説明

塩味増強剤

【課題】飲食品の味を損なうことなく食塩の使用量を減じることが可能な塩味増強剤を提供する。
【解決手段】ユリ科野菜の細胞組織から分離され、140メッシュを通過する植物由来固形分と、メイラード反応生成物および含硫化合物とを含有する風味成分と、からなることを特徴とする塩味増強剤、それを用いた塩味増強飲食品、飲食品における塩味増強方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品の呈味改良技術に関し、さらに詳しくは、食塩とともに飲食品に添加することで、塩味を減ずることなく食塩の使用量を低減することの可能な塩味増強剤、その製造方法、前記塩味増強剤を用いた塩味増強飲食品および飲食品における塩味増強方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
食塩は、飲食品の旨味、コクなどとともに食品に不可欠の塩味を付与し、さらに隠し味として微量を添加することで食材の風味を引き立てたるために使用される欠かせない調味料である。また、食塩は、生命の維持に欠かせないナトリウムと塩素からできており、ヒトや動物の健康面においても欠かせない食材である。しかし、その反面で、食塩の摂り過ぎは、高血圧や胃がんなどの様々な生活習慣病の原因になるとされ、近年では、食塩の添加量を制限した減塩食品が注目されている。
【0003】
しかしながら、単に食塩の使用量を減じた飲食品では、ただ塩味が薄くなるだけでなく、食品全体の風味が低下し、ぼやけた風味になってしまう。具体的には、飲食品を飲んだり食べたりした際の、先味のインパクトと、後味の持続性の両方を維持したまま、食塩の使用量を減じることが肝要である。
【0004】
食品における減塩については、例えば、特許文献1には、食塩(塩化ナトリウム)の一部を塩化カリウムに置き換えた低ナトリウム塩味調味料が開示されている。また、特許文献2には、シャロットやオニオンをアルコール性溶媒で抽出し、抽出液から溶媒を除去した抽出物からなり、調理食品の風味を増強し、また、調理食品の製造工程で生ずるロースト感、酸味、エキス感、粉っぽさ等の要素をマスキングし、カレーやシチュー、ホワイトソースなどの調理食品が本来持っている豊かな調理感と深いコクを賦与する呈味賦与剤が開示されている。さらに、特許文献3には、オランダセンニチ又はキバナオランダセンニチの全草又は花頭から抽出又は蒸留により採取したスピラントール含有抽出物と、ガーリック、オニオンなどのアリウム属植物とを組み合わせてなる、塩味やコクなどの呈味増強剤が開示されている。また、特許文献4には、蛋白質を加水分解処理および脱アミド処理して得られる酸性ペプチドを有効成分として含有する飲食品の食塩味増強剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭59−198953号公報
【特許文献2】特開2002−186448号公報
【特許文献3】特許第4508932号公報
【特許文献4】特許第4445691号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、従来から、飲食品における減塩方法が種々検討、提案されてきた。しかしながら、食塩(塩化ナトリウム)の一部を塩化カリウムに置き換える方法では、先味にインパクトがないうえに、後味に不快な苦味やエグ味があることから、塩化カリウムの使用には限界がある。また、植物の抽出物などを用いた呈味賦与剤、呈味増強剤では、旨味などの風味の改善、向上効果は見られるものの、塩味増強効果といった点では、必ずしも満足できるものではなかった。さらに、前記酸性ペプチドを有効成分とする食塩味増強剤では、酸やアルカリを用いた化学処理や酵素処理による加水分解および脱アミド処理などの工程が必要であり、製造工程が煩雑で、製造に時間がかかる、製造コストが高くつく、という問題があった。
【0007】
本発明は、上記のような、従来における、飲食品の塩味増強技術に関する状況に鑑み、優れた塩味増強効果を奏し、食塩の使用量を減じても、先味のインパクトと、後味の持続性を強めることのできる塩味増強剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、飲食品の風味に関し、種々研究をしているなかで、加熱調理時に生ずるコク、とりわけ、タマネギ(オニオン)の加熱調理時に生ずる強いコクを有する植物エキスを開発した(特開2010−142147号公報および特開2010−142148号公報参照。)。この食品は、Brix値70程度に濃縮したタマネギ原料を薄膜状に拡げた状態で、流動させながら、品温が140℃に到達するまで加熱調理することによって得られるものである。この方法により得られたタマネギエキスは、タマネギを加熱した時に得られる濃厚な甘味とコクに寄与する香気成分を豊富に含むため、該タマネギエキスを添加することにより強いコクが付与された食品を提供することができるというものである。
【0009】
しかしながら、前記加熱調理時の品温が140℃を超えると、過熱により焦げ付き等が発生し、得られるタマネギエキスの品質は著しく低下してしまうことから、加熱は140℃までに制限されていた。ところが、前記タマネギエキスを製造する際の加熱温度が140℃を超えると、前記のようにタマネギエキスとしての品質は低下するものの、この過熱されたタマネギエキスを食塩とともに調味料や飲食品に添加すると、塩味が著しく増強され、食塩の添加量を減じても、先味のインパクトと、後味の持続性との両方を兼ね備えた風味を付与することができる、との全く意外な、かつ驚くべき知見を得た。本発明者らは、このような知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明者らの知見によれば、上記したタマネギエキスの製造において、加熱調理時の品温を、140℃を超えるほど過熱処理した場合に得られるタマネギエキス中の固形分および風味成分に優れた塩味増強効果があること、前記固形分の主成分が、植物(タマネギ)に由来するリグニンまたはリグニン前駆体であり、また前記風味成分が、前記植物由来の含硫化合物(スルフィド類、チオフェン類等)および加熱調理時に生ずるメイラード反応生成物(フラン類、アルデヒド類、ピラジン類等)であることを解明し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
本発明の第一は、ユリ科野菜の細胞組織から分離され、140メッシュ(140mesh;USA)を通過する植物由来固形分と、メイラード反応生成物および含硫化合物を含有する風味成分と、からなることを特徴とする塩味増強剤に関する。
好ましい実施態様では、前記ユリ科野菜がタマネギである。
好ましい実施態様では、前記植物由来固形分が、乾燥物換算で0.9〜10.0重量%含まれる。
好ましい実施態様では、前記植物由来固形分が、リグニンまたはリグニン前駆体を20重量%以上含有する。さらに好ましい実施態様では、前記植物由来固形分が、リグニンまたはリグニン前駆体を50重量%以上含有する。
好ましい実施態様では、前記風味成分として、加熱調理により増強された風味を含む。
好ましい実施態様では、前記メイラード反応生成物として、フラン類、アルデヒド類およびピラジン類の少なくとも1つを含有する。
好ましい実施態様では、前記フラン類が、フルフラール、2−アセチルフラン、5−メチルフルフラール、フルフリルアルコールであり、ガスクロマトグラフにおける前記フラン類のピーク面積の合計が、塩味増強剤にデカンを1ppm添加混合した時のデカンのピーク面積の1.0倍以上である。
好ましい実施態様では、ガスクロマトグラフにおける酢酸のピーク面積の合計が、塩味増強剤にデカンを1ppm添加混合した時のデカンのピーク面積の0.24倍未満である。
好ましい実施態様では、前記含硫化合物として、チオフェン類およびスルフィド類の少なくとも1つを含有する。
一つの実施態様では、上記塩味増強剤は、水分を含むペースト状である。
また、別の実施態様では、上記塩味増強剤は、賦形剤を含む粉末状である。
【0012】
本発明の第二は、上記本発明の塩味増強剤を製造する方法であって、ユリ科野菜の搾汁液を濃縮したエキスを加熱して得ることを特徴とする塩味増強剤の製造方法に関する。
好ましい実施態様では、ユリ科野菜の搾汁液を濃縮したエキスを、加熱装置の加熱容器内に導入し、該容器に設けた加熱面に強制的に接触させ、略均一な薄膜状に拡げた状態で該加熱面に沿って流動させながら加熱調理する。
好ましい実施態様では、加熱温度が160℃以上である。
好ましい実施態様では、前記ユリ科野菜としてタマネギを用いる。
【0013】
本発明の第三は、上記本発明の塩味増強剤と食塩とを含有する調味料に関する。
【0014】
本発明の第四は、上記本発明の塩味増強剤と食塩とを含有する香味料に関する。
【0015】
本発明の第五は、上記本発明の塩味増強剤、調味料または香味料を含有する飲食品に関する。
【0016】
本発明の第六は、上記本発明の塩味増強剤、調味料または香味料を飲食品に添加することを特徴とする飲食品の塩味増強方法に関する。
【発明の効果】
【0017】
飲食品の減塩については、上記文献に記載された各種提案以外にも、従来から酵母エキス、各種フレーバーといった減塩のための添加剤、調味料があった。しかし、それらの塩味増強効果は、おおむね10%程度(食塩100重量%に対して置き換えられる割合)にとどまっていた。これに対し、本発明の塩味増強剤は、20%を超える、優れた塩味増強効果を発揮することもできる。また、加熱により呈味成分を増強した本発明の塩味増強剤は、より優れた塩味増強効果を発揮しうる。さらに、本発明の塩味増強剤を飲食品に添加することで、食塩の使用量を減じても、先味のインパクトと、後味の持続性を強めることができる。したがって、本発明によれば、飲食品の風味を損なうことなく、使用する食塩を減量することができ、食塩の過剰摂取による生活習慣病などのリスクを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に使用する加熱処理装置の1実施形態の概略を示し、(a)は側断面図、(b)は図1(a)におけるI−I線断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明につき、さらに詳細に説明する。
本発明の塩味増強剤は、ユリ科野菜の細胞組織から分離され、140メッシュ(140mesh;USA)を通過する植物由来固形分と、メイラード反応生成物および含硫化合物を含有する風味成分と、からなる。
【0020】
前記ユリ科野菜の細胞組織から得られる固形分(以下、「植物細胞由来固形分」ということもある。)の主成分はリグニンまたはその前駆体である。リグニンは、コニフェリルアルコールとシリンギンとのポリマーであり、セルロース、ペクチンなどとともに、植物の細胞を構成する高分子である。
【0021】
本発明の塩味増強剤における植物細胞由来固形分は、好ましくはリグニンまたはリグニン前駆体を主成分として、20重量%以上、より好ましくは50重量%以上を含有する。同じくタマネギなどのユリ科野菜などの植物細胞由来の固形分であっても、140メッシュ(140mesh;USA)を通過しないものについては、上記したような本発明が目的とする風味成分の吸着および放出効果が顕著ではない。この理由は必ずしも究明できてはいないが、そのような粗粒の固形分(ポリマー)については、セルロースやペクチン等が多く含まれていることが原因ではないかと考えられる。
【0022】
本発明で用いるリグニンまたはリグニン前駆体を主成分とする植物細胞由来固形分としては、ユリ科野菜の搾汁液から分離されるものが好ましい。本発明におけるユリ科野菜の品種、産地、収穫時期は、特に限定されない。また、ユリ科野菜の貯蔵方法、貯蔵期間についても特に限定されない。ユリ科野菜としてはタマネギ、ニンニク、ネギ、ニラ、ワケギ、チャイブ、エシャロット、アサツキ等が挙げられる。リグニンまたはリグニン前駆体を主成分とする植物細胞由来固形分の由来植物としては、前記のようなユリ科野菜の中でもタマネギ、ニンニクが好ましく、タマネギがより好ましい。その理由は必ずしも明らかではないが、塩味増強剤に含まれるメイラード反応生成物および含硫化合物の吸着能が高く、かつ食して口中で放出されるまで、前記メイラード反応生成物および含硫化合物が散逸しにくく、しかも口中では前記メイラード反応生成物および含硫化合物が放出され易いのではないかと考えられる。
【0023】
また、本発明の塩味増強剤におけるメイラード反応生成物は、野菜などを加熱調理したときに生ずる褐変の原因物質でもあるが、本発明においては、塩味増強効果を発揮する重要な成分である。メイラード反応生成物としては、例えば、フラン類、アルデヒド類、ピラジン類など、加熱調理で発生する香気成分が挙げられる。
【0024】
前記フラン類としては、例えばフルフラール、2−アセチルフラン、5−メチルフルフラール、フルフリルアルコールなどが挙げられる。前記アルデヒド類としては、例えばペンタナール、ヘキサナール、2−メチル−2−ブテナール、2−メチル−2−ペンテナール、ノナナール、メチルチオアセトアルデヒドなどが挙げられる。前記ピラジン類としては、例えばピラジン、メチルピラジン、2,3−ジメチルピラジン、2,5−ジメチルピラジン、2,6−ジメチルピラジン、エチルピラジンなどが挙げられる。
【0025】
本発明における含硫化合物は、前記メイラード反応生成物とともに、塩味増強剤において、塩味増強効果を発揮する重要な成分である。含硫化合物としては、スルフィドおよびチオフェンなどが挙げられる。
【0026】
前記含硫化合物としては、例えば、ジメチルトリスルフィド、ジメチルジスルフィド、メチルプロペニルジスルフィド、アリルメチルスルフィド、メチルプロピルジスルフィド、プロペニルプロピルジスルフィド、ジプロピルジスルフィド、アリルイソプロピルスルフィド、メチルイソプロピルジスルフィド、ジアリルスルフィド、2−アセチルメチルチオフェン、2−メチルチオフェン、3−メチルチオフェン、2,4−ジメチルチオフェン、2,5−ジメチルチオフェン、3,4−ジメチルチオフェン、2−エチルチオフェン、2−(t−ブチル)−3−メチルチオフェン、ジハイドロ−3(2H)−チオフェノン、2,5−ジエチルチオフェン、3,4−ジチル−2,5−ジハイドロチオフェン−2−オン、2−[(メチルジチオ)メチル]フラン、ジメチルフルフォキサイド、3,5−ジエチル−1,2,4−トリチオランなどが挙げられる。
【0027】
本発明の塩味増強剤は、ガスクロマトグラフにおけるフルフラール、2−アセチルフラン、5−メチルフルフラールおよびフルフリルアルコールのピーク面積の合計が、塩味増強剤中にデカンを1ppm添加混合したときのデカンのピーク面積に対して1.0倍以上であると好ましい。フルフリルアルコール、5−メチルフルフラール、2−アセチルフラン、フルフラールは、いずれも加熱条件下で糖とアミノ酸がメイラード反応を起こすことによって生成する物質であり、これらの成分が塩味増強効果に寄与していると推定される。
【0028】
加熱によってフラン類を生成させる場合、フラン類は多ければ多いほど塩味増強効果は強くなると考えられる。しかし、実際には品温180℃といった高温加熱を行うとコゲ臭や苦味が強くなり、風味のバランスが崩れて塩味増強効果が低下してしまう。この際、酢酸量が増えることがわかっており、ガスクロマトグラフにおける酢酸のピーク面積が、塩味増強剤中にデカンを1ppm添加混合したときのデカンのピーク面積の0.46倍以上であると塩味増強効果は著しく低下する。前記酢酸のピーク面積は、0.24倍以下がより好ましい。
【0029】
ここでいうデカンは、本発明の塩味増強剤中の風味成分である前記のような各種香気成分を定量的に測定するための内部標準物質として、塩味増強剤中に1ppmの濃度で添加するものである。本発明における前記香気成分量は、ガスクロマトグラフのデカンのピーク面積に対して、該当する成分のピーク面積の割合を計算することによって定量化している。ガスクロマトグラフによる分析の具体的な条件は、以下の通りである。
【0030】
(メイラード反応生成物および含硫化合物の測定法)
<指標香気成分>
1)フラン類:
フルフラール、
2−アセチルフラン、
5−メチルフルフラール、
フルフリルアルコール
2)酢酸
【0031】
<GC/MS測定方法>
ガスクロマトグラフ装置:Agilent Technologies社製 6890N
分析手法:昇温分析法
カラム:HP−INNOWAX
カラムサイズ:60m×0.25mm
キャリアーガス:ヘリウム
検出器(MS): Agilent Technologies社製 5973inert
【0032】
ガスクロマトグラフ条件:
イニシャル温度:40℃
イニシャル温度保持時間:2分間
昇温スピード:100℃まで毎分3℃、その後240℃まで毎分5℃
最終温度:240℃
最終温度保持時間:30分間
キャリアーガス:ヘリウム 206kPa
キャリアーガス流量:2.1ml/min
MS(検出器条件):イオン源温度 230℃、四重極温度 150℃
【0033】
インジェクション条件:
インジェクション装置:GERSTEL社製 「TDS」
Cold trap material:シリカキャピラリー
Sample Tube Material:Tenax TA
TDS条件:
イニシャル温度:20℃
イニシャル温度保持時間:1分間
昇温スピード:毎分60℃
最終温度240℃
最終温度保持時間:5分間
CIS条件:
イニシャル温度:−100℃
インシャル温度保持時間:0.2分
昇温スピード:毎秒12℃
最終温度:240℃
最終温度保持時間:10分間
【0034】
Tenax TAチューブへのヘッドスペースガス吸着条件
トラップ管:Tenax TA (GERSTEL社製)
供試品品温:40℃
内部標準:デカン1ppm(和光純薬工業株式会社製、「040−21602」)
キャリアーガス:窒素
キャリアーガス流量:100ml/min
吸着時間:20分
水抜きガス:窒素
水抜きガス流量:150ml/minで5分間、その後100ml/minで10分間
【0035】
<測定手順>
供試品(塩味増強剤)25gに蒸留水25gを加え、さらにデカンの濃度が1ppmになるように添加し、よく攪拌したものをフラスコに投入して、上述の吸着条件に基づきTenax TAにタマネギエキスのヘッドスペースガスの吸着を行う。ヘッドスペースガスを吸着したTenax TAを、インジェクション装置(GERSTEL社製、「TDS」)にセットし、上述のガスクロマトグラフ分析条件に基づきガスクロマトグラフ分析を行う。
【0036】
<デカン濃度1ppmに調整する方法>
デカン濃度を1ppmにするために、エタノール100mlにデカンを137μl添加した溶液を、試供品25gと蒸留水25gを合わせた計50gに対して50μl添加してよく攪拌した。
【0037】
本発明に係る塩味増強剤は、上記のような植物細胞由来固形分(リグニンおよびリグニン前駆体が主成分)、メイラード反応生成物および含硫化合物をそれぞれ別に調製し、混合してもよいが、ユリ科野菜の搾汁液を濃縮したエキスを高温で加熱調理することで製造することができる。前記加熱調理による製造方法としては、本発明者らが先に提案している、タマネギエキスの製造方法(特開2010−142147号公報および特開2010−142148号公報参照。)における加熱温度を、140℃を超えて高温で実施することにより、本発明の塩味増強剤を得ることができる。
【0038】
前記加熱調理による方法とは、ユリ科野菜の搾汁液を濃縮したエキス(以下、「濃縮エキス」ともいう。)を、加熱装置の加熱容器内に導入し、該容器に設けた加熱面に強制的に接触させ、略均一な薄膜状に拡げた状態で該加熱面に沿って流動させながら、所定の品温に到達するまで加熱調理するというものである。本発明では、前記加熱を、品温が140℃を超える温度に達するまで実施する。好ましい加熱温度は、前記濃縮エキスの濃縮度や、該濃縮エキス中の植物細胞由来固形分の含量などにもよるが、通常は150℃から180℃の範囲内であることが好ましく、より好ましくは155℃〜170℃である。加熱温度が180℃を超えると、過熱により焦げ付き等が発生し、得られる塩味増強剤の品質は著しく低下する場合がある。また、150℃未満ではメイラード反応の進行が遅いためフルフリルアルコール、5−メチルフルフラール、2−アセチルフラン、フルフラールなどのフラン類の生成量は少なく、目的とする塩味増強剤を得ることができない。さらには、原料の状態や目的とする塩味増強剤の品質に応じて、上記の加熱温度で一定時間保持することもできる。品温150℃から180℃で加熱調理した塩味増強剤は、強い調理香やコクの付与効果も確認された。
【0039】
本発明に係る塩味増強剤は、例えば、タマネギ搾汁液を濃縮したタマネギ濃縮エキスを140℃を超える高温で加熱することにより得ることができる。前記タマネギ搾汁液は、原料となる生のタマネギを適当な方法により破砕し、圧搾または遠心分離することにより得ることができる。更に、酵素等を用いて固形分を溶解しても良い。また、前記タマネギ搾汁液としては、乾燥タマネギ素材を水戻しして回収した液や酵素処理した液を用いても良い。
【0040】
前記加熱調理により塩味増強剤を製造する際の原料としては、タマネギなどのユリ科野菜が好適であるが、それ以外の素材を加えることも可能である。例えば、ユリ科野菜以外の野菜類、果実類、畜肉類やそのエキス類、また、穀粉類、乳製品類、各種の調味料類、香辛料類、油脂等の食品素材を挙げることができる。これらの素材は、液体状であればそのまま混合すれば良く、粉末状であればタマネギなどのユリ科野菜の搾汁液に溶解または分散して使用できるが、固形状である場合は3mm程度以下に破砕して混合する必要がある。また、これらの素材は、濃縮前のユリ科野菜の搾汁液に添加しても良いし、濃縮後に添加しても良い。また、加熱により得られた塩味増強剤に添加することも可能である。
【0041】
ユリ科野菜の搾汁液の濃縮方法については、特に限定されるものではなく、常圧下で加熱しながら煮詰めて作成しても良いし、また減圧下で濃縮することもできる。濃縮度については、濃縮後に流動性を保つ範囲内であれば良く、具体的には、水溶性固形分濃度を示すBrixの値で90%以下であれば良い。その後の加熱工程で効率良く香気成分を発現させるためには、Brix値で60〜85%に濃縮するのがより好ましい。Brix値が60%より低いと香気成分が発現しにくい場合があり、また85%より高いとコゲが発生しやすくなる。
【0042】
また、より強い塩味増強効果をもたらすためには、被加熱物である前記濃縮エキスに対して十分な加熱を行うことと、コゲ臭や苦味を少なくすることが重要であると考えられる。このような塩味増強剤を得るためには、前記被加熱物である前記濃縮エキスに対して均一に加熱処理をすることが重要である。
【0043】
均一な加熱処理を施す手段としては、ユリ科野菜の搾汁液を濃縮したエキスを加熱装置の加熱容器内に導入し、該容器に設けた加熱面に強制的に接触させ、略均一な厚さの薄い膜状に拡げた状態で該加熱面に沿って流動させながら、所定の品温に到達するまで加熱処理できるものであればよい。所定の品温には、なるべく早く到達するほうが、コゲ臭や苦味が少なくなり、塩味増強効果も強くなるので好ましい。
【0044】
上記加熱装置の例を挙げれば、例えば図1に示すような二重筒加熱装置10を用いることができる。この二重筒加熱装置10は、それぞれ加熱用のジャケットを有する内筒12および外筒13の内外二本の円筒から加熱容器11を構成し、内筒12の外壁面と外筒13の内壁面との二つの壁面間に、被加熱処理物であるユリ科野菜の濃縮エキス(以下、「野菜濃縮エキス」ともいう。)の流路となる円筒状の間隙14を形成するとともに、間隙14に連通して、野菜濃縮エキスの投入口14aと、加熱容器11内で加熱処理された野菜濃縮エキスの排出口14bとが、それぞれ設けられている。この二重筒加熱装置10では、内筒12と外筒13とを相対的に回転させてもよい。その場合は、内筒12または外筒13の一方のみを回転させて他方は固定しておいても良いし、内筒12、外筒13の両方を互いに反対方向に回転させても良い。
【0045】
また、加熱については、内筒12、外筒13の両方に加熱ジャケットを設けた両面加熱式でも良いし、いずれか一方のみに加熱ジャケットを設けて片面加熱としても良い。この二重筒加熱装置10では、内筒12および外筒13の内外二本の円筒のいずれか一方のジャケットまたは両方のジャケットに蒸気を導入し、投入口14aから加熱容器11内にポンプなどを用いて野菜濃縮エキスを圧入すると、野菜濃縮エキスは内筒12および/または外筒13からの加熱を受けながら、内筒12と外筒13との間の間隙14内を薄膜状となって排出口14bに向かって流動し、排出される。この時、内外二本の円筒12、13を相対的に回転させると、加熱容器11内に導入された野菜濃縮エキスは、相対的に回転する内筒12と外筒13との間の間隙14内を、内筒12の外壁面と外筒13の内壁面との相対的移動方向(回転方向)に対して直交する方向(回転軸方向)に流動し、排出口14bから排出される。
【0046】
この二重筒加熱装置10では、内筒12の外径寸法と外筒13の内径寸法により間隙14の幅dを調整し、加熱容器11の間隙14内を流動する野菜濃縮エキスの膜厚を調整することができる。また、加熱具合は、内筒12および/または外筒13のジャケットに導入する蒸気圧と、前記膜厚(間隙14の幅d)に加えて、加熱容器11への野菜濃縮エキスの単位時間当たりの圧入量(流量)で調整できる。更に、複数の二重筒加熱装置10を連設する、または二重筒加熱装置10の排出口14bから排出された野菜エキスを再度投入口14aに圧入することを繰り返して循環させることにより、野菜濃縮エキスが所定の品温および時間に到達して目的とする加工状態になるまで、加熱処理を繰り返し行うこともできる。
【0047】
加熱面に沿って薄膜状に流動する野菜濃縮エキスの膜圧は、通常は0.5〜125mm
の範囲内となることが好ましい。前記膜厚が、125mmを超えると、薄膜状で流動する野菜濃縮エキスの内部まで均一に加熱ができない場合があり、加熱面から遠いところではメイラード反応が進行しないため、フルフリルアルコール、5−メチルフルフラール、2−アセチルフラン、フルフラールなどのフラン類の生成量は少なく、目的とする塩味増強剤を得ることができない。また、0.5mm未満では過熱により焦げ付き等が発生し、得られる塩味増強剤の品質は著しく低下する場合がある。使用する加熱装置の構造にもよるが、野菜濃縮エキスに対する加熱制御の容易さを考慮すると、前記膜厚は1mmから30mmがより好ましく、2mmから15mmとするのがさらに好ましい。
【0048】
上記のような本発明に係る塩味増強剤は、食塩とともに飲食品に添加することで、食塩の使用量を減じても、先味のインパクトと、後味の持続性に優れた飲食品を提供することができる。
【0049】
本発明の塩味増強剤の形態としては、例えば水分を含むペースト状であってもよいし、粉末状に加工してもよい。
【0050】
前記水分を含むペースト状の塩味増強剤にあっては、ユリ科野菜の搾汁液から分離した植物細胞由来固形分や、ユリ科野菜の乾燥品を水戻しして酵素処理によって得た植物細胞由来固形分を、分離操作の後、水分を除去することなく、これに別途調製したメイラード反応生成物および含硫化合物を混合撹拌する方法、または、タマネギなどのユリ科野菜の搾汁液を濃縮したエキスを加熱処理したものを、所望の水分になるまで濃縮する方法などが挙げられる。
【0051】
また、粉末状の塩味増強剤にあっては、植物細胞由来固形分、メイラード反応生成物および含硫化合物をドライブレンドする方法、前記のようにして得られたペースト状物を乾燥し、水分を除去する方法、さらには前記ドライブレンドした混合物または乾燥品に、デキストリンなどの賦形剤を加えて混合したものであってもよい。
【0052】
前記ペースト状または粉末状の塩味増強剤の使用量としては、対象の飲食品の種類や食塩量にもよるが、飲食品全体中0.1〜3.0重量%であることが好ましい。塩味増強剤を過剰に添加すると、異味が発現する場合がある。
【0053】
本発明の塩味増強剤は、これを直接、対象となる飲食品に添加して塩味増強食品としてもよいし、調味料、香味料に添加した塩味増強調味料、塩味増強香味料として、飲食品に添加してもよい。本発明の塩味増強剤を飲食品に添加することで、食塩の使用量を減じても、先味のインパクトと、後味の持続性を強めることができる。
【0054】
前記塩味増強調味料としては、例えば、醤油類、ウスターソース、中濃ソース等のソース類、味噌、みりん、ドレッシング類、そば、うどん、ラーメン、パスタ等のつゆやタレ、マヨネーズ、トマトケチャップ、酵母エキス、畜肉エキス、魚介エキスなどが挙げられる。
【0055】
前記塩味増強香味料としては、例えば、ビーフフレーバー、ポークフレーバー、カニフレーバー、カツオブシフレーバー、ニボシフレーバー、チキンフレーバー、バターフレーバーなどが挙げられる。
【0056】
また、本発明の対象となる飲食品としては、特に制限はなく幅広い食品に利用可能であるが、例えば、漬物(塩漬け、たくあん漬け、糠みそ漬け、みそ漬け、奈良漬け、福神漬け、ラッキョウ漬け、梅干し等)、米飯調理食品(おかゆ、雑炊、お茶漬け等)、その他の農産加工食品、飲料(トマトジュース、野菜ジュース、コーンスープ等)、水産加工食品(魚肉ハム・ソーセージ、かまぼこ、ちくわ、みりん干し、佃煮、さきイカ等)、畜産加工食品(ハンバーグ、ハム・ソーセージ、餃子等)、インスタント食品、麺類、パン類、菓子類(ポテトチップス、煎餅、クッキー等)、塩蔵品(新巻きザケ、塩マス、たらこ、かずのこ、キャビア、いくら、すじこ等)、塩辛類(イカ塩辛、カツオ塩辛、ウニ塩辛等)など、スープ類(味噌汁、お吸い物、コンソメスープ、卵スープ、ワカメスープ、ポタージュスープ等)、カレー等の調理食品等が挙げられる。
【実施例】
【0057】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、実施例において「部」や「%」は重量基準である。
【0058】
(1)タマネギエキスの作製
タマネギ3000kgを、外皮を除去して水洗いし、野菜カット機を用いてカットした。カットしたタマネギを遠心分離し、タマネギ液を約600kg回収した。このタマネギ液を、レオニーダーKQS−8EL(株式会社カジワラ製)を用いて減圧濃縮を行い、最終的にタマネギエキス50kg(Brix値71%)を得た。
【0059】
(2)タマネギエキス混合液の作製
タマネギエキスと上白糖を表1に示す配合で混ぜ合わせ、タマネギエキス混合液を作製した。このタマネギエキス混合液に含まれる140メッシュを通過する植物細胞由来固形分は乾燥物換算で1.0%であった。
【0060】
【表1】

【0061】
(3)塩味増強剤の製造
加熱処理装置として、ポータブルリアクターTPR1−TVS−N2−500(耐圧硝子工業株式会社製)を用いて表2に示す加熱条件にて、タマネギエキス混合液の加熱処理を行い、塩味増強剤を製造した(下記実施例1および比較例1〜5)。なお、ポータブルリアクターでの加熱は、予め温水を150℃程度まで加熱し、装置を十分に温めた後に実施した。また、実施例1および比較例2、3、5においては、設定品温に到達後、すぐに常圧下に取り出し、冷却した。また、実施例2においては、二重筒加熱処理装置を用いてタマネギエキス混合液の加熱処理を行い、塩味増強剤を製造した。
【0062】
(実施例1)
前記ポータブルリアクターを用いて、前記タマネギエキス混合液300gの加熱処理を行った。ジャケット温度は180℃に設定し、回転数1060rpmで攪拌しながら加熱を行った。品温が160℃になるまで加熱し、塩味増強剤を得た。品温が160℃に到達するまでに要した時間は12分であった。
得られた塩味増強剤について、既述の分析条件でガスクロマトグラフ分析を行ったところ、フルフラール、2−アセチルフラン、5−メチルフルフラール、フルフリルアルコールのピーク面積の合計は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して1.23倍、酢酸のピーク面積は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して0.01倍であった。また、塩味増強剤中のタマネギ細胞由来固形分量は1%であった。
【0063】
(実施例2)
図1で例示される加熱処理装置を用いて、前記タマネギエキス混合液の加熱処理を行った。加熱処理装置の前に、仕込みタンク、ポンプを設置し、加熱装置後には、温度160℃で維持できる2重管および背圧弁、冷却用2重管を設置し、それぞれ供給口14aと排出口14bに配管でつないだ。ポンプは流量60L/H、ジャケット温度は175℃に調節し、品温160℃まで加熱した。品温が160℃に到達するまでに要した時間は1分30秒であった。達温後90秒間160℃でホールドし、2重管にて冷却後、常圧下に取り出した。
得られた塩味増強剤について、既述の分析条件でガスクロマトグラフ分析を行ったところ、フルフラール、2−アセチルフラン、5−メチルフルフラール、フルフリルアルコールのピーク面積の合計は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して1.40倍、酢酸のピーク面積は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して0.05倍であった。
【0064】
(比較例1)
前記ポータブルリアクターを用いて、前記タマネギエキス混合液300gの加熱処理を行った。ジャケット温度は140℃に設定し、回転数1060rpmで攪拌しながら加熱を行った。品温が110℃になるまでに7分を要した。品温が110℃付近になったら、110℃より品温が上がらないようにジャケット温度を制御しながら、70分間110℃でホールドし、塩味増強剤を得た。
得られた塩味増強剤について、既述の分析条件でガスクロマトグラフ分析を行ったところ、フルフラール、2−アセチルフラン、5−メチルフルフラール、フルフリルアルコールのピーク面積の合計は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して0.11倍、酢酸についてはほとんど検出されなかった。
【0065】
(比較例2)
前記ポータブルリアクターを用いて、前記タマネギエキス混合液300gの加熱処理を行った。ジャケット温度は170℃に設定し、回転数1060rpmで攪拌しながら加熱を行った。品温が150℃になるまで加熱し、塩味増強剤を得た。品温が150℃に到達するまでに要した時間は11分であった。
得られた塩味増強剤について、既述の分析条件でガスクロマトグラフ分析を行ったところ、フルフラール、2−アセチルフラン、5−メチルフルフラール、フルフリルアルコールのピーク面積の合計は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して0.71倍、酢酸についてはほとんど検出されなかった。
【0066】
(比較例3)
前記ポータブルリアクターを用いて、前記タマネギエキス混合液300gの加熱処理を行った。ジャケット温度は200℃に設定し、回転数1060rpmで攪拌しながら加熱を行った。品温が180℃になるまで加熱し、塩味増強剤を得た。品温が180℃に到達するまでに要した時間は14分であった。
得られた塩味増強剤について、既述の分析条件でガスクロマトグラフ分析を行ったところ、フルフラール、2−アセチルフラン、5−メチルフルフラール、フルフリルアルコールのピーク面積の合計は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して4.76倍、酢酸のピーク面積は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して0.24倍であった。
【0067】
(比較例4)
前記ポータブルリアクターを用いて、前記タマネギエキス混合液300gの加熱処理を行った。ジャケット温度は180℃に設定し、回転数1060rpmで攪拌しながら加熱を行った。品温が160℃になるまでに14分を要した。品温が160℃付近になったら、160℃より品温が上がらないようにジャケット温度を制御しながら、10分間160℃でホールドし、塩味増強剤を得た。
得られた塩味増強剤について、上述の分析条件でガスクロマトグラフ分析を行ったところ、フルフラール、2−アセチルフラン、5−メチルフルフラール、フルフリルアルコールのピーク面積の合計は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して4.16倍、酢酸のピーク面積は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して0.46倍であった。
【0068】
(比較例5)
前記ポータブルリアクターを用いて、前記タマネギエキス混合液300gの加熱処理を行った。ジャケット温度は220℃に設定し、回転数1060rpmで攪拌しながら加熱を行った。品温が200℃になるまで加熱し、塩味増強剤を得た。品温が200℃に到達するまでに要した時間は15分30秒であった。
得られた塩味増強剤について、既述の分析条件でガスクロマトグラフ分析を行ったところ、フルフラール、2−アセチルフラン、5―メチルフルフラール、フルフリルアルコールのピーク面積の合計は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して5.03倍、酢酸のピーク面積は、内部標準物質であるデカンのピーク面積に対して0.86倍であった。
【0069】
以上の実施例1、2および比較例1〜5における加熱条件および得られた塩味増強剤中のフラン類量、酢酸量をまとめて表2に示す。
【0070】
【表2】

【0071】
(実施例3、4、比較例6〜10:加熱条件およびフラン類量、酢酸量が塩味増強効果に及ぼす影響)
塩味増強剤製造時の加熱条件および塩味増強剤中のフラン類量、酢酸量が塩味増強効果に及ぼす影響を確認するため、実施例1、2および比較例1〜5の塩味増強剤を用いて、表3に示す配合でコンソメスープを作製した(それぞれ実施例3、4、比較例6〜10とする。)。また、表4に示す配合で、比較塩濃度スープを作製した。
【0072】
【表3】

【0073】
【表4】

【0074】
上記のようにして作製したコンソメスープについて、10名のパネラー(男性5人、女性5人)により評価した。評価は、コンソメスープの温度を60℃に調整し、表5の評価基準に従い、比較塩濃度スープと比べて行った。結果を表6に示す。
【0075】
【表5】

【0076】
【表6】

【0077】
表6に示すとおり、実施例1、2の塩味増強剤を用いた実施例3、4のコンソメスープにおいては、比較例1〜5の塩味増強剤を用いた比較例6〜10のコンソメスープに比べて塩味増強効果が強かった。特に、二重筒加熱装置を用いて製造した実施例2の塩味増強剤を添加した実施例4のコンソメスープにおいては、ポータブルリアクターを用いて製造した実施例1の塩味増強剤を添加した実施例3よりも塩味増強効果が強かった。これに対し、加熱処理温度が低い比較例1、2の塩味増強剤を添加した比較例6、7のコンソメスープは風味が弱く、また加熱処理温度が高い、または加熱処理時間が長い比較例3〜5の塩味増強剤を添加した比較例8〜10のコンソメスープは、コゲ臭や苦味を感じ、風味のバランスが崩れていた。
【0078】
(4)植物細胞由来固形分量および植物の種類が塩味増強効果に及ぼす影響についての検討)
塩味増強剤中の植物細胞由来固形分量および由来植物の種類が塩味増強効果に及ぼす影響を確認するため、以下の要領で植物細胞由来固形分量を変化させた塩味増強剤を作製した。
【0079】
1)タマネギ、ニンニクからの植物細胞由来固形分の調製
a)タマネギ細胞由来固形分
すりおろしたタマネギ30kgを搾汁機(juice extractor GP−E1503 ; GREEN POWER)で搾汁した。搾汁液を遠心機で遠心(6574G、15分)し、沈殿966gを得た。沈殿を金属メッシュ(目開き106μm、140mesh)で濾した。メッシュを通過した画分について、さらに遠心機で遠心(6574G, 15分)し、沈殿780gを回収し、タマネギ細胞由来固形分とした。このタマネギ細胞由来固形分の水分含量は80%、乾燥重量は156gであった。
b)ニンニク細胞由来固形分
市販のニンニクを適当な大きさに切り、搾汁機(パワージューサー;SHOP JAPAN)で搾汁した。搾汁液を遠心機で遠心(6574G, 15分)し、沈殿を得た。沈殿を金属メッシュ(目開き106μm、140mesh)で濾した。メッシュを通過した画分について、さらに遠心機で遠心(6574G、15分)し、沈殿54gを回収し、ニンニク細胞由来固形分とした。このニンニク細胞由来固形分の水分含量は70%、乾燥重量は16.5gであった。
【0080】
2)植物細胞由来固形分0%のタマネギエキスの調製
前記(2)の方法で作製したタマネギエキス混合液1200gに水1200gを加えて2倍に希釈した。これを遠心(6574G, 15分)し、上清2150gを得た。上清2150gをエバポレーターで減圧濃縮(0〜10mbar)した。Brix値70%、重量が1150gになったところで、減圧濃縮を止め、これを植物細胞由来固形分0%のタマネギエキスとした。
【0081】
3)植物細胞由来固形分0%のタマネギエキス
前記2)で得られた固形分0%のタマネギエキス400gを植物細胞由来固形分0%のタマネギエキスとした。
【0082】
4)ニンニク細胞由来固形分1%のタマネギエキス
前記1)で得られたニンニク細胞由来固形分13.2gを、前記2)で得られた植物細胞由来固形分0%のタマネギエキス386.8gに添加(ニンニク固形分乾燥重量で1%添加)したところ、Brix値はほぼ70%であったことから、これをニンニク細胞由来固形分1%のタマネギエキスとした。
【0083】
5)植物由来固形分5%、10%、15%のタマネギエキスの調製
a)タマネギ細胞由来固形分5%タマネギエキス
前記1)で得たタマネギ細胞由来固形分100gをタマネギエキス371.2gに添加したところ、Brix値が70%に満たなかったので、これを加熱してBrix値を調整した。Brix値が70%、重量が400gになったところで加熱を止め、タマネギ細胞由来固形分5%のタマネギエキスとした。
b)タマネギ細胞由来固形分10%タマネギエキス
前記1)で得たタマネギ細胞由来固形分200gをタマネギエキス342.8gに添加したところ、Brix値が70%に満たなかったので、これを加熱してBrix値を調整した。Brix値が70%、重量が400gになったところで加熱を止め、タマネギ細胞由来固形分10%のタマネギエキスとした。
c)タマネギ細胞由来固形分15%のタマネギエキス
前記1)で得たタマネギ細胞由来固形分300gをタマネギエキス314.28gに添加したところ、Brix値が70%に満たなかったので、これを加熱してBrix値を調整した。Brix値が70%、重量が400gになったところで加熱を止め、タマネギ細胞由来固形分15%のタマネギエキスとした。
【0084】
6)塩味増強剤の製造
上記のようにして植物細胞由来固形分量を調整したタマネギエキス300gを、ポータブルリアクターにて品温160℃にて加熱処理し、下記実施例5〜7および比較例11、12の塩味増強剤を得た。尚、ポータブルリアクターでの加熱は、予め温水を150℃程度まで加熱し、装置を十分に温めた後に実施した。また、設定品温に到達後、すぐに常圧下に取り出し、冷却した。ジャケット温度は180℃に設定し、攪拌は1060rpmにて実施した。160℃に到達するまでの時間は概ね14分から16分であった。
【0085】
(比較例11)
植物細胞由来固形分0%のタマネギエキスを上記の条件で加熱し、比較例11の塩味増強剤を得た。
【0086】
(実施例5)
タマネギ細胞由来固形分5%のタマネギエキスを上記の条件で加熱し、実施例5の塩味増強剤を得た。
【0087】
(実施例6)
タマネギ細胞由来固形分10%のタマネギエキスを上記の条件で加熱し、実施例6の塩味増強剤を得た。
【0088】
(比較例12)
タマネギ細胞由来固形分15%のタマネギエキスを上記の条件で加熱し、比較例12の塩味増強剤を得た。しかし、この場合、固形分が多すぎたため、局部加熱がおこり、加熱面にこげが多量に発生した。
【0089】
(実施例7)
ニンニク細胞由来固形分1%を添加したタマネギエキスを上記の条件で加熱し、実施例7の塩味増強剤を得た。
【0090】
(実施例8〜11、比較例13、14)
植物細胞由来固形分量および由来植物の種類が塩味増強効果に及ぼす影響を評価するため、実施例1、5〜7及び比較例11、12の塩味増強剤を用いて、表3に示す配合でコンソメスープを作製した(それぞれ実施例8〜11、比較例13、14とする。)。こうして作製したコンソメスープについて、10名のパネラー(男性5人、女性5人)により評価した。評価は、コンソメスープの温度を60℃に調整し、表5の評価基準に従い、比較塩濃度スープと比べて行った。結果を表7に示す。
【0091】
【表7】

【0092】
表7に示すとおり、植物細胞由来固形分を含有する実施例1、5〜7の塩味増強剤を添加した実施例8〜11のコンソメスープにおいては、比較例13、14に比べて塩味増強効果が強かった。すなわち、植物細胞由来固形分を含まない比較例11の塩味増強剤を添加した比較例13のコンソメスープでは、先味がある程度強くあるだけで、後味が弱いため、塩味増強効果はそれほど強く感じなかった。塩味増強剤の固形分量を増やすと5重量%程度までは塩味増強効果が強まるが、10重量%になると弱くなった。しかし、比較例12の塩味増強剤のように固形分が15重量%にまで増えると、固形分が加熱面に付着し、コゲが発生してしまい、風味としては強いカラメル臭、渋みが突出し、風味のバランスが崩れ、塩味増強効果は弱くなってしまった。また、タマネギ細胞由来固形分とニンニク細胞由来固形分の差はそれほどなく、それぞれを含む塩味増強剤のいずれも塩味増強効果が認められた。
【符号の説明】
【0093】
10 二重筒加熱処理装置
11 加熱容器
12 内筒
12a 外壁面
13 外筒
13a 内壁面
14 間隙
14a 供給口
14b 排出口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユリ科野菜の細胞組織から分離され、140メッシュ(140mesh;USA)を通過する植物由来固形分と、メイラード反応生成物および含硫化合物を含有する風味成分と、からなることを特徴とする塩味増強剤。
【請求項2】
前記ユリ科野菜がタマネギである請求項1に記載の塩味増強剤。
【請求項3】
前記植物由来固形分が、乾燥物換算で0.9〜10.0重量%含まれることを特徴とする請求項1または2に記載の塩味増強剤。
【請求項4】
前記植物由来固形分が、リグニンまたはリグニン前駆体を20重量%以上含有する請求項1〜3のいずれか1項に記載の塩味増強剤。
【請求項5】
前記植物由来固形分が、リグニンまたはリグニン前駆体を50重量%以上含有する請求項1〜3のいずれか1項に記載の塩味増強剤。
【請求項6】
前記風味成分として、加熱調理により増強された風味を含む請求項1〜5のいずれか1項に記載の塩味増強剤。
【請求項7】
前記メイラード反応生成物として、フラン類、アルデヒド類およびピラジン類の少なくとも1つを含有する請求項1〜6のいずれか1項に記載の塩味増強剤。
【請求項8】
前記フラン類がフルフラール、2−アセチルフラン、5−メチルフルフラール、フルフリルアルコールであり、ガスクロマトグラフにおける前記フラン類のピーク面積の合計が、塩味増強剤にデカンを1ppm添加混合した時のデカンのピーク面積の1.0倍以上である請求項7に記載の塩味増強剤。
【請求項9】
ガスクロマトグラフにおける酢酸のピーク面積が、塩味増強剤にデカンを1ppm添加混合した時のデカンのピーク面積の0.24倍未満である請求項1〜8のいずれか1項に記載の塩味増強剤。
【請求項10】
前記含硫化合物として、チオフェン類およびスルフィド類の少なくとも1つを含有する請求項1〜9のいずれか1項に記載の塩味増強剤。
【請求項11】
水分を含むペースト状である請求項1〜10のいずれか1項に記載の塩味増強剤。
【請求項12】
賦形剤を含む粉末状である請求項1〜10のいずれか1項に記載の塩味増強剤。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の塩味増強剤を製造する方法であって、ユリ科野菜の搾汁液を濃縮したエキスを加熱して得ることを特徴とする塩味増強剤の製造方法。
【請求項14】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の塩味増強剤を製造する方法であって、ユリ科野菜の搾汁液を濃縮したエキスを、加熱装置の加熱容器内に導入し、該容器に設けた加熱面に強制的に接触させ、略均一な薄膜状に拡げた状態で該加熱面に沿って流動させながら加熱調理することを特徴とする塩味増強剤の製造方法。
【請求項15】
加熱温度が160℃以上である請求項13または14に記載の塩味増強剤の製造方法。
【請求項16】
前記ユリ科野菜としてタマネギを用いる請求項13〜15のいずれか1項に記載の塩味増強剤の製造方法。
【請求項17】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の塩味増強剤と食塩とを含有する調味料。
【請求項18】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の塩味増強剤と食塩とを含有する香味料。
【請求項19】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の塩味増強剤、請求項17に記載の調味料または請求項18に記載の香味料を含有する飲食品。
【請求項20】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の塩味増強剤、請求項17に記載の調味料または請求項18に記載の香味料を飲食品に添加することを特徴とする飲食品の塩味増強方法。

【図1】
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