説明

外来遺伝子を細胞に安定に保持する方法

【課題】抗生物質を用いず、培地組成に制約されずに組換えDNAクローニングベクターを宿主細胞中に維持し得る新たな手段とこの手段を利用した外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する方法を提供する。
【解決手段】外来遺伝子を発現させて前記外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する方法。任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターであって、組換えベクターの任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位に、所望の外来遺伝子を挿入した組換えベクターを用意する工程、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主細胞等を用意する工程、変異宿主細胞を組換えベクターで形質転換して形質転換体を得る工程、形質転換体を培養して、前記外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外来遺伝子を細胞に安定に保持する方法に関する。さらに詳細には、本発明は、この方法に使用する、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を含む組換えベクター、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現させるために用いられる変異宿主細胞、およびアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の外来遺伝子を発現させて前記外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
組換えDNAの技術を実際に適用して、得られた形質転換細胞による目的分子の生産を試みると、一般に形質転換細胞内の染色体外遺伝子(すなわち、これに含有される目的外来遺伝子)の存在が大変不安定であり、目的分子の生産が非常に困難であるという問題が生じる。
【0003】
実験室で通常用いられるクローニング及び発現ベクターは、通常マルチコピー組換えベクターであり、それらの後代への安定した伝達は1つの細胞ゲノムあたりの多数の組換えベクターにより確保される。しかし、外来遺伝子のこれらの組換えベクターへの導入は、細胞の増殖サイクルの期間に種々の程度の不安定性をもたらす。工業的生産工程では、1000Lの培養物が必要な場合があり、50世代以上の世代交代後の1016個以上の細胞が必要となる。従って、細胞中の組換えベクターの存在、ひいては外来遺伝子の発現を確実にするために、醗酵槽内での培養が終了するまで細胞中の組換えベクターを安定化させることが望まれる。
【0004】
外来遺伝子を有する組換えベクターを細胞中で安定化させる方法は、幾つか知られている。
【0005】
その1つは、抗生物質耐性遺伝子を組換えベクターに包含させておき、適当な抗生物質を培養培地中に加えることから成る方法である。抗生物質耐性遺伝子含有組換えベクターを保持する細胞は選択され、該組換えベクターを保持しない細胞は選択されず、従って排除される。
【0006】
抗生物質耐性遺伝子を組み込むことにより組換えベクターを安定化させることは、実験室で通常行なわれているが、下記の如き理由で、工業的スケールの生産では望ましくない。
(i) 抗生物質耐性菌株の使用は、環境に対して危険を呈する可能性がある。
(ii) 培養中に必要な抗生物質の量は生産コストを有意に増加させる。
(iii)抗生物質の使用は、ヒト及び動物向けに用いられる物質の生産においては回避すべきである。
【0007】
染色体の栄養要求突然変異を補う方法も、既知の組換えベクター安定化法の一つである(非特許文献1および2)。この方法では発酵培地の組成を厳しく制限して宿主細菌が必要とする栄養を培地に加えずに発酵を行う必要がある。しかも、栄養共生によって、組換えベクターの消失後もなお細胞が増殖し得る可能性がある。
【非特許文献1】Genetics. 1989 May;122(1):19-27. “A system of shuttle vectors and yeast host strains designed for efficient manipulation of DNA in Saccharomyces cerevisiae”
【非特許文献2】Curr Genet. 1989 Sep;16(3):159-63. “A gene transfer system based on the homologous pyrG gene and efficient expression of bacterial genes in Aspergillus oryzae”
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、上記2つの選択方法は培地の特殊な処理に依存している。そのような制約は、発酵工程の費用の増大、および生産性向上のためにとり得る選択自由度の制限を招く。
【0009】
従って、抗生物質を用いることなく、かつ培地組成に制約されずに組換えDNAクローニングベクターを維持し得る、他の選択方法が強く望まれている。
【0010】
そこで本発明は、抗生物質を用いることなく、かつ培地組成に制約されずに組換えDNAクローニングベクターを維持し得る新たな手段とこの手段を利用した外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために種々検討を行い、アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子を保有する染色体外遺伝子と該アミノアシルtRNA合成酵素活性に欠損を生じさせた染色体変異宿主細胞との相補性に基づくことで、抗生物質を用いることなく、かつ培地組成に制約されずに組換えDNAクローニングベクターを維持し得ることを見いだして、本発明を完成させた。本発明は、アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子を保有する染色体外遺伝子を含有した細胞のみが生存を確保されることに基づく。
【0012】
本発明は以下のとおりである。
(1)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、かつ
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターであって、
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主において用いられる前記組換えベクター。
(2)アミノアシルtRNA合成酵素が、トリプトファニルtRNA合成酵素、アラニルtRNA合成酵素、アルギニルtRNA合成酵素、アスパルギニルtRNA合成酵素、アスパルチルtRNA合成酵素、システイニルtRNA合成酵素、グルタミンtRNA合成酵素、グルタメートtRNA合成酵素、グリシンtRNA合成酵素、ヒスチジルtRNA合成酵素、イソロイシルtRNA合成酵素、ロイシルtRNA合成酵素、リシンtRNA合成酵素、メチオニルtRNA合成酵素、フェニルアラニンtRNA合成酵素、プロリルtRNA合成酵素、セリルtRNA合成酵素、トレオニルtRNA合成酵素、チロシルtRNA合成酵素、またはバリルtRNA合成酵素である、(1)に記載の組換えベクター。
(3)組換えベクターは、プラスミド、バクテリオファージ、またはレトロトランスポゾンの形態を有する(1)または(2)に記載の組換えベクター。
(4)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主細胞またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主細胞であって、
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、かつ
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターで形質転換して用いられる前記変異宿主細胞。
(5)アミノアシルtRNA合成酵素が、トリプトファニルtRNA合成酵素、アラニルtRNA合成酵素、アルギニルtRNA合成酵素、アスパルギニルtRNA合成酵素、アスパルチルtRNA合成酵素、システイニルtRNA合成酵素、グルタミンtRNA合成酵素、グルタメートtRNA合成酵素、グリシンtRNA合成酵素、ヒスチジルtRNA合成酵素、イソロイシルtRNA合成酵素、ロイシルtRNA合成酵素、リシンtRNA合成酵素、メチオニルtRNA合成酵素、フェニルアラニンtRNA合成酵素、プロリルtRNA合成酵素、セリルtRNA合成酵素、トレオニルtRNA合成酵素、チロシルtRNA合成酵素、またはバリルtRNA合成酵素である、(4)に記載の変異宿主細胞。
(6)変異を入れる宿主細胞は、細菌、酵母、動物細胞、または植物細胞である(4)または(5)に記載の変異宿主細胞。
(7)変異を入れる宿主細胞は、細菌または酵母である(4)または(5)に記載の変異宿主細胞。
(8)細菌がバチルス属細菌である(7)に記載の方法。
(9)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の外来遺伝子を発現させて前記外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する方法であって、
任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、かつアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターであって、前記組換えベクターの任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位に、所望の外来遺伝子を挿入した組換えベクターを用意する工程、
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主細胞またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主細胞を用意する工程、
前記変異宿主細胞を前記組換えベクターで形質転換して形質転換体を得る工程、
前記形質転換体を培養して、前記外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する工程、
を含む前記方法。
(10)目的とする組換えベクターを宿主細胞内に安定的に維持させる方法であって、
前記宿主細胞に含まれる、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させるか、または宿主細胞が成育できない程度に低下させて、前記宿主細胞を変異宿主細胞とし、
前記目的とする組換えベクターに、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で含有させ、
前記変異宿主細胞を、前記のアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で含有させた目的とする組換えベクターで形質転換することを含む、
前記方法。
(11)前記組換えベクターは、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有する、(10)に記載の方法。
(12)アミノアシルtRNA合成酵素が、トリプトファニルtRNA合成酵素、アラニルtRNA合成酵素、アルギニルtRNA合成酵素、アスパルギニルtRNA合成酵素、アスパルチルtRNA合成酵素、システイニルtRNA合成酵素、グルタミンtRNA合成酵素、グルタメートtRNA合成酵素、グリシンtRNA合成酵素、ヒスチジルtRNA合成酵素、イソロイシルtRNA合成酵素、ロイシルtRNA合成酵素、リシンtRNA合成酵素、メチオニルtRNA合成酵素、フェニルアラニンtRNA合成酵素、プロリルtRNA合成酵素、セリルtRNA合成酵素、トレオニルtRNA合成酵素、チロシルtRNA合成酵素、またはバリルtRNA合成酵素である、(9)〜(11)のいずれかに記載の方法。
(13)変異を入れる宿主細胞は、細菌、酵母、動物細胞、または植物細胞である(9)〜(12)のいずれかに記載の方法。
(14)変異を入れる宿主細胞は、細菌または酵母である(9)〜(12)のいずれかに記載の変異宿主細胞。
(15)細菌がバチルス属細菌である(15)に記載の方法。
(16)外来遺伝子がコードするタンパク質が、酸化還元酵素 、転移酵素、加水分解酵素、加リン酸分解酵素、脱離酵素、異性化酵素、合成酵素または修飾酵素からなる群から選ばれる1種の酵素である(9)〜(15)のいずれかに記載の方法。。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、抗生物質を用いることなく、かつ培地組成に制約されずに組換えDNAクローニングベクターを維持することができ、その結果、工業的な生産においても、醗酵槽内での培養が終了するまで細胞中の組換えベクターを安定化させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
[組換えベクター]
本発明は、(1)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターであって、(2)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、かつ(3)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主において用いられる、前記組換えベクターに関する。
【0015】
(1)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクター。
【0016】
本発明の組換えベクターは、アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子をコードする遺伝子を発現可能な状態で含有する。当該組換えベクターは、アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子をコードする遺伝子を、所望の宿主細胞内で発現可能な状態で含んでおり、当該宿主細胞を形質転換するために使用される。ゆえに、本発明の組換えベクターは、かかる宿主細胞の形質転換が達成できる形態を有するものであればよく、例えばプラスミド、バクテリオファージ、レトロトランスポゾンの形態を有するものであってもよい。
【0017】
アミノアシルtRNA合成酵素は、20種類のアミノ酸に対応するよう、20数種類(一部は数種類ある)存在し、例えばアラニンに対するアミノアシルtRNA合成酵素はアラニルtRNA合成酵素(alanyl−tRNA synthetaseまたはalanine−tRNA synthetase)と呼ばれている。アミノアシルtRNA合成酵素は、具体的には、例えば、トリプトファニルtRNA合成酵素、アラニルtRNA合成酵素、アルギニルtRNA合成酵素、アスパルギニルtRNA合成酵素、アスパルチルtRNA合成酵素、システイニルtRNA合成酵素、グルタミンtRNA合成酵素、グルタメートtRNA合成酵素、グリシンtRNA合成酵素、ヒスチジルtRNA合成酵素、イソロイシルtRNA合成酵素、ロイシルtRNA合成酵素、リシンtRNA合成酵素、メチオニルtRNA合成酵素、フェニルアラニンtRNA合成酵素、プロリルtRNA合成酵素、セリルtRNA合成酵素、トレオニルtRNA合成酵素、チロシルtRNA合成酵素、またはバリルtRNA合成酵素である。
【0018】
トリプトファンに対応するアミノアシルtRNA合成酵素をトリプトファニルtRNA合成酵素と呼び、トリプトファニルtRNA合成酵素が欠失している細胞株は、トリプトファンを含むタンパクの合成を行うことができないため増殖することができないことになる。
【0019】
アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子は原核生物から真核生物に至るあらゆる生物に含まれる。例えば、大腸菌にはalanyl−tRNA synthetase(配列番号1)、arginyl−tRNA synthetase(配列番号2)、asparaginyl−tRNA synthetase(配列番号3)、aspartyl−tRNA synthetase(配列番号4)、cysteinyl−tRNA synthetase(配列番号5)、glutamine−tRNA synthetase(配列番号6)、glutamate−tRNA synthetase(配列番号7)、glycine−tRNA synthetase,alpha subunit(配列番号8)、glycine−tRNA synthetase,beta subunit(配列番号9)、histidyl−tRNA synthetase(配列番号10)、isoleucyl−tRNA synthetase(配列番号11)、leucyl−tRNA synthetase(配列番号12)、lysine−tRNA synthetase,constitutive(配列番号13)、lysine−tRNA synthetase,inducible(配列番号14)、methionyl−tRNA synthetase(配列番号15)、phenylalanine−tRNA synthetase,alpha subunit(配列番号16)、phenylalanine−tRNA synthetase,beta subunit(配列番号17)、predicted lysyl−tRNA synthetase(配列番号18)、prolyl−tRNA synthetase(配列番号19)、seryl−tRNA synthetase,also charges selenocysteinyl−tRNA with serine(配列番号20)、threonyl−tRNA synthetase(配列番号21)、tryptophanyl−tRNA synthetase(配列番号22)、tyrosyl−tRNA synthetase(配列番号23)、valyl−tRNA synthetase(配列番号24)が含まれている。
【0020】
枯草菌には、alanyl−tRNA synthetase(配列番号25)、arginyl−tRNA synthetase(配列番号26)、asparaginyl−tRNA synthetase(配列番号27)、aspartyl−tRNA synthetase(配列番号28)、cysteinyl−tRNA synthetase(配列番号29)、glutamyl−tRNA synthetase(配列番号30)、glutamyl−tRNA amidotransferase, subunit a(配列番号31)、glycine tRNA synthetase, alpha subunit(配列番号32)、glycine tRNA synthetase, beta subunit(配列番号33)、histidyl tRNA synthetase, hisS(配列番号34)、isoleucyl−tRNA synthetase(配列番号35)、leucyl−tRNA synthetase(配列番号36)、lysine tRNA synthetase, constitutive(配列番号37)、histidyl tRNA synthetase,hisZ(配列番号38)、methionyl−tRNA synthetase(配列番号39)、phenylalanine tRNA synthetase, alpha subunit(配列番号40)、phenylalanine tRNA synthetase, beta subunit(配列番号41)、similar to phenylalanyl−tRNA synthetase, ytpR (配列番号42)、prolyl−tRNA synthetase(配列番号43)、seryl−tRNA synthetase, also charges selenocysteinyl−tRNA with serine(配列番号44)、threonyl−tRNA synthetase, major(配列番号45)、threonyl−tRNA synthetase, minor(配列番号46)、tryptophanyl−tRNA synthetase(配列番号47)、tyrosyl−tRNA synthetase, major(配列番号48)、tyrosyl−tRNA synthetase, minor (配列番号49)、valyl−tRNA synthetase(配列番号50)、glutamyl−tRNA amidotransferase, subunit b(配列番号51)、glutamyl−tRNA amidotransferase, subunit c(配列番号52)などが含まれることが知られている。
【0021】
本発明の組換えベクターは、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有するものである。従って、アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子以外に、この遺伝子を発現可能な状態とするために、宿主として大腸菌(Escherichia coli)や枯草菌(Bacillus subtilis)などの細菌を使用する場合は一般に、例えば、プロモーター、オペレーター領域(プロモーター、オペレーター及びリボゾーム結合領域(SD領域)を含む)、開始コドン、生産目的タンパク質をコードするDNA、終止コドン、ターミネーター領域、及びプラスミド複製可能単位などを有する。また、酵母等の真菌細胞または動物細胞を宿主細胞として用いる場合は、一般に、プロモーター、開始コドン、シグナルペプチド及び生産目的タンパク質をコードするDNA、及び終止コドンなどを有する。また、本発明の組換えベクターは、必要に応じて、エンハンサーなどのシスエレメント、生産目的タンパク質をコードするDNAの5´側または3´側の非翻訳領域、スプライシング接合部、ポリアデニレーション部位、複製可能単位、相同領域、選択マーカーを含むことができる。これらのエレメントは、生産目的タンパク質をコードする遺伝子の発現に用いられる宿主に対応したものであれば、特に制限されず、技術常識に基づいて選択することができる。
【0022】
なお、選択マーカーとしては、特に制限されず、例えば遺伝子発現に使用される宿主が細菌の場合は、薬剤抵抗性遺伝子(例えば、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、シクロヘキシミド耐性遺伝子、テトラマイシン耐性遺伝子など)、宿主が細菌以外の例えば酵母などの場合は、栄養要求性遺伝子(例えば、HIS4、URA3、LEU2、ARG4など)などを始めとする公知の各種選択マーカーを利用することもできる。
【0023】
(2)本発明の組換えベクターは、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有しる。この部位は、後述するように、本発明の宿主細胞を用いて、生産したいタンパク質をコードする外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位である。
【0024】
「遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る」とは、一般にタンパク質をコードする遺伝子の発現は、その遺伝子の情報がmRNAに転写されるためのRNAポリメラーゼ認識部位およびmRNAの情報がペプチドに翻訳されるためのリボゾーム結合領域が該タンパク質をコードする遺伝子の開始コドンの上流に存在する必要がある。要するに、「遺伝子を発現可能な状態で有する」ということは、その遺伝子の開始コドンから終止コドンまでをmRNAに転写されるために必要な配列が開始コドンより上流に存在し、さらにそのmRNAの情報がペプチドに翻訳されるための配列が開始コドンより上流に存在するということになる。ここでいう開始コドンとは本来染色体上における該遺伝子の開始コドン配列に限らず、開始コドンとして機能するコドンであれば何れでも良い。またここで言うリボゾーム結合領域とは、例えば原核生物の5´−aaaggagg−3´からなるコンセンサス配列を有する配列に集約されることなく、リボゾームが認識できる配列であれば良く、本来染色体上で該遺伝子のリボゾーム結合領域としての配列に限らず、リボゾームが認識できる配列であれば用いることができる。
【0025】
本発明の組換えベクターの構築は、DNA組換えの一般的な方法、例えばMolecular Cloning (1989) (Cold Spring Harbor Lab.)に記載される方法に従って行うことができる。
【0026】
ベクターとしては、プラスミドベクターとして、例えばpRS413、pRS415、pRS416、YCp50、pAUR112またはpAUR123などのYCp型大腸菌−酵母シャトルベクター;pRS403、pRS404、pRS405、pRS406、pAUR101またはpAUR135などのYIp型大腸菌−酵母シャトルベクター;大腸菌由来のプラスミド(たとえば、pBR322、pBR325、pUC18、pUC19、pUC119、pTV118N、pTV119N、pBluescript、pHSG298、pHSG396またはpTrc99AなどのColE系プラスミド;pACYC177またはpACYC184などのp1A系プラスミド;pMW118、pMW119、pMW218またはpMW219などのpSC101系プラスミドなど);枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5など);pHY300PLKなどの大腸菌−枯草菌シャトルベクターを挙げることができる。またファージベクターとして、λファージ(たとえば、Charon 4A、Charon21A、EMBL4、λgt100、gt11、zap)、ψX174、M13mp18、M13mp19などを挙げることができる。レトロトランスポゾンとしてはTy因子などを挙げることができる。また、融合タンパク質として発現する発現ベクター、例えばpGEXシリーズ(ファルマシア製)、pMALシリーズ(Biolabs社製)を使用することもできる。
【0027】
(3)本発明の組換えベクターは、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主において用いられる。この変異宿主については後述する。
【0028】
[宿主細胞(変異宿主)]
本発明は、(4)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主細胞またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主細胞であって、(5)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、かつ(6)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターで形質転換して用いられる変異宿主細胞に関する。
【0029】
(4)本発明の変異宿主細胞は、変異前の宿主細胞として、例えば、大腸菌や枯草菌などの細菌、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、サッカロマイセス・ポンベ(Saccharomyces pombe)、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)などの酵母、sf9やsf21などの昆虫細胞、COS細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)などの動物細胞、タバコなどの植物細胞を挙げることができる。好ましくは、大腸菌や枯草菌などの細菌、及び酵母である。
【0030】
一般に、細胞は、自己の増殖のためにアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を有している。それに対して、本発明では、細胞が本来有している、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させるか、あるいはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させる。アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損または該遺伝子発現の低下は、以下の方法で行うことができる。
【0031】
[遺伝子欠損(不活性化)]
不活性化の語は染色体遺伝子のうち1以上の機能発現を妨げる方法を含んでいる。不活性化は核酸遺伝子配列における欠失、置換(例えば変異)、阻害、及び/または挿入などによって行われる。いくつかの実施態様において、変異微生物は好ましくは安定かつ不可逆的な不活性化を生じる1以上の遺伝子の不活性化を含む。
【0032】
(挿入による不活性化)
ここで用いる“挿入配列”の語は微生物染色体内に導入されたDNA配列を言う。いくつかの実施態様において、挿入配列は形質転換される細胞のゲノム中に既に存在する、または存在しない配列であってもよい(すなわち、相同または異種配列である)。さらに別の実施態様において、挿入配列は選択マーカーを含むことがある。さらなる実施態様において、挿入配列は2つの相同ボックスを含むことがある。
【0033】
ここで用いる“相同ボックス”とは微生物染色体の配列と相同な核酸配列をいう。より具体的には、相同ボックスは、本発明に従って不活性化される遺伝子に隣接するコード領域または遺伝子の一部と約80〜100%配列同一性、約90〜100%配列同一性または約95%〜100%配列同一性を有する上流または下流領域をいう。これらの配列は微生物染色体の一部が置換されることを目的とする。本発明を限定するものではないが、相同ボックスは約1塩基対(bp)〜200キロ塩基(kb)を含む。好ましくは、相同ボックスは約1bp〜10.0kb;1bp〜5.0kb;1bp〜2.5kb;1bp〜1.0kb及び0.25kb〜2.5kbを含む。また、相同ボックスは約10.0kb、5.0kb、2.5kb、2.0kb、1.5kb、1.0kb、0.5kb、0.25kb及び0.1kbを含む。いくつかの実施態様において、選択マーカーの5´及び3´末端は相同ボックスに隣接し、ここで相同ボックスは当該遺伝子のコード領域にすぐ隣接した核酸配列を含む。
【0034】
ここで用いる“選択マーカー”の語は宿主細胞において発現できるヌクレオチド配列をいい、選択マーカーの発現により対応する選択因子の存在下、または必須栄養素の不存在下で発現遺伝子を含む細胞は成長できるようになる。ここで用いる“選択可能マーカー”及び“選択マーカー”の語は宿主細胞中で発現できる核酸(例えば遺伝子)を言い、ベクターを含むこれら宿主の選択が簡単にできるようにする。当該選択マーカーの例としては、限定されないが、抗微生物剤などがある。従って、“選択マーカー”とは、宿主細胞が目的の挿入DNAを取り込んだ、またはその他の反応が起こった印を与える遺伝子をいう。通常、選択マーカーは、形質転換時に外来配列を受け取らなかった細胞と外来DNAを含む細胞との区別を可能にするために宿主細胞に抗菌耐性または代謝利点を与える遺伝子をいう。選択マーカー抗微生物耐性マーカーなどが挙げられる(例えば、ampR;phleoR;specR;kanR;eryR;tetR;cmpR;及びneoR;例えばGuerot−Fleury,Gene,167:335−337[1995];Palmeros et al.、Gene 247:255−264[2000];及びTrieu−Cuot et al.、Gene、23:331−341[1983]を参照)。いくつかの特に好ましい実施態様において、本発明はクロラムフェニコール耐性遺伝子を提供する(例えば、pC194上に存在する遺伝子、及びバチルス・リケニフォルミスゲノム中に存在する耐性遺伝子)。この耐性遺伝子は本発明及び染色体上統合されたカセット及び統合プラスミドの染色体増幅に関する実施態様において特に有用である。
【0035】
例えば、トリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子(trpS)が不活性化される遺伝子である場合、DNA構築体は選択マーカーを挿入配列として含みその活性を阻害されるtrpS遺伝子を有する。選択マーカーはtrpSコード配列部分の内側に挿入する。DNA構築体は宿主染色体中のtrpS遺伝子に本質的に同一配列を有し、二重交差の場合、trpS遺伝子は選択マーカーの挿入により不活性化される。
【0036】
(欠失による不活性化)
いくつかの好ましい実施態様において、不活性化は欠失により達成される。いくつかの好ましい実施態様において、遺伝子は相同組換えにより欠失する。例えば、いくつかの実施態様において、欠失する遺伝子がtrpSの場合、相同ボックスの両側に隣接する選択マーカーを有する挿入配列を含むDNA構築体を用いる。相同ボックスは染色体trpS遺伝子の核酸フランキング領域に相同なヌクレオチド配列を含む。DNA構築体は微生物宿主染色体の相同配列と一致し、二重交差の場合、trpS遺伝子は宿主染色体から切除される。
【0037】
ここで用いる遺伝子の“欠失”の語は、コード配列全体の欠失、コード配列の一部の欠失、またはフランキング領域を含むコード配列の欠失をいう。欠失は染色体に残った配列が欠失前の生物活性を発揮しないのであれば部分的であってもよい。コード配列のフランキング領域は約1bp〜約500bpを5´及び3´末端に含むことができる。フランキング領域は500bpよりも大きくてもよいが、好ましくは本発明に従って不活性化または欠失され得るその他の遺伝子を当該領域に含まない。最終的には、欠失遺伝子は事実上、非機能的である。簡単に言えば、“欠失”の語は1以上のヌクレオチドまたはアミノ酸残基がそれぞれ除去された(すなわち、存在しない)、ヌクレオチドまたはアミノ酸配列の変化として定義される。
【0038】
ここで用いる“フランキング配列”とは対象の配列の上流または下流にある配列をいう(例えば、遺伝子A−B−Cは、遺伝子BはA及びC遺伝子配列にフランキング(側面に位置)している)。好ましい実施態様において、挿入配列は相同ボックスの両側の側面に位置する。いくつかの実施態様において、フランキング配列は一方の側(3´または5´)にのみ存在するが、好ましい実施態様において、配列の両側の側面に位置する。各相同ボックスの配列は微生物染色体中の配列に相同である。これらの配列は微生物染色体に新しい構築体が統合されること、及び微生物染色体の一部が挿入配列により置換されることを目的とする。好ましい実施態様において、選択マーカーの5´及び3´末端は不活性化染色体断片の一部を含むポリヌクレオチド配列の側面に位置する。
【0039】
(変異による不活性化)
別の実施態様において、不活性化は遺伝子の変異により生じる。遺伝子を変異する方法はさまざまな方法があり、限定されないが、部位特異的変異、ランダム変異発生、及びgapped−duplex法が挙げられる(例えばMoring et al.、Biotech.2:646[1984];及びKramer et al.、Nucleic Acids Res.,12:9441[1984]を参照)。
【0040】
好ましい実施態様において、変異は少なくとも染色体上の1つのコドンにおいて突然変異誘発を用いて生じる。さらなる実施態様において、変異DNA配列は野生型配列と40%以上、45%以上、50%以上、55%以上、60%以上、65%以上、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上または98%以上の相同性を有する。別の実施態様において、変異DNAは公知の変異誘発手順、例えば、UV照射、ニトロソグアニジン等の化学変異剤を用いてin vivoで生じる。
【0041】
アミノアシルtRNA合成酵素活性に欠損を生じさせる染色体変異の内でも、アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子自体の欠損を用いることが望ましい。しかしアミノアシルtRNA合成酵素生合成を調節する他の遺伝子も、対応する遺伝子を保有する染色体外遺伝子を用いる限り使用できる。アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子の欠損株の場合、染色体外遺伝子に挿入されるべき遺伝子は該当するアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子が相応しい。
【0042】
アミノアシルtRNA合成酵素を有する染色体外遺伝子と染色体の変異されたアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子との間の相同性組換えの可能性を回避するためには、目的のアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子を染色体から実質的に欠失させることが望ましい。
【0043】
(5)および(6)の組換えベクターは、上述の(1)および(2)の組換えベクターと同様のものである。
【0044】
[機能]
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主細胞またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主細胞は、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子が発現できないため、そのままでは、もはや増殖できない。
【0045】
それに対して、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターを含むことで、増殖を維持できる。即ち、アミノアシルtRNA合成酵素の欠失は、染色体外遺伝子上に該アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子を導入することにより相補することができる。しかし、もしも細胞が該染色体外遺伝子を失うと、該細胞はもはや増殖できなくなる。
【0046】
従って、本発明の変異宿主細胞は、上記関係の下に、培地に抗生物質を含めることなく、または特定の栄養要求性を満たす栄養分を排除または制限することなく外来遺伝子を挿入した組換えベクターを安定して宿主細胞に維持することができる。そのため、本発明の変異宿主細胞は、工業的スケールの生産に使用される任意の培地に適用できるという利点を有する。
【0047】
さらに、本発明の変異宿主細胞は、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現させるために用いられる。本発明の宿主細胞は、上記変異宿主に前記アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターを含むものであり、さらに、この組換えベクターは、外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、この部位に所望の外来遺伝子を挿入することで、所望の外来遺伝子を挿入した組換えベクターを安定して宿主細胞に維持することができる。そして、外来遺伝子を発現させて、外来遺伝子でコードされる所望のタンパク質の生産に用いることができる。
【0048】
[タンパク質またはペプチドを調製する方法]
本発明は、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の外来遺伝子を発現させて前記外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する方法に関する。この方法は、以下の工程を含む。
(10)任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、かつアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターであって、前記組換えベクターの任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位に、所望の外来遺伝子を挿入した組換えベクターを用意する工程、
(11)アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主細胞またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主細胞を用意する工程、
(12)前記変異宿主細胞を前記組換えベクターで形質転換して形質転換体を得る工程、
(13)前記形質転換体を培養して、前記外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する工程。
【0049】
(10)組換えベクターを用意する工程
この工程では、任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、かつアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターであって、前記組換えベクターの任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位に、所望の外来遺伝子を挿入した組換えベクターを用意する。前記組換えベクターは、先に説明した本願発明の組換えベクターである。本発明の製造方法では、この組換えベクターの任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位に、所望の外来遺伝子を挿入した組換えベクターを用意する。具体的には、適当なベクターにアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子、および所望の外来遺伝子を挿入する。遺伝子の挿入は常法によって行うことができる。いずれの遺伝子も、発現可能な状態で挿入する。
【0050】
「2つの遺伝子の挿入についての一般的な説明」
アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子および任意の外来遺伝子の組換えベクターへの挿入は、DNA組換えの一般的な方法、例えばMolecular Cloning (1989) (Cold Spring Harbor Lab.)に記載される方法に従って行うことができる。各々の遺伝子の組換えベクターへの挿入位置は組換えベクターの複製に関与していない場所であれば基本的にはどこでも良く、使用するベクターによって挿入位置は異なる。例えば使用できる組換えベクターベクターは大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322、pBR325、pUC18、pUC19、pUC119、pTV118N、pTV119N、pBluescript、pHSG298、pHSG396またはpTrc99AなどのColE系プラスミド;pACYC177またはpACYC184などのp1A系プラスミド;pMW118、pMW119、pMW218またはpMW219などのpSC101系プラスミドなど);枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5など);pHY300PLKなどの大腸菌−枯草菌シャトルベクターを挙げることができる。
【0051】
例えば大腸菌-枯草菌のシャトルベクターであるpHY300PLKプラスミドを例に取れば、マルチクローニング部位であるEcoRI 部位にアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子を、同じくマルチクローニング部位BamHI部位に任意の外来遺伝子を挿入することなどが可能である。以下に少し詳しく本例を説明する。
【0052】
任意の外来遺伝子を有する生物の染色体DNAを鋳型にPCR増幅を用いてプロモーター部位から終止コドンまでを含む該任意の外来遺伝子を増幅し、これをpHY300PLKを制限酵素BamHIで消化することによって得られたDNA 断片とライゲーション反応を行い、得られたライゲーション反応混合物を用いて大腸菌を形質転換してpHY300PLKのBamHI部位に目的の通りプロモーター部位から終止コドンまでを含む任意の外来遺伝子が挿入されているプラスミドを含む形質転換体を選択し、この形質転換体からプラスミドを調製する。続いて上記の通り調製できたプラスミドを制限酵素EcoRIで消化し、本プラスミドを切断する。枯草菌168(Bacillus subtilis168)株の染色体DNAを鋳型にPCR増幅を用いてプロモーター部位から終止コドンまでを含むアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子を増幅し、EcoRIで切断された構築済みプラスミド由来DNA断片とライゲーション反応を行い、得られたライゲーション反応混合物を用いて大腸菌を形質転換して構築済みプラスミドのEcoRI部位に目的の通りアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子が挿入されているプラスミドを含む形質転換体を選択し、この形質転換体から目的プラスミドを調製することができる。
【0053】
(11)変異宿主細胞を用意する工程
この工程では、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主細胞またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主細胞を用意する。この変異宿主細胞は、前記で説明した本発明の変異宿主細胞である。その調製方法は、以下のとおりである。
【0054】
変異宿主細胞の調製の手順としては、宿主染色体上に存在する標的遺伝子を計画的に削除又は不活性化する方法のほか、ランダムな遺伝子の削除又は不活性化変異を与え、その後適当な方法により遺伝子解析またはタンパク質生産性の評価を行う方法が挙げられる。
【0055】
標的とする遺伝子を削除又は不活性化するには、例えば相同組換えによる方法を用いればよい。すなわち、標的遺伝子の一部を含むDNA断片を適当なプラスミドベクターにクローニングして得られる環状の組換えプラスミドまたは直鎖上のDNA 断片を宿主細胞内に取り込ませ、標的遺伝子の一部領域に於ける相同組換えによって親微生物ゲノム上の標的遺伝子を分断して不活性化することが可能である。或いは、塩基置換や塩基挿入等による不活性化変異を導入した標的遺伝子、又は標的遺伝子の外側領域を含むが標的遺伝子を含まない直鎖状のDNA断片等をPCR等の方法によって構築し、これを親微生物細胞内に取り込ませて親微生物ゲノムの標的遺伝子内の変異箇所の外側2ヶ所、又は標的遺伝子外側の2ヶ所の領域で2 回交差の相同組換えを起こさせることにより、ゲノム上の標的遺伝子を削除或いは不活性化した遺伝子断片と置換することが可能である。
【0056】
(12)形質転換体を得る工程
工程(10)で調製した組換えベクターを用いて、工程(11)で調製した変異宿主細胞を形質転換する。組換えベクターによる宿主細胞の形質転換も常法により実施できる。
【0057】
組換えベクターの宿主細胞への導入(形質転換)方法は、特に制限されず、トランスフォーメーション法、トランスフェクション法、コンピテント細胞法、エレクトロポレーションなど、導入する宿主細胞の種類や組換えベクターの形態に応じて、適宜選択することができる。
【0058】
ここで用いる、“宿主細胞” とは新しく導入するDNA配列のための宿主または発現媒体として作用する能力を有する細胞をいう。
【0059】
なお、組換えベクターの宿主細胞内での存在様式は、特に制限されず、染色体中に挿入されて、あるいは置換されて組み込まれてもよいし、またプラスミド状態で存在していてもよい。
【0060】
尚、組換えベクターに含まれるアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子は、変異宿主細胞において、欠損させられたアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子、または宿主細胞が成育できない程度に発現を低下させられたアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子と同種の遺伝子である。例えば、変異宿主細胞において、欠損させられたアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子、または宿主細胞が成育できない程度に発現を低下させられたアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子が、アラニルtRNA合成酵素遺伝子である場合、組換えベクターに含まれるのもアラニルtRNA合成酵素遺伝子である。
【0061】
(13)タンパク質またはペプチドを調製する工程
工程(12)で得られる形質転換体を培養して、外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する。形質転換体の培養は、宿主細胞の種類に応じて、適切な培地を用い、適切な培養条件の下で実施される。宿主細胞としては、外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドの生産が可能なものであればよく、野生型のものでも変異を施したものでものよい。具体的には、枯草菌などのバチルス(Bacillus)属細菌や、大腸菌(Escherihia)属細菌、クロストリジウム(Clostridium)属細菌、或いは酵母等が挙げられ、中でもバチルス属細菌が好ましい。更に、全ゲノム情報が明らかにされ、遺伝子工学、ゲノム工学技術が確立されている点、またタンパク質と菌体外に分泌生産させる能力を有する点から特に枯草菌が好ましい。
【0062】
本明細書でいう「バチルス属」とは、通常知られるバチルス属に含まれるすべての種類を含み限定されないが、たとえば、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)、バチルス・リケニフォルミス(Bacillus licheniformis)、バチルス・レンタス(Bacillus lentus)、バチルス・ステアロサーモフィラス(Bacillus stearothermophilus)、バチルス・アルカロフィラス(Bacillus alkalophilus)、バチルス・アミロリケファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)、バチルス・セレウス(Bacillus cereus)、バチルス・プミルス(Bacillus pumilus)、バチルス・クラウジイ(Bacillus clausii)、バチルス・ハロデュランス(Bacillus halodurans)、バチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)、バチルス・コアグランス(Bacillus coagulans)、バチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)、およびバチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)などを意味する。なお、バチルス属は分類上再編成を受け続けており、当該属は再分類された種も含むものとする。たとえば、ジオバチルス(Geobacillus)属、アルカリバチルス(Alkalibacillus)属、アンフィバチルス(Amphibacillus)属 、アミロバチルス(Amylobacillus)属、アノキシバチルス(Anoxybacillus)属 、ゴリバチルス(Goribacillus)属、セラシバチルス(Cerasibacillus)属、グラシリバチルス(Gracilibacillus)属、ハロバチルス(Halolactibacillus)属、ハロアルカリバチルス(Halalkalibacillus)属、フィロバチルス(Filobacillus)属、ジョーガリバチルス(Jeotgalibacillus)属、サリバチルス(Salibacillus)属、オーシャノバチルス(Oceanobacillus)属、マリニバチルス(Marinibacillus)属、リシニバチルス(Lysinibacillus)属、レンチバチルス(Lentibacillus)属、ウレーバチルス(Ureibacillus)属、サリニバチルス(Salinibacillus)属、ポンチバチルス(Pontibacillus)属、ピシバチルス(Piscibacillus)属、パラリオバチルス(Paraliobacillus)属、ヴァージバチルス(Virgibacillus)属、サルシューギニバチルス(Salsuginibacillus)属、テニューイバチルス(Tenuibacillus)属、タラソバチルス(Thalassobacillus)属、サームアルカリバチルス(Thermalkalibacillus)属、チューメバチルス(Tumebacillus)属などがあり、これらもまた本明細書にいうバチルス属に含まれるものとする。
【0063】
例えば、宿主細胞が枯草菌の場合、培養に用いる培地の種類としては、適当な窒素源、炭素源、ミネラルを含み、本発明の枯草菌宿主が生育し、目的タンパク質を生産することができるものであればよい。例えば、組換え枯草菌168株によって、外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを生産する場合、炭素源として、ぶどう糖や果糖等の単糖類、しょ糖、麦芽糖等の二糖類又は可溶性澱粉等の多糖類等を配合した培地や、窒素源として、ペプトン類、大豆エキス、酵母エキス、魚肉エキス、コーンスティープリカー(CSL)、金属塩等を配合した培地等を用いることができる。
【0064】
また、培地のpHは、用いる組換え生物体が生育し得る範囲のpHであれば良いが、例えば枯草菌の場合pH6.0〜8.0に調整するのが好適であり、培養条件は、15〜42℃、好ましくは28〜37℃で2〜7日間振盪または、通気撹拌培養すればよい。
【0065】
上記培養後に目的タンパク質またはペプチドを回収する。目的タンパク質又はポリペプチドの回収方法は、常法により行うことができる。回収した目的タンパク質又はポリペプチドは、さらに必要により、常法によって精製することもできる。
【0066】
本発明の製造方法によって生産される目的タンパク質又またはペプチドとしては、例えば食品用、医薬品用、化粧品用、洗浄剤用、繊維処理用、医療検査薬用等として有用な酵素や生理活性因子等のタンパク質やポリペプチドが挙げられる。
【0067】
目的タンパク質またはペプチド遺伝子は特に限定されず、洗剤、食品、繊維、飼料、化学品、医療、診断など各種産業用酵素や、生理活性ペプチドなどが含まれる。また、産業用酵素の機能別には、酸化還元酵素 ( O x i d o r e d u c t a s e ) 、転移酵素 ( T r a n s f e r a s e ) 、加水分解酵素 ( H y d r o l a s e ) 、加リン酸分解酵素(Phosphorylase)、脱離酵素 ( L y a s e )、異性化酵素 ( I s o m e r a s e ) 、合成酵素 (L i g a s e / S y n t h e t a s e ) 、修飾酵素(Modifying enzyme)等が含まれる。さらに具体的にはセルラーゼ、寒天分解酵素、γ−サイクロデキストリン合成酵素等の糖質分解酵素の遺伝子などが挙げられる。
【0068】
[組換えベクターを宿主細胞内に安定的に維持させる方法]
本発明は、目的とする組換えベクターを宿主細胞内に安定的に維持させる方法に関する。この方法は、以下の(20)〜(22)を含む
(20)前記宿主細胞に含まれる、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させるか、または宿主細胞が成育できない程度に低下させて、前記宿主細胞を変異宿主細胞とし、
(21)前記目的とする組換えベクターに、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で含有させ、
(22)前記変異宿主細胞を、前記のアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で含有させた目的とする組換えベクターで形質転換することを含む。
【0069】
(20)宿主細胞を変異宿主細胞とする方法は、前記変異宿主細胞の説明で記載したおりである。
【0070】
(21)組換えベクターにアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で含有させることについても、本発明の組換えベクターの説明で記載したおりである。前記組換えベクターは、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有するものであることも前述のとおりである。
【0071】
(22)変異宿主細胞の形質転換についても、上記タンパク質またはペプチドを調製する方法の説明で記載したとおりである。
【0072】
本発明は、目的とする組換えベクターを宿主細胞内に安定的に維持させる方法を含み、この方法では、宿主細胞として上記本発明の変異宿主細胞を用いる。本発明のこの方法は、上述のような細胞に含まれる染色体外遺伝子を安定化させる方法であって、例えば、アミノアシルtRNA合成酵素に欠陥を生じさせる染色体変異が該アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子の少なくとも一部の欠失であり、染色体外遺伝子が該アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子である。
【0073】
本発明によれば、例えば抗生物質による選択圧あるいは特定のアミノ酸を含有しないよう制限を加えた培地を必要とせずに、染色体外遺伝子が完全培地中で安定である形質転換細胞株が得られる。更に、本発明に記載の方法によれば染色体外遺伝子を失ってしまった細胞は増殖することができない。従って、本発明は、アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子及び産業上有用な蛋白質の発現を確実にする要素を持つ染色体外遺伝子により形質転換された細胞に関するものでもある。又、本発明は、形質転換細胞を用いて産業上有用な蛋白質を製造する方法であって、本発明の染色体外遺伝子により形質転換された細胞を完全培地中で培養することを特徴とする方法にも関する。該染色体外遺伝子は、更に該蛋白質の遺伝子を保有し得る。
【0074】
ここで用いる、“蛋白質遺伝子” の語はぺプチド鎖の生成に関するDNAの染色体断片を意味し、タンパク質をコードする領域に先行または後に続く領域を含んでも含まなくてもよい。
【0075】
下記実施例は、アミノアシルtRNA合成酵素の内の一つである、トリプトファニルtRNA合成酵素に欠陥を有する枯草菌中でのトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子を有するプラスミドの安定性を、トリプトファニルtRNA合成酵素に欠陥を有していない枯草菌中での同プラスミドの安定性と比較して示すものである。またさらに、前述のアミノアシルtRNA合成酵素の内の一つである、トリプトファニルtRNA合成酵素に欠陥を有する枯草菌中でのトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子を有するプラスミドの安定性を、トリプトファニルtRNA合成酵素に欠陥を有していない枯草菌中で、トリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子を有しない同種プラスミドの安定性と比較して示すものである。
【0076】
更に、トリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子を保有するこれら組換えベクターは、同ベクターに同乗したセルラーゼ、寒天分解酵素をコードする遺伝子などを発現するために用いることもできた例を示すものである。
【実施例】
【0077】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0078】
[実施例1]枯草菌株へのトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子を有する染色体外遺伝子の導入
トリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子を保有する染色体外遺伝子であるプラスミドpDATS14を以下の方法で構築した。まず、汎用枯草菌−大腸菌のシャトルプラスミドであるpHY300PLK(ヤクルト社製)を鋳型として、プライマーAとBを用いてPCRによる増幅を行った。得られた増幅断片を制限酵素XhoIで消化した後、両末端を連結することにより環状プラスミドとした。本プラスミドを用いて大腸菌HB101株を形質転換した。形質転換体からプラスミドを調製しpDA2とした。一方、枯草菌株ISW1214株の染色体を鋳型とし、プライマーCとDを用いてトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子とその近傍の領域を含むDNA断片を得た。本DNA断片を制限酵素XhoIで消化し、予め制限酵素XhoIで消化したpDA2と連結した。これを用いて大腸菌HB101株を形質転換した。得られた形質転換体からプラスミドを調製し、pDATS14と命名した。次にpDATS14を用いて、2種のプロテアーゼ(アルカリプロテアーゼE、中性プロテアーゼE)に欠陥を有する枯草菌ISW1214株由来変異株(参考文献 Appl.Microbiol. Biotechnol 65:583-592 (2004)Hatada,Y.ら)を、プロトプラスト形質転換法(参考文献Mol. Gen. Genet. 168:111-115 (1979) Chang, S.とCohen, S. N.)により形質転換し、染色体外にトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子を保有する枯草菌形質転換体を得た。
【0079】
[実施例2]枯草菌株染色体上のトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子を破壊するためのDNA断片の構築
枯草菌株ISW1214株の染色体を鋳型とし、プライマーEとFを用いてトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子とその近傍の領域を含む約2.5kbのDNA断片を得た。これを制限酵素EcoRIおよびSalIで消化した。EcoRIおよびSalIで予め消化した汎用性プラスミドpUC18に連結し、プラスミドpTSAFを得た。一方、汎用性プラスミドであるpC194を鋳型として、プライマーGとHを用いてスタフィロコッカス由来クロラムフェニコール耐性遺伝子とその近傍領域を含む約1.6kbのDNA断片を得た。さらに、pTSAFを鋳型としてプライマーIとJを用いてPCR反応を行いDNA断片を得た。本DNA断片とクロラムフェニコール耐性遺伝子とその近傍領域を含む約1.6kbのDNA断片を制限酵素BamHIおよびXbaIで消化した後連結し、大腸菌HB101株を形質転換した。形質転換体からプラスミドを調製し、トリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子破壊用プラスミドpINTTSとした。pINTTSを鋳型としてプライマーKとLを用いてPCR反応を行い直鎖状のトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子破壊用DNA断片を得た。
【0080】
[実施例3]枯草菌株染色体上のトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子の破壊
上記トリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子破壊用DNA断片を用いて、コンペテントセル法を用いて上記染色体外トリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子を保有する形質転換体をさらに形質転換し、クロラムフェニコール耐性を獲得した形質転換体を得た。本形質転換体から染色体DNAを調製した。本染色体DNAに対して、プライマーMとN、あるいはOとPを用いてPCR反応を行い、染色体のトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子がコードされていた領域がトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子破壊用DNA断片由来のクロラムフェニコール耐性遺伝子と置換されていることを確認し、本菌株をトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子欠損株であるDTS1451(pDATS14)株とした。
【0081】
[実施例4]DTS1451株へのカナマイシン耐性遺伝子を有するプラスミドの導入
枯草菌株ISW1214株の染色体を鋳型とし、プライマーCとDを用いてトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子とその近傍の領域を含むDNA断片を得た。本DNA断片を制限酵素XhoIで消化し、予め制限酵素XhoIで消化したpDA2と連結した。これを用いて、大腸菌HB101株を形質転換した。得られた形質転換体からプラスミドを調製し、pDATS13と命名した。汎用性プラスミドpUB110を鋳型とし、プライマーQとRを用いてカナマイシン耐性遺伝子とその近傍の領域を含むDNA断片を得た。本DNA断片をEcoRIで消化し、pDATS14を鋳型としてプライマーSとTを用いてPCRで増幅して、さらにEcoRIで消化することにより得られたDNA断片と連結した。これを用いて、大腸菌HB101株を形質転換した。得られたカナマイシン耐性を有する形質転換体からプラスミドを調製し、プラスミドをpDATSKと命名した。pDATSKを用いてpDATS14を有するDTS1451株をプロトプラスト形質転換法を用いて形質転換し、カナマイシン 30μg/mLを含む再生培地(組成:コハク酸ナトリウム 8%、寒天 1%、カザミノ酸 0.5%、酵母エキス 0.5%、リン酸2水素カリウム 0.15%、リン酸水素2カリウム 0.35%、グルコース 0.5%、硫酸マグネシウム 0.4%、牛血清アルブミン 0.01%、メチオニン 0.001% ロイシン 0.001%)による選抜を行った。得られた形質転換体をカナマイシン入りLB寒天培地およびテトラサイクリン 7.5μg/mLを含む再生培地に植菌し、カナマイシン耐性かつテトラサイクリン感受性となった株をDTS1451(pDATSK)と命名した。
【0082】
[実施例5]DTS1451株におけるセルラーゼの生産
セルラーゼ生産菌であるバシラス・アキバイ1139(Bacillus akibai1139)株(JCM 9157T) (J. Gen. Microbiol. 1986, 132, 2329-2335. Fukumoriら、Int J Syst Evol Microbiol. (2005)55:2309-15. Nogi, Y.ら)の染色体を鋳型として、プライマーUとVを用いてPCR反応を行い、セルラーゼとその近傍領域を含むDNA断片を得た。本DNA断片およびpDATS13を制限酵素BamHIで消化した後、両者を連結し、プラスミドpDATSC1を得た。本プラスミドを用いてDTS1451(pDATSK)を形質転換し、テトラサイクリン入り再生培地による選抜を行った。得られた形質転換体をカナマイシン入りLB寒天培地およびテトラサイクリン 7.5μg/mLを含む再生培地に植菌し、セルラーゼ活性を示し、さらにカナマイシン感受性かつテトラサイクリン耐性となった株をDTS1451(pDATSC1)と命名した。DTS1451(pDATSC1)をPPS培地(ポリペプトンS 3%、魚肉エキス 0.5%、酵母エキス 0.05%、リン酸2水素カリウム 0.1%、マルトース 4%、硫酸マグネシウム 0.02%、塩化カルシウム 0.05%)中(抗生物質を含有しない)で30℃、72時間、130rpmにて撹拌培養を行い、得られた培養上清に含まれるセルラーゼ活性を測定した。その結果、培養液1Lあたり約1gのセルラーゼの大量生産が確認できた。
【0083】
[実施例6]DTS1451株におけるプラスミドpDATSC1の保持
pDATSC1を保有するDTS1451株をテトラサイクリン 7.5μg/mL添加または無添加のLB培地(ポリペプトン 1%、酵母エキス 0.5%、塩化ナトリウム 1%)に植菌し、30℃で24時間130rpmにて撹拌培養した。その培養液 10μLを採取し、別のLB培地100mLに植え継いた。さらに24時間培養を行い、その培養液10μLを採取し、別のLB培地100mLに植え継ぎ、同様に24時間培養した。その後、培養細胞からプラスミドの回収操作を行った。その結果、pDATSC1を保有するDTS1451株においては、テトラサイクリン添加または無添加に関わらず、培養液あたりのプラスミド含量に変化は見られなかった。一方、pDATSC1を保有する、アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子に欠損の無い枯草菌ISW1214株変異株においては、テトラサイクリン添加の場合には、培養液あたりのプラスミド含量は維持されていたが、テトラサイクリン無添加の場合には、プラスミド含量の極度な低下が観察された。さらに、pDATSC1が保有するセルラーゼ遺伝子をpDA2のBamHI 認識部位に挿入したプラスミドpDAC1を作成し、同様の試験を行なったところ、pDAC1を保有する枯草菌ISW1214株変異株においては、テトラサイクリン添加の場合には、培養液あたりのプラスミド含量は維持されていたが、無添加の場合には、プラスミド含量の極度の低下が観察された。図1にこれらの結果を判りやすくするために、抗生物質無添加の培地で培養した各細胞から回収操作したプラスミド溶液の電気泳動結果を示す。電気泳動操作後のアガロースゲルをエチジウムブロマイドに浸し、DNAを染色した。図1のレーン1はプラスミド上にアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子含有、染色体上の該アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子欠損宿主の形質転換の組み合わせ、レーン2はプラスミド上にアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子含有、染色体上の該アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子非欠損宿主の形質転換の組み合わせ、レーン3はプラスミド上にアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子含有せず、染色体上の該アミノアシルtRNA合成酵素遺伝子非欠損宿主の形質転換の組み合わせである。
【0084】
[実施例7]DTS1451株における寒天分解酵素の生産
寒天分解酵素生産菌であるMicrobulbifer sp.A94株(Biosci Biotechnol Biochem. (2004) 68:1073-81.Ohta, Y.ら)の染色体を鋳型として、プライマーW、Xを用いてPCR反応を行い、寒天分解酵素をコードするDNA断片を得た。一方、前述のpDATSC1を鋳型として、プライマーY、Zを用いてPCR反応を行ない、得られたDNA断片の5´末端をリン酸化した後、寒天分解酵素をコードするDNA断片と連結した。これを用いて大腸菌HB101を形質転換し、得られた形質転換体のうち、寒天分解活性を有する形質転換体から調製したプラスミドをpDATSA1と命名した。本プラスミドを用いてDTS1451(pDATSK)を形質転換し、テトラサイクリン 7.5μg/mL再生培地による選抜を行った。得られた形質転換体をカナマイシン入りLB寒天培地およびテトラサイクリン7.5μg/mLを含む再生培地に植菌し、寒天分解酵素活性を示し、さらにカナマイシン感受性かつテトラサイクリン耐性を示した株をDTS1451(pDATSA1)と命名した。DTS1451(pDATSA1)をPPS培地中(抗生物質を含有しない)で30℃、72時間、130rpmにて撹拌培養を行い、得られた培養上清に含まれる寒天分解酵素活性を測定した。その結果、培養液1Lあたり約0.1gの寒天分解酵素の生産が確認できた。次に、pDATSA1を鋳型に用いてプライマーA1(配列番号79)、プライマーB1(配列番号80)を用いてPCR反応を行ない、得られたDNA断片をXhoIで消化した後、ライゲーション反応にて閉環状化した。この操作で一旦トリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子を排除したプラスミドになった。本プラスミドを制限酵素EcoRIで切断しておき、一方、pDATSC1を鋳型とし、プライマーC1(配列番号81)とD1(配列番号82)、プライマーE1(配列番号83)とF1(配列番号84)、プライマーG1(配列番号85)とH1(配列番号86)の各々の組み合わせを用いてトリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子とその近傍の領域を含むDNA断片をPCR増幅した。各々のPCR増幅DNA断片を制限酵素EcoRIで消化し、予め制限酵素EcoRIで消化しておいた上記プラスミドと連結した。これらを用いて大腸菌HB101を形質転換し、得られた形質転換体のうち、寒天分解活性を有する形質転換体から調製したプラスミドをpDATSA2、pDATSA3、pDATSA4と命名した。pDATSA2、pDATSA3、pDATSA4の塩基配列確認を行った結果、トリプトファニルtRNA合成酵素遺伝子とその周辺部分は各々配列番号87、配列番号88、配列番号89に示した配列であった。続いて、これらのプラスミドを用いてDTS1451(pDATSK)を形質転換し、テトラサイクリン 7.5μg/mL再生培地による選抜を行った。形質転換体をカナマイシン入りLB寒天培地およびテトラサイクリン 7.5μg/mLを含む再生培地に植菌し、寒天分解酵素活性を示し、さらにカナマイシン感受性かつテトラサイクリン耐性を示した株を選択した。得られたDTS1451(pDATSA2)、DTS1451(pDATSA3)、DTS1451(pDATSA4)をPPS培地中(抗生物質を含有しない)で30℃、72時間、130rpmにて撹拌培養を行い、得られた培養上清に含まれる寒天分解酵素活性を測定した。その結果、三者とも培養液1Lあたり約0.1gの寒天分解酵素の生産が確認できた。
【0085】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、細菌等の宿主細胞を形質転換することで得られた形質転換体を培養して、種々のタンパク質やペプチドを製造する分野に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】プラスミド回収溶液電気泳動結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、かつ
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターであって、
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主において用いられる前記組換えベクター。
【請求項2】
アミノアシルtRNA合成酵素が、トリプトファニルtRNA合成酵素、アラニルtRNA合成酵素、アルギニルtRNA合成酵素、アスパルギニルtRNA合成酵素、アスパルチルtRNA合成酵素、システイニルtRNA合成酵素、グルタミンtRNA合成酵素、グルタメートtRNA合成酵素、グリシンtRNA合成酵素、ヒスチジルtRNA合成酵素、イソロイシルtRNA合成酵素、ロイシルtRNA合成酵素、リシンtRNA合成酵素、メチオニルtRNA合成酵素、フェニルアラニンtRNA合成酵素、プロリルtRNA合成酵素、セリルtRNA合成酵素、トレオニルtRNA合成酵素、チロシルtRNA合成酵素、またはバリルtRNA合成酵素である、請求項1に記載の組換えベクター。
【請求項3】
組換えベクターは、プラスミド、バクテリオファージ、またはレトロトランスポゾンの形態を有する請求項1または2に記載の組換えベクター。
【請求項4】
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主細胞またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主細胞であって、
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、かつ
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターで形質転換して用いられる前記変異宿主細胞。
【請求項5】
アミノアシルtRNA合成酵素が、トリプトファニルtRNA合成酵素、アラニルtRNA合成酵素、アルギニルtRNA合成酵素、アスパルギニルtRNA合成酵素、アスパルチルtRNA合成酵素、システイニルtRNA合成酵素、グルタミンtRNA合成酵素、グルタメートtRNA合成酵素、グリシンtRNA合成酵素、ヒスチジルtRNA合成酵素、イソロイシルtRNA合成酵素、ロイシルtRNA合成酵素、リシンtRNA合成酵素、メチオニルtRNA合成酵素、フェニルアラニンtRNA合成酵素、プロリルtRNA合成酵素、セリルtRNA合成酵素、トレオニルtRNA合成酵素、チロシルtRNA合成酵素、またはバリルtRNA合成酵素である、請求項4に記載の変異宿主細胞。
【請求項6】
変異を入れる宿主細胞は、細菌、酵母、動物細胞、または植物細胞である請求項4または5に記載の変異宿主細胞。
【請求項7】
変異を入れる宿主細胞は、細菌または酵母である請求項4または5に記載の変異宿主細胞。
【請求項8】
細菌がバチルス属細菌である請求項7に記載の方法。
【請求項9】
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の外来遺伝子を発現させて前記外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する方法であって、
任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有し、かつアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で有する組換えベクターであって、前記組換えベクターの任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位に、所望の外来遺伝子を挿入した組換えベクターを用意する工程、
アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させた変異宿主細胞またはアミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子の発現を宿主細胞が成育できない程度に低下させた変異宿主細胞を用意する工程、
前記変異宿主細胞を前記組換えベクターで形質転換して形質転換体を得る工程、
前記形質転換体を培養して、前記外来遺伝子がコードするタンパク質またはペプチドを調製する工程、
を含む前記方法。
【請求項10】
目的とする組換えベクターを宿主細胞内に安定的に維持させる方法であって、
前記宿主細胞に含まれる、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする染色体遺伝子を欠損させるか、または宿主細胞が成育できない程度に低下させて、前記宿主細胞を変異宿主細胞とし、
前記目的とする組換えベクターに、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で含有させ、
前記変異宿主細胞を、前記のアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子を発現可能な状態で含有させた目的とする組換えベクターで形質転換することを含む、
前記方法。
【請求項11】
前記組換えベクターは、アミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子以外の任意の外来遺伝子を発現可能な状態で挿入し得る部位を有する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
アミノアシルtRNA合成酵素が、トリプトファニルtRNA合成酵素、アラニルtRNA合成酵素、アルギニルtRNA合成酵素、アスパルギニルtRNA合成酵素、アスパルチルtRNA合成酵素、システイニルtRNA合成酵素、グルタミンtRNA合成酵素、グルタメートtRNA合成酵素、グリシンtRNA合成酵素、ヒスチジルtRNA合成酵素、イソロイシルtRNA合成酵素、ロイシルtRNA合成酵素、リシンtRNA合成酵素、メチオニルtRNA合成酵素、フェニルアラニンtRNA合成酵素、プロリルtRNA合成酵素、セリルtRNA合成酵素、トレオニルtRNA合成酵素、チロシルtRNA合成酵素、またはバリルtRNA合成酵素である、請求項9〜11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
変異を入れる宿主細胞は、細菌、酵母、動物細胞、または植物細胞である請求項9〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
変異を入れる宿主細胞は、細菌または酵母である請求項9〜12のいずれかに記載の変異宿主細胞。
【請求項15】
細菌がバチルス属細菌である請求項15に記載の方法。
【請求項16】
外来遺伝子がコードするタンパク質が、酸化還元酵素 、転移酵素、加水分解酵素、加リン酸分解酵素、脱離酵素、異性化酵素、合成酵素または修飾酵素からなる群から選ばれる1種の酵素である請求項9〜15のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−17840(P2009−17840A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−183931(P2007−183931)
【出願日】平成19年7月13日(2007.7.13)
【出願人】(504194878)独立行政法人海洋研究開発機構 (110)
【Fターム(参考)】