説明

床過圧部診査用組成物

【課題】 口腔粘膜に付着して留まり易く、口腔内において適度な粘性を持ち、口腔粘膜面と義歯床との間で適度な拡がりを示し、患部の特定が容易な床過圧部診査用組成物を提供する。
【解決手段】
A)融点が30〜50℃にある脂肪酸エステル
B)水溶性高分子
C)金属酸化物
を含む床過圧部診査用組成物、
好ましくは、
A)融点が30〜50℃にある脂肪酸エステル:40〜95重量%
B)水溶性高分子:1〜59重量%
C)金属酸化物:0.1〜50重量%
を含む床過圧部診査用組成物とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、口腔粘膜に発症した潰瘍や骨先鋭部等の位置を正確に義歯床粘膜面に印記させることが可能な床過圧部診査用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢や事故によって複数歯に至る歯牙が失われた場合には、局部床義歯や全部床義歯による補綴が一般的に行われている。床義歯は義歯床上に人工歯を配列した構成からなり、義歯床が口腔粘膜に直接接触することによって床義歯全体の安定が図られている。このため、義歯床の口腔粘膜への適合性は極めて重要である。
【0003】
床義歯作製時には、義歯床が口腔粘膜へ適合するように十分な調整が行われるが、実際に装着してみると作製過程における材料の寸法変化や誤差により、うまく適合しない(不適合部分を生ずる)ことがある。不適合部分を調整する方法は、白色系の軟膏様の塗料や白色系の室温重合型シリコーン等の適合検査材を義歯床の口腔粘膜面側に塗り、患者の口腔内に装着させ口腔粘膜面形状を印記させた後に口腔内から取り出して観察し、適合検査材が押しのけられている部分、即ち、当りが強い過圧部位を確認する。そして、義歯床の過圧部位を削り、適合診査材が残っていて口腔粘膜面と義歯床の間に隙間が生じている箇所には義歯床用裏装材を追加する。この操作を繰り返すことで過圧部位は無くなり、義歯床全体が口腔粘膜に均等に接触するようになる。
【0004】
適合した床義歯であっても、長期に亘って義歯床を装着していると顎骨の吸収や変形等により局所的に過圧された口腔粘膜部位に発赤や潰瘍が生じることがある。このようなときには義歯床のどこが口腔粘膜を過圧しているかを特定し、義歯床の特定部位を削る等して調整する。しかしながら、発赤や潰瘍が生じている部位は局所的であるため、上述の適合診査材だけでは義歯床の特定部位を正確に把握することは困難である。このような場合は、歯科医は患者の発赤や潰瘍が生じている部位に口腔組織とは識別し易い色に着色された組成物(例えば、特許文献1〜3参照。)をインスツルメントを用いて少量塗布してから患者に床義歯を装着させ、患部の箇所を義歯床に印記することで義歯床の特定部位を把握し、その特定部位を切削して調整する作業を行う。
【0005】
このように、過圧部を局所的に診査するために適用される組成物には、口腔粘膜の患部に塗布したときに十分に付着して留まる性質と、義歯床の口腔粘膜面側に付着し易い性質が必要である。従来の適合診査材は、基材として流動パラフィンやポリジオルガノシロキサン等のように親水性が低い基材を使用している。そのため、口腔粘膜に付着し易くするために乾燥粉末状の粘着剤や水溶性高分子等を配合することで組成物を一時的に口腔粘膜と付着させている。しかし、それでも組成物が床義歯側のみに付着してしまうことが多く、発赤や潰瘍が生じている患部の位置が床義歯に印記されているかどうかを正確に確認することができなかった。また、患部へ付着し易くするためにグリセリン等の多官能アルコールを基材として用いたり、組成物に乾燥粉末状の粘着剤や水溶性高分子等を高濃度に配合したりするが、今度は組成物が水へ溶解し易くなって義歯床と口腔粘膜との間で組成物が拡がり過ぎてしまい、局所的に過圧されて発赤や潰瘍が生じている部位を正確に特定することが困難であった。
【0006】
【特許文献1】特開昭51−061611号公報
【特許文献2】特開平2−262502号公報
【特許文献3】特開平2−264705号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明は、口腔粘膜に付着して留まり易く、口腔内において適度な粘性を持ち、口腔粘膜面と義歯床との間で適度な拡がりを示し、患部の特定が容易な床過圧部診査用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は前記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、特定の温度範囲に融点を持つ脂肪酸エステルと水溶性高分子と金属酸化物を用いると、口腔粘膜に対する付着性と適度な稠度を備えた床過圧部診査用組成物を得られることを見出して本発明を完成した。
【0009】
即ち本発明は、融点が30〜50℃にある脂肪酸エステルと水溶性高分子と金属酸化物とを含む床過圧部診査用組成物である。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る床過圧部診査用組成物は、口腔内において適度な粘性を持ち、口腔粘膜面と義歯床との間で適度な拡がりを示し、過圧部の特定が容易な床過圧部診査用組成物である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に係る床過圧部診査用組成物に用いられるA)融点が30〜50℃にある脂肪酸エステルは、脂肪酸とアルコールとのエステル化合物のうち、融点が30〜50℃にあるものである。融点が30℃未満であると、室温付近でも液状となり易くインスツルメント等を用いて塗布する際の操作性が悪くなる。融点が50℃を超えると体温で融け難いので使用できない。融点が30〜50℃である脂肪酸エステルは、室温付近で発赤や潰瘍が生じている部分にインスツルメント等を用いて組成物を少量塗布する際の操作性に優れ、塗布後は体温により適度な粘性を示し、圧力がかかると流動するようになる。また、融点が30〜50℃にある脂肪酸エステルは、体温付近からやや高めの温度までの範囲においてそれ自体が水を抱え込み内包させる性質(一般に抱水性と呼ばれている)を持ち、水と馴染み易いため口腔粘膜に付着し易くなる上、水分を多く含む口腔内において流出してしまうことがなく、適度な粘性と流動性を保つことができる。なお、ポリジオルガノシロキサン等のように親水性が低い物質は、口腔粘膜への付着性の妨げとなるので本発明では使用しない。
【0012】
A)融点が30〜50℃にある脂肪酸エステルとしては、具体的にはステアリン酸エチル,ミリスチン酸セチル,イソステアリン酸コレステリル,ラウリル酸オクタデシル,ミズチリン酸テトラデシル,パルチミン酸デシル,パルチミン酸ドデシル,パルチミン酸テトラデシル,ステアリン酸プロピル,ステアリン酸アミル,ステアリン酸オクチル,セバシン酸モノメチルエステル,セバシン酸モノエチルエステル等を挙げることができ、主成分が高級アルコールと高級脂肪酸とのエステルであるラノリン,鯨ロウや、主成分が脂肪酸とグリセリンとのトリエステルである牛脂,豚脂,馬脂,羊脂,カカオ脂,パーム油,トリラウリン,トリミリスチン,1-カプリリル-2,3-ジステアリン,1-ミリストイル-2,3-ジカプリン,1-パルミトイル-2,3-ジカプリン,1-ステアロイル-2,3-ジカプリン,2-ラウロイル-1,3-ジカプリン,1-カプロイル-2,3-ジラウリン,2-ミリストイル-1,3-ジカプリン,1-カプロオイル-2,3-ジミリスチン,2-パルミトイル-1,3-ジカプリン,1-カプロイル-2,3-ジパルミチン,2-ステアロイル-1,3-ジカプリン,2-カプロイル-1,3-ジラウリン,1-ミリストイル-2,3-ジラウリン,2-パルミトイル-2,3-ジラウリン,1-カプロイル-2,3-ジステアリン,1-ステアロイル-2,3-ジラウリン,2-ミリストイル-1,3-ジラウリン,1-ラウロイル-2,3-ジミリスチン,2-パルミトイル-1,3-ジラウリン,1-ラウロイル-2,3-ジパルミチン,2-ステアロイル-1,3-ジラウリン,1-ラウロイル-2,3-ジエライジン,2-カプロイル-1,3-ジミリスチン,2-ラウロイル-1,3-ジミリスチン,1-エライジル-2,3-ジミリスチン,1-ミリストイル-2,3-ジエライジン,2-ラウロイル-1,3-ジパルミチン,1-オレオイル-2,3-ジパルミチン,2-オレオイル-1,3-ジパルミチン,1-オレオイル-2,3-ジステアリン,1-リノレオイル-2,3-ジステアリン,2-オレオイル-1,3-ジステアリン,1-ステアロイル-2-ミリストイル-3-カプリン,1-ステアロイル-2-ラウロイル-3-カプリン,1-ステアロイル-2,3-ジカプリン,1,3-ジカプリン,ジウンデカノイン等が好ましく使用できる。特にラノリンは、融点が37〜43℃と体温付近よりやや高めであるため操作性が良く、患部への付着性と適度な粘性を持ち好ましい。
【0013】
A)融点が30〜50℃にある脂肪酸エステルは、組成物中に40〜95重量%配合されることが好ましい。更に好ましくは60〜90重量%配合される。40重量%より少ないと組成物が拡がり易くなるので好ましくなく、95重量%を超えると結果的に他成分の配合量が少なくなって、水溶性高分子が少なくなると口腔粘膜に付着し難くなり、金属酸化物が少なくなると口腔粘膜や義歯床との識別がし難くなるので好ましくない。
【0014】
B)水溶性高分子は、上述したA)脂肪酸エステルと組み合わせて組成物をペースト状にする機能を持つとともに、口腔内の水分を吸収して組成物の粘性を高めるとともに口腔粘膜への付着性も向上させる働きをする。本発明で使用するB)水溶性高分子としては、アルギン酸ナトリウム,アルギン酸カリウム,カルボキシメチルセルロース,ポリビニルピロリドン,ポリアクリル酸,ポリビニルアルコール,可溶性デンプン,カルボキシルデンプン,ブリティッシュゴム,ジアルデヒドデンプン,デキストリン,カチオンデンプン,ビスコース,メチルセルロース,エチルセルロース,ヒドロキシエチルセルロース,ポリエチレングリコール,ポリプロピレングリコール,ポリアクリルアミド,水溶性アルキッド,ポリビニルエーテル,ポリマレイン酸共重合体,ポリエチレンイミン,ポリリン酸ソーダ,水ガラス,寒天,デンプン類,植物性粘質物,動物性タンパク等を例示することができる。中でもアルギン酸ナトリウムとアルギン酸カリウムは、口腔内における膨潤性,ゲル化性や粘性の点から好ましい。
【0015】
B)水溶性高分子は組成物中に1〜59重量%配合されることが好ましい。更に好ましくは10〜40重量%である。1重量%より少ないと組成物の粘性を高める効果が得られず口腔粘膜への付着性が低下するので好ましくない。59重量%を超えると口腔内で組成物の粘度が高くなり過ぎるとともに、口腔粘膜に付着させたペーストの外周が水分中に溶け出した様に不均一に拡がり特定部の位置の正確な把握が難しくなるため好ましくない。
【0016】
C)金属酸化物は組成物を着色するために配合され、口腔組織や義歯床と付着した組成物と識別し易くすることで、特定部を正確に把握するために用いられる。具体的には酸化チタン,酸化亜鉛,酸化ジルコニウム,酸化アルミニウム,酸化マグネシウム,酸化鉄,複合金属酸化物等の粉末を使用することができる。
【0017】
C)金属酸化物は、組成物中に0.1〜50重量%配合されることが好ましい。更に好ましくは1〜30重量%である。0.1重量%より少ないと組成物が十分に着色されず口腔粘膜や義歯床との識別をし難くなり、50%を超えると操作性が著しく悪化するので適していない。
【0018】
なお、本発明に係る床過圧部診査用組成物においては、必要に応じてその特性を失わない範囲で各種の抗菌材,無機充填材,香料,酸化防止剤,変色防止剤,金属酸化物以外の着色材等を添加しても良い。
【0019】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0020】
表1に示した配合で作製した床過圧部診査用組成物を、インスツルメントを用いて患者の潰瘍部へ塗布した後、床義歯を患者に装着させ1分間咬合させた後、口腔内から撤去し床義歯を目視にて観察した。組成物を塗布したときの口腔粘膜への付着性と、床義歯を撤去したときの組成物の拡がり具合と確認のし易さを以下のように評価した。結果を表1に纏めて示す。
【0021】
<口腔粘膜への付着し易さの評価基準>
A:組成物を塗布したときに口腔粘膜に付着し易く、床義歯を撤去したときに組成物が口腔粘膜にも残り、義歯床にも印記されている。
B:組成物を塗布したときに口腔粘膜に付着し易いが、床義歯を撤去したときに組成物が口腔粘膜に残っておらず、義歯床にすべて付着してしまった。
C:組成物を塗布したときに口腔粘膜に付着し難いとともに、床義歯を撤去したときに組成物が口腔粘膜に残っておらず、義歯床にすべて付着してしまった。
【0022】
<組成物の拡がり具合の評価基準>
A:組成物の拡がり具合が適度で,患部の正確な位置が把握できる。
B:組成物の拡がり具合がやや大きいが,患部の位置は概ね確認できる。
C:組成物の拡がり具合が大き過ぎて、患部の位置を把握するのが困難である。
【0023】
表1
[重量%]


表1から明らかなように、実施例1〜4は、口腔粘膜への付着性があり、組成物の拡がり具合も適度であり確認し易いことが確認された。一方、比較例1及び2においては口腔粘膜への付着性や組成物の拡がり具合が悪く確認し難かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
A)融点が30〜50℃にある脂肪酸エステル
B)水溶性高分子
C)金属酸化物
を含む床過圧部診査用組成物。
【請求項2】
A)融点が30〜50℃にある脂肪酸エステル:40〜95重量%
B)水溶性高分子:1〜59重量%
C)金属酸化物:0.1〜50重量%
を含む床過圧部診査用組成物。

【公開番号】特開2012−77011(P2012−77011A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−221418(P2010−221418)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(000181217)株式会社ジーシー (279)
【Fターム(参考)】