説明

多価の糖分岐シクロデキストリン誘導体とその製造法

【課題】レクチンタンパク質との高い会合を持ち、薬剤包接能が高い糖分岐シクロデキストリン誘導体の提供。
【解決手段】三重結合を末端に有する糖化合物を原料に用い、アジド基を有するシクロデキストリン誘導体とカップリング縮合させることで、多価の糖分岐シクロデキストリン誘導体を製造することを可能とした。生体内でアントラサイクリン系の薬剤を保持して、標的とするレクチンタンパク質と高い相互作用を持つ機能が強く期待される標的薬剤輸送システムの薬剤キャリアの開発に成功した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的薬剤輸送システムの薬剤キャリアとして注目されている糖分岐シクロデキストリンに関するものである。詳しくは、三重結合を末端に有する糖化合物と、アジド基を有するシクロデキストリン誘導体をカップリング縮合させて得られる糖分岐シクロデキストリン誘導体とその製造法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖分岐シクロデキストリンは、糖分子が持つ生体内のレクチンタンパク質に対する認識能とシクロデキストリンが持つ薬剤包接能とを併せ持つことから、標的薬剤輸送システムとしての利用が期待されている。このような見地から、糖分岐シクロデキストリンを製造する方法が多数報告されている(例えば非特許文献1−5を参照)。シクロデキストリンは、難水溶性の薬剤をシクロデキストリンの空洞内に取り込み可溶化させる働きがある。そのため、糖分岐シクロデキストリンは薬剤を取り込み、目的とする細胞へ送ることから、多量の薬剤を服用することによる副作用の可能性が低いものとされている。また、薬剤をキャリアに結合させる必要がなく、包接が可能な薬剤であれば容易に薬剤調製を可能とする。反面、薬剤を非共有結合で輸送するために、輸送中に薬剤漏れの懸念がある。さらに、目的とする細胞に確実に到達させなければならない。
【0003】
そこで、より効率性の優れた薬剤キャリア分子の開発には、薬剤の保持力が高く、薬剤に対して高い会合定数を持ち、さらに糖分子の認識能を高める工夫と技術が必要である。このような機能を有するシクロデキストリン誘導体として、シクロデキストリンと糖分子を結合させるスペーサーに芳香族基を導入することで、アントラサイクリン系の制癌剤であるドキソルビシンを極めて高い会合定数で保持することが報告されている(特許文献1を参照)。標的とする細胞との親和性の向上には、多価の糖分子が必要である(例えば非特許文献6を参照)。しかしながら、この文献記載の方法では、糖分子が最大で二つしかないため、標的とするレクチンタンパク質と親和性が低い。しかし、多価の糖分子のシクロデキストリンへの導入は、シクロデキストリンの化学構造上困難なことである。そのため、よりレクチンタンパク質と高い会合を示す多価の糖分岐シクロデキストリン誘導体の設計と効率的な製造法の開発が必要であり、標的薬剤輸送システムへの高い適用性が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−222801号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】T. Furuikeら、「Chemical and Enzymatic synthesis of Glycocluster Having Sialyl Lewis X Arrays Using β-Cyclodexytrin As a Key Scaffold Material」、Tetrahedron, 2005年, 61巻, 1737ページ.
【非特許文献2】R. Royら、「Synthesis of Persialylated β-Cyclodextrins」、Journal of Organic Chemistry, 2000年, 65巻, 8743ページ.
【非特許文献3】H. Abeら、「Structural Effects of Oligosaccharide-branched Cyclodextrins on The Dual Recognition Toward Lectin and Drug」、Journal of Inclusion Phenomena and Macrocyclic Chemistry, 2002年, 44巻, 39ページ.
【非特許文献4】T. Yamanoiら、「Synthesis of mono-Glucose-branched Cyclodextrins With a High Inclusion Ability For Doxorubicin And Their Efficient Glycosylation Using Mucor hiemalis Endo-β-N-acetylglucosaminidase」、Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters, 2005年, 15巻, 1009ページ.
【非特許文献5】Y. Odaら、「β-Cyclodextrin Conjugates with Glucose Moieties Designed as Drug Carriers: Their Syntheses, Evaluations Using Concanavalin A and Doxorubicin, and Structural Analyses by NMR Spectroscopy」、Medicinal Chemistry, 2008年, 4巻, 244ページ.
【非特許文献6】C. O. Melletら、「Multivalent Cyclooligosaccharides: Versatile Carbohydrate Clusters with Dual Role as Molecular Receptors and Lectin Ligands」、Chemistry A European Journal, 2002年, 8巻, No.9, 1982ページ.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、標的とするレクチンタンパク質に対し高い会合定数が期待される種々の糖分子が多数分岐したシクロデキストリン誘導体と、その製造法を提供するものある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
アントラサイクリン系等の薬剤に対して高い会合を示す性質を持ち、かつ標的とするレクチンタンパク質に対し高い会合定数が期待される種々の糖分子が多数分岐したシクロデキストリン誘導体について鋭意研究をした結果、三重結合を末端に有する糖化合物を原料に用い、アジド基を有するシクロデキストリン誘導体とカップリング縮合させることで得られる多価の糖分岐シクロデキストリン誘導体を製造することができ本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明はシクロデキストリンに多価の糖分子を効率よく結合させることを特徴とする糖分岐シクロデキストリン誘導体(下記式[1]、[2])とその製造法に関するものである。
詳細には、本発明は以下の通りである。
【0009】
(1)下記式[1]に示される糖分岐シクロデキストリン誘導体。
【化1】

[1]
(nは1から5までの整数、mは6から8までの整数、R1はグリコシド結合で結合したグルコース、マンノース、ガラクトース、N-アセチル-グルコサミン、グルコサミン、フコース、N-アセチルノイラミン酸、あるいは、グルコース、マンノース、ガラクトース、N-アセチル-グルコサミン、グルコサミン、フコース、N-アセチルノイラミン酸から構成される二糖または三糖。R2はH、ベンジル基、アセチル基、ベンゾイル基、またはメチル基を示す)
【0010】
(2)下記式[2]に示される糖分岐シクロデキストリン誘導体。
【化2】

[2]
【0011】
(3)下記式[3]に示される糖誘導体を原料に用いることを特徴とする上記(1)または(2)記載の糖分岐シクロデキストリン誘導体の製造法。
【化3】

[3]
【0012】
(4)上記式[3]に示される糖誘導体を、ヘプタキス-(2,3-ジ-O-アセチル-6-アジド-6-デオキシ)-β-シクロデキストリンと反応させることを特徴とする上記(3)記載の糖分岐シクロデキストリン誘導体の製造法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の多価の糖分岐シクロデキストリン誘導体は、糖分子が多数存在することで「糖クラスター効果」を発現し、標的とするレクチンタンパク質との高い会合定数が期待されることから、標的薬剤輸送システムの薬剤キャリアとしての利用が期待される。また、種々の糖分子が導入可能であることから、酵素反応の受容体として働き、糖分子を構築後に薬剤キャリアとしての利用も可能であると考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、三重結合を末端に有する糖化合物を原料に用い、アジド基を有するシクロデキストリン誘導体とカップリング縮合させることで得られる多価の糖分岐シクロデキストリン誘導体を製造することに関するものである。
【0015】
本発明の糖分岐シクロデキストリン誘導体[1]では、シクロデキストリンに糖分子を繋ぐ際にクリックケミストリーによるアジド基とアセチレン基を縮合させる[3+2]付加環化反応を用い、効率的に糖分子を多置換させたものである。この糖分岐シクロデキストリンは、シクロデキストリンと糖分子を繋ぐスペーサー中にフェニル基を有していることから、疎水空洞が広がり薬剤と強く会合することが期待される。また、糖分子が7つ結合していることから、レクチンタンパク質との会合においてクラスター効果により高めることが期待される。そして種々の糖分子を導入可能であることから、特定の細胞を標的化することが出来る糖分岐シクロデキストリン誘導体である。
【0016】
次に、シクロデキストリン誘導体について説明する。V. Bogerらの(Helvetica Chimica Acta, 1978年, 61巻, 2190ページ.)記載の方法、すなわち、α、βまたは、γ-シクロデキストリンにメタンスルホニルクロライドを作用させ6位をクロロ化したのち、アジ化ナトリウムを用いてアジ化したあと、ピリジン、無水酢酸にて2、3位をアセチル化することで得られる。
【0017】
多価の糖分岐シクロデキストリン誘導体の糖分子は、グルコース、マンノース、ガラクトース、N-アセチルグルコサミン、フコース、グルコサミン、N-アセチルノイラミン酸等の周知の単糖を使用することができる。また、グルコース、マンノース、ガラクトース、N-アセチルグルコサミン、フコース、グルコサミン、N-アセチルノイラミン酸から構成される周知の二糖及び三糖を使用することができる。単糖、二糖または三糖はハイドロキノン由来の水酸基にグリコシド結合で導入するが、そのグリコシド結合は、α及びβのいずれかの結合、あるいはα及びβが混在したグリコシド結合でも一向に構わない。
【0018】
末端に三重結合を有する糖分子[3]について説明する。ハイドロキノンをアグリコンに有する糖分子のフェノール性の水酸基に、水酸化ナトリウムを用い、三重結合を有するハロゲン化アルキンであるプロパルギルブロミドを作用させ、末端に三重結合を有する糖分子を製造し、さらに糖の2、3、4、6位の水酸基をピリジン、無水酢酸を用いてアセチル化することで末端に三重結合を有する糖分子[3]を製造できる。
【0019】
次にシクロデキストリン誘導体と末端に三重結合を有する糖分子を用いた多価の糖分岐シクロデキストリン誘導体[2]について説明する。段落番号[0016]で説明した6位にアジド基を有し、2、3位にアセチル基を有するβ-シクロデキストリン誘導体に、硫酸銅、アスコルビン酸ナトリウム、テトラブチルアンモニウムフルオライドを用い、段落番号[0018]で説明した末端に三重結合を有する糖分子を作用させることで多価の糖分岐シクロデキストリン誘導体を効率よくカップリングさせ製造できる。
【0020】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、以下の実施例により何等の制限を受けるものではない。
【実施例】
【0021】
(工程1)シクロデキストリン誘導体の合成
β-シクロデキストリン(13.8 g/ 12.2 mmol)をナスフラスコに入れ、N,N-ジメチルホルムアミド(122.0 mL)を加え、メタンスルホニルクロライド(19.9 g/ 173.7 mmol)を入れ、55℃で撹拌した。24時間後、減圧留去し、メタノール(200.0 mL)、ナトリウムメトキシド(90.0 g/ 1.7 mmol)を加えpH 7付近にし、氷水に注ぎヘプタ-6-クロロ-6-デオキシ-β-シクロデキストリン (120.7 g)を収率95%、白色結晶で得た。
【0022】
次に、ヘプタ-6-クロロ-6-デオキシ-β-シクロデキストリン(12.4 g/ 9.8 mmol) をナスフラスコに入れ、ジメチルアセトアミド(200.0 mL) と純水(80.0 mL)を加え、アジ化ナトリウム(12.8 g/ 197.0 mmol)を入れ、98℃で撹拌した。24時間後、氷水に注ぎヘプタ-6-アジド-6-デオキシ-β-シクロデキストリン(12.5 g)を収率97%、白色結晶で得た。
【0023】
続いて、ヘプタ-6-アジド-6-デオキシ-β-シクロデキストリン(1.15 g/ 0.9 mmol) をナスフラスコに入れ、ピリジン(2.7 mL) と無水酢酸(5.4 mL)を加え撹拌した。3日後、氷を加え、酢酸エチル(50.0 mL) と10%クエン酸水溶液(50.0 mL)を用いて有機層を抽出し、無水硫酸ナトリウムによって乾燥させた。フラッシュカラムクロマトグラフィー(展開溶媒比ヘキサン:酢酸エチル=4:1)によって精製を行い、ヘプタキス-(2,3-ジ-O-アセチル-6-アジド-6-デオキシ)-β-シクロデキストリン(1.4 g)を収率84%、白色結晶で得た。
1H NMR (150 MHz, CDCl3):δ 20.7, 20.8 (Ac), 51.4 (C-6), 70.3 (C-2), 70.6 (C-3), 70.9 (C-5), 76.8 (C-4), 96.6 (C-1), 169.4, 170.5 (C=O).
【0024】
(工程2)糖誘導体[3]の合成
4-ヒドロキシフェニル β-D-グルコピラノシド(5.0 g/ 18.4mmol)を純水(20.0 mL)に溶かし、0.5N水酸化ナトリウム水溶液(37.0 mL)を加え撹拌した。1時間後、減圧留去し、N,N-ジメチルホルムアミド(70.0 mL)を加え、プロパルギルブロマイド(1.7 mL/ 22.6 mmol)を作用させ撹拌した。24時間後、減圧留去し、フラッシュカラムクロマトグラフィー(展開溶媒比クロロホルム:メタノール=20:1)によって精製を行い、4-プロパルギルオキシフェニル β-D-グルコピラノシド(4.67 g)が収率82%、白色結晶で得られた。
【0025】
次に、4-プロパルギルオキシフェニル β-D-グルコピラノシド(2.0 g/ 6.4mmol) を、ピリジン(5.5 mL) と無水酢酸(11.0 mL)を加え撹拌した。24時間後、氷を加え、酢酸エチル(30.0 mL) と10%クエン酸水溶液(30.0 mL)を用いて有機層を抽出し、無水硫酸ナトリウムによって乾燥させた。フラッシュカラムクロマトグラフィー(展開溶媒比ヘキサン:酢酸エチル=3:1)によって精製を行い、4-プロパルギルオキシフェニル 2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-β-D-グルコピラノシド(2.8 g)を収率91%、白色結晶で得た。
1H NMR (150 MHz, CDCl3):δ 20.56, 20.58, 20.62, 20.67 (Ac), 56.3 (CH2), 61.9 (C-6), 68.3 (C-4), 71.2 (C-3), 71.9 (C-5), 72.7 (C-2), 75.5 (CH2), 78.5 (CH), 100.0 (C-1), 115.9, 118.5, 151.5, 153.6 (Ph), 169.3, 169.4, 170.2, 170.6 (C=O).
【0026】
(工程3)糖分岐シクロデキストリン誘導体[2]の合成
ヘプタキス-(2,3-ジ-O-アセチル-6-アジド-6-デオキシ)-β-シクロデキストリン(149.8 mg/ 0.08 mmol)と、4-プロパルギルオキシフェニル 2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-β-D-グルコピラノシド(320.4 mg/ 0.7 mmol)に、テトラヒドロフラン(5.0 mL) と純水(5.0 mL)を加え、アスコルビン酸ナトリウム(11.9 mg/ 0.06 mmol)、硫酸銅(20.3 mg/ 0.08 mmol)を加え撹拌した。24時間後、酢酸エチル(30.0 mL) と重曹水溶液(30.0 mL)を用いて有機層を抽出し、無水硫酸ナトリウムによって乾燥させた。薄層クロマトグラフィー(展開溶媒比ジクロロメタン:メタノール=20:1)によって精製を行い、糖分岐シクロデキストリン誘導体[2] (272.8 mg)を収率66%、黄白色結晶で得た。
MALDI-TOF MS; Found: m/z [M+Na]+ 5267.6: Calcd for [M+Na]+ 5264.3.
【産業上の利用可能性】
【0027】
標的薬剤輸送システムの薬剤キャリアとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式[1]に示される糖分岐シクロデキストリン誘導体。
【化1】

[1]
(nは1から5までの整数、mは6から8までの整数、R1はグリコシド結合で結合したグルコース、マンノース、ガラクトース、N-アセチル-グルコサミン、グルコサミン、フコース、N-アセチルノイラミン酸、あるいは、グルコース、マンノース、ガラクトース、N-アセチル-グルコサミン、グルコサミン、フコース、N-アセチルノイラミン酸から構成される二糖または三糖。R2はH、ベンジル基、アセチル基、ベンゾイル基、またはメチル基を示す)
【請求項2】
下記式[2]に示される糖分岐シクロデキストリン誘導体。
【化2】

[2]
【請求項3】
下記式[3]に示される糖誘導体を原料に用いることを特徴とする請求項1または2記載の糖分岐シクロデキストリン誘導体の製造法。
【化3】

[3]
【請求項4】
上記式[3]に示される糖誘導体を、ヘプタキス-(2,3-ジ-O-アセチル-6-アジド-6-デオキシ)-β-シクロデキストリンと反応させることを特徴とする請求項3記載の糖分岐シクロデキストリン誘導体の製造法。

【公開番号】特開2010−202810(P2010−202810A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−51352(P2009−51352)
【出願日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【出願人】(000173924)財団法人野口研究所 (108)
【Fターム(参考)】