説明

多層膜光学素子の製造方法および多層膜光学素子

【課題】光通信用の光学フィルタとして用いられる多層膜光学素子を製造する際に、マイクロクラックの発生を回避しつつ多層膜光学素子のサイズを大形化する。
【解決手段】所定の溶解速度をもつ第1剥離層2aと、この第1剥離層2aより小さい溶解速度をもつ第2剥離層2bとが積層された構成を有する剥離膜2を基板1の上に成膜する(図(a))。次に、剥離膜2の上に多層光学膜を成膜する(図(b))。その後、多層光学膜を所定のサイズに切削する(図(c))。最後に、剥離膜2を溶解させて多層光学膜を基板から分離する(図(d))。剥離膜2は、溶解速度の異なる第1剥離層2aおよび第2剥離層2bから構成されているため、これら第1剥離層2a、第2剥離層2bの厚さを適宜設定することで、剥離膜2全体の溶解速度を多層光学膜3に応じて任意に調整可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、光通信用の光学フィルタとして用いられる多層膜光学素子の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の多層膜光学素子としては、いわゆる基板レス多層膜光学素子(基板を具備せず多層光学膜のみから構成された多層膜光学素子)が知られている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
この基板レス多層膜光学素子を製造する際には、図2(a)に示すように、ガラス製の基板1の上にアルミニウム製の剥離膜2を真空蒸着で成膜した後、図2(b)に示すように、剥離膜2の上に多層光学膜3をスパッタリング法で成膜する。次に、図2(c)に示すように、多層光学膜3および剥離膜2にダイシングで1本以上(図2(c)では、2本)の分断溝4を形成することにより、多層光学膜3を所定のサイズに切削する。最後に、図2(d)に示すように、基板1、剥離膜2および多層光学膜3をNaOH水溶液に浸漬して剥離膜2を溶解させることにより、多層光学膜3を基板1から分離する。すると、複数個(図2(d)では、3個)の基板レス多層膜光学素子5が得られる。
【特許文献1】特開2006−171076号公報
【特許文献2】再表2005/001526号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、これでは、基板レス多層膜光学素子5を得る際には、剥離膜2の材料であるアルミニウムの溶解速度が小さいことから、大形(幅広)の基板レス多層膜光学素子5を製造する場合には多大な時間を必要とする。
【0005】
なお、こうした不都合を解消すべく、アルミニウムより溶解速度が大きい材料を代用することも考えられるが、その場合、所望の溶解速度をもつ材料を見出すことが必ずしも容易でないことに加えて、新たに別の問題点が生じる恐れがある。例えば、アルミニウムに代えてWO3 を剥離膜2の材料とすれば、溶解速度が桁違いに増大するため、剥離膜2の溶解に伴って急激な応力解放が発生し、基板レス多層膜光学素子5にマイクロクラックが発生することがある。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑み、マイクロクラックの発生などの問題点が生じることを回避しつつ大形の基板レス多層膜光学素子を製造することが可能な多層膜光学素子の製造方法と、この製造方法によって製造された多層膜光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る第1の多層膜光学素子の製造方法は、基板(1)の上に剥離膜(2)を成膜する剥離膜成膜工程と、前記剥離膜の上に多層光学膜(3)を成膜する光学膜成膜工程と、前記剥離膜を溶解させて前記多層光学膜を前記基板から分離する光学膜分離工程とが含まれる多層膜光学素子の製造方法であって、前記剥離膜は、所定の溶解速度をもつ第1剥離層(2a)と、この第1剥離層より小さい溶解速度をもつ第2剥離層(2b)とが積層された構成を有する多層膜光学素子の製造方法としたことを特徴とする。
【0008】
本発明に係る多層膜光学素子(5)は、上記多層膜光学素子の製造方法によって製造された多層膜光学素子としたことを特徴とする。
【0009】
なお、ここでは、本発明をわかりやすく説明するため、実施の形態を表す図面の符号に対応づけて説明したが、本発明が実施の形態に限定されるものでないことは言及するまでもない。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、マイクロクラックの発生などの問題点が生じることを回避しつつ大形の基板レス多層膜光学素子を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
[発明の実施の形態1]
【0012】
図1は、本発明の実施の形態1に係る図である。
【0013】
この実施の形態1において、複数個の基板レス多層膜光学素子を製造する際には、次の手順による。
【0014】
まず、剥離膜成膜工程で、図1(a)に示すように、ガラス製の基板1の上に剥離膜2を真空蒸着で成膜する。このとき、剥離膜2としては、所定の溶解速度をもつ第1剥離層2aの上側に、この第1剥離層2aより小さい溶解速度をもつ第2剥離層2bが積層されたものを採用する。ここで、第1剥離層2aは、厚さ20nmのWO3 (酸化タングステン)から構成されており、第2剥離層2bは、厚さ10nmのアルミニウムから構成されている。
【0015】
次に、光学膜成膜工程に移行し、図1(b)に示すように、剥離膜2の上に多層光学膜3をスパッタリング法で所定の膜厚(例えば、12〜30μm)に成膜する。このとき、多層光学膜3は、高屈折率物質(例えば、Nb2 5 、Ta2 5 )と低屈折率物質(例えば、SiO2 )とを交互に積層して形成する。
【0016】
その後、光学膜切削工程に移行し、図1(c)に示すように、多層光学膜3を所定のサイズに切削する。それには、ダイシングにより、多層光学膜3および剥離膜2に1本以上(図1(c)では、2本)の分断溝4を形成する。このとき、各分断溝4は、基板1に達するようにする。すると、多層光学膜3および剥離膜2が所定のサイズに切削された状態となる。
【0017】
最後に、光学膜分離工程に移行し、図1(d)に示すように、多層光学膜3を基板1から分離する。それには、基板1、剥離膜2および多層光学膜3を所定の濃度(例えば、3%)のNaOH水溶液に浸漬する。すると、剥離膜2がNaOH水溶液に溶解するため、多層光学膜3が基板1から分離された状態となる。その結果、複数個(図1(d)では、3個)の基板レス多層膜光学素子5が得られる。
【0018】
このとき、剥離膜2は、溶解速度の異なる2種類の剥離層(第1剥離層2aおよび第2剥離層2b)から構成されているため、これら第1剥離層2a、第2剥離層2bの厚さを適宜設定することにより、剥離膜2全体の溶解速度を多層光学膜3に応じて任意に調整することが可能となる。したがって、剥離膜2の材料としてアルミニウム単体を用いる場合と比べて、剥離膜2の溶解速度を増大させ、その分だけ基板レス多層膜光学素子5のサイズを大形化することができる。それと同時に、剥離膜2の材料としてWO3 単体を用いる場合と異なり、基板レス多層膜光学素子5にマイクロクラックが発生する事態を回避することができる。
【0019】
ここで、基板レス多層膜光学素子5の製造作業が終了する。
【0020】
このように、この実施の形態1では、基板レス多層膜光学素子5の製造に際して、基板レス多層膜光学素子5にマイクロクラックが発生しない範囲で剥離膜2の溶解速度を増大させることにより、マイクロクラックのない大形の基板レス多層膜光学素子5を製造することが可能となる。
【0021】
なお、アルミニウムおよびWO3 について、その溶解速度の差を実験で確認するため、基板1上にアルミニウムのみの剥離膜2を形成し、その上に多層光学膜3を形成したサンプルと、アルミニウムのみの剥離膜2に代えてWO3 のみの剥離層を形成したサンプルとをそれぞれ用意した。剥離膜2の厚さは、いずれも10nmとした。それぞれのサンプルにダイシングにより分断溝4を形成した後、濃度3%のNaOH水溶液に浸漬して、各サンプルにおいて、基板1と多層光学膜3とが分離するのに要する時間を調べた。その結果、アルミニウムでは44時間かかったのに対して、WO3 では1.5時間(つまり、アルミニウムの約1/30)であった。このことから、WO3 の溶解速度はアルミニウムの溶解速度の約30倍の速さであることが判明した。
【0022】
また、光学膜切削工程において、多層光学膜3が所定のサイズに切削されるため、基板レス多層膜光学素子5の製品としての完成度が向上する。
【0023】
さらに、光学膜分離工程において、剥離膜2の第1剥離層2aが溶解し終わるまで、この第1剥離層2aを剥離膜2の第2剥離層2bによって多層光学膜3から遠ざけることができる。その結果、光学膜成膜工程で多層光学膜3の内部に残留応力が生じていたとしても、この残留応力が一気に解放される事態は発生しないので、この点からも、基板レス多層膜光学素子5にマイクロクラックが発生する事態を回避することができる。
[発明のその他の実施の形態]
【0024】
なお、上述した実施の形態1では、剥離膜2の第1剥離層2aの材料としてWO3 を採用する場合について説明した。しかし、この第1剥離層2aの材料は、WO3 に限るわけではなく、WO3 以外の材料を代用または併用することもできる。
【0025】
また、上述した実施の形態1では、剥離膜2の第2剥離層2bの材料としてアルミニウムを採用する場合について説明した。しかし、この第2剥離層2bの材料は、アルミニウムに限るわけではなく、アルミニウム以外の材料(亜鉛、スズ、クロムその他の金属など)を代用または併用することもできる。例えば、アルミニウムと亜鉛とを併用して第2剥離層2bを形成しても構わない。
【0026】
さらに、上述した実施の形態1では、第1剥離層2aと第2剥離層2bとを組み合わせた2層構造の剥離膜2について説明したが、この2層構造を含む限り、他の剥離層を付加することも可能である。
【0027】
さらにまた、上述した実施の形態1では、剥離膜2を溶解させるアルカリとしてNaOHを用いる場合について説明したが、NaOH以外のアルカリ(例えば、KOH、Ca(OH)2 など)を代用または併用することもできる。
【0028】
また、上述した実施の形態1では、第1剥離層2aと第2剥離層2bとが積層された剥離膜2を用いる場合について説明したが、この「積層」に代えて「混合」を採用しても構わない。すなわち、剥離膜2として、所定の溶解速度をもつ第1の物質と、この第1の物質より小さい溶解速度をもつ第2の物質とが混合された混合物を有するものを用いることも可能である。このような混合物は種々の方法で調製することができる。その一例としては、第1の物質および第2の物質を蒸着源として同時に真空蒸着を行なうことにより、基板上に混合物の層を成膜することが考えられる。このとき、各物質の蒸着の電力を適宜設定することにより、第1の物質と第2の物質との混合比を任意に変更することができる。
【0029】
また、上述した実施の形態1では、光学膜成膜工程と光学膜分離工程との間に光学膜切削工程を設ける場合について説明したが、多層光学膜3を所定のサイズに切削する必要がない場合には、この光学膜切削工程を省くことも勿論できる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、エッジフィルタ、B−PON用フィルタ、CWDM用フィルタ、LX4用フィルタ、微小光学フィルタなど各種の多層膜光学素子の製造に広く適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施の形態1に係る基板レス多層膜光学素子の製造方法を示す工程図であって、(a)は剥離膜成膜工程を示す断面図、(b)は光学膜成膜工程を示す断面図、(c)は光学膜切削工程を示す断面図、(d)は光学膜分離工程を示す断面図である。
【図2】従来の基板レス多層膜光学素子の製造方法を例示する工程図であって、(a)は剥離膜成膜工程を示す断面図、(b)は光学膜成膜工程を示す断面図、(c)は光学膜切削工程を示す断面図、(d)は光学膜分離工程を示す断面図である。
【符号の説明】
【0032】
1……基板
2……剥離膜
2a……第1剥離層
2b……第2剥離層
3……多層光学膜
4……分断溝
5……基板レス多層膜光学素子(多層膜光学素子)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の上に剥離膜を成膜する剥離膜成膜工程と、
前記剥離膜の上に多層光学膜を成膜する光学膜成膜工程と、
前記剥離膜を溶解させて前記多層光学膜を前記基板から分離する光学膜分離工程とが含まれる多層膜光学素子の製造方法であって、
前記剥離膜は、所定の溶解速度をもつ第1剥離層と、この第1剥離層より小さい溶解速度をもつ第2剥離層とが積層された構成を有することを特徴とする多層膜光学素子の製造方法。
【請求項2】
前記第2剥離層は、前記多層光学膜と前記第1剥離層との間に介在していることを特徴とする請求項1に記載の多層膜光学素子の製造方法。
【請求項3】
前記第1剥離層の材料は、WO3 であるとともに、
前記第2剥離層の材料は、アルミニウムであることを特徴とする請求項1または2に記載の多層膜光学素子の製造方法。
【請求項4】
基板の上に剥離膜を成膜する剥離膜成膜工程と、
前記剥離膜の上に多層光学膜を成膜する光学膜成膜工程と、
前記剥離膜を溶解させて前記多層光学膜を前記基板から分離する光学膜分離工程とが含まれる多層膜光学素子の製造方法であって、
前記剥離膜は、所定の溶解速度をもつ第1の物質と、この第1の物質より小さい溶解速度をもつ第2の物質とが混合された混合物を有することを特徴とする多層膜光学素子の製造方法。
【請求項5】
前記光学膜成膜工程と前記光学膜分離工程との間に、前記多層光学膜を所定のサイズに切削する光学膜切削工程が含まれることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の多層膜光学素子の製造方法。
【請求項6】
前記光学膜分離工程において、前記剥離膜をNaOH溶液に浸漬して溶解させることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の多層膜光学素子の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかに記載の多層膜光学素子の製造方法によって製造されたことを特徴とする多層膜光学素子。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−288424(P2009−288424A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−139517(P2008−139517)
【出願日】平成20年5月28日(2008.5.28)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】