説明

培養組織試料の評価方法およびそれを用いた培養組織の製造方法

【課題】評価の対象である培養組織を、非破壊、非接触、非染色的な方法により評価する方法を提供する。
【解決手段】コラーゲンゲル培養により得られる培養組織試料に入射光として超短パルス光を照射し、発生した第2高調波発生光(SHG光)を検出することにより、培養組織試料の成育程度を評価する。前記超短パルス光は、フェムト秒レーザー光であることが好ましい。本発明は、再生医療や組織工学の領域等において、極めて有用な評価方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養組織試料の評価方法および培養組織の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療を目的とした組織工学に関する研究が進められており、中でも単純な構造である皮膚や軟骨等の培養組織や培養細胞(以下、あわせて「培養組織」という)については、実際に臨床段階に入りつつある。
【0003】
このような組織培養や細胞培養(以下、あわせて「組織培養」という)において、細胞外マトリックスの主構成要素である繊維状タンパク質コラーゲンは、培養組織の構造や機能を制御する上で極めて重要な役割を果たしている。例えば、コラーゲンは、細胞の発生や分化、形態形成等の調節に関与し、組織培養の際、細胞の足場として重要であることが知られている。このため、培養組織の品質管理には、培養組織におけるコラーゲンの評価が必要とされている。このようなコラーゲンの評価方法としては、例えば、染色観察や電子顕微鏡による観察(非特許文献1)が主流とされていたが、定性的な手法であるため、より定量的な評価方法が求められていた。このような要請により、定量的な評価を目的として、例えば、粘弾性率、引っ張り強度等の機械的特性の測定(非特許文献2)、X線回折(非特許文献3)、マイクロ波吸収(非特許文献4)を利用する方法等が報告されている。
【0004】
しかしながら、これらの評価方法によると、評価のための前処理が必要であるため、培養組織のサンプリングが必須となり、操作も煩雑となる。さらに、例えば、隔離条件下(無菌条件下)で培養している場合であっても、サンプリングのために、培養組織を外部に出したり、培養組織が外部の雰囲気に曝される危険性があり、培養開始から培養終了まで隔離条件を維持することも困難である。このため、サンプリングに使用した培養組織について、例えば、評価結果に応じて再度培養を継続したり、そのまま使用することも困難である。また、定性的な評価方法である染色観察についても、同様に染色した細胞を使用したり、再度培養することができないため、同様にサンプリングの問題が生じる。
【非特許文献1】Ottani V, Martini D, Franchi M, Ruggeri A, Raspanti M, “Hierarchical structures in fibrillar collagens,” Micron, 33, 587-596, 2002.
【非特許文献2】An KN, Sun YL, Luo ZP, “Flexibility of type I collagen and mechanical property of connective tissue,” Biorheology, 41, 239-246, 2004.
【非特許文献3】Paris O, Zizak I, Lichtenegger H, Roschger P, Klaushofer K, Fratzl P, “Analysis of the hierarchical structure of biological tissues by scanning X-ray scattering using a micro-beam,” Cell Mol Biol, 46, 993-1004, 2000.
【非特許文献4】Osaki S, “Distribution map of collagen fiber orientation ina whole calf skin,” Anat Rec, 254, 147-152, 1999.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明は、評価の対象である培養組織を、非破壊、非接触、非染色的な方法により評価する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するため、本発明の評価方法は、培養組織試料の評価方法であって、培養組織試料に入射光として超短パルス光を照射し、発生した第2高調波発生光(SHG光)を検出することにより、培養組織試料の成育程度を評価することを特徴とする。なお、本発明において培養組織とは、培養細胞の意味も含む(以下、同様)。
【0007】
また、本発明の製造方法は、組織の培養工程を含む培養組織の製造方法であって、培養中の組織を本発明の評価方法により評価する工程を含むことを特徴とする。なお、本発明において組織とは、細胞の意味も含む(以下、同様)。
【発明の効果】
【0008】
本発明者らは、コラーゲン分子と超短パルス光との非線形相互作用によりSHG光が発生することに基づき、培養組織においてコラーゲンから発生するSHG光を検出することにより、培養組織試料の成育程度を評価する本発明に想到した。コラーゲンから発生するSHG光の強度は、後述するように、例えば、コラーゲン密度(含有量)やコラーゲン配向に依存する。このため、SHG光の検出によって、例えば、培地に含まれるコラーゲンの培養組織周辺への集束、培養組織自身によるコラーゲン生産、コラーゲンの架橋構築等を評価し、これに基づいて培養組織の成熟度を評価することが可能となる。このように培養組織の成熟度を評価すれば、例えば、確立されていない組織培養の培養条件や、実際に培養している組織の成熟度を確認できるため、従来よりも効率よく実用可能な培養組織を得ることが可能になる。
【0009】
また、本発明は、培養組織試料に超短パルス光を照射するのみで足り、例えば、従来法のような染色等の前処理が不要であるため、サンプリングが必須ではない。このため、操作が容易であり、また、培養開始から培養終了まで同じ環境(例えば、隔離条件や無菌条件)を維持することも可能である。つまり、評価した後の培養組織をそのまま使用したり、再度、継続して培養することも可能である。したがって、従来の方法では不可能であった、組織培養と培養組織の評価とをライン化することも実現可能である。また、超短パルス光の照射は、例えば、前述のX線やマイクロ波よりも培養組織に与えるダメージも低く、SHG光の検出は、例えば、バックグラウンド光(例えば、入射光や蛍光)との分離が容易である。以上のように、本発明の評価方法は、非破壊、非接触、非染色的であり、且つ、容易な評価方法であるため、再生医療や組織工学の領域等において、極めて有用な評価方法といえる。また、このような評価方法を培養組織の製造工程に組み込むことによって、従来よりも簡便に使用に適した培養組織を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の評価方法は、前述のように、培養組織試料の評価方法であって、培養組織試料に入射光として超短パルス光を照射し、発生したSHG光を検出することにより、培養組織試料の成育程度を評価することを特徴とする。
【0011】
SHG光とは、ピークパワーの高い超短パルス光が非中心対象性物質に照射されることによって発生する二次の非線形光学応答であり、通常の反射や散乱等の線形光学応答では、周波数(ω)が変化しないのに対して、SHG光は、周波数が入射光の2倍(2ω)となることが知られている。
【0012】
コラーゲン分子は、3重らせん構造の非中心対称性を有するため、SHG光の発生種となる。発生するSHG光の強度は、例えば、コラーゲン含有量に依存するため、培養組織試料において、例えば、SHG強度が相対的に高い部分はコラーゲン濃度が相対的に高い部分と評価できる。
【0013】
また、本発明の評価方法においてSHG光を検出することによって、例えば、培養組織試料におけるコラーゲンの分布を評価できる。このようなコラーゲンの分布評価により、例えば、培養組織試料のいずれの部位にコラーゲンが集束しているか、また、いずれの部位が相対的に高いコラーゲン密度であるかということを確認できる。培養組織は、成育過
程において、例えば、コラーゲン培地中のコラーゲンを組織周辺に集束したり、培養組織自身がコラーゲンを生産して、組織周辺のコラーゲン密度を増加させることが知られており、培養組織によるコラーゲンの挙動(例えば、集束や密度の上昇等)は、培養組織の成熟度の指標となり得る。したがって、本発明の評価方法において、コラーゲン分布の評価として、例えば、コラーゲン集束の程度や集束の経時変化、培養組織周辺のコラーゲン密度の増加等を確認することによって、培養組織の成熟度を評価できる。
【0014】
また、超短パルス光の照射により発生するSHG光の強度は、コラーゲンの密度以外に、例えば、コラーゲンの配向にも依存する。このようなコラーゲン繊維の配向とSHG光の発生ならびに強度との関係を、図1の模式図に示す。図1に示すように、例えば、規則的に配向したコラーゲン分子に対して、前記配向と垂直に光(図においてX)を入射すると、多重散乱したSHG光が干渉して増幅するため、強度の高いSHG光(図においてY)が確認され、また、前記配向と並行に光(X)を入射すると、SHG光は確認されないという傾向を示す。そして、規則的に配向していないコラーゲン分子に光(X)を入射すると、入射光と垂直に配向しているコラーゲンに相当するSHG光(Y)が確認される。したがって、入射光の方向を変化させてSHG光の強度変化を検出すれば、入射光の方向と強度との関係から、コラーゲンの規則的な配向の有無や程度、コラーゲンの配向方向を決定することも可能である。コラーゲンの配向は、培養組織の成熟度に従って規則的になると考えられるため、このように配向方向を評価することによって、さらに培養組織の成熟度評価の信頼性を向上することができる。
【0015】
前述のようにコラーゲンの配向方向を確認する場合には、例えば、培養組織試料に対して、全方位のうち2以上の方位から入射光を照射し、それぞれのSHG光の強度を検出することが好ましい。SHG光の測定結果に基づき、SHG光強度が相対的に高い照射方向を決定すれば、その照射方向に対する垂直方向をコラーゲンの配向方向と評価することができる。この場合、入射光の照射方位は、2以上の方位であればよいが、より正確な配向方向を決定するために、培養組織試料に対して、全方位から入射光を照射して、SHG強度を検出することが好ましい。また、複数の方位から入射光を照射して、方位ごとのSHG強度を検出することから、照射する超短パルス光は、直線偏光であることが好ましい。
【0016】
SHG光は、超短パルス光を集光した焦点近傍でのみ発生するため、例えば、μmオーダーの空間分解能でコラーゲン分子の分布を評価することができる。このため、前述のような培養組織試料におけるコラーゲン分布を詳細に評価することもできる。
【0017】
また、本発明の評価方法において、培養組織試料から発生するSHG光は走査して検出することが好ましい。このようなSHG光の走査結果を画像表示すれば、容易にSHG光の分布(コラーゲンの分布)やSHG光の強度(コラーゲン密度や配向性)を視覚的に評価できる。なお、走査方法、走査結果からの画像処理方法、画像表示方法等は、特に制限されず、従来公知の方法が使用できるが、例えば、LabVIEW (National Instruments)等を利用することができる。
【0018】
SHG光の測定は、特に制限されず、例えば、超短パルス光を照射する手段(照射手段)、および、被検体と超短パルス光との非線形相互作用により発生するSHG光を検出する手段(検出手段)を用いて行うことができる。すなわち、前記照射手段により被検体に超短パルス光を照射し、発生したSHG光を前記検出手段により検出すればよい。また、被検体の全面を走査したり、三次元的に走査することによって、被検体のSHG光強度分布を画像として取得することもできる。
【0019】
前記超短パルス光としては、例えば、フェムト秒レーザー光があげられる。前記フェムト秒レーザー光を照射する手段としては、例えば、チタン・サファイアレーザー、クロム
・フォルステライトレーザー等のレーザー光源が使用できる。超短パルス光の照射条件は、特に制限されない。具体的に、非線形光学効果を生じるのに十分な強度の光を入射すれば、SHG光は発生することから、入射光(超短パルス光)の波長は特に制限されない。具体例としては、チタン・サファイアレーザー等を使用する場合、波長は、例えば、660〜1180nmの範囲であり、好ましくは750〜900nmの範囲であり、より好ましくは800nm近傍である。また、クロム・フォルステライトレーザー等を使用する場合、例えば、生体組織の吸収と散乱の少ない波長帯で計測でき、SHG光の検出効率が向上するため、例えば、中心波長1250nm近傍であることが好ましい。
【0020】
前記照射手段から照射した超短パルス光は、例えば、励起光源(例えば、緑色)の漏れを除去するために、赤色透過フィルター(red pass filter)等のフィルターを通して、
被検体に照射してもよい。
【0021】
また、超短パルス光は、例えば、偏光子を通した偏光として被検体に照射することが好ましく、また、前記偏光をさらに、λ/4板、λ/2板等の位相差板を通してから被検体に照射することが好ましい。被検体におけるコラーゲンの分布、すなわち、培地中コラーゲンの培養組織周辺への集束や、培養組織自身のコラーゲン生成によるコラーゲン密度の増加等を確認する場合には、例えば、位相差板としてλ/4板を使用し、λ/4板により変換された円偏光(全方位の偏光)を被検体に照射することが好ましい。このように円偏光を照射すれば、例えば、コラーゲンの配向に特に影響を受けることなく、コラーゲン密度に応じたSHG光が検出できる。また、被検体におけるコラーゲンの配向状態を確認する場合には、例えば、位相差板としてλ/2板を使用し、λ/2板により変換された直線偏光を被検体に照射し、さらに、入射光とSHG光の偏光状態が一致するように、前記直線偏光を、様々な方向(三次元的)から被検体に照射することによって、強度変化を測定することが好ましい。このように、直線偏光を被検体の様々な方向から照射(三次元照射)すれば、規則的に配向しているコラーゲンの配向方向に対して垂直方向から入射光が照射された際に、強いSHG光を検出できるため、被検体におけるコラーゲン配向の方位角や配向度を評価できる。前述のように培養組織の配向は、成育(成熟度)に従ってランダムな配向から規則的な配向へと変化すると考えられるため、配向性を確認することによって、培養組織の成熟度として評価することが可能である。
【0022】
また、超短パルス光の焦点面近傍の情報を選択的に収集するために、例えば、前記照射手段と被検体との間に対物レンズを配置し、前記照射手段から照射された超短パルス光を、対物レンズで被検物質に集光することが好ましい。
【0023】
発生したSHG光の検出手段としては、特に制限されず従来公知の光検出器が使用でき、例えば、PMT(光電子増倍管)、CCDカメラ等が使用できる。また、検出方法としては、例えば、ロックイン検出があげられ、ロックイン増幅器(Lock-in Amplifier)等
が使用できる。
【0024】
なお、被検体からの光は、SHG光の検出前に、フィルターを通して、入射波長とSHG光に分離しておくことが好ましい。前記フィルターとしては、例えば、青色透過フィルター(blue pass filter)が使用できる。また、SHG光の検出前に、例えば、モノクロメーターにより特定波長を取り出すことが好ましい。
【0025】
以下に、本発明の評価方法の一例について、図2を用いて説明する。なお、本発明の評価方法は、以下の形態には限定されない。
【0026】
図2は、SHG顕微測光システムの一例を示す構成概略図である。このSHG顕微測光システムは、光源10、被検体100を配置するステージ18、モノクロメーター22、
PMT23、Lock-in AMP24およびコンピューター25を備えている。光源10とステージ18との間には、赤色透過フィルター(red pass filter)111、acoustic optic modulator(AOM、音響光学変調器)12、NDフィルター(neutral density filter)13、第1ミラー141、偏光子15、位相差板16および対物レンズ17がこの順序で配置されている。そして、ステージ18とモノクロメーター21との間には、第1レンズ181、第2ミラー142、第2レンズ182、ピンホール19、第3レンズ183、青色セパレーター(blue separator)20、青色フィルター(blue pass filter)112および第4レンズ184が配置されている。さらに、青色セパレーター20で分離された光を検出するフォトダイオード21を有し、フォトダイオード21は、コンピューター25と接続しており、AOM12は、Lock-in AMP24と接続している。なお、同図において、実線Xは入射光(超短パルス光)、点線YはSHG光を示す。
【0027】
まず、光源10から超短パルス光Xが出射され、赤色透過フィルター(red pass filter)111を通過した所定波長の光(例えば、800nmの光)のみがAOM12に入射される。AOM12において変調された光は、NDフィルター13を通過し、第1ミラー141で反射された後、偏光子15ならびに位相差板16を通過する。位相差板の種類に応じて得られる偏光は、対物レンズ17によりステージ18上の被検体100に集光される。そして、被検体100を通過した入射光Xならびに発生したSHG光Yは、集光用の第1レンズ181を通過し、第2ミラー142で反射された後、集光用の第2レンズ182を通過し、さらにピンホール19を通過した光のみが集光用の第3レンズ183に入射される。第3レンズ183を通過した光は、青色セパレーター20によって、入射光と同一波長の光X(赤色)と発生したSHG光Y(青色)とに分離され、さらに、青色フィルター(blue pass filter)112によってSHG光Y(青色)のみが分離される。SHG光Yは、集光用の第4レンズ184を通過した後、モノクロメーター22で特定波長のみが取り出されて(分光)、PMT23で光検出されLock-in AMP24で増幅される。そして、検出結果がコンピューター25に入力され、イメージング処理が行われる。なお、AOM12からLock-in AMP24には、変調周波数の参照信号のデータが出力される。
【0028】
また、ステージ18を二次元的または三次元的に移動させて試料を走査することにより、二次元または三次元空間のSHG光強度分布を分析してもよい。
【0029】
図2に示すシステムにおいて、例えば、ミラー141、142等は必須の構成要素ではなく、適宜省くことができる。また、深さ(光軸)方向の空間分解能が不要の場合には、例えば、第2レンズ182、ピンホール19、第3レンズ183等、スペクトル解析をしない場合には、例えば、モノクロメーター22等を適宜省くこともできる。なお、青色セパレーター20で分離された入射光と同一波長の光は、フォトダイオード21により同時検出し、さらに、その検出結果をコンピューターに入力してもよい。
【0030】
評価対象である培養組織試料の形態は、特に制限されないが、例えば、コラーゲンゲル培養によって培養した培養組織でもよいし、前記培養組織を含有するコラーゲンゲル培地でもよい。また、この方法により評価できる培養組織の種類は、特に制限されないが、例えば、皮膚、血管、軟骨、骨等である。また、線維芽細胞、内皮細胞、平滑筋細胞、軟骨芽細胞、骨芽細胞等の細胞があげられる。
【0031】
培養組織試料が使用に適した成熟度であるか否かの評価の基準は、例えば、培養組織の種類や用途に応じて適宜決定できる。例えば、予め使用に適した培養組織について同様にSHG光の検出を行い、この結果を、使用に適した成熟度を示す指標とすればよい。そして、実際に培養している組織についてSHG光の検出を行い、前述の指標との比較を行い、例えば、指標に満たないSHG光の結果である場合には、さらなる培養を行い、指標を
満たす結果である場合には、培養を終了させることもできる。また、培養条件を確立するために、種々の条件で組織培養を行い、それぞれの培養組織についてSHG光の検出を行い、その検出結果から、より適した培養条件を決定することも可能である。
【0032】
本発明の評価方法は、前述のように評価のためのサンプリングが不要であり、また、染色のように培養組織に直接的に処置を施す必要はない。したがって、例えば、外部から隔離した状態で培養組織のコラーゲンゲル培養を行い、前記外部から培養組織試料にフェムト秒レーザー光を照射し、前記外部から、発生したSHG光の検出を行うこともできる。
【0033】
つぎに、本発明の製造方法は、前述のように、組織の培養工程を含む培養組織の製造方法であって、培養中の組織を本発明の評価方法により評価する工程を含むことを特徴とする。本発明の製造方法は、培養組織の製造工程において、本発明の評価方法により培養組織を評価する以外は何ら制限されず、例えば、培養の方法や条件等は、目的の組織や細胞に応じて従来公知の方法に従って適宜決定できる。本発明の製造方法によれば、培養途中での培養組織の評価の際に、従来法のようなサンプリングが不要であるため、例えば、隔離状態(例えば、無菌状態等)を維持したままで、組織培養ならびに評価を行うことも可能である。
【実施例1】
【0034】
コラーゲンゲルからのSHG光の発生を確認した。
【0035】
0.2重量%コラーゲン、20重量%培養液(DMEM:ダルベッコ改変イーグル培地)、20mM緩衝液(HEPES、pH7.4)を含むコラーゲン溶液(1ml)を培養皿(直径3.5cm)に分注して37℃でゲル化させ、コラーゲンゲルを形成した(細胞未包埋)。そして、このコラーゲンゲルについて、前述の図2に示すSHG顕微測光システムを用いて、SHG光の確認を行った。なお、本実施例において、図2の光源10はチタン・サファイアレーザー、位相差板16はλ/4板であり、入射光の条件は、波長800nm、パルス幅80fs、平均パワー300mW、繰り返し周波数87MHzとした。
【0036】
この結果を図3に示す。同図(a)は、コラーゲンゲルについての各波長(350〜600nm)におけるSHG光スペクトルを示すグラフであり、スペクトルはピーク強度で規格化した。また、入射光強度を変化させ、SHG光の入射光強度依存性を確認した。この結果を、図3(b)に示す。
【0037】
同図(a)より、光源レーザーの中心波長の測定値は800nmであり、その半波長の光(400nm)が発生することを確認できた。なお、ピーク波長付近の測光波長帯には、2光子励起による蛍光スペクトルは見られなかった。また、同図(b)より、入射光の強度を変化させることにより、それに依存して測定光のピーク強度が2乗依存性を示した。これらの結果から、コラーゲンゲルからの発光がSHG光であることが証明された。
【実施例2】
【0038】
線維芽細胞を3次元ゲル包埋培養により培養し、SHG光の確認を行った。
【0039】
線維芽細胞TIG−1を、10重量%FBS(ウシ胎児血清)を含むDMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)で培養した。培養条件は、37℃、5%炭酸ガス雰囲気下、継代数25〜30とした。つぎに、得られた培養細胞を添加した下記組成のコラーゲン混合溶液を調製し(1ml)、これを培養皿(直径3.5cm)に分注して、直ちに37℃でゲル化させた。そして、このコラーゲンゲル層(細胞含有層)上に培養液(DMEM)1mlを重層して、37℃で2週間培養を行った。培養終了後のコラーゲンゲル層を10重量%ホルマリンに一晩浸漬して固定化し、それについてSHG光の確認を行った。
【0040】
(コラーゲン混合溶液の組成)
0.3重量%コラーゲン溶液 64重量%
培養液(DMEM) 18重量%
200mM緩衝液(HEPES、pH7.4) 9重量%
FBS 9重量%
細胞 4×105細胞/ml
【0041】
SHG光の確認には、実施例1と同様のSHG顕微測光システムを使用し、イメージングによりSHG強度分布を得た。なお、入射光は波長800nm、検出するSHG光は波長400nmとした。この結果を図4(a)のイメージング写真に示す。同図において、明るい部分(白い部分)がSHG光強度の高い部分を示す。一方、参考例として、同じコラーゲンゲル層について、ワンギーソン染色を行った。この染色写真を図4(b)に示す。同図において、赤い部分がコラーゲンの集束部分であり、黒い部分が細胞核である。
【0042】
両図の比較から、SHG光強度を示すイメージング写真における明るい部分は、従来法によるワンギーソン染色写真のコラーゲン集束部分(赤い部分)と一致していることがわかる。この結果から、SHG光強度によってコラーゲンの集束を確認できるといえる。
【実施例3】
【0043】
実施例2と同様にして線維芽細胞の三次元ゲル包埋培養を行い、経時的なSHG光強度のイメージングの変化を確認した。SHG強度分布のイメージングは、細胞播種直後(コラーゲン含有混合液のゲル化直後)、および、培養24時間後に行った。なお、コントロールとして、線維芽細胞未包埋のコラーゲンゲルについてもSHG光強度のイメージングを行った。また、透過光強度の検出をフォトダイオード21で行い、この検出結果をコンピューターに入力して透過光強度のイメージングもあわせて行った。これらの結果を図5に示す。同図において(a)(a’)はコントロールである細胞未包埋のコラーゲンゲル、(b)(b’)は、細胞播種直後のコラーゲンゲル、(c)(c’)は培養24時間後のコラーゲンゲルのイメージング写真であって、(a〜c)は、SHG光強度のイメージング写真、(a’〜c’)は、透過光強度のイメージング写真をそれぞれ示す。
【0044】
同図(a)〜(c)からわかるように、培養24時間後には、細胞の輪郭が確認できるようになってきている。これは、細胞が周囲のコラーゲンゲルを集束し、また、細胞自身がコラーゲンを形成しているとためと考えられる。
【実施例4】
【0045】
線維芽細胞をコラーゲンゲル(タイプI)内で三次元ゲル包埋培養し、経時的なSHG光強度及び透過光強度のイメージングをした。線維芽細胞(TIG−1)は、10%FBS及び抗生物質を含むDMEM培地で経代培養したものを使用した。コラーゲンゲルは、酸性コラーゲン溶液(Cellmatrix TypeI−A、新田ゼラチン社製)、5倍濃縮DMEM、再構成用緩衝液、FBSを7:2:2:1の割合のコラーゲン混合物をガラスベースディッシュに分注し、CO2インキュベータ(37℃)内でゲル化させて作製した。線維芽細胞のゲル内培養は、前記ゲル化前に細胞懸濁液を前記コラーゲン混合物に混和して行った。イメージングは、細胞播種後の2日、5日及び7日後に行った。その結果の一例を図6に示す。同図において、(a〜c)はSHG像、(a’〜c’)は透過光像(微分干渉像)であり、白棒は50μmである。それぞれの図において、正方形の像がゲル内の水平方向断面像であり、その右辺及び下辺側の長方形の像がゲルの深さ方向(鉛直方向)断面像である。
【0046】
細胞播種直後のSHG像は細胞未播種のコラーゲンゲルと同様に均一に輝度が低いのに対し、培養2日後には細胞の近傍でSHG光強度が高い部位が現れた(図6a及びa')。培養5日後にはゲル全体でSHG光強度が高くなり(図6b及びb')、7日後には線維状の模様が鮮明になった(図6c及びc')。細胞播種後2日までの輝度増加は、細胞が接着して足場を形成する過程での局所的なゲルの収縮によるものであると考えられる。また、それ以降の輝度増加は、細胞の増殖・遊走によるゲル構造の再構築によるSHG光の発生効率の変化によるものであると考えられる。なお、1週間の培養期間で細胞が産生するコラーゲンの量は初期状態コラーゲンゲル中のコラーゲン量に対して無視できることから、これらの輝度増加は、主にコラーゲンの高次構造や配向度の変化によるものと推察される。このような結果は、コラーゲンの成熟度の指標としてSHG光が有効であることを示す。
【実施例5】
【0047】
次に、血管内皮細胞を前記コラーゲンゲル(タイプI)上で培養し、経時的なSHG光強度及び透過光強度のイメージングをした。前記血管内皮細胞は、ウシ大動脈由来血管内皮細胞(BAE細胞)を10%FBS及び抗生物質を含むDMEM培地で経代培養したものを使用した。前記血管内皮細胞のゲル上培養は、実施例4のコラーゲン混合物を用いてディッシュ内に作製した1mm厚のゲル上に細胞を播種して行った。イメージングは、細胞播種後の2日、5日及び7日後に行った。その結果の一例を図7に示す。同図において、(a〜c)はSHG像、(a’〜c’)は透過光像(微分干渉像)であり、白棒は50μmである。それぞれの図において、正方形の像がゲル表面の水平方向断面像であり、その右辺及び下辺側の長方形の像がゲルの深さ方向(鉛直方向)断面像である。
【0048】
SHG像輝度は、培養2日後まで顕著に増加した(図7a及びa')。一方、その後の培養では輝度の増加率は小さくなった(図7b、b'、c及びc')。実施例4におけるゲル内培養試料と比較するとSHG像輝度の増加率は小さく、細胞の存在しないゲルの内部では僅かな輝度増加が認められた。このように細胞分布に依存したSHG光強度の変化が見られたことは、コラーゲンの成熟度の指標としてSHG光が有効であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
このように、本発明によれば、培養組織試料に超短パルス光を照射するのみで足り、例えば、従来法のような染色等の前処理が不要であるため、サンプリングが必須ではない。このため、操作が容易であり、また、培養開始から培養終了まで同じ環境(例えば、隔離条件や無菌条件)を維持することも可能である。つまり、評価した後の培養組織をそのまま使用したり、再度、継続して培養することも可能である。したがって、従来の方法では不可能であった、組織培養と培養組織の評価とをライン化することも実現可能である。また、前述のX線やマイクロ波よりも培養組織に与えるダメージも低い。したがって、本発明の評価方法は、非破壊、非接触、非染色的な評価方法であるため、再生医療や組織工学の領域等において、極めて有用な評価方法といえる。また、このような評価方法を培養組織の製造工程に組み込むことによって、従来よりも簡便に使用に適した培養組織を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】図1は、コラーゲンの配向とSHG光の発生ならびに強度との関係を示す模式図である。
【図2】図2は、本発明の評価方法に使用するSHG顕微測光システムの一例を示す構成概略図である。
【図3】図3(a)は、コラーゲンゲルについての各波長におけるSHG光のスペクトルを示すグラフであり、図3(b)は、入射光強度とSHG光強度の関係を示すグラフである。
【図4】図4(a)は、培養組織のSHG強度分布を示すイメージング写真であり、図4(b)は、培養組織の染色写真である。
【図5】図5(a)(a’)はコントロール、(b)(b’)は、細胞播種直後のコラーゲンゲル、(c)(c’)は培養24時間後のコラーゲンゲルのイメージング写真であり、(a〜c)は、SHG光強度のイメージング写真、(a’〜c’)は、透過光強度のイメージング写真である。
【図6】図6は、線維芽細胞をコラーゲンゲル内で培養した時のSHG像(a〜c)及び透過像(a’〜c’)の一例を示す。(a)(a’)は2日後、(b)(b’)は5日後、及び(c)(c’)は7日後の像である。
【図7】図7は、血管内皮細胞をコラーゲンゲル上で培養した時のSHG像(a〜c)及び透過像(a’〜c’)の一例を示す。(a)(a’)は2日後、(b)(b’)は5日後、及び(c)(c’)は7日後の像である。
【符号の説明】
【0051】
10 光源
100 被検体
111 赤色透過フィルター
112 青色フィルター
12 AOM
13 NDフィルター
141 第1ミラー
142 第2ミラー
15 偏光子15
16 位相差板
17 対物レンズ
18 ステージ
181 第1レンズ
182 第2レンズ
183 第3レンズ
184 第4レンズ184
19 ピンホール
20 青色セパレーター
21 フォトダイオード
22 モノクロメーター
23 PMT
24 Lock-in AMP
25 コンピューター
X 入射光
Y SHG光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養組織試料の評価方法であって、
培養組織試料に入射光として超短パルス光を照射し、発生した第2高調波発生光(SHG光)を検出することにより、培養組織試料の成育程度を評価する評価方法。
【請求項2】
超短パルス光が、フェムト秒レーザー光である、請求項1記載の評価方法。
【請求項3】
SHG光の検出により、培養組織試料におけるコラーゲンの分布を評価する、請求項1または2記載の評価方法。
【請求項4】
SHG光の強度が相対的に高い部分を、コラーゲン密度が相対的に高い部分であると評価する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項5】
培養組織試料から発生するSHG光を走査検出する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項6】
SHG光の走査結果を、画像表示する、請求項5記載の評価方法。
【請求項7】
入射光が、円偏光である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項8】
入射光が、直線偏光である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項9】
培養組織試料に対して、全方位のうち2以上の方位から入射光を照射し、SHG光強度が相対的に高い照射方向を決定し、その照射方向に対する垂直方向をコラーゲンの配向方向と評価する、請求項8に記載の評価方法。
【請求項10】
培養組織試料に対して、全方位から入射光を照射する、請求項8または9記載の評価方法。
【請求項11】
培養組織試料が、コラーゲンゲル培養によって培養した培養組織または培養組織を含有するコラーゲンゲル培地である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項12】
外部から隔離した状態で培養組織のコラーゲンゲル培養を行い、前記外部から培養組織試料に超短パルス光を照射し、発生したSHG光の検出を前記外部から行う、請求項1〜11のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項13】
組織の培養工程を含む培養組織の製造方法であって、
培養中の培養組織を請求項1〜12のいずれか一項に記載の評価方法により評価する工程を含む培養組織の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−49990(P2007−49990A)
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−195926(P2006−195926)
【出願日】平成18年7月18日(2006.7.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年1月21日 社団法人日本機械学会発行の「第17回バイオエンジニアリング講演会 講演論文集」に発表
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】