディスクへのダメージを低下させて耐久性を向上させるとともに、カーボン製の媒体保護層(カーボン保護層)の磨耗を少しでも減らすことが求められているからである。
【0008】
加えて、HDD装置が採用される環境も、乗用車への搭載(車載)に代表されるように、高温・高湿など、非常に厳しくなっている。かかる環境ではディスクの汚染(コンタミネーション)は深刻であり、活性の高いカーボン保護層に対する対処が重要である。
【非特許文献1】明官、「モバイル2.5インチHDD」、雑誌FUJITSU、富士通株式会社、2007年1月、第58巻、第1号、p.10−15
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、耐久性、耐湿性や耐コンタミネーション性の向上を目的として潤滑層を厚くしすぎると、R/W特性(リード・ライト特性)が保持できなくなる。このように、耐久性等とR/W特性とは、トレードオフの関係にある。したがって、可能な限り小さい膜厚でR/W特性を確保しつつ、耐久性等の目的も達成する必要がある。
【0010】
ところが従来の潤滑剤開発においては、潤滑層自体が非常に薄膜化されているため、カーボン保護層をダメージから保護するだけの十分な膜厚を有する潤滑層でカーボン保護層が被覆されているかどうかを評価するのは、非常に困難であった。
【0011】
本発明は、このような課題に鑑み、十分な耐久性、耐湿性、耐コンタミネーション性を有し、しかもR/W特性を保持した好適な潤滑層を備えた垂直磁気記録媒体の製造方法および垂直磁気記録媒体を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、発明者らは、潤滑層の膜厚が不十分(被覆が不十分)な場合、潤滑層の下の媒体保護層の性質が媒体の主表面に現れ、表面自由エネルギーが高くなってしまうことに着目した。すなわち、表面自由エネルギーが高いということは、膜厚が不十分であり、耐久性、耐湿性、耐コンタミネーション性が不十分であり、摩擦係数も高いことに着目した。
【0013】
一方、潤滑層を厚くすると次第に表面自由エネルギーは減少するが、ある膜厚を超えると表面自由エネルギーは増大しなくなることにも着目した。すなわち、主表面に現れていた媒体保護層の性質が完全に消失した後は、潤滑層をそれ以上厚くしても意味はなく、却って、厚みを増した潤滑層により、R/W特性が低下してしまうことに着目した。
【0014】
上記課題を解決するために、本発明の代表的な構成は、基体上に、磁気記録層、媒体保護層および潤滑層をこの順に備える垂直磁気記録媒体の製造方法において、潤滑層の膜厚を様々に変化させて表面自由エネルギーを測定する測定工程と、測定した表面自由エネルギーが最小値に達していない膜厚と表面自由エネルギーとの関係に近似する線形関数を導出する線形近似工程と、線形関数が表面自由エネルギーの最小値に達するときの膜厚を求める膜厚決定工程と、を含むことを特徴とする。
【0015】
上記の構成によれば、潤滑層の表面自由エネルギーが最小値に達するのに必要な潤滑層の最小の膜厚を求めることが可能である。これにより、耐久性、耐湿性、耐コンタミネーション性が十分であり、摩擦係数も高い一方、トレードオフの関係にあるR/W特性も保持した垂直磁気記録媒体を製造可能である。
【0016】
上記の測定工程では、接触角法を用いて表面自由エネルギーを測定してよい。表面自由エネルギーが高ければ、膜厚が不十分であり、耐久性、耐湿性、耐コンタミネーション性が不十分であり、摩擦係数も高いという、被覆の程度の評価が可能だからである。また、垂直磁気記録媒体の潤滑層のように、非常に薄い層の表面自由エネルギーを測定するには、接触角法が適しているからである。
【0017】
上記の線形近似工程では、最小二乗法を用いて線形関数を導出してよい。膜厚と表面自由エネルギーとの関係に近似する直線を導出する方法として好適だからである。
【0018】
上記の潤滑層はパーフロロポリエーテルとしてよい。パーフロロポリエーテルは、C−Fを基本として、間にOをはさんだフッ素系合成油であり、耐熱性、耐薬品性に優れ、高い粘度指数を有する。
【0019】
本発明の他の代表的な構成は、基体上に、磁気記録層、媒体保護層および潤滑層をこの順に備える垂直磁気記録媒体において、潤滑層の膜厚は、表面自由エネルギーの最小値に達していない様々な膜厚と表面自由エネルギーとの関係に近似する線形関数が表面自由エネルギーの該最小値に達するときの膜厚であることを特徴とする。
【0020】
上述した垂直磁気記録媒体の製造方法における技術的思想に対応する構成要素やその説明は、当該垂直磁気記録媒体にも適用可能である。
【発明の効果】
【0021】
以上のように、本発明によれば、DFHが採用されるなどの低浮上量化された垂直磁気記録媒体において、耐久性、耐湿性、耐コンタミネーション性が十分であり、摩擦係数も低く抑えつつ、それらとトレードオフの関係にあるR/W特性も保持できる潤滑層を含む垂直磁気記録媒体を製造可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0023】
(実施形態)
本発明にかかる垂直磁気記録媒体の製造方法の実施形態について説明する。図1は本実施形態にかかる垂直磁気記録媒体100の構成を説明する図である。図1に示す垂直磁気記録媒体100は、基体としてのディスク基体110、付着層112、第1軟磁性層114a、スペーサ層114b、第2軟磁性層114c、前下地層116、第1下地層118a、第2下地層118b、非磁性グラニュラー層120、第1磁気記録層122a、第2磁気記録層122b、連続層124、媒体保護層126、潤滑層128で構成されている。なお第1軟磁性層114a、スペーサ層114b、第2軟磁性層114cは、あわせて軟磁性層114を構成する。第1下地層118aと第2下地層118bはあわせて下地層118を構成する。第1磁気記録層122aと第2磁気記録層122bとはあわせて磁気記録層122を構成する。
【0024】
ディスク基体110は、アモルファスのアルミノシリケートガラスをダイレクトプレスで円板状に成型したガラスディスクを用いることができる。なおガラスディスクの種類、サイズ、厚さ等は特に制限されない。ガラスディスクの材質としては、例えば、アルミノシリケートガラス、ソーダライムガラス、ソーダアルミノケイ酸ガラス、アルミノボロシリケートガラス、ボロシリケートガラス、石英ガラス、チェーンシリケートガラス、又は、結晶化ガラス等のガラスセラミックなどが挙げられる。このガラスディスクに研削、研磨、化学強化を順次施し、化学強化ガラスディスクからなる平滑な非磁性のディスク基体110を得ることができる。
【0025】
なお、ディスク基体110としてガラスに代えて、アルミニウムを用いてもよい。
【0026】
ディスク基体110上に、DCマグネトロンスパッタリング法にて付着層112から連続層124まで順次成膜を行い、媒体保護層126はCVD法により成膜することができる。この後、潤滑層128をディップコート法により形成することができる。
【0027】
以下、各層の構成および製造方法について説明する。本実施形態では、生産性が高いインライン型成膜方法を用いている。
【0028】
付着層112は非晶質の下地層であって、ディスク基体110に接して形成され、この上に成膜される軟磁性層114とディスク基体110との剥離強度を高める機能と、この上に成膜される各層の結晶グレインを微細化及び均一化させる機能を備えている。付着層112は、ディスク基体110がアモルファスガラスからなる場合、そのアモルファスガラス表面に対応させる為にアモルファスの合金膜とすることが好ましい。
【0029】
付着層112としては、例えばCrTi系非晶質層、CoW系非晶質層、CrW系非晶質層、CrTa系非晶質層、CrNb系非晶質層から選択することができる。なかでもCrTi系合金膜は、微結晶を含むアモルファス金属膜を形成するので特に好ましい。付着層112は単一材料からなる単層でも良いが、複数層を積層して形成してもよい。例えばCrTi層の上にCoW層またはCrW層を形成してもよい。またこれらの付着層112は、二酸化炭素、一酸化炭素、窒素、又は酸素を含む材料によってスパッタを行うか、もしくは表面層をこれらのガスで暴露したものであることが好ましい。
【0030】
軟磁性層114は、垂直磁気記録方式において記録層に垂直方向に磁束を通過させるために、記録時に一時的に磁路を形成する層である。軟磁性層114は第1軟磁性層114aと第2軟磁性層114cの間に非磁性のスペーサ層114bを介在させることによって、AFC(Antiferro-magnetic exchange coupling:反強磁性交換結合)を備えるように構成することができる。これにより軟磁性層114の磁化方向を高い精度で磁路(磁気回路)に沿って整列させることができ、磁化方向の垂直成分が極めて少なくなるため、軟磁性層114から生じるノイズを低減することができる。第1軟磁性層114a、第2軟磁性層114cの組成としては、CoTaZrなどのコバルト系合金、CoCrFeBなどのCo−Fe系合金、[Ni−Fe/Sn]n多層構造のようなNi−Fe系合金などを用いることができる。
【0031】
前下地層116は非磁性の合金層であり、軟磁性層114を防護する作用と、この上に成膜される下地層118に含まれる六方細密充填構造(hcp構造)の磁化容易軸をディスク垂直方向に配向させる機能を備える。前下地層116は面心立方構造(fcc構造)の(111)面がディスク基体110の主表面と平行となっていることが好ましい。また前下地層116は、これらの結晶構造とアモルファスとが混在した構成としてもよい。前下地層の材質としては、Ni、Cu、Pt、Pd、Zr、Hf、Nb、Taから選択することができる。さらにこれらの金属を主成分とし、Ti、V、Ta、Cr、Mo、Wのいずれか1つ以上の添加元素を含む合金としてもよい。例えばNiW、CuW、CuCrを好適に選択することができる。
【0032】
下地層118はhcp構造であって、磁気記録層122のCoのhcp構造の結晶をグラニュラー構造として成長させる作用を有している。したがって、下地層118の結晶配向性が高いほど、すなわち下地層118の結晶の(0001)面がディスク基体110の主表面と平行になっているほど、磁気記録層22の配向性を向上させることができる。下地層の材質としてはRuが代表的であるが、その他に、RuCr、RuCoから選択することができる。Ruはhcp構造をとり、また結晶の格子間隔がCoと近いため、Coを主成分とする磁気記録層を良好に配向させることができる。
【0033】
下地層118をRuとした場合において、スパッタ時のガス圧を変更することによりRuからなる2層構造とすることができる。具体的には、上層側の第2下地層118bを形成する際に、下層側の第1下地層118aを形成するときよりもArのガス圧を高くする。ガス圧を高くするとスパッタリングされるプラズマイオンの自由移動距離が短くなるため、成膜速度が遅くなり、結晶配向性を改善することができる。また高圧にすることにより、結晶格子の大きさが小さくなる。Ruの結晶格子の大きさはCoの結晶格子よりも大きいため、Ruの結晶格子を小さくすればCoのそれに近づき、Coのグラニュラー層の結晶配向性をさらに向上させることができる。
【0034】
非磁性グラニュラー層120は非磁性のグラニュラー層である。下地層118のhcp結晶構造の上に非磁性のグラニュラー層を形成し、この上に第1磁気記録層122aのグラニュラー層を成長させることにより、磁性のグラニュラー層を初期成長の段階(立ち上がり)から分離させる作用を有している。非磁性グラニュラー層120の組成は、Co系合金からなる非磁性の結晶粒子の間に、非磁性物質を偏析させて粒界を形成することにより、グラニュラー構造とすることができる。特にCoCr−SiO、CoCrRu−SiOを好適に用いることができ、さらにRuに代えてRh(ロジウム)、Pd(パラジウム)、Ag(銀)、Os(オスミウム)、Ir(イリジウム)、Au(金)も利用することができる。また非磁性物質とは、磁性粒(磁性グレイン)間の交換相互作用が抑制、または、遮断されるように、磁性粒の周囲に粒界部を形成しうる物質であって、コバルト(Co)と固溶しない非磁性物質であればよい。例えば酸化珪素(SiOx)、クロム(Cr)、酸化クロム(CrO)、酸化チタン(TiO)、酸化ジルコン(ZrO)、酸化タンタル(Ta)を例示できる。
【0035】
磁気記録層122は、Co系合金、Fe系合金、Ni系合金から選択される硬磁性体の磁性粒の周囲に非磁性物質を偏析させて粒界を形成した柱状のグラニュラー構造を有した強磁性層である。この磁性粒は、非磁性グラニュラー層120を設けることにより、そのグラニュラー構造から継続してエピタキシャル成長することができる。本実施形態では組成および膜厚の異なる第1磁気記録層122aと、第2磁気記録層122bとから構成されている。第1磁気記録層122aと第2磁気記録層122bは、いずれも非磁性物質としてはSiO、Cr、TiO、B、Fe等の酸化物や、BN等の窒化物、B等の炭化物を好適に用いることができる。
【0036】
連続層124はグラニュラー構造を有する磁気記録層122の上に、面内方向に磁気的に連続した層(連続層とも呼ばれる)である。連続層124は必ずしも必要ではないが、これを設けることにより磁気記録層122の高密度記録性と低ノイズ性に加えて、逆磁区核形成磁界Hnの向上、耐熱揺らぎ特性の改善、オーバーライト特性の改善を図ることができる。
【0037】
なお連続層124として、単一の層ではなく、高い垂直磁気異方性かつ高い飽和磁化MSを示す薄膜(連続層)を形成するCGC構造(Coupled Granular Continuous)としてもよい。なおCGC構造は、グラニュラー構造を有する磁気記録層と、PdやPtなどの非磁性物質からなる薄膜のカップリング制御層と、CoBとPdとの薄膜を積層した交互積層膜からなる交換エネルギー制御層とから構成することができる。
【0038】
媒体保護層126は、真空を保ったままカーボンをCVD法により成膜して形成することができる。媒体保護層126は、磁気ヘッドの衝撃から垂直磁気記録層を防護するための保護層である。一般にCVD法によって成膜されたカーボンはスパッタ法によって成膜したものと比べて膜硬度が向上するので、磁気ヘッドからの衝撃に対してより有効に磁気記録層122を防護することができる。媒体保護層126の最表面には窒素処理を施した。
【0039】
媒体保護層126は、CVD法に代えて、FCVA(Filtered Cathodic Vacuum Arc)方式、IBD(Ion Beam Deposition)方式で成膜してもよい。
【0040】
潤滑層128は、PFPE(パーフロロポリエーテル)をディップコート法により成膜することができる。PFPEは長い鎖状の分子構造を有し、媒体保護層126表面のN原子と高い親和性をもって結合する。この潤滑層128の作用により、垂直磁気記録媒体100の表面に磁気ヘッドが接触しても、媒体保護層126の損傷や欠損を防止することができる。
【0041】
潤滑層128の素材として、より具体的には、Fomblin Z(「フォンブリン」は登録商標)系潤滑剤(Fomblin Z DOL、Fomblin Z TETRAOLなど)を用いた。図2は図1の潤滑層として用いることのできるFomblin Z系潤滑剤の化学構造式を示す図である。その潤滑剤分子に含まれる2種類の主鎖ユニット(n,mと添字のついた部分)の数により分子量(典型的には1000〜2000)が決定される。
【0042】
図3は図1の潤滑層の膜厚を決定するため、接触角法を用いて表面自由エネルギーを測定する測定工程の原理を説明する図である。図3(a)〜(c)は、それぞれ、固体130上に置いた液滴140の断面形状を模式的に示し、液滴140と固体130はある角度θで接触している。この角度θを接触角といい、図3(c)のように接触角θが小さいほど、その固体130の表面には親水性があり、「ぬれ」が良いという。反対に、図3(a)のように接触角が大きいほど、その固体130の表面には撥水性があり、「ぬれ」が悪いという。
【0043】
また、固体130の表面エネルギーをγS、液滴140の表面エネルギーをγL、固体/液体間の界面エネルギーをγSLとすると、次の式(1)が成り立つ。
cosθ=(γS−γL)/γSL (1)
これは言い換えれば、接触角θが小さく、cosθが大きく、「ぬれ」が良いほど、固体130の表面エネルギーγSは大きくなることを意味する。しかし表面エネルギーγSが大きい活性な面であることは、表面エネルギーの中の自由エネルギー成分、すなわち、表面自由エネルギーも高いことを意味する。つまり、潤滑層128の下の媒体保護層126の性質が媒体の主表面に現れ、表面自由エネルギーが高くなってしまっている、潤滑層128による被覆(膜厚)が不十分な状態である。
【0044】
潤滑層128の膜厚の決定は以下のようにして行う。Fomblin Z系潤滑剤は、精製方法に応じて分子量が決定され、精製された潤滑剤を磁気ディスクに塗布する。図4は図1の潤滑層の膜厚を様々に変化させ、図3の接触角法を用いて表面自由エネルギーを測定した結果を示すグラフである。
【0045】
図4に示すように、潤滑層128を次第に厚くしていくと、それ以上厚くしても、表面自由エネルギーは減少しない。そこで、測定した表面自由エネルギーが最小値に達していない膜厚と表面自由エネルギーとの関係に近似する線形関数を、最小二乗法を用いて導出した(線形近似工程)。ただし、近似する線形関数の決定方法は、最小二乗法に限られるものではない。また、本実施形態では線形関数を導出しているものの、それ以上の高次関数で近似するものを導出してもよい。
【0046】
次に、線形関数が表面自由エネルギーの最小値に達するときの膜厚Tを求めた(膜厚決定工程)。この膜厚Tは、表面自由エネルギーを最小値にする、すなわち、耐久性、耐湿性や耐コンタミネーション性を最大にできる、最小の膜厚であるといえる。このような必要最小限の膜厚Tを有する潤滑層を成膜することで、無為にR/W特性が低下してしまうことを防いでいる。膜厚Tより膜厚を大きくすると、ヘッド・メディア間でのスペーシングロスに起因するR/W特性の劣化が起こる。
【0047】
上記の構成によれば、潤滑層128の膜厚を、その表面自由エネルギーが最小値に達するのに必要な最小の膜厚Tとすることが可能である。この膜厚Tを各種潤滑剤(組成、分子量などの相違)、プロセス条件(bake, tape条件)などに応じて決定してよい。これにより、耐久性、耐湿性、耐コンタミネーション性が十分であり、摩擦係数も高い一方、トレードオフの関係にあるR/W特性も保持した垂直磁気記録媒体を製造可能である。
【0048】
以上の製造工程により、垂直磁気記録媒体100を得ることができる。以下に、実施例と比較例を用いて本発明の有効性について説明する。
【0049】
(実施例)
ディスク基体110上に、真空引きを行った成膜装置を用いて、DCマグネトロンスパッタリング法にてAr雰囲気中で、付着層112から連続層124まで順次成膜を行った。付着層112は、CrTiとした。軟磁性層114は、第1軟磁性層114a、第2軟磁性層114cの組成はCoCrFeBとし、スペーサ層114bの組成はRuとした。前下地層116の組成はfcc構造のNiW合金とした。下地層118は、第1下地層118aは高圧Ar下でRuを成膜し、第2下地層118bは低圧Ar下でRuを成膜した。非磁性グラニュラー層120の組成は非磁性のCoCr−SiOとした。磁気記録層122の組成は図1に示す通りとした。連続層124の組成はCoCrPtBとした。媒体保護層126はCVD法によりCおよびCNを用いて成膜し、媒体保護層の最表面には窒素処理を施した。潤滑層128はディップコート法によりPFPEを用いて成膜した。成膜後、一定温度で加熱処理を行った。
【0050】
製造した垂直磁気記録媒体100は、ドライブ内にて高温多湿条件で1週間、ロード/アンロード試験を行い、2週間、定点浮上試験を行った。その後、ヘッドに付着した潤滑剤を観察したところ、間欠的な磁気ヘッド・ディスクの接触があったことが認められたが、ヘッドクラッシュ障害やサーマルアスペリティ障害は生じず、潤滑層による十分な被覆、すなわち、耐久性、耐湿性、耐コンタミネーション性が十分であることが確認された。また、これらの相反する特性であるR/W特性にも、特段の問題は見られなかった。
【0051】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施例について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0052】
例えば、本実施形態では垂直磁気記録方式のディスクを用いたが、本発明は、面内磁気記録方式のディスクに用いることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、垂直磁気記録方式のHDD(ハードディスクドライブ)などに搭載される垂直磁気記録媒体の製造方法および垂直磁気記録媒体として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】実施形態にかかる垂直磁気記録媒体の構成を説明する図である。
【図2】図1の潤滑層として用いられるFomblin Z系潤滑剤の化学構造式を示す図である。
【図3】図1の潤滑層の膜厚を決定するため、接触角法を用いて表面自由エネルギーを測定する原理を説明する図である。
【図4】図1の潤滑層の膜厚を様々に変化させ、図3の接触角法を用いて表面自由エネルギーを測定した結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0055】
100 …垂直磁気記録媒体
110 …ディスク基体
112 …付着層
114a …第1軟磁性層
114b …スペーサ層
114c …第2軟磁性層
116 …前下地層
118 …下地層
118a …第1下地層
118b …第2下地層
120 …非磁性グラニュラー層
122 …磁気記録層
122a …第1磁気記録層
122b …第2磁気記録層
124 …連続層
126 …媒体保護層
128 …潤滑層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体上に、磁気記録層、媒体保護層および潤滑層をこの順に備える垂直磁気記録媒体の製造方法において、
前記潤滑層の膜厚を様々に変化させて表面自由エネルギーを測定する測定工程と、
前記測定した表面自由エネルギーが最小値に達していない膜厚と表面自由エネルギーとの関係に近似する線形関数を導出する線形近似工程と、
前記線形関数が表面自由エネルギーの前記最小値に達するときの膜厚を求める膜厚決定工程と、
を含むことを特徴とする垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項2】
前記測定工程では、接触角法を用いて表面自由エネルギーを測定することを特徴とする請求項1に記載の垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項3】
前記線形近似工程では、最小二乗法を用いて前記線形関数を導出することを特徴とする請求項1または2に記載の垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項4】
前記潤滑層はパーフロロポリエーテル(PFPE)であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項5】
基体上に、磁気記録層、媒体保護層および潤滑層をこの順に備える垂直磁気記録媒体において、
前記潤滑層の膜厚は、表面自由エネルギーの最小値に達していない様々な膜厚と表面自由エネルギーとの関係に近似する線形関数が表面自由エネルギーの該最小値に達するときの膜厚であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−238325(P2009−238325A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−84285(P2008−84285)
【出願日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】