説明

学習記憶障害を改善する機能性食品

【課題】学習記憶障害を予防あるいは改善させるための副作用がなく、しかも周知の医療用医薬品と比較して遜色のない薬効および作用を有するエキスを含む安全性に優れた機能性食品を提供する。
【解決手段】CREBの活性化を作用機構とする学習記憶障害を改善する機能性食品として、柑橘類の全果の粉砕搾汁液および該粉砕搾汁液からの抽出物の少なくともいずれか一方を含有するものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、学習記憶障害を改善する機能性食品に関し、特に、cAMP応答配列結合タンパク質(CREB)の活性化を作用機構とする学習記憶障害を改善する機能性食品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、アルツハイマー病等の認知症を含む中枢神経疾患による学習記憶障害の対応策が深刻な社会問題の一つとなっているが、平均寿命が年々高くなり高齢化が急速に進行している現状に鑑み、これらの問題の一日も早い解決が待ち望まれている。
【0003】
一方、学習記憶を制御調整する重要な神経細胞内シグナル伝達経路(脳の情報ネットワーク)として、サイクリックアデノシン3′,5′−1リン酸(cAMP)/cAMP依存性プロテインキナーゼA(PKA)/cAMP応答配列結合タンパク質(CREB)系が、近年、明らかになってきた。そして、この神経細胞内シグナル伝達経路を活性化すると、学習記憶能力が亢進することが確認された。そこで、このCREBを活性化するための医療用医薬品の開発研究が急速に展開されつつあり、さまざまな治療薬が発表されている(特許文献1を参照されたい)。
【特許文献1】特開平11−228417号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、医薬品の開発には長期に亘る期間並びに莫大な費用が必要である上、その使用には予測し得ない副作用を伴うという拭い去れないリスクをも背負わざるを得ない。
本発明は、このような問題点を解消すべく案出されたものであり、その主な目的は、学習記憶障害を予防あるいは改善させるための副作用がなく、しかも周知の医療用医薬品と比較して遜色のない薬効および作用を有するエキスを含む安全性に優れた機能性食品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
このような課題を解決するため、本発明は、柑橘類の全果の粉砕搾汁液および該粉砕搾汁液からの抽出物の少なくともいずれか一方を含有し、CREBの活性化を作用機構とすることを特徴とする学習記憶障害を改善する機能性食品を提供することとした。特に前記柑橘類としては、ハナユ、コウライタチバナ、シキキツ、キジツ、ナツミカン、ダイダイ、ポンカン、地中海マンダリン、ダンシータンジェリン、オオベニミカン、タチバナ、コベニミカン、無核キシュウ、シークワーサー、フクレミカン、カプチー、太田ポンカン、ヒラキシュウ、ウンシュウ、サンキツ、クレオパトラ、コウジ、ギリミカン、およびイーチャンレモンを含む柑橘類から選択されると良い。
【発明の効果】
【0006】
このような本発明によれば、アルツハイマー病等の認知症を含む中枢神経疾患を安全に予防・治療する機能性食品を提供する上に多大な効果を奏することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に添付の図面を参照して本発明について詳細に説明する。
【0008】
本発明によるCREBの活性化作用機構を発揮して学習記憶障害を改善するエキスは、ある種の柑橘類から得られ、その柑橘類としては、渋味、酸味が比較的強く感じられるものとして一般に知られているものであり、ハナユ、コウライタチバナ、シキキツ、キジツ、ナツミカン、ダイダイ、ポンカン、地中海マンダリン、ダンシータンジェリン、オオベニミカン、タチバナ、コベニミカン、無核キシュウ、シークワーサー、フクレミカン、カプチー、太田ポンカン、ヒラキシュウ、ウンシュウ、サンキツ、クレオパトラ、コウジ、ギリミカン、及びイーチャンレモンの24種がある。特に日本では、ポンカン、タチバナ、シークワーサー、およびウンシュウが比較的容易に入手可能である。ここでは、ポンカンでの事例について説明する。
【0009】
ポンカンの全果(果皮を含む果実)を粉砕機で微粉砕し、80%エタノール水で抽出操作を3回行った後、全抽出液から減圧下で溶媒除去することにより、粗抽出物(エキス)を得た。このエキスに、例えば、溶媒として0.5%(V/V)Tween80と0.5%(W/V)カルボキシメチルセルロース(CMC)との混液を加えるか、或いはコーンオイル等の植物油を加えて乳化させた上で超音波処理によって均質な液体を得た。
【0010】
この液体のままで充分な薬効が得られるので、これをソフトカプセルに充填してカプセル剤として、または、液体を吸着用粉体に吸着させて微粉末に整粉後、造粒して穎粒剤として、または打錠して粒剤(裸錠)、糖衣錠として、またはその他の公知の製剤技術により、内服用のあらゆる剤型で供給することができる。
【0011】
次に、本発明物質のCREBの活性化作用機構による学習記憶障害の改善効果の検証について説明する。なお、検証に当たっては、小動物によるIn vivo試験(記憶障害の病態モデル動物試験)、並びに、In vitro試験(ラットの海馬神経細胞の培養;SDS−PAGE及びウェスタンプロッティング;プラスミドの導入及びレポータージーンアッセイ)によって評価することとした。
【0012】
〔記憶学習障害モデル動物の作成〕
先ず、In vivo試験について説明する。
体重が24〜26gのddY系雄性マウスに麻酔薬のネンブタール(50mg/kg)を腹腔内投与しての麻酔下に、嗅球上部の頭蓋骨に歯科用ドリルで穿孔し、吸引アスピレータで嗅球の2/3以上を吸引除去した。それを止血縫合し、外科用接着剤で傷口を塗り固め、嗅球摘出(Olfactory Bulbectomy以下OBXと略称す)マウスの記憶学習障害モデル動物を作製した。
これに対し、外科的操作を施さない群を対照(Control)群とした。
【0013】
〔記憶学習行動の測定〕
Step-through型受動回避反応装置を用いて行動評価を行った。具体的には、明室と電気刺激を与えられる暗室との2部屋が連結された明暗ボックスの明室側にマウスを入れ、暗室に完全に移動したことを確認してから暗室に入ったマウスに電気刺激(1mA、500msec)を与え、これを学習試行とし、学習試行終了直後に、上述のOBX処置を施し、飼育ケージに戻した。試験時には、マウスを明室側に入れて暗室に入るまでの時間にてlatency time(反応潜時)を測定し、これを試験試行とし、この場合には、暗室に入ってもマウスに電気刺激を与えなかった。なお、これらの学習試行、試験試行のいずれも、cut-off timeを5分間に設定し、学習試行において5分以上明室に留まったマウスは、不適格個体として試験から除外した。
【0014】
この測定法においては、記憶障害を起こしていないマウスは、電気刺激の記憶を恐怖感として保持しているために明室側に長く留まるが、記憶障害を起こしているマウスは恐怖感を保持していないために頻繁に暗室へ入る。この違いを利用して、反応潜時を記憶障害の指標とした。
【0015】
〔記憶学習障害モデル動物に対する本発明物質による改善効果の検証〕
OBX処置3日後から11日間、被験物質としての全果均質液(510mg/kg)の腹腔内投与(Extract)群と、被験物質非投与OBX群と、Control群との比較を7〜10回行った。その代表例を図1に示す。但し、Control群には溶媒(0.5%(V/V)Tween80と0.5%(W/V)CMCとの混液)のみを腹腔内投与した。
【0016】
その結果、Control群の反応潜時が約300秒(295±5秒)であったのに対し、被験物質非投与OBX群では、それが約50秒(45±11秒)まで低下し、顕著な記憶障害が認められた。
【0017】
他方、被験物質を投与したExtract群では、反応潜時が約110秒(112±15秒)となり、明らかな記憶学習障害の改善効果が確認された。
【0018】
次に、In vitro試験について説明する。なお、神経細胞内のシグナルは、一連のタンパク質が順次リン酸化反応を起こすことによって上流から下流へと伝達されることが明らかになっている。そしてCREBはリン酸化されると活性化され、遺伝子のスイッチオンを引き起こすCREに結合し、遺伝子の転写(発現)が開始されるので、転写活性の強弱を測定することにより、被験物質の効果を評価することとした。
【0019】
〔ラット初代海馬神経細胞の培養〕
評価に用いる神経細胞として、SD系ラット(E19;胎生19日齢、日本SLC製)から海馬神経細胞を単離した。具体的には、水冷したリン酸緩衝液中で海馬領域を切り出し、SUMILON細胞分散キット(SUMITOMO BAKELITE CO.,Ltd.製)を用いて神経細胞の分散・精製を行った。分散・精製した海馬神経細胞は、GIBCO製のNeurobasal Medium(1×B−27 Supplement、0.5mM L-Glutamin、0.005% Penicillin-Streptmycinを含む)を用いて懸濁させ、さらにPoly-L-lysineでコーティングした培養器具に1×10cells/cmの細胞数で神経細胞を播種し、5%CO雰囲気下、37℃で4日間培養した。その後、培地をNeurobasal Medium(1×B−27 Supplement、0.5mM L-Glutamin、0.005% Penicillin-Streptmycin、5μM Ara−Cを含む)に交換して培養を継続した。以降2〜3日毎に培地を交換した。
【0020】
〔ラット海馬神経細胞におけるCRE依存的転写活性に及ぼす本発明物質の亢進効果の検証〕
上述の初代海馬神経細胞を分散・精製し、培養器具(48ウェルプレート)に8×10cells/wellで播種し、5%CO雰囲気下、37℃で11日間培養後、Lipofect Amine 2000(Invitrogen製)を用い、pCREおよびウミシイタケpRG−TKの内部標準プラスミドを細胞内へ導入し、16時間培養した。その後、薬物刺激を8時間加えた後に細胞を回収し、Dual-Luciferase Reporter Assy System(Promega製)を用い、cAMP/PAK/CREB経路が活性化されるとスイッチが入るcAMP応答配列(CRE)を持つ遺伝子を測定し、これによりCRE依存的転写活性の度合いを判定した。その結果の代表例を図2に示す。
【0021】
その結果によると、最終濃度0.2%ジメチルスルオキサイド(DMSO)になるようにDMSOを添加した細胞培養液で細胞を処理したControl群を1とすると、被験物質を添加した細胞培養液によるものは、用量依存的で、20μg/mlにおいて約3倍(3.14±0.35)の転写活性となり、ほぼ最高値(飽和)を示すCRE依存的転写活性の亢進効果を確認した。
【0022】
なお、本発明物質の薬効は、cAMPの生合成酵素のアデニル酸シクラーゼを活性化する薬物として知られるForskolinを添加した培養液で処理した細胞と比較して遜色のないことが確認された。
【0023】
〔ラット海馬神経細胞におけるERK/CREBリン酸化に及ぼす本発明物質の亢進効果の検証〕
上記と同様に、初代海馬神経細胞を48ウェルプレートにl×10cells/wellで播種し、5%CO雰囲気下、37℃で11日間培養後、10分間薬物処置を行った後、その細胞をLysis buffer(1mM EDTA、1%SDS、10mM NaF、10nM calyculin、320nM okadaic acid、1nM sodium orthovanadate、1mM p−APMSF、10μg/mL antipain、10μg/mL leuoeptin、10μg/mL chymostain、10μg/mL phosphoramidon、10μg/mL HEPES pH7.5)にて回収し、これを95℃で10分間加熱後、超音波破砕して細胞溶解液とした。これを遠心分離(14,000rpm/20min) した上清をSDS化した後、12.5%ポリアクリルアミドゲルにてタンパク質を分離し、SDS−PAGEを用いてPVDF膜に転写した。そのPVDF膜を5%スキムミルクでブロッキングした後、リン酸化CREB抗体およびリン酸化ERK抗体(Cell Signaling製)を用いて成分検索した。これについて2回の測定を行った結果の代表例を図3に示す。
【0024】
その結果、被験物質を細胞培養液に添加することにより、用量依存的に、10〜40μg/mlの添加で、リン酸化ERK並びにリン酸化CREBの3〜5倍の増加が認められた。これにより、被験物質によるERK並びにCREBのリン酸化の亢進効果が確認された。
【0025】
〔ラット海馬神経細胞におけるCRE依存的転写活性に及ぼす本発明物質の亢進効果に対する各種シグナル阻害剤の影響の検証〕
上記と同様に、初代海馬神経細胞を48ウェルプレートに8×10cells/wellで播種し、5%CO雰囲気下、37℃で11日間培養後、プラスミド導入を行い、16時間培養した。ここで、各種シグナル阻害剤として、カルモジュリンキナーゼII(CaMKII)阻害剤の3μM KN62、PKA阻害剤の5μM H89、及びMAPキナーゼ1/2(MEK1/2)阻害剤の10μM U0126で1時間前処置後に8時間の薬物刺激を加えた。
【0026】
この細胞を回収し、Dual-Luciferase Reporter Assay Systemを用いて4回測定した。その代表例を図4に示す。
【0027】
その結果、被験物質40μg/mlを細胞培養液に添加することにより、CRE依存的転写活性は、Control群のそれを1とすると、約2(1.95±0.10)となった。
【0028】
他方、上記の濃度のKN62、H89及びU0126の存在下でのCRE依存的転写活性は、それぞれControl群のそれを1とすると、1.47±0.08、1.26±0.02、及び1.18±0.08であった。即ち、その亢進効果は、CREBが活性化するシグナル伝達系(CaMKII、PKA、MEK1/2)の阻害剤で抑制されることが明らかとなった。つまり本発明の作用機構がCREBの活性化であることがこれによって証明された。
【0029】
以上の如くして、24種類の柑橘類の全果均質液についての記憶学習障害の改善作用について検討を行った結果、柑橘類の全果均質液が、CREBのリン酸化(CRE転写活性の亢進)を促進し、CREBが仲介するシグナル伝達系を活性化させることで記憶障害を改善し得ることが明らかとなった。なお、この時の全果均質液の最適濃度は20〜40μg/mlであった。またこの結果より、本発明による柑橘類の全果均質液を公知の製剤技術に適用することで、学習記憶障害の改善効果を生み出す薬剤をも提供できることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明にかかる柑橘類の全果の粉砕搾汁液並びに該粉砕搾汁液からの抽出物は、機能性食品に適用可能である。この機能性食品は、生体機能の調節など、生理面での働き(3次機能)を十分に発揮するように製造された食品を指し、例えば、「健康・栄養食品アドバイザリー・スタッフ・テキストブック」(平成15年7月30日、第一出版株式会社発行、第92、93頁)に記載されている通り、一般の食品はもとより、いわゆる健康食品とは一線を画する別のものとして定義されたものである。
【0031】
なお、このような機能性食品において、有効成分である本発明物質の担体成分に対する配合割合は、5〜85重量%の範囲であり、特に30〜60重量%の範囲が好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】学習記憶障害モデル動物に対する本発明物質の効果を示すグラフである。
【図2】ラット海馬神経細胞におけるCRE依存的転写活性に及ぼす本発明物質の亢進効果の評価グラフである。
【図3】ラット海馬神経細胞におけるERK/CREBリン酸化に及ぼす本発明物質の亢進効果の評価グラフである。
【図4】ラット海馬神経細胞におけるCRE依存的転写活性に及ぼす本発明物質の亢進効果に対する各種シグナル阻害剤の影響の評価グラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
柑橘類の全果の粉砕搾汁液および該粉砕搾汁液からの抽出物の少なくともいずれか一方を含有し、CREBの活性化を作用機構とすることを特徴とする学習記憶障害を改善する機能性食品。
【請求項2】
前記柑橘類は、ハナユ、コウライタチバナ、シキキツ、キジツ、ナツミカン、ダイダイ、ポンカン、地中海マンダリン、 ダンシータンジェリン、オオベニミカン、タチバナ、コベニミカン、無核キシュウ、シークワーサー、フクレミカン、カプチー、太田ポンカン、ヒラキシュウ、ウンシュウ、サンキツ、クレオパトラ、コウジ、ギリミカン、およびイーチャンレモンを含む柑橘類から選択されることを特徴とする請求項1に記載の学習記憶障害を改善する機能性食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−61028(P2007−61028A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−252976(P2005−252976)
【出願日】平成17年9月1日(2005.9.1)
【出願人】(505033503)
【Fターム(参考)】