説明

定常状態重合アクチン量の測定を含む、癌細胞の腫瘍攻撃性を分析する方法

本発明は癌細胞のライゼートにおける定常状態重合アクチン量の測定を含む、癌細胞の腫瘍攻撃性を分析する方法に係わる。好ましくは、定常状態アクチン量の測定を蛍光の静的偏光によって行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は癌の分野における診断及び予測のための検査に係わる。特に、本発明は腫瘍侵襲性と抗腫瘍治療に対する感受性を同時に示唆する指標として、未精製細胞ライゼート中の、定常状態重合アクチン量を直接的に測定する方法に係わる。
【発明の開示】
【0002】
好ましい実施態様によれば、本発明の方法は、精製タンパク質を補足しなくても、細胞抽出物と蛍光アクチンから、細胞が感受性であるか又は抵抗性であるかということ、及び細胞が潜在的に攻撃性であるか又は攻撃性でないかということの区別を同時に明らかにすることができることを特徴とする。
【0003】
アクチン細胞骨格は細胞の生存に不可欠なタンパク質構造である。特別には、このタンパク質構造は細胞がその形状、接着能を維持し、遊走し、隣接する細胞と連携することを可能にする。細胞骨格は絶えず再編成を繰返す極めて動的な構造である。
【0004】
細胞骨格の性質は動的であるだけに、外部環境と連携し、遊走することによって、例えば、転移を形成することができる。これら2つの性質が組織の粘着の原因である。
【0005】
細胞骨格の性質は動的であるだけに、その研究は極めて困難である。
【0006】
多くのアクチン重合の制御メカニズムは先行技術において記述されており、例えば、このメカニズムが複合体Arp2/3に依存するとか、Ena/VASPに結合するタンパク質群がこのメカニズムに介入するとする記述がある。
【0007】
即ち、少なくとも7つのタンパク質サブユニットから成る複合体Arp2/3はウィスコット・アルドリッチ症候群のタンパク質(WASP)群のメンバーによって制御されることで、Y‐字構造アクチン・フィラメントの核形成を活性化する(Machesky、Mullins ら 1999)。
【0008】
Ena/VASPについては、チキシン(zyxin)をプロトタイプとするタンパク質群、例えば、LPP(LIM‐含有脂肪腫優先パートナー)やTRIP6(甲状腺受容体‐相互作用タンパク質‐6)がこれに関連し、これらのタンパク質群の特徴はプロリンを多く含むドメインとこれに続く3つのLIMドメインを有することにある。この群に属するタンパク質は、VASP(血管拡張薬刺激リンタンパク質)、(ショウジョウバエにおける)Ena、(タンパク質Enaと等価の哺乳類における)Mena、及びEvlなどのようなEna/VASP群のタンパク質と相互作用する。最後に挙げた2種類のタンパク質群がアクチン重合メカニズムの制御に関与することは明らかであるが、その原因となる事象のつながりは未だ完全には解明されていない(Fradelizi、Noireaux ら 2001)。
【0009】
単一の細胞が複数のアクチン重合系を含み、それぞれの系が特定のアクチン構造を決定していると考えられる。
【0010】
それぞれ異なるタンパク質系がアクチンの重合及び解重合の制御プロセスに関与することを考慮すれば、細胞骨格の動的な性質がその分析を極めて複雑にする。もし接着性と抵抗性とが関連するなら(Damiano、Hazlehurst ら 2001;Faute、Laurend ら 2002)、癌細胞の侵襲性は抗癌治療に対する抵抗性に応じて異なる(Lopes、Ernst ら 2002)。生体内において、抵抗性細胞はより大きい侵襲力を有すると考えられる(Mitsumoto、Kamura ら 1998)。
【0011】
従って、生体外での精製された系において2つのメカニズムのうちの1つだけを調べても、細胞系または生物学的試料からの抽出物におけるアクチン重合に関する細胞の能力を判断するには不完全である。
【0012】
本発明の範囲内でなされた研究結果から、定常状態アクチン重合量の測定値と腫瘍攻撃性との基本的な相関性が立証された。
【0013】
従って、本発明の目的は、被験者における腫瘍攻撃性と抗癌治療に対する感受性を診断または予測する簡単且つ有効な方法を提供することにある。この目的は被験者から採取した細胞抽出物中における定常状態重合アクチン量を測定することを含む方法によって達成される。
【0014】
より具体的には、本発明の目的は被験者の細胞抽出物中における定常状態重合アクチン量を測定して、被験者における癌細胞の腫瘍攻撃性を分析する方法を提供することにある。
【0015】
細胞抽出物は前記癌細胞のライゼートであることが好ましい。
【0016】
腫瘍攻撃性とは癌または癌細胞系の侵襲性、即ち、転移の可能性及び原発腫瘍が発生し、成長する迅速性を意味する。また、腫瘍攻撃性とは腫瘍形成能、即ち、細胞系を、これを受け入れることのできるマウスに皮下注射した後、程度の差はあれ有効に腫瘍を発生させるこの細胞系の能力を意味する。腫瘍攻撃性は抗癌治療に対する感受性の欠如をも意味する。
【0017】
被験者の細胞抽出物から得た測定結果を、生物学的サンプルの場合なら、被分析組織に固有の、細胞系の場合なら表現型に固有の、それぞれ1つ以上の基準値と比較する。
【0018】
重合アクチン量はFアクチンの総量に相当する。この総量はFアクチンであれ、Gアクチンであれ、その形態にかかわらず、特に、重合及び解重合の制御メカニズムの全体によって決定される。
【0019】
Fアクチンとは球状アクチン(Gアクチン)から成る種々の長さの重合体である。Fアクチンの形成は複数の異なるメカニズムによって極めて正確に制御される動的な現象である。Fアクチンにおいては、フィラメントの一方の端部で球状アクチンの重合現象が、他方の端部で解重合現象が同時に起こり得る。
【0020】
本発明の目的は、統合されたシステムを利用することによって、アクチン重合制御の多様な経路から開放されることにある。
【0021】
本発明では、この目的を定常状態重合アクチン量を測定することによって達成する。この測定値はアクチンのフィラメントの重合及び解重合を制御するすべてのメカニズム、より正確には、重合及び解重合を刺激するメカニズムと抑制するメカニズムとの結果を反映する。定常状態はアクチン・フィラメントの一方の端部における重合と他方の端部における解重合とを制御するすべてのメカニズムが平衡した時の状態である。
【0022】
定常状態重合アクチン測定の利点として、タンパク質(例えば、チキシン(zyxin)またはArp2/3複合体タンパク質の1つまたはEna/VASP群に属するタンパク質の1つ)の発現の測定を必要とせず、タンパク質精製ステップや固体反応物質(例えば、球体)の添加も必要としない。
【0023】
本発明では、未精製細胞抽出物の定常状態重合アクチン量を測定することができ、測定にはアクチンの重合及び解重合プロセスを活性化/抑制するすべての経路が統合されている。
【0024】
即ち、定常状態重合アクチン量とは、フィラメントの一方の端部におけるアクチンの重合と他方の端部における解重合とが平衡に達した時の重合アクチン量を意味する。既に述べたように、定常状態はアクチン重合を制御するすべての経路の結果である。
【0025】
定常状態の重合アクチン量の測定は当業者には公知の技術、例えば、蛍光の静的異方性としても知られる蛍光の静的偏光技術(static fluorescence polarization technique)によって行うことができる。
【0026】
異方性及び偏光は互いに数学的に関連する値であるから、互いに容易に交換できる。いずれの値も同じ現象を記述する値である。蛍光偏光では、溶液中の蛍光分子のサイズ変化を測定することによって分子間の相互作用を調べることができる。この測定値は蛍光分子または蛍光分子複合体のサイズと相関関係にある。この場合、蛍光分子は蛍光色素、即ち、重合の過程でアクチンフィラメント(Fアクチン)に組み込まれるAlexa 488、と結合したアクチンのモノマー(またはGアクチン)である。
【0027】
即ち、非常に好ましい実施態様として、本発明の分析方法における定常状態アクチン量の測定は、ライゼートに内在するアクチンの重合過程において形成されるアクチン・フィラメント(Fアクチン)に組み込まれる蛍光色素と結合したアクチン・モノマーの存在下において、蛍光の静的偏光によって行われる。
【0028】
この実施態様では、蛍光色素と結合したアクチン・モノマーは内在アクチン量に対して1/80〜1/1600の割合で細胞ライゼートに添加される。
【0029】
試験結果は定常状態重合アクチン量に相当する蛍光異方性プラトー値(「STAFI」)と、定常状態、即ち、曲線のプラトーに達するまでの間の漸進的な標識アクチン・モノマーの取り込みの結果としてのアクチン重合見かけ定数(Kobs)とである。
【0030】
ソフトウェアGraphPad Prism(登録商標)バージョン3(GraphPad Software Inc.)を利用することによって、実験データから下記の1次方程式に従って調整される曲線を形成することができる:
Y=mA max (1−e-K.t
ここで、
Y=時点tにおいて測定される異方性値
mA max=「STAFI」、即ち、平衡状態における最大値
K=定数Kobs
t=時間(秒)
【0031】
腫瘍攻撃性及び抗癌治療に対する感受性を予測するには、これら2つの値を、生物学的サンプルの場合なら被分析組織に固有の、細胞系の場合なら表現型に固有の基準値と比較しなければならない。
【0032】
極めて攻撃的な、即ち、侵襲性の、腫瘍形成性の、あるいは抗癌治療に対する感受性を失っている癌組織からの採取サンプルならば、基準値、即ち、殆どまたは全く攻撃的でない同様の組織サンプルから得られる値よりも低いSTAFI及びKobsを示すであろう。
【0033】
例えば、殆ど侵襲性でないメラノーマ細胞系(B16F0)の正常の蛍光異方性プラトー値(「STAFI」=ΔmA max)は47mA(Kobs=0.07)である。他方、極めて侵襲性として記述されているメラノーマ細胞系(B16F10)(Nakamura、Yoshikawa et al. 2002)のSTAFI値は37mA(K0bs=0.02)であり、明らかにB16F0の値よりも低い。侵襲性の細胞ライゼートから得られるSTAFI値及びKobs値は基準細胞系の値よりも明らかに低い(図3)。
【0034】
他の例は、腫瘍形成性細胞系の「STAFI」値と、基準として採用された非腫瘍形成性の親細胞系から得られた値との比較である。腫瘍形成性細胞系の「STAFI」値は明らかに非腫瘍形成性の基準細胞系の値よりも低い。
【0035】
NIH 3T3から派生した細胞系の例においては、腫瘍形成性細胞系(NIH 3T3 EF)の「STAFI」は35mAであるのに対して、非腫瘍形成性基準細胞系(NIH 3T3及びNIH 3T3 EF チキシン(zyxin))の「STAFI」はそれぞれ65及び57mAである(図1)。
【0036】
腫瘍形成性細胞系BAF3 bcr-abl 及び非腫瘍形成性細胞系BAF3はそれぞれ40mA及び58mAの「STAFI」値を有する。細胞系BAF3 bcr-ablの腫瘍形成性の引き金である融合腫瘍遺伝子の発現を抑制すると、「STAFI」値は基準細胞系の「STAFI」値に近似の値を回復し、即ち、それぞれ52mA及び58mAである(図2)。
【0037】
最後の例は抗癌治療に対して感受性に差のある乳癌細胞系の「STAFI」値の比較である。2つの抵抗性細胞系(MCF7-MDR及びMCF7-dox)の「STAFI」値は基準として選択された感受性細胞系(MCF7)よりも明らかに低く、35mA及び52mA対71mAである(図4)。
【0038】
本発明の方法の好ましい実施例は、以下のステップ:
‐タンパク質が変性しない条件で癌細胞を溶解させ、細胞破片を除去し;
‐ライゼート中のすべてのタンパク質を1回量に分け;
‐蛍光色素と結合したアクチン・モノマーを添加し;
‐内在アクチンの重合とライゼート中のタンパク質の保護に必要な物質を添加し;
‐ライゼート中の定常状態重合アクチン量を測定する、
から成る。
【0039】
本発明は抗癌活性を示す可能性のある分子を識別する方法をも提供する。この方法は充分な量の1種または2種以上の被検分子の存在において、請求項1〜6のいずれか1項に記載の腫瘍攻撃性分析方法を実施し、非攻撃性細胞の定常状態の重合アクチン量に匹敵する定常状態の重合アクチン量への回復を可能にする前記分子の能力を判定するという方法である。
【0040】
本発明の方法により、攻撃性細胞の「STAFI」値を非攻撃性細胞の「STAFI」値のレベルにまで回復させることができる分子の識別が可能になった。このような分子は抗癌活性を表す可能性がある。
【0041】
例えば、試験の際に、攻撃性細胞(NIH 3T3 EF)のライゼートに添加されるジャスプラキノリドは、この細胞の「STAFI」値を非腫瘍形成性の基準細胞(NIH 3T3)の「STAFI」値に近似の値にまで回復させるとことを可能にする(図5)。下記の表1は腫瘍形成性細胞(NIH 3T3 EF、図ではEF)のΔ mA max値(定常状態の重合アクチン量に相当する「STAFI」)がジャスプラキノリド(図ではジャスプラ)の添加によって非腫瘍形成性細胞(NIH 3T3)のレベルに回復することを示す。
【0042】
【表1】

【0043】
本発明は上記腫瘍攻撃性の分析方法の
‐上記細胞の侵襲性の評価;
‐細胞の腫瘍形成性の評価;及び
‐例えば放射線治療や化学療法のような抗癌治療に対する上記細胞の感受性の予測;
を目的とする利用にも係わる。
【0044】
抗癌治療に対する感受性とは、タンパク質群P-gpのポンプ機構と関連するMDR(多重薬剤耐性)による薬剤耐性が存在しないことでもあり、癌細胞がアポトーシスをおこす可能性でもある。これら2つの現象は、放射線治療または化学療法から成る抗癌治療に対する応答である可能性がある。
【0045】
本発明は、腫瘍攻撃性の診断または予測用試験に使用するための、具体的には生物学的サンプルにおける腫瘍攻撃性を評価するための定常状態における重合アクチン量の測定に使用するためのキットにも係わる。
【0046】
このキットは、以下の:
‐細胞を溶解するための再懸濁媒と、
‐内在アクチンの重合及びライゼートのタンパク質の保護に必要な物質と、
‐蛍光色素と結合したアクチン・モノマーと、
‐アクチンの重合バッファと、
‐アクチンの一般的バッファと、
‐必要ならば、攻撃性及び非攻撃性基準細胞の抽出物と
を含む。
【実施例】
【0047】
I-方法
蛍光の静的異方性とも呼称される蛍光偏光技術により、蛍光分子のサイズ及び蛍光分子複合体数に依存する値を求めることができる。即ち、細胞抽出物に少量の蛍光アクチン・モノマーを添加すると、これらのモノマーは重合の過程においてアクチン・フィラメントに組み込まれ、その結果、蛍光モノマーを含有するアクチン・フィラメントの重合と解重合との平衡状態に相当する見かけのプラトーまで異方性値を上昇させる。「STAFI」と呼称されるこのプラトーレベルは、定常状態におけるFアクチンの量、即ち、細胞の接着能力を反映し、プラトーに達する速度はこれらフィラメントが形成される速度によって決定される。これら2つの値は、腫瘍攻撃性の指標である。
【0048】
細胞の溶解方法:培養細胞の場合、溶解に先立って細胞のトリプシン処理を必要とする可能性がある(洗浄バッファ:135mM NaCl、2.7mM KCl、11.9mM NaHCO3、0.36mM NaH2PO4、2mM MgCl2、0.2mM EGTA、5.5mM グルコース、0.3% アルブミン、pH=6.5)。細胞を50×106細胞/mlの比率で音波破砕バッファ(10mM トリス-HCl、pH 7.5、10mM EGTA及び2mM MgCl2 + プロテアーゼ・インヒビター Roche)中に懸濁させ、30秒の間隔を置いて10秒間ずつ10回、氷上で音波破砕する。ライゼートを、4℃の温度において8000rpmで30分間遠心分離した後、0.45μmで濾過する。音波破砕バッファで2mg/mlに調整されるように、ライゼート中の総タンパク質の濃度をブラドフォード法で測定する。最後に0.4mMのATP及びDTTを添加して被検細胞ライゼートを調製する。
【0049】
蛍光色素と結合したアクチン・モノマーの溶液は下記のように調製する:アクチン-アレクサ488(Molecular Probes)の原液(7.3mg/ml)を、10%のスクロースを加えたバッファG(5mM トリス、pH8.1、0.2mM CaCl2、0.2mM DTT、0.2mM ATP)中に1:200の割合で希釈した後、4℃の温度において120分間、35000rpmで高速遠心分離することによって、残留しているかもしれないアクチン・フィラメントを除去する。標識されたアクチン・モノマーのこの溶液をアリコート毎に−80℃で保存する。
【0050】
試験を実施する際に、標識アクチン・モノマー溶液をバッファGで1/3に希釈する。使用される装置はBeacon 2000である。Beaconの管に167μlのバッファGと予め希釈されている3μlの標識アクチン・モノマー溶液を導入する。アクチン・モノマーの異方性値が約110mAに安定した後、4μlの重合バッファ(2.5M KCl、50mM MgCl2、25mM ATP)及び20μlの2mg/ml被検細胞抽出物を添加する。約200秒間に亘って蛍光の異方性値を記録する。データをソフトウェアGraphPad Prism バージョン3.0(Ed.GraphPad Software)で処理する。標識アクチン・モノマーの蛍光異方性値(約110mA)だけをその後の値から除外する。
【0051】
細胞系はすべて、5%のCO2を含む湿っぽい雰囲気中で37℃の温度において培養する。細胞系は10%の生まれたばかりの子牛または胎児の状態の子牛の血清(Gibco)と抗生物質(100UI/mLのペニシリン及び100μg/mLのストレプトマイシン)を添加したDMEMまたはRPMI(Gibco)培地中で培養する。
【0052】
細胞系NIH-3T3は、非腫瘍形成性のマウス繊維芽細胞系である。
【0053】
細胞系NIH-3T3-EFは、上記細胞系から派生する腫瘍形成性細胞系であり、そのゲノム中に融合腫瘍遺伝子EWS-FLIをコードするADNcを含む。このタンパク質の発現は、2.5μg/mLのピュ-ロマイシンによって選択される。
【0054】
細胞系NIH-3T3-EF-チキシン(zyxin)は、上記細胞系から派生する細胞系であり、ヒトのチキシン(zyxin)タンパク質をコードするADNcによる形質転換の結果、腫瘍形成性を失っている。このタンパク質の発現はジェネチシン(geneticin)によって選択される。
【0055】
細胞系BAF3は、マウスの前リンパ球細胞系である。これはIL3の存在下において培養される。
【0056】
細胞系BAF3 Bcr-Ablは、上記細胞系から派生する細胞系であり、ドキシサイクリンによって発現を抑制することができる融合腫瘍遺伝子Bcr-AblをコードするADNcを含有する。ドキシサイクリン及びIL3が存在しない条件下でこの細胞系を培養すると、腫瘍遺伝子が発現し、この場合、この細胞系はBAF3 bcr-abl+と呼称される。この細胞系をドキシサイクリン及びIL3の存在下において培養すると、融合腫瘍遺伝子は発現せず、この場合には、BAF3 bcr-abl-と呼称される(Dugray、Geay et al.2001)。
【0057】
細胞系B16F0は転移の可能性が少ないマウスのメラノーマ細胞系である(Nakamura、Yoshikawa et al.2002)。
【0058】
細胞系B16F10は上記細胞系から派生する細胞系であり、同系間のマウス・モデルにおいて肺転移が10回選択された結果、顕著な転移性を獲得した細胞系である(Nakamura、Yoshikawa et al. 2002)。
【0059】
細胞系MCF7はやや腫瘍形成性のヒト乳癌種細胞系である。
【0060】
細胞系MCF7-Doxは上記細胞系から派生する細胞系であり、培地中に定期的に10μMのドキソルビシンを添加することによってドキソルビシンに対して抵抗性にされている。
【0061】
細胞系MCF7-MDRは細胞系MCF7から派生する細胞系であり、癌細胞の化学療法に対する感受性を失わせる役割を果たすP-gpをコードするADNcを含有する。
【0062】
II−結果
1)接着性のマウス繊維芽細胞の腫瘍形成性と「STAFI」及びKobsの測定値との相関関係
図1は、非腫瘍形成性(NIH 3T3及びNIH 3T3 EFチキシン(zyxin))及び腫瘍形成性(NIH 3T3 EF)の3つの接着性マウス親細胞系における、ΔmA max値(定常状態重合アクチン量に相当する「STAFI」)の測定結果を示す。下記の表2は細胞抽出物の存在下におけるアクチン重合の動態を蛍光の静的偏光によって示す。
【0063】
【表2】

【0064】
腫瘍形成性細胞系(NIH 3T3 EF)の定常状態重合アクチン量(「SATFI」:蛍光異方性プラトー値)を非腫瘍形成性親細胞系(NIH 3T3)のそれと比較する(図1)。腫瘍形成性細胞系(NIH 3T3 EF)のΔmA max(SATFI)は明らかに非腫瘍形成性細胞系(NIH 3T3)のΔmA maxよりも小さく、それぞれ35と65である。
【0065】
腫瘍形成性細胞系NIH 3T3 EF中にチキシンが発現するとこの細胞系(NIH 3T3 EF チキシン)の腫瘍形成性が著しく減少する。この細胞系の腫瘍形成性の減少は、ΔmA maxが基準細胞系のそれに近似の値を回復したことと相関関係にある。NIH 3T3細胞系の場合なら、それぞれ57と65である。
【0066】
2)非接着性のマウス前リンパ球細胞系の腫瘍形成性と「STAFI」及びKobsの測定値との相関関係
図2は、非腫瘍形成性(BAF3 親細胞系、BAF3 Bcr-Abl-)及び腫瘍形成性(BAF3 Bcr-Abl+)の3つの異なる非接着性の細胞系におけるΔmA max(定常状態重合アクチン量に相当する「STAFI」)の測定結果を示す。表3は、細胞抽出物の存在下におけるアクチン重合の動態を蛍光の静的偏光によって示す。
【0067】
【表3】

【0068】
融合腫瘍遺伝子Bcr-Ablによって形質転換された腫瘍形成性細胞系BAF3 Bcr-Abl+の定常状態重合アクチン量(「STAFI」:蛍光異方性プラトー値、即ち、ΔmA maxの値)を非腫瘍形成性親細胞系(BAF3)のそれと比較する(図2)(Dugray、Geay et al. 2001)。腫瘍形成性細胞系(BAF3 Bcr-Abl+)の場合、ΔmA maxは明らかに非腫瘍形成性細胞系(BAF3)のΔmA maxよりも小さく、それぞれ40と58である。
【0069】
定数Kobsによって表されるアクチン重合速度についても同様の結果が観測される。腫瘍形成性細胞系(BAF3 Bcr-Abl+)の場合、Kobsは明らかに非腫瘍形成性細胞系(BAF3)のKobsよりも小さく、それぞれ0.05と0.12である。
【0070】
細胞系BAF3 Bcr-Abl中のドキシサイクリンによって融合腫瘍遺伝子の発現が抑制されると、この細胞系の腫瘍形成性が失われる(Dugray、Geay et al. 2001)。腫瘍遺伝子の発現が抑制されると、この腫瘍形成性細胞系のΔmA maxが基準としての非腫瘍形成性細胞系のΔmA maxを回復し、それぞれ52と58である。
【0071】
3)ヒト乳癌細胞系の抗癌治療に対する感受性と「STAFI」及びKobsの測定値との相関関係
図3は何らかの転移能を有する(B16F0<B16F10)2つの親メラノーマ細胞系におけるΔmA max値(定常状態重合アクチン量に相当する「STAFI」)の測定結果を示す。下記の表4は蛍光の静的偏光により、細胞抽出物の存在下におけるアクチン重合の動態を示す。
【0072】
【表4】

【0073】
ドキソルビシンに対して抵抗性である細胞系MCF7-Doxの定常状態重合アクチン量(「STAFI」:蛍光異方性プラトー値、即ち、ΔmA maxの値)を感受性親細胞系(MCF7)(図3)のそれと比較する。抵抗性細胞系(MCF7-Dox)の場合、ΔmA maxは明らかに感受性細胞系(MCF7)のΔmA maxよりも小さく、それぞれ52mAと71mAとなる。
【0074】
さらに、P-gpをコードする遺伝子によって形質移入された抵抗性細胞系MCH7-MDRのΔmA maxの値をも感受性細胞系(MCF7)の値と比較する。抵抗性細胞系(MCF7-MDR)の場合も、ΔmA maxは感受性細胞系(MCF7)のΔmA maxよりもはるかに小さく、それぞれ35と71である。
【0075】
4)マウスのメラノーマ細胞系(B16F0及びB16F10)の転移能と「STAFI」及びKobsの測定値との相関関係
図4は抗癌治療に対して感受性(MCF7)及び抵抗性(MCF7 Dox及びMCF7 MDR)である異なる接着性細胞系におけるΔmA max値(定常状態重合アクチン量に相当する「STAFI」)の測定結果を示す。下記の表5は蛍光の静的偏光によって、細胞抽出物の存在下におけるアクチン重合の動態を示す。
【0076】
【表5】

【0077】
細胞系B16F0から派生した転移能に関して選択された細胞系B16F10(Nakamura、Yoshikawa et al. 2002)の定常状態重合アクチン量(「STAFI」:蛍光異方性プラトー値、即ち、ΔmA maxの値)を転移能の低い親細胞系(B16FO)のそれと比較する(図4)。最も攻撃性の細胞系(B16F10)の場合、ΔmA maxは明らかに非腫瘍形成性細胞系(B16F0)のΔmA maxよりも小さく、それぞれ37と47である。
【0078】
定数Kobsで表わされるアクチンの重合速度についても同様の結果が観測される。最も攻撃性の細胞系(B16F10)の場合、Kobsは最も攻撃性の低い細胞系(B16F0)のKobsよりも明らかに小さく、それぞれ0.028と0.071である。
【0079】
5)定常状態アクチン重合の能力を回復させる分子としてのジャスプラキノリドの識別
図5はジャスプラキノリド(ジャスプラと略称)を添加することによって腫瘍形成性細胞(NIH 3T3 EF、EFと略称)のΔmA max値(定常状態重合アクチン量に相当する「STAFI」)が非腫瘍形成性細胞(NIH 3T3)のΔmA max値レベルを回復することを示す。
【0080】
腫瘍形成性細胞(NIH 3T3 EF、EFと略称)の定常状態重合アクチン量(「STAFI」:蛍光異方性プラトー値、即ち、ΔmA max値)を、重合媒に10μMのジャスプラキノリドを添加した後測定する。初期値が35mAであった腫瘍形成性細胞のΔmA maxは、ジャスプラキノリド添加後は非腫瘍形成性細胞系(NIH 3T3)のそれと近似の値を回復し、それぞれ66mAと65mAとなる。
【0081】
定数Kobsで表されるアクチンの重合速度についても同様の結果が観察される。即ち、ジャスプラキノリドはKobsを0.04から非腫瘍形成性細胞で得られる値に近似の値にまで回復させ、それぞれ0.15と0.086となる。
【0082】
参考文献
【表6】

【表7】

【図面の簡単な説明】
【0083】
本発明の上記以外の利点と特徴を、添付図面を参照して以下に説明する。添付図面において:
【図1】図1は、非腫瘍形成性(NIH 3T3及びNIH 3T3 EFチキシン(zyxin))と腫瘍形成性(NIH 3T3 EF)マウス接着性親細胞系における定常状態アクチン重合の測定値(「STAFI」=ΔmA max)を示す。
【図2】図2は、非腫瘍形成性(BAF3及びBAF3 Bcr-Abl-)と腫瘍形成性(BAF3 Bcr-Abl+)の非接着性親細胞系(マウス造血細胞)における定常状態アクチン重合の測定値(「STAFI」=ΔmA max)を示す。
【図3】図3は、感受性(MCF7)及び抵抗性(MCF7-ドキソルビシン及びMCF7-MDR)の乳癌由来の親細胞系における定常状態アクチン重合の測定値(「STAFI」=ΔmA max)を示す。
【図4】図4は、何らかの転移の可能性があるメラノーマの親細胞系における定常状態アクチン重合の測定値(「STAFI」=ΔmA max)を示す。
【図5】図5は、腫瘍形成性細胞系の定常状態アクチン量(「STAFI」=ΔmA max)を非腫瘍形成性細胞系のレベルにまで回復させることができる分子(ジャスプラキノリド)の識別を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌細胞の腫瘍攻撃性を分析する方法であって、前記細胞のライゼート中の定常状態における重合アクチン量の測定を含む、前記方法。
【請求項2】
ライゼートに対して実施した測定の結果を、培養細胞中における表現型に固有の、または生物学的サンプル中における組織に固有の、定常状態重合アクチン量の1つ以上の基準値と比較することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
重合アクチン量が、Fアクチンの総量に相当することを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
定常状態アクチン量の測定を、ライゼートに内在するアクチンの重合過程において形成されるアクチン・フィラメント(Fアクチン)に組み込まれる、蛍光色素と結合したアクチン・モノマーの存在下において、蛍光の静的偏光によって行うことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
蛍光色素と結合したアクチン・モノマーを、内在アクチン量に対して1/80〜1/1600の割合で細胞ライゼートに添加することを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
以下のステップ:
‐タンパク質が変性しない条件で癌細胞を溶解させ、細胞破片を除去し;
‐ライゼート中のすべてのタンパク質を1回量に分け;
‐蛍光色素と結合したアクチン・モノマーを添加し;
‐内在アクチンの重合とライゼート中のタンパク質の保護に必要な物質を添加し;
‐ライゼート中の定常状態重合アクチン量を測定すること、
から成ることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
抗癌活性を示す可能性のある分子を識別する方法であって、充分な量の1種以上の前記分子の存在下において請求項1〜6のいずれか1項に記載の腫瘍攻撃性分析方法を実施することと、非攻撃性細胞の定常状態重合アクチン量に相当する定常状態重合アクチン量を回復できる前記分子の能力を判定することを特徴とする、前記方法。
【請求項8】
前記細胞の侵襲性の評価を目的とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法の利用。
【請求項9】
前記細胞の腫瘍形成性の評価を目的とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法の利用。
【請求項10】
抗癌治療に対する前記細胞の感受性の予測を目的とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法の利用。
【請求項11】
前記抗癌治療が放射線治療または化学療法から成ることを特徴とする、請求項10に記載の利用。
【請求項12】
以下の:
‐細胞を溶解するための再懸濁媒と、
‐内在アクチンの重合及びライゼートのタンパク質の保護に必要な物質と、
‐蛍光色素と結合したアクチン・モノマーの溶液と、
‐アクチンの重合バッファと、
‐アクチンの一般的バッファと、
‐必要ならば、攻撃性及び非攻撃性基準細胞の抽出物と
を含むことを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法を実施するためのキット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公表番号】特表2006−511217(P2006−511217A)
【公表日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−561572(P2004−561572)
【出願日】平成15年12月18日(2003.12.18)
【国際出願番号】PCT/FR2003/003802
【国際公開番号】WO2004/057337
【国際公開日】平成16年7月8日(2004.7.8)
【出願人】(305058254)
【出願人】(505231349)
【出願人】(501089863)サントル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシェサイアンティフィク(セエヌエールエス) (173)
【Fターム(参考)】