説明

小型モータ用整流装置

【課題】 整流子と刷子との間の接触抵抗を長時間使用後も安定に維持して、モータ始動電圧の過度の上昇を防止して、特に、低電圧、低速回転で、不連続的に運転する用途において安定して使用可能にする。
【解決手段】 小型モータ用整流装置は、モータ回転子シャフト上に固定される整流子と、該整流子に摺動接触する一対の刷子とから構成される。本発明は、この整流子或いは刷子のいずれかの摺動部を構成する材質を、銀(Ag)マトリクス中にタングステンカーバイド(WC)粒子を分散させることにより形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ回転子シャフト上に固定される整流子と、該整流子に摺動接触する一対の刷子とから構成される小型モータ用整流装置に関する。
【背景技術】
【0002】
図7は、通常の小型モータの回転子の整流子部分を部分的に断面で示す縦断面図である。モータ回転子は、シャフト上に積層コア(図示省略)と巻線(図示省略)によって構成される回転子磁極と、整流子とを一体に組み付けて構成される。整流子の整流子片は、樹脂製の整流子芯の外周面に取付具(ワッシャ)を介して固定される。ディスクバリスタは、火花消去用に備えられている。整流子装置は、整流子とそれに摺動接触する刷子とから構成される。刷子は電源の+側及び−側にそれぞれ接続されるように一対に構成されるが、図示の一対の刷子は整流子片上に、2個の細長い平板を基部側で一体に結合したものを1組として、図中の上下にそれぞれ備えることにより構成されている。整流子片の折り曲げた端部(巻線接続端)には、巻線の終端(図示省略)が接続される。
【0003】
このようにして構成されたモータ回転子を、金属ケース(図示省略)の開口から挿入した後、金属ケースの開口を閉じるように、刷子を配したエンドキャップ(一部のみ図示)が嵌着される。この状態で、回転子シャフトは、金属ケース底部に設けた軸受(図示省略)とエンドキャップに設けた軸受によって回転可能に支持される。このとき、刷子が整流子片上に当接するよう配置される。外部電源から刷子及び整流子片を介して供給された電流は、回転子磁極に巻かれた巻線に流れ、これによって、モータは回転することができる。
【0004】
このような小型モータは、CDプレーヤやDVDプレーヤのピックアップを駆動するピック用モータ等のように、低電圧、低速回転で、不連続的に運転する用途にも用いられるが、このような用途においては、整流子とそれに摺動接触する刷子との間の接触抵抗が、使用経過時間が増すにつれて不安定となることが問題となる。従来、例えば、整流子材には、銅を含む銀銅合金が用いられ、また、刷子材には、銀パラジウムとかが用いられているが、特に、銅、パラジウムとかは酸化し易いために刷子材が酸化して摩耗紛となり易い。加えて、刷子と整流子の摺動による火花によって空気中の有機物が炭化して絶縁物となる。これら摩耗紛や絶縁物の上に刷子が乗り上げると、接触も不安定となる。接触抵抗が不安定になると、モータ始動電圧(モータを始動させるために必要な印加電圧)が上昇する。この始動電圧が、所定値の印加電圧以上に上昇すると、モータは停止したままで、始動できないという問題が生じる。
【特許文献1】特許第2895793号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、係る問題点を解決して、整流子と刷子との間の接触抵抗を長時間使用後も安定に維持して、モータ始動電圧の過度の上昇を防止して、特に、低電圧、低速回転で、不連続的に運転する用途において安定して使用可能にすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の小型モータ用整流装置は、モータ回転子シャフト上に固定される整流子と、該整流子に摺動接触する一対の刷子とから構成される。この整流子或いは刷子のいずれかの摺動部を構成する材質を、銀(Ag)マトリクス中にタングステンカーバイド(WC)粒子を分散させることにより形成したことを特徴としている。
【0007】
このタングステンカーバイド(WC)粒子は、2.3〜20wt%の範囲で分散させることが望ましい。この銀(Ag)マトリクス中にタングステンカーバイド(WC)粒子を分散させることにより形成した前記材質を刷子材質に用いて、整流子の摺動部材質を金(Au)により構成することができる。
【0008】
一対の刷子のそれぞれは、複数個の断面逆V形状の刷子部分により構成するか、或いは断面V形状の刷子部分と断面逆V形状の刷子部分を組み合わせて構成することができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、銀(Ag)マトリクス中にタングステンカーバイド(WC)粒子を分散させることにより形成した材質を、整流子或いは刷子の摺動部に用いることにより、整流子と刷子との間の接触抵抗を長時間使用後も安定に維持して、モータ始動電圧の過度の上昇を防止して、特に、低電圧、低速回転で、不連続的に運転する用途において安定して使用することができる。
【0010】
さらに、相手側材質に、酸化し難い物質として金を用いることにより、摩耗粉が生じても酸化しないので、より接触抵抗を安定化させることが可能となる。
【0011】
さらに、刷子の断面形状を逆V形状或いはV形状とすることにより、整流子に対してライン状に摺動接触して、接圧を強くして、接触抵抗をさらに安定化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、整流子材(整流子片材質)と刷子材のどちらか一方の摺動部の材質組成として、Ag(銀)マトリクス中に、WC(タングステンカーバイド)粒子を分散させて用いる。Agマトリクス中に分散したWC粒子は導電性を持ち、摩耗粉を噛み込んでも、WC粒子により整流子・刷子間で通電することで始動電圧の上昇を防ぐことができる。分散割合は、詳細は実施例に示すように、2.3〜20重量%のWCに対して、残Agとすることが望ましい。
【0013】
このような材質の整流子或いは刷子と組み合わせて用いられる他方(刷子或いは整流子)の材質として、Au(金)、AuAg(金銀)合金、AgCu(銀銅)合金、Ag(銀)を用いる。Au、AuAg合金、AgCu合金、Agとすることで、酸化を抑制することができ、特にAuは、酸化し難いために摩耗粉が発生しても、摩耗粉の酸化を抑制し、整流子・刷子間の接触抵抗を安定させることができる。
【0014】
図1は、焼結刷子を構成するAgマトリクス中に分散させたWC粒子による作用を概念的に説明する図であり、(A)は刷子初期状態を、また(B)は長時間使用後状態を示している。このようなAg粉末中にWC粒子を所定割合で分散させた後に焼結して形成した材質は、刷子と整流子のいずれにも用いることができるが、図は、刷子に用いた場合を示している。図1(A)に示すように、初期状態において、整流子は摩耗も生じていないので、整流子面と刷子面が良好に接触することができる。これに対して、長時間使用後は、整流子及び刷子が摩耗し、その摩耗粉が整流子と刷子の接触部間に入り込んで、刷子が摩耗粉の上に乗り上げることになり、その間の接触抵抗を不安定化させることになるが、図示した材質においては、主としてAgのみが摩耗して、硬いWC粒子はほとんど摩耗しない。それ故に、図1(B)に示すように、WC粒子が刷子表面上に突出した状態となる。このため、摩耗粉を噛み込んで、刷子と整流子片との間に入り込んでも、摩耗粉は、突出したWC粒子と整流子片との間に生じた隙間に入り込むことになり、刷子と整流子間の通電は、表面上に突出するWC粒子を介して安定に行うことが可能となる。これによって、始動電圧の上昇を防ぐことができる。
【実施例】
【0015】
上述した材質により形成した刷子或いは整流子片を有する小型モータを作成した。この材質は、通常のように母材(刷子の場合は銅又は銅合金のバネ材が、また、整流子片の場合は銅又は銅合金が用いられる)の上に貼り付けた後圧延して形成(クラッド)した。そして、このような小型モータを用いて試験を行い、始動電圧及び接触抵抗を測定した。図2及び図3は、このような小型モータ構造を例示する図であり、それぞれの(A)は回転子構造を部分的に断面で示す図、(B)は整流子に接触する刷子部分のみを取り出して示す斜視概念図である。図2及び図3に示すモータ構造は、刷子形状を除いて、図7を参照して説明した従来技術の小型モータと同一のものとして例示した。それ故、刷子形状以外の構成、動作の詳細な説明は省略する。
【0016】
図2に示す刷子は、断面逆V形状の刷子部分を軸方向に3個併置したのに対して、図3の刷子は、断面V形状と逆V形状の2個の刷子部分を併置した点でのみ相違する。ここで、V形状刷子及び逆V形状刷子のいずれも、比較的に細い幅及び長い長さを有する細長い平板を、幅中央を折り曲げラインとして両側にV形状に折り曲げたものである点では共通するが、整流子片に対する接触態様が相違する。V形状刷子は、幅中央の折り曲げラインを整流子片に摺動接触するのに対して、逆V形状刷子は、幅方向両側を摺動接触させる。刷子は、直流電源の+側と−側にそれぞれ接続される一対のそれぞれを、図示したように、3個の刷子部分(図2)或いは2個の刷子部分(図3)で構成する。これら3個或いは2個の刷子部分は、図示省略しているが、基端部側において電気的にも構造的にも一体に結合されて用いられる。
【0017】
従来技術として図7に例示した刷子形状は細長い平板状であり、整流子に対して面全体で摺動接触するのに対して、図2或いは図3に例示した刷子は、整流子に対してライン状に摺動接触して、接圧を強くすることが可能となる。逆V形状は、両側の2ラインで整流子に摺動接触するのに対して、V形状は、中央の1ラインで摺動接触する点の相違はあるが、いずれも、ライン状に摺動接触する。図3に示すように、図中上下において、一方をV形状にして、他方を逆V形状にすることにより、整流子に摺動接触するラインを、全体的には円筒形状の整流子の軸方向にずらせることが可能になる。即ち、接触軌道が重ならない。これによって、整流子の摩耗を減少させることができる。或いは、図2に示すように、3本逆V形状にして接触ラインを増加させて、通電部をさらに確保することで摩耗粉を噛み込んでも接触抵抗をより安定化させることが可能となる。この場合、さらに、図中上側の刷子に対して、下側の刷子を軸方向にずらせて取り付けることにより、整流子の摩耗を減少させることが可能となる。
【0018】
(測定方法)
測定は、150時間の運転後に行った。始動電圧の測定は、上述のようにして作成した小型モータを測定モータとして、印加電圧を徐々に増加させて、モータが回転を始める電圧を始動電圧として記録した。
【0019】
接触抵抗の測定は、図4のような測定回路で測定した。図示したように、測定モータは、1rpmで回転するよう制御された外部駆動モータにより駆動する。そして、測定モータには、1Ωの抵抗を介して0.2Vの直流電源を接続し、この測定モータに流れる電流を、1Ωの抵抗両端の電圧として、レコーダで記録する。これによって、測定モータが1回転する間の接触抵抗を連続的に測定して記録することができる。測定モータが一周する間の接触抵抗の部分的な増加(不安定性)は、測定電圧の低下として記録される。
【0020】
(測定結果)
図5は、測定結果をまとめた表である。例示した測定モータはいずれも、1Vの電圧を印加して使用することを想定して製造されたものなので、始動電圧が1Vを超えるものは、始動不可を意味している。いずれの実施例も、4台のモータを用いて試験を行った結果であり、表中の始動電圧及び接触抵抗の欄は、最も悪い結果のものを示している。実施例1は、分散させたWC粒子量が、実施例中で最も少なく(2.3wt%)かつ整流子に用いた例を示すが、始動電圧及び接触抵抗共に良好である。なお、刷子形状の「V・逆V」は、図3を参照して説明した刷子形状を示しており、「3本逆V」は、図2を参照して説明した刷子形状を示している。
【0021】
実施例2〜実施例11は、同一刷子形状(3本逆V)について、WC分散比及び整流子成分組成を変えて測定した結果を示すが、始動電圧及び接触抵抗共に良好である。特に、実施例9〜11は、最良の接触抵抗を示すが、これらは、整流子に金(100wt%)を用いたものである。実施例12は、刷子形状を「V・逆V」にしたのを除いて、実施例10と同一条件のものであり、良好な結果を示すが、しかし、実施例10よりは接触抵抗の安定性が劣ることが分かる。
【0022】
図6に示す比較例は、始動電圧及び接触抵抗共に、悪い結果を示している。比較例1は、WC分散比を2wt%にした例である。比較例2及び3は、整流子成分組成として銀銅合金と、刷子成分組成として銀パラジウムの例である。
【0023】
実施例4とか実施例11のように、20wt%のWCを分散させても良好な結果を示したが、これ以上にWCを分散させた材質は、母材の上に貼り付けて圧延加工する際にクラック(割れ)が生じるため、加工が事実上困難であった。それ故、WCの分散量は、2.3〜20wt%が望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】焼結刷子を構成するAgマトリクス中に分散させたWC粒子による作用を概念的に説明する図であり、(A)は刷子初期状態を、(B)は長時間使用後状態を示す。
【図2】断面逆V形状の刷子部分を3個併置した小型モータ構造を例示する図であり、(A)は回転子構造を部分的に断面で示す図、(B)は整流子に接触する刷子部分のみを取り出して示す斜視図である。
【図3】断面V形状と逆V形状の2個の刷子部分を併置した小型モータ構造を例示する図であり、(A)は回転子構造を部分的に断面で示す図、(B)は整流子に接触する刷子部分のみを取り出して示す斜視図である。
【図4】接触抵抗の測定回路を示す図である。
【図5】測定結果をまとめた表である。
【図6】始動電圧及び接触抵抗共に、悪い結果を示している比較例を示す表である。
【図7】従来の小型モータの回転子の整流子部分を部分的に断面で示す縦断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータ回転子シャフト上に固定される整流子と、該整流子に摺動接触する一対の刷子とから構成される小型モータ用整流装置において、
前記整流子或いは前記刷子のいずれかの摺動部を構成する材質を、銀(Ag)マトリクス中にタングステンカーバイド(WC)粒子を分散させることにより形成した小型モータ用整流装置。
【請求項2】
前記タングステンカーバイド(WC)粒子を、2.3〜20wt%の範囲で分散させた請求項1に記載の小型モータ用整流装置。
【請求項3】
銀(Ag)マトリクス中にタングステンカーバイド(WC)粒子を分散させることにより形成した前記材質を刷子材質に用いて、前記整流子の摺動部材質を金(Au)により構成した請求項1に記載の小型モータ用整流装置。
【請求項4】
前記一対の刷子のそれぞれは、複数個の断面逆V形状の刷子部分により構成するか、或いは断面V形状の刷子部分と断面逆V形状の刷子部分を組み合わせて構成した請求項1に記載の小型モータ用整流装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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