説明

変形性関節症の診断支援方法

【課題】変形性関節症またはその予備群の患者において、早期に関節の状態を把握する方法を提供する。
【解決手段】関節軟骨のN−結合型糖タンパク質糖鎖を分析する工程を含む、関節疾患の診断および/または治療における有用な情報を提供する方法であって、関節疾患が変形性関節症であり、関節軟骨、血液または滑液中の糖タンパク質糖鎖を分析する工程を含む。 糖タンパク質糖鎖を分析する工程が、1)糖タンパク質糖鎖、2)フコース含量、3)シアル酸含量、4)フコシル糖鎖合成関連酵素および5)シアリル糖鎖合成関連酵素から選択される任意の項目を分析する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は関節疾患、特に変形性関節症(以下、OA)またはその予備群において、関節の軟骨構成成分の糖鎖を分析することによりOAの進行程度を早期に把握し、ひいてはOAの診断および/または治療における有用な情報を提供する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
OAは慢性の関節炎を伴う関節疾患で、関節の構成要素の退行変性により、軟骨の破壊と骨、軟骨の増殖性変化を来す病気である。患者数は年令とともに増加し、60才以上になると膝、肘、股関節および脊椎では、80%以上の人に程度の差はあれ、OAの症状が認められるといわれている。
OAの現在の治療は痛みを抑制する対処療法が中心であることから、関節の退行性変化を抑制する治療方法の開発が求められており、また一方で早期診断の観点から種々の診断方法が検討されている。
【0003】
従来、関節の状態を把握する方法としては、問診の他、視診やX線検査等の形態学的診断が一般的であるが、これらは病気がある程度進行しないと判断ができないため、多くの診断方法が提案されている。例えば、PCT公報には、軟骨基質の分解に伴って関節液中に遊出した軟骨基質成分に着目し、ヒアルロン酸との結合能を有する正常アグリカンを定量してその他のプロテオグリカンとの関係から正常関節と病態関節を識別する方法が提案されている(下記特許文献1参照)。また、特許公開公報には変形性関節症の軟骨において発現が顕著に増加する遺伝子に注目しそのタンパク質またはDNAを関節炎の診断マーカーとする方法が記載されている(下記特許文献2参照)。
【特許文献1】PCT国際公開委公報WO95/22765号
【特許文献2】特開2004−187680号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
OAはたとえ軽症であっても、関節痛等により生活の質(QOL)が大きく損なわれかねない。従って、OAの早期診断を可能とすることによりその進行を阻止すると共にQOLの向上を図ることが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
一般に細胞表面の情報伝達には糖タンパク質糖鎖が重要な役割を果たしており、その検討により、OAにおいて軟骨基質の主要成分であるプロテオグリカンの変性に先立つ情報が得られる蓋然性が高い。
本発明者らはウサギを用いて変形性関節症モデルを作製し、その軟骨の変性について経時的に組織学的な観察をすると同時に、軟骨試料のN−結合型糖タンパク質糖鎖の変化を追跡した。その結果、後記実施例に示すように、有意な軟骨の組織学的変化(術後10日目)に先立って、軟骨試料の糖鎖構造が変化することが認められた(術後7日目)。
さらに本発明者らはヒトにおいても、OAの形態的および/または組織学的変化に先立って同様の糖鎖変化が生じることを確認して本発明を完成した。
【発明の効果】
【0006】
本発明に従い糖タンパク質糖鎖を分析することにより、より早期にOAの病態変化を検出することができ、OAの治療や新薬開発にも大いに役立つ。特に、組織形態変化が起こる前の変化を検出できることから、患者負担の軽減と共にOAの発症予防法開発に大いに有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に本発明の具体的な態様について説明する。本発明において、糖タンパク質とはタンパク質と単糖若しくは複数個の糖よりなる糖鎖が共有的に結合した複合体をいい、糖鎖とは糖タンパク質の分解により得られる糖部分をいう。
本発明はOA患者またはその予備群の関節から採取した軟骨試料の糖鎖構造を分析する工程を含んでおり、該工程は例えば以下の手順から構成される。
最初に、関節から採取された試料を前処理する。前処理としては、試料を加熱変性し、酵素処理した後、さらに蛍光標識化を行う。酵素処理は例えば、プロテアーゼ(トリプシン・キモトリプシンなど)、糖鎖遊離酵素(N-グリコシダーゼF、グリコペプチダーゼAなど)、プロナーゼで連続的に処理すればよい。蛍光標識化は例えば2-アミノピリジンなどを用いて常法に従って行う。また糖鎖は、ヒドラジンにて化学的に遊離してもよい。
【0008】
次いで、高速液体クロマトグラフィーを使用し逆相ODSカラムを用いて前処理した試料を分離する。図1に示したような溶出パターンが認められるので、該当する画分を分取する。
分取した画分をアミド吸着カラムを用いた高速液体クロマトグラフィーで分析し、図2に示されたピークaとピークbの比を測定する。
【0009】
図1に示したODSカラムからのパターン解析において、矢印に示したピークのショルダーの消失により診断しても良いし、より良く分離したアミドカラムからのパターン解析でaとbのピークの量比を定量的に計測して診断してもよい。
このパターン変化は、ジアセチルラクトサミン構造を持つ2本鎖糖鎖にシアル酸が結合した糖鎖が減少し、ジアセチルラクトサミン構造を持つ2本鎖糖鎖の分岐部分にフコースが結合した糖鎖が増加したものであることが解った(実施例1)。従って、これらシアリル糖鎖及びフコシル糖鎖に特異的に結合するレクチン及び抗体を単独若しくは複数で、関節軟骨の顕微鏡切片若しくはホモジネート、血清や滑液など生体試料に作用させて、組織免疫染色、分光学的にこれらの糖鎖の増減を観察し、診断に用いることもできる。更にこれらの糖鎖が結合している糖タンパク質を同定することにより、免疫沈降による精製や共染色による発現位置の特定により、一層の診断精度の向上を図ることができる。
また糖鎖を遊離させずに糖タンパク質又は糖ペプチドの状態で、組織免疫染色、ウエスタンブロット、免疫沈降、マイクロアレイ、クロマトグラフィーや質量分析などの手法を用いて診断に供することも出来る。
【0010】
また、直接これらの糖鎖量を測定しなくてもこれらの糖鎖合成に関する、シアル酸転移酵素、フコース転移酵素、糖ヌクレオチド合成酵素などの糖鎖合成関連酵素の発現を、関節軟骨の顕微鏡切片若しくはホモジネート、血清や滑液など生体試料において、組織免疫染色、ウエスタンブロット、免疫沈降、マイクロアレイ、クロマトグラフィーや質量分析などの手法を用いて酵素タンパク質量を測定したり、RT-PCR、マイクロアレイ、クロマトグラフィーや質量分析などの手法を用いて遺伝子発現の程度を測定することにより、本糖鎖変化を検出し、診断に用いることもできる。また、関節軟骨の顕微鏡切片若しくはホモジネート、血清や滑液など生体試料及びそれを免疫沈降や各種クロマトグラフィーにて精製した分画の、フコース若しくはシアル酸の含量を、各種クロマトグラフィー、質量分析やレクチンなどにより観察することにより診断に供することもできる。
【実施例1】
【0011】
ウサギ変形性関節症モデルにおける糖鎖変化
(1)手術方法
日本白色家兎・メス(15-16週齢、体重2.6-3.1Kg)を使用し、全身麻酔下に片側の前十字靭帯を切離して変形性膝関節症誘発モデルを作製した(ACLT)。手術の影響を評価するために対照手術として、片側の関節包のみを切開する手術を行った(Sham)。関節軟骨の組織学的評価を行うために手術群と非手術群に分け非手術群はコントロールとした。
術後7日、10日、14日、28日で屠殺し、関節を採取して10%ホルマリンで固定し脱灰した後ヘマトキシリンエオジン染色、サフラニンO−ファストグリーン染色を行い組織の評価を行った。
病理組織n数は以下の通りとした。
非手術群(コントロール)n=4
手術群
変形性関節症 7日、10日、14日、28日 各n=5
関節切開 7日、10日、14日、28日 各n=3
計 n=36
【0012】
(2)組織変化
文献(Gabrielle Tiraloche, ARTHRITIS & RHEUMATISM, Vol.52, No.4, April 2005, pp 11181128)記載の方法に従って軟骨の変性を評価したところ、術後10日から有意に軟骨変性が起こってきた。結果を表1に示す。
【表1】

【0013】
(3)軟骨糖鎖の変化
軟骨は加熱変性後、トリプシン・キモトリプシン、N-グリコシダーゼF、プロナーゼで連続的に処理した後、遊離したN-結合型糖鎖を2-アミノピリジンで蛍光標識した。蛍光標識糖鎖は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で逆相カラム(ODS)を用いて分離分析した(Tomiya N et al., Anal. Biochem., 171, 73, 1988)。結果を図1に示す。
その結果、術後7日目から糖鎖パターンが変化していた。組織の有意な軟骨変性は、術後10日目で確認されたにもかかわらず、糖鎖パターンの変化は術後7日目から生じていることが分かる。このことから、糖鎖パターンを解析することで変形性関節症を早期に診断することが可能であることが示唆された。
次に、ODSカラムによる分析で変化したピークを分取し、Amideカラムを用いて分析すると図2に示すとおり3つのピーク(a、b、c)に分離した。
その量比を取ったところ、図3に示すようにaとbの量比(b/a)が変化していることが確認できた。一方、aとcの量比は術前術後で変化せず、ACLTとShamを比較検討しても有意差は認めなかった。
【0014】
(4)糖鎖構造
ピークaとbの糖鎖構造を部分酵素消化及びMALDI-TOF/MS(Kurogochi M et al., Angew. Chem.Int. Ed., 44, 91-96, 2005)で分析し、下記の構造を得た。
すなわち、ピークaはGalNAc-GlcNAc-Man-(NANA-GalNAc-GlcNAc-Man-)Man-GlcNAc-(Fuc-)GlcNAc(糖鎖A)であり、ピークbはピークaの構造からシアル酸(NANA)が無くなり、GalNAc-GlcNAc-Man-(GalNAc-GlcNAc-Man-)Man-GlcNAc-(Fuc-)GlcNAcにフコース(Fuc)が1分子付加した構造(糖鎖B)であった。このことから、OAでは組織形態変化の前に、N-結合型糖鎖のシアル酸が減少しフコースが増加することが解った。即ち、組織又はその一部の画分における、シアル酸含量又はシアリル糖鎖合成関連酵素量又はその活性の低下、若しくはフコース含量又はフコシル糖鎖合成関連酵素量又はその活性の上昇を、測定することにより関節疾患の診断及び予防診断が可能である。
【0015】
糖鎖パターン解析は、前記のように蛍光標識とHPLCを用いたものだけでなく、未標識や他の蛍光・紫外標識などとHPLCやCEなどクロマトグラフィーを用いたものの他、質量分析装置を用いても良い。シアル酸やフコースなど構成糖分析の手法は蛍光標識とHPLCやCEを用いたもの、誘導体化してMSによるものなどがある。酵素活性測定としては標識糖を用いたりFLETなどの手法が適応できる。酵素の量はウエスタンブロティングなどにより直接酵素タンパク質の量を測定する他、PCRなど遺伝子の発現状況を観察する手法も適応できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】術前、術後7日後、10日後、および28日後のN−結合型糖鎖の糖鎖パターンの変化を示すグラフである。矢印で示したピークが変化している。
【図2】図1で変化のあったピークについてAmideカラムを用いて分析した結果を示すグラフである。a、bおよびcの3つのピークが存在することがわかる。
【図3】術前、術後7日後、10日後、および28日後における、図2で示したaとbの量比(b/a)を示すグラフである。ACLTはOAモデル群、SHAMは対照群を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
関節軟骨の糖タンパク質糖鎖を分析する工程を含む、関節疾患の診断および/または治療における有用な情報を提供する方法。
【請求項2】
関節疾患が変形性関節症である、請求項1の方法。
【請求項3】
関節軟骨、血液、または滑液中の糖タンパク質糖鎖を分析する工程を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
糖タンパク質糖鎖を分析する工程を含む、関節疾患の診断方法。
【請求項5】
関節疾患が変形性関節症である、請求項4の方法。
【請求項6】
関節軟骨、血液、または滑液中の糖タンパク質糖鎖を分析する工程を含む、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
糖鎖A:GalNAc-GlcNAc-Man-(NANA-GalNAc-GlcNAc-Man-)Man-GlcNAc-(Fuc-)GlcNAcと糖鎖B:〔GalNAc-GlcNAc-Man-(GalNAc-GlcNAc-Man-)Man-GlcNAc-(Fuc-)GlcNAcにフコース(Fuc)が1分子付加した構造〕の量比において、糖鎖Aに対して糖鎖Bが1.1倍以上存在することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
糖タンパク質糖鎖を分析する工程が、1)糖タンパク質糖鎖、2)フコース含量、3)シアル酸含量、4)フコシル糖鎖合成関連酵素および5)シアリル糖鎖合成関連酵素から選択される任意の項目を分析するものである、請求項1から6のいずれかの方法。
【請求項9】
健常人の糖タンパク質糖鎖と被験者の糖タンパク質糖鎖を比較することを特徴とする、関節疾患の判定方法。
【請求項10】
1)糖タンパク質糖鎖、2)フコース含量、3)シアル酸含量、4)フコシル糖鎖合成関連酵素、または5)シアリル糖鎖合成関連酵素の、変形性関節症診断のためのマーカーとしての使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−205777(P2007−205777A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−23016(P2006−23016)
【出願日】平成18年1月31日(2006.1.31)
【出願人】(000001926)塩野義製薬株式会社 (229)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】