説明

害虫忌避剤及び害虫の被害を低減する栽培方法

【課題】 新規な害虫忌避剤と害虫の被害を低減する栽培方法を提供する。
【解決手段】エンバク搾汁またはエンバクに含まれる1−ヘキサコサノールを有効成分として含有する害虫忌避剤およびエンバクを前作として作付けすき込むことにより害虫の被害を低減する栽培方法。
【効果】 新規な害虫忌避剤と栽培方法を提供する。この害虫忌避剤は、害虫の食害を阻止することにより、食害行動に伴う作物の被害を防ぐことができる。また、全て植物由来の物質であり、安全性も高く、環境に与える影響も少ない。さらに、害虫自体を殺すわけではないので、薬剤耐性を持つ個体が発生することもない。エンバクをあらかじめ作付けしてすき込んだ後に作物を栽培する栽培方法は、後作作物、特に根菜類の被害を低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は農作物や園芸植物の害虫、特に重要害虫であるキスジノミハムシの忌避剤と被害を低減する栽培方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
キスジノミハムシは成虫がアブラナ科植物の農作物や園芸植物の地上部を食害し生育阻害や品質低下を引き起こすだけでなく、その幼虫が植物の地下部を食害することによっても大きな害を与える。これらキスジノミハムシの駆除には有機リン系殺虫剤、カーバメイト系殺虫剤、ピレスロイド系殺虫剤等が使用されている。
【0003】
現在、キスジノミハムシの防除は化学合成農薬により行われている。これらの農薬ではキスジノミハムシの繁殖は抑制できるが、ダイコン等の地下部の防除のためには発生前からの薬剤処理が必要となる。これらの農薬の散布は環境への影響を考えても、いかに化学合成農薬の利用を減らすかが現在重要な問題となっている。さらに、本害虫は1年に数世代を経過するため、薬剤耐性が発達しやすいという問題もある。
【0004】
ところで、昆虫類には、特定の植物の成分を忌避する場合がある。例えば、ミナミキイロアザミウマはオールスパイスオイル、アニスオイルなどのスパイス油を忌避し(特開平3-7210号公報)、蚊はシトロネラオイルやユーカリオイルを忌避し(特開平6-340516号公報)、シロアリはベチバーオイル、パチョウリオイル、クローブオイルなどを忌避するという報告がある(特開平6-16517 号公報)。また、昆虫ではないが、ダニはベチバーオイル、パチョウリオイル、クローブオイルなどを忌避するという報告がある(特開平6-16515 号公報)。しかし、キスジノミハムシに対し忌避作用を持つ植物由来の物質は知られていない。
【0005】
このような植物由来の物質または植物搾汁の忌避作用を利用してキスジノミハムシの食害を抑制できれば、上述した安全性、薬剤耐性といった従来技術のかかえる諸問題を解決できる。
【0006】
しかし、ひとつの植物由来の物質がある種類の昆虫に対しては忌避作用をもつが、別の種類の昆虫に対しては誘引作用をもつことがしばしばある。例えば、上述のようにクローブオイルは、ダニやシロアリに対し忌避作用を持ち、シトロネラオイルは蚊に対し忌避作用を持つが、これらの物質はマメコガネに対しては誘引作用を持つ(特開平5-15285 号公報)。このため、ある植物成分がある昆虫に対して忌避作用をもつかどうかを他の事例から類推することは非常に困難である。従って、キスジノミハムシに対し忌避作用を持つ新たな物質を見出すためには、膨大な数の植物由来の物質の忌避作用を一つ一つ調べることが必要であり、非常に困難なことである。
【0007】
【特許文献1】特開平3-7210
【特許文献2】特開平6-340516
【特許文献3】特開平6-16517
【特許文献4】特開平6-16515
【特許文献5】特開平5-15285
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、新規なキスジノミハムシ忌避剤とキスジノミハムシの被害を低減する栽培方法を提供することにある。

【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の目的を達成するため、広範にわたる種類の植物の含有物質について検討した結果、エンバクに含まれる1−ヘキサコサノールにキスジノミハムシ成虫に対する忌避作用を見出した。また、エンバクを栽培し、すき込んだ圃場において、アブラナ科作物を栽培するとキスジノミハムシによる被害が抑制されることを明らかにして、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明はエンバク搾汁または1−ヘキサコサノールを有効成分として含有することを特徴とするキスジノミハムシ忌避剤と、エンバクを前作として作付けした後、エンバクをすき込んだ圃場においてキスジノミハムシの被害が抑制できる栽培方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の忌避剤および栽培方法は、キスジノミハムシの食害を阻害し農作物の被害を低減する。また、全て植物由来の物質であり、安全性も高く、環境に与える影響も少ない。さらに、キスジノミハムシ自体を殺すわけではないので、薬剤耐性を持つ個体が発生することもない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施態様を詳細に説明する。本発明のキスジノミハムシ忌避剤は、1−ヘキサコサノールを有効成分として含有する。本発明で使用するエンバク搾汁またはその乾燥物は、水で希釈したものを圃場あるいは温室等の栽培施設において噴霧散布して用いる。使用する量はエンバク搾汁を水で希釈し、葉が十分ぬれる程度に植物体に散布処理する。本発明は農業作物に利用できるほか、安全性が高いため、家庭でも観賞用の植物や菜園等にも利用することができる。
【0013】
本発明の栽培方法は、圃場においてエンバクを作付けした後、エンバク全草を土壌にすき込む。このとき刈り取ってからすき込んでもよい。また、他の圃場において栽培して得られたエンバク植物体をすき込んでもよい。この圃場においてダイコン、カブ等のアブラナ科作物を栽培すると、キスジノミハムシの被害が低減する。
【0014】
以下実施例に基づき本発明を詳細に説明する。
【実施例1】
【0015】
エンバクからキスジノミハムシに対する忌避物質を抽出同定した過程を示す。
【0016】
(試験に用いた装置)生物活性試験は、選択的リーフディスク法を用いて行った。チンゲンサイの葉より調製したリーフディスク(直径15mm)に供試物を塗布した。直径9cmのガラスシャーレ内にろ紙を敷き、処理区及び蒸留水で処理した対照区をそれぞれ2枚ずつ交互においた。野外で採集したキスジノミハムシの成虫を5頭ずつシャーレ中央部に放し、20℃暗黒条件下で自由に摂食させた。48時間後に摂食痕を調査した。キスジノミハムシの最小の食害痕(直径約0.3mm)を1個とし、それより大きい食害痕は最小食害痕の個数に換算して、実体顕微鏡下で計数した。摂食阻害率は次式により算出した。(処理区摂食面積−無処理区摂食面積)/無処理区摂食面積×100(%)。
【0017】
(試験物質の処理方法)エンバクの全草をエタノールにより成分抽出を行った。これを図1に示す経路により分画を行い、それぞれの分画をアセトンをキャリア溶媒としてリーフディスク片面あたり10mgとなるように塗布した。これらを生物検定によって摂食阻害率を求めた。
【0018】
【表1】

エンバク成分の各分画の摂食阻害活性
【0019】
表1に結果を示す。分画1−2−8に高い摂食阻害活性が認められた。これを機器分析した結果、1−ヘキサコサノール(1-Hexacosanol)であることが明らかになった。
【0020】
試薬として入手した類縁物質を、同様に摂食阻害活性を検定した結果、表2に示すとおりエンバクから分析された1−ヘキサコサノールが最も高い摂食阻害率を示した。すなわち、これがキスジノミハムシに対する忌避物質であると確認できた。
【0021】
【表2】

【実施例2】
【0022】
エンバク汁液の忌避効果について示す。
【0023】
(試験物資の処理方法)エンバク全草を重量比2倍の蒸留水とともにミキサーで磨砕したのち、固形物を除去して汁液を得た。比較のためエンバクに近縁のライムギとエンバクを作付けしないときに畑地の優占雑草となるハキダメギクを同様に処理した。
【0024】
チンゲンサイの葉より調製したリーフディスク(直径15mm)に植物汁液を1面あたり0.02ml、両面に均一に塗布し完全に蒸発させた。供試液を1面あたり0.02ml、両面に均一に塗布し完全に蒸発させ、実施例1と同様に生物検定を行った。
【0025】
結果を表3に示す。エンバク搾汁処理では摂食が99%の高率で阻害されるが、ライムギでは60%と効果がやや劣りハキダメギク搾汁では39%と低い。エンバク搾汁はキスジノミハムシに対し摂食阻害効果を示すが、ライムギではその効果が低く、ハキダメギクには認められない。
【0026】
【表3】

【0027】
同じ試験をキスジノミハムシ幼虫を用いた結果を表4に示す。エンバク搾汁処理では摂食が78%の高率で阻害されるが、ライムギでは48%と効果がやや劣りハキダメギク搾汁では28%と低い。エンバク搾汁処理したリーフディスク下には幼虫が1頭も存在しなかった。このことからエンバク搾汁はキスジノミハムシ幼虫についても摂食阻害、忌避的な効果を持つことが明らかである。
【0028】
【表4】

【0029】
エンバク乾燥物の水懸濁液の忌避効果について示す。
【0030】
(試験物資の処理方法)エンバク全草を通風乾燥機で乾燥し粉砕機で粉末状に加工したものを、供試したエンバク生重相当量の水に懸濁して供試液を得た。
【0031】
チンゲンサイの葉より調製したリーフディスク(直径15mm)に懸濁液を1面あたり0.02ml、両面に均一に塗布し完全に水を蒸発させた。供試液を1面あたり0.02ml、両面に均一に塗布し完全に蒸発させ、実施例1と同様に生物検定を行った。
【0032】
結果を表5に示す。エンバク搾汁処理では摂食が89%の高率で阻害されるが、ライムギでは51%、ハキダメギク搾汁では45%と効果が認められない。エンバク乾燥物の懸濁液はエンバク搾汁と同様にキスジノミハムシに忌避的な効果が認められる。
【0033】
【表5】

【実施例3】
【0034】
栽培圃場にエンバクを作付けにすることによるキスジノミハムシ防除方法について示す。
【0035】
エンバクまたはライムギを作付けした後、全草を土壌にすき込んだ。この圃場に5月と9月にダイコンを播種し、7月と11月にキスジノミハムシによる被害とダイコンの生育について調査した。表6に示す通り、7月調査では前作作付けなし圃場で被害度が95.8であったのに対し、エンバク作付け後では31.3と低く抑えられた。11月調査では前作作付けなし圃場で被害度が44であったのに対し、エンバク作付け後では12.5と低く抑えられた。ライムギ作付け後でも被害度はやや低かったがエンバク作付け後には及ばなかった。
【0036】
【表6】

【0037】
このような輪作による被害低減効果が得られる要因として、一般に前作作物が対象害虫の非食草であると説明されるが、本実施例ではエンバクと同じく非食草であるライムギによる被害低減効果は高くない。これはエンバクが実施例1で示した忌避効果を有する1−ヘキサコサノールを比較的多く含むことに起因するに他ならない。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】エンバク成分の分析過程を示した説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1−ヘキサコサノールを有効成分として含有する害虫忌避剤。
【請求項2】
エンバク搾汁またはエンバク搾汁を乾燥、粉末状に加工したものを水に懸濁または有機溶剤に溶解した害虫忌避剤。
【請求項3】
エンバクを作付けし茎葉部又は/及び根部を土壌中にすき込んだ圃場において作物を栽培することにより害虫の被害を低減する栽培方法。


【図1】
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【公開番号】特開2006−83097(P2006−83097A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−269678(P2004−269678)
【出願日】平成16年9月16日(2004.9.16)
【出願人】(000225142)奈良県 (42)
【Fターム(参考)】