説明

変形爪矯正具

【課題】 爪軟化剤とともに用いる上で殆ど痛みを与えず、短時間乃至短日数で、かつ安全に変形爪を治療するための変形爪矯正具を提供する。
【解決手段】 β型チタン合金又はチタン系アモルファス合金からなる低い弾性かつ高い圧延性の針金金属部材からなる針状部材を爪軟化剤とともに用いることによって、痛みや過剰の変形矯正がなく、巻き爪や陥入爪等の変形爪を従来の手技と比較して短時間、短日数で治療することができる。更にニッケル等の金属を含まない合金を用いれば、難治性のアレルギー等の症状を起こすこともない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は変形爪を整復するための補助金属部材に関する。より詳細には、巻き爪、陥入爪等の変形爪を整復治療するための、補助金属部材に関する。
【背景技術】
【0002】
変形爪とは巻き爪、陥入爪等をいい、臨床上治療を要する巻き爪・陥入爪は拇趾に発生する。巻き爪とは足等の爪が横方向に湾曲した状態をいう。又、陥入爪とは巻き爪の重篤なもので、爪甲の外側縁が皮膚に食い込み、炎症や化膿を起こす症状をいう。この炎症や化膿により、周囲の軟部組織の発赤、腫脹、疼痛の悪循環を来たし、更に病的肉芽が形成され、浸出液、膿の排出もみられる。陥入爪の爪外側縁は炎症に長らく侵され脆弱であり、易損性が高い。
【0003】
従来の変形爪を矯正する方法には、例えば形状記憶合金又は形状記憶樹脂からなる板状片を巻き爪の屈曲面に接着剤で貼着させておき、環境温度を所定の温度以上に上昇させることによって、板状片の復元力により直す方法等が提案されている(特許文献1)。しかしながら、特許文献1では適用時に加熱等の操作が必要なことから、煩雑である。又、針金状の素材としては、Ni−Ti合金を用いる超弾性ワイヤが知られている(特許文献2)。しかしながら、特許文献2のNi−Ti合金からなる超弾性ワイヤは高い弾性率(80〜100GPa)を有するので、爪が欠けたりすることがある。又、Ni−Ti合金にはニッケルが含まれ、そのアレルギー症状に懸念がある。更にNi−Ti合金は圧延性が低いので、使用時に断面を加工するのが容易ではない。特許文献2に記載の方法では、従来のNi−Ti合金は爪の伸びた余剰部分(白い部分)先端部に固定するので、爪を伸ばす必要があることから、治療開始までタイムラグを生じ、痛みに耐える患者にとっては苦痛である。又本方法では完全治癒まで1ヶ月〜数ヶ月と時間がかかりすぎる。
【0004】
本発明者らは、前述の先行技術での問題を解決すべく、変形爪の治療にあたり、爪を軟化させ、正常状態に整復することを特徴とする変形爪矯正用処理剤を提案した(特許文献3参照)。更に、本発明者らは、1〜2日で急速に整復する手法として、巻き爪に対しては爪の本体部に開孔して上記Ni−Ti合金からなる超弾性ワイヤを挿入し、その後前記変形爪矯正用処理剤を塗布する手法を提案した(非特許文献1)。しかしながら、非特許文献1の方法では、前記処理剤をNi−Ti合金と併用した場合、弾性が強すぎることから、爪と爪下の軟部組織(爪床)を過度に剥離して組織に余分な損傷を与える。又このために、術後の疼痛が強く、強力な鎮痛剤の服用も必要となる。更には、易損性に富む陥入爪では周囲の爪が破損折損して当分の間このワイヤを用いる手術を行えないこともある。更に本発明者らは、ブラケットを有する変形爪治療具を考案した(特許文献4)。しかしながら、ここでもNi−Tiが用いられており、長期間にわたりNi−Ti合金ワイヤを用いることは、アレルギー発症の観点より好ましいとは言えない。例えば、腫脹、発赤、肉芽、滲出液等を伴う陥入爪の症例ではNi−Ti合金ワイヤと浸出液との接触が問題となる。
【0005】
その他、Niアレルギー患者にβ型チタン合金ワイヤを用いた例が知られている(非特許文献2)ほか、異汗症性湿疹の患者ではニッケルアレルギーの関与がされていることも知られている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2648735号公報
【特許文献2】特許第3519858号公報
【特許文献3】特許第3914881号公報
【特許文献4】実用新案登録第3133233号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】岡田菊三「新しい巻き爪、陥入爪の治療法(岡田法)」靴の医学21巻2号、2007、65〜68頁
【非特許文献2】酒井雄一ら、「オーソンドンティック・ウェーブズ(Orthodontic Waves)」68巻3号、2009年、129−136頁「ニッケルアレルギーを伴う重度の叢生症例に対するニッケル非含有矯正装置を用いた治療」
【非特許文献3】檜垣祐子、デルマ(Derma)107号、2005年、33−37頁「手指皮膚炎・汗疱状湿疹の診療・異汗症性湿疹」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上のように、従来の方法では簡便、安全かつ短期間で変形爪の治療をする方法が必ずしも確立されていなかった。本発明の目的は、簡単な方法で短期間に、かつ難治性アレルギーの発症を誘発せず安全に疼痛を少なく変形爪を矯正することができる手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究の結果、本発明者らが提案した爪軟化剤と所定の合金材料からなる変形爪矯正具とを組み合わせると、巻き爪や陥入爪等の変形爪を簡便、安全かつ短時間で治療することが可能になることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
上記課題は、本発明の下記構成[1]〜[8]のいずれかの構成により解決することができる。
[1] システイン、チオグリコール酸及びチオグリコール酸塩からなる群より選択される少なくとも1種の爪軟化剤が適用された変形爪の矯正の際に使用される、針状部材を含む矯正具であって、前記針状部材がβ型チタン合金及びチタン系アモルファス合金からなる群より選択される1以上である変形爪矯正具。
[2] 前記針状部材の少なくとも一端が圧延されて平坦化している、前項[1]記載の変形爪矯正具。
[3] 前記圧延されて平坦化している部分が、略コの字型又は略U字型の鈎形状を形成している、前項[1]又は[2]記載の変形爪矯正具。
[4] 前記β型チタン合金がチタン、モリブデン、ジルコニウム及びスズからなる合金である、前項[1]〜[3]のいずれか一項記載の変形爪矯正具。
[5] 前記合金がニッケル、バナジウム及びクロムのいずれの金属も実質的に含まない、前項[1]〜[4]のいずれか一項記載の変形爪矯正具。
[6] 前記針状部材のβ型チタン合金又はチタン系アモルファス合金のヤング率が30〜75GPaである、前項[1]〜[5]のいずれか一項記載の変形爪矯正具。
[7] 爪甲上に配置されるブラケットを更に有する、前項[1]〜[6]のいずれか一項記載の変形爪矯正具。
[8] システイン、チオグリコール酸及びチオグリコール酸塩からなる群より選択される少なくとも1種の爪軟化剤と、前項[1]〜[7]のいずれか一項記載の変形爪矯正具とを含む、変形爪の整復用キット。
【0011】
本発明において、「変形爪」とは、巻き爪又は陥入爪をいう。巻き爪とは足等の爪が横方向に湾曲した状態をいう。又、陥入爪とは巻き爪の重篤なもので、爪甲の外側縁が皮膚に食い込み、炎症や化膿を起こす症状をいう。
【0012】
本発明において、「爪軟化剤」とは、爪を軟化する薬剤であれば特に限定されない。例えば、爪軟化剤は、爪中のケラチンタンパク質に含まれるシスチンのジスルフィド結合を還元することによってメルカプト基として切断し、その結果患部の変形爪を軟化するものが含まれる。
【0013】
本発明において、爪軟化剤を「適用する」とは、変形爪の治療のため、治療対象の爪に加える(例えば、塗布、注入等)ことをいう。適用のタイミング及び回数は、特に限定されず、本発明の変形爪矯正具を装着する前でも後でもよく、矯正具装着の前後に行ってもよい。
【0014】
本発明において、「矯正」とは、変形爪矯正具を変形爪に装着、挿入等の方法で固定した際、針状部材が爪縁部に爪挙上力を作用し、又はブラケット(センターブラケット)を介して押圧力が爪に印加されることをいい、前記変形爪の形状を正常又は正常に近い状態まで整復することをいう。本発明の変形爪矯正具は、前記爪軟化剤を適用して軟化した爪に装着されるので、それ自身の弾性はNi−Ti合金ワイヤほど強くなくてもよい。
【0015】
本発明において、「実質的に含まない」とは、具体的に当該物が合金の分析において検出されない、あるいは検出されても0.5重量%以下、好ましくは0.1重量%以下、更に好ましくは0.01重量%以下であることを示す。
【発明の効果】
【0016】
本発明[1]及び/又は[8]により、β型チタン合金又はチタン系アモルファス合金を針状部材に用いることで、所望の弾性、圧延性を与えることができる。その結果、還元作用を有する爪軟化剤を適用して変形爪の治療を行う場合に、従来よりも簡便、短時間かつ爪の損傷を少なくして治療することができる。β型チタン合金やチタン系アモルファス合金の弾性作用力は従来用いられているNi−Ti合金に比較して弱いことから、爪軟化剤を使用して軟化している爪に対しては適度な弾性作用力である。仮に長期間装着したとしても、急な力がかからないので、爪の損傷は起きにくい。このようにやや弱めの弾性を有することから装着時や装着後の疼痛が少なく、そのため術後に強力な鎮痛剤を服用する必要がない。
【0017】
本発明[2]により、前記針状部材の少なくとも一端が圧延されて平坦化していることから、本矯正具が転がることなく、安定しやすい。平坦化されている部分が爪外縁の爪裏面に接触する係合部は、接触面積が広いので、易損性を有する陥入爪の爪外縁部を矯正拳上するのに適している。
【0018】
本発明[3]により、前記圧延されて平坦化している部分が、略コの字型又は略U字型の係合部を形成していることから、本矯正具を爪側縁部や開孔部に係合させて固定することができる。β型チタン合金やチタン系アモルファス合金は圧延性が高く、常温でも金属工具により加工が容易であるので、略コの字又は略U字型の鈎形状とすることで、変形爪の係合部として用いることができる。
【0019】
本発明[4]及び/又は[6]により、本矯正具は軟化している爪に対して適度な弾性を有することから、簡易かつ爪を損傷することなく変形爪を矯正することができる。優れた圧延性を有していることから、臨床上では、症例に応じて簡便に現場加工のように容易に本変形爪治療具を装着することもできる。
【0020】
本発明[5]により、本矯正具は金属アレルギー症状を考慮することなく安全に変形爪を矯正することができる。
【0021】
本発明[7]により、本矯正具はブラケットの挿入、装着により、爪面上に固定又は安定することができ、変形爪の整復に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】針状部材が曲線状であり、略コの字型の係合部が一端に形成された、本発明の一形態にかかる変形爪治療具の斜視図である。
【図2】針状部材が直線状であり、平坦部が一端に形成された、本発明の一形態にかかる変形爪治療具の斜視図である。
【図3】針状部材が直線状である、本発明の一形態にかかる変形爪治療具の斜視図である。
【図4】針状部材が曲線状であり、略コの字型の係合部が一端に形成され、更にブラケットが備えられた、本発明の一形態にかかる変形爪治療具の側面図である。
【図5】針状部材が曲線状であり、略コの字型の係合部が一端に形成され、更に針状部材には一つの可動式係合部とブラケットとが備えられた、本発明の一形態にかかる変形爪治療具の側面図である。
【図6】図3の変形爪矯正具を巻き爪に装着する態様(開孔法)を示す側面図である。
【図7】図4の変形爪矯正具を陥入爪に装着する一態様(ハーフブラケットワイヤ法)の側面図である。
【図8】図5の変形爪矯正具を陥入爪に装着する一態様(ブラケットワイヤ法)の側面図である。
【図9】模型を用いた処置例(開孔法)である。
【図10】模型を用いた処置例(ハーフブラケットワイヤ法)である。
【図11】模型を用いた処置例(ブラケットワイヤ法)である。
【図12】開孔法による実際の処置例である。
【図13】開孔法による実際の処置例の続きである。
【図14】開孔法による実際の処置例の続きである。
【図15】ハーフブラケットワイヤ法による実際の処置例である。
【図16】ハーフブラケットワイヤ法による実際の処置例の続きである。
【図17】ブラケットワイヤ法による実際の処置例である。
【図18】ブラケットワイヤ法による実際の処置例の続きである。
【図19】比較例(Ni−Ti合金を用いた例)にかかる処置例である。
【図20】比較例(Ni−Ti合金を用いた例)にかかる処置例の続きである。 なお、写真以外の図は簡略化されているので、実際の縮尺とは異なることがある。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、添付した図面及び実施形態を参照して、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれによって制限されるものではない。
【0024】
≪変形爪矯正具≫
図1は、本発明の実施の一形態にかかる変形爪矯正具の斜視図である。本変形爪矯正具10はβ型チタン合金からなる針状部材を構成材料とする。変形爪矯正具10は、針状の本体部12、本体部12に連続する鈎形状の係合部14を有する。係合部14の形状は、爪に係合することができる限り特に限定されないが、爪側縁部に係合する目的で、略コの字型又は略U字型が好ましい。この例では略コの字型となっている。コの字型とは、折れ曲がっている角度が実質的に直角であり、U字型とは、コの字の折れ曲がっている部分の角が実質的になだらかになっている形状をいうが、これらは特に厳密に区別されるものではない。ここで、当該係合部14は、針状部材(β型チタン合金又はチタン系アモルファス合金)の端部を圧延することで平坦化し、その後所定形状(例えば、略コの字型又は略U字型)に折り曲げることにより形成される。即ち、本体部12と係合部14は一体化している。本体部12は、係合部14ができる向きが凸になるように曲線化している。この曲線化がβ型チタン合金やチタン系アモルファス合金の弾性と相まって、変形爪の整復に供する。尚、どのような曲率で曲線化させるかは爪の大きさや形状等によって適宜決定される。
【0025】
(材質)
本発明において、変形爪矯正具に用いられる針状部材の構成成分の一態様は、β型チタン合金である。β型チタン合金は、(1)熱処理によりα+β型チタン合金以上の強度が得られる、(2)bcc構造を有するため、α+β型チタン合金よりも冷間加工性に優れる、(3)CPチタンやα+β型チタン合金よりも弾性率が小さい、といった特長を有する(医療用金属材料概論、塙隆夫編、日本金属学会)。
【0026】
β型チタン合金としては、特に限定されないが、例えば、Ti−Mo−Zr−Al(例えば、Ti−15Mo−5Zr−3Al)、Ti−Mo−Zr−Fe(Ti−12Mo−6Zr−2Fe)、Ti−Mo−Nb(Ti−15Mo−2.8Nb)、Ti−Nb(例えば、Ti−45Nb)、Ti−Nb−Ta−Zr(例えば、Ti−29Nb−13Ta−4.6Zr(50GPa程度)、Ti−35Nb−7Zr−5Ta)、Ti−Mo(例えば、Ti−15Mo)、Ti−Mo−Hf(例えば、Ti−16Nb−10Hf)、Ti−Nb−Ta−Zr(例えば、Ti−16Nb−13Ta−4.6Zr)、Ti−Mo−Nb−Zr(例えば、Ti−14Mo−3Nb−1.5Zr)、Ti−Cu−Zr−Pd、Ti−Mo−Zr−Sn等のβ型、Ti−Nb−Zr(例えば、Ti−13Nb−13Zr)等のnearβ型等の金属の組み合わせが好適に用いられる(医療用金属材料概論:98頁、塙隆夫編、日本金属学会)。β型チタン合金におけるTiの割合は、40〜95重量%が好ましく、より好ましくは45〜90重量%である。
【0027】
本発明に用いられるβ型チタン合金は生体用β型チタン合金が好ましく、生体用β型チタン合金は、ニッケル(Ni)、バナジウム(V)、クロム(Cr)等の細胞毒性(アレルギー性)元素を実質的に含まないことが好ましい。
【0028】
β型チタン合金としてより好ましくは、Ti−Mo−Zr−Snからなるβ型チタン合金(例えば、歯科矯正用のオーソドンティックワイヤA{レゾルブ(TM)ベータチタンワイヤ(トミーインターナショナル)として市販}である。このTi−Mo−Zr−Snからなるβ型チタン合金は歯科領域では矯正用ワイヤとして汎用されており、又整形外科領域では人工関節としても用いられている。特に安全性の懸念の報告がないことから、Ni過敏症の患者であっても安心して用いることができる。
【0029】
尚、本発明の目的において、結晶形であるβ型チタン合金以外にも、金属ガラスを含むチタン系アモルファス合金(Ti−In−Cu、Ti−Si−Cu、Ti−Zr−Cu−Pd、Ti−Zr−Cu−Pd−Sn、Ti−Zr−Cu−Pd−Ca等)も適度な弾性を有することから、好適に用いることができる。
【0030】
従来、チタンとしては純チタン(CPチタン)が用いられてきた。純チタンは耐食性に優れ、比較的成形性もよい一方で、強度が低いことが問題となっていた。一方、特許文献2にあるようなNi−Ti合金も広く用いられているが、生体用実用合金として用いられているのはTiとNiの比がほぼ1:1のニチノールと呼ばれるNi−Ti系のみである。又、Ni−Ti合金は弾性率(ヤング率)が80〜100GPaと高いが、爪軟化剤を併用する場合は弾性率が高すぎることから患者に無用の痛みを与える。又アレルギー症状を起こす恐れのあるNiを含有するため、人体に触れたり、体液に接触したりするのは必ずしも好ましくない。
【0031】
(形状:針状部材の長さと太さ、断面形状)
β型チタン合金又はチタン系アモルファス合金からなる針状部材としては、太さが種々のものを準備しておき、症状にあわせて最も望ましい自律的な矯正整復力が得られる太さのものを用いることが好ましい。例えば、図1に示す針状部材の圧延されていない本体部12の断面積は、特に限定されないが、0.15〜0.4mm程度であることが好ましい。本矯正具の長さは、足爪のサイズに応じて切断することによって調整することができる。本体部12の断面形状は円形、長円形、楕円形、正方形、長方形、他の多角形のいずれの形状であってもよい。例えば、図1に示す針状部材の本体部12の断面は長方形(矩形)である。本発明の目的を果たすことができる限り形状に制限はない。
【0032】
図1の上記係合部14は、β型チタン合金又はチタン系アモルファス合金を圧延して更に折り曲げて形成されたものである。係合部14は、0.1〜0.5mm程度の厚さの板状である。そして、図1に示すように、係合部14は、細長い水平上方部分16と、水平下方部分18と、水平上方部分16と水平下方部分18とを間隔を保った状態で接続する垂直接続部分20と、からなっている。上記水平上方部分16の幅Wは、圧延されていない本体部の幅Wの120〜300%程度の長さであることが好ましく、係合部の高さTは、1〜4mm程度であることが好ましい。
【0033】
この係合部14における水平上方部分16及び垂直接続部分20は、変形爪の側縁部に挿入される。係合部14とは反対側の端部22は、爪幅の反対側に反転された上、市販の接着剤等の方法で爪甲に接着固定される。針状部材は、爪のサイズに合わせて針金状の本体部12中の適当な箇所で切断される。作業のしやすさを考慮して、変形爪矯正具10の長さは好ましくは5〜10cmである。
【0034】
(針状部材の曲率)
本発明の変形爪矯正具に用いられる針状部材はその本体部が略直線状であってもよく、曲線状であっても(曲率を有していても)よい。図1は、変形爪矯正具10が曲線状である形態である。図1に示すように、係合部14の水平上方部分16が上向きに形成されている場合、本体部12は曲線の凸部が上向きに位置するように曲がっているものが好ましい。曲線状のものを用いれば、その弾性が爪を正常な形状になるように導くため、短時間で変形爪を整復することができる。好ましい曲率半径は、5cm〜30cm程度である。
【0035】
(物性:弾性率)
本発明の変形爪矯正具に用いられるβ型チタン合金又はチタン系アモルファス合金は、好ましくは30〜75GPaのヤング率を有する。より好ましくは35〜65GPaである。ヤング率は、JIS Z 2280(金属材料のヤング率)に従って測定することができる。かかるヤング率はNi−Ti合金の80〜100GPaといった高い弾性よりも低く、患者に無用の痛みを与えることがない。
【0036】
≪変形爪矯正具(他の形態)≫
本発明にかかる変形爪矯正具は、針状部材がβ型チタン合金又はチタン系アモルファス合金からなる限り、その形状や装備された部品等、様々な態様が存在する。以下、図面を参照しながら、他の形態について説明する。例えば、下記で説明するように、図4にかかる形態は本体部上にブラケットを更に備えており、図5にかかる形態はブラケットに加えて移動可能係合部を更に有している。以下、図番に従い順に説明する。
【0037】
(他の形態1)
図2は、本発明の実施の一形態にかかる変形爪矯正具の斜視図である。ここでは、変形爪矯正具10は略直線状の本体部12と、本体部12に連続する圧延平板部23とからなる。圧延平板部23の幅Wは、本体部12の断面幅Wの120%〜350%程度であることが好ましい。圧延平板部23は平たく成形されており、材料のβ合金チタンの弾性に伴う加工のしやすさ、更に圧延されていることから容易に曲げることができる。従って、治療時に適宜爪の大きさに合わせて、例えば図1のような係合部14を形成することができる。変形爪矯正具10は、本体部12の任意の位置で切断することで、変形爪矯正具10の端部22を爪甲上に接着剤で固定することができる。
【0038】
(他の形態2)
図3は、本発明の実施の一形態にかかる変形爪矯正具の斜視図である。ここでは、変形爪矯正具10は直線状の本体部12からなる。末端22の断面形状は正方形であるが、矩形、円形のいずれでもよい。図2のように圧延することができ、更には図1のように適宜曲げることができる。変形爪矯正具10は、本体部12の任意の位置で切断することで、変形爪矯正具10の端部22を爪甲上に接着剤で固定することができる。爪の湾曲の大きな巻き爪である場合には、このような簡易な構造が使いやすい。一端22Aを巻き爪の開孔部に挿入装着し、他端を爪面上に反転して、爪面上にて瞬間的に作用する接着剤を用いて固定する。爪の外に突出する本体部には爪外縁部で任意の位置で切断する。
【0039】
(他の形態3)
図4は、本発明の実施の一形態にかかる変形爪矯正具の側面図である。ここでは、変形爪矯正具10は、係合部14と末端部22の間の位置に歯列矯正用に汎用されているブラケット28を有している。ブラケット28は本体部12上の一地点に固定されていてもよいし、本体部12の軸上を自由に移動可能であってもよい。図4にかかる本体部12は曲線状であるが、略直線状であってもよい。ブラケットは実用新案登録3133233号に示されるものが好適に用いられる。ブラケットの材料は特に限定されないが、プラスチック樹脂、生体用金属等の人体に悪影響を及ぼさない材料が好ましい。ブラケットを爪甲上に接着させることによって、本変形爪矯正具を爪甲に安定させることができる。従って、ブラケットを併用することにより、β型チタン合金又はチタン系アモルファス合金ワイヤが有する矯正整復力を更に強化することができる。
【0040】
(他の形態4)
図5は、本発明の実施の一態様にかかる変形爪矯正具の側面図である。ここでは、本発明の変形爪矯正具には、一端に圧延することによって形成した係合部14と、本体部12に移動可能係合部30を備えている。移動可能係合部30には、本体部12の軸上を移動できるような可動ジョイント32が備えられる。尚、かかる移動可能係合部30は本矯正具10から取り外し可能であり、独立して爪の側縁部に装着し、本体部12と移動可能係合部31を瞬間的に作用する接着剤で固定することもできる。移動可能係合部30の材料は特に限定されないが、プラスチック樹脂、人体に安全な金属等が好ましい。
【0041】
≪キット≫
本発明は、爪軟化剤と、前記の変形爪矯正具とを含む、変形爪の整復用キットにも関する。ここで、キットの構成要素のうち、変形爪矯正具については既に詳述したので、ここでは爪軟化剤について説明する。
【0042】
(爪軟化剤)
本発明においては、変形爪矯正具を変形爪の整復に用いるにあたり、爪軟化剤を併用する。用いられる爪軟化剤としては、特に限定されないが、爪中のケラチンタンパク質に含まれるシスチンのジスルフィド結合を還元することによってメルカプト基として切断し、その結果患部の変形爪を軟化するものが好適に用いられる。例えば、好ましくは、システイン、チオグリコール酸及びチオグリコール酸塩からなる群より選択される少なくとも1種である。上記チオグリコール酸塩としては、チオグリコール酸アンモニウム、チオグリコール酸ナトリウム、チオグリコール酸カリウム、チオグリコール酸モノエタノールアミン、チオグリコール酸ジェタノールアミン、チオグリコール酸トリエタノールアミン等を用いることができ、特に、チオグリコール酸アンモニウムが好ましい。爪軟化剤として特に好ましくは特許3914881号に記載された変形爪矯正用処理剤である。本発明においては、爪中のケラチンタンパク質に含まれているシスチンのジスルフィド結合に対する還元剤として機能し、その還元力が、爪の軟化という目的に適したものであれば特に制限されない。
【0043】
≪変形爪矯正具の使用方法≫
本発明の変形爪矯正具は、変形爪(巻き爪又は陥入爪)に対し、爪軟化剤と併用して使用する。例えば、変形爪に爪軟化剤を適用して軟らかくした爪に変形爪矯正具を装着して、爪を正常な形状に整復することができる。又、変形爪に変形爪矯正具を装着した後、爪軟化剤を適用して軟らかくして、爪形状を整復することもできる。更には、変形爪矯正具を変形爪に装着する前、装着した後の両時点において爪軟化剤を適用してもよい。爪軟化剤は還元作用を有しているので、変形爪以外の部位に付着しないよう、予め変形爪以外の部分をテープ等の手段で防護しておくことが好ましい。又、爪軟化剤適用後は、変形爪にかかる足を自由に動かせるよう、発泡材やドーム状の小型プラスチック円蓋(使い捨てコンタクトレンズのケース等)等のプロテクターで覆ってもよい。更にラップやテープなどの手段で爪軟化剤が漏れないように処置してもよい。本発明の変形爪矯正具の弾性に従って爪を正常又はほぼ正常な形状に矯正整復したことを確認後、爪軟化剤を洗い流す。矯正整復が不足気味と判断される場合、術者の手指を用いて更に正常に近く矯正整復することができる。その後、本発明の変形爪矯正具を取り外し、爪が再度変形発生を防ぐためにアクリルプラスチック等を適用して整復された形状を維持固定することができる。
【0044】
尚、変形爪が陥入爪である場合、拇趾の皮膚組織に爪が陥入した結果皮膚組織が炎症を起こすと、金属素材と炎症組織が接触する。その金属にNiのようなアレルギー成分が含まれていると、アレルギー症状のリスクが更に高くなる。本発明に用いられるβ型チタン合金はかかるアレルギーを起こす成分が含まれていない場合、アレルギーのリスクを低く抑えることができる。更には、陥入爪では爪の湾曲が巻き爪に比して強くないことから、Ni−Tiのような金属よりも低い弾性を有する素材のβ型チタンが爪を整復するのに適している。
【0045】
(装着固定方法)
本発明の変形爪矯正具は、爪に固定して用いられる。例えば、図6(a)〜(d)は図3の変形爪矯正具10を変形爪Cに装着する状態の一例を示す側面図である。図6(a)に示すように、図3の変形爪矯正具10を、大きな矯正整復力を得るため、開孔部Hに挿入装着させる。爪内部の痛みを和らげるため、任意に拇趾の付け根に局所麻酔剤を注入したうえ、図6(b)に示すように、片方の端部22Aがドリル等の開孔手段で形成した開孔部Hの中に挿入される。図6(c)に示すように、開孔部Hを爪の支点として、他方の端部22が爪幅方向に、開孔部Aとは反対の爪側端部Eに向けて延びるように反転される。図6(d)に示すように、端部22は爪側縁部E近くの爪甲上に接着剤Aで固定される。変形爪矯正具の本体部12が長すぎる場合には、適当な長さに切断する。本発明の変形爪矯正具10はβ型チタン合金からなり、開孔部H及び端部Eに弾性力がかかることにより、変形爪Cの両外側縁を引き上げる。
【0046】
尚、図7(a)〜(b)は、図4の本変形爪矯正具10を変形爪Cに装着する状態の一例を示す側面図である。図7(a)に示すように、変形爪矯正具10の係合部14を爪側縁部に係合する。図7(b)に示すように、ブラケット28を接着剤Aで爪甲C上に固定し、係合部とは反対側の端部22を接着剤Aで固定する。尚、ブラケット28は必ずしも固定する必要はない。図1の本変形爪矯正具もブラケットを用いる以外は図7と同じ態様で用いられる。
【0047】
図8(a)〜(c)は、図5の本変形爪矯正具10を変形爪Cに装着する状態の一例を示す側面図である。図8(a)に示すように、変形爪矯正具10の係合部14を爪側縁部に係合してブラケットを固定するのは図7と同じである。図5の移動可能係合部30は本変形爪矯正具より取り外しが可能であり、図8(b)に示すように、移動可能係合部30を反対の側縁部に装着する。図8(c)に示すように、その移動可能係合部30に端部22を固定することができる。かかる係合部30は針状部材が通過する穴を有していてもよいし、端部22を係合部30上に接着剤で接着してもよい。
【0048】
本発明の変形爪矯正具は、針状部材を基本構造としているので、変形爪の厚さや重症度に応じて、変形爪矯正具の断面の太さや平板部の幅を任意に変えてもよいし、矯正具を爪幅方向に一本用いてもよく、二本以上用いてもよい。
【0049】
(時間)
本発明の変形爪矯正具は変形爪の矯正にあたり、爪軟化剤と併用するため、重症度にもよるが、例えば、巻き爪は1時間〜2日間の装着で十分である。一方、炎症や腫脹肉芽を伴う陥入爪は、矯正整復は1時間〜数日でできるが、これらの炎症の消退を確実にするため、1週間〜2週間の装着が好ましい。爪の形状が正常になった時点又は正常近くになった際には、術者の手指を用いて更に正常に戻すことができる。この時点で変形爪矯正具を脱着し、必要に応じて爪が固化するまでアクリルプラスチック等を爪甲上に塗布して固定する。
【0050】
次に、図9(a)〜(h)に示す模型写真を用いて、図3にかかる本変形爪矯正具10の変形爪への装着態様の一つ(開孔法)について説明する。なお、写真での描写は、模型を用いてのものである。
【0051】
図9(a)は装着前の巻き爪の模型写真である。変形爪の甲の側縁部に開孔の目標位置を印す。図9(b)に示すように、0.5〜1mmのドリルで印を付した目標位置に開孔部を設ける。ドリル使用時には、痛みを減弱させるため、必要に応じて局所麻酔剤を拇趾のつけ根に注入する。
【0052】
そして、図9(c)に示すように、爪甲の開孔部に本変形爪矯正具の先端部22Aを挿入する。ここで用いる本変形爪矯正具は直線状である。この後、図9(d)に示すように、先に装着された本変形爪矯正具を変形爪の面に沿って反転させ、押し下げる。本変形爪矯正具の先端を爪甲の側縁部手前で切断し、本変形爪矯正具を瞬間接着剤等の接着手段を用いて爪の側縁部に固定する。
【0053】
次に、図9(e)に示すように、固定後に爪軟化剤(システイン、チオグリコール酸、チオグリコール酸塩等)を爪甲全面に塗布し、爪を軟化させる。必要に応じてラップやテープで爪軟化剤が漏れたり、爪軟化剤が趾に触れないよう保護を行う。続いて、図9(f)に示すように、術後1時間〜1日の経過後に水洗する。本変形爪治療具によって爪は挙上されていることを確認する。
【0054】
図9(g)に示すように、術後数時間〜1日で爪の変形が消失し、正常な状態になる。爪の厚さにもよるが、長くても術後数日で巻き爪・陥入爪(より好ましくは巻き爪)といった変形爪が矯正整復される。最後に、図9(h)に示すように、本変形爪矯正具を除去する。矯正整復が不足ならば、既に爪は軟化していることから、術者の手指を用いて正常な状態に爪を矯正整復することもできる。その後、爪甲上にアクリルプラスチックを塗布して、良好な矯正整復位で爪を固定する。
【0055】
次に、図10(a)〜(e)に示す模型写真を用いて、図4にかかる本変形爪矯正具の装着態様(片側性陥入爪の治療)について説明する(ハーフブラケットワイヤ法)。
【0056】
図10(a)は、陥入爪の側縁部に図4の矯正具の係合部14を係合させた状態である。図10(b)は、本矯正具の本体部12を反転させた状態である。図10(c)は、本矯正具を対側の爪面上で瞬間的に作用する接着剤で固定し、余分のワイヤを切断した後の矯正具の装着状態を表す。この後爪面上に爪軟化剤を塗布し爪を軟化させる。図10(d)は、本矯正具の弾性により、爪が挙上された状態を表す。図10(e)は、本矯正具を除去後、プラスチックで固定した状態を表す。
【0057】
次に、図11(a)〜(g)に示す模型写真を用いて、図5にかかる本変形爪矯正具の装着態様(両側性陥入爪)について説明する(ブラケットワイヤ法)。
【0058】
図11(a)は、装着前の両側性陥入爪の模型写真である。陥入爪の側縁部両側に腫脹と肉芽が形成されている。図11(b)は、陥入爪の片方の側縁部に図5の本矯正具の係合部14を係合させた状態である。図11(c)は、矯正具を係合させた反対側の側縁部に移動可能な係合部30を挿入した状態である。図11(d)は、本矯正具の本体部12を反転させ、係合部30に接着させた状態である。図11(e)は、余分のワイヤを切断した後の状態である。この後爪面上に爪軟化剤を塗布し爪を軟化させる。図11(f)は、本矯正具の弾性により、爪の内外側縁が挙上され、腫脹と肉芽が消失した状態を表す。図11(g)は、本矯正具を除去後、プラスチックで固定した状態を表す。
【0059】
本変形爪矯正具の少なくとも一つの端部は、好ましくは圧延された平坦状をなしていることから、易損性を示す爪に対して単位面積当たりの作用力を抑制することができ、結果的に爪外側縁を損傷させることなく爪に挙上力を作用させることができる。又、本変形爪矯正具の本体部は針状形状であるため、狭い爪甲の上で複数(例えば、2本爪幅方向に平行に)同時に用いることができ、広い面に亘る変形爪を挙上させるのにも適している。
【0060】
本発明の特徴は、化学的に爪を軟化したうえで爪を拳上して、短時間〜短日数で整復し、治癒を得ることである。
【0061】
本発明の変形爪治療具は、材料として用いられるβ型チタン合金又はチタン系アモルファス合金針状部材の弾性力による自律的な整復力により、巻き爪や陥入爪等の変形爪の両側縁部を引き上げ、整復することができる。本変形爪矯正具を使用することによって爪外側縁は挙上され、変形爪によって生じた周囲の軟部組織への刺激は消失し、爪縁に対する抗生物質等の投与なしに、術当日の疼痛は殆どなく、急速に周囲の軟部組織の炎症・病的肉芽・腫脹は消退する。
【0062】
本発明の変形爪矯正具は従来の技術では対処が困難であった深爪の症例、なおかつ著しく沈潜化した陥入爪に対しても良好に矯正整復し、爪全体を挙上させることができる。
【0063】
本発明の変形爪矯正具は、爪の本体部に開孔部を設けることにより直接係合させたり、或いは開孔部を設けなくても爪端部に直接係合したりすることができるので、治療のためにわざわざ爪を伸ばす必要がない(変形爪を伸ばすのは患者にとって大きな精神的負担である)。従って、患者が治療の相談に来た際に、すぐに治療に取り掛かることができる。本発明によると早ければ巻き爪は1時間〜数時間、長くても1〜2日程度で変形爪が整復されるので、長期間矯正具を装着する必要がなく、患者のQOL向上に寄与する。一方、陥入爪は矯正整復の後に、腫脹、肉芽の消退を待つために1週間〜2週間の装着を行うことが好ましい。仮に長期間矯正具を装着した場合であっても、適度な弾性のため、爪が反転するほど曲がることはない。
【0064】
実施例
以下に変形爪の治療にかかる実施例を示す。本発明の実施例で用いられるのはあくまで例であり、それ以外のものを排除するものではない。
【0065】
実施例1 変形爪(巻き爪)の治療例
歯列矯正用として市販されているTi−Mo−Zr−Snワイヤ〔オーソドンティックワイヤA{商品名:レゾルブ・ベータチタンワイヤ・レクタングラー(トミーインターナショナル)}〕を用いた。図12〜14に記載した(a)〜(q)は、実際の巻き爪患者への処置の経過を表したものである。図12(a)は、両足の拇趾に比較的重度の巻き爪患者(50歳女性)の写真である。この患者の場合、処置前は両足の拇趾の爪全体が湾曲し、両側縁部が約3mm程度爪溝に食い込んでいた。
【0066】
図12(b)に示すように、爪以外の皮膚部分を爪軟化剤が触れないようテープでマスクした。次いで図12(c)に示すように、爪軟化剤が漏れないよう発泡材よりなるネールバリアを貼付した。図12(d)に示すように、ネールバリアで囲まれた爪甲上に爪軟化剤としてチオグリコール酸・モノエタノールアミン塩(プロカリテ縮毛矯正セットa・製造元:ウテナ)を塗布した。図12(e)に示すように、その後、ラップでネールバリア及び拇趾を被覆密閉後、テープで固定した。図12(f)に示すように翌日、テープ及びラップを外し、湯で洗い流した。ここで爪が軟化しているのを確認した。図13(g)に示すように、拇趾のつけ根に局所麻酔を行った。
【0067】
図13(h)に示すように側縁部近くの爪甲上に開孔位置をマークした。図13(i)及び図13(j)に示すように、0.8mmドリルで爪甲の側縁部2か所に開孔部を形成した。図13(k)に示すように、開孔部に前記直線状の本矯正具の先端を挿入した。図13(l)に示すように、反転したワイヤが爪面上で強固に接着剤で固定されるように対側の爪側縁部の爪面に開穴部をマークした。図14(m)に示すように、0.8mmドリルで図13(i)と同様に数か所(ここでは2か所)の開穴部を形成した。図14(n)に示すように、本矯正具のワイヤを反転し、対側の開穴部に接着固定した。図14(o)に示すように、余分なワイヤを切断した。図14(p)は、本矯正具の装着が完了した状態である。この状態で、陥入爪の内側がかなり整復されていることが確認された。更に再度マスキングテープを貼用、ネイルバリアを貼付、爪面に爪軟化剤を塗布し、ラップで密閉した。術後一日温水で洗浄し、本変形爪矯正具を除去すると、巻き爪が十分に矯正整復されていることが確認された。十分な整復が得られたと判断した時点で、本矯正具を脱着し、爪甲にアクリルプラスチックを塗布して、良好な矯正整復位で爪を固定した{図14(q)}。本矯正具はNi等のアレルギー性金属を含有しないので、難治性のアレルギー症状を起こすことがない。又、患者は痛みも訴えず、鎮痛剤を投与する必要もなかった。
【0068】
実施例2 変形爪(片側性陥入爪)の治療例
歯列矯正用として市販されているTi−Mo−Zr−Snワイヤ〔オーソドンティックワイヤA{商品名:レゾルブ・ベータチタンワイヤ・スクエア(トミーインターナショナル)}〕の先端部約8mmの端部をハンマーで外力を加えて台形状に圧延した(図2の態様)。圧延された先端部約2〜4mm部分及び更に2〜4mm部分を略直角に折り曲げて、略コの字型の係合部を形成した(図1の態様)。更に、実用新案登録3133233号に示されるブラケットを本体部に装着した(図4の態様)。図15及び図16に記載した(a)〜(g)は、片側性陥入爪の施行例である.図15(a)は、片側性陥入爪の患者(26歳男性)の拇趾写真である。図15(b)は挙上予定以外の部分(皮膚部分)にマスキングテープを貼付し、爪甲上にネールバリアを貼付し、ネールバリアで囲まれた部分に爪軟化剤を塗布し、ラップで被覆後テープで固定した状態である{実施例1に示す図12(b)〜(e)の工程と同じ}。
【0069】
図15(c)に示すように、翌日、テープ及びラップを取り外し、拇趾を温水で爪軟化剤を洗い流した。そこで爪が軟化しているのを確認した。図15(d)は、爪甲上に図4の本変形爪矯正具の係合部14を爪側縁部下に装着した状態である。その後、ブラケット28を爪甲上に瞬間接着剤で固定し、先端部22は適当な長さに切断し、爪甲の係合部と反対の側縁部近くの爪甲上に瞬間接着剤で固定した{図16(e)}。その後、本矯正具を装着した拇趾全体を実施例1に示す図12(b)〜(e)の工程と同様に拇趾の皮膚部分をテープで覆い、爪甲上にネールバリアを貼付し、爪甲に爪軟化剤を塗布し、ネールバリアごと拇趾全体をラップで被覆した{図16(f)}。次いで、拇趾を温水で爪軟化剤とともに洗い流し、本変形爪矯正具を装着したまま入浴できるようにした。このように、患者は治療中にも拘らず通常の日常生活を送ることができた。図16(g)は、施行より11日経過後の拇趾の状態である。爪の挙上は良好であり、炎症も消退していた。その後、爪甲上にアクリルプラスチックを塗布して固定した。
【0070】
実施例3 変形爪(両側性陥入爪)の治療例
歯列矯正用として市販されているTi−Mo−Zr−Snワイヤ(オーソドンティックワイヤA{商品名:レゾルブ・ベータチタンワイヤ・スクエア(トミーインターナショナル)}の先端部約8mmの端部をハンマーで外力を加えて台形状に圧延した(図2の態様)。圧延された先端部約2〜4mm部分及び更に2〜4mm部分を略直角に折り曲げて、略コの字型の係合部を形成した(図1の態様)。更に、実用新案登録3133233号に示されるブラケット及び移動可能な係合部30を本体部に装着した(図5の態様)。図17及び図18に記載した(a)〜(g)は、両側性陥入爪の施行例である。図17(a)は、内外両側性陥入爪患者(21歳男性)の拇趾写真である。図17(b)は、実施例1の図12(b)〜(e)と同様に、陥入爪の拇趾周囲にテープを貼付してマスキングを行い、続いて爪甲上の周囲にネールバリアを貼付し、爪甲上全体に爪軟化剤を塗布し、爪軟化剤を塗布した爪及びネールバリアをラップで被覆後、テープで固定した後の状態である。図17(c)は、翌日、テープ及びラップを除去し、爪軟化剤を温水で洗浄した状態である。そこで、爪が軟化しているのを確認した。図17(d)は、拇趾つけ根に局所麻酔を行った状態である。図18(e)は、図5の本矯正具を装着した状態である(詳細は前記図8に示す通り)。図18(f)は術後11日、爪内外縁の肉芽と腫脹は消失し、爪中枢の腫脹が残るのみとなっている。図18(g)は術後15日、本矯正具を取り外した状態である。その後、爪甲上にアクリルプラスチックを塗布して固定した。
【0071】
比較例
比較例として、Ti−Mo−Zr−Snワイヤの代わりに、Ni−Ti合金ワイヤ(超弾性合金ワイヤー:古河電工製)を用いて、実施例で示される方法と同様の操作を行った。こちらでは、金属としての圧延性が低いことから係合部の形成に時間がかかった。更に、爪軟化剤(チオグリコール酸・モノエタノールアミン塩)を塗布して処置を行った場合、軟らかい爪の患者の場合、爪が損傷し、矯正整復に支障をきたすことがある。図15はNi−Ti合金を用いたうちの三例を示す。
【0072】
比較例1
図19(a)〜(c)は前記のNi−Ti合金ワイヤを用いて37歳女性に開孔法を施行したところ、爪が破損した例である。図19(a)に示すように、母趾内側縁部が炎症を起こしていた。図19(b)に示すように、Ni−Ti合金ワイヤを装着することはできた。しかしながら、爪軟化剤を塗布すると、図19(c)に示すように、Ni−Ti合金ワイヤの過剰な作用力によって爪は破損した。更には、Ni−Ti合金ワイヤが脱転していることが確認された。
【0073】
比較例2
図19(d)〜(f)は前記のNi−Ti合金ワイヤを用いて70歳女性に開孔法を施行したところ、爪が過剰に矯正された例である。図19(d)は、術前の巻き爪の状態を示す。図19(e)に示すように、Ni−Ti合金ワイヤを装着固定することはできた。しかしながら、図19(f)に示すように、爪軟化剤塗布後、Ni−Ti合金ワイヤの作用によって爪はほぼ平面状となり、もはや爪の正常な形状ではなく、過剰に矯正されていることが確認された。
【0074】
比較例3
図20(g)〜(i)は前記のNi−Ti合金ワイヤを用いて61歳男性にブラケットワイヤ法を施行したところ、爪の内側縁が破損した例である。図20(g)は術前の陥入爪の状態を示す。図20(h)に示すように,Ni−Ti合金ワイヤより構成されるブラケットワイヤを装着したしかしながら、図20(i)に示すように、爪軟化剤塗布後、術後一日、Ni−Ti合金ワイヤの過剰な作用によって易損性を示し、埋入している爪内側縁が破損され、Ni−Ti合金ワイヤより構成されるブラケットワイヤが脱転していることが確認された。
【0075】
以上より、Ni−Ti合金ワイヤを用いると、爪が損傷しない場合であっても、高すぎる弾性のため、短時間で変形爪が過剰に反転整復されることがあり、コントロール性に難がある。又同時に術後当日当夜にかなりの疼痛を訴える症例があり、強力な鎮痛剤を要している。
【0076】
以上述べたように、Ni−Ti合金を用いた場合に比べて、爪軟化剤を併用する際には本発明の変形爪矯正具が効率よく、爪の損傷を起こすこともなく、術当日の疼痛も殆どなく変形爪を短時間で治療することができる。更には、アレルギー等の症状を起こすこともない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
システイン、チオグリコール酸及びチオグリコール酸塩からなる群より選択される少なくとも1種の爪軟化剤が適用された変形爪の矯正の際に使用される、針状部材を含む矯正具であって、前記針状部材がβ型チタン合金及びチタン系アモルファス合金からなる群より選択される1以上である変形爪矯正具。
【請求項2】
前記針状部材の少なくとも一端が圧延されて平坦化している、請求項1記載の変形爪矯正具。
【請求項3】
前記圧延されて平坦化している部分が、略コの字型又は略U字型の鈎形状を形成している、請求項1又は2記載の変形爪矯正具。
【請求項4】
前記β型チタン合金がチタン、モリブデン、ジルコニウム、及びスズからなる合金である、請求項1〜3のいずれか一項記載の変形爪矯正具。
【請求項5】
前記合金がニッケル、バナジウム及びクロムのいずれの金属も実質的に含まない、請求項1〜4のいずれか一項記載の変形爪矯正具。
【請求項6】
前記針状部材のβ型チタン合金又はチタン系アモルファス合金のヤング率が30〜75GPaである、請求項1〜5のいずれか一項記載の変形爪矯正具。
【請求項7】
爪甲上に配置されるブラケットを更に有する、請求項1〜6のいずれか一項記載の変形爪矯正具。
【請求項8】
システイン、チオグリコール酸及びチオグリコール酸塩からなる群より選択される少なくとも1種の爪軟化剤と、
請求項1〜7のいずれか一項記載の変形爪矯正具と
を含む、変形爪の整復用キット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate


【公開番号】特開2012−170510(P2012−170510A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−32551(P2011−32551)
【出願日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(503046035)
【出願人】(511043482)
【Fターム(参考)】