説明

多孔体内部に充填された流体のNMR分光法による密度測定方法

【課題】多孔体内部に充填された流体のNMR分光法による密度測定方法等を提供する。
【解決手段】多孔体の細孔内における流体密度を測定する方法において、バルク流体に起因する信号(a)と細孔内の流体に起因する信号(b)のNMR信号を測定し、該NMR信号積分強度の値から多孔体の内部空間における流体密度を計測することを特徴とする多孔体の細孔内の密度測定方法、及び該方法により測定した細孔内流体密度dconfの値を特性値として付した多孔体製品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔体の内部空間における流体密度の測定方法に関するものであり、更に詳しくは、多孔体の細孔内の流体の密度を高精度に直接的に測定することを可能とする新規密度測定方法に関するものである。本発明は、例えば、近年、新しい反応場等としての用途が期待されているナノ空間を有する多孔体の細孔内における流体密度を精密、かつ高精度に測定し、評価する新しい手法等を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
多孔体は、石油化学、食品、製薬などの様々な産業において、吸着、分離、触媒、触媒担体等、様々な用途に利用されている(非特許文献1)。更に、近年では、テンプレートのように分子レベルで反応を制御する研究が始まっている(非特許文献2)。一方、多孔体内部の流体の相挙動は、臨界温度の低下など、バルク状態と著しく異なることが吸着実験(非特許文献3)や計算機シミュレーション(非特許文献4)などから明らかにされ始めており、多孔体内部の流体密度は、状態方程式によって、温度及び圧力から容易に推定されるバルク密度とは大きく異なっていると予想される。多孔体内の空間は化学反応等の様々な操作を行う場として有効であり、その内部における流体密度を知ることは、これらの現象を制御する上で必須である。
【0003】
従来、多孔体に関する研究/開発においては、多孔体の構造や界面特性の解明を目的として、様々な実験手法が用いられている。多孔体の構造については、X線や中性子線による一般的な構造決定法に加えて、気体吸着実験が利用されており、適当な吸着モデルを仮定することによって、等温吸着線から細孔の全体積、比表面積、細孔径分布等のパラメータを見積もることができる(非特許文献5)。NMR分光法に関しては、キセノン等の希薄気体を利用して、細孔の構造や表面状態等の多孔体の特性を調べる手法が報告されている(非特許文献6)。しかしながら、多孔体の内部空間における流体の性質は、実験的手法が制限されるために、ほとんど知られていない。
【0004】
【非特許文献1】L. D. Gelb, K. E. Gubbins, R. Radhakrishnan and M. S-. Bartkowiak, Rep. Prog. Phys. 62 1573 (1999)
【非特許文献2】ナノテクノロジー・ハンドブック 産業技術総合研究所 ナノテクノロジー知識研究会 編著(日経BP社,2003年)
【非特許文献3】C. G. V. Burgess, D. H. Everett and S. Nuttall, Pure Appl. Chem. 61 1845 (1989)
【非特許文献4】I. Brovchenko, A. Geiger and A. Oleinikova, J. Chem. Phys. 120 1958 (2004)
【非特許文献5】吸着の化学(第2版)、近藤精一、石川達雄、安部郁夫 共著(丸善,2001年)
【非特許文献6】M. -A. Springuel-Huet, J. -L. Bonardet, A. Gedeon and J. Fraissard, Mag. Res. Chem. 37 S1 (1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような状況下において、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、多孔体の内部空間における流体密度を直接的に測定する方法を開発することを目標として鋭意研究を進めた結果、NMR分光法を利用して細孔内の流体に起因するNMR信号の値を指標とすることで細孔内の流体の平均密度を測定することができることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、多孔体の内部空間の流体の密度を測定する新しい密度測定方法を提供することを目的とするものである。また、本発明は、例えば、ナノ空間を有する多孔体の細孔内における流体密度を精密、かつ高精度に測定し、多孔体利用の形態を正確に評価する方法を提供することを目的とするものである。更に、本発明は、多孔体の内部空間における細孔内流体密度dconfの値を特性値として付した多孔体製品を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための本発明は、多孔体の細孔内における流体密度を測定する方法において、バルク流体に起因する信号(a)と細孔内の流体に起因する信号(b)のNMR信号を測定し、該NMR信号積分強度の値から多孔体の内部空間における流体密度を計測することを特徴とする多孔体の細孔内の密度測定方法、である。本方法は、(1)下記式;
【0007】
【数2】

【0008】
〔ただし、Ibulk及びIconfはバルク流体に起因する信号(a)及び細孔内の流体に起因する信号(b)のNMR信号積分強度、Vbulk及びdbulkはバルク流体の体積及び密度、VVycorは多孔体の見かけの体積、φは細孔の体積分率(気孔率)、dconfは細孔内の流体の平均の密度、を表す。〕により、細孔内の流体の平均の密度dconfを計測すること、(2)NMR測定装置のNMR試料管に多孔体を充填し、所定の条件で試料流体を加圧し、NMRスペクトルを測定することにより、バルク流体に起因する信号(a)、細孔内の流体に起因する信号(b)の値を得ること、(3)多孔体が、ナノ〜マイクロスケールの細孔構造を有していること、流体が、気体又は液体であること、を好ましい態様としている。
【0009】
また、本発明は、上記方法により測定した多孔体の細孔内における流体密度の測定値に基づいて、多孔体利用の条件設定及び/又は装置設計を行うことを特徴とする多孔体評価方法、である。更に、本発明は、多孔体の内部空間における細孔内流体密度dconfの値を特性値として付したことを特徴とする多孔体製品、である。
【0010】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、多孔体の細孔内における流体密度を測定する方法において、バルク流体に起因する信号(a)と細孔内の流体に起因する信号(b)のNMR信号を測定し、該NMR信号積分強度値から多孔体の内部空間における流体密度を計測することを特徴とするものである。上記NMR信号を測定する装置として、好適には、例えば、オンライン方式の高圧NMR信号測定装置が使用されるが、これに制限されるものではなく、上述のNMR信号を測定できる機能を有するものであれば同様に使用することができる。
【0011】
NMR信号の積分強度は、ある特定の化学的環境にある核子の数に比例するので、信号(a)と信号(b)のNMR信号積分強度Ibulk及びIconfは、それぞれの環境下にある分子数に比例する。従って、バルク流体の体積及び密度をVbulk、dbulk、多孔体の見かけの体積をVVycor、細孔の体積分率(気孔率)をφ、細孔内の流体の平均の密度をdconfと書くと、
【0012】
【数3】

【0013】
であるので、結局、
【0014】
【数4】

【0015】
を得る。
【0016】
上記方程式(2)より、多孔体の細孔内の流体の平均密度の値を得ることができる。具体的には、NMR装置のNMR試料管に、試料多孔体を充填し、試料流体を加圧し、例えば、19F−NMRスペクトルを測定することにより、バルク流体に起因する信号(a)、細孔内の流体に起因する信号(b)の値を得ることができるので、上記式(2)において、これらの値と、別途、測定又は入手したバルク流体の体積及び密度の値、多孔体の見かけの体積の値、及び細孔の体積分率(気孔率)の値に基づいて、細孔内の流体の平均の密度を計測することが可能である。
【0017】
本発明の方法が適用される多孔体としては、好適には、例えば、ナノ〜マイクロスケールの細孔構造を有している多孔体が例示されるが、上記方程式が有効に適用し得るものであれば、多孔体の種類は特に制限されるものではない。また、流体についても、上記方程式が有効に適用し得るあらゆる種類の気体又は液体が対象とされる。本発明は、特に、状態方程式によって、温度及び圧力から容易に推定されるバルク流体密度との乖離が大きいと認められるナノオーダーの細孔径の細孔構造を有する多孔体の内部空間における流体密度の場合に、有効である。
【0018】
本発明の方法により、多孔体の内部空間における流体の密度が直接的に計測されるので、本発明は、多孔体を、例えば、吸着、分離、触媒、担体、反応場等の手段に利用する際に、その条件設定や装置設計を精密、かつ高精度で行うことを可能とし、それにより、多孔体の機能を最大限に活用した多孔体利用の態様の確立を可能とする利点を提供できる。また、本発明では、多孔体の内部空間における細孔内流体密度dconfの値を特性値として任意の手段で付した多孔体製品を提供できるので、利用者は、多孔体の利用に際して、多孔体の内部空間における正確な流体密度の数値に基づいて、高精度な材料設計、設備設計等をすることが可能となる。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、(1)多孔体内部に充填された流体の密度を直接的に計測できる新しい密度測定方法を提供することができる、(2)従来法では、流体密度として、状態方程式によって、温度及び圧力から容易に推定されるバルク密度が用いられていたが、本発明により、多孔体の細孔内の流体密度は、バルク密度とは大きく異なっていることが確認された、(3)本発明により、多孔体を、例えば、吸着、分離、触媒、担体、反応場等の手段に利用する際に、その条件設定及び装置設計を高精度に行うことが可能となる、(4)多孔体の内部空間における細孔内流体密度dconfの値を特性値として付した多孔体製品を提供できる、という効果が奏される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
次に、実施例に基づいて、本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0021】
本実施例では、流体として、六フッ化硫黄 (SF;臨界温度318.7K、臨界圧力3.76MPa、臨界密度0.73g/cm)、多孔体として、多孔質バイコールガラス(Corning, 7930)[http://www.corning.com/]を用いて実験を行った。
【0022】
測定には、図1に示したオンライン式の高圧NMR測定装置を使用した。NMR試料管[T. Umeckey, M. Kanakubo and Y. Ikushima, J. Phys. Chem. B 106 11114 (2002)]の一部に、多孔体を充填し、試料ガスを加圧した。図2に、19F−NMRスペクトルの例を示した。バルク流体に起因する信号(a)と細孔内の流体に起因する信号(b)が測定された。
【0023】
図3に、上述の(2)式を用いて見積もった細孔内の流体密度dconfをバルク流体密度dbulkに対してプロットした。細孔内の流体密度dconfは、広い流体相領域において、図中に破線で示したバルク密度よりも大きいことが分かる。このように、本発明の方法を利用することによって、多孔体の細孔内の流体密度は、バルク流体の密度よりも高くなることがはじめて実証され、これにより、多孔体の内部空間における流体密度の高精度な評価が可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0024】
以上詳述したように、本発明は、多孔体内部に充填された流体のNMR分光法による密度測定方法に係るものであり、本発明により、多孔体の内部空間における流体の密度を直接的に測定することが可能な新規密度測定方法を提供することができる。多孔体は、例えば、石油化学、食品、製薬、医療等の様々な産業において、例えば、吸着、分離、触媒、担体、反応場等の様々な用途に利用されているが、本発明は、これまで測定手段が存在していなかった多孔体の内部空間における流体密度を高精度に測定することを可能とする新しい測定技術を提供するものであり、上記の各技術の発展に資するものとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】高圧NMR測定装置の概念図を示す。
【図2】330K、4.07MPaにおける19F−NMRスペクトルの一例を示す。(a)がバルクSFによる信号、(b)がバイコール細孔中のSFによる信号である。
【図3】細孔内流体密度dconfをバルク密度dbulkの関数としてプロットした結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔体の細孔内における流体密度を測定する方法において、バルク流体に起因する信号(a)と細孔内の流体に起因する信号(b)のNMR信号を測定し、該NMR信号積分強度の値から多孔体の内部空間における流体密度を計測することを特徴とする多孔体の細孔内の密度測定方法。
【請求項2】
下記式;
【数1】

〔ただし、Ibulk及びIconfはバルク流体に起因する信号(a)及び細孔内の流体に起因する信号(b)のNMR信号積分強度、Vbulk及びdbulkはバルク流体の体積及び密度、VVycorは多孔体の見かけの体積、φは細孔の体積分率(気孔率)、dconfは細孔内の流体の平均の密度、を表す。〕により、細孔内の流体の平均の密度dconfを計測する請求項1に記載の多孔体の細孔内の密度測定方法。
【請求項3】
NMR測定装置のNMR試料管に多孔体を充填し、所定の条件で試料流体を加圧し、NMRスペクトルを測定することにより、バルク流体に起因する信号(a)、細孔内の流体に起因する信号(b)の値を得る請求項1に記載の多孔体の細孔内の密度測定方法。
【請求項4】
多孔体が、ナノ〜マイクロスケールの細孔構造を有している請求項1に記載の多孔体の細孔内の密度測定方法。
【請求項5】
流体が、気体又は液体である請求項1に記載の多孔体の細孔内の密度測定方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の方法により測定した多孔体の細孔内における流体密度の測定値に基づいて、多孔体利用の条件設定及び/又は装置設計を行うことを特徴とする多孔体評価方法。
【請求項7】
多孔体の内部空間における細孔内流体密度dconfの値を特性値として付したことを特徴とする多孔体製品。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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