説明

多孔質セラミックフィルタおよびその製造方法ならびにガス分離方法

【課題】本発明は、燃焼ガスなどCO2を多く含む混合ガスの中から、高い処理速度でCO2を分離することを可能にする新規な多孔質セラミックフィルタを提供することを目的とする。
【解決手段】多孔質セラミックフィルタの細孔の平均細孔径を分離対象ガスの平均自由行程と同程度のサイズにするとともに、細孔表面を分離対象ガスに対して親和性を有するように改質することによって、ガス透過性と分離能を同時に最適化する。本発明の多孔質セラミックフィルタは、これまでCCS実用化の障壁となっていた遅い処理速度を大幅に改善することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質セラミックフィルタに関し、より詳細には、CO2ガスの分離に有用な表面改質セラミックフィルタに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化の原因とされているCO2の排出量を抑制するための技術が種々検討されており、なかでも、「CO2回収・貯留(CCS;
Carbon dioxide Capture and Storage)」が短期間でCO2ガスの排出量を大幅に削減する方法として注目されている。CCSは、工場や発電所などの大規模な排出源からCO2を捕集し、地中・水中に封じ込める技術であり、主にCO2の分離・回収、輸送、圧入、貯留の4つのステージで構成される。このうち、分離・回収技術の確立がCCSの実用化の最重要課題に位置付けられている。
【0003】
一般に、既往のCO2ガス分離回収技術は、物理吸着法、化学吸収法および膜分離法の3種類に分けることができる。物理吸着法につき、例えば、特開平5−161843号公報(特許文献1)は、活性炭の多孔質担体上にアミンを添着させてなる吸着剤を用いた排ガスの処理方法を開示する。しかしながら、このような方法においては、CO2の処理量が多孔質担体上のアミンの担持量によって限定されるという問題がある。
【0004】
一方、代表的な化学吸収法としては、液状アミン吸収剤とCO2を含むガスの気液接触により、CO2を液状アミンと化学反応させて吸収する方法が知られているが、この方法においては、アミンが大気中に洩れるのを防止するために設備を密閉化する必要があるなど、装置の操作・保守の煩雑化・高コスト化が問題となっている。
【0005】
その点、高耐熱性および化学的安定性を備える多孔質セラミックフィルタを用いた膜分離法はメンテナンスフリーでランニングコストが安価という利点があるため、CCSの分離・回収技術への応用展開が切望されている。多孔質セラミックフィルタを用いた膜分離法の原理は、ガスの拡散特性の違いを利用してガスを分離するものであるが以下の欠点を有する。
【0006】
まず、分子ふるいモデルは、2種類のガス分子サイズの中間の細孔径を有する膜で異なる分子サイズのガスをふるい分けするため、N2 (分子サイズ:0.36
nm)とCO2 (分子サイズ:0.33 nm)のように分子サイズが同程度の気体を分離することは非常に難しい。
【0007】
また、ガスの平均自由行程の違いを利用するクヌーセン拡散モデルにおいては、ガス分離能は分子量に比例するため、N2 (分子量28)とCO2 (分子量44)のように分子の差が小さい気体の分離能には限界がある。
【0008】
上述した点につき、CO2ガスの高い選択性を実現するために、多孔質セラミックフィルタに対して、より緻密な細孔を有する材料をコーティングする方法が検討されている。具体的には、多孔質セラミックフィルタの細孔表面に対して、アミノ基系シランカップリング剤で修飾されたメソポーラスシリカやゼオライトをコーティングする方法である。
【0009】
しかしながら、このような細孔の緻密化は、一方で処理速度の低下という問題を引き起こす。下記表1は、ゼオライトやメソポーラスシリカのコーティング層を有する多孔質セラミックフィルタに関する非特許文献を気体ガス(CO2ガスまたはN2ガス)の透過率とともに示す。下記表1に示されるように、非特許文献1〜4が開示する多孔質セラミックフィルタは、メソポーラスシリカのメソ細孔やゼオライトの結晶性細孔を利用しているので、そのガス透過率は、10-20〜10-12[mol・m・m-2・s-1・Pa-1]のオーダであり、CCSの実用化において、その処理速度の低さが問題となる。
【0010】
【表1】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平5−161843号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】J. C. White et al., Langmuir,26[12], 10287−10293 (2010)
【非特許文献2】S. Li and C. Q. Fan, Ind. Eng.Chem. Res., 49, 4399−4404 (2010)
【非特許文献3】D. W. Shin et al., Microporous andMesoporous Materials, 85, 313−323 (2005)
【非特許文献4】Y. Sakamoto et al., Microporous and Mesoporous Materials, 101, 303−311(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記従来技術における課題に鑑みてなされたものであり、本発明は、燃焼ガスなどCO2を多く含む混合ガスの中から、高い処理速度でCO2を分離することを可能にする新規な多孔質セラミックフィルタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、高い処理速度でCO2を分離することを可能にする新規な多孔質セラミックフィルタにつき鋭意検討した結果、多孔質セラミックフィルタの細孔の平均細孔径を分離対象ガスの平均自由行程と同程度のサイズにするとともに、細孔表面を分離対象ガスに対して親和性に改質することによって、ガス透過性と分離能を同時に最適化しうることを見出し、本発明に至ったのである。
【0015】
すなわち、本発明によれば、ガス分離用多孔質セラミックフィルタであって、セラミック基体の細孔の平均細孔径が分離対象ガスの平均自由行程と同程度であり、該細孔の表面が該分離対象ガスに対する親和性を有するように改質されていることを特徴とするセラミックフィルタが提供される。本発明においては、前記セラミック基体をアルミナとし、前記細孔の表面をベーマイトで改質することができ、前記平均細孔径を50nm〜1000nmとすることができる。本発明のガス分離用多孔質セラミックフィルタは、前記分離対象ガスをCO2とした場合、前記平均細孔径を50nm〜200nmとすることが好ましく、ガス透過率が1×10−11[mol・m・m−2・S−1・Pa−1]より大きいことを特徴とする。
【0016】
さらに、本発明によれば、ガス分離用多孔質セラミックフィルタの製造方法であって、セラミック粉末のスラリーまたはペーストを調製する工程と、前記スラリーを鋳込成形または前記ペーストを押出成形してなる成形体を焼成して多孔質セラミック基体を作製する工程と、前記多孔質セラミック基体の細孔の表面を分離対象ガスに対する親和性を有するように改質する工程とを含み、前記多孔質セラミック基体の細孔の平均細孔径が分離対象ガスの平均自由行程と同程度になるように前記セラミック粉末の一次粒子の平均粒子径が選択されることを特徴とする製造方法が提供される。
【0017】
さらに、本発明によれば、CO2ガス分離用多孔質セラミックフィルタの製造方法であって、一次粒子の平均粒子径が100nm〜5000nmのアルミナ粉末のスラリーまたはペーストを調製する工程と、前記スラリーを鋳込成形するかまたは前記ペーストを押出成形してなる成形体を焼成して多孔質アルミナセラミック基体を作製する工程と、前記多孔質アルミナセラミック基体をコーティング層前駆体に含漬する工程と、含漬した後の前記多孔質アルミナセラミック基体を焼成する工程とを含む方法が提供される。
【0018】
さらに、本発明によれば、前記ガス分離用多孔質セラミックフィルタを使用したガス分離方法が提供される。
【発明の効果】
【0019】
上述したように、本発明によれば、燃焼ガスなどCO2を多く含む混合ガスの中から、高い処理速度でCO2を分離することを可能にする新規な多孔質セラミックフィルタが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の原理を説明するための概念図。
【図2】本発明の原理を説明するための概念図。
【図3】本実施形態のアルミナフィルタの製造工程を示すフローチャート。
【図4】本実施例のガス透過率測定装置を示す図。
【図5】表面改質処理前の差圧・ガス透過率・選択率の関係を示す図。
【図6】表面改質処理前後における実施例サンプルのXRD パターンを示す図。
【図7】表面改質処理前後における実施例サンプルのTEM写真を示す図。
【図8】表面改質処理後の差圧・ガス透過率・選択率の関係を示す図。
【図9】本実施例のCO2ガス分離装置を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を図面に示した実施の形態をもって説明するが、本発明は、図面に示した実施の形態に限定されるものではない。
【0022】
図1および図2は、本発明の原理を説明するための概念図である。以下、図1および図2に基づき、本発明の多孔質セラミックフィルタのガス分離のメカニズムについて説明する。
【0023】
20℃大気圧下におけるN2ガスおよびCO2ガスの平均自由行程は、いずれも約70 nmであり、N2/CO2混合ガス(80:20)のN2およびCO2の平均自由行程は、それぞれ、63.2
nmおよび54.4 nmであることが知られている。ここで、多孔質セラミックフィルタの細孔径が分離対象である分子の平均自由行程に比べて十分に小さい場合には、図1(a)に示すように表面拡散が優勢となる。したがって、細孔表面を対象分子に対して親和性に改質すれば高い分離能を実現することが可能であるが、分子と細孔壁の衝突抵抗が過大であるためガス透過性が悪くなる。
【0024】
一方、ガス透過性を改善するために、仮に、多孔質セラミックフィルタの細孔径を対象分子の平均自由行程に比べて十分大きくしたとすると、図1(b)に示すように、分子同士の衝突が支配的になり、対象分子の多くが細孔表面に衝突することなく出て行ってしまうので分離能が低下する。この点につき、本発明の多孔質セラミックフィルタは、以下の構造を備えることによってガス透過性と分離能を同時に最適化することができる。
【0025】
本発明の多孔質セラミックフィルタは、その細孔が分離対象ガスの平均自由行程と同程度のサイズの平均細孔径を有することを特徴とする。細孔の平均細孔径が分離対象ガスの平均自由行程と同程度のサイズである場合、図2(a)に示すように、分離対象分子10は、分子同士で衝突する前に細孔表面12に衝突する。この系においては、分子と細孔壁の衝突抵抗が律速要因となるが、図1(a)に示した系に比べると格段にその衝突抵抗は小さくなる。換言すれば、細孔の平均細孔径を分離対象ガスの平均自由行程と同程度のサイズとすることによって、対象分子の細孔表面への衝突を担保する条件下でのガス透過性が最大化されることになる。
【0026】
その上で、図2(b)に示すように、細孔表面12に対して分離対象分子10に特異的親和性を有する改質層14を形成すると、分離対象分子10とその他の分子との間に透過抵抗の差が生じる結果、分離対象ガスの分離能が発現する。
【0027】
なお、ガス分子の平均自由行程は、気圧と温度に依存するので、本発明における分離対象ガスの平均自由行程とは、多孔質セラミックフィルタの設置環境条件下(気圧、温度)における分離対象ガスの平均自由行程を意味する。また、多孔質セラミックフィルタの細孔は、実際には、理想的な円筒管ではなく複雑に入り組んだ構造をしているので、分離対象分子の衝突を担保する条件としての平均細孔径のサイズは、理論値としての平均自由行程より数倍程度大きいサイズであっても実用レベルの分離能を発現させることができる。したがって、本発明において、「分離対象ガスの平均自由行程と同程度のサイズ」とは、分離対象ガスの平均自由行程と同等か、あるいは、分離対象ガスの平均自由行程の数倍程度のサイズとして定義される。
【0028】
上述した構造を備える本発明の多孔質セラミックフィルタは、メソ細孔や結晶性細孔を利用する従来のガス分離フィルタに比較してその分離能は下回るものの、ガス透過率が格段に向上する。ここで、本発明においては、ガス透過率μを下記式(1)に定義する。なお、下記式(1)において、Lは試料厚さ[m]を示し、Aはフィルタ断面積 [m2]を示し、ΔPはフィルタを挟んだ加圧側と減圧側の差圧 [Pa]を示し、Q
は減圧側に透過したガスのモル量 [mol]を示す。
【0029】
【数1】

【0030】
本発明の多孔質セラミックフィルタによれば、ガス透過率μが、1×10-11 [mol・m・m-2・s-1・Pa-1
]より大きくなり、好ましくは、1×10-10 [mol・m・m-2・s-1・Pa-1
]より大きくなる。この値は、メソ細孔や結晶性細孔を利用する従来のガス分離フィルタに比較して、100倍〜1000倍のガス透過率μであるので、分離能Sとガス透過率μの積として定義される処理速度Vが従来のガス分離フィルタに比較して格段に向上する。以上、本発明の多孔質セラミックフィルタにつき、そのガス分離メカニズムについて説明してきたが、次に、本発明の多孔質セラミックフィルタの製造方法について、セラミック原料としてα-アルミナ(酸化アルミニウム:Al2O3)を用い、鋳込成形法によって作製した場合を例にとって説明する。
【0031】
図3は、本発明の実施形態であるアルミナフィルタの製造工程を示すフローチャートである。まず、酸化アルミニウム(Al2O3)の粉末と蒸留水とポリアクリル酸アンモニウムなどの適切な分散剤を混合・攪拌してアルミナスラリーを調製する。ここで、アルミナ粉末の量は、蒸留水に対して30体積%程度とすることが好ましい。次に、このようにして調製したアルミナスラリーを鋳込成形して成形体を形成し、これを室温で十分に乾燥させた後、適切な温度・時間条件で焼成する。その結果、多孔質アルミナセラミック基体が得られる。なお、本発明においては、アルミナのペーストを調整し、これを押出成形してもよい。
【0032】
ここで、原料であるアルミナ粉末(セラミック粉末)の一次粒子径の大きさは、焼成後に現出するフィルタ細孔の平均細孔径の大きさと正の相関があるので、本発明においては、使用するアルミナ粉末の一次粒子の平均粒子径を適切な値に設計することによってフィルタ細孔の平均細孔径のサイズが分離対象ガスの平均自由行程と同程度になるように制御することができる。本発明においては、分離条件下の分離対象ガスの平均自由行程の長さに応じて、フィルタ細孔の平均細孔径を50 nm 〜 1000 nm に制御することができる。
【0033】
CO2ガスを分離対象とするアルミナフィルタの場合、N2/CO2混合ガス(80:20,
20℃大気圧下)におけるCO2の平均自由行程は、54.4 nmであるので、使用するアルミナ粉末の一次粒子の平均粒子径を適切な範囲(100
nm〜5000 nm)の中から選択することによって、フィルタ細孔の平均細孔径を50 nm 〜 200 nm に制御することが好ましく、平均細孔径を60 nm 〜
100 nm に制御することがより好ましい。
【0034】
続いて、上述した手順で作製した多孔質アルミナセラミック基体の細孔表面に対して分離対象分子に対する特異的親和性を付与する。例えば、酸性ガスであるCO2を分離対象とする場合、細孔表面をアルカリ性物質によって改質することによって、CO2に対する特異的親和性を発現させることができる。具体的には、上述した手順で作製した多孔質アルミナフィルタをAl(NO3)3水溶液に真空含漬する。次に、これを適切な温度・時間条件で乾燥・焼成した後、適切な温度・時間条件下、アンモニア水中で水熱処理を行う。その結果、多孔質アルミナフィルタの細孔表面のアルミナ(Al2O3)がベーマイト(AlOOH)に変換され、本実施形態の表面改質アルミナフィルタが得られる。下記表2は、分子動力学法による相互作用エネルギーのシミュレーション結果(使用ソフト:Material
Studio,Discovery)を示す。
【0035】
【表2】

【0036】
上記表2に示されるように、アルミナ表面(Al2O3)に対する相互作用エネルギーは、N2およびCO2との間で大きな差がないのに対し、ベーマイト表面(AlOOH)に対する相互作用エネルギーは、CO2の方がN2より格段に小さいという結果が得られた。このシミュレーション結果から、ベーマイト(AlOOH)が形成された細孔表面がCO2に対して親和性を有することが理解されよう。
【0037】
以上、本発明の多孔質セラミックフィルタの製造方法を、アルミナをセラミック原料とする実施形態をもって説明してきたが、本発明におけるセラミック原料は、アルミナに限定されるものではなく、ジルコニア、ムライト、シリカ、ジルコン、コーディエライト、ステアタイトなどの金属酸化物、窒化ケイ素、炭化ケイ素、ホウ化物、サイアロンなどの非金属酸化物のセラミック粉末を用いることができる。
【0038】
また、多孔質アルミナフィルタをAl(NO3)3水溶液、Mg(NO3)2水溶液、およびCa(NO3)2水溶液のいずれかに真空含漬した後、これを適切な温度・時間条件で乾燥・焼成することで、それぞれ、γ-アルミナ、MgO、および、CaOを細孔表面に形成させて改質することもできる。その他、表面改質は、ゾルゲル法、PVD(物理気相成長)、CVD(化学気相成長)、スパッタ法、イオン注入、プラズマ処理、シランカップリングによって行うこともできる。
【実施例1】
【0039】
以下、本発明の多孔質セラミックフィルタについて、実施例を用いてより具体的に説明を行なうが、本発明は、後述する実施例に限定されるものではない。
【0040】
(アルミナフィルタの作製)
アルミナ粉末(平均一次粒子径:約150 nm、TM-DAR,大明化学製)に対して、分散剤としてのポリアクリル酸アンモニウム(D-305,中京油脂製)を0.62重量%と蒸留水を添加・混合して、アルミナスラリーを調製した(アルミナ粉末:30体積%)。調製したアルミナスラリーを円形のセッコウ型に鋳込成形しての成形体を形成し、これを室温で一晩乾燥した後、1000℃で2時間焼成して本実施例用の円形アルミナセラミック基体(25mmφ)を得た。
【0041】
一方、異なる粒径のアルミナ粉末(平均一次粒子径:約2.2 μm、AA-2、住友化学製)を使用する以外は、上述したのと同様の方法で成形した25mmφの成形体を1250℃で2時間焼成して比較例用の円形アルミナセラミック基体(25mmφ)を得た。
【0042】
上述したアルミナセラミック基体(実施例用、比較例用)について、アルキメデス法で気孔率を測定するとともに、水銀ポロシメータ(Pascal 240, CE Instruments, Italy)で細孔径分布を測定した。その結果を下記表3に示す。
【0043】
【表3】

【0044】
(アルミナセラミック基体/透過率および選択率の検証)
上述したアルミナセラミック基体(実施例用、比較例用)につき、図4に示すガス透過率測定装置100を使用してN2ガスおよびCO2ガスのガス透過率μを調べた。具体的には、円形アルミナセラミック基体(25mmφ)をセットしたガス透過率測定装置100に対して、単体ガス(N2またはCO2)を導入し、圧力ゲージ102によって加圧側の減圧側の差圧ΔPを測定しつつ、流量計104によって流量
Q を測定した。測定した差圧ΔPおよび流量 Qに基づき下記式(1)によってガス透過率μを算出するとともに、単体ガスの透過率の比として定義される選択率α(μN2CO2
)を算出した。
【0045】
【数2】

(上記式において、Lは試料厚さを示し、Aはフィルタ断面積を示す)
【0046】
図5は、差圧[MPa]と単体ガス(N2・CO2)のガス透過率μ[mol・m・m-2・s-1・Pa-1]の関係とともに、その選択率α(μN2CO2
)を併せて示す。なお、図5(a)は、実施例用アルミナセラミック基体の結果を示し、図5(b)は、比較例用アルミナセラミック基体の結果を示す。
【0047】
図5(a)に示すように、実施例用アルミナセラミック基体においては、N2のガス透過率μは、5.9 〜 8.1 × 10-10 mol・m・m-2・s-1・Pa-1であるのに対し、CO2の透過率は、5.4
〜 6.2 × 10-10 mol・m・m-2・s-1・Pa-1であり、その選択率αは、1.1
〜 1.4であった。
【0048】
一方、比較例用アルミナセラミック基体においては、N2のガス透過率μは、2.5 〜 3.4 × 10-8 mol・m・m-2・s-1・Pa-1であるのに対し、CO2のガス透過率μは、2.4
〜 3.34×10-8 mol・m・m-2・s-1・Pa-1であり、両者の間に有意な差は見られなかった(すなわち、選択率α≒1)。
【0049】
(アルミナセラミック基体の表面改質処理)
上述したアルミナセラミック基体(実施例用、比較例用)を1 mol/LのAl(NO3)3水溶液に真空中で1晩浸漬した後、40℃で乾燥させた。これを600℃で2時間焼成した後、1
mol/Lアンモニア水中で水熱処理(200℃、24時間)を行った。その後、40℃で乾燥させたものを、それぞれ、実施例サンプルおよび比較例サンプルとした。
【0050】
作製した実施例サンプルにつき、XRD測定を行った。図6において、(a)は、実施例サンプルのXRD パターンを示し、(b)は、水熱処理前のアルミナセラミック基体のXRD
パターンを示す。図6に示すXRD測定結果から、実施例サンプルにベーマイト(AlOOH)が形成されていることが確認された。
【0051】
また、図7(a)は、水熱処理前のアルミナセラミック基体のSEM写真を示し、図7(b)は、水熱処理後の実施例サンプルのSEM写真を示す。図7に示すTEM写真から、実施例サンプルのアルミナの細孔表面にベーマイト(AlOOH)が形成されていることが確認された。さらに、表面処理前のアルミナセラミック基体および実施例サンプルにつき、気孔率を測定したところ、それぞれ、約39%および約38%であり、水熱処理前後で気孔率に大きな変化は見られなかった。
【0052】
なお、比較例サンプルについてもXRD測定、TEM写真観察、および気孔率測定を行ったところ、実施例サンプルと同様の結果を得た。
【0053】
(表面処理前のフィルタ/透過率および選択率の検証)
作製したサンプル(実施例、比較例)につき、上述したのと同様の手順でガス透過率μおよび選択率α(μN2CO2 )を算出した。
【0054】
図8は、差圧[MPa]と単体ガス(N2、CO2)のガス透過率μ[mol・m・m-2・s-1・Pa-1]の関係とともに、その選択率α(μN2CO2
)を併せて示す。なお、図8においては、理解の容易のため、図5に示した表面処理前の結果を破線で重ねて示している。
【0055】
図8(a)は、実施例サンプルの結果を示す。図8(a)に示されるように、N2のガス透過率μは、表面処理前後でほぼ同じであったのに対し、CO2のガス透過率μのみが、差圧ΔPが小さい領域において減少した。その結果、差圧ΔPが小さい領域において、選択率αが表面処理前の1.1から1.4に上昇した。
【0056】
一方、図8(b)は、比較例サンプルの結果を示す。図8(b)に示されるように、比較例サンプルにおいては、N2およびCO2の各ガス透過率μならびにその選択率α(μN2CO2
)について、表面処理前後でほぼ同様の結果となった。
【0057】
(CO2ガス分離能の検証)
異なる平均細孔径(180nm,700nm)を持つ2種類のアルミナチューブ(ノリタケカンパニーリミテド製)を1 mol/LのAl(NO3)3水溶液に真空中で1晩浸漬させ、40℃で乾燥した。これを600℃で2時間焼成した後、1
mol/Lアンモニア水中で水熱処理(200℃、36時間)を行った。その後、40℃で乾燥させたものを、それぞれ、実施例サンプル(平均細孔径:180nm)および比較例サンプル(平均細孔径:700nm)とし、各サンプルを使用して図9に示すCO2ガス分離装置200を作製した。
【0058】
CO2ガス分離装置200を使用した本実験においては、一端をエポキシパテでシールし、他端に送気管206をエポキシパテで固定したサンプル202(アルミナチューブ)を密封容器204の中に静置し、送気管206を介して混合ガス(N2/CO2:CO2濃度=20.6%)を差圧0.02[MPa]でサンプル202内に導入した(なお、差圧は圧力調整弁207で調整した)。その後、密封容器204に挿管したCO2濃度計208の測定値が一定になった後の10分間の平均値をフィルタ透過後のCO2濃度とした。
【0059】
上記測定結果に基づき、下記式2によってCO2分離能を算出した。
【0060】
【数3】

(上記式において、SをCO2分離能とし、XCO2をフィルタ透過前のCO2濃度(20.6%)とし、YCO2をフィルタ透過後のCO2濃度とする。)
【0061】
その結果、実施例サンプル(平均細孔径:180nm)は、約10%のCO2分離能を示した。一方、比較例サンプル(平均細孔径:700nm)のCO2分離能を確認することはできなかった。
【実施例2】
【0062】
(Al2O3,CaO,MgOによる表面改質とCO2ガス分離能の検証)
異なる平均細孔径(180nm,700nm)を持つ2種類のアルミナチューブ(ノリタケカンパニーリミテド製)を3組用意し、各組を、それぞれ、1 mol/LのAl(NO3)3水溶液、Mg(NO3)2水溶液、およびCa(NO3)2水溶液に真空中で1晩浸漬させ、40℃で乾燥した後、これを600℃で2時間焼成した。その結果、出来上がった3種類の実施例サンプル(平均細孔径:180nm)および3種類の比較例サンプル(平均細孔径:700nm)を使用して図9に示すCO2ガス分離装置200を作製した後、これを実施例1と同じ条件で動作させてCO2分離能を検証した。
【0063】
その結果、3種類の実施例サンプル(平均細孔径:180nm)は、いずれもが約7-10%のCO2分離能を示した。一方、3種類の比較例サンプル(平均細孔径:700nm)については、いずれもCO2分離能を確認することはできなかった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
以上、説明したように、本発明によれば、高い処理速度でCO2を分離することを可能にする新規な多孔質セラミックフィルタが提供される。本発明の多孔質セラミックフィルタは、これまでCCS実用化の障壁となっていた遅い処理速度を大幅に改善することができ、地球温暖化の防止に大きく寄与することが期待される。
【符号の説明】
【0065】
10…分離対象分子
12…細孔表面
14…改質層
100…ガス透過率測定装置
102…圧力ゲージ
104…流量計
200…ガス分離装置
202…サンプル
204…密封容器
206…送気管
208…CO2濃度計


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス分離用多孔質セラミックフィルタであって、セラミック基体の細孔の平均細孔径が分離対象ガスの平均自由行程と同程度であり、該細孔の表面が該分離対象ガスに対する親和性を有するように改質されていることを特徴とするセラミックフィルタ。
【請求項2】
前記セラミック基体がアルミナであり、前記細孔の表面がアルカリ性物質で改質されていることを特徴とする、請求項1に記載のセラミックフィルタ。
【請求項3】
前記アルカリ性物質は、ベーマイトであることを特徴とする、請求項2に記載のセラミックフィルタ。
【請求項4】
前記平均細孔径が50nm〜1000nmであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載のセラミックフィルタ。
【請求項5】
前記分離対象ガスがCO2であり、前記平均細孔径が50nm〜200nmであることを特徴とする、請求項2または3に記載のセラミックフィルタ。
【請求項6】
ガス透過率が1×10−11[mol・m・m−2・S−1・Pa−1]より大きいことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のセラミックフィルタ。
【請求項7】
ガス分離用多孔質セラミックフィルタの製造方法であって、
セラミック粉末のスラリーまたはペーストを調製する工程と、
前記スラリーまたはペーストから成形される成形体を焼成して多孔質セラミック基体を作製する工程と、
前記多孔質セラミック基体の細孔の表面を分離対象ガスに対する親和性を有するように改質する工程とを含み、
前記多孔質セラミック基体の細孔の平均細孔径が分離対象ガスの平均自由行程と同程度になるように前記セラミック粉末の一次粒子の平均粒子径が選択されることを特徴とする、
製造方法。
【請求項8】
CO2ガス分離用多孔質セラミックフィルタの製造方法であって、
一次粒子の平均粒子径が100nm〜5000nmのアルミナ粉末のスラリーまたはペーストを調製する工程と、
前記スラリーまたはペーストから成形される成形体を焼成して多孔質アルミナセラミック基体を作製する工程と、
前記多孔質アルミナセラミック基体を硝酸アルミニウム水溶液に含漬する工程と、
含漬した後の前記多孔質アルミナセラミック基体を焼成した後、該多孔質アルミナセラミック基体をアンモニア水中で水熱処理する工程とを含む、
製造方法。
【請求項9】
CO2ガス分離用多孔質セラミックフィルタの製造方法であって、
一次粒子の平均粒子径が100nm〜5000nmのアルミナ粉末のスラリーまたはペーストを調製する工程と、
前記スラリーまたはペーストから成形される成形体を焼成して多孔質アルミナセラミック基体を作製する工程と、
前記多孔質アルミナセラミック基体を硝酸アルミニウム水溶液、硝酸マグネシウム水溶液または硝酸カルシウム水溶液のいずれかに含漬する工程と、
含漬した後の前記多孔質アルミナセラミック基体を焼成する工程とを含む、
製造方法。
【請求項10】
多孔質セラミックフィルタを使用したガス分離方法であって、
分離対象ガスを含む気体を、該分離対象ガスの平均自由行程と同程度の大きさに調整された平均細孔径を有し、且つ、該細孔の表面が該分離対象ガスに対する親和性を有するように改質されている多孔質セラミックフィルタに通すことにより、該分離対象ガスを分離する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−187551(P2012−187551A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−54930(P2011−54930)
【出願日】平成23年3月14日(2011.3.14)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】