説明

局在表面プラズモンセンサーチップ

【課題】測定環境に対して検出感度が低下しない局在表面プラズモンセンサーチップを提供する。
【解決手段】基材11と、基材11上に形成された第一の金属微細構造21と、基材11上に形成され第一の金属微細構造21の間に設けられた第二の金属微細構造22と、第一及び第二の金属微細構造21,22上に形成された薄膜23と、を備え、第一の金属微細構造21は、基材11と接する端面が基材の表面に対して垂直な形状または構造断面積が基材の表面に向かうにつれて大きくなる形状であり、第二の金属微細構造22は、第一の金属微細構造21と接触しない位置に接近して配置され、基材11と接する端面が基材11の表面に対して垂直な形状または構造断面積が基材11の表面に向かうにつれて大きくなる形状であり、薄膜23は、第一及び第二の金属微細構造21,22を被覆するように形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面増強ラマン散乱(SERS:Serface Enhanced Raman Spectroscopy)を誘起する構造として、金属微細構造を持つ試料分析などに用いられる局在表面プラズモンセンサーチップに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、安全や医療への関心が高まっており、危険物質や病原物質を高精度に探知するセンサーの需要は高まっている。電気化学的な手法をはじめさまざまなタイプのセンサーが検討されているが、集積化が可能、低コスト、そして、測定環境を選ばないといった理由から、SERSを用いたセンサーに対する関心が高まっている。
【0003】
ここで、SERSとは、単一の波長を持つ光を被測定物質に照射すると前記被測定物質固有の情報を持つ光が散乱されるラマン散乱という現象において、ナノメートルスケールの金属の微細構造近傍に被測定物質が存在すると、前記ラマン散乱光が増強される現象のことである。
【0004】
この現象は、電気的作用と化学的作用の相乗効果として現れるが、このうち電気的作用は、局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized Serface Plasmon Resonance)による効果である。LSPRとは、光の波長以下の微細金属構造に光を入射すると、金属内に存在する自由電子が光の電場成分により集団的に振動し、外部に電場を誘起する現象である。この誘起された局所電場により、ラマン散乱光が増強されることが一般に知られている。
【0005】
LSPRによるラマン散乱光の増強効果は、金属の微細構造の形状に大きく依存する。特に、微細金属構造間の距離が5nm以上20nm以下の場合に誘起される局所増強電場が集中する効果が現れ、ラマン散乱光の増強効果が高まることが非特許文献1により報告されている。
【0006】
この効果を利用した技術は、例えば、特許文献1がある。特許文献1では、基板上に金属微粒子を分散・固定して金属微細構造を形成した後で金属を真空蒸着し、金属微細構造間に金属を堆積させて金属微細構造間の距離を制御する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−109395号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】第70回応用物理学会学術講演会予稿集、池谷伸太郎他、2009年、p.950
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1の方法では、金属微細構造は基板表面に向かうにつれて断面積が減少する形状であり、真空蒸着を行うと金属微細構造に金属が蒸着されない部分が生じる。この金属が蒸着されない部分に対して金属微細構造を腐食する液体、気体などが接触すると、金属が変性して金属微細構造が局在プラズモンを誘起出来なくなるという問題がある。
【0010】
本発明は、上記従来技術の問題点を解決し、測定環境に金属微細構造を腐食する液体または気体が存在していても検出感度が低下しない局在表面プラズモンセンサーチップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【0012】
[適用例1]本適用例にかかる局在表面プラズモンセンサーチップは、基材と、前記基材上に形成された第一の金属微細構造と、前記基材上に形成され前記第一の金属微細構造の間に設けられた第二の金属微細構造と、前記第一及び第二の金属微細構造上に形成された薄膜と、を備え、前記第一の金属微細構造は、前記基材と接する端面が前記基材の表面に対して垂直な形状または構造断面積が前記基材に向かうにつれて大きくなる形状であり、前記第二の金属微細構造は、前記第一の金属微細構造と接触しない位置に接近して形成され、前記基材と接する端面が前記基材の表面に対して垂直な形状または構造断面積が前記基材の表面に向かうにつれて大きくなる形状であり、前記薄膜は、前記第一及び第二の金属微細構造を被覆するように形成されていることを特徴とする。
【0013】
この構成によれば、第一及び第二の金属微細構造において、基材と接する端面が基材の表面に対して垂直な形状または構造断面積が基材に向かうにつれて大きくなる形状を有するため、真空蒸着などを用いた構造形成の際に金属微細構造が蒸着源に対して陰となる部分が生じなくなり、金属微細構造全体に薄膜が形成される効果を有する。
また、第一及び第二の金属微細構造を被覆するように薄膜が形成されているため、金属微細構造に腐食性の液体、気体などが接触することを防止でき、局在表面プラズモンセンサーチップの検出感度が測定環境の影響を受けにくくなる効果を有する。
【0014】
[適用例2]上記適用例にかかる局在表面プラズモンセンサーチップにおいて、前記第一の金属微細構造の材質が、Au、Ag、Cu、Pt、Al、およびこれらの合金から成る群より選択される少なくとも1種の金属であることが好ましい。
【0015】
この構成によれば、第一の金属微細構造を形成する金属の比誘電率の虚数成分が小さくなるため、金属内の自由電子が共鳴振動する際に生じるエネルギーの損失が小さくなり、第一の金属微細構造が誘起する局在表面プラズモン共鳴によって生じる局所増強電場が大きくなる効果が得られる。
【0016】
[適用例3]上記適用例にかかる局在表面プラズモンセンサーチップにおいて、前記第二の金属微細構造の材質が、Au、Ag、Cu、Pt、Al、およびこれらの合金から成る群より選択される少なくとも1種の金属であることが好ましい。
【0017】
この構成によれば、第二の金属微細構造を形成する金属の比誘電率の虚数成分が小さくなるため、金属内の自由電子が共鳴振動する際に生じるエネルギーの損失が小さくなり、第二の金属微細構造が誘起する局在表面プラズモン共鳴によって生じる局所増強電場が大きくなる効果が得られる。
【0018】
[適用例4]上記適用例にかかる局在表面プラズモンセンサーチップにおいて、前記第一の金属微細構造と前記第二の金属微細構造との距離が5nm以上20nm以下であることが好ましい。
【0019】
この構成によれば、第一の金属微細構造と第二の金属微細構造との構造間に誘起される局所増強電場が集中する効果が現れ、この局所増強電場によりラマン散乱光が増強されるため、局在表面プラズモンセンサーの感度を向上させる効果が得られる。
【0020】
[適用例5]上記適用例にかかる局在表面プラズモンセンサーチップにおいて、前記基材の材質がSi、SiO2、TiO2、石英、ガラス、のいずれかであることが好ましい。
【0021】
この構成によれば、第一の金属微細構造と第二の金属微細構造を形成する金属原子間の結合エネルギーが、金属原子と基材間の結合エネルギーよりも高くなり、基材上に金属を真空蒸着すると、金属がアイランド状の金属微細構造を形成するため、簡便な方法で金属微細構造を作製でき、工程を短縮する効果が得られる。
【0022】
[適用例6]上記適用例にかかる局在表面プラズモンセンサーチップにおいて、前記薄膜の材質がAu、Ag、Cu、Pt、Al、Ni、Zr、Ti、Pd、およびこれらの合金から成る群より選択される少なくとも1種の金属であることが好ましい。
【0023】
この構成によれば、第一の金属微細構造が発現させる局在表面プラズモン効果を維持したまま吸着しやすい分子に変えることができるため、前処理無しに検出物質を絞り込む効果が得られる。
【0024】
[適用例7]上記適用例にかかる局在表面プラズモンセンサーチップにおいて、前記薄膜の材質がフッ素樹脂であることが好ましい。
【0025】
この構成によれば、薄膜によって金属微細構造の腐食性の液体、気体などへの耐性が高くなり、金属微細構造の劣化による感度低下を防ぐ効果が得られる。
【0026】
[適用例8]上記適用例にかかる局在表面プラズモンセンサーチップにおいて、前記第二の金属微細構造は真空蒸着法により製作されたことが好ましい。
【0027】
この構成によれば、基材上に金属を真空蒸着するだけでアイランド状の金属微細構造を形成することができ、同時に第一の金属微細構造上に薄膜を形成する効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に係る局在表面プラズモンセンサーチップの一実施形態を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明に係る局在表面プラズモンセンサーチップの一実施形態を模式的に示す断面図である。
【図3】図2に示す局在表面プラズモンセンサーチップの実施形態の変形例の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、本発明に係る局在表面プラズモンセンサーチップの構造を添付の図面に示す好適実施形態にもとづいて詳細に説明する。なお、以下の説明に用いる各図面では、各部材を認識可能な大きさとするため、各部材の寸法の割合を適宜変更している。
【0030】
(第一の実施形態)
図1は、本発明に係る局在表面プラズモンセンサーチップの一実施形態を模式的に示す断面図である。局在表面プラズモンセンサーチップ10は、基材11と、基材11上に形成された第一の金属微細構造21と、第一の金属微細構造21の間に形成された第二の金属微細構造22と、第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22の上に形成された薄膜23と、を有する。
【0031】
第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22は、基材11と接する端面が基材11の表面に対して垂直な形状または構造断面積が基材11に向かうにつれて大きくなる形状である。第一の金属微細構造21と第二の金属微細構造22の大きさは、直径20nm以上かつセンサーで利用する光源の波長以下で、局在表面プラズモン共鳴を発現させる大きさである。
本実施形態では、可視光源であるHe−Ne光源を使用することとし、直径を約100nmとする。第一の金属微細構造21と第二の金属微細構造22との間の距離Dは、局所増強電場が集中する効果が現れる5nm以上20nm以下であることが適している。
【0032】
第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22の作製方法は、例えば、電子ビーム露光リソグラフィ、干渉露光リソグラフィ、ナノスフィアリソグラフィ、陽極酸化法などでマスクを作製した後で、真空蒸着やスパッタなどで金属を形成する方法が挙げられるが、特に限定されない。また、第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22の材質は局在表面プラズモン共鳴を発現する金属、例えば、Au、Ag、Cu、Pt、Al、およびこれらの合金から成る群より選択される少なくとも1種の金属である必要がある。
【0033】
薄膜23は、第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22を覆うように形成される。薄膜23の材質を、第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22を腐食する液体、気体などに対して耐食性を有する物質、例えばAu、Pt、Sn、Zn、フッ素樹脂とすれば、第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22の腐食を抑えることが出来る。ここで薄膜23は入射した光が透過して第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22に到達可能な膜厚である必要がある。
【0034】
以上のように、本実施形態の局在表面プラズモンセンサーチップ10は、第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22において、基材11と接する端面が基材11の表面に対して垂直な形状または構造断面積が基材11に向かうにつれて大きくなる形状を有するため、真空蒸着などを用いた構造形成の際に金属微細構造が蒸着源に対して陰となる部分が生じなくなり、金属微細構造全体に薄膜23が形成される。
そして、第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22を被覆するように薄膜23が形成されているため、金属微細構造に腐食性の液体、気体などが接触することを防止でき、局在表面プラズモンセンサーチップ10の検出感度が測定環境の影響を受けにくくなる効果を有する。
【0035】
(第一の実施形態の変形例)
第一の金属微細構造21及び第二の金属微細構造22の材料金属が、金属原子同士の結合エネルギーよりも金属原子と基材11間の結合エネルギーが小さい場合、真空蒸着をするだけでナノアイランド構造を作製することができる。例えば、TiO2、SiO2、Si、石英、ガラスといった基板に、Ag、Au、Pt、Pd、Cu、Niといった金属を真空蒸着すると、ナノアイランド構造を作製することができる。この方法はマスクを作製する必要が無く、マスクを用いる方法に比べリードタイムを短縮できる利点がある。例えば、石英基板に対してAgを蒸着材料として、真空度を1×105Pa、蒸着レートを0.2Å毎秒で高さ方向に約10nm真空蒸着を行うと、直径約70nmの金属微細構造を作製することができる。
【0036】
(第二の実施形態)
次に、第二の実施形態の局在表面プラズモンセンサーチップとして、薄膜23の材質をAuのような局在表面プラズモン共鳴を発現させる金属としても良い。このようにすれば、第二の金属微細構造22と薄膜23とを同時に作製することが可能である。
例えば、図2のように基材11及び第一の金属微細構造21上に薄膜23を形成した後、第一の金属微細構造21の構造間に金属微細構造が出来るようにフォトリソグラフィー技術を用いて薄膜23をエッチングすることで第二の金属微細構造22を作製できる。
【0037】
以上、本実施形態においても第一の実施形態と同様に、第一の金属微細構造21が蒸着源に対して陰となる部分が生じなくなり、また、第二の金属微細構造22を第一の金属微細構造21を被覆し金属微細構造の腐食を防止する薄膜23で形成できる利点がある。
このように、金属微細構造に腐食性の液体、気体などが接触することを防止でき、局在表面プラズモンセンサーチップ10の検出感度が測定環境の影響を受けにくくなる効果を有する。
【0038】
(第二の実施形態の変形例)
また、薄膜23が局在表面プラズモン共鳴を発現させる金属であり、かつ基材11に真空蒸着のみでナノアイランド構造を作製できる金属である場合には、図3のように基材11上に第一の金属微細構造21を形成した後、真空蒸着を行うことで、第二の金属微細構造22及び薄膜23を同じ工程にて作製できる。
【符号の説明】
【0039】
10…局在表面プラズモンセンサーチップ、11…基材、21…第一の金属微細構造、22…第二の金属微細構造、23…薄膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に形成された第一の金属微細構造と、前記基材上に形成され前記第一の金属微細構造の間に設けられた第二の金属微細構造と、前記第一及び第二の金属微細構造上に形成された薄膜と、を備え、
前記第一の金属微細構造は、前記基材と接する端面が前記基材の表面に対して垂直な形状または構造断面積が前記基材の表面に向かうにつれて大きくなる形状であり、
前記第二の金属微細構造は、前記第一の金属微細構造と接触しない位置に接近して配置され、前記基材と接する端面が前記基材の表面に対して垂直な形状または構造断面積が前記基材の表面に向かうにつれて大きくなる形状であり、
前記薄膜は、前記第一及び第二の金属微細構造を被覆するように形成されている
ことを特徴とする局在表面プラズモンセンサーチップ。
【請求項2】
請求項1に記載の局在表面プラズモンセンサーチップであって、前記第一の金属微細構造の材質が、Au、Ag、Cu、Pt、Al、およびこれらの合金から成る群より選択される少なくとも1種の金属であることを特徴とする局在表面プラズモンセンサーチップ。
【請求項3】
請求項1に記載の局在表面プラズモンセンサーチップであって、前記第二の金属微細構造の材質が、Au、Ag、Cu、Pt、Al、およびこれらの合金から成る群より選択される少なくとも1種の金属であることを特徴とする局在表面プラズモンセンサーチップ。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の局在表面プラズモンセンサーチップであって、前記第一の金属微細構造と前記第二の金属微細構造との距離が5nm以上20nm以下であることを特徴とする局在表面プラズモンセンサーチップ。
【請求項5】
請求項1に記載の局在表面プラズモンセンサーチップであって、前記基材の材質がSi、SiO2、TiO2、石英、ガラス、のいずれかであることを特徴とする局在表面プラズモンセンサーチップ。
【請求項6】
請求項1に記載の局在表面プラズモンセンサーチップであって、前記薄膜の材質がAu、Ag、Cu、Pt、Al、Ni、Zr、Ti、Pd、およびこれらの合金から成る群より選択される少なくとも1種の金属であることを特徴とする局在表面プラズモンセンサーチップ。
【請求項7】
請求項1に記載の局在表面プラズモンセンサーチップであって、前記薄膜の材質がフッ素樹脂であることを特徴とする局在表面プラズモンセンサーチップ。
【請求項8】
請求項3に記載の局在表面プラズモンセンサーチップであって、前記第二の金属微細構造は、真空蒸着法により製作されたことを特徴とする局在表面プラズモンセンサーチップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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