微生物培養装置
【課題】異なる培養因子を複数選択でき、これら培養因子の勾配を1つの培養器1内に形成できる微生物培養装置を提供すること。
【解決手段】培養装置は、微生物試料が充填される充填室10を有する培養器1の側壁の一部に、微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の寒天を充填し得る第1収容部11が形成され、第1収容部11と培養器1の充填室10とは取り外し可能な第1の仕切板14で仕切られ、培養器1の側壁の他部に、微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の寒天を充填し得る第2収容部12が形成され、第2収容部12と培養器1の充填室10とは取り外し可能な第2の仕切板15で仕切られている。
【解決手段】培養装置は、微生物試料が充填される充填室10を有する培養器1の側壁の一部に、微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の寒天を充填し得る第1収容部11が形成され、第1収容部11と培養器1の充填室10とは取り外し可能な第1の仕切板14で仕切られ、培養器1の側壁の他部に、微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の寒天を充填し得る第2収容部12が形成され、第2収容部12と培養器1の充填室10とは取り外し可能な第2の仕切板15で仕切られている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体培地で微生物培養や希釈平板培養を行う場合、固体培地内に栄養成分の勾配あるいは生育条件の勾配を発生させる装置に関するもので、更に詳しくは、培養条件を異なる勾配に制御あるいは予測できる培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
Robert Kochが1881年にゼラチン平板培養法を開発して以来、この純粋分離法によって応用微生物学が発展してきたと言っても過言ではない。この技術では、環境中に存在する微生物の1%以下しか分離できないと古くから言われている。
【0003】
近年、微生物の分離培養を経ないで、環境中から直接DNAを単離し、遺伝子レベルから微生物叢の解析が可能になり、この分離できない微生物集団の中にVBNC(ViableBut Nonculturable)と名づけられた、これまで知られていない微生物群がにわかに注目されるようになってきた。
【0004】
しかし、依然としてこれら99%の分離できない微生物の全体像は謎につつまれたまま放置されている。この大きな原因は、余りに多くの培養因子(溶存酸素濃度、炭酸ガス濃度、酸化還元電位、培養温度、培地成分濃度、塩濃度、培地pHなど)があるために、残り99%の微生物を分離できるようにするためには、莫大な時間と人手のかかる仕事が予想され、宝の山を目の前にして、躊躇しているのが現状である。
【0005】
近年、遺伝子工学の進歩により、応用微生物学分野でも遺伝子から出発する研究が多く、このような研究が先端的であると考えられる風潮にある。昔ながらの微生物のスクリーニング法で新しい微生物資源を探索し、応用しようとする研究は時間の掛かる、多くの人手が必要な、古臭い研究であると考えられがちである。
【0006】
しかし、新しい遺伝子資源を掘り起こすためにも、微生物のスクリーニングをもう一度見直す必要があると発明者らは考えている。ちなみに堀越らは、pH一つをアルカリ側に移動させるだけで、「アルカリ世界」という新しい微生物世界の存在を我々に示し、新しい遺伝子資源の一端を垣間見せてくれた。しかし、あいかわらず、土壌中に生息する微生物の全体像はベールに包まれたままである。
【0007】
一方、自然界からの微生物分離に関してみてみると、Kochから堀越までの培養条件はあいかわらず「点」であり、本発明者らが発想した「線」から「面」へ、さらに多次元へ広げようとする考えは過去に全く認められない。
【0008】
上述したように、1881年RobertKochによる『病原微生物の研究方法』なる原著論文に記載された固体培地を用いる希釈平板純粋分離法は、1887年R.J.Petriの小改良を経て、今日までほとんど同じ方法のままで使用され続けている。
【0009】
さて、微生物研究法の歴史を述べたが、Robert Kochの弟子、Martinus W.Beijerinckが1889年に発表した「培地選定法、微生物研究に役立つゼラチン内拡散法」を取り上げねばならない。この方法はオキサノグラフ法として知られており、とくに抗生物質とビタミン研究で現在でも利用されている。ペニシリンの定量のためのAlexanderFlemingが1929年に発表した方法はまさにこのオキサノグラフ法の応用である。すなわち、検定物質が固体培地内を拡散する際の生じる濃度勾配を検定菌生育阻止で定量しようとするものである。このような固体培地内での物質拡散現象を利用し、取得既知微生物の生育特性や食品保存剤の効果などを調べる方法が幾つか提案されている。
J.W.T.Wimpenny et.al.:J.Gen.Microbiol.,130,2921-2926(1984)(非特許文献1);
J.W.T.Wimpennyet.al.; FEMSMicrobiol.,40,263-267(1987)(非特許文献2);
P.J.McClure,et.al.:Lett.Appl.Microbiol.,9,95-99(1989)(非特許文献3);
A.C.Peters,et.al.:Binary,3,147-155(1991)(非特許文献4);
K,McGrath,et.al.,Int.Biodeter.Biodegrad.,29,45-52(1992)(非特許文献5);
F.A. Gentile et.al.:LifeSci., 50,287-293(1992)(非特許文献6);
L.V.Thomaset.al.:Int.J.Food.Microbiol.,17,289-301(1993)(非特許文献7);
L.V.Thomaset.al.:Appl.Environ.Microbiol.,62,2006-2012(1996)(非特許文献8);
N.Rattanasomboonet.al.:Int.J.Food.Sci.Technol.,36,369-376(2001)(非特許文献9);
E.Z.Panagouet.al.:Appl.Environ.Microbiol.,71,392-399(2005))(非特許文献10)。
【0010】
また、これらの研究方法の延長上に、物質拡散を定常状態に達せしめんとする試みもある(D.E. Caldwell et.al.:Can.J.Microbiol.,19,53-58 (1972)(非特許文献11))。
【0011】
また、特開平7−170973号公報(特許文献1)には、複数種の微生物が混在する試料を比重勾配遠心で処理して、微生物を比重に応じて選別するか、該試料を電解液中で電気泳動させ、微生物の移動経路中に所定の大きさの微生物選別用のフィルターを設置して微生物を選別する方法が記載されている。
さらに、特開2004−329122号公報(特許文献2)には、細胞の組織再生を促進するための各種の培養条件に勾配を与えた条件下で細胞培養を行って組織を形成するようにした装置が記載されている。
【0012】
ここまで述べたオキサノグラフ法の係る微生物生育特性の解析法提案を概観するに、科学的方法論として大きな致命的欠損を指摘することができる。その問題点を提示する前に、公知技術の具体例を示す。
【0013】
すなわち、検定物質の固体培地内へのアプライする操作は種々な形態で実施することが可能で、検体物質溶液を含浸させた濾紙片・溶液そのものをあらかじめ固化させた固体培地表面に静置する、あるいは検体物質を含む溶液を寒天などで固化せしめた後、検体物質を含まない寒天層を重層するか接触させる、もしくは検定物質を結晶・粉体の状態で寒天内に抱埋する、などの方法で拡散を開始する。
【0014】
これらの拡散開始形態の違いはあるものの、これらの公知技術には標的物質がどのような濃度勾配をもって固体培地内を拡散するかに関して、経時的かつ定量的把握がまったくなされていないことである。ましてや、この物質拡散を制御せんとする試みは皆無である。すなわち、さらに加えて詳細に説明すると、物質拡散は物理現象であるので理論的な数値解析による拡散係数の算出ならびに、物質拡散の予測が可能と本発明者らは考えるが、上記オキサノグラフ法に関する先行技術論文には、論理的試みはまったく記載がなされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】J.W.T.Wimpenny et.al.:J.Gen.Microbiol.,130,2921-2926(1984)
【非特許文献2】J.W.T.Wimpennyet.al.; FEMSMicrobiol.,40,263-267(1987)
【非特許文献3】P.J.McClure,et.al.:Lett.Appl.Microbiol.,9,95-99(1989)
【非特許文献4】A.C.Peters,et.al.:Binary,3,147-155(1991)
【非特許文献5】K,McGrath,et.al.,Int.Biodeter.Biodegrad.,29,45-52(1992)
【非特許文献6】F.A. Gentile et.al.:Life Sci., 50,287-293(1992)
【非特許文献7】L.V.Thomaset.al.:Int.J.Food.Microbiol.,17,289-301(1993)
【非特許文献8】L.V.Thomaset.al.:Appl.Environ.Microbiol.,62,2006-2012(1996)
【非特許文献9】N.Rattanasomboonet.al.:Int.J.Food.Sci.Tech-nol.,36,369-376(2001)
【非特許文献10】E.Z.Panagou et.al.:Appl.Environ.Microbiol.,71,392-399(2005))
【非特許文献11】(D.E. Caldwell et.al.:Can.J.Microbiol.,19,53-58(1972)
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開平7−170973号公報
【特許文献2】特開2004−329122号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、異なる培養因子を複数選択でき、これら培養因子の勾配を1つの培養器内に形成することができる微生物培養装置を提供することを目的とする。
【0018】
本発明の他の目的は、同一のシャーレなど培養器内に異なる培養因子の勾配を形成し、且つ制御できる微生物培養装置を提供することにある。
【0019】
本発明のさらに他の目的は、固体培地内に栄養成分あるいは生育条件の勾配を発生させることができる微生物の培養装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明においては、微生物試料(検体物質)を含む溶液を寒天などで固化させた後、検体物質を含まない寒天層を接触させる方法を採用した。
【0021】
次いで、微生物培養因子からモデル検体物質を複数選定し、これらの物質がどのように固体培地内に拡散するかを定量的に把握する実験検証により、拡散方程式を誤差関数として数値解析した。
【0022】
さらに得られたモデル化合物の拡散係数から、実測値と理論値を比較し、寒天培地内での培地成分因子の濃度分布を推定することを目標とした。また、これら数値解析と同時に、実施形態としての培養装置を設計するとともに、培地成分因子の拡散を制御する方法を考案することにより、任意の培養条件を生みだすこととする。
【0023】
すなわち、本発明の培養装置は、微生物試料が充填される充填室を有する培養器の側壁の一部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の寒天を充填し得る第1収容部が形成され、該第1収容部と培養器の充填室とは取り外し可能な第1の仕切板で仕切られ、該培養器の側壁の他部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の寒天を充填し得る第2収容部が形成され、該第2収容部と培養器の充填室とは取り外し可能な第2の仕切板で仕切られており、そのことにより上記目的が達成される。
【0024】
一つの実施形態では、前記培養器の底部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第3成分を含有する第3の寒天を充填し得る第3収容部が形成されている。
【0025】
一つの実施形態では、前記培養器は箱状に形成され、該培養器の一側壁に前記第1収容部が形成され、該第1収容部に隣接する他の側壁に前記第2収容部が形成されている。
【0026】
一つの実施形態では、前記培養器は略円筒状に形成され、該培養器の周壁に前記第1収容部および第2収容部が形成されている。
【0027】
一つの実施形態では、前記培養器の側壁に3以上の収容部が形成されている。
【0028】
一つの実施形態では、前記第1の寒天と前記第2の寒天とは、培地成分濃度、塩濃度、培地pHの少なくともいずれかが異なる。
【0029】
本発明の他の培養装置は、微生物試料が充填される充填室を有する培養器の側壁の一部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の溶液を供給し得る第1収容部が形成され、該第1収容部と培養器の充填室とは半透膜で仕切られ、該培養器の側壁の他部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の溶液を供給し得る第2収容部が形成され、該第2収容部と培養器の充填室とは半透膜で仕切られており、そのことにより上記目的が達成される。
【0030】
一つの実施形態では、前記第1収容部に前記第1の溶液の供給口と排出口がそれぞれ形成され、前記第2収容部に前記第2の溶液の供給口と排出口がそれぞれ形成されている。
【0031】
一つの実施形態では、前記第1収容部および第2収容部と対向する位置において、前記培養器の側壁に、透析水が還流される透析チャンバーが形成されている。
【0032】
本発明の微生物をスクリーニングする方法は、上記培養装置を用いて、微生物試料に含まれる微生物をスクリーニングする方法であって、前記培養器の側壁に形成された第1収容部内に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の寒天を充填して第1の寒天層を形成する工程、前記第1の仕切板を外して該第1の寒天層を培養器の充填室に露出させる工程、前記培養器の側壁に形成された第2収容部内に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の寒天を充填して第2の寒天層を形成する工程、前記第2の仕切板を外して該第2の寒天層を培養器の充填室に露出させる工程、および該培養器の充填室内に、微生物試料を含む流動性を有する固体培地を充填して固化させる工程、を包含し、そのことにより上記目的が達成される。
【0033】
一つの実施形態では、前記固体培地は、第1成分および第2成分を含有しない。
【発明の効果】
【0034】
ちなみに、本発明で開示する多次元培養法は培養因子を連続的に変化させるが、培養基内で達成される因子を非連続な勾配とみなして仮に100段とすると、三次元に展開した培養容器は100万段となる。そして、微生物の生育因子に対する許容度を因子に対応させて10段とみなせば、1個の培養容器はトラディショナルシャーレ1000枚分に匹敵すると見積もられ、本装置を用いれば有効な網羅的培養方法となるものである。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】図1は培養装置の概略図である。
【図2】図2は培養装置に寒天を充填した状態の概略図である。
【図3】図3は2要素勾配角型培養装置の上面図である。
【図4】図4は3要素勾配丸型培養装置の上面図である。
【図5】図5は4要素勾配丸型深型培養装置の断面図である。
【図6】図6は3要素勾配角型培養装置の上面図である。
【図7】図7は3要素勾配角型培養装置の上面図である。
【図8】図8は4要素勾配丸型培養装置の上面図である。
【図9】図9は5要素勾配丸型培養装置の上面図である。
【図10】図10は6要素勾配丸型培養装置の上面図である。
【図11】図11は7要素勾配丸型培養装置の上面図である。
【図12】図12は拡散測定装置の断面図を示す。
【図13】図13はアルギニンが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離3インチ)。
【図14】図14はグリシンが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離3インチ)。
【図15】図15はアルギニンが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離5インチ)。
【図16】図16はグリシンが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離5インチ)。
【図17】図17はグリセリンが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離5インチ)。
【図18】図18はグルコースが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離5インチ)。
【図19】図19は、拡散方程式(式(1))と本発明で解析するに用いた誤差関数積分式(式(2))の導き方を示したものである。
【図20】図20は、図13ならびに図15で示すアルギニンの濃度分布から、図18式(2))によって求めた拡散係数Dを示すものである。
【図21】図21は、図14ならびに図16で示すグリシンの濃度分布から、図18式(2)によって求めた拡散係数Dを示すものである。
【図22】図22は、図17で示すグリセリンの濃度分布から、図19式(2)によって求めた拡散係数Dを示すものである。
【図23】図23は、図18で示すグルコースの濃度分布から、図18式(2)によって求めた拡散係数Dを示すものである。
【図24】図24は、図19の式(2)より求めたアルギニンの拡散係数Dから算出した濃度分布理論値と実測値の比較を示したものである。
【図25】図25は、図19の式(2)より求めたグリシンの拡散係数Dから算出した濃度分布理論値と実測値の比較を示したものである。
【図26】図26は、図19の式(2)より求めたグリセリンの拡散係数Dから算出した濃度分布理論値と実測値の比較を示したものである。
【図27】図27は、図19の式(2)より求めたグルコースの拡散係数Dから算出した濃度分布理論値と実測値の比較を示したものである。
【図28】図28は、図19の式(2)より求めたアルギニンの拡散係数Dから算出した種々の初発濃度C0の条件下における、拡散時間10日目の推定濃度分布のシミュレーション結果を示す。
【図29】図29は、透析機能付き拡散測定装置(拡散距離5インチ)の断面図を示すものである。
【図30】図30は、透析機能付き拡散測定装置(拡散距離5インチ)を用いて、5%グリセリンを含む勾配形成寒天で拡散を調べた濃度分布パターンを示すものである。
【図31】図31は、透析機能付き、且つ勾配形成寒天の代わりに一定濃度の勾配形成成分溶液を還流する拡散測定装置(拡散距離5インチ)の断面図を示すものである。
【図32】図32は、透析機能付き、且つ勾配形成寒天の代わりに一定濃度の勾配形成成分溶液を還流する拡散測定装置(拡散距離5インチ)を用いて、5%グリセリンを含む勾配形成成分溶液で拡散を調べた濃度分布パターンを示すものである。
【図33】図33は3要素勾配丸型培養装置に還流・透析機能を付与した培養装置1の斜視図である。
【図34】図34は、拡散5日目に、レフレクター設置時と非設置時のリン酸緩衝液の拡散到達距離を比較したものである。
【図35】図35は、乳酸菌などの嫌気性菌を測定するための培養器の正面図である。
【図36】図36は図35で示した培養器の断面図である。
【図37】図37はMcllvaine bufferを用いた場合のpH勾配を示すグラフである。
【図38】図38はBritton-Robinson bufferを用いた場合のpH勾配を示すグラフである。
【図39】図39は、溶存ガスの濃度勾配方向を説明するための模式図である。
【図40】図40は、溶存ガスの濃度勾配方向を説明するための模式図である。
【図41】図41は、溶存炭酸ガス濃度の検量線である。
【図42】図42は、培養装置の斜視図である。
【図43】図43は、培養装置の断面図である。
【図44】図44は、溶存酸素濃度勾配の形成状態を示すグラフである。
【図45】図45は、溶存酸素濃度勾配の形成状態を示すグラフである。
【図46】図46は、10%炭酸ガス通気の場合の溶存炭酸ガス濃度勾配を示すグラフである。
【図47】図47は、20%炭酸ガス通気した場合の溶存炭酸ガス濃度勾配を示すグラフである。
【図48】図48は、電気化学的手法を用いたORP勾配形成の模式図である。
【図49】図49は、酸化還元剤の組み合わせ法によって形成せしたORP匂配を示すグラフである。
【図50】図50は、電気化学的手法を用いたORP勾配形成の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明を添付図面に基づいてより詳しく説明する。
【0037】
図1〜図3は本発明に係る微生物培養装置Aの概念図である。
【0038】
この培養装置Aは、微生物試料が充填される充填室10を中央部に有する培養器1を備えている。該培養器1はプラスチック、ガラスなどの透明板を用いて上方が開口する箱状に形成されている。
【0039】
該培養器1の側壁の一面に、第1成分を含有する第1の寒天を充填し得る第1収容部11が形成され、該第1収容部11と培養器1の充填室10とは取り外し可能な第1の仕切板14で仕切られている。
【0040】
すなわち、培養器1の四隅には断面四角形のフレーム17が固定され、一対のフレーム17間に該第1仕切板14が上方へスライド移動できるように配置されている。具体的には、フレーム17に第1仕切板14の端部を挿入する凹溝が設けられ、あるいはフレーム17に係止片(図示せず)が設けられており、第1仕切板14の両端部はこれらの溝又は係止片に上下移動可能に取り付けられている。
【0041】
上記第1収容部11に隣接する培養器1の側壁に、第2成分を含有する第2の寒天を充填し得る第2収容部12が形成され、該第2収容部12と培養器1の充填室10とは取り外し可能な第2の仕切板15で仕切られている。第2仕切板15を培養器1に取り付ける場合も、第1仕切板14の場合と同様に構成することができる。
【0042】
培養器1の底面は平坦面に形成され、培養器1の底部には、第3成分を高濃度に含有する第3の寒天を充填し得る第3収容部13が形成されている。この第3収容部13には仕切板は不要である。
【0043】
第1成分、第2成分、第3成分は、それぞれ微生物の培養に影響を及ぼすものであり、公知の培地成分、培地のpH調製剤などがあげられる。
【0044】
特に、(a)第1成分として窒素源化合物類、(b)第2成分として炭素源化合物類、(c)第3成分として微量塩類化合物類の組合せが好ましい。
【0045】
第1の寒天における第1成分の濃度としては、10〜1%程度が好ましい。
【0046】
第2の寒天における第2成分の濃度としては、10〜1%程度が好ましい。
【0047】
第3の寒天における第3成分の濃度としては、0.01〜0.001%程度が好ましい。
【0048】
培養器1の充填室10内に充填される微生物試料とは、微生物を含む試料全てをいい、典型的には、微生物、寒天および水を含有する(固体培地ともいう)。この微生物試料は、通常は上記第1成分、第2成分および第3成分を含有しない。
【0049】
この微生物試料は、流動性を有する状態で培養器1の充填室10に充填される。
【0050】
培養器1、充填室10および収容部11〜13の形状、サイズ等は適宜設定することができる。また収容部の数も目的に応じて任意に設定することができる。培養器1の上端開口部には、通常蓋が取り付けられる。これらの具体例は後述する。
【0051】
上記構成の培養装置Aを用いて、微生物をスクリーニングするには、以下のように行うことができる。
【0052】
本発明の培養装置Aの第1および第2の収容部11,12に仕切板14,15を取り付けた状態で、第1収容部11内に第1成分を含有する流動性の第1の寒天を充填して第1の寒天層21を形成する(図2)。同様に、第2収容部12内に第2成分を含有する流動性の第2の寒天を充填して第2の寒天層22を形成する。また、培養器1の充填室10の底部に第3成分を含有する流動性の第3の寒天を充填して第3の寒天層23を形成する。
【0053】
第1の寒天層21、第2の寒天層22および第3の寒天層23の厚みは、適宜設定することができるが、例えば、それぞれ同じ厚みとすることができる。
【0054】
第1の寒天層21および第2の寒天層が固化した後、第1および第2の仕切板14、15をそれぞれ取り外す。第1の寒天層21および第2の寒天層22は、それぞれ培養器1の充填室10に露出することになる。
【0055】
次いで、培養器1の充填室10内に、微生物試料を含む流動状態の寒天(固体培地)を充填して固化させる。
【0056】
その後、この培養装置Aを適当な培養温度内に静置し、充填室10に充填された寒天層24に微生物コロニーの出現を待つ。
【0057】
この間、第1、第2および第3の各寒天層21〜23から、第1〜第3成分が充填室10内の寒天層24に拡散し、該中央の寒天層24において拡散開始を起点にする経過時間に依存した第1〜第3成分の濃度勾配が形成される。その結果、「そうめん流し」、あるいは「藁をも掴む方式」で、上流から拡散してきた培地成分濃度に対応して微生物のコロニーが出現する。
【0058】
なお、培養器1の形状は、図1に概念図として提示したものに限定されることなく、一般的に使用される丸型の形状など、いろいろな形状のものを用いることができる。代表的な形状を図4〜図11に例示する。
【0059】
図4に示す培養装置Aは、有底の円筒状の培養器1の内面に3つの収容部11〜13を隣接して形成したものである。すなわち、培養器1の周壁の内面側にスペーサー26を4つ固定し、該スペーサー26の内側端部に仕切板16をスライド可能に取り付けたものである。この仕切板16は一枚のもので形成してもよく、あるいは各別の収容部毎に形成してもよい。
【0060】
各収容部11〜13内にそれぞれ第1〜第3成分を含有する第1〜第3の寒天を充填して第1〜第3の寒天層を形成した後、仕切板16を上方へスライドして取り外すことにより、各寒天層は培養器1の充填室10に露出する。この充填室10内に微生物試料を含む寒天を充填して固化させる。
【0061】
なお、各収容部11〜13の位置は隣接する必要はなく、勾配形成の方向によっては、容器1内のどの位置に設置してもよい。この図面には示されていないが、これを覆う蓋9が付属する(以下の各実施例の図において同じであるので、説明を省略する。)。
【0062】
図5に示した培養装置Aは、図4に示した丸型培養器1を深型にしたものであり、底部に第4の収容部28が形成され、この部分に第4の成分を含有する第4の寒天を充填固化することができる。
【0063】
図5中、第1〜第3の収容部11〜13に第1〜第3の寒天を充填固化することができる。これら4種の培地成分を含有する寒天が固化した後、仕切板16を取り除き、第1〜第4の収容部に形成された寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を培養器1の充填室10に充填する。
【0064】
なお、図5中、勾配形成寒天を充填固化する収容部11〜13は、この図面では明確に特定できないが、図4の平面図に示すように、その位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては容器1内のどの位置に設置してもよい。
【0065】
培養器1の側壁に3以上の収容部を形成してもよい。図6は収容部を3つ有する培養装置Aの上面図である。
【0066】
この培養装置Aでは、培養器1を断面6角形に形成し、その3つの壁面を仕切板14〜16とし、該仕切板14〜16に対応して培養器1の外側に断面略コ字形の壁部30を設けたものである。
【0067】
すなわち、第1〜第3の収容部11〜13は、図1〜図4に示す構成とは異なり、中央の充填室10から外側へせり出した位置に設置した例である。
【0068】
なお、図6中、収容部11〜13はこの図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、培養器1の壁面のどの位置に設置してもよい。
【0069】
図中の収容部11〜13に勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板14〜16を取り除き、収容部11〜13内の寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10に充填する。
【0070】
図7は収容部を3つ有する角型培養装置Aの上面図である。
【0071】
この培養装置Aでは、培養器1を断面6角形に形成し、その3つの壁面を仕切板14〜16とし、該仕切板14〜16に対応して培養器1の外側に断面略コ字形の壁部30を設けたものである。
【0072】
すなわち、収容部11〜13は、図1〜図4に示す構成とは異なり、図6と同様に、培養器1の充填室10から外側へせり出した位置に設置したものである。
【0073】
なお、図中、第1〜第3の収容部11〜13は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、培養器1の側面のどの位置に設置してもよい。
【0074】
図中第1〜第3の収容部11〜13には勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板14〜16を取り除き、第1〜第3の収容部11〜13の寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10に充填する。
【0075】
図8は収容部を4つ有するほぼ丸型培養装置Aの上面図である。
【0076】
この培養装置Aは、断面8角形に形成された培養器1の内面側に断面略コ字形の仕切板19を上方へスライド可能に取り付けたものである。
【0077】
すなわち、図中第1〜第4の収容部11〜13、28に、勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板19を培養器1から取り除き、第1〜第4の収容部11〜13、28内にそれぞれ形成された寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10へ充填する。なお、図中第1〜第4の収容部11〜13、28は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、所望とする勾配形成の方向によっては、容器内のどの位置に設置してもよい。
【0078】
図9は収容部を5つ有するほぼ丸型培養装置Aの上面図である。
【0079】
図中、第1〜第5の収容部に勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板19を取り除き、第1〜第5の収容部に形成された寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10に充填する。
【0080】
なお、図中第1〜第5の収容部は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、容器内のどの位置に設置してもよい。
【0081】
図10は6つの収容部を有する丸型培養器1の上面図である。
【0082】
第1〜第6の収容部に、勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板19を取り除き、第1〜第6の収容部に形成された寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10に充填する。
【0083】
なお、図中勾配形成寒天を充填固化する第1〜第6の収容部は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、容器内のどの位置に設置してもよい。
【0084】
図11は7つの収容部を有する丸型培養器1の上面図である。図中第1〜第7の収容部に、勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板を取り除き、第1〜第7の収容部に形成した寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10に充填する。なお、図中第1〜第7の収容部は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、容器内のどの位置に設置してもよい。
【実施例1】
【0085】
以上述べた本発明の微生物培養装置Aにおいて、培地成分を含有する寒天から成分がどのような濃度勾配を以って拡散するかを調べた測定結果を提示し、先行技術で明確に示されていない固体培地内での物質拡散の濃度分布の全貌を明らかにする。
【0086】
図1〜図11に例示した培養器1内では、物質拡散は収容部から直線方向だけでなくある程度の角度を持って扇状に拡散すると予想されるので、拡散の定量的把握の検討のために、図12に示す装置を用いた。
【0087】
この測定装置3は、寒天を充填し得るパイプ32と、該パイプ32の一端部内に挿入される挿通棒34と、を有する。パイプ32の一端部にはネジ溝36が形成され、挿通棒34の一部がこのネジ溝36に螺合することで、挿通棒34を回転することにより、該挿通棒34がパイプ32内を移動できるように構成されている。
【0088】
すなわち、一定の内径を持ったパイプ32内で、拡散させる寒天39と高濃度の培地成分を含有する勾配形成寒天40を接触させて固化させ、一定の拡散時間の後、パイプ32の後部に設置した繰り出し機構38で寒天層を繰り出すと共に、2ミリ間隔で該寒天層を切り出し、各部分の成分濃度を測定する。なお、寒天40の寒天39と接触していない面は、実験期間内での乾燥を防止するために、サランラップ(登録商標)などを用いて封じた。
【0089】
具体的には、パイプ32の先端部32iに1%アルギニン塩酸塩を含む1.5%寒天を充填(中和してpH5付近)した。拡散温度27.5℃、所定の時間経過した後に、上記のようにして、2ミリ厚に寒天層をスライスし、0.01規定塩酸で加熱抽出後、適宜希釈して自動アミノ酸分析計でアルギニンを定量した。この場合、拡散する寒天層39はパイプ32の中央部32jに相当し、その長さは3インチである。
【0090】
図13は、培地成分を含有する勾配形成寒天40を0.5インチ、拡散させる寒天39を3インチとして、初発濃度1%のアルギニン塩酸塩、拡散温度27.5℃にした場合の、培地成分を含有する勾配形成寒天先端からの距離をX軸、その部分のアルギニン濃度をY軸にプロットしたグラフである。
【0091】
距離約1.3cmの部分は培地成分を含有する勾配形成寒天40に相当する。同図から見て取れるように、拡散10日目にはアルギニンの拡散先端は寒天層39の先端部分に到達する。この測定ではアクリル樹脂を使用した装置を使用したが、先端部分35は寒天層を保持するために隔壁としているため、当該部分は鋼体としてはたらき、アルギニンの拡散方向が先端部分35で反射反転し、40日目の濃度分布データーを見る限り、装置内のアルギニン濃度は均質化の傾向にある。
【0092】
要約すると、拡散距離3インチの場合、望ましい濃度勾配は、拡散開始後10日位まで維持できる。
【0093】
1%グリシンを高濃度成分として含有する勾配形成寒天に使用した場合の、同一条件下での拡散の状態を図14に示す。図14に示すグラフは図12に示す装置を使用して得られた結果である。
【0094】
図12中のパイプ32の先端部32iに1%グリシンを含む1.5%寒天層を充填固化させる(中和してpH5付近)。拡散温度27.5℃、所定の時間に2ミリ厚に寒天層をスライスし、0.01規定塩酸で加熱抽出後、適宜希釈して自動アミノ酸分析計でグリシンを定量した。この場合、拡散する寒天層39は図12中32jに相当し、その長さは3インチである。
【0095】
約10日間で終了する微生物培養の場合は、この規格の培養器1で満足する結果が得られる。より詳しく説明すると、第1〜第3収容部11〜13内の寒天層21〜22が固化した直後に、微生物サンプルを充填室10に播種せしめ、「そうめん流し」、あるいは「藁をも掴む方式」で、上流から拡散してきた培地成分濃度に対応して微生物のコロニーが出現する方式である。
【0096】
あるいは、望みの濃度勾配が形成される時間まで微生物サンプルの播種をしないで待ち、その拡散時間後に微生物サンプルを播種せしめ微生物のコロニーを出現させる方式でもよい。もしくは、微生物サンプルの播種後、望みの濃度勾配が形成される時間まで培養器1を微生物の生育ができない低温下に保存し、望みの濃度勾配が形成される時間後に生育至適の温度に移し、微生物のコロニーを出現させる方式でもよい。
【実施例2】
【0097】
前項で結果を示したように、高濃度の培地成分を含有する勾配形成寒天の成分濃度は拡散時間とともに低下し、成分の拡散の駆動力が時間経過とともに著しく減少する。さらに長時間にわたり培地成分の濃度勾配を維持するには、拡散距離を増すことにより、達成できるものである。
【0098】
実施例1で採用した拡散距離3インチという距離は、一般的に微生物培養に用いられる市販品のシャーレが直径9センチであることから設定した長さである。そこで、拡散距離を5インチに延長して検討を行った。
【0099】
拡散測定は図12に示す装置を使用し、図12中のパイプ32の先端部32iに1%アルギニン塩酸塩を含む1.5%寒天層40を充填固化させる(中和してpH5付近)。拡散温度27.5℃、所定の時間に2ミリ厚に寒天層をスライスし、0.01規定塩酸で加熱抽出後、適宜希釈して自動アミノ酸分析計でアルギニンを定量した。
【0100】
この場合、拡散する寒天層39は図12中パイプ32の中間部32jに相当し、その長さは5インチである。
【0101】
図15は、高濃度の培地成分を含有する勾配形成寒天を0.5インチ、拡散させる寒天を5インチとして、初発濃度1%のアルギニン、拡散温度27.5℃にした場合の、高濃度成分を含有する勾配形成寒天先端からの距離をX軸、その部分のアルギニン濃度をY軸にプロットしたグラフである。距離約1.3cmの部分は高濃度成分を含有する勾配形成寒天に相当する。
【0102】
同図より、拡散の先端は約15日目に到達、その後拡散方向が壁面により反射反転し、40日目の濃度分布データーを見る限り、装置内のアルギニン濃度は実施例1で記載した拡散距離3インチと同様に均質化の傾向にある。
【0103】
1%グリシン、5%グリセリンおよび5%グルコースを高濃度成分として含有する勾配形成寒天に使用した場合の、同様の条件での拡散の状態を、それぞれ図16、図17、図18に示す。
【0104】
これらの結果から、約15日間で終了する微生物培養の場合は、この規格の培養器1で満足する結果が得られることがわかる。
【0105】
図16は次のようにして得られたグラフである。
【0106】
拡散測定は図12に示す装置を使用し、図12中パイプ32の先端部32iに1%グリシンを含む1.5%寒天層を充填固化させる(中和してpH5付近)。拡散温度27.5℃、所定の時間に2ミリ厚に寒天層をスライスし、0.01規定塩酸で加熱抽出後、適宜希釈して自動アミノ酸分析計でグリシンを定量した。この場合、拡散する寒天層39は図12中32jに相当し、その長さは5インチである。
【0107】
図17は次のようにして得られたグラフである。
【0108】
拡散測定は図12に示す装置を使用し、図12中パイプ32の先端部32iに5%グリセリンを含む1.5%寒天層を充填固化させる。拡散温度27.5℃、所定の時間に2ミリ厚に寒天層をスライスし、脱イオン水で加熱抽出後、適宜希釈して高性能液体クロマトグラフィーでグリセリンを定量した。この場合、拡散する寒天層39は図12中パイプ32の中央部32jに相当し、その長さは5インチである。
【0109】
拡散測定は図12に示す装置を使用し、図12中パイプ32の先端部32iに5%グルコースを含む1.5%寒天層を充填固化させる。拡散温度27.5℃、所定の時間に2ミリ厚に寒天層をスライスし、脱イオン水で加熱抽出後、適宜希釈して高性能液体クロマトグラフィーでグルコースを定量した。この場合、拡散する寒天層39は図12中パイプ32の中央部32jに相当し、その長さは5インチである。
【実施例3】
【0110】
前項で示した4種の化合物の固体培地内での物質濃度分布から、この物質拡散は、最初に広い領域に一定濃度で分布した場合の拡散として捉え、解析することができる。
【0111】
図19の式1(出典:バーロー物理化学(下)(第5版)、p845)、D:拡散係数、C0:最初の物質濃度、x:拡散距離(勾配形成寒天先端からの距離)、y:勾配形成寒天の距離、t:拡散時間。この積分は、同図式(2)にしめす誤差関数積分の式にすることにより、拡散係数Dを算出することができる。
【0112】
実施例2にて説明した図15(アルギニン)の測定データーを、市販数値解析ソフトMapleを使用して同誤差関数積分式(2)で拡散係数Dを算出した。図20に示すアルギニンの場合、勾配形成寒天からの距離が近いほど、また拡散時間が長くなるほど拡散係数Dの値が変動するが、あるポイントから一定の値に収斂することが判明した。この収斂部分の測定値から、アルギニンの同条件下での拡散係数D は7.34×10−6±2.36×10−7 m2/s(n=86、C.V.=3.2%)となる。1%グリシン、5%グリセリンおよび5%グルコースを高濃度物質として含有する勾配形成寒天に使用した場合、同様の算出方法で拡散係数Dを求めた。
【0113】
それぞれ図21、図22、図23に示す結果が得られ、アルギニンと同様に計算値の収斂部分から、グリシン:D=1.07×10−5±4.76×10−7m2/s (n=91、 C.V.=4.4%);グリセリン;D=9.16×10−6±4.32×10−7m2/s (n=200、 C.V.=4.2%);グルコース;D=5.36×10−6±1.72×10−7m2/s (n=134、 C.V.=3.1%)と算出することができた。
【実施例4】
【0114】
実施例3に記載した4種の化合物について、算出できた拡散係数を用いて、それぞれの拡散時間および拡散距離での成分濃度(理論値)を、図19の式(2)で算出することができる。アルギニンの場合の、理論値と実測値を比較した結果を、図24に示す。
【0115】
同図から、拡散時間15日目までは理論値と実測値の良好な一致が認められ、拡散係数算出の誤差関数積分式が妥当なものであることを検証した。実施例3で示した他三種の物質についても、図25(グリシン)、図26(グリセリン)および図27(グルコース)に示すように、理論値と実測値の良好な一致が認められる。
【実施例5】
【0116】
実施例4で述べたように、拡散物質の先端が容器壁に達するまでの拡散時間内では、拡散係数算出の誤差関数積分式が妥当なものであることを実証した。これまで述べた実施例は、勾配形成寒天のアルギニン濃度を1%で示したものである。この濃度設定は、一般に微生物培養の常識より設定したものであるが、低栄養微生物を標的にするなど、目的の実験のよってはさらに異なった濃度勾配パターンの設定が望ましい場合がある。そこで拡散係数算出の誤差関数積分式で初発濃度を5倍段階でシミュレーションした結果、図28に示す結果が得られた。
【0117】
拡散係数は初発濃度により、わずか変化すると予想されるものの、このようなシミュレーションは本発明を実施するに当たり必要な目安となる。
【実施例6】
【0118】
前述してきたように、拡散物質の先端が容器壁に達するまでの拡散時間内では理論値と実測値の良き一致が認められるが、その後実測値は理論値より高くなる。この現象は、実施例2に記述したように、拡散方向が容器壁で反射反転し、折り返してくるものと推測する。もし、容器壁に拡散物質の抜け道を用意すれば、濃度勾配のさらに長時間の維持ができると推測した。そのために、透析膜を壁の代わりに設置し、拡散してくる物質を透析膜の外側を循環させる水で除くシステムを設定した(透析機能付き拡散とよぶ)。
【0119】
図29にその測定装置の概念図を示す。
【0120】
この装置は、寒天が充填されるパイプ42と、該パイプ42の上端に固定された透析膜44と、を有し、該パイプ42の上端部はホルダー46の下面に形成された筒部48に接続されている。該筒部48には透析チャンバー50が形成されている。図中52は透析水入り口、54は透析水出口、56は拡散寒天、58は培地成分(拡散物質)を含有する勾配形成寒天である。58に充填した寒天の拡散寒天56に接触していない面は、サランラップ(登録商標)で封じた。
【0121】
この装置を用いて、約1mlの容積の透析チャンバー50内に、一日あたり約500mlの透析水を連続通液した結果、拡散物質としてグリセリンの場合、図30に示すように、30日以上にわたり拡散反射を有意に抑制することができる。
【0122】
この連続通液速度は約500mlとしたが、これに限定されることなく、個々の拡散物質の種類あるいは採用した濃度などで、適宜、個別に実験で求めることができる。
【0123】
この実施例では、生化学分野で使用される蛋白質脱塩に用いられるセルロース系素材の膜を透析膜44として使用したが、これに限定されたものでなく、素材が半透膜なら何を使用してもよく、さらに効率のよい不織布あるいは中空糸膜もしくはナイロンメッシュシートなどの使用を例示することができる。
【実施例7】
【0124】
前項で述べた透析機能付き拡散は、拡散の先端での物質の折返しを有意に抑制できる。
【0125】
本発明の物質拡散のもう一つの問題点として、高濃度成分として含有する勾配形成寒天に近い部分の寒天内濃度は、拡散時間が長くなるにつれて低下することである(実施例1で説明した図13〜14、実施例2で説明した図15〜18)。
【0126】
これは、言い換えれば、高濃度成分を含有する勾配形成寒天の成分濃度は拡散時間とともに低下し、成分の拡散の駆動力が時間経過とともに著しく減少する点にある。拡散駆動力は高濃度成分を含有する勾配形成寒天の成分濃度に依存することより、勾配形成寒天を一定濃度の溶液に変えることにより駆動力を維持できる。
【0127】
この方式を還流機能付き拡散と本発明者らは呼称するが、実施例6で述べた透析機能とあわせて、濃度勾配を作成することもできる。
【0128】
図31に装置図を示す。
【0129】
この装置は、拡散寒天56が充填されるパイプ42と、該パイプ42の上端に固定された透析膜44とを有し、パイプ42の上端部はホルダー46の下面に形成された筒部48に接続されている。該筒部48には透析チャンバー50が形成されている。パイプ42の下端部には、培地成分の入口75、培地成分の出口76がそれぞれ形成されている。なお、図中52は透析水入り口、54は透析水出口である。
【0130】
勾配形成寒天56の空間は内径1cmのパイプ42で約1mlの容積を占める。この部分に20倍容の拡散物質溶液を還流させる(一日当たり約50mlの送液速度)。
【0131】
グリセリンを用いた拡散実験の例を図32に示す。拡散先端が容器先端に到達する日数が、還流を行わない場合に約15日要していたのに対して(図16参照)、10日に短縮されるとともに、高い濃度勾配の維持形成に有効である。この送液速度は約50mlとしたが、これに限定されることなく、個々の拡散物質の種類あるいは採用した濃度などで、適宜、個別に実験で求めることができる。
【実施例8】
【0132】
これまで記載した実施例より、モデル化合物4種の寒天内拡散の定量的把握から、拡散係数を求め実測値との一致を検証した。
【0133】
この結果から、本発明者らは、透析機能や還流機能を具備する装置を完成した。ここで、本発明者らは物質拡散の制御する第3番目の方法を提案する。寒天内の拡散現象は、寒天内を物質が滲みこむように移動すると漠然と推測していたが、むしろ波動が伝播すると考えると理解しやすいことを知った。拡散をコントロールする方法を発明した。
【0134】
図12に示す拡散測定装置を用い、拡散させる寒天39と高濃度成分を含有する勾配形成寒天40の間に、厚み2mmの円盤(図示せず)をレフレクターとして設置し、円盤中央部に一定口径の開口部を空けて拡散の状況を調べた。このとき用いた拡散物質は0.2Mリン酸緩衝液(pH6.8)、拡散時間5日のデーターを図34に示す。
【0135】
同図よりレフレクターがない場合と比較すると、開口径に依存して拡散が抑えられ、12〜48時間の拡散位置まで拡散先端が到達していないことが分かる。
【0136】
なお、図33は、3つの収容部を有する丸型培養器に還流・透析機能を付与した培養装置Aの斜視図である。
【0137】
この培養装置Aは、底を有する筒体62と、該筒体62内に配置されたリング状の半透膜64と、筒体62の周壁と該半透膜64との間に配置された複数のスペーサー66と、を有する。
【0138】
筒体62と、半透膜64と、各スペーサー66とで3つの収容部67〜69が形成されている。また、これらの収容部67〜69と対向する位置において筒体62の周壁に透析水用の透析チャンバー70が形成されている。これら収容部67〜69および70は、密閉された空間を形成する。
【0139】
上記収容部67〜69には、それぞれ培地成分を含有する勾配形成成分溶液が供給され、透析チャンバー70には透析水が供給される。
【0140】
すなわち、各収容部67〜69には、培地成分溶液を還流するための流入口と流出口がそれぞれ形成されている。また、透析チャンバー70には透析水の流入口と流出口が形成されている。
【0141】
培養装置Aの中央部に形成されている充填室63に、微生物試料の寒天を充填し固化させると共に、各収容部67〜69に、第1〜第3の培地成分を含有する勾配形成成分溶液を供給して還流し、また透析チャンバー70に透析水を供給して還流する。
【0142】
各収容部67〜69から第1〜第3の成分が充填室63内に充填した寒天層に拡散し、該寒天層から各成分が透析チャンバー70の透析水によって排出される。
【0143】
この培養装置Aによれば、物質拡散を定常状態とすることができるから、培養時間が経過した場合でも、ある地点において一定の培養条件を長時間保つことができる。
【0144】
なお、収容部67〜69および透析水を通液する透析チャンバー70は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、容器内のどの位置に設置してもよい。この図面には示されていないが、これを覆う蓋が付属する。
【実施例9】
【0145】
(pH勾配培養法)
乳酸菌は通性嫌気性菌であるために、他の好気性菌が増殖しにくい嫌気に近い条件下で培養する。本実施例では、連続的なpH条件を嫌気に近い条件で設定するためにpH3.0〜5.0勾配下でビニールチューブを用いた培養を行う。
【0146】
培養器74は、図35〜36に示すように、市販のビニールチューブを所定寸法に切断して得られる菅体71と、該菅体71の両端部の開口部に栓をするシリコーン製の蓋72と、を備えている。管体71の開口部に栓をした状態で培養器74をガス滅菌して用いた。
【0147】
基本培地にはBCP(ブロムクレゾールパープル)加プレート寒天培地(日水製薬)を用いた。
【0148】
培地はpH調製のためにpH3.0、3.5、4.0、4.5、5.0の2倍濃度Mcllvainebuffer(クエン酸とリン酸塩を基本としたもの)もしくは2倍濃度Britton-Robinson buffer(リン酸、酢酸およびホウ酸を基本としたもの)5mlと2倍濃度BCP培地5mlをオートクレーブで別滅菌したものをクリーンベンチ内で混合し、全量10mlを図36に示すように、下部から重層して作成した。
【0149】
pH測定はチューブ内の寒天を押しだし、下部(酸性側)から0.5cm刻みにpH測定した。なお、pHメーターは、ラコムテスターpH計(突き刺し電極・防水型)を用いた。
【0150】
上記のように調製したpH勾配培地の50℃におけるpH変化を測定した結果、Mcllvaine bufferおよびBritton-Robinson bufferのいずれの場合においても、24時間後、48時間後でpHが安定していた(図37、38)。このことから、本培養系で乳酸菌の分離に十分なpH勾配環境ができていると考えられた。
【0151】
この方法によれば、通常のスクリーニングでは分離できなかった菌株の自然界から分離することができる。特に、高温性乳酸菌のスクリーニング技術を提供することができる。
【0152】
また、1回の培養で、連続的なpH条件を嫌気に近い条件で設定することができる。
【実施例10】
【0153】
(酸素、炭酸ガスからなる二次元濃度勾配培養法)
本実施例では難培養性微生物の増殖因子としてガスに注目し、溶存酸素および溶存炭酸ガス濃度勾配をつけた培養装置Aを開発した。
【0154】
そのために以下の図39〜40のような溶存ガス勾配をもつ装置を作製した。
【0155】
溶存酸素濃度は光ファイバー型酸素センサーを用いて測定した。溶存炭酸ガス濃度測定のために、種々の溶存炭酸ガスを含むLB培地のpHを測定し、溶存炭酸ガス濃度を検量線(図41)から計算した。
【0156】
試作した装置の概略を図39〜40に示す。
【0157】
図39に示すように、円筒型の培養装置Aの中央部に炭酸ガスを供給すれば、炭酸ガスはその中心から同心円方向に拡散するので濃度勾配がつけられる。図40に示すように、酸素を培養装置Aの上部に供給することにより、酸素はその上部から下方に拡散するので酸素の濃度勾配がつけられる。
【0158】
培養装置Aの具体例を図42および図43に示す。
【0159】
この培養装置Aは、上端部および下端部が蓋にて閉塞された円筒形の本体80の中央部に炭酸ガスを導入する炭酸ガス導入管81が配設され、本体80の上部の空間部82内に空気を導入する空気導入菅83が配設されている。また、空間部82内の空気を排気する空気排気菅84が配設されている。
【0160】
炭酸ガス導入管81および空気導入菅83は、それぞれ多孔性の膜を用いて形成されている。そのため、炭酸ガス導入管81および空気導入菅83の細孔を通してそれぞれ炭酸ガスおよび空気は外部へ漏れる。
【0161】
培養装置Aの本体80内に寒天培地85を充填し、炭酸ガス導入管81および空気導入菅83からそれぞれ炭酸ガスおよび空気を供給し、所定時間が経過すると、図43の矢印で示すように、寒天培地85の中央部では周辺部に比べて炭酸ガス濃度が高くなり、かつ寒天培地85の上部では下部に比べて酸素濃度が高くなる。
【0162】
図41は溶存炭酸ガス濃度検量線を示したものである。
【0163】
LB培地に炭酸ガスを吹き込み、種々の溶液を作成した。これらの溶液のpHをpHガラス電極、溶存炭酸ガスは炭酸ガスセンサーを用いて測定した。
(1)溶存酸素濃度勾配: 培養装置A空間部の体積65mlに空気の通気量225ml/分で一日通気し、その後通気を止めることにより一日目から三日目までほぼ定常状態に保たれていた。溶存酸素濃度範囲は0.4mg/lから85mg/lであった(図44)。図44は、溶存酸素濃度勾配の形成状態を示す。
【0164】
2つの図は独立して行った2回の実験結果を示している(図44−45)。
(2)溶存炭酸ガス濃度勾配: 炭酸ガスを連続通気した場合の溶存炭酸ガス濃度勾配は、1日目では培地の深さに対して安定していた。3日目では培地の深さによって濃度差が出た。濃度差の範囲は、 10%炭酸ガス通気では68mg/l〜120mg/lとなり、20%炭酸ガス通気では92mg/l〜185mg/lであった(図46−47)。
図46は、10%炭酸ガス通気の場合、図47は20%炭酸ガス通気した場合の溶存炭酸ガス濃度勾配を示す。
【0165】
炭酸ガスと窒素ガスの混合ガスを通気した。図46中、○の連続線(緑色線)は1%炭酸ガスを1日通気した場合;赤色線:通気1日;青色線:通気3日の場合を示す。
(結論) 3次元空間において溶存炭酸ガスと酸素の濃度勾配をX−Y平面およびZ軸方向に作成できる培養装置Aは、溶存ガスの勾配に対して応答する微生物のスクリーニングに有用である。
【実施例11】
【0166】
(酸化還元電位(ORP)匂配の形成法)
微生物の純粋分離培養法が確立されて以来、微生物学の中心は分離培養可能な単一微生物種を基に成り立ち、分離培養された微生物は広範囲な産業分野において我々に多大な貢献を果たしてきた。
【0167】
しかし、“生きてはいるが培養できない”微生物が、自然環境中の大部分の微生物の本来の姿であることが広く認知されつつあり、病原微生物,食品微生物,土壌微生物,環境微生物を含む微生物学全般の大きな課題として浮かび上がってきた。パスツール,コッホ以来の伝統的な手法では、栄養源を含有する平板寒天培地にコロニーを形成させ、分離・培養された微生物を研究や応用の対象とした。
【0168】
しかし、このような手法で取り扱い可能な微生物種は1%前後にすぎず、例えば土壌微生物でわずか0.3%、海洋微生物に至っては0.001%と言われている。この大きな原因は、余りに多くの培養因子(培養温度, 培地組成, pHなど)がある為である。
【0169】
自然界において、微生物が存在している環境の酸化還元電位(oxidationreduction potential:ORP)は一般的には、O2(+810mV)〜H2(−420mV)の間の値を示し、生息している微生物の種類もORPの値によって異なる場合が多く、一般的にORPが低くければ嫌気度が高く、高ければ好気的であると言える。
【0170】
ORPを形成させるには酸化還元剤及び空気酸化による手法を用いるのが一般的である。本発明のように、電気化学的手法を用いてORP勾配を形成させる方法では、酸化剤及び空気酸化による手法よりも迅速かつ長時間に亘り、良好にORP勾配を形成・維持できると示唆される。ORP勾配を形成させることで分離条件を「点」から「線」へと多次元化することを可能にし、培養できない微生物の数パーセントを純粋培養できる可能性があると考えられる。また、この技術による微生物探索の方法論が確立すれば、微生物を活用した産業の規模は現在の数倍になることが予測される。
【0171】
微生物培養のORPを制御する方法としては、酸化剤と還元剤を組合せて任意のORPに認定することは可能であるが、時間の経過と共に変化する。その為、一般には自然環境下で結果的には目的とするORPが形成されている場所を探索し、その場所に生息している微生物を採取する方法が採られている。但し、この方法では自然環境では形成されないと考えられる特殊なORP下で生息・増殖できる特異な微生物を探索するのは非常に困難であり、簡便且効率的な方法は見当たらない。
【0172】
そこで、本実施例では電気化学的手法を用いて人為的にORP勾配を形成し、特殊なORP環境下で生育できる微生物を分離することを目的とする。更に、ORPを酸化還元色素の色の変化だけでなく、数値で確認するために針状白金電極と比較電極を作製し、実際にそれを用いて実験を行う。
【0173】
図48は電気化学的手法を用いたORP勾配形成の模式図である。
【0174】
一般には空気の存在下で微生物を探索することが多いので、還元剤は空気酸化され、ORPは徐々に上昇してくる。このように、常時ほぼ一定のORPを維持するには、適宜還元剤あるいは/または酸化剤を添加し続けなければならないので、結果的には薬剤の過剰添加により、微生物の増殖が抑制され、本来探索したい特定ORP環境下で生息できる微生物を採取することができないことが課題となっている。
【0175】
上記課題を解決するために、本発明では、ORP制御の手段として、連続かつ随時供給が可能であり、自動制御が容易である電気化学的方法を選択した。
【0176】
このシステムは、図50に示すように、微生物探索試料91を入れる閉鎖系容器92と、該容器92の開口部から試料91内に挿入設置された陽電極93および陰電極94と、容器92の開口部を塞ぐゴム栓95と、を備えている。
【0177】
該陽電極93および陰電極94は導電線96を介して電圧可変直流電源97に接続されている。
【0178】
不溶性の陽極93と陰極94間に直流電圧を印加し、目的によって任意の電圧を設定して通電する。これにより電気化学的な陽極の酸化力と陰極の還元力を随時微生物の生息環境に供給することができると共に、過剰に酸化力・還元力が蓄積しないように、定点に設置したモニターORP電極の設定値を外れると供給電力がON,OFFするというORP制御が可能となる。
【0179】
本実施例の特徴は以下の通りである。
項目1.微生物の培養環境に陽極および陰極をそれぞれ挿入し、両極間に電圧を印加する工程、および両電極表面または両電極間の任意の場所にコロニーを形成した微生物を探索する工程、を包含する、微生物のスクリーニング方法。
項目2.請求項1を効率化する為に、さらに、適宜酸化還元色素を微生物の培養環境に添加する工程、を包含する。
【0180】
本発明システムを利用することによって、微生物生息環境に任意のORP環境を形成させ、従来の自然環境下では形成されない特殊なORP環境でも生息/増殖可能な微生物が分離できれば、未知あるいは/または高付加価値の物質・酵素などを生産する能力をもつ有用な微生物の探索が容易かつ効率的に実現できる。
【0181】
ORP制御あるいは/またはORP匂配形成効率を最良にするためには、微生物の増殖に悪い影響を与えない微量(0.01〜10mM程度)の酸化還元色素(例えば、メチレンブルー、メチルビオロゲン、ベンジルビオロゲン、ニュートラルレッド、ヤヌスグリーン、チオニン、o−フェナンスロリン、フェリシアン化カリウム、フェロシアン化カリウム等)を電子運搬体(エレクトロンキャリア)として環境中に共存させると良い。
(実験例)
脱イオン水100mlに1.5%量になるよう寒天末を添加し、融解させた。寒天が融解した後、寒天が凝固する前にフェリシアン化カリウム溶液とフェロシアン化カリウム溶液をそれぞれ100mMになるようそれぞれ添加した。
【0182】
開放型容器の半分にフェロシアン化カリウムの寒天を流し込んだ。
【0183】
寒天が凝固した後、次にフェリシアン化カリウムの寒天を流し込んだ。陽極と陰極の電極間距離が288mmになるように寒天ゲルに挿入し、2Vの直流電圧を印加した。針状白金電極と比較電極からなるORP電極を一定間隔毎に順次挿入し、1時間後のORPを測定した。
【0184】
また、閉鎖型のアクリル管も同様の手順で測定した。測定の結果、この条件で通電を行うと、図49に示すような酸化還元剤の組み合わせ法によってORP匂配を形成するのに288時間必要であるが、本発明の方法ではほぼ1時間で同様のORP匂配の形成が可能となった。
【0185】
開放型容器の方が閉鎖型アクリル管と比較し、高いORP値を示すことが確認された。
【0186】
これは空気酸化と容器の大きさによる影響が示唆された。測定の結果、開放型容器の方が閉鎖型アクリル管と比較し、より拡散が進行し電位が上がっていることが確認できた。これは空気酸化と容器の大きさによる影響が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0187】
本原理を利用して、一般の微生物が生息できないような特殊なORP環境下に生育可能な微生物は、特別な代謝システム、酵素等を有し、特殊な物質を生産する可能性を有していると考えられる。また、微生物が生息しない(またはしにくい)ORP環境域では、微生物の増殖が抑制されていることを意味している。
【0188】
以上のような事実から、1)特殊微生物を探索・活用すれば、未知の物質および/または高付加価値物質を生産できる能力を有している可能性がある。2)微生物の増殖抑制ORP域を常時形成することにより、食品、飲料水その他水分を含む様々な物品や自然環境下での微生物の増殖制御が比較的容易に実現することができる。
【0189】
また、本発明の対向型多次元勾配微生物培養装置は、例えば、有用微生物を始めとするあらゆる種類の微生物の自然界や検体サンプルからの探索分離、微生物の生育特性の簡単かつ網羅的解析、微生物の有用物質生産条件の網羅的解析、など複雑な培養条件の網羅的設定が必要なあらゆる実験に利用できるとともに、各種のバイオ関連産業上の幅広い用途に利用ができる。特に、動物細胞培養、植物組織培養に応用できるとともに、特定の物質の微生物・動物細胞・植物細胞への効果など複数の条件下での検討などの用途に活用することができる。
【符号の説明】
【0190】
1 培養器
10 充填室
11 第1収容部
12 第2収容部
13 第3収容部
14 第1の仕切板
15 第2の仕切板
16 第3の仕切板
21 第1の寒天層
22 第2の寒天層
23 第3の寒天層
24 中央の寒天層
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体培地で微生物培養や希釈平板培養を行う場合、固体培地内に栄養成分の勾配あるいは生育条件の勾配を発生させる装置に関するもので、更に詳しくは、培養条件を異なる勾配に制御あるいは予測できる培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
Robert Kochが1881年にゼラチン平板培養法を開発して以来、この純粋分離法によって応用微生物学が発展してきたと言っても過言ではない。この技術では、環境中に存在する微生物の1%以下しか分離できないと古くから言われている。
【0003】
近年、微生物の分離培養を経ないで、環境中から直接DNAを単離し、遺伝子レベルから微生物叢の解析が可能になり、この分離できない微生物集団の中にVBNC(ViableBut Nonculturable)と名づけられた、これまで知られていない微生物群がにわかに注目されるようになってきた。
【0004】
しかし、依然としてこれら99%の分離できない微生物の全体像は謎につつまれたまま放置されている。この大きな原因は、余りに多くの培養因子(溶存酸素濃度、炭酸ガス濃度、酸化還元電位、培養温度、培地成分濃度、塩濃度、培地pHなど)があるために、残り99%の微生物を分離できるようにするためには、莫大な時間と人手のかかる仕事が予想され、宝の山を目の前にして、躊躇しているのが現状である。
【0005】
近年、遺伝子工学の進歩により、応用微生物学分野でも遺伝子から出発する研究が多く、このような研究が先端的であると考えられる風潮にある。昔ながらの微生物のスクリーニング法で新しい微生物資源を探索し、応用しようとする研究は時間の掛かる、多くの人手が必要な、古臭い研究であると考えられがちである。
【0006】
しかし、新しい遺伝子資源を掘り起こすためにも、微生物のスクリーニングをもう一度見直す必要があると発明者らは考えている。ちなみに堀越らは、pH一つをアルカリ側に移動させるだけで、「アルカリ世界」という新しい微生物世界の存在を我々に示し、新しい遺伝子資源の一端を垣間見せてくれた。しかし、あいかわらず、土壌中に生息する微生物の全体像はベールに包まれたままである。
【0007】
一方、自然界からの微生物分離に関してみてみると、Kochから堀越までの培養条件はあいかわらず「点」であり、本発明者らが発想した「線」から「面」へ、さらに多次元へ広げようとする考えは過去に全く認められない。
【0008】
上述したように、1881年RobertKochによる『病原微生物の研究方法』なる原著論文に記載された固体培地を用いる希釈平板純粋分離法は、1887年R.J.Petriの小改良を経て、今日までほとんど同じ方法のままで使用され続けている。
【0009】
さて、微生物研究法の歴史を述べたが、Robert Kochの弟子、Martinus W.Beijerinckが1889年に発表した「培地選定法、微生物研究に役立つゼラチン内拡散法」を取り上げねばならない。この方法はオキサノグラフ法として知られており、とくに抗生物質とビタミン研究で現在でも利用されている。ペニシリンの定量のためのAlexanderFlemingが1929年に発表した方法はまさにこのオキサノグラフ法の応用である。すなわち、検定物質が固体培地内を拡散する際の生じる濃度勾配を検定菌生育阻止で定量しようとするものである。このような固体培地内での物質拡散現象を利用し、取得既知微生物の生育特性や食品保存剤の効果などを調べる方法が幾つか提案されている。
J.W.T.Wimpenny et.al.:J.Gen.Microbiol.,130,2921-2926(1984)(非特許文献1);
J.W.T.Wimpennyet.al.; FEMSMicrobiol.,40,263-267(1987)(非特許文献2);
P.J.McClure,et.al.:Lett.Appl.Microbiol.,9,95-99(1989)(非特許文献3);
A.C.Peters,et.al.:Binary,3,147-155(1991)(非特許文献4);
K,McGrath,et.al.,Int.Biodeter.Biodegrad.,29,45-52(1992)(非特許文献5);
F.A. Gentile et.al.:LifeSci., 50,287-293(1992)(非特許文献6);
L.V.Thomaset.al.:Int.J.Food.Microbiol.,17,289-301(1993)(非特許文献7);
L.V.Thomaset.al.:Appl.Environ.Microbiol.,62,2006-2012(1996)(非特許文献8);
N.Rattanasomboonet.al.:Int.J.Food.Sci.Technol.,36,369-376(2001)(非特許文献9);
E.Z.Panagouet.al.:Appl.Environ.Microbiol.,71,392-399(2005))(非特許文献10)。
【0010】
また、これらの研究方法の延長上に、物質拡散を定常状態に達せしめんとする試みもある(D.E. Caldwell et.al.:Can.J.Microbiol.,19,53-58 (1972)(非特許文献11))。
【0011】
また、特開平7−170973号公報(特許文献1)には、複数種の微生物が混在する試料を比重勾配遠心で処理して、微生物を比重に応じて選別するか、該試料を電解液中で電気泳動させ、微生物の移動経路中に所定の大きさの微生物選別用のフィルターを設置して微生物を選別する方法が記載されている。
さらに、特開2004−329122号公報(特許文献2)には、細胞の組織再生を促進するための各種の培養条件に勾配を与えた条件下で細胞培養を行って組織を形成するようにした装置が記載されている。
【0012】
ここまで述べたオキサノグラフ法の係る微生物生育特性の解析法提案を概観するに、科学的方法論として大きな致命的欠損を指摘することができる。その問題点を提示する前に、公知技術の具体例を示す。
【0013】
すなわち、検定物質の固体培地内へのアプライする操作は種々な形態で実施することが可能で、検体物質溶液を含浸させた濾紙片・溶液そのものをあらかじめ固化させた固体培地表面に静置する、あるいは検体物質を含む溶液を寒天などで固化せしめた後、検体物質を含まない寒天層を重層するか接触させる、もしくは検定物質を結晶・粉体の状態で寒天内に抱埋する、などの方法で拡散を開始する。
【0014】
これらの拡散開始形態の違いはあるものの、これらの公知技術には標的物質がどのような濃度勾配をもって固体培地内を拡散するかに関して、経時的かつ定量的把握がまったくなされていないことである。ましてや、この物質拡散を制御せんとする試みは皆無である。すなわち、さらに加えて詳細に説明すると、物質拡散は物理現象であるので理論的な数値解析による拡散係数の算出ならびに、物質拡散の予測が可能と本発明者らは考えるが、上記オキサノグラフ法に関する先行技術論文には、論理的試みはまったく記載がなされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】J.W.T.Wimpenny et.al.:J.Gen.Microbiol.,130,2921-2926(1984)
【非特許文献2】J.W.T.Wimpennyet.al.; FEMSMicrobiol.,40,263-267(1987)
【非特許文献3】P.J.McClure,et.al.:Lett.Appl.Microbiol.,9,95-99(1989)
【非特許文献4】A.C.Peters,et.al.:Binary,3,147-155(1991)
【非特許文献5】K,McGrath,et.al.,Int.Biodeter.Biodegrad.,29,45-52(1992)
【非特許文献6】F.A. Gentile et.al.:Life Sci., 50,287-293(1992)
【非特許文献7】L.V.Thomaset.al.:Int.J.Food.Microbiol.,17,289-301(1993)
【非特許文献8】L.V.Thomaset.al.:Appl.Environ.Microbiol.,62,2006-2012(1996)
【非特許文献9】N.Rattanasomboonet.al.:Int.J.Food.Sci.Tech-nol.,36,369-376(2001)
【非特許文献10】E.Z.Panagou et.al.:Appl.Environ.Microbiol.,71,392-399(2005))
【非特許文献11】(D.E. Caldwell et.al.:Can.J.Microbiol.,19,53-58(1972)
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開平7−170973号公報
【特許文献2】特開2004−329122号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、異なる培養因子を複数選択でき、これら培養因子の勾配を1つの培養器内に形成することができる微生物培養装置を提供することを目的とする。
【0018】
本発明の他の目的は、同一のシャーレなど培養器内に異なる培養因子の勾配を形成し、且つ制御できる微生物培養装置を提供することにある。
【0019】
本発明のさらに他の目的は、固体培地内に栄養成分あるいは生育条件の勾配を発生させることができる微生物の培養装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明においては、微生物試料(検体物質)を含む溶液を寒天などで固化させた後、検体物質を含まない寒天層を接触させる方法を採用した。
【0021】
次いで、微生物培養因子からモデル検体物質を複数選定し、これらの物質がどのように固体培地内に拡散するかを定量的に把握する実験検証により、拡散方程式を誤差関数として数値解析した。
【0022】
さらに得られたモデル化合物の拡散係数から、実測値と理論値を比較し、寒天培地内での培地成分因子の濃度分布を推定することを目標とした。また、これら数値解析と同時に、実施形態としての培養装置を設計するとともに、培地成分因子の拡散を制御する方法を考案することにより、任意の培養条件を生みだすこととする。
【0023】
すなわち、本発明の培養装置は、微生物試料が充填される充填室を有する培養器の側壁の一部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の寒天を充填し得る第1収容部が形成され、該第1収容部と培養器の充填室とは取り外し可能な第1の仕切板で仕切られ、該培養器の側壁の他部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の寒天を充填し得る第2収容部が形成され、該第2収容部と培養器の充填室とは取り外し可能な第2の仕切板で仕切られており、そのことにより上記目的が達成される。
【0024】
一つの実施形態では、前記培養器の底部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第3成分を含有する第3の寒天を充填し得る第3収容部が形成されている。
【0025】
一つの実施形態では、前記培養器は箱状に形成され、該培養器の一側壁に前記第1収容部が形成され、該第1収容部に隣接する他の側壁に前記第2収容部が形成されている。
【0026】
一つの実施形態では、前記培養器は略円筒状に形成され、該培養器の周壁に前記第1収容部および第2収容部が形成されている。
【0027】
一つの実施形態では、前記培養器の側壁に3以上の収容部が形成されている。
【0028】
一つの実施形態では、前記第1の寒天と前記第2の寒天とは、培地成分濃度、塩濃度、培地pHの少なくともいずれかが異なる。
【0029】
本発明の他の培養装置は、微生物試料が充填される充填室を有する培養器の側壁の一部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の溶液を供給し得る第1収容部が形成され、該第1収容部と培養器の充填室とは半透膜で仕切られ、該培養器の側壁の他部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の溶液を供給し得る第2収容部が形成され、該第2収容部と培養器の充填室とは半透膜で仕切られており、そのことにより上記目的が達成される。
【0030】
一つの実施形態では、前記第1収容部に前記第1の溶液の供給口と排出口がそれぞれ形成され、前記第2収容部に前記第2の溶液の供給口と排出口がそれぞれ形成されている。
【0031】
一つの実施形態では、前記第1収容部および第2収容部と対向する位置において、前記培養器の側壁に、透析水が還流される透析チャンバーが形成されている。
【0032】
本発明の微生物をスクリーニングする方法は、上記培養装置を用いて、微生物試料に含まれる微生物をスクリーニングする方法であって、前記培養器の側壁に形成された第1収容部内に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の寒天を充填して第1の寒天層を形成する工程、前記第1の仕切板を外して該第1の寒天層を培養器の充填室に露出させる工程、前記培養器の側壁に形成された第2収容部内に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の寒天を充填して第2の寒天層を形成する工程、前記第2の仕切板を外して該第2の寒天層を培養器の充填室に露出させる工程、および該培養器の充填室内に、微生物試料を含む流動性を有する固体培地を充填して固化させる工程、を包含し、そのことにより上記目的が達成される。
【0033】
一つの実施形態では、前記固体培地は、第1成分および第2成分を含有しない。
【発明の効果】
【0034】
ちなみに、本発明で開示する多次元培養法は培養因子を連続的に変化させるが、培養基内で達成される因子を非連続な勾配とみなして仮に100段とすると、三次元に展開した培養容器は100万段となる。そして、微生物の生育因子に対する許容度を因子に対応させて10段とみなせば、1個の培養容器はトラディショナルシャーレ1000枚分に匹敵すると見積もられ、本装置を用いれば有効な網羅的培養方法となるものである。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】図1は培養装置の概略図である。
【図2】図2は培養装置に寒天を充填した状態の概略図である。
【図3】図3は2要素勾配角型培養装置の上面図である。
【図4】図4は3要素勾配丸型培養装置の上面図である。
【図5】図5は4要素勾配丸型深型培養装置の断面図である。
【図6】図6は3要素勾配角型培養装置の上面図である。
【図7】図7は3要素勾配角型培養装置の上面図である。
【図8】図8は4要素勾配丸型培養装置の上面図である。
【図9】図9は5要素勾配丸型培養装置の上面図である。
【図10】図10は6要素勾配丸型培養装置の上面図である。
【図11】図11は7要素勾配丸型培養装置の上面図である。
【図12】図12は拡散測定装置の断面図を示す。
【図13】図13はアルギニンが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離3インチ)。
【図14】図14はグリシンが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離3インチ)。
【図15】図15はアルギニンが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離5インチ)。
【図16】図16はグリシンが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離5インチ)。
【図17】図17はグリセリンが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離5インチ)。
【図18】図18はグルコースが寒天内拡散する濃度分布を示す(拡散距離5インチ)。
【図19】図19は、拡散方程式(式(1))と本発明で解析するに用いた誤差関数積分式(式(2))の導き方を示したものである。
【図20】図20は、図13ならびに図15で示すアルギニンの濃度分布から、図18式(2))によって求めた拡散係数Dを示すものである。
【図21】図21は、図14ならびに図16で示すグリシンの濃度分布から、図18式(2)によって求めた拡散係数Dを示すものである。
【図22】図22は、図17で示すグリセリンの濃度分布から、図19式(2)によって求めた拡散係数Dを示すものである。
【図23】図23は、図18で示すグルコースの濃度分布から、図18式(2)によって求めた拡散係数Dを示すものである。
【図24】図24は、図19の式(2)より求めたアルギニンの拡散係数Dから算出した濃度分布理論値と実測値の比較を示したものである。
【図25】図25は、図19の式(2)より求めたグリシンの拡散係数Dから算出した濃度分布理論値と実測値の比較を示したものである。
【図26】図26は、図19の式(2)より求めたグリセリンの拡散係数Dから算出した濃度分布理論値と実測値の比較を示したものである。
【図27】図27は、図19の式(2)より求めたグルコースの拡散係数Dから算出した濃度分布理論値と実測値の比較を示したものである。
【図28】図28は、図19の式(2)より求めたアルギニンの拡散係数Dから算出した種々の初発濃度C0の条件下における、拡散時間10日目の推定濃度分布のシミュレーション結果を示す。
【図29】図29は、透析機能付き拡散測定装置(拡散距離5インチ)の断面図を示すものである。
【図30】図30は、透析機能付き拡散測定装置(拡散距離5インチ)を用いて、5%グリセリンを含む勾配形成寒天で拡散を調べた濃度分布パターンを示すものである。
【図31】図31は、透析機能付き、且つ勾配形成寒天の代わりに一定濃度の勾配形成成分溶液を還流する拡散測定装置(拡散距離5インチ)の断面図を示すものである。
【図32】図32は、透析機能付き、且つ勾配形成寒天の代わりに一定濃度の勾配形成成分溶液を還流する拡散測定装置(拡散距離5インチ)を用いて、5%グリセリンを含む勾配形成成分溶液で拡散を調べた濃度分布パターンを示すものである。
【図33】図33は3要素勾配丸型培養装置に還流・透析機能を付与した培養装置1の斜視図である。
【図34】図34は、拡散5日目に、レフレクター設置時と非設置時のリン酸緩衝液の拡散到達距離を比較したものである。
【図35】図35は、乳酸菌などの嫌気性菌を測定するための培養器の正面図である。
【図36】図36は図35で示した培養器の断面図である。
【図37】図37はMcllvaine bufferを用いた場合のpH勾配を示すグラフである。
【図38】図38はBritton-Robinson bufferを用いた場合のpH勾配を示すグラフである。
【図39】図39は、溶存ガスの濃度勾配方向を説明するための模式図である。
【図40】図40は、溶存ガスの濃度勾配方向を説明するための模式図である。
【図41】図41は、溶存炭酸ガス濃度の検量線である。
【図42】図42は、培養装置の斜視図である。
【図43】図43は、培養装置の断面図である。
【図44】図44は、溶存酸素濃度勾配の形成状態を示すグラフである。
【図45】図45は、溶存酸素濃度勾配の形成状態を示すグラフである。
【図46】図46は、10%炭酸ガス通気の場合の溶存炭酸ガス濃度勾配を示すグラフである。
【図47】図47は、20%炭酸ガス通気した場合の溶存炭酸ガス濃度勾配を示すグラフである。
【図48】図48は、電気化学的手法を用いたORP勾配形成の模式図である。
【図49】図49は、酸化還元剤の組み合わせ法によって形成せしたORP匂配を示すグラフである。
【図50】図50は、電気化学的手法を用いたORP勾配形成の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明を添付図面に基づいてより詳しく説明する。
【0037】
図1〜図3は本発明に係る微生物培養装置Aの概念図である。
【0038】
この培養装置Aは、微生物試料が充填される充填室10を中央部に有する培養器1を備えている。該培養器1はプラスチック、ガラスなどの透明板を用いて上方が開口する箱状に形成されている。
【0039】
該培養器1の側壁の一面に、第1成分を含有する第1の寒天を充填し得る第1収容部11が形成され、該第1収容部11と培養器1の充填室10とは取り外し可能な第1の仕切板14で仕切られている。
【0040】
すなわち、培養器1の四隅には断面四角形のフレーム17が固定され、一対のフレーム17間に該第1仕切板14が上方へスライド移動できるように配置されている。具体的には、フレーム17に第1仕切板14の端部を挿入する凹溝が設けられ、あるいはフレーム17に係止片(図示せず)が設けられており、第1仕切板14の両端部はこれらの溝又は係止片に上下移動可能に取り付けられている。
【0041】
上記第1収容部11に隣接する培養器1の側壁に、第2成分を含有する第2の寒天を充填し得る第2収容部12が形成され、該第2収容部12と培養器1の充填室10とは取り外し可能な第2の仕切板15で仕切られている。第2仕切板15を培養器1に取り付ける場合も、第1仕切板14の場合と同様に構成することができる。
【0042】
培養器1の底面は平坦面に形成され、培養器1の底部には、第3成分を高濃度に含有する第3の寒天を充填し得る第3収容部13が形成されている。この第3収容部13には仕切板は不要である。
【0043】
第1成分、第2成分、第3成分は、それぞれ微生物の培養に影響を及ぼすものであり、公知の培地成分、培地のpH調製剤などがあげられる。
【0044】
特に、(a)第1成分として窒素源化合物類、(b)第2成分として炭素源化合物類、(c)第3成分として微量塩類化合物類の組合せが好ましい。
【0045】
第1の寒天における第1成分の濃度としては、10〜1%程度が好ましい。
【0046】
第2の寒天における第2成分の濃度としては、10〜1%程度が好ましい。
【0047】
第3の寒天における第3成分の濃度としては、0.01〜0.001%程度が好ましい。
【0048】
培養器1の充填室10内に充填される微生物試料とは、微生物を含む試料全てをいい、典型的には、微生物、寒天および水を含有する(固体培地ともいう)。この微生物試料は、通常は上記第1成分、第2成分および第3成分を含有しない。
【0049】
この微生物試料は、流動性を有する状態で培養器1の充填室10に充填される。
【0050】
培養器1、充填室10および収容部11〜13の形状、サイズ等は適宜設定することができる。また収容部の数も目的に応じて任意に設定することができる。培養器1の上端開口部には、通常蓋が取り付けられる。これらの具体例は後述する。
【0051】
上記構成の培養装置Aを用いて、微生物をスクリーニングするには、以下のように行うことができる。
【0052】
本発明の培養装置Aの第1および第2の収容部11,12に仕切板14,15を取り付けた状態で、第1収容部11内に第1成分を含有する流動性の第1の寒天を充填して第1の寒天層21を形成する(図2)。同様に、第2収容部12内に第2成分を含有する流動性の第2の寒天を充填して第2の寒天層22を形成する。また、培養器1の充填室10の底部に第3成分を含有する流動性の第3の寒天を充填して第3の寒天層23を形成する。
【0053】
第1の寒天層21、第2の寒天層22および第3の寒天層23の厚みは、適宜設定することができるが、例えば、それぞれ同じ厚みとすることができる。
【0054】
第1の寒天層21および第2の寒天層が固化した後、第1および第2の仕切板14、15をそれぞれ取り外す。第1の寒天層21および第2の寒天層22は、それぞれ培養器1の充填室10に露出することになる。
【0055】
次いで、培養器1の充填室10内に、微生物試料を含む流動状態の寒天(固体培地)を充填して固化させる。
【0056】
その後、この培養装置Aを適当な培養温度内に静置し、充填室10に充填された寒天層24に微生物コロニーの出現を待つ。
【0057】
この間、第1、第2および第3の各寒天層21〜23から、第1〜第3成分が充填室10内の寒天層24に拡散し、該中央の寒天層24において拡散開始を起点にする経過時間に依存した第1〜第3成分の濃度勾配が形成される。その結果、「そうめん流し」、あるいは「藁をも掴む方式」で、上流から拡散してきた培地成分濃度に対応して微生物のコロニーが出現する。
【0058】
なお、培養器1の形状は、図1に概念図として提示したものに限定されることなく、一般的に使用される丸型の形状など、いろいろな形状のものを用いることができる。代表的な形状を図4〜図11に例示する。
【0059】
図4に示す培養装置Aは、有底の円筒状の培養器1の内面に3つの収容部11〜13を隣接して形成したものである。すなわち、培養器1の周壁の内面側にスペーサー26を4つ固定し、該スペーサー26の内側端部に仕切板16をスライド可能に取り付けたものである。この仕切板16は一枚のもので形成してもよく、あるいは各別の収容部毎に形成してもよい。
【0060】
各収容部11〜13内にそれぞれ第1〜第3成分を含有する第1〜第3の寒天を充填して第1〜第3の寒天層を形成した後、仕切板16を上方へスライドして取り外すことにより、各寒天層は培養器1の充填室10に露出する。この充填室10内に微生物試料を含む寒天を充填して固化させる。
【0061】
なお、各収容部11〜13の位置は隣接する必要はなく、勾配形成の方向によっては、容器1内のどの位置に設置してもよい。この図面には示されていないが、これを覆う蓋9が付属する(以下の各実施例の図において同じであるので、説明を省略する。)。
【0062】
図5に示した培養装置Aは、図4に示した丸型培養器1を深型にしたものであり、底部に第4の収容部28が形成され、この部分に第4の成分を含有する第4の寒天を充填固化することができる。
【0063】
図5中、第1〜第3の収容部11〜13に第1〜第3の寒天を充填固化することができる。これら4種の培地成分を含有する寒天が固化した後、仕切板16を取り除き、第1〜第4の収容部に形成された寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を培養器1の充填室10に充填する。
【0064】
なお、図5中、勾配形成寒天を充填固化する収容部11〜13は、この図面では明確に特定できないが、図4の平面図に示すように、その位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては容器1内のどの位置に設置してもよい。
【0065】
培養器1の側壁に3以上の収容部を形成してもよい。図6は収容部を3つ有する培養装置Aの上面図である。
【0066】
この培養装置Aでは、培養器1を断面6角形に形成し、その3つの壁面を仕切板14〜16とし、該仕切板14〜16に対応して培養器1の外側に断面略コ字形の壁部30を設けたものである。
【0067】
すなわち、第1〜第3の収容部11〜13は、図1〜図4に示す構成とは異なり、中央の充填室10から外側へせり出した位置に設置した例である。
【0068】
なお、図6中、収容部11〜13はこの図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、培養器1の壁面のどの位置に設置してもよい。
【0069】
図中の収容部11〜13に勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板14〜16を取り除き、収容部11〜13内の寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10に充填する。
【0070】
図7は収容部を3つ有する角型培養装置Aの上面図である。
【0071】
この培養装置Aでは、培養器1を断面6角形に形成し、その3つの壁面を仕切板14〜16とし、該仕切板14〜16に対応して培養器1の外側に断面略コ字形の壁部30を設けたものである。
【0072】
すなわち、収容部11〜13は、図1〜図4に示す構成とは異なり、図6と同様に、培養器1の充填室10から外側へせり出した位置に設置したものである。
【0073】
なお、図中、第1〜第3の収容部11〜13は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、培養器1の側面のどの位置に設置してもよい。
【0074】
図中第1〜第3の収容部11〜13には勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板14〜16を取り除き、第1〜第3の収容部11〜13の寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10に充填する。
【0075】
図8は収容部を4つ有するほぼ丸型培養装置Aの上面図である。
【0076】
この培養装置Aは、断面8角形に形成された培養器1の内面側に断面略コ字形の仕切板19を上方へスライド可能に取り付けたものである。
【0077】
すなわち、図中第1〜第4の収容部11〜13、28に、勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板19を培養器1から取り除き、第1〜第4の収容部11〜13、28内にそれぞれ形成された寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10へ充填する。なお、図中第1〜第4の収容部11〜13、28は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、所望とする勾配形成の方向によっては、容器内のどの位置に設置してもよい。
【0078】
図9は収容部を5つ有するほぼ丸型培養装置Aの上面図である。
【0079】
図中、第1〜第5の収容部に勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板19を取り除き、第1〜第5の収容部に形成された寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10に充填する。
【0080】
なお、図中第1〜第5の収容部は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、容器内のどの位置に設置してもよい。
【0081】
図10は6つの収容部を有する丸型培養器1の上面図である。
【0082】
第1〜第6の収容部に、勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板19を取り除き、第1〜第6の収容部に形成された寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10に充填する。
【0083】
なお、図中勾配形成寒天を充填固化する第1〜第6の収容部は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、容器内のどの位置に設置してもよい。
【0084】
図11は7つの収容部を有する丸型培養器1の上面図である。図中第1〜第7の収容部に、勾配形成寒天を充填固化する。固化後、仕切板を取り除き、第1〜第7の収容部に形成した寒天層に含まれないその他培養成分あるいは任意の成分を含んだ寒天を充填室10に充填する。なお、図中第1〜第7の収容部は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、容器内のどの位置に設置してもよい。
【実施例1】
【0085】
以上述べた本発明の微生物培養装置Aにおいて、培地成分を含有する寒天から成分がどのような濃度勾配を以って拡散するかを調べた測定結果を提示し、先行技術で明確に示されていない固体培地内での物質拡散の濃度分布の全貌を明らかにする。
【0086】
図1〜図11に例示した培養器1内では、物質拡散は収容部から直線方向だけでなくある程度の角度を持って扇状に拡散すると予想されるので、拡散の定量的把握の検討のために、図12に示す装置を用いた。
【0087】
この測定装置3は、寒天を充填し得るパイプ32と、該パイプ32の一端部内に挿入される挿通棒34と、を有する。パイプ32の一端部にはネジ溝36が形成され、挿通棒34の一部がこのネジ溝36に螺合することで、挿通棒34を回転することにより、該挿通棒34がパイプ32内を移動できるように構成されている。
【0088】
すなわち、一定の内径を持ったパイプ32内で、拡散させる寒天39と高濃度の培地成分を含有する勾配形成寒天40を接触させて固化させ、一定の拡散時間の後、パイプ32の後部に設置した繰り出し機構38で寒天層を繰り出すと共に、2ミリ間隔で該寒天層を切り出し、各部分の成分濃度を測定する。なお、寒天40の寒天39と接触していない面は、実験期間内での乾燥を防止するために、サランラップ(登録商標)などを用いて封じた。
【0089】
具体的には、パイプ32の先端部32iに1%アルギニン塩酸塩を含む1.5%寒天を充填(中和してpH5付近)した。拡散温度27.5℃、所定の時間経過した後に、上記のようにして、2ミリ厚に寒天層をスライスし、0.01規定塩酸で加熱抽出後、適宜希釈して自動アミノ酸分析計でアルギニンを定量した。この場合、拡散する寒天層39はパイプ32の中央部32jに相当し、その長さは3インチである。
【0090】
図13は、培地成分を含有する勾配形成寒天40を0.5インチ、拡散させる寒天39を3インチとして、初発濃度1%のアルギニン塩酸塩、拡散温度27.5℃にした場合の、培地成分を含有する勾配形成寒天先端からの距離をX軸、その部分のアルギニン濃度をY軸にプロットしたグラフである。
【0091】
距離約1.3cmの部分は培地成分を含有する勾配形成寒天40に相当する。同図から見て取れるように、拡散10日目にはアルギニンの拡散先端は寒天層39の先端部分に到達する。この測定ではアクリル樹脂を使用した装置を使用したが、先端部分35は寒天層を保持するために隔壁としているため、当該部分は鋼体としてはたらき、アルギニンの拡散方向が先端部分35で反射反転し、40日目の濃度分布データーを見る限り、装置内のアルギニン濃度は均質化の傾向にある。
【0092】
要約すると、拡散距離3インチの場合、望ましい濃度勾配は、拡散開始後10日位まで維持できる。
【0093】
1%グリシンを高濃度成分として含有する勾配形成寒天に使用した場合の、同一条件下での拡散の状態を図14に示す。図14に示すグラフは図12に示す装置を使用して得られた結果である。
【0094】
図12中のパイプ32の先端部32iに1%グリシンを含む1.5%寒天層を充填固化させる(中和してpH5付近)。拡散温度27.5℃、所定の時間に2ミリ厚に寒天層をスライスし、0.01規定塩酸で加熱抽出後、適宜希釈して自動アミノ酸分析計でグリシンを定量した。この場合、拡散する寒天層39は図12中32jに相当し、その長さは3インチである。
【0095】
約10日間で終了する微生物培養の場合は、この規格の培養器1で満足する結果が得られる。より詳しく説明すると、第1〜第3収容部11〜13内の寒天層21〜22が固化した直後に、微生物サンプルを充填室10に播種せしめ、「そうめん流し」、あるいは「藁をも掴む方式」で、上流から拡散してきた培地成分濃度に対応して微生物のコロニーが出現する方式である。
【0096】
あるいは、望みの濃度勾配が形成される時間まで微生物サンプルの播種をしないで待ち、その拡散時間後に微生物サンプルを播種せしめ微生物のコロニーを出現させる方式でもよい。もしくは、微生物サンプルの播種後、望みの濃度勾配が形成される時間まで培養器1を微生物の生育ができない低温下に保存し、望みの濃度勾配が形成される時間後に生育至適の温度に移し、微生物のコロニーを出現させる方式でもよい。
【実施例2】
【0097】
前項で結果を示したように、高濃度の培地成分を含有する勾配形成寒天の成分濃度は拡散時間とともに低下し、成分の拡散の駆動力が時間経過とともに著しく減少する。さらに長時間にわたり培地成分の濃度勾配を維持するには、拡散距離を増すことにより、達成できるものである。
【0098】
実施例1で採用した拡散距離3インチという距離は、一般的に微生物培養に用いられる市販品のシャーレが直径9センチであることから設定した長さである。そこで、拡散距離を5インチに延長して検討を行った。
【0099】
拡散測定は図12に示す装置を使用し、図12中のパイプ32の先端部32iに1%アルギニン塩酸塩を含む1.5%寒天層40を充填固化させる(中和してpH5付近)。拡散温度27.5℃、所定の時間に2ミリ厚に寒天層をスライスし、0.01規定塩酸で加熱抽出後、適宜希釈して自動アミノ酸分析計でアルギニンを定量した。
【0100】
この場合、拡散する寒天層39は図12中パイプ32の中間部32jに相当し、その長さは5インチである。
【0101】
図15は、高濃度の培地成分を含有する勾配形成寒天を0.5インチ、拡散させる寒天を5インチとして、初発濃度1%のアルギニン、拡散温度27.5℃にした場合の、高濃度成分を含有する勾配形成寒天先端からの距離をX軸、その部分のアルギニン濃度をY軸にプロットしたグラフである。距離約1.3cmの部分は高濃度成分を含有する勾配形成寒天に相当する。
【0102】
同図より、拡散の先端は約15日目に到達、その後拡散方向が壁面により反射反転し、40日目の濃度分布データーを見る限り、装置内のアルギニン濃度は実施例1で記載した拡散距離3インチと同様に均質化の傾向にある。
【0103】
1%グリシン、5%グリセリンおよび5%グルコースを高濃度成分として含有する勾配形成寒天に使用した場合の、同様の条件での拡散の状態を、それぞれ図16、図17、図18に示す。
【0104】
これらの結果から、約15日間で終了する微生物培養の場合は、この規格の培養器1で満足する結果が得られることがわかる。
【0105】
図16は次のようにして得られたグラフである。
【0106】
拡散測定は図12に示す装置を使用し、図12中パイプ32の先端部32iに1%グリシンを含む1.5%寒天層を充填固化させる(中和してpH5付近)。拡散温度27.5℃、所定の時間に2ミリ厚に寒天層をスライスし、0.01規定塩酸で加熱抽出後、適宜希釈して自動アミノ酸分析計でグリシンを定量した。この場合、拡散する寒天層39は図12中32jに相当し、その長さは5インチである。
【0107】
図17は次のようにして得られたグラフである。
【0108】
拡散測定は図12に示す装置を使用し、図12中パイプ32の先端部32iに5%グリセリンを含む1.5%寒天層を充填固化させる。拡散温度27.5℃、所定の時間に2ミリ厚に寒天層をスライスし、脱イオン水で加熱抽出後、適宜希釈して高性能液体クロマトグラフィーでグリセリンを定量した。この場合、拡散する寒天層39は図12中パイプ32の中央部32jに相当し、その長さは5インチである。
【0109】
拡散測定は図12に示す装置を使用し、図12中パイプ32の先端部32iに5%グルコースを含む1.5%寒天層を充填固化させる。拡散温度27.5℃、所定の時間に2ミリ厚に寒天層をスライスし、脱イオン水で加熱抽出後、適宜希釈して高性能液体クロマトグラフィーでグルコースを定量した。この場合、拡散する寒天層39は図12中パイプ32の中央部32jに相当し、その長さは5インチである。
【実施例3】
【0110】
前項で示した4種の化合物の固体培地内での物質濃度分布から、この物質拡散は、最初に広い領域に一定濃度で分布した場合の拡散として捉え、解析することができる。
【0111】
図19の式1(出典:バーロー物理化学(下)(第5版)、p845)、D:拡散係数、C0:最初の物質濃度、x:拡散距離(勾配形成寒天先端からの距離)、y:勾配形成寒天の距離、t:拡散時間。この積分は、同図式(2)にしめす誤差関数積分の式にすることにより、拡散係数Dを算出することができる。
【0112】
実施例2にて説明した図15(アルギニン)の測定データーを、市販数値解析ソフトMapleを使用して同誤差関数積分式(2)で拡散係数Dを算出した。図20に示すアルギニンの場合、勾配形成寒天からの距離が近いほど、また拡散時間が長くなるほど拡散係数Dの値が変動するが、あるポイントから一定の値に収斂することが判明した。この収斂部分の測定値から、アルギニンの同条件下での拡散係数D は7.34×10−6±2.36×10−7 m2/s(n=86、C.V.=3.2%)となる。1%グリシン、5%グリセリンおよび5%グルコースを高濃度物質として含有する勾配形成寒天に使用した場合、同様の算出方法で拡散係数Dを求めた。
【0113】
それぞれ図21、図22、図23に示す結果が得られ、アルギニンと同様に計算値の収斂部分から、グリシン:D=1.07×10−5±4.76×10−7m2/s (n=91、 C.V.=4.4%);グリセリン;D=9.16×10−6±4.32×10−7m2/s (n=200、 C.V.=4.2%);グルコース;D=5.36×10−6±1.72×10−7m2/s (n=134、 C.V.=3.1%)と算出することができた。
【実施例4】
【0114】
実施例3に記載した4種の化合物について、算出できた拡散係数を用いて、それぞれの拡散時間および拡散距離での成分濃度(理論値)を、図19の式(2)で算出することができる。アルギニンの場合の、理論値と実測値を比較した結果を、図24に示す。
【0115】
同図から、拡散時間15日目までは理論値と実測値の良好な一致が認められ、拡散係数算出の誤差関数積分式が妥当なものであることを検証した。実施例3で示した他三種の物質についても、図25(グリシン)、図26(グリセリン)および図27(グルコース)に示すように、理論値と実測値の良好な一致が認められる。
【実施例5】
【0116】
実施例4で述べたように、拡散物質の先端が容器壁に達するまでの拡散時間内では、拡散係数算出の誤差関数積分式が妥当なものであることを実証した。これまで述べた実施例は、勾配形成寒天のアルギニン濃度を1%で示したものである。この濃度設定は、一般に微生物培養の常識より設定したものであるが、低栄養微生物を標的にするなど、目的の実験のよってはさらに異なった濃度勾配パターンの設定が望ましい場合がある。そこで拡散係数算出の誤差関数積分式で初発濃度を5倍段階でシミュレーションした結果、図28に示す結果が得られた。
【0117】
拡散係数は初発濃度により、わずか変化すると予想されるものの、このようなシミュレーションは本発明を実施するに当たり必要な目安となる。
【実施例6】
【0118】
前述してきたように、拡散物質の先端が容器壁に達するまでの拡散時間内では理論値と実測値の良き一致が認められるが、その後実測値は理論値より高くなる。この現象は、実施例2に記述したように、拡散方向が容器壁で反射反転し、折り返してくるものと推測する。もし、容器壁に拡散物質の抜け道を用意すれば、濃度勾配のさらに長時間の維持ができると推測した。そのために、透析膜を壁の代わりに設置し、拡散してくる物質を透析膜の外側を循環させる水で除くシステムを設定した(透析機能付き拡散とよぶ)。
【0119】
図29にその測定装置の概念図を示す。
【0120】
この装置は、寒天が充填されるパイプ42と、該パイプ42の上端に固定された透析膜44と、を有し、該パイプ42の上端部はホルダー46の下面に形成された筒部48に接続されている。該筒部48には透析チャンバー50が形成されている。図中52は透析水入り口、54は透析水出口、56は拡散寒天、58は培地成分(拡散物質)を含有する勾配形成寒天である。58に充填した寒天の拡散寒天56に接触していない面は、サランラップ(登録商標)で封じた。
【0121】
この装置を用いて、約1mlの容積の透析チャンバー50内に、一日あたり約500mlの透析水を連続通液した結果、拡散物質としてグリセリンの場合、図30に示すように、30日以上にわたり拡散反射を有意に抑制することができる。
【0122】
この連続通液速度は約500mlとしたが、これに限定されることなく、個々の拡散物質の種類あるいは採用した濃度などで、適宜、個別に実験で求めることができる。
【0123】
この実施例では、生化学分野で使用される蛋白質脱塩に用いられるセルロース系素材の膜を透析膜44として使用したが、これに限定されたものでなく、素材が半透膜なら何を使用してもよく、さらに効率のよい不織布あるいは中空糸膜もしくはナイロンメッシュシートなどの使用を例示することができる。
【実施例7】
【0124】
前項で述べた透析機能付き拡散は、拡散の先端での物質の折返しを有意に抑制できる。
【0125】
本発明の物質拡散のもう一つの問題点として、高濃度成分として含有する勾配形成寒天に近い部分の寒天内濃度は、拡散時間が長くなるにつれて低下することである(実施例1で説明した図13〜14、実施例2で説明した図15〜18)。
【0126】
これは、言い換えれば、高濃度成分を含有する勾配形成寒天の成分濃度は拡散時間とともに低下し、成分の拡散の駆動力が時間経過とともに著しく減少する点にある。拡散駆動力は高濃度成分を含有する勾配形成寒天の成分濃度に依存することより、勾配形成寒天を一定濃度の溶液に変えることにより駆動力を維持できる。
【0127】
この方式を還流機能付き拡散と本発明者らは呼称するが、実施例6で述べた透析機能とあわせて、濃度勾配を作成することもできる。
【0128】
図31に装置図を示す。
【0129】
この装置は、拡散寒天56が充填されるパイプ42と、該パイプ42の上端に固定された透析膜44とを有し、パイプ42の上端部はホルダー46の下面に形成された筒部48に接続されている。該筒部48には透析チャンバー50が形成されている。パイプ42の下端部には、培地成分の入口75、培地成分の出口76がそれぞれ形成されている。なお、図中52は透析水入り口、54は透析水出口である。
【0130】
勾配形成寒天56の空間は内径1cmのパイプ42で約1mlの容積を占める。この部分に20倍容の拡散物質溶液を還流させる(一日当たり約50mlの送液速度)。
【0131】
グリセリンを用いた拡散実験の例を図32に示す。拡散先端が容器先端に到達する日数が、還流を行わない場合に約15日要していたのに対して(図16参照)、10日に短縮されるとともに、高い濃度勾配の維持形成に有効である。この送液速度は約50mlとしたが、これに限定されることなく、個々の拡散物質の種類あるいは採用した濃度などで、適宜、個別に実験で求めることができる。
【実施例8】
【0132】
これまで記載した実施例より、モデル化合物4種の寒天内拡散の定量的把握から、拡散係数を求め実測値との一致を検証した。
【0133】
この結果から、本発明者らは、透析機能や還流機能を具備する装置を完成した。ここで、本発明者らは物質拡散の制御する第3番目の方法を提案する。寒天内の拡散現象は、寒天内を物質が滲みこむように移動すると漠然と推測していたが、むしろ波動が伝播すると考えると理解しやすいことを知った。拡散をコントロールする方法を発明した。
【0134】
図12に示す拡散測定装置を用い、拡散させる寒天39と高濃度成分を含有する勾配形成寒天40の間に、厚み2mmの円盤(図示せず)をレフレクターとして設置し、円盤中央部に一定口径の開口部を空けて拡散の状況を調べた。このとき用いた拡散物質は0.2Mリン酸緩衝液(pH6.8)、拡散時間5日のデーターを図34に示す。
【0135】
同図よりレフレクターがない場合と比較すると、開口径に依存して拡散が抑えられ、12〜48時間の拡散位置まで拡散先端が到達していないことが分かる。
【0136】
なお、図33は、3つの収容部を有する丸型培養器に還流・透析機能を付与した培養装置Aの斜視図である。
【0137】
この培養装置Aは、底を有する筒体62と、該筒体62内に配置されたリング状の半透膜64と、筒体62の周壁と該半透膜64との間に配置された複数のスペーサー66と、を有する。
【0138】
筒体62と、半透膜64と、各スペーサー66とで3つの収容部67〜69が形成されている。また、これらの収容部67〜69と対向する位置において筒体62の周壁に透析水用の透析チャンバー70が形成されている。これら収容部67〜69および70は、密閉された空間を形成する。
【0139】
上記収容部67〜69には、それぞれ培地成分を含有する勾配形成成分溶液が供給され、透析チャンバー70には透析水が供給される。
【0140】
すなわち、各収容部67〜69には、培地成分溶液を還流するための流入口と流出口がそれぞれ形成されている。また、透析チャンバー70には透析水の流入口と流出口が形成されている。
【0141】
培養装置Aの中央部に形成されている充填室63に、微生物試料の寒天を充填し固化させると共に、各収容部67〜69に、第1〜第3の培地成分を含有する勾配形成成分溶液を供給して還流し、また透析チャンバー70に透析水を供給して還流する。
【0142】
各収容部67〜69から第1〜第3の成分が充填室63内に充填した寒天層に拡散し、該寒天層から各成分が透析チャンバー70の透析水によって排出される。
【0143】
この培養装置Aによれば、物質拡散を定常状態とすることができるから、培養時間が経過した場合でも、ある地点において一定の培養条件を長時間保つことができる。
【0144】
なお、収容部67〜69および透析水を通液する透析チャンバー70は、この図面に示す位置に限定されたものでなく、勾配形成の方向によっては、容器内のどの位置に設置してもよい。この図面には示されていないが、これを覆う蓋が付属する。
【実施例9】
【0145】
(pH勾配培養法)
乳酸菌は通性嫌気性菌であるために、他の好気性菌が増殖しにくい嫌気に近い条件下で培養する。本実施例では、連続的なpH条件を嫌気に近い条件で設定するためにpH3.0〜5.0勾配下でビニールチューブを用いた培養を行う。
【0146】
培養器74は、図35〜36に示すように、市販のビニールチューブを所定寸法に切断して得られる菅体71と、該菅体71の両端部の開口部に栓をするシリコーン製の蓋72と、を備えている。管体71の開口部に栓をした状態で培養器74をガス滅菌して用いた。
【0147】
基本培地にはBCP(ブロムクレゾールパープル)加プレート寒天培地(日水製薬)を用いた。
【0148】
培地はpH調製のためにpH3.0、3.5、4.0、4.5、5.0の2倍濃度Mcllvainebuffer(クエン酸とリン酸塩を基本としたもの)もしくは2倍濃度Britton-Robinson buffer(リン酸、酢酸およびホウ酸を基本としたもの)5mlと2倍濃度BCP培地5mlをオートクレーブで別滅菌したものをクリーンベンチ内で混合し、全量10mlを図36に示すように、下部から重層して作成した。
【0149】
pH測定はチューブ内の寒天を押しだし、下部(酸性側)から0.5cm刻みにpH測定した。なお、pHメーターは、ラコムテスターpH計(突き刺し電極・防水型)を用いた。
【0150】
上記のように調製したpH勾配培地の50℃におけるpH変化を測定した結果、Mcllvaine bufferおよびBritton-Robinson bufferのいずれの場合においても、24時間後、48時間後でpHが安定していた(図37、38)。このことから、本培養系で乳酸菌の分離に十分なpH勾配環境ができていると考えられた。
【0151】
この方法によれば、通常のスクリーニングでは分離できなかった菌株の自然界から分離することができる。特に、高温性乳酸菌のスクリーニング技術を提供することができる。
【0152】
また、1回の培養で、連続的なpH条件を嫌気に近い条件で設定することができる。
【実施例10】
【0153】
(酸素、炭酸ガスからなる二次元濃度勾配培養法)
本実施例では難培養性微生物の増殖因子としてガスに注目し、溶存酸素および溶存炭酸ガス濃度勾配をつけた培養装置Aを開発した。
【0154】
そのために以下の図39〜40のような溶存ガス勾配をもつ装置を作製した。
【0155】
溶存酸素濃度は光ファイバー型酸素センサーを用いて測定した。溶存炭酸ガス濃度測定のために、種々の溶存炭酸ガスを含むLB培地のpHを測定し、溶存炭酸ガス濃度を検量線(図41)から計算した。
【0156】
試作した装置の概略を図39〜40に示す。
【0157】
図39に示すように、円筒型の培養装置Aの中央部に炭酸ガスを供給すれば、炭酸ガスはその中心から同心円方向に拡散するので濃度勾配がつけられる。図40に示すように、酸素を培養装置Aの上部に供給することにより、酸素はその上部から下方に拡散するので酸素の濃度勾配がつけられる。
【0158】
培養装置Aの具体例を図42および図43に示す。
【0159】
この培養装置Aは、上端部および下端部が蓋にて閉塞された円筒形の本体80の中央部に炭酸ガスを導入する炭酸ガス導入管81が配設され、本体80の上部の空間部82内に空気を導入する空気導入菅83が配設されている。また、空間部82内の空気を排気する空気排気菅84が配設されている。
【0160】
炭酸ガス導入管81および空気導入菅83は、それぞれ多孔性の膜を用いて形成されている。そのため、炭酸ガス導入管81および空気導入菅83の細孔を通してそれぞれ炭酸ガスおよび空気は外部へ漏れる。
【0161】
培養装置Aの本体80内に寒天培地85を充填し、炭酸ガス導入管81および空気導入菅83からそれぞれ炭酸ガスおよび空気を供給し、所定時間が経過すると、図43の矢印で示すように、寒天培地85の中央部では周辺部に比べて炭酸ガス濃度が高くなり、かつ寒天培地85の上部では下部に比べて酸素濃度が高くなる。
【0162】
図41は溶存炭酸ガス濃度検量線を示したものである。
【0163】
LB培地に炭酸ガスを吹き込み、種々の溶液を作成した。これらの溶液のpHをpHガラス電極、溶存炭酸ガスは炭酸ガスセンサーを用いて測定した。
(1)溶存酸素濃度勾配: 培養装置A空間部の体積65mlに空気の通気量225ml/分で一日通気し、その後通気を止めることにより一日目から三日目までほぼ定常状態に保たれていた。溶存酸素濃度範囲は0.4mg/lから85mg/lであった(図44)。図44は、溶存酸素濃度勾配の形成状態を示す。
【0164】
2つの図は独立して行った2回の実験結果を示している(図44−45)。
(2)溶存炭酸ガス濃度勾配: 炭酸ガスを連続通気した場合の溶存炭酸ガス濃度勾配は、1日目では培地の深さに対して安定していた。3日目では培地の深さによって濃度差が出た。濃度差の範囲は、 10%炭酸ガス通気では68mg/l〜120mg/lとなり、20%炭酸ガス通気では92mg/l〜185mg/lであった(図46−47)。
図46は、10%炭酸ガス通気の場合、図47は20%炭酸ガス通気した場合の溶存炭酸ガス濃度勾配を示す。
【0165】
炭酸ガスと窒素ガスの混合ガスを通気した。図46中、○の連続線(緑色線)は1%炭酸ガスを1日通気した場合;赤色線:通気1日;青色線:通気3日の場合を示す。
(結論) 3次元空間において溶存炭酸ガスと酸素の濃度勾配をX−Y平面およびZ軸方向に作成できる培養装置Aは、溶存ガスの勾配に対して応答する微生物のスクリーニングに有用である。
【実施例11】
【0166】
(酸化還元電位(ORP)匂配の形成法)
微生物の純粋分離培養法が確立されて以来、微生物学の中心は分離培養可能な単一微生物種を基に成り立ち、分離培養された微生物は広範囲な産業分野において我々に多大な貢献を果たしてきた。
【0167】
しかし、“生きてはいるが培養できない”微生物が、自然環境中の大部分の微生物の本来の姿であることが広く認知されつつあり、病原微生物,食品微生物,土壌微生物,環境微生物を含む微生物学全般の大きな課題として浮かび上がってきた。パスツール,コッホ以来の伝統的な手法では、栄養源を含有する平板寒天培地にコロニーを形成させ、分離・培養された微生物を研究や応用の対象とした。
【0168】
しかし、このような手法で取り扱い可能な微生物種は1%前後にすぎず、例えば土壌微生物でわずか0.3%、海洋微生物に至っては0.001%と言われている。この大きな原因は、余りに多くの培養因子(培養温度, 培地組成, pHなど)がある為である。
【0169】
自然界において、微生物が存在している環境の酸化還元電位(oxidationreduction potential:ORP)は一般的には、O2(+810mV)〜H2(−420mV)の間の値を示し、生息している微生物の種類もORPの値によって異なる場合が多く、一般的にORPが低くければ嫌気度が高く、高ければ好気的であると言える。
【0170】
ORPを形成させるには酸化還元剤及び空気酸化による手法を用いるのが一般的である。本発明のように、電気化学的手法を用いてORP勾配を形成させる方法では、酸化剤及び空気酸化による手法よりも迅速かつ長時間に亘り、良好にORP勾配を形成・維持できると示唆される。ORP勾配を形成させることで分離条件を「点」から「線」へと多次元化することを可能にし、培養できない微生物の数パーセントを純粋培養できる可能性があると考えられる。また、この技術による微生物探索の方法論が確立すれば、微生物を活用した産業の規模は現在の数倍になることが予測される。
【0171】
微生物培養のORPを制御する方法としては、酸化剤と還元剤を組合せて任意のORPに認定することは可能であるが、時間の経過と共に変化する。その為、一般には自然環境下で結果的には目的とするORPが形成されている場所を探索し、その場所に生息している微生物を採取する方法が採られている。但し、この方法では自然環境では形成されないと考えられる特殊なORP下で生息・増殖できる特異な微生物を探索するのは非常に困難であり、簡便且効率的な方法は見当たらない。
【0172】
そこで、本実施例では電気化学的手法を用いて人為的にORP勾配を形成し、特殊なORP環境下で生育できる微生物を分離することを目的とする。更に、ORPを酸化還元色素の色の変化だけでなく、数値で確認するために針状白金電極と比較電極を作製し、実際にそれを用いて実験を行う。
【0173】
図48は電気化学的手法を用いたORP勾配形成の模式図である。
【0174】
一般には空気の存在下で微生物を探索することが多いので、還元剤は空気酸化され、ORPは徐々に上昇してくる。このように、常時ほぼ一定のORPを維持するには、適宜還元剤あるいは/または酸化剤を添加し続けなければならないので、結果的には薬剤の過剰添加により、微生物の増殖が抑制され、本来探索したい特定ORP環境下で生息できる微生物を採取することができないことが課題となっている。
【0175】
上記課題を解決するために、本発明では、ORP制御の手段として、連続かつ随時供給が可能であり、自動制御が容易である電気化学的方法を選択した。
【0176】
このシステムは、図50に示すように、微生物探索試料91を入れる閉鎖系容器92と、該容器92の開口部から試料91内に挿入設置された陽電極93および陰電極94と、容器92の開口部を塞ぐゴム栓95と、を備えている。
【0177】
該陽電極93および陰電極94は導電線96を介して電圧可変直流電源97に接続されている。
【0178】
不溶性の陽極93と陰極94間に直流電圧を印加し、目的によって任意の電圧を設定して通電する。これにより電気化学的な陽極の酸化力と陰極の還元力を随時微生物の生息環境に供給することができると共に、過剰に酸化力・還元力が蓄積しないように、定点に設置したモニターORP電極の設定値を外れると供給電力がON,OFFするというORP制御が可能となる。
【0179】
本実施例の特徴は以下の通りである。
項目1.微生物の培養環境に陽極および陰極をそれぞれ挿入し、両極間に電圧を印加する工程、および両電極表面または両電極間の任意の場所にコロニーを形成した微生物を探索する工程、を包含する、微生物のスクリーニング方法。
項目2.請求項1を効率化する為に、さらに、適宜酸化還元色素を微生物の培養環境に添加する工程、を包含する。
【0180】
本発明システムを利用することによって、微生物生息環境に任意のORP環境を形成させ、従来の自然環境下では形成されない特殊なORP環境でも生息/増殖可能な微生物が分離できれば、未知あるいは/または高付加価値の物質・酵素などを生産する能力をもつ有用な微生物の探索が容易かつ効率的に実現できる。
【0181】
ORP制御あるいは/またはORP匂配形成効率を最良にするためには、微生物の増殖に悪い影響を与えない微量(0.01〜10mM程度)の酸化還元色素(例えば、メチレンブルー、メチルビオロゲン、ベンジルビオロゲン、ニュートラルレッド、ヤヌスグリーン、チオニン、o−フェナンスロリン、フェリシアン化カリウム、フェロシアン化カリウム等)を電子運搬体(エレクトロンキャリア)として環境中に共存させると良い。
(実験例)
脱イオン水100mlに1.5%量になるよう寒天末を添加し、融解させた。寒天が融解した後、寒天が凝固する前にフェリシアン化カリウム溶液とフェロシアン化カリウム溶液をそれぞれ100mMになるようそれぞれ添加した。
【0182】
開放型容器の半分にフェロシアン化カリウムの寒天を流し込んだ。
【0183】
寒天が凝固した後、次にフェリシアン化カリウムの寒天を流し込んだ。陽極と陰極の電極間距離が288mmになるように寒天ゲルに挿入し、2Vの直流電圧を印加した。針状白金電極と比較電極からなるORP電極を一定間隔毎に順次挿入し、1時間後のORPを測定した。
【0184】
また、閉鎖型のアクリル管も同様の手順で測定した。測定の結果、この条件で通電を行うと、図49に示すような酸化還元剤の組み合わせ法によってORP匂配を形成するのに288時間必要であるが、本発明の方法ではほぼ1時間で同様のORP匂配の形成が可能となった。
【0185】
開放型容器の方が閉鎖型アクリル管と比較し、高いORP値を示すことが確認された。
【0186】
これは空気酸化と容器の大きさによる影響が示唆された。測定の結果、開放型容器の方が閉鎖型アクリル管と比較し、より拡散が進行し電位が上がっていることが確認できた。これは空気酸化と容器の大きさによる影響が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0187】
本原理を利用して、一般の微生物が生息できないような特殊なORP環境下に生育可能な微生物は、特別な代謝システム、酵素等を有し、特殊な物質を生産する可能性を有していると考えられる。また、微生物が生息しない(またはしにくい)ORP環境域では、微生物の増殖が抑制されていることを意味している。
【0188】
以上のような事実から、1)特殊微生物を探索・活用すれば、未知の物質および/または高付加価値物質を生産できる能力を有している可能性がある。2)微生物の増殖抑制ORP域を常時形成することにより、食品、飲料水その他水分を含む様々な物品や自然環境下での微生物の増殖制御が比較的容易に実現することができる。
【0189】
また、本発明の対向型多次元勾配微生物培養装置は、例えば、有用微生物を始めとするあらゆる種類の微生物の自然界や検体サンプルからの探索分離、微生物の生育特性の簡単かつ網羅的解析、微生物の有用物質生産条件の網羅的解析、など複雑な培養条件の網羅的設定が必要なあらゆる実験に利用できるとともに、各種のバイオ関連産業上の幅広い用途に利用ができる。特に、動物細胞培養、植物組織培養に応用できるとともに、特定の物質の微生物・動物細胞・植物細胞への効果など複数の条件下での検討などの用途に活用することができる。
【符号の説明】
【0190】
1 培養器
10 充填室
11 第1収容部
12 第2収容部
13 第3収容部
14 第1の仕切板
15 第2の仕切板
16 第3の仕切板
21 第1の寒天層
22 第2の寒天層
23 第3の寒天層
24 中央の寒天層
【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物試料が充填される充填室を有する培養器の側壁の一部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の寒天を充填し得る第1収容部が形成され、該第1収容部と培養器の充填室とは取り外し可能な第1の仕切板で仕切られ、該培養器の側壁の他部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の寒天を充填し得る第2収容部が形成され、該第2収容部と培養器の充填室とは取り外し可能な第2の仕切板で仕切られている培養装置。
【請求項2】
前記培養器の底部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第3成分を含有する第3の寒天を充填し得る第3収容部が形成されている請求項1に記載の培養装置。
【請求項3】
前記培養器は箱状に形成され、該培養器の一側壁に前記第1収容部が形成され、該第1収容部に隣接する他の側壁に前記第2収容部が形成されている請求項1に記載の培養装置。
【請求項4】
前記培養器は略円筒状に形成され、該培養器の周壁に前記第1収容部および第2収容部が形成されている請求項1に記載の培養装置。
【請求項5】
前記培養器の側壁に3以上の収容部が形成されている請求項1に記載の培養装置。
【請求項6】
前記第1の寒天と前記第2の寒天とは、培地成分濃度、塩濃度、培地pHの少なくともいずれかが異なる請求項1に記載の培養装置。
【請求項7】
微生物試料が充填される充填室を有する培養器の側壁の一部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の溶液を供給し得る第1収容部が形成され、該第1収容部と培養器の充填室とは半透膜で仕切られ、該培養器の側壁の他部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の溶液を供給し得る第2収容部が形成され、該第2収容部と培養器の充填室とは半透膜で仕切られている培養装置。
【請求項8】
前記第1収容部に前記第1の溶液の供給口と排出口がそれぞれ形成され、前記第2収容部に前記第2の溶液の供給口と排出口がそれぞれ形成されている請求項7に記載の培養装置。
【請求項9】
前記第1収容部および第2収容部と対向する位置において、前記培養器の側壁に、透析水が還流される透析チャンバーが形成されている請求項7に記載の培養装置。
【請求項10】
請求項1に記載の培養装置を用いて、微生物試料に含まれる微生物をスクリーニングする方法であって、前記培養器の側壁に形成された第1収容部内に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の寒天を充填して第1の寒天層を形成する工程、前記第1の仕切板を外して該第1の寒天層を培養器の充填室に露出させる工程、前記培養器の側壁に形成された第2収容部内に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の寒天を充填して第2の寒天層を形成する工程、前記第2の仕切板を外して該第2の寒天層を培養器の充填室に露出させる工程、および該培養器の充填室内に、微生物試料を含む流動性を有する固体培地を充填して固化させる工程、を包含する微生物のスクリーニング方法。
【請求項11】
前記固体培地は、第1成分および第2成分を含有しない請求項10に記載の方法。
【請求項1】
微生物試料が充填される充填室を有する培養器の側壁の一部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の寒天を充填し得る第1収容部が形成され、該第1収容部と培養器の充填室とは取り外し可能な第1の仕切板で仕切られ、該培養器の側壁の他部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の寒天を充填し得る第2収容部が形成され、該第2収容部と培養器の充填室とは取り外し可能な第2の仕切板で仕切られている培養装置。
【請求項2】
前記培養器の底部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第3成分を含有する第3の寒天を充填し得る第3収容部が形成されている請求項1に記載の培養装置。
【請求項3】
前記培養器は箱状に形成され、該培養器の一側壁に前記第1収容部が形成され、該第1収容部に隣接する他の側壁に前記第2収容部が形成されている請求項1に記載の培養装置。
【請求項4】
前記培養器は略円筒状に形成され、該培養器の周壁に前記第1収容部および第2収容部が形成されている請求項1に記載の培養装置。
【請求項5】
前記培養器の側壁に3以上の収容部が形成されている請求項1に記載の培養装置。
【請求項6】
前記第1の寒天と前記第2の寒天とは、培地成分濃度、塩濃度、培地pHの少なくともいずれかが異なる請求項1に記載の培養装置。
【請求項7】
微生物試料が充填される充填室を有する培養器の側壁の一部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の溶液を供給し得る第1収容部が形成され、該第1収容部と培養器の充填室とは半透膜で仕切られ、該培養器の側壁の他部に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の溶液を供給し得る第2収容部が形成され、該第2収容部と培養器の充填室とは半透膜で仕切られている培養装置。
【請求項8】
前記第1収容部に前記第1の溶液の供給口と排出口がそれぞれ形成され、前記第2収容部に前記第2の溶液の供給口と排出口がそれぞれ形成されている請求項7に記載の培養装置。
【請求項9】
前記第1収容部および第2収容部と対向する位置において、前記培養器の側壁に、透析水が還流される透析チャンバーが形成されている請求項7に記載の培養装置。
【請求項10】
請求項1に記載の培養装置を用いて、微生物試料に含まれる微生物をスクリーニングする方法であって、前記培養器の側壁に形成された第1収容部内に、該微生物の培養に影響を及ぼす第1成分を含有する第1の寒天を充填して第1の寒天層を形成する工程、前記第1の仕切板を外して該第1の寒天層を培養器の充填室に露出させる工程、前記培養器の側壁に形成された第2収容部内に、該微生物の培養に影響を及ぼす第2成分を含有する第2の寒天を充填して第2の寒天層を形成する工程、前記第2の仕切板を外して該第2の寒天層を培養器の充填室に露出させる工程、および該培養器の充填室内に、微生物試料を含む流動性を有する固体培地を充填して固化させる工程、を包含する微生物のスクリーニング方法。
【請求項11】
前記固体培地は、第1成分および第2成分を含有しない請求項10に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図31】
【図33】
【図35】
【図36】
【図37】
【図38】
【図39】
【図40】
【図41】
【図42】
【図43】
【図44】
【図45】
【図46】
【図47】
【図48】
【図49】
【図50】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
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【図18】
【図19】
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【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図32】
【図34】
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【図16】
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【図18】
【図19】
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【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図32】
【図34】
【公開番号】特開2010−161979(P2010−161979A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−7541(P2009−7541)
【出願日】平成21年1月16日(2009.1.16)
【出願人】(505298238)学校法人 君が淵学園 崇城大学 (6)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年1月16日(2009.1.16)
【出願人】(505298238)学校法人 君が淵学園 崇城大学 (6)
【Fターム(参考)】
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