説明

希土類酸化物被膜の形成方法

【課題】プラズマエッチング処理室内壁の耐食性皮膜や蛍光ランプのガラスバルブ内面の皮膜などに用いられる希土類酸化物皮膜を、簡便に、緻密平滑な皮膜として得る方法を提供する。
【解決手段】配位子として、8−キノリノール、β−ジケトン類、芳香族カルボン酸などの、非分解の融点を持つ希土類元素の有機錯体を、実質的に水蒸気を含まないかあるいは実質的に酸素を含まない雰囲気下で加熱溶融し、その融液によって皮膜を形成し、これを加熱して酸化分解することによって希土類酸化物皮膜を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類(3A族)酸化物被膜の形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
希土類酸化物は、その良好な耐プラズマ性から、プラズマエッチング装置等のプラズマが接触する処理室内壁の耐食性被膜として使用されている。この耐プラズマ被膜は、形成の容易さやコストの関係からプラズマ溶射法が主に採用されている(特開2001−164354号公報:特許文献1)。ところが、プラズマ溶射法によって形成された被膜表面は未溶融粒子や高温プラズマ中で蒸発、析出した微細な粒子の付着、あるいは溶融、衝突、急冷によるクラックなどによって凹凸が大きく、エッチングプロセスで微細な粒子が脱離し易く、半導体ウェハーへのコンタミネーションを起こすという問題がある。これに対し、スパッタリングなどのPVD法やCVD等の緻密平滑膜が検討されているが、真空プロセス等の高コスト法である上、複雑な形状を有する部材には施工が不可能である。それを解決する方法としてゾルゲル塗布法が提案されており、比較的簡単な工程で緻密平滑膜が得られるとされている(特開2007−27329号公報:特許文献2)。
【0003】
また、希土類酸化物は、水銀蒸気を吸着しにくい性質があり、蛍光ランプなどのガラスバルブが内部の水銀蒸気を吸着することによって起こる輝度劣化を防ぐために、ガラスバルブ内面に希土類酸化物被膜を形成することが行われている。
【0004】
この形成方法には、希土類酸化物やその前駆体微粒子のゾルを塗布、乾燥、焼成させるゾルゲル法と、加熱分解することによって希土類酸化物となるような希土類化合物の溶液を塗布、乾燥、加熱分解する方法がある。
【0005】
しかし、このようなゾルゲル法や溶液塗布法は、溶媒を使用している点で共通の問題を抱えている。つまり、ゾルゲル法ではゾルの乾燥時に溶媒の蒸発による収縮が起こり、クラックが発生し易いという問題がある。しかも、前駆体ゾルはアルコキシドの加水分解などにより製造されるため、多量の有機溶媒を用いることが多く、コストや環境上の問題もある。また、溶液塗布法も同様の問題を抱える上、溶媒蒸発時に溶質が部分的に結晶析出して偏在し易く、緻密平滑な膜を得ることが難しかった。更に、これらの方法で一定の膜厚を得ようとすると、0.1μm以下の膜を数十〜数百回も塗り重ねる必要があり、高コストである。
【0006】
【特許文献1】特開2001−164354号公報
【特許文献2】特開2007−27329号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、簡便に緻密平滑な希土類酸化物被膜が得られる希土類酸化物被膜の形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、溶媒を使うことなく、化合物自体が非分解融点を持つ希土類有機錯体を使用し、加熱溶融状態におけるその融液によって被膜を形成し、これを酸化雰囲気で加熱分解することによって、緻密平滑な希土類酸化物被膜を形成できることを見出し、本発明をなすに至った。
【0009】
従って、本発明は、下記に示す希土類酸化物被膜の形成方法を提供する。
〔1〕 希土類元素の有機錯体を溶媒に溶かさずに加熱溶融し、その融液によって被膜を形成し、これを加熱して酸化分解することを特徴とする希土類酸化物被膜の形成方法。
〔2〕 溶融温度が、有機錯体の分解温度未満であることを特徴とする〔1〕に記載の希土類酸化物被膜の形成方法。
〔3〕 希土類元素の有機錯体は、非分解の融点を持ち、配位子としては、8−キノリノール、ジピバロイルメタン、2,4−ペンタンジオン、ベンゾイルアセトン、β−ジケトン類、芳香族カルボン酸、1,10−フェナントロリン、2,2’−ビピリジン、及びトリフェニルホスフィンオキサイドから選ばれるものであることを特徴とする〔1〕又は〔2〕に記載の希土類酸化物被膜の形成方法。
〔4〕 加熱溶融から被膜形成までを、実質的に水蒸気を含まない雰囲気下で行うことを特徴とする〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の希土類酸化物被膜の形成方法。
〔5〕 加熱溶融から被膜形成までを、実質的に酸素を含まない雰囲気下で行うことを特徴とする〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の希土類酸化物被膜の形成方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、有機錯体溶融成膜法によって簡便に緻密平滑な希土類酸化物被膜を得ることができ、産業上その利用価値は極めて高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の希土類酸化物被膜の形成方法は、非分解融点を持つ希土類有機錯体の融液を成膜し、酸化分解させることを特徴とするものである。
まず、本発明で言う希土類元素とは、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luである。
希土類元素酸化物を蛍光ランプのガラスバルブ内面の保護膜として使用する場合など、光を透過する用途においては、酸化物自体が無色透明である方がよく、特にSc,Y,La,Gd,Yb,Luが好ましい。
【0012】
希土類酸化物被膜の前駆物質となる希土類元素の有機錯体は、非分解の融点を持つものが好ましく、配位子としては、8−キノリノール、ジピバロイルメタン、2,4−ペンタンジオン、ベンゾイルアセトン、その他β−ジケトン類、芳香族カルボン酸、1,10−フェナントロリン、2,2’−ビピリジン、及びトリフェニルホスフィンオキサイドなどから選ぶことができる。
【0013】
錯体の組成としては、例えば、
トリス(8−キノリノラト)(8−キノリノール)RE=[RE(C96NO)3(C97NO)]、
トリス(ベンゾイルアセトナト)RE=[RE(C10923]、
トリス(2,4−ペンタンジオナト)RE=[RE(C5723
(REは希土類元素)
などが挙げられる。これらの融点は通常100〜140℃の範囲であり、分解温度は通常140〜180℃の範囲である。
【0014】
これらの有機錯体を有機錯体の分解温度未満で加熱溶融して基材に被膜を形成する。溶融温度としては錯体の種類により融点以上分解温度未満で金属錯体を溶融する。溶融された希土類元素有機錯体の被膜形成方法としては、ドクターブレード,スピンコート,ロールコート,はけ塗り,ディップコートなど各種の方法を選択できるが、これらに限るものではない。また、ガラス管内壁に塗布する場合などは、融液吸引塗布が可能である。
被膜厚さは、1〜500μm、特に5〜100μmとすることが好ましい。
【0015】
これらの被膜形成方法においては、基材やコート機器類,雰囲気を全て有機錯体の非分解溶融温度範囲の一定温度にコントロールしておくことが好ましい。基材や機器類や雰囲気が溶融温度よりも低いと、部分的に固化したり、融液粘度が変化して均一な膜が形成できない場合がある。また、有機錯体の分解開始温度よりも高いと、部分的に分解固化したり、融液粘度が変化して均一な膜が形成できない場合がある。
【0016】
融液による被膜形成時の雰囲気は、酸素あるいは水蒸気を実質的に含んでいない窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気であることが好ましい。これは、酸素や水蒸気の存在により、有機錯体が分解しないで融解して得られる温度範囲が狭まり、温度コントロールが難しくなるからである。ここで、実質的に含まないとは、酸素又は水蒸気の含有量が雰囲気中1容量%以下、特に0.1容量%以下であることを意味する。
【0017】
以上のようにして得られた有機錯体の被膜を酸化性雰囲気(大気、酸素含有気体)中で焼成して酸化物被膜に転換するが、その焼成温度は選択した有機錯体が分解して酸化物に変わる温度400〜1,500℃、好ましくは400〜1,000℃を選択する。焼成温度が低すぎると被膜が完全に酸化物に転換しない状態がある場合があり、高すぎると被膜にクラックが発生する場合がある。なお、焼成時間は1〜100時間、更に5〜25時間が好ましい。また酸化物被膜の厚さは適宜選定されるが、0.1〜100μm、特に1〜50μmであることが好ましい。
【0018】
被膜を形成させる基材としては、炭素、金属(Al、SUS)、セラミック(アルミナ、ジルコニア、窒化珪素、窒化ホウ素)、石英等が挙げられる。
【0019】
本発明の被膜は、プラズマエッチング装置のプラズマが接触する処理室内壁部材、蛍光ランプ用ガラスバルブ内壁の保護膜として用いることができる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0021】
[実施例1]
酸素及び水蒸気が0.1容量%未満の窒素置換された密閉容器内で100mm×100mm×2mmtのステンレス板を130℃に加温し、トリス(ベンゾイルアセトナト)イットリウム塩(融点114℃、分解点140℃)0.1gを表面に落とし、全体が溶融したことを確認してから、あらかじめ130℃に温めておいた間隙5μmのドクターブレードで成膜した。これを、大気中550℃にて8時間焼成し、その表面に酸化イットリウムの被膜を得た。表面と断面を電子顕微鏡で観察すると、約1μm厚の被膜が形成されていたが、クラックや異物のない緻密平滑膜であった。
【0022】
[実施例2]
実施例1に記載の密閉容器内で100mm×100mm×2mmtの石英ガラス板を150℃に加温し、トリス(2,4−ペンタンジオン)エルビウム塩(融点140℃、分解点165℃)の0.1gを表面に落とし、全体が溶融したことを確認してから、あらかじめ150℃に温めておいた間隙5μmのドクターブレードで成膜した。これを、大気中550℃にて8時間焼成し、その表面に酸化エルビウムの被膜を得た。表面と断面を電子顕微鏡で観察すると、約1μm厚の被膜が形成されていたが、クラックや異物のない緻密平滑膜であった。
【0023】
[比較例1]
100mm×100mm×2mmtのアルミニウム板に、イットリウムイソプロポキシドの5質量%エタノール溶液をディップコート法によって塗布し、ゲル化,乾燥した。この操作を20回繰り返した後、大気中500℃にて焼成した。表面を電子顕微鏡で観察すると、約1μm厚の緻密膜が形成されていたが、1〜数十μm幅のクラックが各所に観察された。
【0024】
[比較例2]
100mm×100mm×2mmtの石英ガラス板に、トリス(2,4−ペンタンジオン)エルビウム塩の5質量%エタノール溶液をディップコート法によって塗布し、乾燥後、大気中550℃にて焼成した。この操作を10回繰り返した後、表面を電子顕微鏡で観察すると、5μm程の不定形状をした酸化エルビウム粒子が石英ガラス表面に偏在していることが確認された。有機錯体の結晶が析出し、これが形を崩しながら熱分解して酸化物に変化したものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素の有機錯体を加熱溶融し、その融液によって被膜を形成し、これを加熱して酸化分解することを特徴とする希土類酸化物被膜の形成方法。
【請求項2】
溶融温度が、有機錯体の分解温度未満であることを特徴とする請求項1に記載の希土類酸化物被膜の形成方法。
【請求項3】
希土類元素の有機錯体は、非分解の融点を持ち、配位子としては、8−キノリノール、ジピバロイルメタン、2,4−ペンタンジオン、ベンゾイルアセトン、β−ジケトン類、芳香族カルボン酸、1,10−フェナントロリン、2,2’−ビピリジン、及びトリフェニルホスフィンオキサイドから選ばれるものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の希土類酸化物被膜の形成方法。
【請求項4】
加熱溶融から被膜形成までを、実質的に水蒸気を含まない雰囲気下で行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の希土類酸化物被膜の形成方法。
【請求項5】
加熱溶融から被膜形成までを、実質的に酸素を含まない雰囲気下で行うことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の希土類酸化物被膜の形成方法。