説明

希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物及びその製造方法

【課題】 希土類酸化物および希土類元素を含む複合酸化物を製造するための原料として有用な、新規な希土類モノカルボン酸塩のアルコール付加物を提供する。
【解決手段】 一般式(I):

M(R2−COO)3・(R1O(CH2nOH)p …(I)

[MはPr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選ばれる希土類元素を表し;R1は炭素数1〜4の脂肪族炭化水素基または炭素数3〜6の置換脂肪族炭化水素基を表し;R2は水素または炭素数1〜4の置換又は未置換の脂肪族炭化水素基を表し;nは2または3を表し、そしてpは0.5〜3の範囲の数値を表わす]
で表される希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に希土類酸化物および希土類元素を含む複合酸化物を製造するための原料として有用な、新規な希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
希土類酸化物および希土類元素を含む複合酸化物は、蛍光体、固体電解質、超伝導膜、触媒、セラミックス、光学ガラスなど機能性無機材料として広く利用されている。これら希土類酸化物を形成する際の原料物質として、従来は希土類アルコキシドが利用されてきた。
【0003】
希土類アルコキシアルコキシドの製造方法として、特許文献1には、希土類カルボン酸塩とアルカリ金属アルコキシアルコラートを反応させる方法が開示されている。この方法では、出発物質として不安定なナトリウムなどアルカリ金属のアルコキシドを使用する、そして反応の副生成物であるアルカリ金属カルボン酸塩を分離除去するのが困難であるという問題がある。また、もう一方の出発物質である希土類カルボン酸塩を予め無水塩にしておく必要があるが、希土類の水和塩を加熱乾燥するような一般的な工程では多くの場合に分解を伴いがちであり、簡易な工程で純粋な無水塩を得ることが難しいことが分かっている。
【0004】
非特許文献1には、水和希土類塩化物とオルトホルメートを反応させた後、更に2−プロパノール、次いでn−ブチルリチウムと反応させることにより、希土類イソプロポキシドを製造する方法が開示されている。しかしながら、この方法でも、副生成物の塩化リチウムが析出するものの微細で濾過しても生成物と一緒に濾液に残留するために、高純度の希土類イソプロポキシドを得るには繰り返し精製しなければならず、結果として操作が煩雑な上に収率が低いという問題がある。
【0005】
非特許文献2には、ルテチウム金属とイソプロパノールを乾燥窒素ガス雰囲気中、触媒として塩化水銀の存在下で反応させて、ルテチウムイソプロポキシドを製造する方法が開示されている。しかしながら、この方法では、環境上有害な水銀を使用する、そして出発物質として用いる希土類金属は高価であって、かつ酸化され易いために取扱いに注意を要するという問題がある。
【特許文献1】特開平7−285969号公報
【非特許文献1】ルブラン、外、テトラヘドロン・レターズ(Tetrahedron Letters)、第32巻、第21号、1991年、p.2355−2358
【非特許文献2】IEEE・トランスアクションズ・オン・ヌクレア・サイエンス(IEEE Transactions on Nuclear Science)、第47巻、第6号、2000年、p.1781−1786
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、特に希土類酸化物および希土類元素を含む複合酸化物を製造するための原料として有用な、新規な希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、一般式(I):

M(R2−COO)3・(R1O(CH2nOH)p …(I)

[ここで、MはPr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選ばれる希土類元素を表し;R1は炭素数1〜4の脂肪族炭化水素基または炭素数3〜6の置換脂肪族炭化水素基を表し;R2は水素または炭素数1〜4の置換又は未置換の脂肪族炭化水素基を表し;nは2または3を表し、そしてpは0.5〜3の範囲の数値を表わす]
で表される希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物にある。
【0008】
本発明の一般式(I)の希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物は下記の方法により容易に製造することができる。
【0009】
下記式(II):
【0010】

M(R2−COO)3・mH2O …(II)

[ここで、MおよびR2は上記に定義した通りであり;そしてmは0≦m≦4の範囲内の数値を表す]
【0011】
で表される希土類カルボン酸塩を、下記式(III):
【0012】

1−O−(CH2nOH …(III)

[ここで、R1およびnは上記に定義した通りである]
【0013】
で表されるアルコキシアルコールと一緒に加熱し、溶媒とともに水を留去することからなる製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物は、その製造が容易であって、希土類酸化物および希土類元素を含む複合酸化物を製造するための原料として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物の製造方法において、R2はメチル基であることが好ましい。式(III)で表されるアルコキシアルコールは、2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノール、1−メトキシ−2−プロパノール、1−エトキシー2−プロパノールおよび3−エトキシー1−プロパノールから選ばれる少なくとも一種の化合物であることが好ましい。特に好ましい本発明の製造方法は、希土類酢酸塩をエトキシエタノールと一緒に加熱し、そして溶媒とともに水を留去することからなる。
【0016】
以下に、本発明のモノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物の製造方法について詳細に説明する。
【0017】
本発明において原料である希土類カルボン酸塩としては、下記式(II)で表される化合物が用いられる。
【0018】

M(R2−COO)3・mH2O …(II)
【0019】
[ここで、MはPr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選ばれる少なくとも一種の希土類元素を表し;R2は水素または炭素数1〜4の置換又は未置換の脂肪族炭化水素基を表し;そしてmは0≦m≦4の範囲内の数値を表す]
【0020】
希土類カルボン酸塩は、ギ酸塩、酢酸塩およびプロピオン酸であることが好ましく、特に好ましくはギ酸塩および酢酸塩である。カルボン酸塩は無水塩であっても水和塩であってもよい。
【0021】
これらの希土類カルボン酸塩は、従来より公知の任意の方法で合成することができる。本発明のモノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物の製造の前段階として反応容器内で希土類カルボン酸塩を合成し、これを用いて引き続き本発明のモノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物の製造を行うこともできる。例えば、上記希土類元素の酸化物または水酸化物を酢酸の水溶液に加熱溶解した後、余剰の酢酸と水を留去することによって希土類酢酸塩が得られる。
【0022】
アルコキシアルコールとしては、下記式(III)で表される化合物が用いられる。
【0023】

1−O−(CH2nOH …(III)
【0024】
[ここで、R1は炭素数1〜4の脂肪族炭化水素基または炭素数3〜6の置換脂肪族炭化水素基を表し;そしてnは2または3を表す。]
【0025】
好ましいアルコキシアルコールとしては、2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノール、1−メトキシ−2−プロパノール、1−エトキシー2−プロパノール、3−エトキシ−1−プロパノール、2(2−エトキシエトキシ)エタノール、2(2−メトキシエトキシ)エタノール、アセトキシエタノール、2−イソプロポキシエタノール、2−ブトキシエタノールを挙げることができる。更に好ましくは、2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノール、1−メトキシ−2−プロパノール、1−エトキシ−2−プロパノール、3−エトキシー1−プロパノールであり、そして特に好ましくは、2−エトキシエタノールである。
【0026】
アルコキシアルコールは、希土類カルボン酸塩に対して一般に3倍モル以上の量で用いられ、好ましくは10倍モル以上、特に好ましくは30倍モル以上、1000倍モル以下で用いられる。アルコキシアルコールの量が希土類カルボン酸塩の10倍モル以下の少ない量である場合には、補助溶媒として混和性の溶媒、例えばエタノール、イソプロパノール、ブタノール等の無置換アルコール、アセトニトリルなどを用いてもよい。大過剰量のアルコキシアルコールを単独で、反応物であると同時に溶媒として使用することがより好ましい。
【0027】
上記の希土類カルボン酸塩をアルコキシアルコールに混合分散して反応液を調製する。反応液の溶媒は、アルコキシアルコール単独であってもよいし、あるいはこれと上記低沸点アルコール等との混合溶媒、または水との混合溶媒であってもよい。希土類酢酸塩は、粉末状態で溶媒に加えてもよいし、あるいは水に溶解した後これを溶媒に加えてもよい。
【0028】
次いで、反応液を加熱しながら、その一部を留去する。通常は大気圧下で加熱するが、減圧下で加熱および留去を行うこともできる。また、通常は溶媒の沸点まで加熱して還流させながら反応を進めるが、反応が進行する限りにおいて沸点より低い温度であってもよい。例えば、反応容器の外温をメトキシエタノールでは135℃、エトキシエタノールでは145℃に加熱して還流する。還流と同時にその一部を留去して、反応系から不要な成分を取り除く。留去は、精留管を用いて行ってもよいし、あるいは反応容器内に乾燥窒素ガスを導入して、不要成分の蒸気をアルコキシアルコールと一緒に強制的に取り除いてもよい。留去の量は、希土類元素の種類や反応液の組成などによっても異なるが、通常は反応液の10%乃至50%の範囲内にある。反応が進行するにつれて、最初は分散懸濁状態にあった反応液が透明化するので、これにより反応の終点を知ることができる。
【0029】
本発明に用いられるアルコキシアルコールはいずれも沸点が水の沸点よりも高いので、加熱により、カルボン酸塩の結晶水および/または溶媒に含まれている水分が留去され、これに伴って、原料物質は可溶性の希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物として溶解する。これにより、目的とする希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物を含むアルコキシアルコール溶液が得られる。さらに、余剰のアルコキシアルコールを常圧または減圧下で留去することにより、目的の前記一般式(I)で表される希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコ−ル付加物を単離することができる。なお、希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコ−ル付加物のその後の利用形態によっては、単離しないでアルコキシアルコール溶液をそのまま出発物質溶液として、薄膜、ファイバー、粉末等の製造に用いることもできる。
【実施例】
【0030】
[実施例1] 酢酸ルテチウムのエトキシエタノール付加物
三ツ口フラスコ中で、酢酸ルテチウム四水和物16.5gをエトキシエタノール500mLに分散させた後、分散液をスターラー付きオイルバスを用いて撹拌しながら常圧下で7時間かけて還流した。還流しながら、そのうちの約100mLを精留管を通じて留去した。分散液は、次第に薄黄色の透明な液に変化した。この液を乾燥窒素気流中でナス型フラスコに移した後、ロータリーエバポレータを用いて15mmHgの減圧下で75℃〜95℃に加熱して溶媒を留去した。このようにして、薄黄色の粘稠液を得た。
【0031】
得られた生成物のフーリエ変換赤外分光光度法による測定から、酢酸基とエトキシエタノールに起因するスペクトルが確認され、またこの生成物を元素分析したところ、第1表に示すように、目的の酢酸ルテチウムのエトキシエタノール付加物の組成に相当する結果が得られた。収率は98%であった。また、生成物中の不純物金属イオンを分析したところ、原料の酢酸ルテチウムに含まれていたCa分に相当する約20ppmのCaが検出された以外は、検出限界以下であった。
【0032】
【表1】

【0033】
[実施例2] 希土類元素酢酸塩のエトキシエタノール付加物
酢酸ルテチウム四水和物の代わりに、第2表に示す各種の希土類酢酸塩をそれぞれ所定量、エトキシエタノール100mLに分散させた後、145℃のスターラー付きオイルバスを用いて撹拌しながら常圧下で還流した。第2表には併せて、それぞれの反応時間を示す。ランタンとセリウム以外の希土類元素については、分散液は反応の進行とともに僅かに黄色味を帯びた透明な液に変化した。この液から実施例1と同様にして溶媒を留去して、粘稠な液状物質を得た。
第3表に、得られた各生成物(表中のEEAはC25OC24OHを表わす)の元素分析値および反応収率を示す。
【0034】
第2表


原料 量(g) 反応時間(時間)


酢酸プラセオジウム一水和物 3.9 3.5
酢酸ネオジム一水和物 3.9 1.0
酢酸サマリウム四水和物 4.0 1.0
酢酸ユーロピウム四水和物 4.0 1.0
酢酸ガドリニウム四水和物 4.1 1.0
酢酸テルビウム四水和物 4.1 0.5
酢酸ジスプロシウム四水和物 4.1 6.0
酢酸ホルミウム四水和物 4.1 5.0
酢酸エルビウム四水和物 4.2 2.0
酢酸ツリウム四水和物 4.2 3.0
酢酸イッテルビウム四水和物 4.2 4.0

【0035】
【表2】

【0036】
[実施例3] テルビウム付活酸化ルテチウム蛍光体の製造
実施例1で得られた酢酸ルテチウムのエトキシエタノール付加物27gを、予め脱水したエトキシエタノール100mLに溶解し、これに硝酸テルビウムの0.1モル/Lのエタノール溶液280μLを加えて加熱還流した後、ロータリーエバポレータにて溶媒を留去し、透明粘稠なゲル体を得た。このゲル体を乳鉢で粉砕した後、アルミナ製ルツボにて、1200℃で4時間焼成して、白色のテルビウム付活酸化ルテチウム蛍光体粉末を得た。
得られたテルビウム付活酸化ルテチウム蛍光体は、紫外線励起により、強い緑の蛍光を発し、その強度は、それぞれの酸化物の混合物を同様にして焼成して得たものの約2倍であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I):

M(R2−COO)3・(R1O(CH2nOH)p …(I)

[ここで、MはPr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選ばれる希土類元素を表し;R1は炭素数1〜4の脂肪族炭化水素基または炭素数3〜6の置換脂肪族炭化水素基を表し;R2は水素または炭素数1〜4の置換又は未置換の脂肪族炭化水素基を表し;nは2または3を表し、そしてpは0.5〜3の範囲の数値を表わす]
で表される希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物。
【請求項2】
式(I)においてR2がメチル基である請求項1に記載の希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物。
【請求項3】
一般式(I):

M(R2−COO)3・(R1O(CH2nOH)p …(I)

[ここで、MはPr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuからなる群より選ばれる希土類元素を表し;R1は炭素数1〜4の脂肪族炭化水素基または炭素数3〜6の置換脂肪族炭化水素基を表し;R2は水素または炭素数1〜4の置換又は未置換の脂肪族炭化水素基を表し;nは2または3を表し、そしてpは0.5〜3の範囲の数値を表わす]
で表される希土類モノカルボン酸塩のアルコキシアルコール付加物を製造するための下記の工程からなる方法:
下記式(II):

M(R2−COO)3・mH2O …(II)

[ここで、MおよびR2は上記に定義した通りであり;そしてmは0≦m≦4の範囲内の数値を表す]
で表される希土類カルボン酸塩を、下記式(III):

1−O−(CH2nOH …(III)

[ここで、R1およびnは上記に定義した通りである]
で表されるアルコキシアルコールと一緒に加熱し、溶媒とともに水を留去する工程。
【請求項4】
式(II)においてR2がメチル基である請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
式(III)で表されるアルコキシアルコールが、2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノール、1−メトキシ−2−プロパノール、1−エトキシー2−プロパノールおよび3−エトキシー1−プロパノールから選ばれる少なくとも一種の化合物である請求項3または4のいずれかの項に記載の製造方法。
【請求項6】
希土類酢酸塩をエトキシエタノールと一緒に加熱し、そして溶媒とともに水を留去することからなる請求項3乃至5のいずれかの項に記載の製造方法。

【公開番号】特開2006−83090(P2006−83090A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−268804(P2004−268804)
【出願日】平成16年9月15日(2004.9.15)
【出願人】(000005201)富士写真フイルム株式会社 (7,609)
【Fターム(参考)】