説明

培養バッグ及び細胞培養方法

【課題】接着細胞を、自動化が容易な閉鎖系において、低コストで、効率よく、大量に培養し、タンパク質を大量に生産する方法の提供。
【解決手段】細胞接着性の粒状担体3が収容された、密閉可能な通気性袋状容器からなる培養バッグ。細胞を、細胞接着性の粒状担体上に接着させた状態で、密閉可能な通気性袋状容器内で培養する、該バッグを用いた細胞の培養方法。所望の細胞分泌性成分を製造する方法であって、(1)該成分を分泌し得る細胞を、細胞接着性の粒状担体上に接着させた状態で、密閉可能な通気性袋状容器内で培養すること;(2)培養物から細胞が接着した粒状担体を除去し、培養培地4を回収すること;及び(3)培養培地から該成分を単離することを含む、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高密度での細胞培養が可能な培養バッグ、該バッグを用いた細胞の培養方法、及び細胞分泌性成分の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の大量生産のために、接着細胞をラージスケールで培養する方法として、Tフラスコ、スピナーフラスコ、ローラーボトル等を用いた方法が知られている。これらの方法を行うに際しては、通常、CO2インキュベーターを用いてCO2ガス濃度を5%に、庫内温度を37℃に、庫内湿度を95%以上に制御した上で、培養容器のキャップを緩めて、容器内の環境をインキュベーター内気中に開放する必要がある。しかし、このような高温多湿の条件は、雑菌の繁殖にも適しているため、コンタミネーションの危険性が高くなるという問題点がある。また、細胞の播種、継代、培地交換、培地回収等の作業を閉鎖系で行うことが困難であるため、これらの操作を行う度にコンタミネーションの危険性にさらされることになる。
【0003】
また、上述の方法においては、作業の自動化のためには湿度に弱い精密機器をインキュベーター内に組込むことが必要であり、細胞の播種、継代、培地交換、培地回収等の作業を閉鎖系で行うことが困難であるため、培養の自動化やGMPへの適合が難しい。仮に培養を自動化できたとしても、大規模な設備を構築する必要があり、この設備の維持、点検のために膨大なコストを費やしてしまう。
【0004】
Tフラスコやローラーボトルを用いた方法においては、培養容器内で細胞が接着可能な面の面積が極めて限られている。その結果、大量のタンパク質を得るためには、膨大量の培養容器及び培養液を用いる必要が生じ、生産効率が低くなってしまう。
【0005】
閉鎖系での細胞培養を可能にするため、通気性の袋状容器からなる培養バッグを用いた細胞培養法が公知であり、様々な種類の培養バッグが開発されている(特許文献1〜3)。この方法は非接着性細胞の培養には優れているが、培養バッグは通常疎水性を有する素材を用いて作られているので、細胞が培養バッグに接着し難く、また、その内容積も限られているため、接着細胞の大量培養には不向きであると考えられている。
【0006】
一方、スピナーフラスコを用いた方法に代表されるように、細胞を粒状培養担体に接着させ、これを培地中に懸濁しながら培養することを特徴とする、接着細胞の培養方法が公知である。そして様々な種類の優れた粒状培養担体が開発されている。例えば、特許文献4には、セラミックスからなる基材及びその表面に固定化された金属粒子を有するスキャフォールドからなる粒状培養担体が開示されている。
【0007】
しかし、従来の粒状培養担体を用いた細胞培養方法においては、適度に担体を分散させるために培養液をスターラーで撹拌する必要があり、細胞へのせん断ストレスが生じ、細胞の生存性が低下してしまう。その結果、細胞密度を一定以上に上げることが困難となり、タンパク質の生産効率に限界が生じてしまう。
【0008】
細胞を粒状培養担体に接着させ、これを非通気性の袋状容器内の培地中で振蘯培養することを含む、接着細胞の培養方法が報告されている(非特許文献1)。しかし、この方法においては、細胞の呼吸、培養液のpHを維持するため、酸素及び二酸化炭素を含むガスを袋状容器内に大量に充満させる必要がある。そのため、振蘯により生じるウェーブにより細胞へせん断ストレスがかかり、細胞の生存性が低下してしまうおそれがある。また、大量の泡が発生し、培地中のタンパク質の失活を生じるおそれがある。
【0009】
従って、接着細胞を、自動化が容易な閉鎖系において、低コストで、効率よく、大量に培養し、タンパク質を大量に生産する方法を確立することが求められている。
【特許文献1】特開2006-262876号公報
【特許文献2】特開2005-224145号公報
【特許文献3】特開2006-101797号公報
【特許文献4】特開2006-280564号公報
【非特許文献1】Bruce Levine、“Technical and Regulatory Considerations for Use of a Bioreactor in Clinical Cell Manufacturing Under an IND”、[online]、International Society for Cellular Therapy、平成19年12月4日検索、インターネット<http://www.celltherapysociety.org/files/PDF/Meetings/Somatic_2007/Presentations/Wed_1545_5_Levine.pdf>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、接着細胞を、自動化が容易な閉鎖系において、低コストで、効率よく、高密度で培養し、タンパク質等の細胞分泌性成分を大量に生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究したところ、細胞を、細胞接着性の粒状担体上に接着させた状態で、密閉可能な通気性袋状容器内で培養することにより、極めて高い密度で培養することが可能であり、その結果、高濃度でタンパク質等の細胞分泌性成分を含む培地を容易に回収できることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
即ち、本発明は、以下のものを提供する:
[1]細胞接着性の粒状担体が収容された、密閉可能な通気性袋状容器を備えた培養バッグ。
[2]粒状担体の比重が1.006を上回る、[1]記載の培養バッグ。
[3]培地が袋状容器内に充填されている、[1]記載の培養バッグ。
[4]粒状担体の比重が該培地の比重を上回る、[3]記載の培養バッグ。
[5]細胞接着性物質が粒状担体の表面に配置されている、[1]記載の培養バッグ。
[6]細胞接着性物質が金属粒子である、[5]記載の培養バッグ。
[7]細胞接着性の粒状担体、及び密閉可能な通気性袋状容器を含む、細胞培養用キット。
[8]細胞を、細胞接着性の粒状担体上に接着させた状態で、密閉可能な通気性袋状容器内で培養することを含む、細胞の培養方法。
[9]初期細胞濃度が2.0×10〜5.0×10個/mlである、[8]記載の方法。
[10]所望の細胞分泌性成分を製造する方法であって、
(I)該成分を分泌し得る細胞を、細胞接着性の粒状担体上に接着させた状態で、密閉可能な通気性袋状容器内で培養すること;
(II)培養物から細胞が接着した粒状担体を除去し、培養培地を回収すること;及び
(III)培養培地から該成分を単離すること
を含む、方法。
[11]粒状担体の除去が、培地と粒状担体との間の比重差に基づき行われる、[10]記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の培養バッグは、上述した従前の課題を一挙に解決し、以下のようなメリットを生じる。
本発明の培養バッグを用いれば、多種多様な接着性細胞の高密度培養、長期間培養、高効率タンパク質生産が可能となる。
本発明の培養バッグは、通気性の部材を使用しているため、バッグ内の環境をインキュベーター内気中に開放する必要がない。また、培地の蒸発がほとんど無く、インキュベーター内部を加湿する必要が無いため、接着性細胞の培養時における雑菌のコンタミネーションのリスクが著しく低減される。更に、湿度に弱い精密機器をインキュベーター内に組み込むことが可能であるため、培養、タンパク質精製の自動化が簡便になる。
本発明の培養バッグは、閉鎖系での接着細胞の培養が容易であり、安全面に優れている。本発明の培養バッグを用いれば、接着細胞を播種した後の作業、培地添加、培地回収、有効成分の単離などの作業を自動化できるため、将来的にGMPレベルでのタンパク質生産等に対応しやすい。
本発明の培養バッグを用いれば、細胞数が多くなるに連れて、閉鎖回路を通じて、容量の大きいバッグへ細胞を移動させ、培地及び培養担体を添加するだけでスケールアップが可能である。従って、閉鎖系での接着細胞の継代、スケールアップが容易になる。
本発明の培養バッグを用いれば、容易に培養物から細胞を除去し、培養培地を回収することが可能であるので、タンパク質の大量生産における操作を簡素化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、細胞接着性の粒状担体が収容された、密閉可能な通気性袋状容器を備えた培養バッグを提供するものである。
【0015】
本発明に用いられる袋状容器は、通気性のものであり、密閉された状態でその内部と外部が通気性の材料を介して隔てられるように、少なくともその一部に通気性シート材を含む。例えば、袋状容器の内部に培地を充填した際に、該培地が接し得る面の少なくとも30%、好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上、最も好ましくは実質的に100%が通気性シート材により構成される。尚、本明細書において、密閉とは、内部に充填する培地が外部に漏れない状態を意味する。本明細書において、密閉は、例えば、クランプ等でチューブを閉鎖する方法、熱溶着によりチューブを閉鎖する方法等により実施される。
【0016】
通気性シート材は、一般に通気性材料と称される材料を選択すればよく、温度約25℃、湿度約50%における酸素の透過係数が約100〜5000cm/m・24hr・atm、好ましくは約1100〜3000cm/m・24hr・atm、さらに好ましくは約1250〜2750cm/m・24hr・atmであり、二酸化炭素透過係数が約1000〜20000cm/m・24hr・atm、好ましくは約3000〜11500cm/m・24hr・atmであり、さらに好ましくは約5000〜10000cm/m・24hr・atmである。さらに工業的に成形加工性に優れ、ガンマ線滅菌に耐えうるものであり、かつ内部の培地の様子を観察することができる透明性の材料であることが好ましい。選択すべき適切な材料としては、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリ(エチレン−ビニルアセテート)コポリマー、ポリ(エチレン−エチルアクリレート)コポリマーおよびポリ(エチレン−メタアクリレート)コポリマーなどが挙げられ、これらを使用した積層体であってもよいが、これに限定されるものではない。
【0017】
本発明に用いられる袋状容器は、その全体として可撓性を有するように、可撓性を有するシート状の材料からなることが好ましい。袋状容器の形状としては、正方形、長方形、菱形、円形および楕円形などがあげられ、外見および製造の容易性などの観点から長方形が好ましいが、これに限定されるものではない。
【0018】
本発明に用いられる袋状容器は、シート材を重ね合わせた上で、縁部を強シールすることにより製造することが出来る。
【0019】
本発明に用いられる袋状容器には、細胞懸濁液、培地、粒状担体等を導入又は導出するためのポートを気密的に少なくとも1つ設けることができる。上記ポートは、2枚のシート材で挟んだ状態で強シールすることで設けることができる。従って、上記ポートはある程度可撓性を有する材料であり、シート材と熱溶着性のよいものを使用することが好ましく、例えば低密度ポリエチレンなどで作製したものが挙げられる。上記ポートには、袋状容器を密閉し得るように、閉鎖手段を設けることができる。閉鎖手段としては、クリップなどの狭持体、連通ピース(折れ棒)、コック等を挙げることができる。
【0020】
本発明に用いられる粒状担体の大きさは、少なくとも1個の培養対象の細胞が1個の該担体表面上へ接着した状態で増殖可能な大きさであれば、特に制限されるものではない。粒状担体の体積平均粒子径は、例えば、10μm〜1000μm、好ましくは25μm〜700μm、より好ましくは50μm〜400μmである。粒状担体の体積平均粒径は、レーザー式粒度分布測定装置で、例えば生理食塩水(NaCl 0.9重量%水溶液)を分散媒として測定できる。
【0021】
本発明に用いられる粒状担体の形状は、培養時における細胞のせん断ストレスを減少させるため、出来る限り球状に近いことが好ましい。ここで、「球状」とは、粒子の最大径を最小径で割った値(最大径/最小径)が1であることをいう。粒子の最大径及び最小径は、担体を顕微鏡を用いて観察することにより測定することが出来る。本発明に用いられる粒状担体の最大径/最小径の値は、通常5以下、好ましくは2以下、より好ましくは1.5以下である。
【0022】
本発明に用いられる粒状担体の基材は、その担体表面上に培養対象の細胞が接着した状態で増殖可能なものであれば、その種類は特に制限されるものではない。粒状担体の基材としては、セルロース、ポリプロピレン、セラミックス、ポリスチレン、ポリウレタン、ポリアミド、ポリエステル、シリカゲル、シリコン樹脂やこれらの混合物を挙げることができる。
【0023】
好ましい態様において、本発明に用いられる粒状担体の基材はセラミックスである。基材となり得るセラミックスの原料としては、従来よりセラミックスの製造分野において使用されている安定な無機材料であれば特に限定されず、具体的には、金属酸化物であるSiO2、Al2O3、Y2O3、ZrO2、CuO、ZnO、Cr2O3、CoO、MoO2、Ta2O5等が挙げられ、製造が容易であり、かつ安価であることから、SiO2、Al2O3、Y2O3、ZrO2等が好ましいが、本発明はこれら金属酸化物に限定されるものではない。セラミックスは、常法により上記原料を高温処理することによって製造することができる。
【0024】
本発明に用いられる粒状担体は、その担体表面上に培養対象の細胞が接着した状態での増殖効率を向上させるために、培養対象の細胞表面に対して親和性のある物質であって、細胞と担体との接着を媒介し得る物質(細胞接着性物質)を粒状担体の表面に配置することが好ましい。該物質の種類は、培養対象の細胞の種類に応じて適宜選択することが可能であり、特に限定されるものではない。該物質の種類としては、例えば、金属粒子、接着性オリゴペプチド、細胞外マトリクス、ポリカチオン(ポリリジン等)、ゼラチン、レクチン、多糖類(ヒアルロン酸等)、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ε−アミノカプロラクトン、コラーゲン及びキトサン等を挙げることができる。
【0025】
好ましい態様において、本発明に用いられる粒状担体は、金属表面修飾が施されたものである。本発明において「金属表面修飾」とは、金属粒子が担体(基材)表面に配置(固定化)されている状態をいう。該修飾は、高分散修飾であることが好ましい。なお、「高分散修飾」とは、金属粒子が凝集することなく固定化されている状態をいう。
【0026】
金属粒子としては、貴金属粒子(Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、Ru等)等が挙げられる。例えば、貴金属粒子としては、Au、Pdが好ましく、中でもAuは、生体分子であるタンパク質やペプチドに対する親和性が高く、かつ細胞毒性が低いので、特に好ましい。
【0027】
貴金属粒子は、表面エネルギーが高く、反応性に富んでいるという理由から、ナノメートルオーダーの粒子であることが好ましい。
【0028】
貴金属ナノ粒子の体積平均粒子径は、培養対象の細胞が担体上へ接着した状態で増殖可能である限り特に限定されないが、例えば、1nm〜100nm、好ましくは3nm〜50nm、より好ましくは5nm〜20nmである。貴金属ナノ粒子の体積平均粒径は、レーザー式粒度分布測定装置で、例えば生理食塩水(NaCl 0.9重量%水溶液)を分散媒として測定できる。
【0029】
基材表面と金属粒子との結合様式は、培養対象の細胞が担体上へ接着した状態で増殖可能である限り、いかなるものであってもよい。好ましくは特開2006−280564号公報に記載されるように、無機材料(セラミックス等)と金属粒子とを焼結させることにより生ずる結合等が挙げられる。
【0030】
この態様の培養担体における金属の担持量(担体の全重量に対する担持金属重量の割合(重量%))は、低領域(0.001重量%程度)から高領域(10重量%程度)まで調整可能である。金属の担持量は、0.001重量%〜10重量%であり、より好ましくは0.01重量%〜5重量%、特に好ましくは0.01重量%〜1重量%である。
【0031】
本発明に用いられる粒状担体の比重は、袋状容器に充填する培地の比重を上回ることが好ましい。これにより、本発明の培養バッグを用いて細胞を培養した後で、培養物をバッグ内又は外で静置し、あるいは遠心分離することにより、比重差に基づき細胞が接着した粒状担体が沈み、細胞が接着した粒状担体とそれ以外の培養物とを容易に分離することが可能となる。その一方で、粒状担体の比重が大きすぎると、培養時に粒状担体を培地中に分散させることが困難となる。従って、本発明に用いられる粒状担体の比重は、通常、少なくとも1.006を上回り、好ましくは1.006超且つ20以下であり、より好ましくは1.006超且つ15以下であり、最も好ましくは1.006超且つ10以下である。本明細書において、粒状担体の比重は、生理食塩水で膨潤した状態における20℃での比重を意味する。なお、20℃における生理食塩水の比重は1.006である。尚、本発明において、細胞接着性物質を粒状担体の表面に配置した場合における比重は、細胞接着性物質の重量の割合が粒状担体の重量の割合と比較して非常に小さいことを鑑みて、細胞接着性物質の比重を無視し、粒状担体の比重をそのまま用いるものとする。また、培養物とは、細胞を培養することにより得られる結果物をいい、細胞、培地、粒状担体、場合によっては細胞分泌性成分等が含まれる。
【0032】
本発明の培養バッグにおいて、袋状容器内に収容される粒状担体の量は、表面に培養対象の細胞が担体上へ接着した状態で増殖可能であり、かつ回転又は振蘯により当該粒状担体の分散が可能であれば、特に限定されるものではない。例えば、粒状担体として、粒子径64μm〜210μmの多孔質シリカゲル粒子(比重2.2、全体の重量を1とした時の重量の割合99.975wt%)の表面に、体積平均粒子径15nmの金コロイド粒子(全体の重量を1とした時の担持重量比0.025wt%)を配置したものを用いる場合、袋状容器の容量1ml当たり当該粒状担体1〜500mg、好ましくは5〜100mgが収容される。
別の観点から、上記の事例において、粒状担体1gの総表面積は約314〜1031cmである。ここで、10cm dish 1枚分の表面積は、約60cmである。したがって、上記の総表面積は、10cm dish 約5〜18枚に相当するのである。尚、粒状担体1gの総表面積は、細胞接着性物質の粒径が粒状担体の粒径と比較して非常に小さいことを鑑みて、細胞接着性物質の表面積を無視し、粒状担体の粒径及び比重から算出している。
【0033】
本発明の培養バッグは、その袋状容器内に培地が充填されていてもよい。本明細書において、培地は基本的に、エネルギー源、栄養素、補酵素、無機イオン、血清およびpH緩衝液から構成される汎用のものを意味する。これらの培地成分は、培養する細胞に応じてそれぞれの配合量で調製する。エネルギー源は細胞の生理活動に必要な燃料となり、グルコースなどが挙げられる。栄養素として核酸、アミノ酸などが添加され、細胞構成原料となる。アミノ酸はバリン、ロイシン、リジンなどの必須アミノ酸だけでなく、非必須アミノ酸なども添加される。補酵素は、ビタミン類や微量金属などの細胞内酵素活性の増強と安定化させる役割がある。無機イオンは生体内に存在するイオンであり、培地の浸透圧の調整を行う役割を果たす。例としては、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオンおよびカルシウムイオンなどが挙げられる。また必要に応じて、血清や細胞成長因子も添加する。そして、pH緩衝液は以上の成分を配合した培地のpHを調整する役割を果たし、リン酸緩衝液、炭酸塩(重曹)、N−2−ヒドロキシエチルピペラジン−N’−2−エタンスルホン酸(HEPES)などが挙げられる。
【0034】
また、これらの培地には上記成分以外の組成物または天然物を適時加えてもよい。これらの添加物としては、インスリン、ホルボールエステル、ヒドロコルチゾンおよび動物由来脳下垂体抽出物などが挙げられる。
【0035】
充填する培地の量は、バッグの内容積を100%とした場合、10〜100%、好ましくは30〜100%である。
【0036】
袋状容器内に培地を充填した場合、袋状容器内に収容される粒状担体の量は、接着細胞の高密度培養が可能であり、かつ回転又は振蘯等により当該粒状担体の分散が可能となるようにすればよい。例えば、粒状担体として、粒子径64μm〜210μmの多孔質シリカゲル粒子(比重2.2、全体の重量を1とした時の重量の割合99.975wt%)の表面に、体積平均粒子径15nmの金コロイド粒子(全体の重量を1とした時の担持重量比0.025wt%)を配置したものを用いる場合、袋状容器の容量1ml当たり当該粒状担体1〜500mg、好ましくは5〜100mgが収容される。
別の観点から、上記の事例において、粒状担体1gにおける多孔質シリカゲル粒子の総表面積は約314〜1031cmである。ここで、10cm dish 1枚分の表面積は、約60cmである。したがって、上記の総表面積は、10cm dish 約5〜18枚に相当するのである。尚、粒状担体1gの総表面積は、細胞接着性物質の粒径が粒状担体の粒径と比較して非常に小さいことを鑑みて、細胞接着性物質の表面積を無視し、粒状担体の粒径及び比重から算出している。
【0037】
本発明の培養バッグは、必要に応じて滅菌処理を施してもよい。滅菌方法は、担体粒子及び袋状容器の材料に応じて、例えば、放射線滅菌、エチレンオキサイドガス滅菌及びオートクレーブ滅菌等から選択して実施することができる。
【0038】
また、本発明は、上述の細胞接着性の粒状担体、及び上述の密閉可能な通気性袋状容器を含む、細胞培養用キットを提供する。細胞接着性の粒状担体は、通気性袋状容器に収容するためのものである。粒状担体は、通気性袋状容器内に収容された状態で、あるいは通気性袋状容器とは分離した状態でキット内に含まれる。本発明のキットは、上記構成物品に加えて、培地を含むことが出来る。本発明のキットを用いて、本発明の培養バッグを構築することにより、容易に接着細胞の高密度培養を行うことが出来る。
【0039】
本発明の培養バッグを用いて細胞を培養する場合、細胞を、細胞接着性の粒状担体上に接着させた状態で、密閉可能な通気性袋状容器内で培養する。
【0040】
本発明の培養バッグを用いて培養可能な細胞の種類は、特に制限がなく、哺乳動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、バクテリア等の公知の細胞が使用可能である。細胞は、好ましくは接着性の細胞である。
【0041】
培養開始時における初期細胞濃度は、細胞の大きさ、種類により適宜選択することが可能であり、特に制限されないが、例えば、哺乳動物細胞の場合、通常2×10〜5×10個/ml、好ましくは2×10〜5×10個/ml、最も好ましくは2×10〜5×10個/ml程度である。
【0042】
培養は、通常十分に通気された雰囲気下で行うことができる。十分に通気された雰囲気下とは、一般的には約5%二酸化炭素含有気体での雰囲気下を意味する。培養温度は、培養細胞の種類に応じて適宜設定できるが、通常37℃である。なお、本発明の培養バッグを用いれば、培地中の水分の蒸発を最小限に抑えられるので、加湿は不要である。
【0043】
粒状担体への細胞の接着は、培養バッグ内又は外のいずれで行ってもよい。粒状担体への細胞の接着は、細胞と粒状担体とを培地中で混和、培養することにより達成することが出来る。
【0044】
培養は静置状態で行ってもよいが、培地中の粒状担体が分散するように、周知の手法(回転、振蘯)により、培養することが好ましい。
【0045】
本発明の培養バッグを用いて継代培養を行う場合には、粒状担体を培養物から分離して行えばよい。粒状担体の分離は、濾取等の周知の方法により行うことが可能であるが、好ましくは、粒状担体として、比重が培地のそれよりも大きなものを使用して、培地と粒状担体との間の比重差に基づき行われる。例えば、本発明の培養バッグを用いて細胞を培養した後で、培養物をバッグ内又は外で静置し、あるいは遠心分離することにより、比重差に基づき細胞が接着した粒状担体が沈み、細胞が接着した粒状担体とそれ以外の培養物とを容易に分離することが可能となる。特に、培養バッグ内で培養物を静置することにより細胞が接着した粒状担体を沈殿させ、その上清を袋状容器に設けたポートを通じて除去するか、あるいは逆に沈殿した細胞が接着した粒状担体をポートを通じて回収することにより、粒状担体を培養物から分離する。そして、上清を袋状容器に設けたポートを通じて除去した場合は、新鮮な培地を袋状容器に設けたポートから導入して培養を再開する。あるいは逆に沈殿した細胞が接着した粒状担体をポートを通じて回収した場合は、別途用意した培養バッグとしての袋状容器に回収した細胞が接着した粒状担体をポートを通じて導入すればよい。
【0046】
また、本発明の培養バッグを用いて培養をスケールアップを行う場合には、バッグ内に培地及び粒状担体を追加すればよい。あるいは、培養バッグ同士をチューブ等により連通させ、該チューブを通してより容量の大きな培養バッグへ培養物を移動させることによっても培養のスケールアップが可能である。担体に接着した細胞を酵素処理により剥がすことなく、スケールアップが可能であるため、従来法と比較してより簡便に、コンタミネーションのリスクを最小限に抑えながら、培養のスケールアップを行うことが出来る。
【0047】
また、本発明は、上記本発明の培養バッグを用いて、所望の細胞分泌性成分を製造する方法であって、
(I)該成分を分泌し得る細胞を、細胞接着性の粒状担体上に接着させた状態で、密閉可能な通気性袋状容器内で培養すること;
(II)培養物から細胞が接着した粒状担体を除去し、培養培地を回収すること;及び
(III)培養培地から該成分を単離すること
を含む、方法を提供する。
【0048】
細胞分泌性成分の種類は特に限定されないが、細胞から培地中へ分泌される液性成分が好ましい。細胞分泌性成分としては、タンパク質、脂質、糖質、核酸、ビタミン類、抗生物質、その他の化合物等を挙げることができる。
【0049】
工程(I)の培養は、上記本発明の培養方法と同様に行うことが出来る。
【0050】
工程(II)の粒状担体の除去は、濾取等の周知の方法により行うことが可能であるが、好ましくは、粒状担体として、比重が培地のそれよりも大きなものを使用して、培地と粒状担体との間の比重差に基づき行われる。例えば、本発明の培養バッグを用いて細胞を培養した後で、培養物をバッグ内又は外で静置し、あるいは遠心分離することにより、比重差に基づき細胞が接着した粒状担体が沈み、細胞が接着した粒状担体とそれ以外の培養物とを容易に分離することが可能となる。特に、培養バッグ内で培養物を静置することにより細胞が接着した粒状担体を沈殿させ、その上清を袋状容器に設けたポートを通じて回収するか、あるいは逆に沈殿した細胞が接着した粒状担体をポートを通じて除去することにより、細胞分泌性成分を含む接着細胞の培養後の培地を閉鎖系で極めて容易に回収することが出来る。
【0051】
工程(III)の単離は、目的とする細胞分泌性成分の種類に応じて、カラムクロマトグラフィー等の周知の方法により行われる。
【0052】
本発明の製造方法を用いれば、細胞の培養から、培地の回収及び目的成分の精製まで完全に閉鎖系で行うことが可能であるので、タンパク質医薬のGMPレベルでの生産に有用である。
【0053】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明はいかなる意味においてもこれらに限定されない。
【実施例】
【0054】
〔参考例1〕金属表面修飾セラミックス系培養担体の調製
特開2006-280564号公報に記載の方法に従い、0.025wt%Au-SiO2培養担体をコロイド法により調製した。
培養担体の基材である金属酸化物(セラミックス)SiO2は、ここでは透明性を示す多孔質シリカゲル(球状、粒子径64μm〜210μm:Wako製)を使用した。
SiO2は、まず始めに加熱処理として小型電気炉(マッフル炉)を用いて大気中1000℃で6時間の仮焼成を行った。次に、SiO2を1.158g秤量して、これにAuコロイド溶液(粒子径20nm:SIGMA製)を5ml及び蒸留水を加えた後、スターラーでの数時間の攪拌においてSiO2表面にAuコロイド粒子を吸着させながら蒸発乾固させた。得られた試料は、十分な乾燥及び乳鉢等で混合を行った後、小型電気炉を用いて大気中900℃で3時間の貴金属−セラミックス界面の焼結処理により、SiO2の表面上にAuナノ粒子を高分散に固定化させた。この仕様による粒状担体(Au-SiO2系)の全重量に対するAuの担持重量の割合(wt%)は0.025wt%であった。また、この粒状担体の比重は2.2であった。
【0055】
〔実施例1〕培養バッグの調製
8cm×12cmの長方形の形状を有する2枚のポリエチレン製通気性シート材を重ねあわせ、1辺に導入/導出ポート1を設けた状態で周囲約1cmをヒートシールすることで強シール部2を設け、バッグを成型した。ヒートシールの条件は、温度約160度、荷重約4kg/cmとした。バッグの容量は50mlであった。次にポートより参考例1で作成した担体3(1.0g:概算による表面積約600cm相当)をバッグ内に収容した。更に、ポートよりDMEM培地(約50ml)4を充填することで、本発明の培養バッグを作成した(図1)。
【0056】
〔実施例2〕
実施例1で作成した50ml培養バッグを用いて、初期細胞数1x10個(CHO細胞)、37℃、5% COの条件で1週間培養を行った。1週間後の細胞数をLDH(乳酸脱水素酵素)量にて計算したところ、2.15x10個であった。
10cm dish 1枚で培養できるCHO細胞は多くて1.5x10個程度であることから、本実施例で得られた細胞数は、10cm dish 15枚分相当の細胞数に該当した。10cm dish 15枚分の表面積は、約1200cmであることから、本発明の培養バッグを用いると、ディッシュの表面積と同一表面積に相当する培養担体上に約2倍の個数のCHO細胞が培養可能であることが分かった。
【0057】
〔実施例3〕
実施例1と同様に350ml培養バッグを作成した。バッグの中には5gの培養担体を収容した。
表1に記載の培養条件でヒトIL-6産生CHO細胞の培養を開始し、ヒトIL-6生産量および培地組成変化を経時的に測定した。尚、培養開始時には5%のウシ胎児血清を使用し、徐々に血清濃度を低下させ、培養開始12日以降は無血清培地中で細胞を培養した。結果を表1及び図2に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
培地組成変化を確認すると、細胞の栄養源であるグルコース、グルタミンの減少パターンと代謝産物である乳酸、アンモニアの生産量の増加パターンが、含血清培地を使用したときと、無血清培地を使用したときで同じであったことから、本発明の培養バッグを使用すれば、細胞がある程度培養担体上に高密度になった後は、無血清培養が可能であると考えられた。
【0060】
また、本発明の培養バッグを用いた培養と10cm dishを用いた静置培養におけるヒトIL−6生産量を比較した。
本発明の培養バッグを用いた培養においては、細胞を培養開始から11日間含血清培地にて培養し、無血清培地へ交換後更に4日間培養し、培養後の培養上清を回収してヒトIL−6の生産量を測定した。
10cm dish培養においては、細胞含血清培地を用いて細胞がコンフルエントになるまで培養し、無血清培地へ交換後更に4日間培養し、培養後の培養上清を回収してヒトIL−6の生産量を測定した。
それぞれの生産量を比較したグラフを(図3)に示す。培養担体を用いたバッグ培養においてはIL−6生産量は6.9mgであったのに対して、10cm dish培養においては0.088mgであった。即ち、容量が350mlの本発明の培養バッグ(培養担体含む)1個で、10cm dish 78枚分のIL−6が生産可能であることが示された。
また、10cm dishを用いた培養は、無血清培地へ置換後、1週間程度で細胞が丸まって培養の継続が困難となった。一方、本発明の培養バッグを用いた場合においては、無血清培地へ置換後2ヶ月程度は、安定して培養が継続できた。従って、本発明の培養バッグを用いれば、極めて長期間安定して無血清培地中で細胞を培養可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の培養バッグは、上述した従前の課題を一挙に解決し、以下のようなメリットを生じる。
本発明の培養バッグを用いれば、多種多様な接着性細胞の高密度培養、長期間培養、高効率タンパク質生産が可能となる。
本発明の培養バッグは、通気性の部材を使用しているため、バッグ内の環境をインキュベーター内気中に開放する必要がない。また、培地の蒸発がほとんど無く、インキュベーター内部を加湿する必要が無いため、接着性細胞の培養時における雑菌のコンタミネーションのリスクが著しく低減される。更に、湿度に弱い精密機器をインキュベーター内に組み込むことが可能であるため、培養、タンパク質精製の自動化が簡便になる。
本発明の培養バッグは、閉鎖系での接着細胞の培養が容易であり、安全面に優れている。本発明の培養バッグを用いれば、接着細胞を播種した後の作業、培地添加、培地回収、有効成分の単離などの作業を自動化できるため、将来的にGMPレベルでのタンパク質生産等に対応しやすい。
本発明の培養バッグを用いれば、細胞数が多くなるに連れて、閉鎖回路を通じて、容量の大きいバッグへ細胞を移動させ、培地及び培養担体を添加するだけでスケールアップが可能である。従って、閉鎖系での接着細胞の継代、スケールアップが容易になる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の培養バッグの実施形態の図面である。
【図2】hIL−6生産量及び培地組成の変化を示す図面である。棒グラフ:hIL−6生産量(mg)、黒丸:pH、黒四角:グルコース(g/l)、白三角:乳酸(g/l)、黒三角:Gln(mM)、白四角:Glu(mM)、白丸:NH(mM)。
【図3】ディッシュ中での培養と、本発明の培養バッグ中での培養とのhIL−6生産量の比較結果を示す図面である。
【符号の説明】
【0063】
1 導入/導出ポート
2 強シール部
3 粒状担体
4 培地

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞接着性の粒状担体が収容された、密閉可能な通気性袋状容器を備えた培養バッグ。
【請求項2】
粒状担体の比重が1.006を上回る、請求項1記載の培養バッグ。
【請求項3】
培地が袋状容器内に充填されている、請求項1記載の培養バッグ。
【請求項4】
粒状担体の比重が該培地の比重を上回る、請求項3記載の培養バッグ。
【請求項5】
細胞接着性物質が粒状担体の表面に配置されている、請求項1記載の培養バッグ。
【請求項6】
細胞接着性物質が金属粒子である、請求項5記載の培養バッグ。
【請求項7】
細胞接着性の粒状担体、及び密閉可能な通気性袋状容器を含む、細胞培養用キット。
【請求項8】
細胞を、細胞接着性の粒状担体上に接着させた状態で、密閉可能な通気性袋状容器内で培養することを含む、細胞の培養方法。
【請求項9】
初期細胞濃度が2.0×10〜5.0×10個/mlである、請求項8記載の方法。
【請求項10】
所望の細胞分泌性成分を製造する方法であって、
(I)該成分を分泌し得る細胞を、細胞接着性の粒状担体上に接着させた状態で、密閉可能な通気性袋状容器内で培養すること;
(II)培養物から細胞が接着した粒状担体を除去し、培養培地を回収すること;及び
(III)培養培地から該成分を単離すること
を含む、方法。
【請求項11】
粒状担体の除去が、培地と粒状担体との間の比重差に基づき行われる、請求項10記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−159890(P2009−159890A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−830(P2008−830)
【出願日】平成20年1月7日(2008.1.7)
【出願人】(591065549)福岡県 (121)
【出願人】(592250746)株式会社アステック (5)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】