説明

多波長蛍光計測装置及び対象物識別方法

【課題】広い範囲の対象物に対して高い識別性をもつ小型の多波長蛍光計測装置を得る。
【解決手段】海面100上の漂流物200にこのレーザー光12が照射されると、漂流物200の表面でこのレーザー光12が反射された反射光13の他に、漂流物200の表面を構成する物質は、蛍光14を発する。光電子増倍管21a〜21cは、各々がフィルター22a〜22d、受光光学系23a〜23dを介して蛍光14を受光し、これを電気信号として出力する。この4つのフィルター22a〜22dとしては、帯域の中心をそれぞれ400nm、450nm、500nm、550nmとし、その半値幅を40nm以上とした広帯域のフィルターが用いられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー光を対象物に照射して対象物から発せられた多数の波長帯域の光を検出することによって対象物の検出を行う多波長蛍光計測装置、及びこれを用いた対象物識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のレーダーでは、電波を対象物に照射し、対象物から散乱、反射されて戻ってくる電磁波から対象物の情報を得る。この電波の代わりにレーザー光を用いて同様の計測を行う技術はレーザーレーダー(ライダー:LIDAR(Light Detection and Ranging))として知られている。
【0003】
レーザー光は空気中、水中を問わず伝搬するため、ライダー技術は、特に海洋観測等に有効に利用されており、単に対象物までの距離を測定するだけでなく、対象物に関する様々な情報が得られる。例えば、特許文献1には、パルス形状のレーザー光を空中から海面に照射し、反射光や散乱光及び蛍光をマイクロチャンネルプレートで受光するタイミングを制御して画像を得る技術が記載されている。この技術においては、海面からの反射光や、海中深度に対応する散乱光及び蛍光を同時に測定することができるため、海水中の懸濁物やプランクトンの濃度を測定することができる。
【0004】
ここで、この蛍光は、海面あるいは海中においてレーザー光に照射された物体が発する、レーザー光とは異なった波長の光である。この蛍光の波長は、この物体(物質)に固有のものとなるため、この蛍光のスペクトルを分析することによって、この物質を同定することが可能である。ただし、このスペクトルを分析するためには分光器等、大型の設備が必要となる。一方で、こうしたライダー装置は、例えばヘリコプター等に搭載して用いられる場合が多いため、装置全体を小型化、軽量化することが必要である。
【0005】
このため、特許文献2には、単一のレーザー発振器を用い、複数の種類のフィルターを用いて複数の波長域の蛍光を同時に受光するライダー装置が記載されている。ここでは、レーザー発振器の発する特定の波長(例えば355nm)の光を空中から海面に照射し、複数のフィルターに対応した複数の光電子増倍管で同時に蛍光を受光する。フィルターと光電子増倍管は例えば4組用いることができ、どちらも大型の機器ではないために、ライダー装置全体を小型、軽量とすることが可能である。この際、例えば4種類のうちの一つとして、355nmの波長の光が水ラマン散乱を受けた光として、405nmの波長の光を受光するようにすることができる。この場合、405nmの波長における強度を水(海水)に起因したものと考えることができるため、他の3種類の光強度の基準として、この水ラマン散乱の光強度を使用することができる。他の3種類の光強度の比率から、この蛍光を発した物質の種類を推定することができるため、例えば油が漂流していることを検知することができる。
【0006】
また、光電子増倍管の代わりに、イメージインテンシファイアとCCDカメラを組み合わせて用いれば、各波長域に対応した2次元蛍光画像を得ることができる。これにより、例えば油が漂流している分布を可視化することも可能である。イメージインテンシファイアやCCDも大型の機器ではないために、この場合においてもライダー装置全体を小型、軽量とすることが可能である。
【0007】
このように、レーザー発振器と、複数の波長域で蛍光を同時に受光できる受光装置を用いることにより、対象物を識別する能力の高い、小型、軽量のライダー装置を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平4−69546号公報
【特許文献2】特許第3453595号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記の構成のライダー装置は、漂流する油等に対しては有効であったが、その他の対象物(漂流物)、例えば救命具や小型船舶等に対する識別性は必ずしも高くなかった。
【0010】
すなわち、広い範囲の対象物に対して高い識別性をもつ小型の多波長蛍光計測装置を得ることは困難であった。
【0011】
本発明は、斯かる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の請求項1に係る多波長蛍光計測装置は、レーザー光を対象物の側に向かって照射し、前記対象物の側から戻る前記レーザー光と異なる波長をもつ光を受光することによって前記対象物を検出する多波長蛍光計測装置であって、前記レーザー光を発振するレーザー光照射部と、各々がフィルターで制限された波長帯域の前記レーザー光と異なる波長の光を同時に受光する4つ以上の受光部と、前記4つ以上の受光部のうちの1つの受光部の出力に対する他の受光部のそれぞれの出力の比率を算出することによって前記対象物を検出する算出部と、を具備し、前記4つ以上の受光部における各フィルターの透過波長帯域は、中心波長が異なる4つ以上の帯域であり、当該4つの帯域において隣接するいずれの帯域同士においても端部で重複部分が存在する、ことを特徴とする。
この発明においては、レーザー光とは異なる波長をもち、対象物の側から発せられた光が4つ以上の受光部で同時に検出される。このうち、1つの受光部の出力に対する他の受光部の出力の比率を用いた出力が、この多波長蛍光計測装置からなされる。
本発明の請求項2に係る多波長蛍光計測装置は、前記レーザー光照射部における発振タイミングと、前記受光部における検出タイミングが同期して行われることを特徴とする。
この発明においては、レーザー光の発振と光検出とが同期して行われる。ここで、同期とは、必ずしも同時ではなく、例えばレーザー光の発振から一定時間経過後に光検出を行う場合も含む。
本発明の請求項3に係る多波長蛍光計測装置において、前記受光部は、イメージインテンシファイアと半導体撮像素子とで構成されたことを特徴とする。
この発明においては、各受光部において、CCDの半導体撮像素子が光を検出する。この際、微弱な光信号を増倍するために、イメージインテンシファイアが用いられる。
【0013】
本発明の請求項4に係る多波長蛍光計測装置において、前記対象物は、水上あるいは水中に存在し、前記1つの受光部は、前記レーザー光の水によるラマン散乱光を検出することを特徴とする。
この発明においては、特に水上あるいは水中に存在する対象物を検出する際に、1つの受光部が水のラマン散乱光を検出し、この出力が他の受光部の出力の参照値として用いられる。
本発明の請求項5に係る多波長蛍光計測装置は、前記受光部を4つ具備し、前記レーザー光の波長は350〜370nmの範囲であり、前記4つの受光部における各フィルターの透過波長帯域は、それぞれ400nm、450nm、500nm、550nmを中心波長とし、それぞれの半値幅を40nm以上としたことを特徴とする。
この発明においては、この範囲内のレーザー光の発振波長に応じて、この4つの透過波長帯域をもったフィルターが各受光部で用いられる。
本発明の請求項6に係る多波長蛍光計測装置において、前記算出部は、前記1つの受光部の出力に対する他の3つの受光部のそれぞれの出力の比率をそれぞれRGB値に換算し、色信号として出力することを特徴とする。
この発明においては、1つの受光部の出力に対する他の3つの受光部のそれぞれの出力の比率が、それぞれRGBのR(赤色)信号強度、G(緑色)信号強度、B(青色)信号強度に変換して出力される。
本発明の請求項7に係る多波長蛍光計測装置において、前記算出部は、前記1つの受光部の出力をI、前記他の3つの受光部のそれぞれの出力をI、I、Iとし、(I÷Imax、(I÷Imax、(I÷Imaxをそれぞれ測定データにおける(I÷I)の最大値、(I÷I)の最大値、(I÷I)の最大値として、RGBの各信号強度を以下の式で算出することを特徴とする。
【数1】

この発明においては、I、I、IがIを用いてそれぞれ256階調のRGB信号に変換されて出力される。
【0014】
本発明の請求項8に係る対象物識別方法は、前記多波長蛍光計測装置を用いて予め特定物質の色信号を測定し、対象物を識別することを特徴とする。
この発明においては、予め特定物質に対応する色信号が作成され、これを用いて、前記の多波長蛍光計測装置によって対象物の識別が行われる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の多波長蛍光計測装置は以上のように構成されているので、装置を小型とし、かつ広い範囲の対象物に対して高い識別性をもつ。すなわち、蛍光強度の極めて弱い対象物に対して、重複部分が存在するように設定された4つ以上の広帯域のフィルターを用いることにより、極めて弱い蛍光を抜けなく積分でき、今まで検出が不可能であった蛍光強度の極めて弱い対象物の検出を可能とし、また識別できるものである。
この際、レーザー光照射部における発振タイミングと、受光部における検出タイミングを同期させれば、蛍光の検出効率が高くなるため、更に高い識別性を得ることができる。
また、受光部に、イメージインテンシファイアと半導体撮像素子を用いれば、発散したレーザー光を用いた場合でも対象物に対する2次元データを得ることができる。
また、1つの受光部で水によるラマン散乱光を検出するようなフィルターの設定とすれば、この出力を参照値として用いることができるため、特に水上又は水中の対象物に対する識別性が高くなる。
また、レーザー光の波長を350〜370nmの範囲とし、4つの受光部における各フィルターの透過波長帯域において、400nm、450nm、500nm、550nmをそれぞれの中心波長とし、それぞれの半値幅を40nm以上とした場合には、実際に存在する固形形状の水上又は水中の対象物に特に広く対応することが可能である。
また、1つの受光部の出力に対する他の3つの受光部のそれぞれの出力の比率をそれぞれRGB値に換算して、色信号として出力した場合には、利用者にとって特に容易にその識別が可能となる。この際、(I÷Imax、(I÷Imax、(I÷Imaxを用いた場合には、常にこの色信号の作成が適正に行われる。
また、予め特定物質の色信号を測定しておけば、これを用いて対象物を識別することが特に容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態となる多波長蛍光計測装置の構成を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態となる多波長蛍光計測装置において用いられる4つのフィルターの透過スペクトルを示す図である。
【図3】液状物質の蛍光スペクトルの一例を示す図である。
【図4】漂流物として存在する場合が多い固形物体の蛍光スペクトルの一例を示す図である。
【図5】固形物体の表面を構成する代表的物質の蛍光スペクトルを示す図である。
【図6】固形物体の表面を構成する代表的物質の蛍光スペクトルを示す図(続き)である。
【図7】シリコン・アクリル塗装鋼板についての2通りの4つのフィルターを適用した場合の蛍光の検出結果である。
【図8】蛍光強度の時間変化の波長依存性の実測値の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態となる多波長蛍光計測装置について説明する。図1は、この多波長蛍光計測装置10の構成を示す図である。この多波長蛍光計測装置10は、例えばヘリコプターに搭載され、海面100上の漂流物200を対象物として検出する。これにより、この多波長蛍光計測装置10を漂流物検出装置として使用することができる。ここで、漂流物200の代表例としては、救命具、衣類、樹木、合成ゴム、プラスチック、塗装鋼板等の固形物があるが、油や海面着色溶液等の液体も含む。また、対象物としては、必ずしも海上に漂流しているものだけでなく、定置網やポール等の固定物、浮体やブイ等の係留物、船舶やボート(小型船舶)等の航行物も含むものとする。さらに、人間や海中や海上の生物、航跡等も含む。
【0018】
この多波長蛍光計測装置10においては、一つのレーザー発振器(レーザー光照射部)11が使用される。レーザー発振器11は、単一の波長、例えば波長355nmの紫外光であるレーザー光12を発振する。なお、図示を省略しているが、レーザー発振器11の出力側には、レーザー光12が海面100上で適正な強度となるべく集光させる集光光学系が用いられている。また、この集光点が海面100上を2次元的に走査できるような構成とされる。
【0019】
海面100上の漂流物200にこのレーザー光12が照射されると、漂流物200の表面でこのレーザー光12が反射された反射光13の他に、漂流物200の表面を構成する物質は、蛍光14を発する。海面100に対しても同様である。反射光13の波長は反射前のレーザー光12の波長と同一である。蛍光14は、漂流物200の表面を構成する物質がレーザー光12を一旦吸収した直後に発する、レーザー光12とは異なる波長をもつ光である。なお、レーザー光12は単色であるが、一般には蛍光14は単色とはならず、あるスペクトルをもつ。このスペクトルは、漂流物200の表面を構成する物質の組成を反映する。
【0020】
なお、実際には、蛍光14以外にも、レーザー光12と異なる波長の光が海面100側から発せられる。この代表例が、レーザー光12が水(海水)によってラマン散乱されたラマン散乱光である。ラマン散乱光は、波長355nmのレーザー光12が用いられた場合には、405nmの波長をもつ。以下では、照射したレーザー光12の波長と異なる波長をもつ、海面側から発せられた光を広義の「蛍光」と呼称し、ラマン散乱光(水以外の物質によるラマン散乱も含む)もこれに含むものとする。レーザー光12の波長が一定であれば、ラマン散乱光の波長(スペクトル)は物質によって定まる。
【0021】
光電子増倍管21a〜21dは、各々がフィルター22a〜22d、受光光学系23a〜23dを介して蛍光14を受光し、これを電気信号として出力する。光電子増倍管21a、フィルター22a、受光光学系23aは、受光部20aを、光電子増倍管21b、フィルター22b、受光光学系23bは、受光部20bを、光電子増倍管21c、フィルター22c、受光光学系23cは、受光部20cを、光電子増倍管21d、フィルター22d、受光光学系23dは、受光部20dを、それぞれ構成する。受光部20a〜20dは、それぞれフィルター22a〜22dで規定された波長帯域の光を検出する。
【0022】
受光光学系23a〜23dは、蛍光14が光電子増倍管21a〜21dの各々の受光面で結像するように設定される。なお、この際には、レーザー光12の水によるラマン散乱光も蛍光14と区別なく受光される。この多波長蛍光計測装置10は、受光部を4組具備するために、各フィルターに対応する波長帯域の蛍光14等を、同時に検出することができる。このため、漂流物200と多波長蛍光計測装置10の相対速度が大きな場合であっても、漂流物200の同一箇所から発せられた蛍光14等を光電子増倍管21a〜21dが同時に検出することが可能である。
【0023】
制御部30は、例えばパーソナルコンピュータであり、パルス状の出力をするレーザー発振器11の発振タイミングを制御する。また、蛍光14やラマン散乱光は、レーザー光12が発振された直後に発せられるため、光電子増倍管21a〜21dの検出タイミングは、この発振タイミングと同期させることができる。このタイミングの制御も、制御部30が行うことができる。ここで、同期とは、必ずしも同時タイミングではなく、海面100間での距離やレーザー光12を漂流物200が吸収してから蛍光14を発するまでの遅延時間も考慮した上での同期である。すなわち、受光部20a〜20dが最も高効率に蛍光14を検出できるタイミングとするように制御することを意味する。
【0024】
蛍光14等を検出した光電子増倍管21a〜21dの出力は、それぞれ別個に制御部30に入力し、制御部20は、この出力から演算処理を行い、その結果を表示部31で表示する。表示部31としては、カラー表示が可能であるディスプレイが用いられる。
【0025】
また、制御部30は、レーザー光12を海面100上で走査する制御も行うことができる。この場合、走査に応じた光電子増倍管21a〜21dの出力を各々2次元画像化して表示部31で出力することができる。あるいは、光電子増倍管21a〜21dの出力から演算処理した結果を2次元画像化して表示部31で出力することもできる。
【0026】
なお、上記の例では、蛍光14等を4つの光電子増倍管21a〜21dで受光する構成としたが、光電子増倍管21a〜21dの代わりに、各々をCCD等の半導体撮像素子としてもよい。この場合には、低強度の蛍光に対応するために、CCDの前段にイメージインテンシファイアを設置することが好ましい。この場合には、例えばレーザー光12を海面100上で集光してこれを走査せず、レーザー光12を発散光とした場合でも、蛍光14等の2次元画像が得られる。また、ジャイロコンパスを制御部30と接続させ、この多波長蛍光計測装置10が搭載された移動体(ヘリコプター、船舶等)の姿勢変化をフィードバックして、レーザー光12の走査を適正に行わせることも可能である。
【0027】
上記の構成において、光電子増倍管21a〜21dが受光する蛍光14等の波長は、フィルター22a〜22dによって定まる。これらの透過波長帯域については後述する。
【0028】
フィルター22a〜22d以外の上記の構成については特許文献2に記載のものと同様である。なお、図1は、構成を模式化して示しているが、特許文献2と同様に、レーザー光12の光軸を中心としてレーザー発振器11を中心に、光電子増倍管21a〜21dをその周囲に配置した構成が、小型化のためには好ましい。
【0029】
次に、4つのフィルター22a〜22dの透過波長帯域について説明する。この多波長蛍光計測装置10においては、これらの透過波長帯域に特徴がある。この4つのフィルター22a〜22dの透過スペクトルを図2に示す。ここでは、帯域の中心をそれぞれ400nm、450nm、500nm、550nmとし、その半値幅を40nm以上とした広帯域のフィルターが用いられている。以下では、この各フィルターを、各々の中心波長によって400nmフィルター等と呼称する。実際にはこの透過特性は、この半値幅の両外側で裾を引いた形状となるために、隣接する各帯域間(400nmフィルターと450nmフィルター間、450nmフィルターと500nmフィルター間、500nmフィルターと550nmフィルター間)においては、重複部分が存在するように設定される。なお、上記の例ではレーザー光12の波長を355nmとしたが、これを350〜370nmの範囲内とした場合においても同様の設定とすることが好ましい。
【0030】
こうした透過波長帯域をもつ4つのフィルターを用いる理由について以下に説明する。検出する対象(物質)が予め定まっていれば、この物質の発する蛍光のピーク波長に適合した狭帯域のフィルターを用いることが有効であることは明らかである。例えば、図3は、波長355nmのレーザー光を照射した場合における、3種類の海面着色剤(a)(b)(c)、重油(d)、軽油(e)、潤滑油(f)の蛍光スペクトルである。これらの液状物質は一般に、単一の高いピークをもつ。例えば、着色剤(a)(b)(c)のピークは530nm付近であり、油類(d)(e)(f)のピークは400nm付近である。このため、着色剤と油類の識別を行うためには、中心波長がそれぞれ530nmと400nmの2種類の狭帯域フィルターを用いることが有効である。
【0031】
一方、液状物質ではない固形物体として、天幕(a)、FRP(b)、ウレタンゴム(c)、天然ゴム(d)、発泡スチロール(e)、ポリエチレンシート(f)、アクリル樹脂塗装鋼板(g)、錆びた鋼板(h)、米ヒバ材(i)、チーク材(j)の同様の蛍光スペクトルを図4に示す。ここで、液状物質(図3)と比較すると、その縦軸の値より、蛍光の強度自体が極めて低いことがわかる。また、天幕(a)、FRP(b)、ウレタンゴム(c)等のピークは明瞭であるものの、ポリエチレンシート(f)やアクリル樹脂塗装鋼板(g)等のピークは不明瞭であり、蛍光強度がさらに低い。また、これらにおけるピーク波長も様々である。
【0032】
これらの固形物体の表面を構成する代表的な物質の蛍光スペクトルを詳細に測定した結果が図5、6である。ここでは、代表的な15種類について示している。液状物質(図3)とは異なり、単一のピークをもたない場合が大半であり、ピークをもった場合でも、鋭いピークとはなっていない場合が大半である。このため、これらの物質を識別するためには、各ピークに対応した狭帯域フィルターをもった多数の受光部を具備することが有効となる。しかしながら、フィルターや光電子増倍管の個数が多くなれば、装置が大型化する。
【0033】
また、狭帯域フィルターを用いた場合には、その蛍光が全く検出することのできない場合が発生する。図7は、図5(c)に示したシリコン・アクリル塗装鋼板についての例である。図7(a)に示されたように、従来用いられていた405nm、442nm、486nm、510nmの中心波長をもつ狭帯域フィルター(いずれも半値幅10nm)を用いた場合において蛍光が検出されたか(受光部が有意にこの波長帯域での光を検出できたか)否かを示す。この場合においては、405nmのフィルターのみによって検出が可能であり、他のフィルターでは検出ができなかった。錆止め塗装鋼板、天然ゴム、ポリプロピレン板についても同様の傾向であった。
【0034】
これに対して、図2の特性の4種類のフィルター(400nm、450nm、500nm、550nmとし、その半値幅を40nm以上とした広帯域のフィルター)を用いた場合の結果を図7(b)に示す。どのフィルターを用いた場合においても、検出が可能となっていた。
【0035】
また、図7(a)に示した4種類の狭帯域フィルターを用いた場合では、アクリル・ウレタン塗装鋼板、アクリル板の検出はいずれによっても不可能であった。また、松樹皮、フッ素樹脂塗装鋼板、ネオプレーンゴム(ウェットスーツの素材)、ブチルゴム、ポリエチレン板、ナイロンシート、ポリ塩化ビニールシート、ポリエステル(救命胴衣の素材)、ウレタンコーティング(救命胴衣)の検出は、486nm、510nmの狭帯域フィルターによっては不可能であった。シリコンゴム、ポリスチレンシート、フッ素樹脂シートの検出は、510nmの狭帯域フィルターによっては不可能であった。これらのいずれもが、図2の構成のフィルターを用いることによって、検出可能となった。
【0036】
このように、こうした固形物体を識別するためには、図3のような場合とは逆に、フィルターの帯域幅を広げることにより、積分信号量を増大させることが有効である。すなわち、狭帯域ではなく、逆に、図2に示されたような、隣接する帯域間の隙間をなくして各帯域を広げた4種類のフィルターが有効となる。すなわち、蛍光強度の極めて弱い対象物に対して、重複部分が存在するように設定された4種類の広帯域のフィルターを用いることにより、極めて弱い蛍光を抜けなく積分でき、今まで検出が不可能であった蛍光強度の極めて弱い対象物の検出を可能にできるものとなる。
【0037】
実際に図2に示された透過帯域をもつ4種類のフィルターを用いて漂流物200を識別する手法について説明する。制御部30は、この計算を行う算出部としても機能する。
【0038】
図2における中心波長400nmのフィルターを介した光電子増倍管の出力をI、中心波長450nmのフィルターを介した光電子増倍管の出力をI、中心波長500nmのフィルターを介した光電子増倍管の出力をI、中心波長550nmのフィルターを介した光電子増倍管の出力をIとする。ここで、Iには前記の水ラマン散乱光が含まれるため、Iは水(海水)の信号強度に対応する。このため、他の信号をIで規格化した値を評価に用いることが有効である。このため、結局、I/I、I/I、I/Iの3種類の値が解析に用いられる。ここで、この3種類をそれぞれR(赤色)、G(緑色)、B(青色)信号として色を合成すれば、結果を色で表示することができる。赤色信号強度R、緑色信号強度G、青色信号強度Bを以下の式で定義する。
【0039】
【数2】

【0040】
ここで、Fの定義における(I÷Imaxは、測定時の全データにおける(I÷I)の最大値である。このFを用いることにより、Rは必ず0〜255の値となる。FとG、FとBの関係についても同様である。このため、上記の式を用いて、測定結果を色で表示することが確実に行われる。特に、例えば実際の海上における探査においては、漂流物(対象物)200の表面状態は、様々な要因によって変化する。例えば、漂流物200の油等による汚染や、波浪等、気象条件によってもI〜Iは変動する。このため、(I÷Imax等も、一定値とはせずに、測定の度にその都度の全データにおける最大値を用いて設定することが特に好ましい。なお、R=G=B=255の場合は白色となり、R=G=B=0の場合には黒色となる。このため、例えば水のラマン散乱光以外の光が検出されなかった場合(I、I、I=0)には、白色となる。
【0041】
制御部(算出部)30は、この色を表示部31に表示させる。利用者は、この色を見て、漂流物200が何であるかを容易に判断することができる。この際、レーザー光12を海面100上で走査した場合には、この色をマッピングした結果を表示部31で表示させることもできる。この場合には、この漂流物200の平面形状も確認することができる。受光部20a〜20dにおいてCCDとイメージインテンシファイアを用いた場合においても同様である。
【0042】
実際にこの方式で図4に示された固形物体の測定を行ったところ、例えば天幕(a)は水色、FRP(b)は茶色となる。すなわち、図4における天幕(a)、FRP(b)のピーク波長は50nmも離れていないが、上記の方法によってその識別を目視で容易に行うことができる。
【0043】
このように、上記の多波長蛍光計測装置10においては、4つのフィルターを用いて、従来は困難であった固形物体の識別を容易に行うことができる。特に、4つのフィルターにおける透過帯域を図2の構成とすることにより、この識別を特に容易に行うことができる。
【0044】
特に、参照用に予め各種の特定物質の色信号(色)を上記の多波長蛍光計測装置10を用いて作成しておき、その後で実際の海面上で上記の多波長蛍光計測装置10を使用するという対象物識別方法は、漂流物200の識別において極めて有効である。
【0045】
なお、図1の構成においては、4組の受光部20a〜20dを用いて同時に4種類の波長帯域の蛍光を検出する。ここで検出する蛍光は、ある時定数で減衰するが、この時定数には波長依存性がある。図8は、この蛍光の強度の時間変化の波長依存性を測定した結果であり、濃部が強度の高い箇所を示している。この結果より、450nm付近をピークとして、短波長側でも長波長側でも短い時間で蛍光強度が減衰する。このため、正確に蛍光のスペクトルの情報を得て、正確に漂流物の検出を行うためには、4組の受光部20a〜20dの検出タイミングを同時とすることが特に好ましい。なお、図8の結果より、ここでいう同時とは、蛍光スペクトルが有意に変化していないと認定できる程度の時間内という意味である。例えば、図8の場合においては、蛍光強度が最も高い点から10ns以内であれば同時とみなせる。
【0046】
ただし、例えばレーザー光12のパルスを4回発振し、1つ目で受光部20a、2つ目で受光部20b、3つ目で受光部20c、4つ目で受光部20dにおける検出を、それぞれの蛍光強度が最も高い点から10ns以内で行う設定としてもよい。この場合には、厳密には同時測定ではないが、この4つのパルスの間に漂流物200が移動していないとみなせる場合には、実質的には同時とみなせることは明らかである。
【0047】
なお、上記の例では、4つの受光部(4つの波長帯域)を用い、これから算出された3つの比率を用いてRGB信号を作成する例について記載したが、同様に、利用者が目視で識別できるような色信号を作成できる構成(例えば、4原色や5原色等の表示部)であれば、5つ以上の受光部(5つ以上の波長帯域)を用いることもできる。こうした場合であっても、上記と同様の広帯域フィルターを同時に用いることにより、幅広い対象物を検出することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0048】
上記の多波長蛍光計測装置及び対象物識別方法は、上記の通り、水上の様々な対象物を検出することができる。海上に限らず、河川においても同様の効果を奏することは明らかである。また、これ以外の環境下においても、上記と同様の対象物を検出するのに有効であることは明らかである。
【符号の説明】
【0049】
10 多波長蛍光計測装置
11 レーザー発振器(レーザー光照射部)
12 レーザー光
13 反射光
14 蛍光
20a〜20d 受光部
21a〜21d 光電子増倍管(受光部)
22a〜22d フィルター(受光部)
23a〜23d 受光光学系(受光部)
30 制御部(算出部)
31 表示部
100 海面
200 漂流物(対象物)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー光を対象物の側に向かって照射し、前記対象物の側から戻る前記レーザー光と異なる波長をもつ光を受光することによって前記対象物を検出する多波長蛍光計測装置であって、
前記レーザー光を発振するレーザー光照射部と、
各々がフィルターで制限された波長帯域の前記レーザー光と異なる波長の光を同時に受光する4つ以上の受光部と、
前記4つ以上の受光部のうちの1つの受光部の出力に対する他の受光部のそれぞれの出力の比率を算出することによって前記対象物を検出する算出部と、
を具備し、
前記4つ以上の受光部における各フィルターの透過波長帯域は、中心波長が異なる4つ以上の帯域であり、当該4つ以上の帯域において隣接するいずれの帯域同士においても端部で重複部分が存在する、
ことを特徴とする多波長蛍光計測装置。
【請求項2】
前記レーザー光照射部における発振タイミングと、前記受光部における検出タイミングが同期して行われることを特徴とする請求項1に記載の多波長蛍光計測装置。
【請求項3】
前記受光部は、イメージインテンシファイアと半導体撮像素子とで構成されたことを特徴とする請求項1又は2に記載の多波長蛍光計測装置。
【請求項4】
前記対象物は、水上あるいは水中に存在し、
前記1つの受光部は、前記レーザー光の水によるラマン散乱光を検出することを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の多波長蛍光計測装置。
【請求項5】
前記受光部を4つ具備し、
前記レーザー光の波長は350〜370nmの範囲であり、
前記4つの受光部における各フィルターの透過波長帯域は、それぞれ400nm、450nm、500nm、550nmを中心波長とし、それぞれの半値幅を40nm以上としたことを特徴とする請求項4に記載の多波長蛍光計測装置。
【請求項6】
前記算出部は、前記1つの受光部の出力に対する他の3つの受光部のそれぞれの出力の比率をそれぞれRGB値に換算し、色信号として出力することを特徴とする請求項5に記載の多波長蛍光計測装置。
【請求項7】
前記算出部は、前記1つの受光部の出力をI、前記他の3つの受光部のそれぞれの出力をI、I、Iとし、(I÷Imax、(I÷Imax、(I÷Imaxをそれぞれ測定データにおける(I÷I)の最大値、(I÷I)の最大値、(I÷I)の最大値として、RGBの各信号強度を以下の式で算出することを特徴とする請求項6に記載の多波長蛍光計測装置。
【数1】

【請求項8】
請求項6又は7に記載の多波長蛍光計測装置を用いて予め特定物質の色信号を測定し、対象物を識別することを特徴とする対象物識別方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−145390(P2012−145390A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−2727(P2011−2727)
【出願日】平成23年1月11日(2011.1.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 安全工学シンポジウム2010講演予稿集、日本学術会議(共催:電気学会、日本船舶海洋工学会等)、平成22年7月8日
【出願人】(501204525)独立行政法人海上技術安全研究所 (185)
【Fターム(参考)】