説明

安定剤としての組換え又は合成ゼラチン様タンパク質の、凍結乾燥医薬組成物中の使用

本発明は、ガラス転移温度計算値が増大しているゼラチン様タンパク質若しくはポリペプチドの、凍結乾燥された生体材料組成物又は医薬組成物中の安定剤としての使用に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゼラチン様タンパク質又はゼラチン様ポリペプチドの、凍結乾燥生体材料組成物又は医薬組成物中の安定剤としての使用に関する。
【背景技術】
【0002】
十分に定着しているゼラチンの適用例は、凍結乾燥された生体材料組成物又は医薬組成物中の生理活性物質のための安定剤としての使用である。生理活性物質の凍結乾燥又はフリーズドライは、一般に安定剤及び二糖類の存在下で行われる。凍結乾燥用の組成及び方法は、D. GreiffのDevelopments in Biological Standardization (1992), 7 Biol. Prod. Freeze Drying Formulation), 85-92に記載されているように、異なる種類の生理活性物質について経験的に決定される。凍結乾燥組成物の安定性は、生理活性物質の性質、凍結乾燥組成物の水分含有量及びガラス転移温度(Tg)のようないくつかの要因に応じて決まる。ワクチンは、凍結乾燥組成物として貯蔵される薬剤化合物の例である。
【0003】
ワクチンは、特に開発途上国で使用されており、そうした国々では、時にワクチンの厳しい貯蔵条件を維持するのが困難となり得る。凍結乾燥ワクチンの安定性は、主要な関心事であり、世界保健機構は、このような組成物の貯蔵に関する厳しい規則を出している。
【0004】
生理活性物質は、例えば、ワクチン、(治療用)タンパク質、酵素、(モノクローナル)抗体などである。ゼラチンは、免疫原性が低いことがわかっているので好ましい安定剤である。ゼラチン溶液を無菌にし、発熱物質及び抗原を含まないように注意を払うべきである。
【0005】
現在使用されているゼラチンの欠点は、現在使用されているゼラチン誘導体を適用した後に起こり得る、アナフィラキシーショックとして知られている即時型アレルギー反応を起こす可能性である。
【0006】
市販のゼラチン誘導体のもう一つの欠点は、使用されるゼラチンが、動物の骨や皮などの動物性供給源から単離されたものであり、特にウシ供給源由来であることである。この材料の欠点は、不純物が存在すること、並びに組成物の性質がはっきと規定されず、したがって再現可能でないことである。このために、誘導体化の過程から所望の特性を有する製品が確実に得られるようにすべく、追加のスクリーニングを行わなければならないこともあり、慎重な精製ステップが必要となることもある。昨今の追加の問題は、特にウシ供給源から単離したゼラチンに関して、ウシ海綿状脳症(BSE)発生の原因となる要因によってゼラチンが汚染されている危険である。そのため、医薬組成物中へのゼラチンの使用は禁止されかねない。
【0007】
WO01/34801 A2は、天然ゼラチンの使用に伴う明らかな問題を回避するための、組換えゼラチンのワクチン安定剤としての使用を一般に記載している。しかし、特別に設計された組換え構造によって実現することのできる更なる利点については記載がない。
【0008】
欧州特許第0781779 A2号は、コラゲナーゼによって特異的に加水分解して非抗原性にした20キロダルトン(kDa)以下のゼラチンの使用を記載している。米国特許第4147772号は、約3kDaの加水分解ゼラチンの、抗原性が少ない非ゲル化基材としての使用を開示している。
【0009】
米国特許第4273762号は、部分的に加水分解されているゼラチンを安定剤として含むワクチンの凍結乾燥時間を短縮する試みを記載している。
【特許文献1】WO01/34801 A2
【特許文献2】欧州特許第0781779 A2号
【特許文献3】米国特許第4147772号
【特許文献4】米国特許第4273762号
【非特許文献1】D. GreiffのDevelopments in Biological Standardization (1992), 7 Biol. Prod. Freeze Drying Formulation), 85-92
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、生理活性物質を含む凍結乾燥組成物用の改良された安定剤を提供することである。
【0011】
本発明の別の目的は、改良された安定剤を含んだ安定性が改良されている凍結乾燥組成物を提供することである。
【0012】
本発明の別の目的は、生理活性物質を含む組成物の凍結乾燥時間を改良した安定剤を用いて短縮することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
驚くべきことに、これらの目的は、Gly−Xaa−Yaaトリプレットを10回以上連続する繰返配列を少なくとも1つ含み、アミノ酸の少なくとも20%が連続するGly−Xaa−Yaaトリプレットの形で存在し、かつFood Hydrocolloids Vol. 11 no.2 pp. 125-133, 1997で発表されているMatveevの式8及び式9によって算出されるガラス転移温度計算値が約180℃よりも高い組換えポリペプチド又は合成ポリペプチドを安定剤として使用することで達成されたことがわかった。これらの特性を備えたペプチドを、以下では、その生産方法(すなわち、組換え発現によるか化学合成によるか)に応じて、「組換え」若しくは「合成」コラーゲン様ペプチド(若しくはポリペプチド)又は「組換え」若しくは「合成」ゼラチン様ペプチド(若しくはポリペプチド)と呼ぶ。
【0014】
本発明の組換えポリペプチドがらせん構造でないとき、凍結乾燥方法を有意に最適化できることもわかった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明によれば、ガラス転移温度計算値が約180℃よりも高く、Gly−Xaa−Yaaトリプレットを10回以上連続する繰返配列を少なくとも1つ含み、かつアミノ酸の少なくとも20%が連続するGly−Xaa−Yaaトリプレットの形で存在している組換えポリペプチド又は合成ポリペプチドを安定剤として含む凍結乾燥組成物が提供される。
【0016】
この組成物のガラス転移温度測定値も、天然型コラーゲンペプチドを含む対照組成物のガラス転移温度測定値より有意に高く、好ましくは少なくとも約5℃、より好ましくは少なくとも約10℃、最も好ましくは約20℃高いはずである。「天然型コラーゲン」とは、本明細書では、選択又は合成によってガラス転移温度が高くなっていないコラーゲンペプチド又はコラーゲンポリペプチドを指す。一般に、天然型コラーゲンペプチドは、Tg計算値が約170℃以下である。
【0017】
ゼラチン様ペプチドと1種又は複数の他の化合物とから構成された混合物のTgを測定するとき、その組成物のTg測定値は、実質的に純粋なゼラチン様ペプチドのTg測定値と有意に異なる場合もあることを留意されたい。例えば、ゼラチン様ペプチドとスクロースとを含む組成物のTg測定値は、純粋なゼラチン様ペプチドのTg測定値よりも有意に低くてよい。
【0018】
血流中に導入される医薬製剤は、例えば、安定剤、薬物担体、又は浸透性コロイドとしてのタンパク質を含有する。ゼラチンが、免疫原性が低いために好ましいことは当業界で認められて久しい。天然供給源由来のゼラチンを組換えゼラチンに替えると、ゼラチンでない材料の導入が有利に回避できることも当業界で認められている。最近では、BSEが心配の種になっており、自然供給源由来のゼラチンの使用を避ける動機にもなっている。
【0019】
組換えゼラチンの使用について言うまでもない理屈が記載され、組換え構造を最適化できることが示されているが、その最適化が何を含むかについては教示されていない。
【0020】
コラーゲンの性質についての研究の中で、驚いたことに、コラーゲンは、繰返しのアミノ酸トリプレット構造Gly−Xaa−Yaaを有し、大半のトリプレットはプロリンを含んでいるが、ガラス転移温度(又はTg)が分子全体に一様に分配されておらず、Tgが平均的な(天然型)コラーゲンよりも高い配列を選択できることを発見した。
【0021】
ガラス転移温度の重要性は、ワクチンのような生理活性物質を含有する製剤のフリーズドライ又は凍結乾燥を行う当業者に十分に知られている。凍結乾燥された製剤では、高いガラス転移温度を目指して努力が払われる。「Long-Term Stabilization of Biologicals」(Biotechnoloy vol.12 12 march 1994)の中で、F. Franksは、凍結乾燥による生体材料の保存における高いガラス転移温度の重要性、並びにそのような材料の保存期間をさらに改善したいという要望に焦点を当てている。凍結乾燥用の製剤中で、ゼラチンは、生理活性物質を保護する働きをしており、そのためアミノ酸残基の極性基に結合した水分子の存在が重要なものであると考えられる。残留水分は、ワクチンの保存期間において重要な役割を担う。残留水分レベルが増大すると、凍結乾燥ゼラチン/二糖類組成物のガラス転移温度は有意に低下し、保存期間が短縮される。
【0022】
例えば、Phillipsらのcryobiology 18, 414-419 (1981)又は米国特許第801856号など、この題目についての発表は数多い。MMR(おたふく風邪、麻疹、風疹)のようなワクチンは、現在の製剤では、限界Tgが無水条件下で47℃付近にあるが、少量の水分が材料に浸入すると急速に低下して室温に近づく。M.K. LalaのIndian Pediatrics 2003; 40:311-319では、37℃で1週間以内に50%の効力の損失が報告されている。わずかな程度でさえ、Tgを増大させると、これらのワクチンの保存期間に非常に大きな影響を及ぼすことができる。ゼラチンによって安定化させた生理活性製剤の安定性が低下してしまう問題が、望ましくない免疫応答の発生を防ぐために、高められたTgと自然のヒトのゼラチンアミノ酸配列と一定の類似性とを併せ持つ、新しい組換えゼラチン又は合成ゼラチンの使用に基づく本発明によって解決された。
【0023】
本発明による組換えゼラチン様ポリペプチド又は合成ゼラチン様ポリペプチドは、天然型ヒトコラーゲン配列と同一又は相同性が高い配列であることが好ましい。天然型の配列からそのようなアミノ酸配列を選択するために、「移動Tg平均」(以下で定義する)を算出する。次いで、平均ガラス転移温度計算値が、天然型出発配列の平均コラーゲンガラス転移温度計算値より約10℃、好ましくは約20℃、より好ましくは約30℃、より一層好ましくは約40℃高い配列を選択する。この値は、異なる種類のコラーゲン間で若干異なっていてよく、プロペプチド、テロペプチド、又はシグナルペプチドの存在に応じて様々でよい。天然型コラーゲンの平均ガラス転移温度計算値は、約170℃であるので、本発明によるポリペプチドのTgは、約180度より高く、好ましくは約190度より高く、より好ましくは約200度より高い。「約」とは、本明細書では、指定の温度よりも1〜4度高い及び/又は低い範囲の温度を指す。
【0024】
10度未満のTgの増大も考慮に入れるが、二糖類が存在する実際の製剤での効果は、あまり有意でないレベルにまで低下する場合もある。
【0025】
ガラス転移温度の算出法は、Y. MatveevらのFood Hydrocolloids Vol. 11 no. 2 pp. 125-133, 1997で発表されている。次の方程式8及び9
【0026】
【数1】

[式中、総和i=1〜20は、以下に示す単独のアミノ酸のTg及びΔVの部分値に対する値の総和である(Vは、Matveevら(前掲書)に記載のvd Waals体積についての測度である)。]
を実際の算出に使用した。
【0027】
【表1】

【0028】
このモデルは、ヒドロキシプロリンの存在を考慮に入れていないと思われる。しかし、Matveevらの論文に提示されている測定値との相関は、ゼラチンの計算値と測定値の非常に良好な相関を示すものである。
【0029】
適切な組換えコラーゲン様ペプチド又は合成コラーゲン様ペプチドを選択するために、出発点は、例えば、全配列から算出したTgが163℃であるヒトCol1A1(配列番号1)とする。
【0030】
配列番号1(ヒトCol1A1):

【0031】
このCol1A1配列はなお、シグナル配列(アミノ酸1〜22)及びアミノ末端プロペプチド(アミノ酸23〜161及び1219〜1464)を含む。らせんコラーゲン配列は、アミノ酸162〜アミノ酸1218に存在する。スプレッドシートを使用すれば、いくつかのアミノ酸の移動平均を容易に算出し表示することができるはずである。図1〜4は、それぞれ18、27、54、及び81アミノ酸の移動平均の結果を示すものである。例えばn=54の「移動Tg平均」とは、まず1番目から54番目のアミノ酸の平均Tgを算出し、次いで2番目から55番目のアミノ酸、次いで3番目から56番目のアミノ酸へと続けることを意味する。次いで、これらの値を、最初のデータポイントを54番目のアミノ酸のところでプロットして、図3のようにプロットする。この天然型コラーゲンの平均Tg計算値(すなわち、完全配列の平均Tg計算値)よりも高いTg計算値を有するアミノ酸領域がこの時点で同定できる。ポリペプチドが小さいほど、Tgのより高い領域の選択が可能になることは注目すべきである。54アミノ酸の移動平均の算出では、Tgが最高で約200℃まで増大しているポリペプチド配列の選択が可能になる。例えば、配列番号1のアミノ酸1034〜1087の配列は、208℃というTg計算値をもたらす。すなわち、このポリペプチドは、Tg計算値が、全配列について算出して163℃である天然型配列のTg計算値よりも45℃高い。それとして発現させると、約5,000ダルトンのゼラチン様ポリペプチドが得られる。配列番号1のアミノ酸600〜アミノ酸1100のあたりから、それでも平均Tgが約178℃であり、分子量が約40,000〜50,000ダルトンである約500アミノ酸の配列を選択することができる。配列番号1のアミノ酸590〜750のあたりからは、分子量が最高で約10,000〜13,000ダルトンの、平均Tgが180℃より高いポリペプチドを選択することができる。上述のような所望の平均Tgを有するポリペプチド領域は、Col1A−2、Col2A−1、Col3A−1などの他のコラーゲン配列からも容易に算出することができる。このようなコラーゲン配列は、当業界では容易に入手できる。
【0032】
所望時に、これらの配列の繰返し配列を発現させて、より大きな分子量を実現することができる。約3,000〜15,000ダルトン、好ましくは5,000〜10,000ダルトン、より好ましくは6,000〜8,000ダルトンの従来の加水分解ゼラチンを適用する。所望時には、本発明によって、実現できるTgに特別な強みを付与しながらより大きい分子量を実現することもできる。したがって、一実施形態では、ゼラチン様ポリペプチドは、3,000〜15,000ダルトン、より好ましくは5,000〜10,000ダルトン、より一層好ましくは6,000〜8,000ダルトンの好ましい分子量を有する。別の実施形態では、ゼラチン様ポリペプチドは、分子量が3,000〜80,000ダルトン、好ましくは5,000〜60,000ダルトン、最も好ましくは10,000〜40,000ダルトンである。
【0033】
ポリペプチド断片のTgとその構造上の細目との相関関係を明らかにすることを試みた。図5に示すように、アラニン含有量との若干の相関が見出された。54アミノ酸の移動平均について、Tgのより高い区域の多くは、それに一致してアラニンレベルが高まっているが、Tgが平均よりも高いすべての領域には当てはまらない。それにもかかわらず、54アミノ酸の移動平均では、54アミノ酸のポリペプチドのアラニン含有量が10アミノ酸あたり約1アラニンを超えているとき、Tgがより高い領域が見出されるものと思われる。嵩高なアミノ酸残基の存在は、ポリペプチドのTgにマイナスの影響を及ぼし得る。54アミノ酸の移動平均に関して、ロイシン及びイソロイシンの存在とTgとに相関が生じた(図6)。すべてではないがTgの高い多くの区域では、これらの嵩高なアミノ酸残基の濃度が低く、又はこれらが存在しない。この相関にバリンが伴うとより悪くなり、バリンが嵩高さにより少ないが影響を及ぼすことが示唆される。豊富に存在するプロリンの側鎖の大きさを考えると、バリンよりもロイシン及びイソロイシンの方が嵩高さの一因となることが想像できる。さらに、凍結乾燥生理活性物質を保護するのに十分な水分子を結合できるように、極性アミノ酸残基の量が5%超、より好ましくは7%超かつ15%未満であることが望ましい。
【0034】
本発明によるゼラチン様組換えポリペプチド又は合成ポリペプチドは、自然のヒトコラーゲンアミノ酸配列と同一又は本質的に類似であることが好ましいが、非ヒト配列(ラット、ウサギ、マウスなどの)を使用してもよく、或いは自然界に存在しない配列を設計してもよい。用語「本質的に類似」とは、2種のペプチド配列が、デフォルトパラメーターを使用するGAP又はBESTFITの各プログラムなどによって最適に並べたとき、少なくとも80パーセントの配列同一性、好ましくは少なくとも90パーセントの配列同一性、より好ましくは少なくとも95パーセントの配列同一性、又はそれ以上(例えば、99若しくは100パーセントの配列同一性)を有することを意味する。GAPは、Needleman及びWunschのグローバルアラインメントアルゴリズムを使用して、マッチ数を最重要視し、ギャップ数を最小限に抑えながら、2種の配列をその全長にわたって並べるものである。一般に、ギャップ生成ペナルティー=50(ヌクレオチド)/8(タンパク質)及びギャップ伸長ペナルティー=3(ヌクレオチド)/2(タンパク質)のGAPデフォルトパラメーターが使用される。
【0035】
このような配列は、アラニン含有量が高く、100アミノ酸あたり10アラニン残基、好ましくは100アミノ酸あたり12、より好ましくは100アミノ酸あたり14を超えていることが好ましいはずである。そうした望ましい構造は、自然のゼラチンに匹敵する極性アミノ酸残基を含む。嵩高なアミノ酸が混ざることは避ける。
【0036】
自然のゼラチン分子は、その一次アミノ酸配列中が、基本的にGly−Xaa−Yaaトリプレットの繰返しからなり、したがって、アミノ酸総数の約3分の1はグリシンである。ゼラチンの分子量は通常は大きく、分子量の値は10,000〜300,000ダルトンまで様々である。自然のゼラチン分子の主画分は、分子量が約90,000ダルトンである。平均分子量は、90,000ダルトンよりも大きい。
【0037】
また、ゼラチンに特徴的なのは、プロリン残基の含有量が並外れて高いことである。さらにまた特徴的であるのは、自然のゼラチンではいくつかのプロリン残基がヒドロキシル化されていることである。ヒドロキシル化の最も顕著な部位は4位であり、そのためゼラチン分子中に珍しいアミノ酸4−ヒドロキシプロリンが存在するようになる。トリプレット中では、4−ヒドロキシプロリンは常にYaaの位置に見られる。3位がヒドロキシル化されているプロリン残基はごくわずかしかない。4−ヒドロキシプロリンとは対照的に、3−ヒドロキシプロリンは常にグリシン残基のカルボキシル側、すなわちトリプレット中のXaaの位置に見られる。3−若しくは4−ヒドロキシプロリンの生成には、異なる酵素が担当する。
【0038】
既知のアミノ酸組成に基づき、哺乳動物由来のゼラチン分子では、アミノ酸の約22%がプロリン又はヒドロキシプロリン残基であることが推測される。しかし、魚、特に冷水魚ではそれよりも少ない含有量のプロリン及びヒドロキシプロリンが見出される。概算では、プロリン残基とヒドロキシプロリン残基はほぼ等しい量で存在し、例えば、哺乳動物由来のゼラチン分子ではアミノ酸の約11%がプロリンであり、約11%がヒドロキシプロリンである。ほぼすべてのヒドロキシプロリンがYaaの位置に見られるので、ゼラチン分子中の全トリプレットの約3分の1をヒドロキシプロリンが占めていることが推測される。ヒドロキシプロリン残基の存在は、ゼラチン分子がその二次構造でらせん構造を取り得ることの要因である。
【0039】
さらに、自然のゼラチン中に存在する、他のタンパク質中にはごくわずかしか見られない別のアミノ酸が5−ヒドロキシリシンである。このようにして修飾されたリシン残基は、常にトリプレット中のYaaの位置に見られる。
【0040】
ゼラチンの最も際立つ特徴は、Gly−Xaa−Yaaトリプレットの存在である。このトリプレットは、本発明のゼラチン様タンパク質中にも存在する。しかし、たんぱく質のゼラチン様の特質をそれほど変更せずに、Gly−Xaa−Yaaトリプレット又はGly−Xaa−Yaaトリプレットの配列が1個又は複数のアミノ酸によって隔てられているタンパク質を設計することが可能である。そのようなゼラチン様タンパク質は、本発明のゼラチン様タンパク質の定義に含まれる。
【0041】
本発明による使用のためのゼラチン様タンパク質は、EP−A−0926543及びEP−A−1014176で開示されているような組換え法によって生産することができる。本発明による組成物中に適切に使用することのできるゼラチン様タンパク質の生産及び精製を可能にするために、EP−A−0926543及びEP−A−1014176の実施例が特に参考文献として挙げられる。すなわち、ゼラチン様タンパク質は、このようなポリペプチドをコードしている核酸配列を適切な微生物によって発現させて生産することができる。この方法は、真菌細胞又は酵母細胞を用いて適切に実施できる。宿主細胞は、ハンゼヌラ、トリコデルマ、アスペルギルス、ペニシリウム、アカパンカビ、ピチアのような高発現宿主細胞であることが適する。真菌細胞及び酵母細胞の方が、繰返し配列の誤った発現を経験しにくいので、細菌よりも好まれる。宿主細胞は、発現されたコラーゲン構造を攻撃するプロテアーゼが高レベルでないことが最も好ましい。この点で、ピチアは、非常に適切な発現系の例である。EP−A−0926543及びEP−A−1014176に記載されているように、詳細にはPichia pastorisが発現系として使用される。一実施形態では、微生物を形質転換して、プロピル−4−ヒドロキシラーゼを発現させるための遺伝子も含める。別の実施形態では、微生物は、特にプロリンのヒドロキシル化など、活性のある翻訳後プロセッシング機構を含まない。
【0042】
宿主細胞及び発現させる配列についての知識と合わせ、宿主細胞を本発明による組成物に適する組換えゼラチン様タンパク質の発現に適するものにする本明細書に記載の必要なパラメーターを基本原理とする、既知の工業用酵素産生真菌宿主細胞、特に酵母細胞からの適切な宿主細胞の選択は、当業者ならばできるであろう。
【0043】
本発明で使用するゼラチン様タンパク質の設計に関して、このタンパク質のいくつかの特性に対処している。例えば、ロイシンやイソロイシンのような嵩高なアミノ酸などの、平均Tgを下げる特定のアミノ酸が確実にタンパク質中に存在せず、又はまれにしか存在しないようにすることができる。或いは、特にアラニン又は極性アミノ酸について上で論じたように、ゼラチン様タンパク質中に一定数の特定のアミノ酸を導入すると有利な場合もある。さらにまた、ゼラチン様タンパク質中の酸性アミノ酸残基及び塩基性アミノ酸残基の組成によって等電点(IEP)を調整することもできる。
【0044】
一実施形態では、本発明による組成物は、性質がホモ(同質)分散(homodisperse)であるゼラチン様タンパク質を含む。ホモ(同質)分散とは、組成及び分子量が一定であるものを意味する。組換え製造法のために起こり得る組成の変化は許容される。分子量に関して、ホモ(同質)分散であることの実際的な定義では、組成物中のゼラチン様タンパク質総重量の少なくとも90%の分子量が、選択された分子量の±10%の範囲内にあるということになる。別の実施形態では、本発明による組成物は、それぞれ性質がホモ(同質)分散であるが分子量の異なる2種以上のゼラチン様タンパク質を含む(すなわち、二峰性の分子量分布である)。このことが凍結乾燥工程中又は冷蔵中の結晶化を防止する。分子量が違うと、それほど結晶化が起こらなくなる。分子量の差は、5000〜20,000ダルトンであることが好ましく、約10,000ダルトンであることが最も好ましい。
【0045】
別の実施形態では、本発明のゼラチン様組換えポリペプチド又は合成ポリペプチドは、らせん構造を含まない。これは、プロリン残基のヒドロキシル化を部分的にしか可能にせず、又は好ましくはまったく可能にしないことによって実現される。部分的なヒドロキシル化とは、10%未満、好ましくは5%未満のプロリンしかヒドロキシル化されないことを意味する。らせん構造がないことが、低い温度においてさえゼラチン様ポリペプチドのゲル化を防ぐ。このことは、例えば、注射前に水に溶解させられるワクチン製剤で有利である。溶解させたワクチンはその時点で、加熱してゲル化を防ぐ必要なく使用することができる。
【0046】
ゲル化しないゼラチン様ポリペプチドは、凍結乾燥工程の中でも有利に使用される。ゼラチンの凍結乾燥では、実際の凍結乾燥を開始する前に、溶液をまず凍結させる。この方法は、例えば米国特許第3,892,876号に記載されている。ゼラチンは、ゲル状態でなくゾル状態で凍結させることが重要である。そうしないと凍結乾燥ゼラチンが凍結乾燥後に再び溶解しなくなるためである。本発明の組換えゼラチン様タンパク質は、より濃縮されたゼラチン溶液の凍結乾燥を可能にし、その結果、同じ時間で大量のワクチンが得られ、凍結乾燥時間が10〜20%短縮され、生理活性物質又はゼラチンの損傷が軽減され、凍結乾燥のコストが削減される。
【0047】
本発明で使用するゼラチン様タンパク質の出発点は、自然に存在するゼラチン分子をコードしている単離された遺伝子でもよく、これを組換え手段によってさらに処理する。本発明に従って使用するゼラチン様タンパク質は、ヒト天然型アミノ酸配列に似ており、本質においてヒドロキシプロリン残基が存在しないという点が異なることが好ましい。
【0048】
本発明に従って使用するタンパク質は、組換え手段、特に酵母中での組換え遺伝子の発現によって産生されるとき、1〜4位(Met−Xay−Xaz−Arg)にメチオニンとアルギニンの組合せを含まないことが好ましい。このような配列は、酵素によるタンパク質分解に敏感であるためである。
【0049】
本発明に従って使用するタンパク質は、一部又は全体をDNA発現以外の方法、例えば化学的なタンパク質合成によって製造してもよいことに留意されたい。
【0050】
本発明の組成物を得るために、本発明の1種又は複数のゼラチン様タンパク質を、生理的に活性のある化合物と混合する。ガラス化を助けるものとして糖を加えることができる。これは、スクロースのような二糖類であることが好ましい。適用例に応じて、アミノ酸、ゼラチン以外のタンパク質などのような他の様々な化合物を加えることもできる。
【0051】
本発明の組成物は、通常は2〜60重量%の量のゼラチン様タンパク質を含む。
【実施例1】
【0052】
組換えゼラチン様ペプチド
ヒトCOL1A1−1のゼラチンアミノ酸配列の一部をコードしている核酸配列から出発して、ガラス転移温度が増大しているゼラチンを生成した。EP−A−0926543、EP−A−1014176、及びWO01/34646に記載の方法を使用した。本発明によるこのゼラチンの配列を以下に示す(配列番号2)。
GDRGETGPAGPPGAPGAPGAPGPVGPAGKSGDRGETGPAGPAGPVGPAGARGPA(配列番号1のアミノ酸1034〜1087)
分子量:4590Da、等電点pI=6.2
【0053】
この配列は、本明細書に記載の方法によって全COL1A1−1配列(配列番号1)から選択した。この選択された配列について208℃のガラス転移温度が算出された。全COL1A1−1(配列番号1)の平均ガラス転移温度は163℃である。すなわち、ガラス転移温度の増大計算値は45℃である。
【実施例2】
【0054】
ガラス転移温度の測定
実施例1に記載の組換えゼラチンを、MMRワクチンに特有の60/40重量%のゼラチン/スクロース比でスクロースと混合した。この混合物の10%水溶液をつくった。この溶液を液体窒素中で直ちに凍結させ、その後−55℃で48時間かけて凍結乾燥した。凍結乾燥サンプルを真空乾燥器に入れシリカゲルでさらに乾燥させた。
【0055】
DSC(示差走査熱量測定)は、窒素雰囲気(流量20ml/分)中でPerkin Elmer社製DSC7装置を使用して行った。適用した温度プログラムは次のとおりであった。
−60℃で1分間待機
−毎分5℃の加熱速度で60〜230℃
半Cp補外法(half Cp extrapolated method)に従ってガラス転移温度を求めた。
【0056】
残留水分量は、窒素雰囲気(流量20ml/分)中でPerkin Elmer社製TGA7を使用するTGA(熱重量測定)によって求めた。適用した温度プログラムは次のとおりであった。
−毎分5℃の加熱速度で25〜60℃
−60℃で1分間待機
−毎分5℃の加熱速度で60〜300℃
【0057】
乾燥組換えゼラチン/スクロース混合物の残留水分量は、1〜2重量%の範囲にあることがわかった。
【0058】
乾燥組換えゼラチン/スクロース混合物のガラス転移温度は、130度であると測定された。
【0059】
参考として、スクロースとの同じ混合物にした天然型COL1A1のガラス転移温度は、116度であることがわかった。
【0060】
したがって、選択された組換えゼラチンを含む混合物のTg測定値は、(選択されていない)天然型ゼラチンを含む類似した混合物よりも14℃高く、Tg計算値がより高いゼラチン様ペプチドを選択すると、そのようなペプチドを含む、Tg測定値がより高い混合物も得られることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】ヒトCOL1A1のn=l8の移動平均Tgを示すグラフである。
【図2】ヒトCOL1A1のn=27の移動平均Tgを示すグラフである。
【図3】ヒトCOL1A1のn=54の移動平均Tgを示すグラフである。
【図4】ヒトCOL1A1のn=81の移動平均Tgを示すグラフである。
【図5】ヒトCOL1A1のn=54の移動平均Tg及びアラニン含有量との相関を示すグラフである。
【図6】ヒトCOL1A1のn=54の移動平均Tg及びロイシン+イソロイシン含有量との相関を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生理活性物質及び安定剤を含む凍結乾燥組成物であって、前記安定剤が、Gly−Xaa−Yaaトリプレットを10回以上連続する繰返配列を少なくとも1つ含み、アミノ酸の少なくとも20%が連続するGly−Xaa−Yaaトリプレットの形で存在している組換えゼラチン様ポリペプチド又は合成ゼラチン様ポリペプチドであり、前記組換えポリペプチドのガラス転移温度計算値が180℃よりも高いことを特徴とする組成物。
【請求項2】
組換えゼラチン様ポリペプチド又は合成ゼラチン様ポリペプチドの分子量が、3,000〜80,000ダルトン、好ましくは5,000〜60,000ダルトン、より好ましくは10,000〜40,000ダルトンであることを特徴とする請求項1記載の組成物。
【請求項3】
組換えゼラチン様ポリペプチド又は合成ゼラチン様ポリペプチドの分子量が、3,000〜15,000ダルトン、好ましくは5,000〜10,000ダルトン、より好ましくは6,000〜8,000ダルトンであることを特徴とする請求項1記載の組成物。
【請求項4】
組換えゼラチン様ポリペプチド又は合成ゼラチン様ポリペプチドのガラス転移温度が、190℃より高く、好ましくは200℃より高いことを特徴とする請求項1〜3記載の組成物。
【請求項5】
組換えゼラチン様ポリペプチド又は合成ゼラチン様ポリペプチドが二峰性分子量分布を有することを特徴とする請求項1〜4記載の組成物。
【請求項6】
組換えゼラチン様ポリペプチド又は合成ゼラチン様ポリペプチドがらせん構造を含まないことを特徴とする請求項1〜5記載の組成物。
【請求項7】
組換えゼラチン様ポリペプチド又は合成ゼラチン様ポリペプチド中のヒドロキシプロリン残基数が、含まれる総アミノ酸残基数の5%未満、好ましくは2%未満であることを特徴とする請求項1〜6記載の組成物。
【請求項8】
Gly−Xaa−Yaaトリプレットを10回以上連続する繰返配列を少なくとも1つ含み、アミノ酸の少なくとも20%が連続するGly−Xaa−Yaaトリプレットの形で存在し、組換えゼラチン様ポリペプチドのガラス転移温度計算値が180℃よりも高いことを特徴とする、組換えゼラチン様ポリペプチド又は合成ゼラチン様ポリペプチド。
【請求項9】
生理活性物質及び安定剤を含む組成物を凍結乾燥する方法であって、前記安定剤が、Gly−Xaa−Yaaトリプレットを10回以上連続する繰返配列を少なくとも1つ含み、アミノ酸の少なくとも20%が連続するGly−Xaa−Yaaトリプレットの形で存在し、総アミノ酸残基数の5%未満がヒドロキシプロリン残基である、組換えゼラチン様ポリペプチド又は合成ゼラチン様ポリペプチドであり、前記組換えゼラチン様ポリペプチドのガラス転移温度計算値が180℃よりも高いことを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2007−501224(P2007−501224A)
【公表日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−522518(P2006−522518)
【出願日】平成16年8月4日(2004.8.4)
【国際出願番号】PCT/NL2004/000552
【国際公開番号】WO2005/011740
【国際公開日】平成17年2月10日(2005.2.10)
【出願人】(505232782)フジ フォト フィルム ビー.ブイ. (50)
【Fターム(参考)】