説明

大腸菌O26およびO157の同時検出培地ならびにその検出法

【課題】 従来の培地、手法は、検査対象となるO26とO157および一般の大腸菌について、これらを同時に識別することができず、それぞれ個別の培地を用いて行う必要があった。本発明は、O26とO157および一般の大腸菌を同時に識別できる新規な培地ならびにその検出法を開発することを技術課題とした。
【解決手段】 本発明の大腸菌O26およびO157同時検出培地は、栄養素、鑑別剤、選択剤および固形剤からなる培地において、鑑別剤としてラムノース、大腸菌O157が非発色の酵素基質およびpH指示薬を含有することを特徴として成るものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食中毒菌である腸管出血性大腸菌O26およびO157を同時に分離できる培地ならびにその検出法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
腸管出血性大腸菌は、重篤な胃腸炎を起こし、溶血性尿毒症症候群を併発した場合は、致死的経過をとることもある病原菌であり、2006年には全国で2,154株の分離株の情報が感染症研究所に報告された。この中で、腸管出血性大腸菌O26とO157(以下、単に「O26」、「O157」と呼ぶこともある)は、それぞれ、23.8%および68.1%を占めている。厚生労働省は、近年O26による感染例の増加が目立っていることを重要視し、平成18年11月にO157だけでなく、O26も加えた腸管出血性大腸菌の食品からの検査法を通知した。この通知の中で、寒天培地は、O26用の2種類(CT-RMAC、大腸菌が鑑別できる培地)、およびO157用の2種類(CT-RMAC、O157用酵素基質培地)を用いることが原則となっているが、両方の菌を識別可能な培地があれば、3種類の培地(O26選択培地、O157選択培地、両種を選択できる培地)を用いて、O26とO157を効率よく検出することが可能となる。
【0003】
また、胃腸炎患者や調理従事者の糞便検査における腸管出血性大腸菌の対象は、多くの場合、O157に絞り込んで実施しているのが現状であるが、O26とO157が識別できる培地が開発されれば、労力や経費を増すことなく、O26も対象とすることができ、腸管出血性大腸菌感染症の検出効率を上げることが可能となる。
【0004】
現在、腸管出血性大腸菌O26と一般の大腸菌、あるいはO157と一般の大腸菌を検出するための培地は数種類製品化されており、特許出願や論文も多数認められる(特許文献、非特許文献)。
従って、食品や糞便等の検体からO26とO157の両方の大腸菌を選択的に分離するためには、最低2種類の寒天培地が必要となる。
なお、O26用としてはCT-RMAC寒天培地(デンカ生研等)とCT-RX O26寒天培地(栄研化学)が、O157用としてはCT-SMAC寒天培地(日水製薬等)、BCM O157寒天培地(栄研化学)、クロモアガーO157培地(クロモアガー)、CT-O157:H7ID寒天培地(日本ビオメリュー)等が製品化されている。
【0005】
O26用の培地は、O26が一般の大腸菌と異なりラムノース(糖の一種)非分解である性質を利用しており、O157用の培地の多くは、O157のソルビトール(糖の一種)非分解あるいはβ-グルクロニダーゼ活性陰性の性質を利用したものであり、これらはO26とO157のいずれか一方は検出可能であるが、他方と一般大腸菌を区別することはできない。
【特許文献1】特開2000−210076号公報
【特許文献2】特開2000−342249号公報
【特許文献3】特表2000−508176号公報
【特許文献4】特開2001−8679号公報
【特許文献5】特開2002−281959号公報
【非特許文献1】感染症学雑誌73巻5号 第407〜412頁
【非特許文献2】感染症学雑誌75巻4号 第291〜299頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような技術の現状に鑑み、O26とO157および一般の大腸菌を同時に識別できる培地ならびにその検出法を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち請求項1記載の大腸菌O26およびO157同時検出培地は、栄養素、鑑別剤、選択剤および固形剤からなる培地において、鑑別剤としてラムノース、大腸菌O157が非発色の酵素基質およびpH指示薬を含有することを特徴として成るものである。
【0008】
また請求項2記載の大腸菌O26およびO157同時検出培地は、前記請求項1記載の要件に加え、選択剤としてグラム陽性菌抑制剤、亜テルル酸塩および抗生物質から選ばれた一種または2種以上を含有することを特徴として成るものである。
【0009】
また請求項3記載の大腸菌O26およびO157同時検出培地は、前記請求項1または2記載の要件に加え、pH指示薬がフェノールレッドあるいはニュートラルレッドであることを特徴として成るものである。
【0010】
また請求項4記載の大腸菌O26およびO157同時検出培地は、前記請求項1、2または3記載の要件に加え、大腸菌O157が非発色の酵素基質がβ―グルクロニダーゼの基質である色原体化合物であることを特徴として成るものである。
【0011】
また請求項5記載の大腸菌O26およびO157同時検出法は、栄養素、鑑別剤、選択剤および固形剤からなる培地において鑑別剤としてラムノース、大腸菌O157が非発色の酵素基質およびpH指示薬を含有する培地を用いることを特徴として成るものである。
【発明の効果】
【0012】
本願発明によればO26とO157が同時に識別できることから、労力や経費を増すことなく、更にO26の識別することができるので腸管出血性大腸菌感染症の検出効率を上げることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者は、栄養素、鑑別剤、選択剤および固形剤からなる培地において、鑑別剤としてラムノース、大腸菌O157が非発色の酵素基質およびpH指示薬を用いると、O26とO157および一般の大腸菌を識別できることを見出し、鋭意、検討の結果、大腸菌O26およびO157を同時に検出することができる分離用培地ならびにその検出法を完成した。
【0014】
本発明の培地に用いられる栄養素としては、微生物の発育に必要な成分はいずれも用いることができ、カゼインペプトン、獣肉ペプトン、大豆ペプトン、ゼラチンペプトン、カゼイン・獣肉ペプトンなどのペプトン、肉エキス、心臓浸出液、酵母エキス、麦芽エキス、ジャガイモエキスなどのエキス、塩化ナトリウム、リン酸水素二カリウムなどの無機塩類を用いることができる。
【0015】
本発明の培地においては、鑑別剤としてラムノースと大腸菌O157が非発色の酵素基質ならびにpH指示薬を用いる。
大腸菌O157が非発色の酵素基質としては、β―グルクロニダーゼの基質である色原体化合物であって、例えば、X-Gluc: 5-ブロモ−4−クロロ−3−インドリル-β-D-グルクロニド、MUG: 4−メチルウンベリフェリル-β-D-グルクロニド、Magenta-Gluc: 5-ブロモ-6-クロロ-3-インドリル-β-D-グルクロニド、Salmon-Gluc: 6-クロロ-3-インドリル-β-D-グルクロニドなどが用いられる。これらは、培地1リットルあたり0.05〜0.5g程度使用するのが良い。
【0016】
pH指示薬としては、フェノールレッド、ニュートラルレッド、ブロモフェノールパープル、ブロモチモールブルー、ブロモフェノールレッド、クロロフェノールレッドなどの中性色と酸性色が異なる指示薬が適している。これらは、用いる指示薬により異なるが、培地1リットルあたり0.01〜0.1g程度使用するのが良い。
【0017】
選択剤としては、O26とO157以外の大腸菌や大腸菌以外の細菌微生物の生育を抑制するものが用いられる。例えば、胆汁酸塩、デスオキシコール酸ナトリウム、ラウリル酸ナトリウム等の界面活性剤、クエン酸ナトリウム等の有機酸塩、エオジンY、メチレンブルー、ブリリアントグリーン、クリスタルバイオレット、マラカイトグリーン等の色素、セレナイト、テトラチオン酸塩、チオ硫酸ナトリウム等の無機塩類、亜テルル酸塩、セフィキシムなどの抗菌剤等を必要に応じて使用することができる。これらは、用いる選択剤により異なるが、培地1リットルあたり0.0001〜2g程度使用するのが良い。
【0018】
固形剤としては、寒天がもっとも便利に用いられる。
以下、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0019】
本発明の培地であるデオキシコレート・ラムノース・X-Gluc寒天培地(DRX寒天培地)、セフィキシム・亜テルル酸カリウム加DRX寒天培地(CT-DRX寒天培地)および胆汁酸・ラムノース・X-Gluc寒天培地(BRX寒天培地)を作製した。各培地の組成に精製水を加え全量を1000mlとし、加温溶解後、50〜60℃に冷却し、シャーレに20mlずつ分注した。なお、セフィキシムと亜テルル酸カリウムは、50〜60℃に冷却後に添加した。
【0020】
【表1】

【0021】
【表2】

【0022】
【表3】

【0023】
腸管出血性大腸菌O26分離株(S4433)、腸管出血性大腸菌O157分離株(S4099)および一般の大腸菌O103分離株(S5163)の菌液をDRX寒天培地、CT-DRX寒天培地およびBRX寒天培地に画線塗抹し、37℃で20時間培養後、各培地に発育した集落を観察した。
【0024】
【表4】

【0025】
表4に示したようにDRX寒天培地上の集落は、O26はラムノース非分解であるのでペプトン等の分解物によりアルカリ性に傾きフェノールレッドが赤色になり、さらにβ−グルクロニダーゼ活性により発色酵素基質(X-Gluc)が青緑色に発色し、混合され青色になった。O157は本培地の条件下ではラムノース弱分解でありフェノールレッドはほぼ培地色にとどまり、β−グルクロニダーゼ活性も陰性であるので、透明感のある白色集落となった。O103は、ラムノースを分解することにより酸性に傾き、フェノールレッドの黄変とデオキシコール酸析出により混濁した淡黄色になり、さらにβ−グルクロニダーゼ活性により青緑色に発色することで、結果として混濁した緑色になった。
【0026】
O26とO157以外の細菌に対する抑制力を強化したCT-DRX寒天培地では、O26とO157はDRX寒天培地と同様の集落を形成したが、O103は発育することができなかった。
BRX寒天培地では、O26はX-Glucの発色(青緑色)とアルカリ性による淡黄色(ニュートラルレッドのアルカリ色)で緑色の集落となり、O157はβ−グルクロニダーゼ活性陰性であり、ラムノース分解性も弱いのでやや赤みを帯びた白色集落(透明)となった。O103はラムノース分解による赤色化(ニュートラルレッドの酸性色)とX-Glucの発色(青緑色)が混合され紫色の集落となった。
3種類の大腸菌を混合して塗抹した場合は、DRX寒天培地とBRX寒天培地では3色の集落が混在していたが、CT-DRX寒天培地ではO103の発育がみられないので2色の集落しか確認できなかった。
【実施例2】
【0027】
実施例1で作成したDRX寒天培地とCT-DRX寒天培地における大腸菌の発育状況と集落色を平成18年11月2日付け食安監発第1102004号指定のCT-RMAC寒天培地、CT-SMAC寒天培地、CT-RXO26寒天培地およびクロモアガーO157 TAM寒天培地と比較した。O26、O157およびその他の大腸菌の各6株の菌液をPBS(-)で、10−8まで10倍段階希釈し、50μlずつ各選択培地およびハートインヒュージョン(HI)寒天培地に塗抹し、37℃で20時間培養後、集落色の確認と集落数の測定を行った。なお、かっこ内の数字は、HI寒天培地で測定した菌数を100とした場合の各培地での細菌数を示す。
【0028】
【表5】

【0029】
表5に示したようにDRX寒天培地およびCT-DRX寒天培地上の集落は、O26の6株すべてが青色に、O157の6株すべてが白色になった。また、O26株はすべてO26用の選択培地であるCT-RMAC寒天培地とCT-RXO26寒天培地に、O157株はすべてO157用のCT-SMAC寒天培地とクロモアガーO157 TAM寒天培地に発育し、集落色もすべて各培地が設定した色になった。O26、O157以外の大腸菌は、DRX寒天培地では6株とも緑色集落となったが、CT-DRX寒天培地では、6株中4株が他のセフィキシムと亜テルル酸カリウム添加培地(CT-SMAC寒天培地、CT-RXO26寒天培地)と同様に発育がみられなかった。DRXおよびCT-DRX寒天培地におけるO26株とO157株の発育菌数は、抑制剤などの影響でHI寒天培地に比べやや少なくなる傾向がみられたが、他の選択培地と比べると個々の菌株では多少増減がみられるものの発育菌数に大きな違いはみられなかった。
【実施例3】
【0030】
大腸菌以外の主な腸内細菌科の6菌種をDRX寒天培地とCT-DRX寒天培地に画線塗抹し、37℃で20時間培養し、発育集落を観察した。
【0031】
【表6】

【0032】
表6に示したようにこれら6菌種の中でDRX寒天培地とCT-DRX寒天培地上でO26と同様の青色集落を形成するものはなかった。Proteus属の2菌種はDRX寒天培地ではO157に類似した白色(透明)の集落となったが、CT-DRX寒天培地では非発育あるいは微小集落となり、O157の集落との識別は可能であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
栄養素、鑑別剤、選択剤および固形剤からなる培地において、鑑別剤としてラムノース、大腸菌O157が非発色の酵素基質およびpH指示薬を含有することを特徴とする大腸菌O26およびO157同時検出培地。
【請求項2】
選択剤としてグラム陽性菌抑制剤、亜テルル酸塩および抗生物質から選ばれた一種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の大腸菌O26およびO157同時検出培地。
【請求項3】
pH指示薬がフェノールレッドあるいはニュートラルレッドであることを特徴とする請求項1または2記載の大腸菌O26およびO157同時検出培地。
【請求項4】
大腸菌O157が非発色の酵素基質がβ―グルクロニダーゼの基質である色原体化合物であることを特徴とする請求項1、2または3記載の大腸菌O26およびO157同時検出培地。
【請求項5】
栄養素、鑑別剤、選択剤および固形剤からなる培地において鑑別剤としてラムノース、大腸菌O157が非発色の酵素基質およびpH指示薬を含有する培地を用いることを特徴とする大腸菌O26およびO157同時検出法。

【公開番号】特開2009−225729(P2009−225729A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−75891(P2008−75891)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(590002389)静岡県 (173)
【Fターム(参考)】