説明

多能性細胞の神経分化のための方法および培地

本発明は、BMPシグナル伝達経路の阻害剤;およびTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤を含む培養培地、ならびに該培養培地を使用して神経前駆体集団を得るための方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、多能性細胞、特にヒト多能性細胞の神経同調分化のための方法および培地に関する。
【0002】
発明の背景
幹細胞、特にヒト胚性幹細胞(hES細胞)は、その内在特性のために、第一にその自己複製能により細胞の準無限のプールを提供でき、第二に全ての神経系譜細胞型を含めた任意の細胞系譜にin vitroで分化できるという二つの長所を示す。
【0003】
神経または精神疾患を研究するために、それに加えてある種の神経学的状態のための細胞療法に基づく戦略を開発するために、hES細胞からのニューロン細胞およびグリア細胞の産生は、in vitro細胞モデルを樹立するための貴重な手段となることが約束されている。
【0004】
幹細胞から神経前駆体への表現型移行は、神経の、そしてその後のニューロンおよびグリアの分化過程の限られた重大な段階に相当する。しかし、多大な研究の尽力にかかわらず、現在の神経誘導プロトコールは、選択段階の効力が乏しいせいで、生じる細胞集団が多くの場合に不均一であり、かつ/または複製性に乏しく、かつ/または入手に時間がかかることから、不十分なままである。その上、既存のプロトコールの大部分は、正確な組成があまり確定されていない産物(血清、「代用血清」製品など)に依存することから、または動物起源のフィーダー細胞を用いた共培養段階を必要とすることから、「GMP」(優良医薬品製造基準)工程の実施には適用されない。さらに、結果として生じる神経集団が不均一なことから、神経前駆体の増幅が可能になる前に、関心が持たれる細胞を選択するために最初にソーティングまたは選択する段階が必要である。この段階は時間を浪費し、多くの場合に細胞に有害である。
【0005】
したがって、幹細胞から神経前駆体の均一集団を得る方法の必要性が、当技術分野において現在まだ存在する。
【0006】
本発明者らは、細胞培養培地および該培地を使用して神経前駆体の均一集団を得るための方法を開発したが、それは、動物産物の存在下で培養する段階を全く必要とせず、GMPと両立し、ソーティングまたは選択段階を全く必要としない。
【0007】
発明の概要
本発明は、BMPシグナル伝達経路の阻害剤;およびTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤を含む培養培地に関する。
【0008】
本発明は、また、神経前駆体集団を産生させるための方法に関し、ここで該方法は、本発明の培養培地で多能性細胞を培養する段階を含む。
【0009】
発明の詳細な説明
本発明は、BMPシグナル伝達経路の阻害剤およびTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤を含む培養培地に関する。
【0010】
本明細書に使用されるような「培養培地」という用語は、哺乳動物細胞のin vitro培養に適した液体培地を表す。典型的には、本発明の培養培地は:
− エネルギー基質としての、グルコース、ガラクトースまたはピルビン酸ナトリウムなどの炭素源;
− 必須アミノ酸;
− ビオチン、葉酸、B12などのビタミン;
− 核酸前駆体として少なくともプリンおよびピリミジン;
− 無機塩;
− セレンなどの自然老化を制限することが知られている分子;
− 還元型グルタチオン(GSH)、アスコルビン酸、またはカタラーゼもしくはスーパーオキシドジスムターゼなどの活性酸素の解毒に関与する酵素などの抗酸化剤;
− コリン、イノシトールなどのリン脂質前駆体、またはコルチコステロンなどのコレステロール誘導体;
− リノール酸、リノレン酸および/またはリポ酸などの独特な脂肪酸;
− アルブミンおよび/またはヘパリンなどの担体タンパク質;
− 場合により、インスリンおよび/またはトランスフェリンおよび/またはIGF−1レセプターアゴニストなどの他のタンパク質またはペプチド
を含有する。
【0011】
培養培地は、また、培地のpHを細胞成長に適した値に維持するために、pH緩衝剤を含有してもよい。
【0012】
本発明の培養培地は、Invitrogen製DMEM/F12またはDMEM/F12とNeurobasalとの1:1の比の混合物(同じくInvitrogen製)のように、市販の培地に基づいてもよい。
【0013】
本発明の培養培地は、また、B−27サプルメント(Invitrogen)およびN2サプルメント(同じくInvitrogen製)などの様々なサプルメントを含んでもよい。
【0014】
B27サプルメントは、数ある成分の中で、SOD、カタラーゼおよび他の抗酸化剤(GSH)、ならびにリノール酸、リノレン酸、リポ酸などの独特な脂肪酸を含有する。
【0015】
N2サプルメントを、以下のカクテルに取り替えることができる:トランスフェリン(10g/L)、インスリン(500mg/L)、プロゲステロン(0.63mg/L)、プトレシン(1611mg/L)および亜セレン酸塩(0.52mg/L)。
【0016】
「N2B27」という用語は、Yingら(2003)、Lowellら(2006)およびLiu Yら(2006)に記載されている培地を表す。N2B27は、DMEM/F12およびNeurobasal培地(1/1の比)、N2サプルメント(1/100)、B27サプルメント(1/50)およびβ−メルカプトエタノール(1/1000)を含む。それは、例えばStem Cell Sciences UK Ltd.からSCS-SF-NB-02の参照番号で入手可能である。
【0017】
好ましい態様では、本発明の培養培地は、本質的にN2B27培地、BMPシグナル伝達経路の阻害剤およびTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤から成る。
【0018】
典型的には、本発明の培養培地は、血清を含まず、血清抽出物を含まない。
【0019】
好ましい態様では、本発明の培養培地は、動物由来物質を含まない。好ましい態様では、本発明の培養培地は、本質的に合成化合物、ヒト起源の化合物および水から成る。好都合には、該培養培地は、優良医薬品製造基準により(「GMP」条件で)細胞を培養するために使用することができる。
【0020】
本明細書に使用されるような「BMPシグナル伝達経路の阻害剤」という用語は、BMPシグナル伝達経路の活性化減少をもたらす、任意の天然または合成化合物を表し、BMPシグナル伝達経路は、BMP(骨形成タンパク質)ファミリーの任意のメンバーが細胞表面レセプターに結合する結果として発生する分子シグナル系列である。典型的に、BMPシグナル伝達経路の阻害剤は、タンパク質Smad1、5および8のリン酸化レベルの減少を誘発する(Gazzero and Minetti, 2007)。
【0021】
当業者は、所与の化合物がBMPシグナル伝達経路の阻害剤であるかどうかを評価する方法を知っている。典型的には、化合物の不在下で培養した細胞に比べて、該化合物の存在下で細胞を培養後に、リン酸化Smad1、5または8のレベルが減少するならば、該化合物は、BMPシグナル伝達経路の阻害剤と見なされる。リン酸化Smadタンパク質のレベルは、該Smadタンパク質のリン酸化型に特異的な抗体を使用したウエスタンブロットにより測定することができる。
【0022】
BMPシグナル伝達経路の阻害剤は、BMPアンタゴニストまたはBMPシグナル伝達経路の任意の下流の段階を阻害する分子であってもよい。BMPシグナル伝達の阻害剤は、天然または合成化合物であってもよい。BMPシグナル伝達経路の阻害剤がタンパク質である場合に、それは、精製タンパク質またはリコンビナントタンパク質または合成タンパク質であってもよい。
【0023】
リコンビナントタンパク質を産生させるための多数の方法は、当技術分野において公知である。技術者は、所与のタンパク質の配列または該タンパク質をコードするヌクレオチド配列の知識から、標準的な分子生物学および生化学技法を用いて該タンパク質を容易に産生させることができる。
【0024】
本発明の一態様では、BMPシグナル伝達経路の阻害剤は、ノギン、コーディンおよびフォリスタチン、ならびにBMPシグナル伝達経路を阻害するその変異体およびフラグメントから成る群より選択される。
【0025】
好ましい態様では、BMPシグナル伝達経路の阻害剤はノギンである。ノギンは、マウス(GenPeptアクセッションナンバーNP_032737により例示されるマウスノギン)またはヒトノギン(GenPept アクセッションナンバーEAW94528により例示されるヒトノギン)であってもよい。それは、精製またはリコンビナントであってもよい。それは、単量体または二量体型であってもよい。
【0026】
リコンビナントノギンは、R&D SystemsもしくはPreprotechから購入することができるか、または上記標準技法を用いて産生させることができる。
【0027】
典型的には、ノギンは、100〜600ng/ml、好ましくは200〜500ng/ml、250〜450ng/ml、なおいっそう好ましくは約400ng/mlの範囲の濃度で本発明の培養培地に添加される。
【0028】
別の態様では、BMPシグナル伝達経路の阻害剤は、抑制性Smad6(I−Smad6)および抑制性Smad7(I−Smad7)の群より選択される。
【0029】
本明細書に使用されるような「TGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤」という用語は、TGF/アクチビン/nodalファミリーの任意のメンバーが細胞表面レセプターに結合する結果として発生する分子シグナルの系列であるTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の活性化減少をもたらす、任意の天然または合成化合物を表す。典型的には、TGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤は、タンパク質Smad2のリン酸化レベルの減少を誘発する(Shi and Massague, 2003)。
【0030】
当業者は、所与の化合物がTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤であるかどうかを評価する方法を知っている。典型的には、化合物の不在下で培養した細胞に比べて、該化合物の存在下で細胞を培養後にリン酸化Smad2のレベルが減少するならば、該化合物は、TGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤と見なされる。リン酸化Smadタンパク質のレベルは、該Smadタンパク質のリン酸化型に特異的な抗体を使用したウエスタンブロットにより測定することができる。
【0031】
TGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤は、TGF/アクチビン/nodalアンタゴニストまたはTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の任意の下流の段階を阻害する分子であってもよい。TGF/アクチビン/nodalシグナル伝達の阻害剤は、天然または合成化合物であってもよい。TGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤がタンパク質である場合に、それは、精製タンパク質またはリコンビナントタンパク質または合成タンパク質であってもよい。
【0032】
リコンビナントタンパク質を産生させるための方法は、当技術分野において公知である。技術者は、所与のタンパク質の配列または該タンパク質をコードするヌクレオチド配列の知識から、標準的な分子生物学および生化学技法を用いて該タンパク質を容易に産生させることができる。
【0033】
本発明の一態様では、TGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤は、SB431542、Lefty−AおよびケルベロスならびにTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路を阻害するLefty−Aおよびケルベロスの変異体およびフラグメントから成る群より選択される。
【0034】
好ましい態様では、TGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤は、SB431542である。SB431542、すなわち4−(5−ベンゾール[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジル(pyrlidn)−2−イル−1H−イミダゾール−2−イル)−ベンズアミド水和物は、TocrisおよびSigmaから購入することができる。典型的には、SB431542は、5〜25μM、好ましくは10〜20μM、なおさらに好ましくは約20μMの濃度で本発明の培養培地に添加される。
【0035】
本発明は、また、上記BMPシグナル伝達経路の阻害剤およびTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤を含む細胞培養用キットに関する。
【0036】
本発明は、また、培地基(上記に定義されたN2B27培地など)、上記BMPシグナル伝達経路の阻害剤およびTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤を含む細胞培養用キットに関する。
【0037】
本発明の特定の態様では、TGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤およびBMPシグナル伝達経路の阻害剤は、異なる分子である。
【0038】
本発明の細胞培養法
本発明の別の局面は、神経前駆体集団を産生させるための方法に関し、ここで該方法は、上記培養培地で多能性細胞を培養する段階を含む。
【0039】
本発明の培養培地で多能性細胞を培養する段階は、神経前駆体の産生に要求される必要な時間にわたり実施されるものとする。典型的には、本発明の培地を用いた多能性細胞の培養は、少なくとも5日間、好ましくは少なくとも7日間、なおさらに好ましくは少なくとも10日間実施するものとする。
【0040】
必要ならば、本発明の培養培地は、規則的な間隔で部分的または全体的に更新することができる。典型的には、本発明の培養培地は、10日間にわたり1日おきに本発明の新鮮培養培地に取り替えることができる。
【0041】
本明細書に使用されるような「多能性細胞」という用語は、多様な異なる細胞系譜を生じうる未分化細胞を表す。典型的には、多能性細胞は、以下のマーカーoct4、SOX2、Nanog、SSEA3および4、TRA1/81を発現することがある(2007年のInternational Stem Cell Initiativeの勧告参照)。
【0042】
一態様では、多能性細胞はヒト多能性細胞である。
【0043】
別の態様では、多能性細胞は、非ヒト哺乳動物多能性細胞である。
【0044】
一態様では、多能性細胞は幹細胞である。
【0045】
典型的には、該幹細胞は、胚性幹細胞である。
【0046】
好ましい態様では、多能性細胞は、ヒト胚性幹細胞(hES細胞)である。典型的には、以下の表に記載された細胞のようなhES細胞系を、本発明の方法に採用することができる:
【0047】
【表1】

【0048】
一態様では、多能性細胞は、マウス幹細胞などの非ヒト胚性幹細胞である。
【0049】
一態様では、多能性細胞は、人工多能性幹細胞(iPS)である。人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、非多能の、典型的には成体体細胞からある種の遺伝子の「強制」発現を誘導することによって人工的に得られる一種の多様性幹細胞である。iPS細胞は、最初2006年にマウス細胞から(Takahashi et al Cell 2006 126 :663-76)、2007年にヒト細胞から産生された(Takahashi et al. Cell 2007 131-861-72, Yu et al. Science 2007 318 :1917)。
【0050】
一態様では、多能性細胞は、神経変性遺伝性疾患の原因である遺伝的突然変異を有する。好都合には、この態様では、該多能性細胞から得られた神経前駆体集団もまた、該突然変異を有し、それ故にその疾患の良い細胞モデルとなることができる。
【0051】
典型的には、以下の神経変性疾患を引き起こすトリプレット突然変異を担持する細胞系を採用することができる:
【0052】
【表2】

【0053】
本明細書に使用されるような「神経前駆体または神経幹細胞」という用語は、神経系譜に方向付けられた細胞であって、ニューロンおよびグリア細胞を含めた任意の神経系譜細胞を生じることができる細胞を表す。典型的には、神経前駆体は、以下のマーカー:SOX1、SOX2、PAX6、ネスチン、N−CAM(CD56)を発現する。Tabarら、2005;Sunら、2008参照。
【0054】
一態様では、本発明は、以下の段階:
− フィーダー細胞の存在下で多能性細胞、好ましくはES細胞を培養すること;
− 該多能性細胞、好ましくはES細胞のクラスターを、好ましくはRock阻害剤、好ましくはY27632の存在下で調製すること;
− 該多能性細胞、好ましくはES細胞をフィーダー細胞の影響から断ち切るために、低付着性皿の中でフィーダー細胞の不在下で該クラスターを数時間、好ましくは4〜10時間、さらに好ましくは5〜8時間、なおさらに好ましくは約6時間培養すること;
− ポリオルニチンおよびラミニンがコーティングされた皿にRock阻害剤の存在下で懸濁物を蒔くこと;
− 培地を1日おきに本発明の培地に取り替えること
を含む、神経前駆体を得るための方法に関する。
【0055】
多能性細胞を培養するためのプロトコールは、当技術分野において公知である。例えば、hES細胞の培養は、(Amitら、2000)に記載されたように行うことができる。
【0056】
「フィーダー細胞」という用語は、ES細胞の成長を支持するために使用される細胞層、典型的には不活性化マウス線維芽細胞の層を表す。例えば、フィーダー細胞は、ATCCから入手可能なSTO系でありうる。
【0057】
別の局面では、本発明は、また、上記と同義の方法により入手可能な神経前駆体集団に関する。
【0058】
好都合には、本発明による神経前駆体集団は、均一であり、すなわち他の混入細胞から神経前駆体を単離するためにソーティングまたは選択を行う必要が全くない。典型的には、本発明による神経幹細胞集団は、少なくとも95%、好ましくは99%、なおさらに好ましくは100%の純度を有する。
【0059】
なお別の局面では、本発明は、ニューロン集団を得るための方法に関し、ここで、該方法は、以下:
a.上記方法により神経前駆体集団を産生させること;
b.神経幹細胞の均一集団を安定化させること;
c.該神経幹細胞集団をニューロンに分化させること
の段階を含む。
【0060】
神経幹細胞をニューロンに分化させることから成る段階は、技術者に公知の技法により進めることができる(例えばSunら、2008参照)。
【0061】
例えば、神経前駆体は、上皮成長因子(EGF)、線維芽細胞成長因子2(FGF2)および脳由来神経栄養因子(BDNF)を含む培地に移植し、続いてそれをポリオルニチン/ラミニンがコーティングされたプレートに蒔き、BDNFの存在下で培養することにより神経幹細胞に誘導することができる。
【0062】
本発明は、また、上記方法により入手可能なニューロン集団に関する。
【0063】
本明細書に使用されるような「ニューロン」という用語は、完全に分化した神経系譜の有糸分裂後細胞を表す。ニューロンは、以下のマーカー:β−3チューブリン(TUJ1抗原)、微小管関連タンパク質2(MAP2)、HuC/D抗原を発現する。
【0064】
典型的には、本発明によるニューロン集団は、少なくとも40%、好ましくは50%、なおさらに好ましくは60%の純度を有する。
【0065】
本発明は、また、本発明による神経前駆体集団またはニューロン集団を含む薬学的組成物を提供する。薬学的組成物は、一般に、一つまたは複数の薬学的に許容および/または認可された担体、添加剤、抗生物質、保存料、佐剤、希釈剤および/または安定化剤を包含してもよい。そのような補助物質は、水、食塩水、グリセロール、エタノール、湿潤または乳化剤、pH緩衝物質などでありうる。適切な担体は、典型的には、タンパク質、多糖、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリマー性アミノ酸、アミノ酸コポリマー、脂質凝集体などの、大型の低速代謝性分子である。この薬学的組成物は、マンニトール、デキストラン、砂糖、グリシン、乳糖もしくはポリビニルピロリドン、またはin vivo投与に適した抗酸化剤もしくは不活性ガス、安定化剤もしくはリコンビナントタンパク質(例えばヒト血清アルブミン)などの他の添加剤のような追加的な添加剤を含有しうる。
【0066】
本明細書に使用されるような「薬学的に許容される」という用語は、必要に応じて哺乳動物、特にヒトに投与した場合に、有害反応、アレルギー反応または他の不都合な反応を生じない分子実体および組成物を表す。薬学的に許容される担体または賦形剤は、任意の種類の無毒の固形、半固形または液体のフィラー、希釈剤、封入物質または製剤用補助物質を表す。
【0067】
本発明の別の局面は、神経変性疾患または脳損傷の処置に使用するための、本発明の神経前駆体集団または上記ニューロン集団に関する。
【0068】
本発明は、また、本発明の神経前駆体集団または上記ニューロン集団の薬学的有効量を、それを必要とする患者に投与する段階を含む、神経変性疾患または脳損傷を処置するための方法に関する。
【0069】
本発明に関連して、本明細書に使用されるような「処置する」または「処置」という用語は、病態の開始の遅延もしくは予防を、病態の症状の進行、悪化もしくは増悪を後退、軽減、抑制、減速もしくは停止させることを、病態の症状の改善誘発を、および/または病態の治癒を目的とした方法を表す。
【0070】
本明細書に使用されるような「薬学的有効量」という用語は、狙いとする目的を達成するために十分な、本発明による任意の量の神経前駆体またはニューロン(またはその集団もしくはその薬学的組成物)を表す。
【0071】
有効薬用量および投与方式は、対象の病態の性質に基づき、適性医療基準によって容易に決定することができ、非限定的に、病態の症状の程度および関心が持たれる組織もしくは器官の損傷または変性の程度、および対象の特徴(例えば年齢、体重、性別、全身の健康状態など)を含めたいくつかの要因に依存するであろう。
【0072】
治療のために、本発明による神経前駆体、ニューロンおよび薬学的組成物は、脳内経路により投与することができる。用量および投与回数は、当業者により公知の方法で最適化することができる。
【0073】
一態様では、神経変性疾患または脳損傷は、網膜症、ハンチントン病、脊髄小脳失調症、スタイナート病、パーキンソン病、アルツハイマー病および脳虚血、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、外傷性脳損傷から成る群より選択される。
【0074】
本発明のなお別の局面は、神経保護および/または神経毒性作用を有する化合物をスクリーニングするための方法に関し、ここで該方法は、以下の段階:
a)本発明の神経前駆体集団またはニューロン集団を被験化合物の存在下で培養すること;
b)段階a)で培養された細胞の生存率を、該被験化合物の不在下で培養された上記と同義の神経前駆体集団またはニューロン集団の生存率と比較すること
を含む。
【0075】
「神経毒性」という用語は、神経前駆体またはニューロンの生存率の減少を誘発する化合物を表す。化合物の存在下で培養された生存細胞数が、該化合物の不在下で培養された生存細胞数よりも低下しているならば、該化合物は神経毒性作用を有すると見なされる。
【0076】
「神経保護」という用語は、神経前駆体またはニューロンの生存率増加を招く化合物を表す。化合物の存在下で培養された生存細胞数が、該化合物の不在下で培養された生存細胞数よりも大きいならば、該化合物は神経保護作用を有すると見なされる。典型的には、神経保護作用は、神経栄養因子の不在下でアッセイすることができる。または、神経保護作用は、公知の神経毒性薬の存在下でアッセイすることができる。公知の神経毒性薬には、非限定的に、が挙げられる。
【0077】
以下の実施例および図面により、本発明をさらに例示する。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】N2B27「単独」における神経分化を示す図である。A− 4種類の代表的なhES細胞系についてN2B27中で8日後に得られた神経転換の有効性のFACS分析。B− 2種類の代表的なhES細胞系H9およびHues24について8日間分化後の全培養物の組成のFACS分析。C− 胚体外組織、中胚葉および内胚葉原始胚層の公知のマーカーの転写物レベルのqPCR定量による、異なる運命に方向付けられた集団の特徴づけ。
【図2】hES細胞の神経分化に及ぼすノギンおよびSB431542の作用を示す図である。A− N2B27単独またはノギン、SB431542もしくはその両方(NFS)を含むN2B27中で8日間分化後の、培養物全体の組成のFACS分析。B− 各分化条件についてES細胞(Oct4およびNanog)および初期神経前駆体(PAX6およびSOX1)に特異的な転写物のqPCR定量。
【図3】hES細胞の神経分化に及ぼすNFS培地の有効性の強さを示す図である。A− 神経分化に及ぼすN2B27およびNFS培地の有効性のFACS分析による比較(細胞系毎の分析)。B− NFS培地がうまく使用されたhES系の概要(4細胞系の平均)。
【図4】NFS培地におけるhES細胞の分化後に得られた神経管様構造からの神経幹細胞の誘導、増幅および終末分化を示す図である。A− 安定で均一な神経幹細胞集団の誘導プロトコールの概要。B〜D− NFS培地における分化により得られた神経前駆体細胞(NEP細胞)を神経幹細胞(NSC)増幅培地に移植後に観察することのできる典型的な形態。B− 2日後に、NSCは神経管様構造から遊走し始める(ロゼット)。C− 2回継代後に得られたNSCの均一集団。D− NSCからEGFおよびFGFの分裂促進活性が枯渇した2週間後に得られた有糸分裂後ニューロン。
【図5】NFS培地中の人工多能性幹細胞(iPS)から神経幹細胞(NCS)への分化を示す図である。左欄:NFS培地で10日間処理されたiPSは、神経様構造および神経幹細胞(NSC)に至る。右欄:継代1回目のiPS由来NSCの形態。
【0079】
実施例
材料および方法
培地およびサイトカイン
N2B27培地は、Yingら、2003に記載された。N2B27は、DMEM−F12/Neurobasal(1:1)、N2サプルメント(1:100°)、B27サプルメント(1:50°)(共にInvitrogenから入手)の混合物であった。NFSは、N2B27、ノギン(200ng〜500ng/mlの濃度範囲、RD SystemsまたはPreprotech製)、SB431542(10〜20μM、Tocris製)、5ng/ml FGF2(Preprotech)から構成された。Rock阻害剤Y27632は、Calbiochem製であり、EGFおよびBDNFは、RD systems製であった。
【0080】
ヒトES細胞の培養
ヒトES細胞(Hues24(XY)、およびH9(XX)、WiCell Research Institute)を、不活性化マウス線維芽細胞(ATCCからのSTO系)層上で維持した。hES細胞は、20%ノックアウト血清リプレースメント(KSR)、1mM非必須アミノ酸、0.55mM 2−メルカプトエタノール、および10ng/mlリコンビナントヒトFGF2(全てInvitrogen製)を補充したDMEM/F12/Glutamax中で培養した。培養物に毎日養分を与え、5〜7日毎に手作業で継代した。40〜60代の間で細胞を使用した。
【0081】
iPS細胞の培養
Takahashiら、2007に記載された再プログラミング技法によりにより、研究室で人工多能性幹細胞系GMO3862を得た。簡潔には、c−myc、Oct−4、Sox2およびKlf4を発現しているレトロウイルスベクターを線維芽細胞にトランスダクションした。
【0082】
NFS培地を使用した神経誘導
70〜80%の集密度に達したヒトES細胞培養物またはiPS培養物を使用して、NFS培地を使用した神経誘導を行った。コロニーを切り分け、Rock阻害剤Y27632(10μM、Calbiochem)を含むN2B27またはNFS培地中で手作業で剥離した。フィーダーの影響を完全に断ち切るために、クラスターを低付着性ペトリ皿に6時間移植した。最終的に、ポリオルニチンおよびラミニン(2μg/ml、Sigma)を予備コーティングされた培養皿の中で、hESまたはiPS懸濁物を同培地に1:1の比で蒔いた。翌日およびその後1日毎に培地をY27632不含NFS培地と交換した。
【0083】
神経幹細胞の誘導およびニューロンへの終末分化
NFS培地中で誘導してから10日後に、神経幹細胞(NSC)を神経上皮構造外部に遊走させるために、神経前駆体を継代せずに、N2B27、EGF/FGF2(10ng/ml)およびBDNF(脳由来神経栄養因子、20ng/ml)から構成される増幅培地に移植した。NSC培養物が完全に集密になった場合に、トリプシンを用いて細胞を継代し、培養物をEGF/FGF2/BDNF培地に1:2の比でポリオルニチン/ラミニン上に再度蒔いた。神経細胞への終末分化は、ポリオルニチン/ラミニン上でN2B27+BDNF(EGFおよびFGF2不含)中で50000個細胞/cm2の密度でNSCを蒔くことにより誘導した。終末分化の2週間後に分析を行った。
【0084】
FACS分析
トリプシンを用いて細胞を収集し、2%PFAで4℃で15分間固定した。PBS/0.1%サポニン溶液を使用してRTで10分間透過処理を行った。次に、同溶液を使用して、以下のように一次抗体を希釈した:フィコエリトリンに結合したマウスモノクローナルOCT4抗体(oct4−PE、1:10°、BD Biosciences)およびウサギ抗SOX2ポリクローナル抗体(1:500°、Chemicon)。細胞を一次抗体混合物にRTで45分間曝露した。SOX2未結合抗体を検出するために、AlexaFluo 488に結合した抗ウサギ二次抗体と共にRTで30分間追加的なインキュベーションを行った。Becton Dickinson FACScalibur(商標)フローサイトメーターを使用してFACS分析を行った。
【0085】
免疫細胞化学分析(ICC)
細胞を4% PFAで4℃で15分間固定し、次にPBS/0.3% Triton X100溶液を使用してRTで10分間て透過処理した。一次抗体とのインキュベーションは、以下のようにPBS/TX100:ウサギポリクローナル抗PAX6(1:800°、Covance)、ウサギポリクローナル抗SOX2(1:1000°)、マウスモノクローナル抗OCT4(1:200°、Santa-cruz biotech.)、マウスモノクローナル抗サイトケラチン18(1:50°、Abcam)、マウスモノクローナル抗PAX3(1:50°、RD Systems)、マウスモノクローナル抗TUJ1およびマウスモノクローナル抗MAP2(1:1000°、共にCovance製)中で4℃で一晩行った。AlexaFluor二次抗体およびDAPI対比染色を室温で1時間適用した。Zeiss倒立顕微鏡を用いて検出を行った。
【0086】
リアルタイムqPCR
RNeasy Mini Kit(Qiagen)を製造業者の説明書にしたがって使用して合計RNAを単離した。ランダムプライマーを用いて合計500ngのRNAをSuperScript III(Invitrogen)でcDNAに逆転写した。LC480 Real-Timeシステム(Roche)でプローブとしてSYBR Greenを用いてリアルタイムQ−PCRを行った。閾値検出線(Ct値)で定量を行った。各ターゲット遺伝子のCtを、ハウスキーピング遺伝子としてのシクロフィリンのCtに対して標準化した。2−△△Ct法を使用して、各遺伝子の相対発現レベルを測定した。データを平均±SEMで表現した。プライマー配列を以下に一覧する。
【0087】
【表3】

【0088】
結果
N2B27における神経分化効率は、使用されるhES細胞系に依存して高度に変動する
本発明者らは、最初に、代替的な細胞運命の任意の公知の教示シグナルを培養培地から除去するだけで得られる神経分化の効率をモニタリングした。本発明者らは、接着性単層培養系におけるマウスおよびヒト胚性幹細胞の両方の神経分化を誘導するために以前に開発された合成培地であるN2B27培地を使用した(Ying et al., 2003; Lowell et al., 2006)。いくつかのナイーブhES細胞系の分化を一貫して分析するために、本発明者らは、OCT4およびSOX2転写因子に対する抗体を使用して細胞を染色し、次にFACS技法を用いて分析する系統計数プロトコールを開発した。OCT4およびSOX2の両方を発現している細胞を胚性幹細胞とみなし、SOX2のみを発現している細胞を神経細胞として計数した。完全に陰性であるか、またはOCT4のみを発現している細胞を、他の種類の組織または層に分化したと称した。N2B27に入れてラミニン上に蒔いた8日後に、4系列のhES細胞系(Hues24、H9、VUB01、SA01)でFACS分析を行った。全ての細胞系で神経分化を得たが、SA01系について33.84%からVUB01系について82.33%まで、分化効率は、使用した細胞系に依存して高度に変動すると思われた(図1−A)。このことから、ES細胞の単層培養物の培養培地から教示因子を単に除去することが、神経系譜への分化の方向付けを最適に誘導するには不十分であることが示された。
【0089】
次に本発明者らは、N2B27培地中で8日間分化後に得られた培養物をさらに特徴づけることを決定した。二つの代表的な細胞系H9およびHues24でFACS定量および免疫細胞化学分析を行った(図1B)。これらの細胞系は、その分化能が中間域であることから、そしてそれらが両方の性を代表する(H9は雌性系であり、Hues24は雄性系である)ことから選択した。各細胞系について、神経細胞(Oct4−/SOX2+/PAX6+)の次に、分化に抵抗性のES細胞(OCT4+/SOX2+/PAX6−)を検出した(H9系について22.56%、Hues24系について18.43%)。加えて、培養物のかなりの部分が、代替的な運命に分化が方向付けられた細胞から成る(H9系については30.05%、Hues24系については13.95%)。これらの代替型の分化を特徴づけるために、三つの原始胚層および胚体外組織の発現マーカーをqPCRにより定量した(図1C)。原始内胚葉のマーカー(SOX17およびFOXA1)または原始中胚葉のマーカー(ブラキュリーおよびFLK1)は検出されず、それは、細胞が他の原始胚層に方向付けられていないことを示していた。対照的に、胚体外組織の二つのマーカー、CDX2およびEomesの強い転写レベルが存在した。まとめると、定性および定量分析から、N2B27においてhESの分化後に接着性単層として得られた最終細胞集団が神経前駆体、未分化ES細胞および胚体外起源の細胞の混合物から構成されることが示された。
【0090】
BMPおよびTGFβ阻害剤(ノギンおよびSB431542)は、hES細胞からの神経分化誘導に重複しない相補的作用を有する
この不均一性を説明するために、培地由来の教示シグナルが不在であるにもかかわらず、ES細胞の小塊/コロニー中に細胞内経路のオートクリンまたはパラクリン刺激が存在することがあり、それが、自己更新を維持または胚体外分化を誘導するために十分であると、本発明者らは仮定した。未分化ES細胞および胚体外組織の共存が、持続性SMAD活性化の典型的なシグネチャーでありうることから、本発明者らは、そのような活性化を誘導することが知られている二つの経路:TGFβ経路(アクチビン/Nodal経路としても知られている)およびBMP経路に焦点を当てた。
【0091】
本発明者らは、最初に、アクチビン/Nodalレセプター依存性SMAD活性化を特異的に遮断することが知られている化学物質であるSB431542によるTGFβ経路の薬理学的阻害の結果を検討した。この分子は、胚体の形成に基づく系におけるネスチンおよびNCAMのような神経外胚葉マーカーの発現を増加させることが示されている。N2B27においてSB431542で細胞の接着単層を8日間処置しても、qPCRにより測定したときのPAX6およびSOX1のような初期神経マーカーの発現またはFACSにより定量したときの神経細胞(Oct4−/PAX6+)の比率は、強く増加しなかった(図2)。しかし、この処理は、ESから代替的な運命への激しい分化を誘導し、それは、CDX2およびEomes転写物のqPCR分析により示されたような胚体外組織の誘導増加が原因ではなく、他の原始胚層の一つへのde novo方向付けが原因でもなかった。それは、二つの中胚葉マーカーFLK1およびブラキュリーならびに二つの内胚葉マーカーSOX17およびFOXA1の発現が検出されなかったからである。対照的に、原始外胚葉に由来する他の2種類の子孫に方向付けられた細胞、すなわち神経冠細胞(PAX3+/SOX10+)および角化細胞(サイトケラチン8および18を発現している)が、共にqPCRによる各転写物レベルの分析またはICCによるPAX3およびCK18の発現照合により検出された。これにより、SB431542が、さらに一般的にはTGFβ経路の阻害が、神経分化を特異的に促進しなかったが、ES細胞の分化を誘導するために、および原始外胚葉系譜へのその加入を促進するために必要であることが示された。
【0092】
並行して本発明者らは、BMP経路の天然阻害剤ノギンによるその阻害の影響を検討した(図2)。接着性単層をノギンで8日間処理することにより誘導される神経マーカーの発現(qPCR)および神経細胞の率(FACS分析)の増加がわずかであったならば、このサイトカインの主な作用は、神経系譜の代替的な運命へのhES細胞の分化の完全な遮断であった。結果として、8日間の処置後に培養物に神経細胞に次いで、Oct4およびNANOG転写因子を発現している多数のES細胞が残った。胚体外組織、中胚葉、内胚葉、角化細胞または神経冠細胞に分化した細胞は、qPCR分析およびICCのいずれによっても検出されなかった。BMP経路の単一遮断が非神経の細胞運命の遮断剤として主に作用するが、それ自体はhESの分化をトリガーするには不十分と思われたことから、本発明者らは、この「拘束」作用をSB431542の「分化」作用と組み合わせることを決定した。
【0093】
二つの阻害剤を組み合わせた場合に(図2)神経系譜に分化が方向付けられた細胞をFACS(Oct4−/SOX2+)により90%超検出したことから、本発明者らは、hES細胞の強く同期化した神経分化を観察した。ICCによる定性分析により、培養物が、神経板マーカーPAX6を発現している細胞から構成される神経管様構造または「ロゼット」に均一に組織化されたことが示された。これらの定性観察に一致して、qPCRにより測定されたように、組み合わせ処置は、二つの神経方向付けマーカーPAX6およびSOX1の転写物の最高発現を誘導した。原始外胚葉に由来する代替的な細胞運命の方向付けマーカーは、最低レベル検出された。まとめると、これらの結果から、ES細胞から神経前駆体への、同期化した効率的な分化を誘導するために、二つの阻害剤の組み合わせ(NFS培地)が必要なことが示された。現在までのところ、一遺伝子性疾患原因突然変異を自然に保因する細胞系を含めた合計10個のhES系でNFS培地を試験し、同じ効率、すなわち8〜10日間の分化後に90%超の神経細胞が得られた。
【0094】
この同期化は、ソーティングおよび選択の必要なしに神経幹細胞の直接誘導を可能にする
神経前駆体細胞(PAX6+/SOX1+/SOX2+)が一旦得られたならば(8〜10日間の分化後)、その増幅および神経「幹細胞」(NSC、図4A)としてのさらなる安定化を開始するために、神経管様構造をさらに適した別の合成培地に移植した。この培地は、以前に記載されており(Conti et al., 2005)その増幅性は、二つの分裂促進因子、すなわちEGF(上皮成長因子)およびFGF2(線維芽細胞成長因子2)の併用ならびに生存因子BDNF(脳由来成長因子)の場合による添加に基づいた。2日後に、神経幹細胞はロゼット構造から遊走し始め、形態的に同定可能になり始めた(図1B)。集密に達したとき、トリプシンを用いて培養物を通過させ、細胞を剥離し、1/2の比でポリオルニチン/ラミニン基層に再接種した。2または3回の継代後に、神経幹細胞の安定で均一な集団を得た。これらの細胞は、代替法を使用して得られたhES細胞由来神経幹細胞または胎児由来の放射状グリア様細胞に関して文献に記載されたSOX2、ネスチンおよびBlbpのようなマーカーと同じマーカーを発現した。それらがニューロンを生じる能力を試験するために、N2B27培地+20ng/mlのBDNF中でポリオルニチン/ラミニン基質にNSCを低密度(通常は50000〜100000個細胞/cm2)で蒔いた。神経突起の伸長は、増殖因子の中止から24時間以内に開始し、ニューロンは、4日後に明らかに同定可能となる。約10日後に最高率の分化が得られる(全集団の60%超)。結果として生じた培養物は、抑制性GABA作動性ニューロンと興奮性グルタミン酸作動性ニューロンの混合物から構成され、確定された領域同一性を有さない。本発明者らは、また、NSCからGFAP陽性アストロサイトへの自然分化も観察し、それは神経幹細胞が多能性であることを実証した。
【0095】
図5に示すように、NFS培地中でiPS細胞が分化した後にもNSCが得られた。
【0096】
参考文献
本出願にわたり、様々な参考文献が、本発明が属する技術分野の現状を記載している。これらの参考文献の開示は、本開示への参照により本明細書に組み入れられる。
【0097】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)骨形成タンパク質(BMP)シグナル伝達経路の阻害剤;および
b)形質転換成長因子(TGF)/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤
を含む、培養培地。
【請求項2】
該培養培地が、
a)炭素源;
b)必須アミノ酸;
c)ビタミン:
d)プリンおよびピリミジン;
e)無機塩;
f)自然老化を制限することが知られている分子;
g)抗酸化剤;
h)リン脂質前駆体;
i)独特な脂肪酸;ならびに
j)担体タンパク質
を含む、請求項1記載の培養培地。
【請求項3】
BMPシグナル伝達経路の阻害剤が、ノギン、コーディンおよびフォリスタチン、ならびにBMPシグナル伝達経路を阻害するその変異体およびフラグメントから成る群より選択される、請求項1または2記載の培養培地。
【請求項4】
TGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路の阻害剤が、SB431542、Lefty−Aおよびケルベロス、ならびにTGF/アクチビン/nodalシグナル伝達経路を阻害するLefty−Aおよびケルベロスの変異体およびフラグメントから成る群より選択される、請求項1〜3のいずれか一項記載の培養培地。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項記載の培養培地で多能性細胞を培養する工程を含む、神経前駆体集団を産生させるための方法。
【請求項6】
多能性細胞が、ヒト多能性細胞である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
多能性細胞が、幹細胞である、請求項5または6記載の方法。
【請求項8】
幹細胞が、胚性幹細胞である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
多能性細胞が、人工多能性細胞(IPS)である、請求項5または6記載の方法。
【請求項10】
請求項5〜8のいずれか一項記載の方法により入手可能な神経前駆体集団。
【請求項11】
以下の工程:
a)請求項5〜8のいずれか一項記載の方法により神経前駆体集団を産生させること;
b)該神経前駆体集団をニューロンに分化させること
を含む、ニューロン集団を得るための方法。
【請求項12】
請求項11記載の方法により入手可能なニューロン集団。
【請求項13】
神経変性疾患または脳損傷の処置に使用するための、請求項10記載の神経前駆体集団または請求項12記載のニューロン集団。
【請求項14】
以下の工程:
a)請求項10記載の神経前駆体集団または請求項12記載のニューロン集団を被験化合物の存在下で培養すること;
b)工程a)の細胞の生存率を、該被験化合物の不在下で培養された上記と同義の神経前駆体集団の生存率と比較すること
を含む、神経保護および/または神経毒性作用を有する化合物をスクリーニングするための方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2012−510805(P2012−510805A)
【公表日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−539048(P2011−539048)
【出願日】平成21年12月7日(2009.12.7)
【国際出願番号】PCT/EP2009/066504
【国際公開番号】WO2010/063848
【国際公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【出願人】(591100596)アンスティチュ ナショナル ドゥ ラ サンテ エ ドゥ ラ ルシェルシュ メディカル (59)
【出願人】(505020606)
【氏名又は名称原語表記】ASSOCIATION FRANCAISE CONTRE LES MYOPATHIES
【Fターム(参考)】