説明

天然色材による新しい浸染と捺染の方法、「新万葉染め」

【課題】 古来、天然色素は「煎出」により抽出されていたが、色材の細胞中に含まれる「配糖体」が壊れることにより抽出率が悪く、染め重ね等で非常に手間がかかるという難点があった。その為近年は、一般的には濃淡と配色の容易な合成染料染色に代替えされていた。合成染料は、染色加工や染色製品の着用、廃棄の各段階において、人体ならびに地球環境へ非常にダメージを与える為、天然色素抽出の効率化が課題であった。
【解決手段】 動植物の細胞の大きさは10〜20μであり、主として天然色素は色材の細胞中に水溶性の配糖体として存在している。従って、色材の粒径を50μ程度にまで微粉砕すれば天然色素は抽出され易くなり、70〜80℃の温水で処理することにより効率よく抽出できる方法を発明した。また新たに発明した中間媒染法により、大抵の色材の場合は染着量を大幅に増加させることができるようになった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
植物材料を微粉砕し、天然色素を低温で抽出すること並びに媒染の方法を改善することに基づく天然色材による新しい浸染と捺染の方法。
【背景技術】
【0002】
古代の衣生活の中では色彩が大きな要素であると同時に、位階を表わすものでもあったが、それらの色彩は3〜4世紀に中国から渡来した医薬品を転用した天然色材によって染め出されていた。それらを染め出す技法は、染師による伝統技法として継承されてきたため、昔ながらの高経費で煩雑な染色方法をそのまま踏襲してきている。
【特許文献1】 無し
【非特許文献1】 上村六郎著「日本の草木染」
【非特許文献2】 後藤捷一、山川隆平編「染料植物譜」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
近年になって、地球規模での安全や環境保全に対する意識の高揚に伴い、合成染料よりも天然色素で染めた衣料に対する要望が強くなってきているが、古来の染色技法ではそれに対応することは材料コストや作業量において不可能である。
植物中の天然色素は、いずれも細胞内に主として水に対する溶解度の高い配糖体の形で存在している。この天然色素の配糖体は、熱や酸によって加水分解され易いので、従来の染色方法のように、天然色材をほぼそのままの形で煎出したのでは、抽出の効率が低い上に、煎出による色素の加水分解も加わってくる。そのために、染色に際しては被染繊維と同量(100%owf)の色材を必要とし、しかも、濃色を得るには何回もの染め重ねをしなければならなかった。従って、これらの問題点を解決するには、天然色素を分解させることなく抽出効率を高くし、しかも、繊維に対する親和力を増加させることが不可欠である。
【課題を解決するための手段】
【0004】
天然色素が主として存在している植物の細胞サイズは、通常20μ程度とされている。従って、それに近いサイズまで粉砕して水中に浸漬すれば、大半の色素が溶出してくるので、本発明においては、天然色材を40μ以下のサイズにまで微粉砕することを第一の要点としている。
例えば、黄色のフラボノール色素を含有する槐(えんじゅ)の場合については、40μ以下まで微粉砕した試料を水に加えて70℃〜80℃に加熱することにより、色素のほぼ全量を抽出することを得た。この量は、図1に示したごとく、従来の染色方法における溶出量の3.2倍程度に相当し、残滓は6%程度であった。
さらにまた、天然色素の繊維に対する親和力が概して合成繊維よりも小さいことを補うための手段として、中間媒染法を新規に開発したことが、本発明の第二の要点となっている。すなわち、染色中にいったん繊維を引き上げて媒染浴に浸漬した後再び染浴に戻すことにより、吸着した媒染金属イオンを介して染浴内の色素の大半が迅速に繊維に吸着させることを得た。
これらの本発明の要点については、以下の実施例によって詳細に説明する。
【発明の効果】
【0005】
本発明によって、天然色素による染色を合成染料と同様の手続きで行えるようになれば、染料の製造コストと染色の手間が大幅に改善できることとなり、近年の安全や環境保全に対する意識の高揚に伴った天然色素染め衣料に対する要望に応えることが容易となろう。
【実施例1】
【0006】
槐(えんじゅ)の場合
前記の槐試料について、従来の方法により100%owfの色材を使用した場合を「原試料」、40μ以下に微粉砕した色材を使用した場合を「微粉砕試料」として、絹繊維を染色し、アルミニウムイオンで媒染した両者の染色性を比較すると、微粉砕試料では繊維に対して20%owfで原試料と同等の染着を得ることができる。すなわち、原試料による1回の染色に対しては、1/5の量の色材で良いことになり、微粉砕試料を30〜50%owfに加減するだけで、より濃色な染着を得られるようになった。染色コストの軽減や廃材処理にも極めて有用であると言える。
【実施例2】
【0007】
茜(あかね)の場合
茜に含まれている天然色素は、いずれも水に難溶性であるため、従来の染色方法では主としてアルミニウムイオンによる繊維の前処理、すなわち先媒染が必要であった。しかしながら、本発明の方法によれば、従来法の約5.7倍の天然色素が溶出できるので、先媒染をすることなく、他の色材の場合と同様の染色方法によって、実施例1の場合と同様に20〜50%owfで、より濃色を得ることができる。
【実施例3】
【0008】
楊梅(やまもも)の場合
本色材は、黄色のフラボノール色素とタンニン色素を併有しているが、硬い樹皮を使用するので、従来は単に叩解するだけで染色に供していた。従って、煎出する色素料が少なかったが、本発明の方法によれば、従来法より約6.9倍の色素が溶出するので、実施例1の場合と同様に20〜50%owfで、より濃色を得ることが出来、アルミニウムイオンの媒染では黄色に、鉄イオンの媒染では黒色に染色することができる。
【実施例4】
【0009】
蘇芳(すおう)の場合
本色材では、クロマン類の色素ブラジレインを有し、従来法では植物の心材をチップ状で使用していたので抽出効率が低かった。しかし、本発明の方法によれば、従来法により約3.8倍の色素が溶出するので、木綿を染色する場合は実施例1の場合と同様に、20%owfで原試料の場合と同等の染着量を得ることができ、さらに30〜50%owfではより濃色が得られ、アルミニウムイオンによる媒染では赤色に、銅イオンによる媒染では紫色に染色することができる。
【実施例5】
【0010】
コチニールの場合
本色材は、酸性染料と同様のアニオン性を有しているので、絹や羊毛には良く染着するが、木綿には使用することができなかった。しかし、本発明の方法によれば、従来法より約4.1倍の色素が溶出するので、木綿に対してもアルミニウムイオンまたは銅イオンによる中間媒染法を適用することにより実施例1の場合と同様に10〜40%owfで濃色を得ることができる。
【実施例6】
【0011】
型染めの方法
前記の色材を温水で予め溶出して天然糊に10〜30%混入してから、予め水溶液に4%溶解させた媒染剤を、糊に対して1〜5%混合させることによって型染めによる染着を得ることができる。
【実施例7】
【0012】
先媒染処理法
「新万葉染め」をより濃く染着するには、従来のカチオン処理をするが、アルミ先媒染処理をすれば得られる.
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】槐(エンジュ)の場合の微粉砕試料と原試料の色素の抽出料の比較データである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然色素の抽出方法:従来天然色素の抽出は、被染繊維と同量の色材を煎出することによって行われて来た。これに対して本請求は、色材を40μ以下まで微粉砕し80℃以下の温湯で処理することにより、色材の細胞内に主として配糖体として含まれている天然色素を分解することなく高い効率で抽出する方法。
【請求項2】
浸染の方法:請求項1記載の方法で抽出した天然色素を含む染浴から取り出し、被染繊維を主としてアルミニウムイオン、銅イオンまたは鉄イオンにより中間で媒染することによって、効率よく染着させる方法。
【請求項3】
捺染の方法:請求項1で記載の方法で抽出した天然色素を含む溶液を、主として海藻成分、蒟蒻、セリシン、卵白などの天然糊剤を用いて行う捺染の方法。
【請求項4】
主としてフラボノイド類の各種天然色素を含む花弁または種子を有する植物、並びに主としてキノン類、ポリフェノール類、クロマン類などの各種天然色素を含む心材または根茎を有する植物から、請求項2に記載の方法で行う浸染の方法及び請求項3に記載の方法で行う捺染の方法。
【請求項5】
請求項2に記載した方法で行う各種の天然食用色素による浸染の方法、及び請求項3に記載した方法で行う各種の天然食用色素による捺染の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−52194(P2011−52194A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−219671(P2009−219671)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(509125615)
【Fターム(参考)】