説明

多能性細胞の長期培養のためのペプチド提示表面

本発明はヘパリンのようなグリコサミノグリカンに結合するペプチドを提示する不溶性の支持体上で多能性細胞を増殖させ、維持する方法に関する。特に、1または2の疎水性アミノ酸残基により隔てられた塩基性アミノ酸残基を有する少なくとも1種のペプチドを提示する化学的に定義された表面を有する支持体上で多能性細胞を増殖させ、維持する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
関連する出願の参照
本出願は、2008年9月19日に出願された米国仮出願第61/098,703号の優先権を主張するものであり、引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる。
【0002】
連邦政府による資金提供を受けた研究開発の記載
本発明は、助成金番号AI055258および144PRJ21CZの下に、国立衛生学研究所により授与された米国政府補助金により行われた。米国政府は本発明において一定の権利を有する。
【0003】
背景
本発明は、一般には多能性細胞(pluripotent cell)の培養に関し、より具体的には、多能性細胞の長期の増殖および維持(すなわち、自己複製)のための化学的に定義された(すなわち、合成の)表面に関する。
【0004】
胚性幹細胞(ESC)および誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性細胞は、他の種類の細胞と区別する目安となる少なくとも二つの特徴を有する。一つ目の特徴は、これらは自己複製を行い、従って分化することなく無限に増殖する能力を有することである。二つ目の特徴は、これらは三胚葉のすべて(すなわち、内胚葉、中胚葉、および外胚葉)の細胞に分化できることである。引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる、例えば、Evans M & Kaufman M, "Establishment in culture of pluripotential cells from mouse embryos," Nature 292:154-156 (1981)を参照。
【0005】
多能性細胞を用いた仕事における一つの困難は、動物性の製品またはバッチ毎に変化する傾向のある血清などの製品の使用を要求すること無く、これらの細胞が上記の特徴を保つための標準化された培養条件を開発することである。それゆえに、これらの細胞の培養の重要な側面は、それらを増殖させる培地だけでなく、その上でそれらを培養する表面でもある。
【0006】
これらの細胞は前記の特徴を保つために表面に接着/付着することを要求するので、多能性細胞の培養のための表面がここで特に重要である。これらの細胞用培地のための構成成分を化学的に定義することについては多くの情報が入手可能であるにも関わらず、これらの生存および増殖のための表面の構成成分を化学的に定義することや細胞−支持体の付着に関しては情報がほとんどない。
【0007】
当初、多能性細胞はマウス胚性線維芽細胞(MEF)または他のフィーダー細胞を含むゼラチン被覆表面上で培養した。例えば、Amit M, et al., "Human feeder layers for human embryonic stem cells," Biol. Reprod. 68:2150-2156 (2003);Lee J, et al., "Establishment and maintenance of human embryonic stem cell lines on human feeder cells derived from uterine endometrium under serum-free condition," Biol. Reprod. 72:42-49 (2005);およびThomson J, et al., "Embryonic stem cell lines derived from human blastocysts," Science 282:1145-1147 (1998)を参照。しかし、多能性細胞はフィーダー細胞上では成長せず、代わりに、露出したゼラチン被覆表面を占める傾向があった。これらの細胞は増殖するにしたがって、成長するコロニーがMEFを押し出す。例えば、Imreh M, et al., "Culture and expansion of the human embryonic stem cell line HS181, evaluated in a double-color system," Stem Cells Dev. 13:337-343 (2004)を参照。
【0008】
多能性細胞がフィーダー細胞からの分泌因子の存在下でゼラチン被覆表面上で培養できると認識されると、フィーダー細胞層非存在下(つまり、フィーダーフリー)で細胞を培養することが可能になった。例えば、フィーダー細胞を培養した培地である「馴化培地」(CM)の使用により、フィーダー細胞層を避けることができる。しかし、CM中でゼラチン被覆表面上で多能性細胞を培養すると、細胞は細胞の迅速な分化を引き起こす。例えば、Xu C, et al., "Feeder-free growth of undifferentiated human embryonic stem cells," Nat. Biotechnol. 19:971-974 (2001)を参照。
【0009】
より最近では、培地のそれぞれの構成成分が完全に明らかにされ、かつ、特徴づけられた、化学的に定義された培地(つまり、完全培地)を用いることにより、フィーダー細胞層を避けることができることも認識された。それぞれ引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる、例えば、Ludwig T, et al., "Feeder-independent culture of human embryonic stem cells," Nat. Methods 3:637-646 (2006);およびLudwig T, et al., "Derivation of human embryonic stem cells in defined conditions," Nat. Biotechnol. 24: 185-187 (2006)を参照。
【0010】
しかし、好結果の多能性細胞の維持および増殖に対する表面付着の役割を見逃すべきではない。この点に関して、マトリゲル(Matrigel)(商標)などの商業的に製造される細胞外基質(ECM)物質の使用によって、フィーダー細胞層を避けることができる。しかし、マトリゲル(商標)は、未決定の(つまり、不確定の)量のラミニン、コラーゲンおよびエンタクチンなどのマウス細胞外基質タンパク質を含んでいる。加えて、マトリゲル(商標)にはバッチ毎の変動が存在し、成長因子などの他の不明な成分が存在する。多能性細胞の培養に用いられる他のECM物質としてはビトロネクチン、フィブロネクチンおよびラミニンが挙げられる。
【0011】
多能性細胞のための化学的に定義された表面がこれまでに記載されている(例えば、Derda R, et al., "Defined substrates for human embryonic stem cell growth identified from surface arrays," ACS Chem. Biol. 2:347-355 (2007);およびGerecht S, et al., "Hyaluronic acid hydrogel for controlled self-renewal and differentiation of human embryonic stem cells," Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104:11298-11303 (2007)を参照。)が、これらの表面は多能性細胞の長期の増殖および維持には効果的でないことが既に示されている。特に、数週間これらの表面上で増殖した細胞は未分化および分化細胞の不均質な細胞集団を形成し、互いに分離するのは挑戦的である。Bendall et al. "IGF and FGF cooperatively establish the regulatory stem cell niche of pluripotent human cells in vitro." Nature (2007) 448:1015-1021 (2007)。加えて、これらの表面は典型的には動物またはヒト起源のECMタンパク質に頼っている。例えば、Amit M, et al., "Feeder layer- and serum-free culture of human embryonic stem cells," Biol. Reprod. 70:837-845 (2004);Braam S, et al., "Recombinant vitronectin is a functionally defined substrate that supports human embryonic stem cell self renewal via αVβ5 integrin," Stem Cells [Epub ahead of print, July 17, 2008];および上記Xu et al.を参照。
【0012】
したがって、化学的に定義された表面を有する不溶性支持体および多能性細胞の長期の増殖と維持を支持する多能性細胞のための培養条件が望まれている。
【0013】
さらに、定義された支持体上で多能性細胞を分化させる方法や未分化多能性細胞から分化した細胞を分離する方法に対する強いニーズが存在する。
【発明の概要】
【0014】
第一の側面では、本発明はグリコサミノグリカン(GAG)に結合するペプチドを提示する不溶性支持体として要約される。一つの態様では、支持体は、ペプチドがペプチド提示表面の約0.5%〜約100%、約0.5%〜約50%、約1%〜約5%、または約1%の面積を占め、一つ若しくは二つの疎水性アミノ酸残基により隔てられた正に荷電したアミノ酸残基または塩基性(つまり、親水性)のアミノ酸残基を含む、GAG結合ペプチドを提示する化学的に定義された表面を有する。一つの態様では、ペプチドは表面の少なくとも30%の面積を占める。このペプチドはGAG結合モチーフを含むことができ、合成ペプチドまたはより長いポリペプチドのGAG結合ペプチド部分とすることができる。好適なペプチドは、制限は無いが、長さにおいて少なくとも約3〜約35アミノ酸の範囲とすることができる。好ましいペプチドは長さにおいて約7〜約18アミノ酸の範囲とすることができる。4アミノ酸のGAG結合ペプチドが下記Frommによる論文に記載されている。化学的に定義された表面を有する支持体が多能性細胞の長期培養に適している。
【0015】
第二の側面では、本発明は、一つ若しくは二つの疎水性アミノ酸残基により隔てられた正に荷電したアミノ酸残基または塩基性(つまり、親水性)アミノ酸残基を含むペプチドを提示する化学的に定義された表面を含む細胞培養容器として要約され、ここでペプチドは、ペプチド提示表面の約0.5%〜約25%、約1%〜約5%、または約1%の面積を占める。培養容器は、有効量のキナーゼ阻害剤を含む化学的に定義された培地を含んでいても良い。
【0016】
第三の側面では、本発明は多能性細胞を上記で定義した表面上で培養する工程を含む細胞培養法として要約される。
【0017】
第四の側面では、本発明は多能性細胞を上記で定義した表面上で培養し、分化を誘導し、および未分化細胞から分化した細胞を分離する工程を含む、未分化細胞から分化した細胞を分離する方法として要約される。
【0018】
第五の側面では、本発明は上記で定義したGAG結合ペプチドを提示する表面、およびその表面に接着する多能性幹細胞を有する構成物として要約され、ここで細胞は正常な核型、多能性細胞特異的マーカー、およびその表面上での三ヶ月以上の培養後に三胚葉のすべてに分化する能力を示す。
【0019】
いくつかの態様では、化学的に定義されたペプチド提示表面は、例えば、nが約3〜約50であるX(CHSHの構造を有する1以上の長鎖アルカンチオール(AT)を含む自己組織化単分子膜を含んでいてもよい。より好ましい態様では、nは約11〜約18である。
【0020】
いくつかの態様では、ペプチドは、ビトロネクチン由来の(GKKQRFRHRNRKG;配列番号:1)、フィブロネクチン由来の(GWQPPRARI;配列番号:2)、または骨シアロタンパク質由来の(FHRRIKA;配列番号:3)ヘパリン結合領域などのGAG結合ペプチド(GBP)とすることができる。
【0021】
いくつかの態様では、キナーゼ阻害剤は、Y−27632[(+)−(R)−トランス−4−(1−アミノエチル)−N−(4−ピリジル)シクロヘキサンカルボキサミドジハイドロクロライド]、H−1152[(S)−(+)−(2−メチル−5−イソキノリニル)スルホニルホモピペラジン]、およびHA−100[1−(5−イソキノリンスルホニル)ピペラジンハイドロクロライド]などのRho関連キナーゼ(ROCK)阻害剤とすることができる。
【0022】
化学的に定義された表面は多能性細胞の増殖および維持のために用いることができる。これらの表面上での長期(すなわち、>3ヶ月)の培養後でも、多能性細胞は正常な核型、多能性細胞に特徴的な多能性細胞特異的マーカーおよび三胚葉(例えば、内胚葉、中胚葉および外胚葉)のすべてに分化する能力を維持する。加えて、これらの表面は、リガンド/エピトープの密度、位置および組成が管理された状態で、接着性リガンド/エピトープの組合せを提示することができる。これらの表面は、多能性細胞の潜在的に危険な汚染および/または動物性製品への暴露をも最小限にする。
【0023】
本発明のこれらのおよび他の特色、目的並びに利点は下記の記載からより良く理解されるであろう。より好ましい態様の記載は、発明を制限し、または改変の方法、等価の方法および代替の方法のすべてをカバーすることを意図したものではない。それゆえに、発明の範囲を解釈するためには、特許請求の範囲を参照するべきである。
【0024】
下記の詳細な記載が考慮されたとき、本発明はより良く理解できるであろうし、上記以外の特色、側面および利点が明らかになるであろう。そのような詳細な記載は下記の図を参照する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、混合自己組織化単分子膜(SAM)においてペプチド−ATアレイ上にスポットされた様々なペプチドの、多能性細胞の増殖および維持に対する影響を示す。図1aは、生理活性ペプチドを提示する代表的なアレイおよび混合SAMにおけるペプチド−ATのパーセンテージとして報告される表面密度を示す。ヒトESC(hESC)はペプチド特異的かつペプチド密度依存的にその表面に結合した。6日間にわたり、細胞は増殖し、アレイ素子を埋めた(図1b〜図1g;Oct−4およびSSEA−4に対して染色され、DAPIで対比染色されたアレイ上の細胞の高倍率像)。図1bはビトロネクチン由来のGBP(GKKQRFRHRNRKG;配列番号:1)を提示する表面上で増殖したhESCを示す。図1cは、フィブロネクチン由来のGBP(GWQPPRARI;配列番号:2)を提示する表面上で増殖したhESCを示す。図1dは、骨シアロタンパク質由来のGBP(FHRRIKA;配列番号:3)を提示する表面上で増殖したhESCを示す。図1eは、FGF受容体結合ペプチド(GGGEVYVVAENQQGKSKA;配列番号:4)およびインテグリン結合ペプチド(KGRGDS;配列番号:5)を提示する表面上で増殖したhESCを示す。図1fは、インテグリン結合ペプチド(KGRGDS;配列番号:5)およびフィブロネクチン由来の他の生理活性ペプチド(KPHSRN;配列番号:6)を提示する表面上で増殖したhESCを示す。図1gは、ラミニン由来の生理活性ペプチド(GSDPGYIGSR;配列番号:7)を提示する表面上で増殖したhESCを示す。
【図2】図2は、GBPが少なくとも数回の継代にわたり多能性細胞の自己複製を支持することを示す。図2aは、溶解性ヘパリンは、マトリゲルまたはビトロネクチンで覆われた表面ではなく、ヘパリン結合ペプチドGKKQRFHRNRKGで覆われた表面へのhESCの結合を取り消すことができることを示す。細胞の結合のパーセンテージは、ヘパリン非存在下に対する、ヘパリン存在下で播種された細胞から調製された細胞溶解産物の発光平均値の割合を表す。エラーバーは標準偏差を示す。図2bは、GBPまたはビトロネクチンGBP(GKKQRFRHRNRKG;配列番号:1)およびインテグリン結合ペプチド(KGRGDS;配列番号:5)の組合せを提示するSAM上で、3回の継代培養の間、培養したhESCが多能性細胞特異的なマーカー発現を維持した(分化マーカーとして役立つOct−4、SSEA−3およびSSEA−4;SSEA−1)ことを示す。しかし、インテグリン結合RGDペプチド(KGRGDS;配列番号:5)を単独で提示するSAM上で培養した細胞は、3回の継代培養の後に有意に低レベルの多能性細胞特異的マーカーを有した。細胞は、GAG結合ペプチドを提示する表面上よりもRGDを提示する表面上で、はるかに遅く増殖した。
【図3】図3は、ビトロネクチンGBP(GKKQRFRHRNRKG;配列番号:1)を提示する合成表面が3ヶ月の培養にわたりhESCの多能性および核型安定性を支持することを示す。図3aは、化学的に定義された表面上で3ヶ月間培養したhESCが高レベルの多能性(pluripotency)のマーカーを維持したことを示す。エラーバーは17回目の継代培養後の連続した3回の継代培養からの平均を表す。図3cは、ビトロネクチンGBP(GKKQRFRHRNRKG;配列番号:1)上で約3ヶ月間培養したhESC(H9hESC)が標準G分染法により決定された通り核型的に正常であったことを示す。
【図4】図4はヘパリン結合ペプチド配列の一覧表を示す。
【図5】図5は天然および合成支持体上で培養したhESCの増殖特性を示す。
【発明の具体的説明】
【0026】
本発明が様々な改変の方法や代替の方法の形態を許容する一方で、その典型的な態様が図において例示的に示され、本実施例中で詳細に記載される。しかし、典型的な態様の記載は、開示した特定の形態に発明を制限することを意図するものではなく、逆にその意図は特許請求の範囲により定義された発明の精神および範囲に入るすべての改変の方法、等価の方法および代替の方法をカバーすることであると理解されるべきである。
【0027】
本発明は、多能性細胞が、ビトロネクチン由来のヘパリン結合ペプチド(GKKQRFRHRNRKG;配列番号:1)などのGBPを認識し、これに接着する細胞表面受容体を有するという本発明者らの知見に関する。それゆえに、本発明者らは、GBPが、マトリゲル(商標)に存在するような多くの細胞外基質タンパク質の合成代替品として表面に提示されうると仮定した。
【0028】
下記に記載された通り、GBPを提示する化学的に定義された表面を有する不溶性支持体は、6日の培養後にOct−4およびSSEA−4の存在により評価されたように、多能性細胞の接着と自己複製の両方を支持した。特定のGBPは細胞接着および拡散を促進することが知られているが、これまで多能性細胞の自己複製を支持することが示されたことはない。それぞれ引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる、例えば、McCarthy J, et al., "RGD-independent cell adhesion to the carboxy-terminal heparin-binding fragment of fibronectin involves heparin-dependent and -independent activities," J. Cell Biol. 110:777-787 (1990);およびVogel B, et al., "A novel integrin specificity exemplified by binding of the alpha v beta 5 integrin to the basic domain of the HIV Tat protein and vitronectin," J. Cell Biol. 121:461-468 (1993)を参照。
【0029】
本明細書に記載された化学的に定義されたペプチド提示表面は、様々な状況および利用において有用である。例えば、この表面は、多能性細胞を未分化状態で維持するために用いることができる。加えて、この表面は未分化のまま多能性細胞の集団を増やすために用いることができる。化学的に定義されたペプチド提示表面は、例えば1以上の分化誘導剤を培地に加えることにより引き続き分化を誘導する、多能性細胞の培養にも有用である。多能性細胞に由来する分化した細胞は化学的に定義された表面上で維持することができる。
【0030】
細胞型は、分化の途上で、全能性(totipotency)、多能性(pluripotency)および多分化能性(multipotency)などの様々なレベルの分化能を通り抜ける。本明細書では多能性細胞が特に興味深い。本明細書で用いられる「多能性細胞」とは三胚葉(例えば、内胚葉、中胚葉および外胚葉)のすべてに分化することができる細胞または細胞の集団を意味する。多能性細胞は様々な多能性細胞特異的マーカー(例えば、SSEA−1ではなく、Oct−4、SSEA−3、SSEA−4、Tra−1−60、またはTra−1−81)を発現し、未分化細胞に特有な細胞形態(例えば、凝縮したコロニー、高い核/細胞質比率および目立った核小体)を有し、SCIDマウスなどの免疫不全動物に導入されると奇形種を形成する。上記のEvans & Kaufmanを参照。奇形種は典型的には三胚葉のすべてに特徴的な細胞または組織を含む。これらの特徴は本技術分野で通常用いられる分析法を用いて評価することができる。引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる、例えば、Thomson J, et al., "Embryonic stem cell lines derived from human blastocysts," Science 282: 1145- 1147 (1998)を参照。
【0031】
多能性細胞は細胞培養において増殖し、多分化能性を示し分化系列が制限された様々な細胞集団に向かって分化する能力を有する。多能性細胞は、多能性細胞に比べより分化しているが未だ終末分化はしていない体細胞である多分化能性細胞よりも高い分化能力を有す。
【0032】
本明細書の使用に好適な多能性細胞としては、ESCおよびiPS細胞が挙げられ、好ましくは霊長類、特にヒト霊長類由来である。本明細書で用いられる「胚性幹細胞」若しくは「ESC」とは胚盤胞の内部細胞塊に由来する多能性細胞または多能性細胞の集団を意味する。上記のThomson et al.を参照。これらの細胞は、少なくともOct−4、SSEA−3、SSEA−4、TRA−1−60、またはTRA−1−81を発現し、高い核/細胞質比率および目立った核小体を有する凝縮したコロニーとして現れる。ESCはWiCell研究所(マジソン、WI)などの供給元から商業的に入手することができる。
【0033】
本明細書で用いられる「誘導性多能性幹細胞」または「iPS細胞」とは、その起源である分化した体細胞に関して異なっていることがあり、特定の一組の分化能力決定因子に関して異なっていることがあり、およびこれらを分離するために用いられる培養条件に関して異なっていることがあるにも関わらず、その起源である分化した体細胞と実質的に遺伝学的に同一であり、本明細書に記載されたESCなどの高い分化能を有する細胞と同様の特徴を示す多能性細胞または多能性細胞の集団を意味する。引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる、例えば、Yu J, et al., "Induced pluripotent stem cell lines derived from human somatic cells," Science 318:1917-1920 (2007)を参照。
【0034】
iPS細胞はESCと類似した形態学的特性(例えば、円形形状、大きな核小体および乏しい細胞質)および増殖特性(例えば、約17〜18時間の倍加時間)を示す。加えて、iPS細胞は、多能性細胞特異的マーカー(例えば、SSEA−1ではなく、Oct−4、SSEA−3、SSEA−4、Tra−1−60、またはTra−1−81)を発現する。しかし、iPS細胞は直接胚に由来するものではない。本明細書で用いられる「直接胚に由来するものではない」とは、iPS細胞を製造するための出発細胞型が産後の個体から得られる体細胞などの多分化能性細胞または終末分化した細胞などの非多能性細胞(non-pluripotent cell)であることを意味する。
【0035】
本明細書における使用に好適な他の型の多能性細胞としては、下記に限られないが、体細胞核移植からの細胞(例えば、Wilmut I, et al., "Viable offspring derived from fetal and adult mammalian cells," Nature 385:810-813(1997)を参照)または体細胞とESCとの融合からの細胞(例えば、Cowan C, et al., "Nuclear reprogramming of somatic cells after fusion with human embryonic stem cells," Science 309:1369-1373 (2005);およびYu et al., "Human embryonic stem cells reprogram myeloid precursors following cell-cell fusion," Stem Cells 24:168-176 (2006)を参照)が挙げられる。
【0036】
用いられる多能性細胞に関わらず、本明細書に記載された化学的に定義された表面は、周知の方法に従って構築されうる。例えば、グリオキシリル官能基を付与したスライドグラス上へのペプチドのコンタクトスポッティング(例えば、Falsey J, et al., "Peptide and small molecule microarray for high throughput cell adhesion and functional assays," Bioconjug. Chem. 12, 346-353 (2001)を参照);アクリルアミド被覆スライドグラス上へのペプチドのコンタクトプリンティング;およびイン・サイチュー重合が続くスライドグラス上へのペプチドの組合せのスポッティング(例えば、Anderson et al., Nanoliter-scale synthesis of arrayed biomaterials and application to human embryonic stem cells, Nat. Biotechnol. 22:863 (2004)を参照)を用いることができる。加えて、ビオチン化した所望のペプチドで処理したストレプトアビジン被覆プレートまたは所望のペプチドに架橋したアクリルアミドゲルでさえも用いることができる。Klein et al., Cell adhesion, cellular tension, and cell cycle control, Meth. Enzymol. 426:155 (2007)を参照。同様に、水不溶性の合成または天然ハイドロゲルも、好適なペプチド提示表面を提供するものとして企図されている。
【0037】
本明細書で用いられる「グリコサミノグリカン」(GAG)は二糖類ユニットとアミノ糖の繰り返しから構成される多糖である。グリコサミノグリカンは負に荷電し、タンパク質と連結してプロテオグリカンを形成することができる。グリコサミノグリカンの例としては、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、ヘパリン、ヘパラン硫酸、ヒアルロン酸およびケラタン硫酸が挙げられる。
【0038】
好ましくは、不活性な下地の上にATをスポットして、自己組織化単分子膜(SAM)を形成する。それぞれ引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる、例えば、Derda et al., supra; Derda R, et al., "Solid-phase synthesis of alkanethiols for the preparation of self-assembled monolayers," Langmuir 23:11164-11167 (2007);およびHouseman B & Mrksich M, "Efficient solid-phase synthesis of peptide-substituted alkanethiols for the preparation of substrates that support the adhesion of cells," J. Org. Chem. 63:7552-7555 (1998)を参照。例えば、下地は細胞非親和性(すなわち、細胞をはじく)かつ溶媒非親和性(すなわち、溶媒をはじく)でありうるペルフルオロATで形成することができる。まず、金被覆表面は、単分子膜内にアレイ素子のための領域(すなわち、孔)を残すか、または続く工程において単分子膜内にアレイ素子のための領域を作って、ペルフルオロATで被覆することができる。その後、本明細書に記載されたGBPなどのペプチドに連結したATは、孔内の支持体に付着して単分子膜を完成することができ、多能性細胞の表面への付着のためのリガンドを提示することができる。GBPの表面密度はペプチド−ATおよび非接着グルカミン−ATとの混合SAMを用いて制御することができる。化学的に定義された表面アレイ上の両方の領域に対してAT種を合成する方法は下記実施例中で提供される。金被覆カバーグラス上(アレイ素子と反対の)での長期培養のために、ペプチド−ATおよびグルカミン−AT(5%ペプチド−AT)との混合単分子膜を形成した。24時間後、その表面をエタノールで洗浄し、細胞を表面上に播種した。
【0039】
各AT種は3つの重要な領域または部分を有すると考えることができる。一つの領域は基底端であり、その表面に単分子膜種を付着するための付着部である。この付着部は典型的にはチオール基であり、金の支持体に付着している。他の付着基は他の基質に付着できる。もう一つの領域は、中間領域であり、本願の他の箇所で記載された約3〜約50の炭素長の、好ましくは約11〜約18の炭素長のアルカンなどのスペーサー部である。他の単純な有機基は、結果として生じる種が単分子膜中で自己組織化できる限りは、スペーサーのために用いることができる。最後に、単分子膜種の端の活性基はリガンドであり、細胞非親和性または細胞親和性であるように意図された基とすることができる。本明細書での使用に好適な細胞親和性リガンドとしては、下記に限られないが、ペプチド、特に、ビトロネクチンGBP(配列番号:1)、フィブロネクチンGBP(配列番号:2)および骨シアロタンパク質GBP(配列番号:3)のような、1または2の疎水性アミノ酸残基により隔てられた塩基性アミノ酸残基を有するペプチドが挙げられる。図5に示されるように、すべてのGBP配列が、1または2の疎水性アミノ酸残基により隔てられた塩基性アミノ酸残基を有するわけではない。実際に、本発明者らは、もしペプチドがグリコサミノグリカンに結合するならば、それは多能性幹細胞を自己複製させることができると予測する。
【0040】
塩基性(すなわち、親水性)アミノ酸は極性であり、そのpKa以下のpH値では正に荷電する。塩基性アミノ酸の例としては、リジン、ヒスチジンおよびアルギニンが挙げられる。
【0041】
アミノ酸の疎水性親水性指数は側鎖の疎水性または親水性の特性を表す数値である。Kyte J & Doolittle R, "A simple method for displaying the hydropathic character of a protein," J. Mol. Biol. 157:105-132 (1982)を参照。数値が大きくなるにつれ、アミノ酸はより疎水性になる。最も疎水性のアミノ酸はイソロイシン(4.5)およびバリン(4.2)である;一方で、最も親水性のアミノ酸はアルギニン(−4.5)およびリジン(−3.9)である。疎水性アミノ酸は(タンパク質の三次元形状に関して)内部にありがちであるが、一方で親水性アミノ酸はタンパク質の表面でより頻繁に見いだされるため、疎水性親水性(hydropathy)はタンパク質構造において重要である。
【0042】
表1:20種の天然アミノ酸の疎水性親水性指数(Kyte & Doolittle)
【表1】

【0043】
表2:疎水性親水性指数で昇順に並べられたアミノ酸
【表2】

【0044】
ATを用いることの利点は、それらが再現性のあるSAMおよび化学的に定義された表面を形成することである。この性質は、作られた表面がトポロジーなどの表面の他のバルクの性質ではなく、表面上に提示されたペプチドまたは追加のリガンドのために変化する化学的に定義された表面であることを意味する。ATを用いることのもう一つの利点は、ペプチドまたは追加のリガンドを表面の定められた領域において多能性細胞に提示されるように設計することができること、および表面のその他の領域(すなわち、下地の領域)を溶媒および細胞の存在に耐えるように設計できることである。培養細胞のために以前構築された表面に対して、本明細書に記載された化学的に定義された表面の成分は、既知の分量ですべての構成要素を有することにより完全に特徴づけられている。
【0045】
本明細書に記載された化学的に定義された表面上での多能性細胞の長期培養は典型的にはマトリゲル(商標)若しくはMEFなどの表面からコンフルエントの多能性細胞を化学的に、酵素的にまたは機械的に塊/集合体または単一細胞へと乖離させることにより開始する。いくつかの事例では、例えばコンフルエントの細胞を新しい化学的に定義された表面上に播種するときに、表面は本明細書に記載した化学的に定義された表面の一つである。
【0046】
その後、塊または集合体または単一細胞は、培地からのタンパク質のいかなる非特異的吸着をも最小限にするためにダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)/F12またはmTeSRまたはリン酸緩衝生理食塩水(PBS)またはハンクス平衡塩類溶液(HBSS)などの無タンパク質の基本培地において、本明細書に記載された化学的に定義された表面上に播種することができる。約1時間後、培地を、例えば、キナーゼ阻害剤を補ったmTeSRTM1などの定義された培地で交換することができる。
【0047】
本明細書で用いられる「化学的に定義された培地」または「定義された培地」とは、培地が既知の分量ですべての構成成分を有することを意味する。典型的には、細胞培養のために培地に通常加えられる血清は、例えば、既知の分量のアルブミン、インシュリン、トランスフェリン、およびおそらくは特異的成長因子(すなわち、塩基性線維芽細胞増殖因子、形質転換成長因子または血小板由来成長因子)などの血清成分により置き換えられる。定義された培地(DM)はそれゆえに無血清である。本明細書で用いられる「無血清」とは、培地が血清若しくは血清代用品を含まないこと、または本質的に血清若しくは血清代用品を含まないことを意味する。本明細書で用いられる「本質的」とは、最小のまたは低減した量の(すなわち、5%未満)の血清などの構成成分が存在してもよいことを意味する。
【0048】
本明細書の使用に好適なDMの例はTeSRTMである。TeSRTMの完全な構成成分および使用法は、Ludwig et al.に記載されている。それぞれ引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる、Ludwig T, et al., "Feeder-independent culture of human embryonic stem cells," Nat. Methods 3:637-646 (2006);およびLudwig T, et al., "Derivation of human embryonic stem cells in defined conditions," Nat. Biotechnol. 24:185-187 (2006) を参照。本明細書の使用に好適なその他のDMの調合としては、例えば、mTeSRTM(ステムセルテクノロジーズ社;バンクーバ、ブリティッシュコロンビア、カナダ)、X−Vivo(バイオウィッタカー社;ウォーカーズビル、MD)およびStemPro(商標)(インビトロジェン社;カールスバッド、CA)などが挙げられる。
【0049】
ROCK阻害剤などのキナーゼ阻害剤は単一細胞および細胞の小集合体を保護することが知られている。引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる、米国特許出願公開番号第2008/0171385;およびWatanabe K, et al., "A ROCK inhibitor permits survival of dissociated human embryonic stem cells," Nat. Biotechnol. 25:681-686 (2007)を参照。ROCK阻害剤が化学的に定義された表面上での多能性細胞の生存率を有意に増加させることが下記に示されている。本明細書での使用に好適なROCK阻害剤は、下記に限定されないが、(S)−(+)−2−メチル−1−[(4−メチル−5−イソキノリニル)スルホニル]ホモピペラジンジハイドロクロライド(通称:H−1152)、1−(5−イソキノリンスルホニル)ピペラジンハイドロクロライド(通称:HA−100)、1−(5−イソキノリンスルホニル)−2−メチルピペラジン(通称:H−7)、1−(5−イソキノリンスルホニル)−3−メチルピペラジン(通称:イソH−7)、N−2−(メチルアミノ)エチル−5−イソキノリン−スルホンアミドジハイドロクロライド(通称:H−8)、N−(2−アミノエチル)−5−イソキノリンスルホンアミドジハイドロクロライド(通称:H−9)、N−[2−p−ブロモ−シンナミルアミノ)エチル]−5−イソキノリンスルホンアミドジハイドロクロライド(通称:H−89)、N−(2−グアニジノエチル)−5−イソキノリンスルホンアミドハイドロクロライド(通称:HA−1004)、1−(5−イソキノリンスルホニル)ホモピペラジンジハイドロクロライド(通称:HA−1077)、(S)−(+)−2−メチル−4−グリシル−1−(4−メチルイソキノリニル−5−スルホニル)ホモピペラジンジハイドロクロライド(通称:グリシルH−1152)および(+)−(R)−トランス−4−(1−アミノエチル)−N−(4−ピリジル)シクロヘキサンカルボキサミドジハイドロクロライド(通称:Y−27632)が挙げられる。キナーゼ阻害剤は細胞が生存し、表面に付着し続ける十分に高い濃度で提供することができる。約3μM〜約10μMの間の阻害剤濃度が適しうる。低い濃度では、またはROCK阻害剤が提供されないと、典型的には未分化細胞は剥がれ、一方で分化した細胞は定義された表面に付着し続ける。
【0050】
本発明者らは、分化した細胞ではなく未分化細胞が化学的に定義された表面に付着するためにROCK阻害剤を必要とするという知見を利用して、未分化細胞から分化した細胞を分離した。例えば、多能性や多分化能性細胞はROCK阻害剤の存在下で化学的に定義された表面上で維持することができる。所望のときに、例えば、1以上の分化誘導剤を細胞培地に加えることにより化学的に定義された表面上で細胞を分化誘導させることができる。代わりに、多能性細胞および非多能性細胞を化学的に定義された表面に直接播種することもできる。未分化細胞から分化した細胞を分離するために、ROCK阻害剤を培地から取り除くと、分化した細胞ではなく未分化細胞が付着した分化した細胞の集団を残して表面から剥がれる。
【0051】
化学的に定義された表面上での培養中は、通常の細胞培養条件を用いることができる。例えば、温度は約36℃〜約37.5℃の間で様々であってよい。同様に、CO濃度も、培地および炭酸水素イオンの濃度に依存して約2%〜約10%の間で様々であってよいし、様々であろう。例えば、恒湿器内では細胞培養条件を37℃および5%COとすることができる。多能性細胞をコンフルエントまで(典型的には約5日〜約6日)培養し、そのときに当該技術分野で周知の技術により(すなわち、化学的、酵素的または機械的手法により)継代することができる。
【0052】
他に定義されない限り、本明細書で用いられるすべての技術および科学用語は、発明の属する技術分野の通常の技能を有する者により一般に理解されるのと同様の意味を有する。本明細書に記載された方法および材料と同様のまたは同等のいかなる方法および材料も本発明の実施または試験に用いることができるが、好ましい方法および材料が本明細書に記載される。
【0053】
態様の記載および特許請求の範囲において、下記の専門用語が、下記に記載される定義と一致して用いられている。
【0054】
本明細書で用いられる「約」とは記載された濃度範囲、密度、温度または時間枠の5%以内であることを意味する。
【0055】
本明細書で用いられる「相同」とはこれらのポリペプチドが与えられたGBP(例えば、配列番号:1〜3)と少なくとも90%または少なくとも95%の配列同一性を共有し、その結果、細胞表面を介して多能性細胞と結合することを言う。例えば、本明細書で取り上げられたGBPと少なくとも90%または少なくとも95%同一なポリペプチドは、このペプチドと多能性細胞の外側表面上の分子との間の複合体の構成成分であると予想される。当業者であれば、ペプチドの改変には、置換、挿入(例えば、10以下のアミノ酸の付加)および欠失(例えば、10以下のアミノ酸の削除)が挙げられることが理解できる。これらの改変は構造や究極的には機能を損なうことなく、本明細書で取り上げられたポリペプチドに導入することができる。そのような改変を含むポリペプチドは、本明細書に記載された方法に用いることができる。
【0056】
加えて、同じ保守的グループのアミノ酸は典型的にはタンパク質の機能に実質的に影響することなく他のアミノ酸と置換できることが本技術分野でよく知られている。本発明の目的のため、そのような保守的グループを表3に示すが、保守的グループは共有する特性に基づいている。
【0057】
表3:アミノ酸の保守的置換
【表3】

【0058】
ビトロネクチン、フィブロネクチンおよび骨シアロタンパク質に対する遺伝子およびタンパク質配列が知られており、かつ、特徴づけられている。例えば、それぞれ、遺伝子識別(GeneID)番号7448、2335および3381を参照。上記遺伝子識別番号により定義されたすべての配列は、引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる。同様に、多能性幹細胞の自己複製を支持するために使うことのできる他のGAG結合分子についての情報が、例えば、引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる、Fromm, J.R., et al., Pattern and Spacing of Basic Amino Acids in the Heparin Binding Sites, Arch. Biochem. Biophys. 343:92 (1997)に見いだされる。
【0059】
記載されたそれぞれの文献は引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる。
【0060】
本発明は、制限されることのない下記の実施例を考慮することで、より完全に理解されるであろう。
【実施例】
【0061】
実施例1:GBPを提示する化学的に定義された表面上でのhESCおよびiPS細胞の培養と自己複製
方法:
細胞培養:H1、H7、H9、H13またはH14 hESC(WiCell研究所)およびiPS細胞(DF19−9およびIMR90由来のiPS細胞)をマトリゲル(商標)被覆プレート(BD Biosciences社;フランクリンレイク、NJから得たマトリゲル(商標))上で、mTeSRTM1培地を用いて維持した。細胞を37℃かつ5%COにて維持し、5〜6日毎に、5〜6分間の2mg/mlディスパーゼ(Dispase)(商標)(ギブコ社;ロックビル、MD)で処理した後に手動で継代した。
【0062】
hESCを10ng/mlヘレグリン−β1(ペプロテック社;ロッキーヒル、NJ)および5μM Y−27632(カルバイオケム社;サンディエゴ、CA)を補うこともあるmTeSRTM培地において、金上のペプチド−ATコンジュゲート(conjugates)のSAMに継代した。ヘレグリンは初期の細胞生存率を適度に改善することが示されている。いくつかの表面にはビトロネクチンGBP(配列番号:1)、フィブロネクチンGBP(配列番号:2)または骨シアロタンパク質(配列番号:3)のみのペプチド−ATコンジュゲートを提示させた。代わりに、いくつかの表面にはインテグリン結合ペプチド(配列番号:5)、フィブロネクチンから由来する他の生理活性ペプチド(配列番号:6)、FGF受容体結合ペプチド(配列番号:4)、ラミニン由来生理活性ペプチド(配列番号:7)、ADSQLIHGGLRSまたはMHRMPSFLPTTLのみのペプチド−ATコンジュゲートを提示させた。さらに、いくつかの表面には、インテグリン結合ペプチド(配列番号:5)およびFGF受容体結合ペプチド(配列番号:4);インテグリン結合ペプチド(配列番号:5)およびビトロネクチンGBP(配列番号:1);インテグリン結合ペプチド(配列番号:5)およびフィブロネクチン由来の生理活性ペプチド(配列番号:6);ならびにビトロネクチンGBP(配列番号:1)およびMRHMPSFLPTTLの個々のペプチド−ATコンジュゲートを提示させた。表面上のペプチドの密度は0.5%〜25%で様々であった(図1参照)。
【0063】
さらに、いくつかのhESCはビオチン化ビトロネクチンGBP(配列番号:1)で処理したストレプトアビジン被覆プレートまたはビトロネクチンGBP(配列番号:1)に架橋させたポリアクリルアミドゲルに継代した。
【0064】
化学的に定義された表面またはそれに付着したペプチドの性質に関係なく、約5×10細胞/mlを、5〜7日毎に(すなわち、コンフルエントで)、酵素を含まない細胞剥離緩衝液(シグマ社;セントルイス、MO;リン酸緩衝生理食塩水(PBS)+0.02%重量/体積のエチレンジアミン四酢酸(EDTA))で10〜15分間処理した後に、新しい化学的に定義された表面に手動で継代した。3回の継代(約21日)後に、細胞をフローサイトメトリー法により多能性細胞特異的マーカーで評価した。
【0065】
細胞接着:GBPに結合したhESCに対する可溶性GAGの効果を決定するために、hESCを可溶性ヘパリン(0.5mg/mL)の存在下若しくは非存在下で、マトリゲル被覆表面、ビトロネクチン被覆表面またはヘパリン結合ペプチドGKKQRFHRNRKG提示表面上に、hESCを播種した。1時間後、表面を洗浄し、細胞を溶解させた。細胞溶解産物を用いて、Cell Titer Glo(プロメガ社)を用いておおよその細胞数を決定した。ヘパリン非存在下に対する、ヘパリン存在下で播種された細胞の細胞溶解産物の平均発光の比率を、それぞれの表面に対して結合する細胞のパーセントとして表した。
【0066】
GBP結合にグリコサミノグリカン(GAG)が必要であるか否かを決定するために、マトリゲル上で培養したヒトESC(H9)を、10〜15分間、酵素を含まないハンクス平衡塩細胞剥離緩衝液(シグマ社)を用いて剥離させた。細胞はDMEM/F12(ギブコ社)、または2ユニット/mLコンドロイチナーゼABC(シグマ社)若しくは500μg/mLヘパリンを補ったDMEM/F12に再懸濁した。GAG分解酵素で処理した細胞を懸濁液の状態で37℃で1時間インキュベートした。細胞懸濁液をマトリゲル被覆表面、組み換えビトロネクチン被覆表面(10μg/mL、R&Dシステムズ社)、または5%表面密度のペプチドGKKQRFRHRNRKG提示SAM上に播種した。1時間後、表面をPBSで3回洗浄し、細胞をM−PER緩衝液(サーモフィッシャーサイエンティフック社、ロックフォード、IL)で溶解した。細胞溶解物をCellTiter−Glo(プロメガ社)と混合し、ATPの存在に基づいて培養物中の生存細胞の数を決定した。発光を20/20ルミノメーター(ターナーバイオシステムズ社、サニーベイルCA)で計測した。
【0067】
細胞増殖:hESC(H9)を5μM ROCK阻害剤を補ったmTeSR培地において、マトリゲル、ビトロネクチン、ポリリジン、GKKQRFRHRNRKG、またはKRGDS上で2回の継代にわたり培養した。細胞数をそれぞれの時点で細胞計数キット−8(ドージンドーモレキュラーテクノロジーズ社、ロックビル、MD)を用いて算出した。
【0068】
hESCの分化:3ヶ月以上の培養の後に、懸濁培養で、ポリ(2−ハイドロキシエチルメタクリレート)被覆フラスコ(グライナーバイオ−ワン社、モンロー、NC)内で、hESCに胚様体(EB)を形成させ、イスコフ改変ダルベッコ培地(ギブコ社)、15%ウシ胎児血清(FBS;ギブコ社)、1%可欠アミノ酸(ギブコ社)および0.1mMβ−メルカプトエタノール(ギブコ社)の培地において培養した。
【0069】
顕微鏡検査および免疫染色:画像は、オリンパスIX81顕微鏡上に取り付けられたハママツ(ブリッジウォーター、NJ)デジタルカメラで収集した。用いられた一次抗体は以下の通りであった:Oct−4(1:400;R&Dシステムズ社;ミネアポリス、MN)、SSEA−4(1:400;サンタクルーズバイオテクノロジー社;サンタクルーズ、CA)、β−IIIチューブリン(1:3000;R&Dシステムズ社)、ネスチン(1:3000)、α−フェトプロテイン(1:250;シグマ社)、FoxA2(1:100;R&Dシステムズ社)、α−平滑筋アクチン(1:1000;シグマ社)、および脂肪酸結合タンパク質4(1:250;R&Dシステムズ社)。細胞は4%ホルムアルデヒドおよび0.15%ピクリン酸を含むPBSで20分間37℃にて固定し、その後、0.1%TritonX−100および0.1%ウシ血清アルブミン(BSA)を含むPBSで透過処理を行い、ブロッキングした。すべての抗体は、室温で1時間インキュベートしたβ−IIIチューブリン、ネスチンおよびα−平滑筋アクチンに対する抗体を除き、ブロッキング緩衝液において4℃で一晩インキュベートした。二次染色はブロッキング緩衝液に希釈したAlexa Fluor(商標)488−および/または594−コンジュゲート抗体(1:1000;インビトロジェン社)で行い、室温で1時間インキュベートした。細胞は、4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール、ジラクテート(DAPI:インビトロジェン社)で対比染色した。画像の重ね合せはImageJ(ImageJはワールド・ワイド・ウェブ上で入手できるパブリックドメインのJava画像処理プログラムである)を用いて生成した。ペプチドアレイモザイクはAnalySIS Acquisition Software(オリンパス社)を用いて生成した。
【0070】
フローサイトメトリー法:hESCを、2%ニワトリ血清(ギブコ社)を含む0.05%トリプシン−EDTAにより剥離した。細胞表面マーカー染色は、アルカリフォスファターゼ(R&Dシステムズ社)、Tra1−60(BDバイオサイエンシズ社)、Tra1−81(BDバイオサイエンシズ社)、SSEA−4(BDバイオサイエンシズ社)、SSEA−3(BDバイオサイエンシズ社)、SSEA−1(R&Dシステムズ社)に対する直接的にコンジュゲートした抗体で、2%BSA(重量/体積)を含むPBS中で、4℃で30分間行い、その後、室温にて2%ホルムアルデヒド/PBSで30分間の固定を行った。
【0071】
細胞内マーカー染色のために、hESCを2%ホルムアルデヒド/PBSで室温で30分間固定した。Oct−4の染色のために、細胞をサポニン透過処理用緩衝液(SPB;PBS中0.1%サポニン、0.1%BSA 重量/体積)で室温で30分間透過処理を行い、その後、Oct−4 PE−コンジュゲート抗体で一晩インキュベートした。
【0072】
Sox−2の染色のために、細胞を氷冷した90%メタノールで透過処理を行い、SPBで洗浄し、Sox−2 Alexa Fluor(商標)コンジュゲート抗体で4℃で1時間インキュベートし、その後、SPBで2回洗浄した。
【0073】
フローサイトメトリーデータをFACSCaliburTM(BDバイオサイエンシズ社)を用いて取得し、FlowJo Software(ツリースター社;アッシュランド、OR)を用いて分析した。陽性細胞のパーセンテージは実験の細胞を部分的に分化させたhESCと比較することにより設定した。陽性および陰性集団のためのゲートは部分的に分化させたhESCの二つのピークを分析することにより設定した。
【0074】
G分染法核型決定:ヒトES細胞を下記のように回収した。エチジウムブロマイド(0.001%最終濃度;サーモフィッシャーサイエンティフィック社、http://www.thermofisher.com、ウォルサム、MA)を活発に分裂する培養物(継代後3または4日目)に直接的に加え、その後、5%COを伴う37℃インキュベータ内で40分間インキュベートした。コルセミド(200ng/ml最終濃度;インビトロジェン社)を培養物に加え、追加で30分間インキュベータに戻した。細胞を0.05%トリプシン−EDTA(インビトロジェン社)で剥離し、遠心分離し、5mlの0.075M KCl低張液(インビトロジェン社)で再懸濁し、37℃水浴にて18〜25分間インキュベートした。細胞懸濁液を20滴の3:1メタノール−酢酸固定液(低水分メタノール、ACSプラス認証の酢酸;サーモフィッシャーサイエンティフィック社)で、室温で5分間前固定した。続く遠心分離(200×g、5分間)により、前固定溶液を除去し、固定液で置換し、室温で30分間インキュベートした。固定液は少なくとも2回以上置換した。固定された細胞懸濁液を、CDS−5サイトジェネティックスドライイングチャンバー(サーモトロン社、オーランド、MI、http://www.thermotron.com)内で、規定の温度および湿度条件下(25℃/33%湿度)でスライドグラス上に滴下した。これらの試料を、サーモブライトスタットスピン(アボット社)上で90℃で1時間加熱し、G分染法のために中期伸展標本を「寝かせ」、室温まで冷却した。スライドを1×トリプシン−EDTA(0.05%、HBSS(インビトロジェン社)に希釈した)内に25〜30秒間浸し、その後、FBS溶液(2%(v/v)、インビトロジェン社、HBSSに希釈した)およびミリQ水(ミリポア社)で短時間の洗浄を行った。染色体を、ガー(Gurr)緩衝液(インビトロジェン社)に1:4で希釈したリーシュマン染色(0.2%(w/v)、シグマ社、メタノール(フィッシャー社)に溶解した)で90秒間染色し、ミリQ水(ミリポア社)で短時間の洗浄を2回行った。スライドを50℃のホットプレート上で15分間乾燥させ、サイトシール−60封入液(リチャード−アランサイエンティフィック社、カラマズー、MI、http://www.rallansci.com)で封入した。G分染法分析は、少なくとも20個の中期をランダムに選択して行った。選ばれた中期の各細胞内の染色体を計数し、染色体数の最頻値を求め、少なくとも8個を顕微鏡で分析し、そのうちの少なくとも4個を染色体図にした。中期の像を、オリンパスBX41顕微鏡(オリンパス、センターバレー、PA、http://www.olympusamerica.com)を用いてアプライドスペクトラルイメージング(ASI社)アクイジションおよびバンドビューソフトウェア(ビスタ、CA、http://www.spectral-imaging.com)で取り込み、分析した。
【0075】
定義された表面の製作:クロム(1nm)およびそれから金(25nm)を、熱蒸着装置(デントンバキューム社;ムーアズタウン、NJ)を用いて、ピラニア溶液で洗浄したカバーグラス(コーニングNo1 1/2、23mm四方)上に、蒸着させた。支持体を即座に無水エタノール中の1mMフルオロ−AT溶液中に浸漬した。24時間後、支持体をエタノールで完全にすすぎ、窒素流下で乾燥させた。フルオロ−AT SAMを有するカバーガラスに、石英フォトマスク(500μmまたは700μm四方のアレイ、0.067石英−クロムマスク(フォトサイエンス社、トランス、CA))を通して、UV光(1kw−−Hg−Xeリサーチアークランプ;スペクトラ−フィジックス社;スタンフォード、CT)を1時間照射した。照射された試料を無水エタノールおよび蒸留水を用いて数回繰り返し完全にすすぎ、窒素流下で乾燥させた。
【0076】
むき出しの金の領域上へのAT溶液のスポッティングは、2時間以内のフォトリソグラフィーで行った。スポッティングは、恒湿器内でP2−ピペットマン(ギルソン社;ミドルトン、WI)を用いて手動で行った。スポットされたアレイを恒湿器内で12時間保存し、エタノール及び水で繰り返し洗浄し、完全に洗浄した。アレイのスポットの相互汚染を防ぐために、洗浄中は高い流速を用いた。
【0077】
代わりに、250Åの金および10Åのクロムで被覆されたスライドグラス(22mm四方、0.16mm厚)をEMFコーポレーション社から購入した。アレイを上記の通り調製した。引用することによってその全体が本明細書の開示範囲とされる、Derda, R. et al., "Defined substrates for human embryonic stem cell growth identified from surface arrays," ACS Chem. Biol. 2, 347-355 (2007)。より大きい面積のペプチド−AT SAMが必要とされるときは、同じSAMを提示するチップ全体を、2枚の金被覆スライド間にペプチド−AT/グルカミン−ATを挟み込むことにより製作した。SAMは使用前に恒湿器内で24時間で形成させた。
【0078】
ペプチド−AT:ペプチドは、PioneerTMペプチド合成システム(アプライドバイオシステムズ社;フォスターシティー、CA)上で、リンクアミドAM樹脂上で、標準Fmoc化学を用いて合成した。ペプチド−ATコンジュゲートは上記のHouseman & Mrksichと同様に調製した。要約すると、遊離N末端を有する保護ペプチドを含む樹脂を乾燥THF中で膨潤させ、化合物1,HOBtおよび1,3−ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)の各々の5倍過剰量をTHF中の樹脂懸濁液に加えた。樹脂を12時間保温し、さらに3倍過剰量のDICおよびHOBtを加えた。3時間後、樹脂をカイザーテストで試験し(Kaiser E, et al., "Color test for detection of free terminal amino groups in solid-phase synthesis of peptides," Anal. Biochem. 34:595-598 (1970))、DMFとジクロロメタンで洗浄し、真空減圧下で乾燥させた。TFA/DIC/EDT/HO/フェノール(36:1:1:1:1)で2時間開裂させ、エーテル沈殿を行った後に、コンジュゲートを分取HPLCにより精製した。勾配を用いた(移動相Aのパーセンテージ):100→0% 20分、0% 3分、0→100% 3分。およそ17分の保持時間のピークを収集した。精製した各資料をLCMSおよびH NMRにより分析した。H NMRにおけるCDOD中のAT−ペプチドの1,1,1−三重線δ2.49 (t[111t], 2H, J=7.1 Hz, JHD=1.0 Hz)の三重線の存在は、遊離チオール官能基を示す。遊離チオール官能基の隣が、メチレン水素のシグナルである(隣接したメチレンとカップリングした7NZ、遊離チオール上の重水素とカップリングした1Hz)。
【0079】
結果:
本発明者らは、配列番号1などのGBPが単独でまたは他の接着ペプチドとの組合せで、提示の方法の代替方法を用いて多能性細胞の付着、増殖および維持を支持できるか否かを調べた。本明細書に記載された化学的に定義された表面は、優れた付着、自己複製およびコロニーの広がりを見せたが、ある程度の専門技術を必要とした。
【0080】
Rho関連コイルドコイルキナーゼ(ROCK)の阻害剤であるY−27632を補ったmTeSR培地において、GBPを提示する表面上で6日間増殖したhESC(H1およびH9)は高レベルのOct−4およびSSEA−4の発現を維持した(図1)。グリコサミノグリカン分解コンドロイチンABC酵素で処理した細胞はマトリゲルおよびビトロネクチンに接着する能力を維持したが、GKKQRFRHRNKGを提示する合成表面への接着の減少が見られた。同様に、可溶性ヘパリンも表面への結合に対してGAGと競合して、接着を阻害した(図2a)。
【0081】
様々なペプチド表面がhESCの付着、増殖および維持を支持した。興味深いことに、GBPを提示するペプチド表面は、ビトロネクチンGBPのように、細胞の付着および自己複製の双方を最も強く支持したが、このことは6日後のOct−4およびSSEA−4の存在により判断された。特に、RGDペプチドおよびビトロネクチンGBPの組合せが細胞の自己複製を支持したのに対して、RGDペプチドを介して結合するインテグリンは自己複製には必須ではなかった(図2参照)。
【0082】
RGD提示表面は、多能性幹細胞の増殖に対しては、より劣る支持体である。GBP上で培養した細胞は、高い核細胞質比率を示し、高いレベルの多能性マーカーを維持し(図2b)、未分化hES細胞に特徴的な堅く凝縮したコロニーの形態で増殖した。対照的に、RGD提示表面上で増殖した細胞集団は、コロニーおよび個々の細胞の不均質な混合物の形態で増殖し、この集団においてはより少ない細胞が多能性マーカーを示した(図2b)。一貫して、RGD提示表面上で培養した細胞は様々な形態を示し、三胚葉のすべてに分化した。従って、RGDペプチド単独への付着は、自己複製を支持するには不十分であった。
【0083】
配列番号1のペプチドを提示する定義された表面上で継続的に3ヶ月継代した後に、細胞をOct−4およびSSEA−4(図3b参照)、NANOGおよびSOX2などの多能性細胞特異的マーカーで評価したところ、これらは高いレベルで維持されていた。重要なことに、GBP提示表面上で培養した細胞は未分化多能性細胞の均質な集団を形成し(図3a)、密集して凝縮したコロニー内で増殖した。対照的に、マトリゲル(商標)上で培養した細胞は不均質の細胞集団を形成した。多能性細胞に関連したマーカーの遺伝子発現レベルは、マトリゲル上で増殖した細胞とGBP提示表面上で増殖した細胞とで同等であったが、マトリゲル上で増殖した細胞は特定の多能性マーカーの細胞表面の発現を消失させた(図3a)。対照的にGBP提示表面上で増殖した細胞は、これらのマーカーの細胞表面での発現を維持した。さらに、GBP提示表面上で増殖した細胞は、実験の過程にわたり核型的に正常なままであった(図3b参照)。
【0084】
GBP提示表面は細胞分裂の促進においてはポリリジン被覆表面よりも優れている。標準的な支持体上で培養した多能性幹細胞の増殖特性を、合成ペプチドを提示する表面上で培養した細胞の増殖特性と比較した。2回の継代にわたり様々な表面上で培養したhES細胞(H9およびH13)およびベクターを含まないiPS細胞(DF19−9)に対して、増殖曲線を作成した。マトリゲル被覆表面は、ビトロネクチン−およびGKKQRFRHRNKG−被覆表面と比較して、24時間後に若干高いコロニー形成率を示し、ビトロネクチン−とGKKQRFRHRNKG−被覆表面は同等であった。合成ペプチドKRGDSを提示する表面は最も低いコロニー形成率を示した(図5)。マトリゲル−被覆、ビトロネクチン−被覆およびGKKQRFRHRNKG−提示表面上で培養した細胞では、各継代後、細胞数の増加が観察された(図5)。
【0085】
ヘパリン結合ペプチドGKKQRFRHRNKGまたはGKKQRFRHRNKGおよびRKGDSの組合せを提示する合成表面上で培養した細胞は、マトリゲル上で培養した細胞と同等の数の細胞分裂を行ったが、このことは蛍光細胞染色により示された。対照的に、ビトロネクチン被覆表面およびKRGDS提示合成表面上で培養した細胞はより少ない回数の細胞分裂を行った。重要なことに、GKKQRFRHRNKG提示表面は細胞分裂の促進においてポリリジン被覆表面よりも優れている。
【0086】
SAMに加えて、他の化学的に定義された表面も同様に多能性細胞の培養に適していた。例えば、ビオチン化された配列番号1のペプチドで処理されたストレプトアビジン被覆プレートは、配列番号1のペプチドがSAM上に提示されたときほどでは無かったが、細胞接着と増殖を支持した(データ省略)。興味深いことに、コロニーの広がりはSAM上での広がりよりも低かったが、目に見える細胞死の増加を伴わずにROCK阻害剤を除外することができ、このことから他のペプチド提示足場は培地にROCK阻害剤を必要としないことが示唆された。同様に、ポリアクリルアミドまたはカバーグラスにコンジュゲートしたCGKKQRFRHRNRKGもSAMと同等の細胞接着および増殖を支持した。これらの結果から、GAG結合ペプチドを提示する様々な支持体が多能性細胞の細胞接着および増殖を維持できることが示された。
【0087】
化学的に定義されたペプチド提示表面上で培養した多能性細胞は、自己複製能だけではなく、三胚葉由来の細胞へと分化する能力も保持していた。配列番号1のペプチドを提示する化学的に定義された表面上での3ヶ月間の培養の後に、細胞は続いて浮遊培養中でEBを形成した。浮遊培養での2週間の後に、不均質な細胞の集団が三胚葉のすべてのマーカーで染まり、外胚葉の派生物であることを示すβ−IIIチューブリンおよびネスチンで陽性に染まった。加えて、いくつかの細胞は、中胚葉の派生物であることを示す脂肪酸結合タンパク質4およびα−平滑筋アクチンで陽性に染まった。最後に、いくつかの細胞は、内胚葉の派生物であることを示すα−フェトプロテインおよびFoxA2で陽性に染まった。同様の結果が、合成支持体上で1ヶ月間(6回の継代)培養した様々なhESC株(例えばH1、H7、H9およびH13)を用いて観察された。
【0088】
実施例2:GBPを提示する化学的に定義された表面上で培養した非多能性細胞からの多能性細胞の分離
方法:
GBP提示表面は本質的に実施例1に記載される通りに作成した。多能性細胞は本質的に実施例1に記載される通りに培養した。
【0089】
細胞接着に対するROCK阻害剤の効果:未分化hESC(Oct−4陽性)および胚様体から由来する分化した細胞(Oct−4陰性)の混合物をGBP GKKQRFRHRNRKGおよびインテグリン結合ペプチドKRGDSを提示する自己組織化単分子膜上に植え付けた。いくつかの実験では、細胞をCGKKQRFRHRNRKGペプチドを提示するポリアクリルアミドまたはカバーグラス上に植え付けた。細胞を5μMのROCK阻害剤Y−27632を含有するmTeSR培地中で24時間増殖させ、その後、更なる24時間培養のためにROCK阻害剤無しのmTeSR培地に交換した。細胞を固定し、Oct−4で染色し、ファロイジンおよびDAPIで対比染色した。いくつかの事例では、細胞をROCK阻害剤無しで表面に加えた。
【0090】
結果:
実施例1に記載されるように、ROCK阻害剤存在下でGBPを提示する表面上で培養した多能性細胞は、高いレベルの多能性細胞特異的マーカーを維持した(図2b)。しかし、ROCK阻害剤の除去後、かなりの数の未分化細胞の剥離が観察された。対照的に、分化した細胞はROCK阻害剤の除去後も接着および生存したままであった。従って、培地からのROCK阻害剤の除去により、未分化の潜在的に奇形種を形成する細胞は、分化した細胞集団を残して、選択的に剥離した。細胞をROCK阻害剤無しの表面に加えると、いくつかの細胞は表面に接着したが、これらの細胞はほとんどOct−4陽性の未分化細胞ではなかった。
【0091】
要約すれば、本明細書に記載された実施例により単一型のペプチドしか有さない化学的に定義されたペプチド提示表面でも、多能性細胞の日常の培養および自己複製に用いることができることが示された。特に、本明細書に記載されたペプチドを提示するSAMは、接着、自己複製およびコロニー拡大を提供した。
【0092】
本発明は、現在、最も実用的で好ましい態様であると考えられることに関連して記載されている。しかし、本発明は例示のために示されているのであって、開示した態様に限定することを意図したものではない。従って、当業者は本発明が全ての改変および代替の手法が、特許請求の範囲に記載された発明の精神および範囲に含まれるように意図されていると理解するであろう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性細胞の培養方法であって、Rho関連キナーゼ(ROCK)阻害剤を含んでなる化学的に定義された培地において、GAG結合ペプチドを提示する表面を有する不溶性の支持体上で多能性細胞を培養する工程を含んでなる、方法。
【請求項2】
表面が化学的に定義されたものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ペプチドが1または2の疎水性アミノ酸残基により隔てられた塩基性アミノ酸残基を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
多能性細胞が胚性幹細胞(ESCs)および誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)から選ばれる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
多能性細胞がヒト細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
ペプチド提示表面がX(CHSHの構造を有するアルカンチオールを含んでなる、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
nが約3〜約50である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
ペプチドが配列番号1、配列番号2、配列番号3および図4において定義されたいずれかのペプチドからなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
ペプチドが表面の約0.5%〜約100%、表面の約0.5%〜約50%、または、好ましくは表面の少なくとも30%の面積を占める、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
ROCK阻害剤が(+)−(R)−トランス−4−(1−アミノエチル)−N−(4−ピリジル)シクロヘキサンカルボキサミドジハイドロクロライド(Y27632)である、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
非多能性細胞から多能性細胞を分離する方法であって、
ROCK阻害剤を含んでなる化学的に定義された培地において、GAG結合ペプチドを提示する表面を有する不溶性の支持体上で多能性細胞および非多能性幹細胞を培養する工程と、
多能性細胞が支持体から分離するまで培地からROCK阻害剤を除去する工程と
を含んでなる、方法。
【請求項12】
GAG結合ペプチドを提示する表面を有する不溶性の支持体と、表面に接着している多能性細胞であって、多能性細胞特異的マーカーを示し、かつ、表面への接着の3ヶ月以上後に三胚葉のすべてに分化する能力を示す細胞とを含んでなる組成物。
【請求項13】
GAG結合ペプチドを提示する表面を有する不溶性の支持体と、ROCKキナーゼ阻害剤を含んでなる化学的に定義された培地とを含んでなる、培養容器。
【請求項14】
表面が化学的に定義されたものである、請求項13に記載の培養容器。
【請求項15】
ペプチドが1または2の疎水性アミノ酸残基により隔てられた塩基性アミノ酸残基を有する、請求項13に記載の培養容器。
【請求項16】
ペプチドが表面の約0.5%〜約25%の面積を占める、請求項13に記載の培養容器。
【請求項17】
表面がX(CHSHの構造を有するアルカンチオールを含んでなる、請求項13に記載の培養容器。
【請求項18】
nが約3〜約50である、請求項17に記載の培養容器。
【請求項19】
ペプチドが配列番号1、配列番号2、配列番号3および図4において定義されたいずれかのペプチドからなる群から選択される、請求項13に記載の培養容器。

【図2】
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【図4】
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【図1】
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【図3】
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【図5】
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【公表番号】特表2012−502664(P2012−502664A)
【公表日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−528041(P2011−528041)
【出願日】平成21年9月21日(2009.9.21)
【国際出願番号】PCT/US2009/057705
【国際公開番号】WO2010/033925
【国際公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.JAVA
【出願人】(591057706)ウィスコンシン・アルムニ・リサーチ・ファウンデーション (26)
【氏名又は名称原語表記】WISCONSIN ALUMNI RESEARCH FOUNDATION
【Fターム(参考)】