説明

常誘電体周期双晶結晶の製造方法

【課題】常誘電体であるボレート系結晶において、非線形光学定数の符号を周期的に反転させた疑似位相整合を可能とする常誘電体周期双晶結晶の製造方法に関するものである。
【解決手段】1つ双晶界面を有する結晶の部分融解させた領域を周期的に移動させることにより周期双晶構造を形成させることを特徴とする常誘電体周期双晶結晶の製造方法、及び、この周期双晶を種結晶としてバルク周期双晶構造を製造する工程を特徴とする常誘電体周期双晶結晶の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、深紫外光を透過する常誘電体周期双晶結晶の製造方法に関し、特に、周期双晶構造を有する四ホウ酸リチウム結晶(Li:以後LB4と記す)の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体リソグラフィーやレーザー加工の極微細化に伴い、安価で安全な全固体のレーザー光源の開発が求められている。
【0003】
全固体のレーザー光源として、固体レーザーと非線形光学特性を持つ結晶を組み合わせた構成が考えられている。この構成では、固体レーザーから発信されたレーザー光が、非線形光学結晶を通過することにより、固体レーザーの波長より短波長の光に波長変換されたレーザー光が得られる。
【0004】
前記の非線形光学結晶には、非線形光学定数の符号を周期的に反転させた疑似位相整合(QPM;Quasi Phase Matching)構造を有する結晶が用いられる(非特許文献1)。QPM構造を有する結晶中をレーザー光が通過することにより、第2高調波の位相も周期的に反転し、位相整合が行われる。固体レーザーの波長に応じて、QPM構造の分極反転周期を調整することで、非線形光学結晶を透過する波長領域で、波長変換が可能となる。
【0005】
現在、QPM構造を有する非線形光学結晶の製造方法は、強誘電性の材料であるニオブ酸リチウムなどの酸化物単結晶に電場を印加することで、分極を周期的に反転させることによりQPM構造を製造する方法が主流である。
【0006】
しかしながら、強誘電性の酸化物材料は、深紫外波長(200nm以下)を透過する材料が無いため、例えば、強誘電性の酸化物材料を次世代の深紫外用レーザー光源として用いることは不可能である。
【0007】
常誘電性の材料では、深紫外波長を透過する材料が存在するが、結晶内に自発分極が無いので、電場印加を用いた分極反転によるQPM構造の作製は不可能である。
【0008】
そこで、常誘電性の結晶にQPM構造を作製する方法が、いくつか報告されている。
【0009】
例えば、常誘電性の水晶に外部応力を印加し、選択した領域に双晶を形成させる方法が報告されている(非特許文献1、特許文献1)。しかし、この方法はいわば固体状態での強制的な構造変化であるため、結晶内部に歪みや欠陥の導入は避けられない。
【0010】
また、例えば、常誘電性の四ホウ酸リチウム結晶(LB4結晶)を融液から結晶成長させる過程において、固液界面に電場を印加することで、周期双晶構造をLB4結晶中に作製する方法が報告されている(特許文献2)。しかしながら、現在までに、本方法で作製した結晶を用いて第2高調波発生が観測されたという報告はない。
【0011】
LB4の非線形光学定数(d33;0.93pm/V)は、水晶の非線形光学定数(d11;0.31pm/V)の約3倍大きく、また、LB4は、波長170nm以上の光に対して透明であるため、紫外光用の波長変換素子として有望であるが、LB4結晶にQPM構造を作製する方法は確立されていない。
【0012】
従って、LB4結晶にQPM構造を作製する方法を確立することは、次世代の全固体レーザーの開発へ向けて極めて重要な課題である。
【0013】
常誘電性のLB4結晶に、非線形光学定数の符号を周期的に反転させたQPM構造を作製するためには、LB4結晶中に周期的に双晶界面を形成させればよい。双晶界面を挟んだ両側の結晶では、結晶のc軸方向が反転するため、非線形光学定数の符号も反転することとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2008−186034号公報
【特許文献2】特許第4617461号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】宮澤,応用物理、第69巻、第5号、2000年、p.493.
【非特許文献2】栗村,工業材料(日刊工業新聞社)、第53巻、2005年、p.64.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
常誘電性の四ホウ酸リチウム結晶(LB4結晶)に、QPM構造を作製する技術を開発することは、次世代レーザー実現の本質的課題であり、本発明は、結晶成長過程に周期双晶構造を導入することでQPM構造を作製する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明によれば、一つ以上の(010)双晶界面を有する常誘電体結晶において、(010)双晶界面近傍の片方のc結晶を直径100μm以下の線状ヒーターまたは直径100μm以下のスポットレーザーで加熱し、結晶を貫通融解させた後、前記線状ヒーターまたはスポットレーザーを、(010)双晶界面を垂直に横切り、もう片方のc+結晶側へ部分融解を移動させることにより、(010)双晶界面に対して垂直な(100)双晶界面をc+結晶部に形成し、これを(010)双晶界面に沿って200μm以下のピッチで繰り返すことを特徴とする、常誘電体周期双晶結晶の製造方法が得られる。
【0018】
また本発明によれば、前記常誘電体周期双晶結晶は、四ホウ酸リチウム(Li)を主成分とすることを特徴とする、常誘電体周期双晶結晶の製造方法が得られる。
【0019】
また、本発明によれば、常誘電体周期双晶結晶を種結晶として、四ホウ酸リチウムを主成分とする融液に接触させた後に一方向にエピタキシャル成長させて、同じ周期のバルク状の周期双晶結晶を複製することを特徴とする、常誘電体周期双晶結晶の製造方法が得られる。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、常誘電体であるLB4結晶に周期双晶構造を導入することで、非線形光学定数の符号を周期的に反転させた疑似位相整合(QPM;Quasi Phase Matching)構造を有する結晶が得られ、レーザー用の固体の波長変換素子として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明による周期双晶構造を有するLB4結晶の作製方法。
【図2】本発明による方法で作製した周期双晶構造を有するLB4結晶。
【図3】周期双晶構造を有するLB4結晶を種結晶として用いて、マイクロ引下げ法により作製したLB4バルク結晶。
【図4】図4(a)は、Nd:YAGレーザーの第2高調波測定実験の模式図である。図4(b)は、周期双晶構造を有するLB4結晶により発生した波長532nmの第2高調波である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
常誘電体結晶に周期双晶構造を導入する方法について、以下に詳細に説明する。
【0023】
まず、(010)双晶界面が一つ存在する常誘電体結晶を用意する。(010)双晶界面が一つ存在する常誘電体結晶は、どのような方法で作製してもよい。例えば、LB4融液から結晶化させると、しばしば結晶中に(010)双晶界面が形成されるので、この部分を切り出して利用することも可能である。(010)双晶界面を挟んだ両側の結晶は、c軸方向が反転した方位関係となっている。すなわち、結晶を(010)双晶界面に平行にc軸方向から観察すると、(010)双晶界面を挟んだ一方の結晶ではc方向が上方向に向いており(以降c結晶と記述)、もう一方の結晶ではc方向が上方向に向いている(以降c結晶と記述)。
【0024】
次に、LB4の融点以上に加熱した直径100μm以下の線状ヒーターまたはレーザーを、前記の(010)双晶界面を挟んだ結晶のどちらか一方に当てて加熱部分のみを部分的に融解する。その後、線状ヒーターまたはレーザーを、(010)双晶界面に向かって垂直方向に、(010)双晶界面を挟んだもう一方の結晶に向かって移動させる。この時、線状ヒーターまたはレーザーにより加熱されている部分のみが部分的に融解しているが、線状ヒーターまたはレーザーが通過して加熱されなくなると再び結晶化する。例えば、最初にc結晶を線状ヒーターまたはレーザーにより部分的に融解し、その後、線状ヒーターまたはレーザーを、(010)双晶界面を垂直に横切ってc結晶側まで移動させた場合、線状ヒーターまたはレーザーが通過して融解・再結晶化した領域はc結晶となる。すなわち、もともとはc結晶であった領域が、線状ヒーターまたはレーザーを通過させることにより、その部分のみc結晶となる。
【0025】
このc結晶と、もともとのc結晶の界面には(100)双晶界面が形成される。
【0026】
続いて、所望の双晶周期の間隔分だけ線状ヒーターまたはレーザーを横にずらし、前項で記述した方法で(010)双晶界面に対して垂直方向に往復させることにより、線状ヒーターまたはレーザーが通過した部分にc結晶を成長させ、c結晶とc結晶の界面に(100)双晶界面を周期的に形成させる。
【0027】
前項で記述した工程を繰り返すことで、周期双晶構造を有するLB4結晶が得られる。線状ヒーターまたはレーザーをずらす間隔により、周期双晶の間隔を制御することができる。
【0028】
次に、この周期双晶構造を有するLB4結晶を種結晶として用いて、バルク結晶を作製する。
【0029】
LB4融液に、本発明により作製した周期双晶構造を有するLB4結晶を接触させ、一方向にエピタキシャル成長させることで、周期双晶構造を有するバルク結晶を得ることができる。
【0030】
前記の一方向成長方法としては、チョクラルスキー法やマイクロ引下げ法などの方法を利用することができる。
【実施例】
【0031】
本発明により、常誘電体であるLB4結晶中に周期双晶構造を作製できることを実証するための実験を行った。
【0032】
図1に、本発明による周期双晶構造作製法を模式的に示した。(010)双晶界面を1つ有するLB4結晶のc結晶側から、直径100μmのPtヒーターを(010)双晶界面に向かって垂直に移動させ、(010)双晶界面においてc結晶の一部を融解させた。その後、Ptヒーターをc結晶側に移動させた。直径100μmのPtヒーターを用いた場合、1度ヒーターを往復させることで、100μm間隔の2つの(100)双晶界面が形成された。Ptヒーターを200μm横にずらして、再度(010)双晶界面に対して垂直方向にPtヒーターを往復させることにより、1度目に形成した2つの双晶界面から100μm離れた位置に100μm間隔の2つの(100)双晶界面が形成された。この工程を10回繰り返し連続的に100μm間隔の双晶界面を形成させた。
【0033】
図2は、本発明による方法で作製した周期双晶構造を有するLB4結晶である。本方法により、100μm周期の周期双晶構造を有するLB4結晶が作製できた。
【0034】
図3は、図2で示した周期双晶構造を有するLB4結晶を種結晶として用いて、マイクロ引下げ法により作製したLB4バルク結晶である。本方法により、100μm周期の周期双晶構造を有する長さ15mmのバルク結晶が作製できた。本結晶をレーザーの波長変換素子として用いる場合、波長1064nmのレーザー光を入射することで第2高調波の532nmのレーザー光が発生することになる。
【0035】
図4(a)は、本方法で作製した100μm周期の周期双晶構造を有するLB4結晶が、レーザーの波長変換素子として利用できることを実証するための実験の模式図である。Nd:YAGレーザー(波長1064nm)を光源として、レーザー光を本方法で作製した100μm周期の周期双晶構造を有するLB4結晶を通過させ、フィルターを通して波長532nmの第2高調波のみを検出した。
【0036】
図4(b)は本実験により検出したNd:YAGレーザーの第2高調波である。本発明により作製した周期双晶構造を有するLB4結晶により、波長532nmの緑色の第2高調波が発生することが実証できた。
【0037】
以上のように、本発明により、常誘電体であるLB4結晶に周期双晶構造を作製できることが実証され、レーザーの波長変換素子として利用できることが示された。
【0038】
本発明による方法で、周期双晶構造の周期を変えるためには、線状ヒーターの直径および、線状ヒーターをずらす間隔を制御すればよいことは自明である。Ptヒーターの直径により結晶が融解する領域の直径と2つの双晶界面の間隔が決まるため、更に短周期の周期双晶を作製するには、線状ヒーターの直径は100μm以下とすることが望ましい。
【0039】
本発明による方法で作製した周期双晶構造を有するバルク結晶を種結晶として用いて、一方向エピタキシャル成長させることにより、同じ周期の周期双晶構造を有するバルク結晶を新たに製造できることは自明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一つ以上の(010)双晶界面を有する常誘電体結晶において、(010)双晶界面近傍の片方のc-結晶を直径100μm以下の線状ヒーターまたは直径100μm以下のスポットレーザーで加熱し、結晶を貫通融解させた後、前記線状ヒーターまたはスポットレーザーを、(010)双晶界面を垂直に横切り、もう片方のc+結晶側へ結晶を部分融解させながら移動させることにより、(010)双晶界面に対して垂直な(100)双晶界面をc+結晶部に形成し、これを(010)双晶界面に沿って200μm以下のピッチで繰り返すことを特徴とする常誘電体周期双晶結晶の製造方法。
【請求項2】
前記常誘電体周期双晶結晶は、四ホウ酸リチウム(Li)を主成分とすることを特徴とする請求項1に記載の常誘電体周期双晶結晶の製造方法。
【請求項3】
前記常誘電体周期双晶結晶を種結晶として、四ホウ酸リチウムを主成分とする融液に接触させた後に一方向にエピタキシャル成長させて、同じ周期のバルク状の周期双晶結晶を複製することを特徴とする請求項1または2に記載の常誘電体周期双晶結晶の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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