説明

多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜の製造法

【課題】例えば約80〜140℃といった高温度条件でかつ相対湿度(RH)が0〜30%といった低湿度の雰囲気中に設置され、使用されても、水蒸気透過性、引張破断強度、引張破断伸び等といった膜性能の低下の少ない多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜の製造法を提供する。
【解決手段】ポリフェニルスルホン樹脂および親水性ポリビニルピロリドンを溶解させた水溶性有機溶媒溶液よりなる紡糸原液を水性液を芯液として乾湿式紡糸するに際し、ポリフェニルスルホン樹脂100重量部当り親水性ポリビニルピロリドンが5〜30重量部の割合で添加された紡糸原液を用いて多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜の製造法に関する。さらに詳しくは、加湿膜等の水蒸気透過膜として有効に使用される多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、多孔質中空糸膜を用いて、除湿・加湿を行う方法が注目されている。多孔質中空糸膜方式はメンテナンスフリーであるばかりではなく、駆動に電源を必要としないなどの多くの利点を有している。また、この多孔質中空糸膜方式の加湿法は、燃料電池スタック隔膜の加湿に用いることが可能であるが、燃料電池の場合、車載用では4000NL/分程度の多量の空気加湿が必要であり、また定置用では加湿の駆動体に温水が使用される場合が多く、いずれの場合にあっても、多孔質中空糸膜の耐久性と耐熱性の付与が特に必要とされている。
【0003】
実際に、固体高分子型燃料電池の場合、実稼動温度は約60〜80℃での水蒸気飽和状態での雰囲気である。さらに、電極の耐被毒性を向上させる等の理由から、燃料電池の稼動温度は今後なお一層高くなる方向にある。
【0004】
本出願人は先に、ポリフェニルスルホン樹脂および親水性ポリビニルピロリドンの水溶性有機溶媒溶液よりなる紡糸原液を、水を芯液として乾湿式紡糸し、多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜よりなる水蒸気透過膜を製造する方法を提案している。そこでは、ポリスルホン系樹脂100重量当り約50〜150重量部、好ましくは約50〜100重量部の割合でポリビニルピロリドンが添加して用いられており、このような添加割合は多孔質膜の表面孔径等の構造制御にも多少の影響はみられるが、それ以上に多孔質膜の空気透過速度を低下させ、すなわちガスバリア性を向上させ、水蒸気透過速度を向上させるという効果を達成させている。
【特許文献1】特開2004−290751号公報
【0005】
このようにして得られる多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜は、例えば95℃の温水浸漬試験の伸度のデーターにみられるように耐熱性にすぐれており、約60〜80℃程度あるいは95℃といった高温度条件で相対湿度(RH)60〜100%といった雰囲気中に設置して用いても、水蒸気透過性や強度の低下は殆ど観測されない。
【0006】
しかしながら、加湿膜として使用されるような約80〜140℃程度の高温および相対温度(RH)0〜30%といった雰囲気(運動初期等の環境)中に設置して用いると、設置使用時間の経過と共に、水蒸気透過性、強度、伸び等といった膜性能が低下するという問題がみられた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、例えば約80〜140℃といった高温度条件でかつ相対湿度(RH)が0〜30%といった低湿度の雰囲気中に設置され、使用されても、水蒸気透過性、引張破断強度、引張破断伸び等といった膜性能の低下の少ない多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜の製造法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる本発明の目的は、ポリフェニルスルホン樹脂および親水性ポリビニルピロリドンを溶解させた水溶性有機溶媒溶液よりなる紡糸原液を水性液を芯液として乾湿式紡糸するに際し、ポリフェニルスルホン樹脂100重量部当り親水性ポリビニルピロリドンが5〜30重量部の割合で添加された紡糸原液を用いて多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜を製造することによって達成される。
【発明の効果】
【0009】
本発明方法によって、例えば約80〜140℃といった高温度条件でかつ相対湿度(RH)が0〜30%といった低湿度の雰囲気中に設置され、使用されても、水蒸気透過性、引張破断強度、引張破断伸び等といった膜性能の低下の少ない多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜が提供される。このような特性を有する多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜は、水蒸気透過性の点で特にすぐれているので、加湿膜、特に燃料電池用加湿膜等として有効に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
膜形成性樹脂としては、ポリスルホン樹脂やポリエーテルスルホン樹脂等と比べて、耐熱性、耐加水分解性、強度、伸び等の性質の点ですぐれているポリフェニルスルホン樹脂が用いられる。ポリフェニルスルホン樹脂は、以下に示されるくり返し単位

すなわちビフェニレン基を有し、イソプロピリデン基を有しないものであり、実際には市販品、例えばソルベイアドバンストポリマーズ社製品RADEL Rシリーズのもの等をそのまま用いることができる。
【0011】
ポリフェニルスルホン樹脂は、紡糸原液中約10〜40重量%、好ましくは約15〜30重量%を占めるような濃度で用いられる。これ以下の濃度のものとして用いると、得られた多孔質膜の孔径が大きくなりすぎ、空気等の水蒸気以外のものの透過量が加湿膜としての機能上無視できなくなる程大きくなり、また膜強度も小さくなる。逆に、これ以上の濃度のものとして用いると、多孔質膜の孔径や気孔率が低下し、水蒸気の透過速度の低下を招くようになる。
【0012】
親水性ポリビニルピロリドンは、重量平均分子量Mwが約10000(K-15)〜1200000(K-90)のものが、ポリフェニルスルホン樹脂100重量部当り約5〜30重量部、好ましくは約10〜20重量部の割合で用いられる。使用割合がこれよりも少ないと、後記比較例2の結果に示されるように、空気の透過速度、換言すれば空気の漏れ量が大きくなりすぎ、水蒸気の選択透過性に支障をきたすようになる。一方、これよりも多い割合で用いられると、後記比較例1の結果に示されるように、また背景技術の欄でも述べた如く、高温条件下で低湿度の状態に曝されることにより、膜性能の低下が避けられない。
【0013】
親水性ポリビニルピロリドンと共に、低分子親水性物質、例えば水、分子量約150〜20000程度のポリエチレングリコール等の水溶性有機物質、塩化リチウム等のアルカリ金属塩などを併用することもでき、これらの低分子親水性物質は、その添加量を紡糸原液が室温条件下で液-液相分離を生ずる濃度の90%程度に調整することが、膜性能上からみて好ましい。
【0014】
以上の各成分を溶解させた紡糸原液は、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジエチルホルムアミド、ジエチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン、モルホリン、ジオキサン等の水溶性有機溶媒、好ましくは非プロトン性極性溶媒の溶液として調製され、水または水溶性有機溶媒水溶液等が用いられる水性液を芯液として、通常行われている方法に従って乾湿式紡糸される。
【0015】
一般に水が用いられる水性凝固浴中で凝固せしめた中空糸膜は、水洗後乾燥させるが、水洗は常温水または温水、さらにはオートクレーブ中での例えば121℃といった高温でも行われる。
【実施例】
【0016】
次に、実施例について本発明を説明する。
【0017】
実施例1
PPS(ソルベイアドバンストポリマーズ社製品RADEL R-5000) 20重量部
PVP(ISP社製品K-30G;Mw40000) 3 〃
水 0.5 〃
DMA(関東化学製品) 76.5 〃
からなる室温で均一な紡糸原液を、水を芯液として二重環状ノズルから水凝固浴中に乾湿式紡糸した後、121℃の加圧水中で1時間洗浄してから60℃のオーブン中で乾燥し、多孔質PPS樹脂中空糸膜(外径1000μm、内径700μm)を得た。
注) PPS:ポリフェニルスルホン
PVP:ポリビニルピロリドン
DMA:ジメチルアセトアミド
【0018】
実施例2
実施例1において、次の組成を有する紡糸原液が用いられた。
PPS(RADEL R-5000) 20重量部
PVP(K-30G) 3 〃
PEG(関東化学製品;平均分子量300) 2 〃
DMA(関東化学製品) 75 〃
注) PEG:ポリエチレングリコール
【0019】
実施例3
実施例1において、次の組成を有する紡糸原液が用いられた。
PPS(RADEL R-5000) 20重量部
PVP(K-30G) 3 〃
LiCl(関東化学製品) 1 〃
DMA(関東化学製品) 76 〃
【0020】
比較例1
実施例1において、次の組成を有する紡糸原液が用いられた。
PPS(RADEL R-5000) 20重量部
PVP(K-30G) 15 〃
DMA(関東化学製品) 65 〃
【0021】
比較例2
実施例1において、次の組成を有する紡糸原液が用いられた。
PPS(RADEL R-5000) 20重量部
PVP(K-30G) 0.7 〃
DMA(関東化学製品) 79.3 〃
【0022】
以上の各実施例および比較例で得られた多孔質PPS樹脂中空糸膜について、次の各項目の測定を行った。測定は、初期および耐久試験後(120℃、1%RHの乾燥雰囲気中に1000時間放置後)について、それぞれ行われた。
水蒸気透過速度:中空糸膜をガラス管内に両端部をエポキシ樹脂で接着・固定して封入し、測定用モジュール(中空糸膜の測定長さは15cm)を作製した。中空糸膜の一方の開放端部(A部)より中空糸膜内側に、線速度25m/秒で乾燥空気(80℃、2%RH)を中空糸膜の他方の開放端部(B部)に向けて供給すると同時に、ガラス管の前記B部手前近くに設けられた分岐管(C部)から前記A部手前近くに設けられた分岐管(D部)へ向けて、80℃、80%RHの湿潤空気を乾燥空気と対流するような流れで供給し、中空糸膜外側から内側への水分透過量を測定し、この水分透過量を中空糸膜内側表面積および水蒸気分圧差(中空糸膜内側と外側との分圧差)で除することにより、水蒸気透過速度を算出した
純水透過速度:上部B部を封止した状態で、A部より25℃の純水を供給し、C部およびD部より流出する純水透過量を測定し、この純水透過量を中空糸膜内側表面積および平均圧力(中空糸膜内側と外側との水圧差:100kPa)で除することにより、純水透過速度を算出した
空気透過速度:前記A部より中空糸膜の管部に純水を充填させ、その後1L/分の空気を中空糸膜内側に1分間通すことにより、中空糸膜を湿らせた。その後、B部を封止した状態でA部より25℃の空気を供給し、C部およびD部から流出する空気透過量を測定し、この空気透過量を中空糸膜内側表面積および平均圧力(中空糸膜内側と外側との水圧差:100kPa)で除することにより、空気透過速度を算出した
引張破断強度、引張破断伸び:中空糸膜を引張試験装置(島津製作所製オートグラフ)に設置し、引張速度20mm/分で引張試験を行い、破断時の強度を試験前断面積で除して引張破断強度を算出し、また破断時の伸びから引張破断伸び(破断時の長さ−試験長/試験長×100)を算出した
【0023】
得られた結果は、次の表に示される。各実施例で得られた結果は、比較例1と比べて初期性能は同程度で、耐久試験後の性能、特に水蒸気透過性の点で高い水準を維持していることが示されている。なお、比較例2は初期の空気透過速度が大きく、それ以降の評価は行わなかった。

実施例 比較例

測定項目 初期 試験後 初期 試験後 初期 試験後 初期 試験後 初期
水蒸気透過速度 0.290 0.260 0.270 0.250 0.270 0.240 0.280 0.140 −
(g/cm2/分/MPa)
純水透過速度 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0
(ml/cm2/hr/100kPa)
空気透過速度 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 40.0
(ml/cm2/分/100kPa)
引張破断強度 810 770 800 760 810 750 790 670 800
(g/mm2)
引張破断伸び 47 41 45 39 44 38 49 28 40
(%)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニルスルホン樹脂および親水性ポリビニルピロリドンを溶解させた水溶性有機溶媒溶液よりなる紡糸原液を水性液を芯液として乾湿式紡糸するに際し、ポリフェニルスルホン樹脂100重量部当り親水性ポリビニルピロリドンが5〜30重量部の割合で添加された紡糸原液を用いることを特徴とする多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜の製造法。
【請求項2】
重量平均分子量Mw10000〜1200000の親水性ポリビニルピロリドンが用いられる請求項1記載の多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜の製造法。
【請求項3】
請求項1または2記載の方法で製造された多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜。
【請求項4】
水蒸気透過膜として用いられる請求項3記載の多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜。
【請求項5】
加湿膜として用いられる請求項4記載の多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜。
【請求項6】
燃料電池用加湿膜として用いられる請求項5記載の多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜。
【請求項7】
80〜140℃の高温条件下で相対湿度0〜30%の低湿度雰囲気中に設置して使用される請求項4、5または6記載の多孔質ポリフェニルスルホン樹脂中空糸膜。

【公開番号】特開2006−255502(P2006−255502A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−72702(P2005−72702)
【出願日】平成17年3月15日(2005.3.15)
【出願人】(000004385)NOK株式会社 (1,527)
【Fターム(参考)】